干し柿の手配死にいたらない病

2018年12月07日

追悼

1915年、アルツハイマーの死に際して述べられた弔辞では、意外にも、彼の名前がついた病気についての言及はほとんどありませんでした。

アルツハイマーとともに「総合神経精神医学」という学術誌の編集をしていたマックス・レヴァンドウスキーも、さらにはアルツハイマー病を紹介したクレペリンでさえも触れませんでした。

Spielmeyer

ただ、娘婿のゲオルク・シュテルツはアルツハイマー病をきちんと認識していました。

「アルツハイマーの名に由来する病気について、特に取り上げてみたい。それは初老期に起こる珍しい疾患で、40歳代に現れ、痴呆が極めて速く進むのが病気の特徴である。それゆえ臨床的に非常に興味深く、更なる研究が期待されていた。というのも、知能が低下する他に失象徴、失行等の症状が出現し、病態が純粋な精神症状と局所巣症状の間で変動するからである」

ミュンヘンのアルツハイマーの後任、ヴァルター・シュピールマイヤー=写真=は41ページに及ぶ追悼文の中で、アルツハイマー病について次のように述べています。

「1906年、それまでに知られていない特異な疾患を、アルツハイマーは詳細に記載した。大脳皮質に特異物質が沈着し、細線維が太い束と叢に変化することが最も顕著な解剖的特徴であっる。彼はフランクフルト精神病院で収集した資料に再三立ち戻り、我々にこの大脳皮質の特異的疾患を紹介した。今日我々はこの病気をクレペリンに従い“アルツハイマー病”と呼んでいる」


harutoshura at 19:05│Comments(0)アルツハイマー病関連 

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