Aokijima

「認知症」と「ねえちゃ」に関する覚書です

2018年01月

きょうはデイサービスの日。ねえちゃは朝から機嫌が良くて、元気に行ってきました。

長野県人なら誰でも知っている県歌「信濃の国」がことし制定50周年を迎えるそうで、いろんなイベントが企画されているとか。

1899(明治32)年に松本市出身の浅井洌が作詞し、翌年に北村季晴が作曲。1968(昭和43)年に県歌に制定されました。

県の調査では、信濃の国を歌える県民(「すべて歌える」「1番は歌える」の合計)は79%だったとか。

あまり歌を歌うことのなねえちゃも、テレビから聞こえて来るの、とかに合わせてたまに「信濃の国は 十州に 境連ぬる 国にして 聳ゆる山は いや高く……」と口ずさんでることがあります。

「何を食べたいの?」と聞いても、ねえちゃの口からはコレといったものは出てきません。

何が自分の好物だったのか。食べたいと思っているものが何なのか。考える余地がいまのねえちゃには無くなっているようにも思われます。

ただ最近いえることは、おやつ、とりわけまんじゅうをむしゃむしゃよく食べることです。

最近は食事の代りに食べていることもよくあり、主食と間食の区別がつきにくくなっています。

そこできのうは、小さなまんじゅうがたくさん入ったのを2袋、それに、さきいかを2袋、むきぐりがたくさん入ったのを大袋を1つ、「少しずつ食べてね」と置いてきました。

10日間ほど長野にいて、きょう私は東京へもどりました。

帰るときはかなり寂しくなるようで、ねえちゃはいつも、ずっと手を振って見送ってくれます。

でも、夕方、東京から電話をすると、私が居たことも、いつ帰ったかといったことも頭にはありません。

それに、きょうの午後とどいているはずの生協の宅配も「そんなの来ていない」。でも冷蔵庫を覗き返してみると「あ、あるわ」と、自分で入れたのにびっくりしたように言います。

ただ、毎晩、東京から掛ける電話だけは、いつ掛かって来るかと、いつも心待ちにしているのだそうです。

厳しい寒さがつづく中、床暖房やストーブに利用している灯油が少なくなって来たようなので、最寄りの店に注文しました。

最近ねえちゃは現金のやり取りが困難になってきたので、灯油屋さんには銀行引き落とし手続きの書類を送ったばかりでした。

満タンにすると、1万4000円ほど。銀行引き落としは、来月からで今回の支払いは現金です。

灯油屋さんとやり取りしてねえちゃは久しぶりに財布のお金を使ったはずですが、いつものように頭から完全に消去されてしまっています。

「灯油入れてもらった?」。「え~、来ないよ」。「タンクに入ってないの?」。「あっ、入っているわ。いっぱい」。

テーブルの上には伝票が置かれているところからすると、支払いは済ませたようです。

きょうはデイサービスの日。いつものようにみんな忘れていましたが、無事に行って帰ってきました。

インフルエンザが流行っているようですが、予防注射もしているねえちゃは、いまのところその気配はありません。

熱もありません。もしろ低いのが気にかかるくらいです。けさセンターで測った体温は35.2度。血圧は上が114で、下が66。最近は36度台が続いていたのですが、きょうは低体温症のレベルです。

低体温のときは、臓器の機能や免疫力が低下しやすいとか。特に具合が悪いということはないようですが、何となく活力がわいて来ないのか、センターから帰ったねえちゃはまんじゅうを食べて、すぐに床につきました。

たいていのことは、1分もたたないうちに忘れてしまうねえちゃですが、電気炊飯器で毎日ご飯を炊くことだけは忘れません。

自分で食べるためだけでなく、7年前に死んだ連れ合いのため、毎日、仏壇に備えなければならないと思っているからです。いまでも「お父さん」が第一なのです。

グループホームへ入るときのことを考えて、そろそろ持っていくもののことを考えなくてはなりません。

ねえちゃの大事なものといえば、家族との記念の写真や置き物、日記帳、血圧手帳。それに、こうしてみると、何をおいても「仏壇」ということになるでしょう。

「少し大きいけど、グループホームへ入るときに仏壇を持っていかなきゃダメだね」というと、何となく頷いています。

認知症になると、お風呂に入るのを嫌がるようになることが多いとよく言われます。ねえちゃも一昨年ごろから「めんどうくさいから入るのはやめる」と、入浴を拒否することが増えて来ました。

デイサービスで入るだけで家ではほとんど沸かさない時期もあったのですが、薬を増やした昨夏ころから持ち直して、最近はデイサービスの日以外はほぼ毎日入るようになってきました。

きのうは「デイサービスで入ってきたので風呂を沸かさない」と床につきました。ところが、布団に入るやいなや「お風呂が沸きました」の自動アナウンスが鳴り出しました。

思いとは裏腹に風呂を沸かす準備をしてスイッチを押していたのです。頭と行動の不一致が、最近とくに目立つようになってきました。

「せっかく沸かしたんだから入りなよ」と繰り返すと、しぶしぶ起き上がって風呂場へと向かいました。

きょうはデイサービスの日。前回、行きたくないとダダをこねて「迎え」のやり直しをしてもらったので心配しましたが、無難に行ってきました。

テーブルの上には自分で「頑ばれ」と赤マジックで書いた紙きれが置いてありました。デイサービスに行ってしまえばどうといことがないのでしょうが、朝、いざ服を着て出かけるときには、ねえちゃなりの心の葛藤があるようです。

デイサービスの日でも、ねえちゃは朝、洗濯と風呂の掃除は必ずやっていきます。

センターからごきげんで帰ってきたかと思うと、一転、ベソをかき出しました。きょうも冷え込んだため、朝あけていった風呂の窓が凍って閉まらなくなったというのです。

きょうの昼前、「ワタミの宅食」の担当者から「大雪の影響できょうはお届けできない」という内容の電話がありました。宅食を取りはじめて4、5年になりますが、雪で配達できないというのは初めてのことです。

サイトを見ると、「本日、東京都、神奈川県、千葉県、静岡県一部地域で商品のお届けが大幅に遅延、またはできない状況が発生しております。その他の地域、また、明日以降のお届けにつきましても、道路状況により影響が発生する場合は、弊社スタッフより事前にご連絡いたします」とありました。

大雪に不慣れな「都会」の大混乱が、雪国の長野にも波及しているわけです。この電話が来たとき、ケアマネのかたがちょうど定期の訪問でいらしていました。

昨夜、ねえちゃといっしょに夕食を食べた直後に、ねえちゃが私の部屋に来て、驚愕した表情で「お前いつ来たの」と叫んだことなど、最近の出来事について話しました。

穏やかな表情を浮かべていたかと思うと、突然「頭がふらふらして動けない」とデイサービスへ行くのを拒絶したりと、カタストロフィーのように気持ちが激しく変化するのが最近気にかかります。

本州の南岸を通過している低気圧の影響で、関東の平野部で積雪が急速に増え、東京の都心でも20センチ前後に達する大雪が降って大混乱を招いたようです。

長野市のねえちゃの住むあたたりでも午後から雪がたくさん舞い落ちるようになりましたが、きょうは降り積もるという感じはなく、暗くなるころには落ち着きました。

ねえちゃはこの冬、得意な雪かきをまだしていません。きょうも「雪はどうかな、と思ったときには、もう近所の若い人がうちの近くまで掃いてくれてた」とちょっぴり残念そうです。

夕食のときには、東京に住んでいるお嫁さんと電話で「東京はたいへんなんだね」みたいな話をしていました。雪かきの腕前を見せるのは、明朝以降ということになります。

以前は整理するのが趣味という感じのきれい好きだったねえちゃですが、いまでは自分の部屋も着物や雑物の山ができています。

懸案の入れ歯もまだ出て来ませんが、探そうという気力がいまだに湧いてきません。「新しいの作るにしても、まずは探してみなきゃ」といっても、探すということ自体を忘れてしまったているようです。

最近は、マンション室内で認知症の高齢住人が、空き缶や食べ残しなどの大量のごみに埋もれて生死の境をさ迷う状態で発見された、といった騒動も少なくないそうです。

ねえちゃは、いまのところ辛うじて、ゴミ出しの日とそのやりかたは頭の中に留まっているようですが、捨てるものと取っておくものの区別がつかなくなって来ています。

「グループホームに入るのだから、いまから要らないものは捨てていかないと」と話しても、いっこうに進みません。

きょうは、デイサービスの日。きのうはいつもと変わりはなかったのですが、朝になって「ふらふらして歩けない」と、迎えに来てくれた担当者に、行くのを拒絶しました。

いつものように朝早く洗濯を済ませ、熱もないし、いつもの薬も飲んでいます。最近は行くのが習慣化してきたように思われたのですが。

テーブルの上には「頑張って行け」と、赤いマジックで自ら書いた紙が置いてあります。行こうと気合が入り過ぎて、いつもより早く起きたため、睡眠不足で体のリズムがちょっと狂ったのでしょうか?

「看護師さんもいるんだから、具合悪ければよけい行く必要があるでしょ」などと、30分ほど説得すると服を着はじめました。

センターからもういちど迎えに来てもらい、きのうから準備してあったリュックサックを背負って、ひょこひょこ出かけました。

テレビのローカルニュースを見ていたら、佐久鯉を使ったコイ料理の特集をやっていて、「むかしはよくコイの料理を作ったのにね」とねえちゃと話しました。

海のない信州では海産魚類の入手が難しく、日本海から信濃川に遡上するサケも、下流、中流域で捕獲され尽くしてしまいます。

そのため、淡水魚のコイは、古くから貴重な動物性蛋白源として利用され、祭礼や祝儀用食材として重用されてきました。

輪切りにした鯉を味噌汁で煮込んだ鯉こく、濃い口醤油、酒、砂糖でじっくり煮込んだうま煮など、ねえちゃの得意料理だったはずですが……。

3日ぶりにねえちゃのところを訪ねると、いつものように玄関にはカギがかかり、灯りも消えたままです。

東京だと夜でも懐中電燈が要ることはありませんが、ねえちゃの近所だといまでは午後5時を過ぎると玄関の灯りがないとカギを開けるのも困難になります。

大相撲が大詰めの時間帯。なんとかカギを開けて家に入って行くと、いつものようにパジャマで寝ています。「きのう行くって言っておいたじゃないか」と怒鳴っても当然、忘れています。

これもまた当然のことながら、みんな食べてしまって、私のぶんのご飯もありません。

上野駅で売っていた、お土産の「開運まんじゅう」を渡すと、いかにもすまなさそうな顔つきで「わざわざ来てくれるのに……」と言いました。

きょうはデイサービスの日。いつものように、やってきたことはみんな忘れていましたが、「のんびり過すことができました」と満足そうでした。

グループホームへの申し込みを終えたので、「いつでも引っ越しできるようにいまから準備しておかないと」というと「高校のとき以来だね」といいます。

ねえちゃにとって、家族以外の家で暮らすのは65年前、高校へ進学したときの下宿生活以来のことです。

いったいどんな暮らしが待ってるのか。何をもって行ったらいったらいいのか。65年ぶりのソトでの生活にいまからドキドキしています。

きょうねえちゃは近所の奥さんに散歩に連れていってもらったそうで、ご機嫌そうに電話が来ました。お医者さん行きやグループホームの見学などで、最近はよく歩いています。

不祥事つづきの大相撲ですが、長野県期待の星、東関脇の御嶽海は初日から3連勝と快調なすべり出しで、「大関」に向かって突き進んでいます。

最近はほとんど相撲中継も見なくなってしまったねえちゃですが、御嶽海の話題を持ち出すと「大関になるなんて長野県出身では初めてじゃない」と言います。

「雷電がいる!」。私が、信濃国小県郡大石村(現・長野県東御市)出身で勝率9割6分2厘、「史上最強」とも言われる雷電爲右エ門(1767-1825)の名前をあげると、「そんなの大昔の話でしょ!」と、相手にしてくれませんでした。

ねえちゃの携帯電話の着メロはこれまで、“イギリス第2の国歌”とも言われるエドワード・エルガー「威風堂々」になっていました。

けれど、これが鳴ってもこのごろはテレビか何かから流れているのではないかと思い、携帯電話だと気づかなくなってきました。

そこで、ふつうのベルの着信音に変えてみまたところ、「これなら電話だと分かる」とねえちゃは気に入っています。

グループホームへ移ることになったら、携帯電話でわれわれと連絡を取り合う必要があります。なので、とりあえず携帯を掛けたり、受けたりすることができるようにならなければなりません。

そこできのうから、自宅の固定電話や、私の携帯や、生前連れ合いが使っていた携帯やら、いろいろ電話を掛ける練習をはじめました。

電話が掛かったときは点滅するボタンを押せばいいので、受けることはできるようになりました。が、10回、20回と繰り返しやっても、思うように携帯電話を掛けることがまだできません。

仏壇に線香をあげるのに、火がつけられなくなっちゃったと、ねえちゃが騒いでいます。

どうも、線香に火をつけるための使い捨てライターのオイルが無くなってしまったようです。

近くのショッピングセンターへ寄ってみると、いろんな種類のライターが売られていました。でも、つまみが硬くてねえちゃの力ではなかなか点火できないものも、かなりあります。

いくつも試してみて、楽に火がつくピンク色のを二種類買って帰り、仏壇の前に置きました。

仏壇は、日記や血圧手帳と並んでねえちゃの必需品です。申し込みをしたグループホームへ持っていくかどうかも、思案どころです。

きょうはデイサービスの日、帰って来たときにはいつものように何をやったかすっかり頭から消えていました。「何を食べたの?」と聞いても、まったく覚えていません。

センターとの連絡のためのカードにある「食欲」の欄にねえちゃは、たいてい「普通」のところに〇をします。けれど、ハタから見ていると、どう考えても「旺盛」としか思われません。

今週の火曜日に私がお土産に持ってきた9個入りの饅頭を一夜で1箱平らげたと思えば、残っていた市田柿20個ほどもぺろり。きのう買ってきた5個入りの豆大福も、もう無くなりつつあります。

アタマやココロには「波」がありますが、食欲だけはいっこうに衰えを見せません。

年末年始、ちょっと多めに頼んだので冷蔵庫におかずがまだありますが、残ってしまう心配はなさそうです。

きょうの午後、グループホームの見学と申し込み手続きに行って来ました。

自宅から歩いて30分ほど。デイサービスに通っている医療法人が運営しているので、馴染みの場所のはずですが、ねえちゃは「どこに来たんだか、さっぱり」とちんぷんかんぷんです。

1ユニットの入居者は9人で、職員のかたが3人いて1人が3人のめんどうを見てくださる体制になっているそうです。クリニックも併設されているので、お医者さんに連れて行く必要もなくなります。

部屋は6~7畳ほどの大きさ。共同の大きなお風呂やくつろげそうなリビング。ねえちゃが楽しみにしている、いっしょに料理をしたり畑の作業をしたりといったことも可能だとか。

地域とのコミュニケーションを大事にしているそうで、地元のいろんなイベントに参加することもできそうです。

担当の職員のかたから詳しいお話を聞いて、いまのねえちゃにはぴったりだと感じ、申し込みの手続きをしました。

いま、5つのグループホームを運営しているようですが、空きが出次第、連絡をいただけるそうです。ねえちゃも、いつでも移ることができるように準備していかなくてはなりません。

まぶしい日差し、好天に恵まれたきょうは、かかりつけの脳神経外科に歩いて行きました。絶好のお散歩日和でしたが、以前に比べるとねえちゃの歩きは、少し遅くなってきたかなというのが気になります。

天気がいいせいか、待合室はいっぱいです。そのため、薬の処方と、生命保険で必要な健康診断書の依頼をするだけにしました。

診断書の中に「MMSE検査」というのと「HDS-R」という項目がありました。このうち後者は計測してあるが、前者は測ってないので必要があれば測定する必要があるという先生の話でした。

MMSE検査というのは、認知症の診断用に米国で1975年に開発された「Mini Mental State Examination」のこと。30点満点の11の質問からなり、見当識、記憶力、計算力、言語的能力、図形的能力などをカバーし、24点以上で正常、10点未満では高度な知能低下と診断されるのだとか。

HDS-Rも認知症の診断に使われる認知機能テストのひとつ。精神科医の長谷川和夫さんが開発した「長谷川式スケール」と呼ばれる検査だそうです。見当識、記憶など9項目からなり、30点満点で20点以下は認知症の疑いが高まるとされるそうです。

ねえちゃとじっくり話をして、グループホームの面接・見学をしてみることに決めて、資料を送っていただいた施設にうかがうため予約をしました。

連れ合いが亡くなって7年間、私が隔週で訪れて世話をしてきました。できることはすべてやって来たつもりですが、ねえちゃ自身の愉しみを見いだすことができないまま、認知症は進行していきます。

世の中には一人で暮すのに向いている人もいれば、みんなで暮らすほうが安らぎを感じる人もいます。

あまり積極的なほうではないにもかかわらず、誰かといつも話していたい、みんなと同じようにしたい、という希望が強いねえちゃには、いつも仲間としゃべって居られる環境に身を置いたほうが暮らしやすいだろうし、病気にもいいのではないかなというのが現段階での結論です。

きょうは、デイサービスの日でした。年末から懸案になってる入れ歯について突如、「3日前に行ったときデイセンターに忘れて来た」と言い出して、センターで聞いてみたりしたようですが、やはりありません。いぜん、行方不明状態です。

朝、ねえちゃから「ふらふらしていてどうにもならない」と電話がありました。

きょうの夜、私が行くと連絡していたので、誰かが来るなら何か作ってやらなければならない、とでも思ったようです。

何だか分からないけれど自分の中でトラブッてしまうと、からだが「ふらふらしてどうにもならない」という事態に、ここ数年、しばしば陥ります。

この7年間、私は月の半分近くねえちゃの家に行っているので、ごく日常的なことのはずですが、ねえちゃの頭は突然大昔に戻ってしまって、どうしよう、どうしようと切迫した気持ちになってしまいます。

「ふらふらするんなら寝てればいいでしょ。夕食を作ろうったって、料理なんかできないのは今にはじまったことじゃないんだから」

きょうは成人の日。あいにく天気は良くありませんでしたが、街中で、きれいな和服を着た若い人の姿を見かけました。

ねえちゃが住む長野県内で開かれる成人式の対象者は2万2372人(前年比309人増)だそうです。 

ねえちゃが成人したのはいまから60年以上前のこと。よくは覚えていないようですが、「もはや戦後ではない」と言われ、高度成長へと突入したころです。

高校卒業後、山の中の営林局の治山事業所で働いていて、7年前に亡くなった亡夫と出あうか出あわないか、といった時期だったはずです。

経済成長の息吹は田舎では感じ取れなかったでしょうが、それなりに青春まっただ中の「季節」にあったはずです。

それはともかく、きょうは一週間分の食べ物が生協かだ届く日。いつものように届いたことはすっかり忘れていましたが、無事、冷蔵庫はいっぱいになったようです。

去年までの5年連用日記をやめて、ねえちゃは今年から1年用に切り替えました。

そのため書くスペースは、2日で1ページと、ざっと5倍の大きさになりました。

「日記、ちゃんとつけてる?」と電話で聞くと、「埋まったところもあれば、ちょっとのところもある」といいます。

何もかもすぐに忘れ去ってしまうので、メモ代わりに書き込めるようにというのが、1年用にした理由です。

「朝は何を食べた。どこから電話がかかってきたと、時間を書いてどんどん書いていかなきゃダメ」といっても、なかなか要領を得ない様子です。

歯周病が認知症の症状を悪化させるしくみを、愛知県にある国立長寿医療研究センター、名古屋市立大学などのグループが解き明かしたそうです。

歯周病菌の毒素がアルツハイマー病の原因とされる脳の「ゴミ」を増やして、認知症の症状が悪化するというのです。

認知症の6割を占めるとされるアルツハイマー病は、脳の神経細胞の中にアミロイドβというたんぱく質の「ゴミ」がたまって神経細胞が徐々に死滅することが原因と考えられています。

研究グループは、アルツハイマー病を発症するマウスに歯周病菌を感染させ、歯周病でないアルツハイマー病のマウスの脳と比較したところ、5週間後、歯周病のマウスでは記憶をつかさどる海馬でアミロイドβの量が約1.4倍に増加。

また、記憶学習能力を調べる実験でも、歯周病のマウスでは認知機能が低下していたそうです。

ねえちゃはきょうはデイサービス。いつものように風呂に入ったのとゴロゴロしていた以外は、記憶にないそうです。ただ、入歯が行方不明になっていることもあって「歯」についてはとかく気になる様子です。

固定電話でのやり取りだけで、昨年ねえちゃはほとんど携帯電話を使わなかったので、携帯を使えるようにと、最近は携帯に電話を入れるようにしています。

当初は、携帯の着メロが鳴っても何が何だか分からずほとんど出ることは無かったのですが、最近はだいぶ慣れて来たようで、掛かってくるとピコピコ点滅するボタンを押して、ちゃんと出られるようになってきました。

昼間でも布団の中にいることが多いので、携帯のほうが便利なようです。私もねえちゃもかなり古いタイプの、当節では珍しくなってきた「ガラ携」です。

ただし、以前は出来ていた携帯電話で掛ける方法は、いまだ思い出せてはいないでいます。

私もねえちゃも、スマートホンに切り替える必要はなさそうですが、徘徊に出てしまったりといった、いざというときのことを考えると、やはり携帯電話は必需品です。

夕方、ねえちゃのところへ電話すると「入れ歯がなくなっちゃって、困った!」と、いまさっき失くしたかのように言います。

「そんなの去年から、でしょ。入れ歯がないほうが話が聞き取りやすいし、ご飯だって特に不自由というわけないでしょ」というと「そうかな」と返事をします。

家の中を探すように言っても、すぐに何がなくなったのか忘れてしまうので、自力でちゃんと探すまでには至りません。

ふだんは入れ歯がないことを忘れているのですが、ふと無いことに気がつくと「入れ歯がない」と驚いたようにまくし立てます。

さて、出てこないとなると、入れ歯を作り替えに歯科へ連れて行こうか。それとも、もう少し様子を見ることにするか。思案のしどころです。

きょうは、今年はじめてのデイサービス。昨年と同じように、お嫁さんに電話で起こしてもらって出かけました。

帰ってきて「新年だから、いつもとちがう行事とかあったんじゃないの?」と聞くと、「いつもと同じように、ゴロゴロしてきただけ」と、昨年同様、風呂に入ったこと以外はすっかり頭の中から消えてしまったようです。

年末に注文した市田柿の請求書が来たので、東京の私のほうで代わりに振り込みの手続きをしました。食事、コメ、灯油など、ねえちゃの生活のもろもろは、すべて私のほうでコントロールするしかなくなってきました。

冷蔵庫には、まだ食べ物はたっぷりありそうです。あしたから、ワタミの宅食もはじまります。「今年もよろしくお願いします」とはいいますが、いまが正月なのか何なのか判然としないままに、ねえちゃの新年は過ぎていきます。

認知症の患者数は2025年に700万人を突破し、65歳以上の5人に1人まで増えると推計されているそうです。

豊かな100歳時代のためには「健康寿命」をいかに延ばせるかにかかっていますが、その高いハードルになっているのが認知症なのでしょう。

ねえちゃのように、カラダは元気でも認知症が進んでくるととても「健康」とはいえません。「頭がヘンになっちゃって、死にたい」と再三いわれると周りのシンドさも深まります。

ねえちゃにとって今年は、そんなハードルをなんとか越えていく道筋を探り出さなければならない年になりそうです。

長野市も比較的いい天気のお正月のようですが、いつものように、年が替わったとか、年末年始にだれが来たとか、ぜんぜん頭から消えてしまっているようです。でも、明日からもうデイサービスが始まります。

周りにいる者としては、片っ端から忘れてしまっても、愉しいなと思う瞬間、瞬間が、少しでも多くなるような環境をつくってくことを心がけるしかないような気がしてます。

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

ひとり暮らしをする認知症のねえちゃについて、家族の共通理解の場になればと思いつきで始めたこのブログですが、早いもので3年目に入りました。

もともと長くつづけるつもりはなかったのですが、“家族+α”で若干の役割は果たしているようなので、もうしばらく書いていこうと思っています。

この3年のあいだに、病院を変えてアルツハイマー病の診断を受けたり、要支援、要介護の申請をしたり、デイサービスに通うようになったり、といろいろなことがありました。

そして今年は、グループホームへの入所を模索する年になりそうです。だれもが一度は経験するであろう試行錯誤がつづきます。

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