プレスビオフレニーではない歴史の始まり

2018年11月28日

ヴェロナール

それでは、クレペリンはアルツハイマーが症例記載をしたような病気の治療はどうすればいいと考えていたのでしょう。教科書の章の結びで、「治療」として次のように記されています。

〈老人性痴呆の治療では、もちろん治療できる範囲は非常に狭いものでしかない。そこでできることは、注意深い身体の看護、非常に衰弱してよぼよぼの患者の管理、全生活様式、特に栄養と消化の調整、少量のアヘン投与で不安を除去、不眠には温浴や、巻包法や、パラアルデヒドあるいはヴェロナールを時に応じて服用させるしかない。

せん妄性興奮状態の場合には、やわらかいベッドや、持続浴の使用、安定剤入りの、あるいはなしの経管栄養がしばしば必要となる。他方、静穏な痴呆型の場合には、入院治療が必要でないことが多く、家族や養老院内での看護で十分である。〉

Veronal

この中に出てくる「パラアルデヒド」は、アセトアルデヒドに 1滴の濃硫酸を加えると、発熱、重合してできる刺激臭のある液体。ウィルデンブッシュによって1829年に合成され、1883年に初めて薬として使われました。催眠剤、鎮静剤として作用は確実、迅速、毒性も弱いもののの、悪臭と不快味のため現在ではあまり用いられません。

「ヴェロナール」=写真、wiki=は、1903年にドイツで創製された長時間作用型の睡眠鎮静剤。無色もしくは白色の結晶または結晶性粉末で、においはなく、味はわずかに苦い程度。治療用量は中毒量よりも低かったものの、長期にわたる使用によって耐性がつき、薬効を得るために必要な量が増加。致命的となる過剰摂取も珍しくありませんでした。

この薬を開発したフィッシャーとメーリングが、ロミオとジュリエットの舞台として有名なイタリアのヴェローナへ会議で出かけたのがきっかけで、命名されたとされます。芥川龍之介が自殺の際にヴェロナールを服用したことで知られ、マリリン・モンローもこの薬物の過剰摂取で亡くなったといわれています。

しかし、この教科書が書かれた当時としては、副作用も少なく、画期的な睡眠薬と考えられていて、クレペリンも、落ち着かない患者にこの薬が効くことをいち早く察知していたようです。


harutoshura at 23:56│Comments(0)アルツハイマー 

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