Aokijima

「認知症」と「ねえちゃ」に関する覚書です

2017年11月

ねえちゃは、これを食べてたいとか、がんばってこの料理を作ってみたい、といったことはほとんどありませんが、食卓や冷蔵庫にあるものをただむしゃむしゃ食べています。

夕食は、毎日の宅食や冷蔵庫のおかずで、ご飯を二度、三度とおかわりするのが常です。食欲だけはいっこうに衰えを見せません。

一昨日おみやげで買ってきた「赤福」も、一箱ひとりで平らげて、きょうからは「おいしそうだね。寝床へ持っていって食べようか」と有機天津甘栗「楽笑栗」の袋を開けました。

赤い袋には「モンド・セレクション金賞受賞」とあります。「これ、むきやすいように皮が割れている。おいしいものが食べれて、幸せ、幸せ」と、けっこうご機嫌です。

「えっ、日馬富士引退。どうかしたんだろうか?」。デイサービスから帰って、午後7時からのニュースを見ながら、ねえちゃは大きな声をあげました。

「このところ毎日毎日テレビでやっている暴力事件のこと、知らなかったの?」

「えっ、何かあったんだ」と、事件については全く頭のなかに入っていないようですが、北朝鮮の新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)のニュースよりは関心がありそうです。

2001年1月の「安馬」という四股名で初土俵を踏んでころの映像をみながら「あんな細い体で横綱までがんばったのにね」と涙を浮かべていました。

きょう私は、8日ぶりに東京から、ねえちゃのいる長野へ行きました。

上野駅で「個数限定」ということで「赤福餅」を売っていたので、おみやげに買いました。

赤福餅はよく知られているように、餅を淡泊なこし餡でくるんだ三重県・伊勢名物の餡餅です。

創業は1707(宝永4)年。当時、爆発的に流行っていた伊勢神宮へのお参りを無事に済ませた人々と、幸福を喜びあおうという真心(赤心)で餅の接待に努めたのが、赤福餅の始まりだとか。

「伊勢参りには行ったの?」とねえちゃに聞くと、「おじいさんといっしょに行ったという記憶はあるけど……」。いつものように「おいしい」「おいしい」と言って、さっそく食べていました。

きょうは、生協の宅配サービス(コープデリ)の日です。夕方「生協とどいた」と電話でねえちゃに聞くと、いつものように「そんなの来てない」といいます。

台所を探してもらうと、いつもの青い箱はあるといいます。毎日と届けてくれているワタミの宅食のコールドボックスです。

冷蔵庫をのぞいてみると、おかずやミカンなど生協から来たものがいっぱい詰まっていることがわかって、いつものように「ごめん、ごめん」とくりかえしています。

コープデリは、東京、埼玉、千葉、茨城、栃木、長野、群馬、新潟の8都県で利用できるそうですが、私はいま東京とねえちゃの居る長野の両方で利用しています。

メニューのほとんどは共通していますが、信州そばや特選のもやしなど地域ならではの食品もあるようです。

日馬富士の貴ノ岩への暴行騒動で、本場所のことは忘れられがちな感がありましたが、白鵬が区切りの40度目の優勝で幕をとじました。

貴乃花とか日馬富士とかいっても、ねえちゃには、なんとなく分かる程度。父の貴ノ花と息子の貴乃花がごっちゃになっているようなところもあります。

もちろんモンゴル出身の貴ノ岩という関取のことは知りませんし、だれがだれに暴行をふるったかもあいまいです。

ところで、この九州場所で、長野県出身の東関脇、御嶽海の成績は、9勝6敗。今年の6場所すべてで勝ち越しを達成しました。「来年は大関」が現実味を帯びてきました。

半年で14回保護された認知症の母親が、外出を止めた息子の暴行で死亡するという事件が愛知県で起こりました。

60歳の息子が、母親の外出を止めようとしたが言うことを聞かなかったため、左下半身を足蹴りにした後、左側頭部を平手打ちするなどの暴行を加えた疑いがもたらているそうです。

86歳になる認知症の母親は、外に出て歩きまわり、この半年間で警察に14回も保護され、事件が起きた今月12日も外出しようとしていたそうです。

週刊誌によると、「うちに帰りたい」と近所の人たちに何度も話していたそうです。今年転居する前までずっと住んでいた「うち」に帰りたくて、外へ出たけれど途中で分からなって保護されることになっていたことが考えられるそうです。

認知症の人は、生活環境が変わると不安で不安でしょうがなくなるとか。だから当人にとって「転居」は、一大事なのだそうです。

「いま、帰ってった」と、きょうの昼過ぎ、ねえちゃからけっこう明るい声で電話がありました。

「だれが帰ったの?」と聞くと、埼玉県に住んでいる姪の名前をあげます。

「え~、いつ来たの?」と尋ねると「ひと晩泊っていった」といいます。「え~!」。昨晩は近所の人に花火に連れて行ってもらっていったはずで、お客さんが来たなんて言ってませんでした。

日記には、なんと、私と花火に行ったと書いてあるといいます。「え~!」。きのうは私は東京にいたので、いっしょに行けるはずはありません。

再度聞き直すと、姪はきょう来たかもしれないが、息子ふたりを連れて来て、ひじきの煮つけなどおかずをいろいろ作ってきてくれたといいます。

3人で来たのなら湯呑茶碗もたくさん使っただろうし、いただきものがあれば、冷蔵庫かどこかにに入っているはず。

でも、それらしき、が見当たらないので、ねえちゃは何が何だったのか、だんだん自信がなくなってきたようです。

現実と夢、昔のことと最近のことなど、頭の中でごちゃまぜになって収拾がつかなくなっているのでしょうか。最近では、こういうのがごく当たり前になりつつあります。

きょうの夕方、「花火に連れていってもらうことになったから出かける」と、電話がありました。

犀川べりで行われる、有名な「長野えびす講煙火大会」です。明治32(1899)年に始まり、今年はなんと第112回。

長野の煙火は江戸時代から盛んだったそうです。権堂の遊女屋が、遊客を誘うために煙火大会を催し、これが当たって近隣からたくさんの見物人が押しかけたそうです。

大正5(1916)年には、日本で最初の二尺玉を打上げて世間をアッと言わせ、昭和3(1928)年の30周年記念には、二尺玉七発をはじめ大玉早打ちが話題をまいたとか。

「冬の花火」の気分といったところか、最近のねえちゃは比較的安定した心もようでいるようです。

きょうはデイサービスの日。いつものようにやったことはみんな忘れていましたが、元気に行って来たようです。

昔の職場の同僚から、弟さんが亡くなったという喪中はがきが届いたので、久しぶりに電話をしてみたとねえちゃは少し興奮気味でした。

喪中はがきは、正式には「年賀欠礼状」と言って、喪中の期間のお正月に新年を喜ぶ挨拶を控えることを詫びるもの。

先方が年賀状の用意を始める前に手元に届くように、11月中か遅くも12月初旬頃には届くように出すのがマナーだそうです。

早いもので、いつの間にか今年も、そういう時期に入っているのです。

寒気の影響で長野県内も全域で冷え込んで、北部の山沿いと中野飯山地域を中心に雪が降り、平地でも雪が積もったところがありました。

トラックが凍った路面でスリップしてガードレールに衝突して追突するなど、雪や凍結した路面でのスリップ事故が相次ぎました。

雪国とはいっても、雪が降り始めるこの時節には、車のトラブルは避けられないようです。

ねえちゃの家には車がないので、2台分ある駐車スペースは雪掻きをしてまとめた雪の置き場になります。

今年も雪との付き合いがそろそろ始まります。

きょうは生協の食料品が届く日です。「生協とどいた?」と電話をしても、ねえちゃはいつものように「え~?」。冷蔵庫を確かめてみると、届いたものをもう自分で収納済みだったようです。

いざというときのため、昔みたいに使えるようになるようにと、最近は極力「携帯」に電話をすることしていますが、ねえちゃはまだなかなかうまくいきません。

固定電話だと受話器を取ればしゃべれますが、携帯だとボタンを押さなければしゃべれません。「らくらくホン」だと電話がかかって来たとき点灯しているボタンを押せば、いいだけなのですが、それすらなかなかうまくいかないのです。

「らくらくスマートフォン」に替えると「シニアはじめてスマホ割」といった特典もあるそうですが、とてもスマホどころではありません。

「何か、かわったことあった」と夕方ねえちゃに電話を掛けてみると、「いとこが二人来た」といいます。

このあいだ別の親戚とねえちゃが電話していたときに「二人が行くかもしれない」「それはうれしい。楽しみだ」と喜んでいるのを、傍らで耳にしました。

が、いつものようにねえちゃ自身はすぐに忘れてしまっています。「いとこ二人がわざわざ来てくれるなら、お茶菓子ぐらいは」と、この間、近くのスーパーへねえちゃと買いに行ってきたのでした。

「買ってきたお菓子、ちゃんと出した」と聞くと、「覚えてない。だけど、お菓子を何か持たせたような気がする」といいます。

まあ、何らかのかたちで買ってきておいた茶菓子が、役に立った模様ではあります。

きょうは、デイサービスの日です。センターに行っている間に、私は東京へ帰らなければならなかったので、ちゃんとカギを持って行ってもらわなくてはなりません。

ねえちゃが朝、カギを家に置いたまま出てしまうと、私が昼にカギをかけて東京へ帰ってしまうとセンターから帰って来ても入れなくなってしまうからです。

カギを忘れるだけでなく、玄関のカギ穴にカギを突っ込んだまま出かけてしまったりする“事件”が起ることもたまにあります。

何回も念を押したのがみのったのか、きょうは玄関のカギをかけ、鈴の付いたカギの音をひびかせながら出かけました。

そして、いつものようにデイサービスでやったことはすっかり忘れていましたが、気分よく帰って来たようです。

きょうの夕方、暗くなる前に、自宅近くのスーパーへ出かけました。最近のねえちゃは、一人で近所の店へ買い物に行くことも出来なくなりつつあります。

以前は毎日のように、ここのスーパーに通っていましたが、ここ2カ月以上行っていません。その間に店内がリニューアルされ、「マツヤ」だったのが「デリシア」へと店の名も完全に変更されました。

すでにもう、前の店舗の記憶が消えているので、店の中のどこがどう変わったかもまったく分かっていないようです。

お客さんが来てくれたときに出すお茶菓子を買うのと、食べるものが無くなったときなどイザというときスーパーに行って買い物ができるようにする練習でもあります。

新しい店の名前も、何とか頭の中にととどめて置いてもらいたいものです。

きょうの午前中、ねえちゃと同じデイサービスに通っているいつものおじいさんが、柿を5個とリンゴを4個を持ってきてくれました。

「余分にあってもしかたがないから」と、柿など、このところ毎週のように届けてくれるようです。

あいかわらず、おじいさんが何という名前なのか、どこに住んでいる人なのか、ねえちゃは知らないし、関心も示しません。

だれからいただいたか1秒後には忘れてしまうので、いつもテーブルの上に置いているノートにこの件を書かせました。

それでも何が何だったかすぐ忘れてしまうねえちゃですが、昼食後、さっそく、いただいた柿の皮をむいて食べたようです。

きょうは、デイサービスの日です。きのう書き込んだ、インフルエンザ予防接種の予診票の入ったリュックサックをしょって出かけました。

高齢者などはインフルエンザに感染すると、肺炎を併発して重症化することがあります。それで、ねえちゃもだいたい毎年、この時期に予防接種を受けています。

センターから帰って来たので「注射した?」と聞くと、「そんなこと、しやしないよ。別に変ったことなかった」と、いいます。いつものようのように、みんな頭から消え去ってしまったようです。

どれ、と服のそでをまくって見ると、左腕の上腕部に注射したことを示す小さい絆創膏がくっ付いていました。お風呂は入ってもいいそうですが、24時間は副反応に気を配る必要があります。

きょうは、お医者さんの日。ときおり小雨が落ちるなか、午前中にいつもの脳神経外科へ出かけました。

血圧の上がり下がりがちょっと激しいようですが、これまでの薬を処方してもらいました。次回、アタマの検査をしてもらう予定です。

あしたはデイサービスでインフルエンザの予防接種があります。ねえちゃは、お医者さんからの帰りに買ってきた巻き寿司をペロッと食べた後、予防接種の予診票を書きました。

熱もないし、食欲も旺盛。カラダに支障はありませんが、あした予診票をちゃんと持って行けるかどうかが心配です。

きのうまでは普通にできていたことが、きょうになると出来なくなるということが、認知症のねえちゃには最近よくあります。

しばらく「圏外」だった携帯電話(ガラ携)の使い方も、当然のようにまったく覚えていません。仕方がないので、電話を受けたり掛けたりする練習をなんどもしました。

「らくらくホン」なので、登録相手にボタン一つで電話をかけられるし、掛かってきたときに点滅しているボタンを押せば話せるのですが、なかなかマスターしてくれません。

いまのを使うようになってもう6年になりますが、スマホはもっと困難そうです。イザというとき携帯電話が頼り、ということもあるでしょう。さて、再び携帯が使えるようになるかどうか。

めずらしく、ねえちゃは昼食をとってから、テレビをずっと眺めています。「駅伝で、長野県がけっこういいところいってる」というのです。

どうもテレビでやっているのは、福島で行われている東日本女子駅伝のようです。9区間42.195キロ、18都道県が出場しました。

長野県は、4区でトップに立ちましたが、8区で優勝した千葉県の中学生選手に抜かれ、けっきょく2:19:21のタイムで2位。残念ながら昨年に続く優勝はなりませんでしたが、大健闘。

一方、きょうから大相撲九州場所も始まりました。長野県期待の関脇・御嶽海は、栃煌山を押し出しで破り、幸先のいい白星発進です。

きょうはデイサービスの日。インフルエンザ予防接種の予診票をもらって帰って来ました。予診票に記入して、来週水曜日に注射です。

ねえちゃの携帯電話がつながらないので見てみると、ずっと「圏外」になったままになっています。今年の5月から通信履歴がありません。

どうしてか、料金が未払いなのか? ドコモショップのサイトの「携帯が圏外になった時の対処方法」というのを見ると、「携帯の電源を切って、バッテリー・UIMカードを外して、はめ直してみてください」とありました。

つづいて「なぜ圏外になるかというと、携帯電話に静電気がまとわりついて電波を阻害するためです。そのためバッテリーを外すことで、帯電状態が解消されます」と、理由が書いてありました。

そこで、とりあえずバッテリーを外してしばらくしてからはめ直してみると、「圏外」が消えて「アンテナ」が立ちました。画面には「メールがたくさんあります」という表示が出てきました。

ねえちゃは、ふだん、寝床に置いてある固定電話の子機を使っています。

ですが、最近、電話を掛ける手順を忘れてしまうことが増えてきました。かけては切れ、かけては切れを繰り返すこともしばしばあります。

「出ない、出ない」とイライラしているときも、実際は、かけ方を忘れてしまって、ちゃんとつながっていないケースも相当ありそうです。

最近は、携帯電話もほったらかしてあって、バッテリーもちゃんとチャージされていないことが多くなってきました。

電話が出来なくなるというのは一大事です。当面は、子機を使うのをやめ、着信や送信履歴がきちんと残る親機だけを使うようにして、親機の使い方を頭にたたき込んで置く。

そういう方針で行くしかないかな。と、とりあえず、私が居るあいだは子機を取りあげて使わせないようにすることにしました。

きょう、ねえちゃはお嫁さんに電話で起こしてもらって、朝早く、近所の奥さんに美容院へ
連れて行ってもらいました。

美容院は無事済んだようですが、夜、私が訪ねてみると、玄関はカギだけでなくチェーンもしっかりかけて、一人で勝手に夕食を済ませていました。

きょう行くことは電話で何度も言っておいたのですが、いつものように、また忘れられていたのです。

鍵だけなら開ければいいのですが、ドア・チェーンがあるとそうは行きません。ドンドンとドアをたたいてもなかなか出て来ません。

夜、ちょっと外出したときにも、チェーンを掛けて寝込まれて締め出されることがあります。

「あれこれ面倒を見るためにわざわざ東京から出向いてくるのに」と、きょうはさすがに頭に来て、チェーンそのものを取り外してしまいました。

これといって盗まれて困るものがあるでなし。本人も、致し方ないと思ったようで文句は言わず、しょげた表情をしていました。

きょうはデイサービスの日。「やったこと、何か一つ覚えて来た?」と聞くと「みんな忘れちまった!いつもと同じだったと思うけど」と、ねえちゃ。

しかたなくセンターからの連絡カードを読み上げさせると、きょうはみんなで千曲市の八幡神社へ行って、楽しく過ごしていた旨の連絡がありました。

「なんだ、いつもと同じじゃなくて、みんなで出かけたんじゃない。センターのバスで行ったの?」と聞くと、「歩いて行ったんだったかな」といいます。「長野市から千曲市まで歩いて行けるわけないじゃないか!」。

千曲市の八幡神社は、正式名は武水別神社(たけみずわけじんじゃ)。武水別大神のほか、誉田別命(ほんだわけのみこと)、息長足比売命(おきながたらしひめのみこと)、比売大神(ひめおおかみ)を祀っています。

武水別神社一帯は平安時代末期から石清水八幡宮の荘園となっていて、安和年間(968-970年)に石清水八幡宮から八幡神が勧請されたと伝えられます。木曾義仲が祈願したとも伝えられ、川中島の戦いの際に書かれた上杉謙信の勧請文なども残されているそうです。

こんな、きょうやったばかりの大きなイベントでさえも、頭に入る前からすっかり消え去ってしまう。いまさらながらですが、寂しい限りです。

以前、ねえちゃは毎朝みそ汁をつくるのが日課でした。ワカメや大根、油あげ、ニンジンなど、具がたっぷり入っているのが持ち味でした。

認知症が進んできた昨今では、みそ汁をはじめ、料理らしい料理はまったく作れなくなってしまいました。

最近は、手作りとそんなにかわらないフリーズドライのみそ汁が出ているので、それを台所に置いたりしているのですが、利用しようとはしません。

「お湯を入れるだけでいいんだから」といっても、使った経験がないので、それがどういうものか頭にインプットできずにいるようです。

しかたないので、とろろ昆布なら以前から食べていたし、インスタントのみそ汁と同じように簡単にできるので「これ、朝、お湯をかけて醤油を入れるだけだから」と、台所の目につきやすいところに置くようにしました。

ですが、まだ、いっこうに食べようとしてはくれません。

トランプ大統領とメラニア夫人が皇居を訪れて、天皇皇后両陛下と会われました。いつもにないトランプ大統領の穏やかな表情が印象に残りました。

両陛下は、会見が終わってトランプ夫妻が車に乗り込み去っていくのを、姿が見えなくなるまでずっと見送っておられたそうです。

ねえちゃも、たいていいつも、親戚やお客さんが帰るとき、姿が見えなくなりまでずっと手を振って見送ってくれます。

きょう私が東京へ帰るときも、パジャマ姿で玄関に出て、いつまでも手を振っていました。認知症になって、いっそう、一人でいる寂しさがつのるようになっているのかもしれません。

ねえちゃには「何を食べたい」というものは、ぜんぜんありません。ただ、肉はあまり好きではありません。

「食べたいものないの?」と聞いても、キョトンとしているだけ。最近は何を買ったらいいのか分からないのでスーパーへ入るのも怖くなって、行きたがりません。

だから、ねえちゃの1週間分の食料品を生協に注文するのは、私が独断と偏見で適当にやっています。生きるベースである「食べる」ということにも意欲がないというのは、なんともやっかいです。

それでも、食欲は旺盛そのものです。お腹がすいたと思うと、周りにおかまいなく何時でも勝手に、ご飯と冷蔵庫の惣菜、それに饅頭やらなんやらで、ムシャムシャ食事を取っています。

最近は、そろそろ夕飯にしようかと茶の間へ行っても、たいてい「もう食べちゃった」と平然としています。エゴイストそのものです。

きょうは、デイサービスの日。雨が降ったりやんだりしていましたが、支障はなかったようです。

センターで、頭のトレーニングや平行棒、ストレッチなど、いろんなリハビリもしたようですが、いつものようにみんな記憶からは飛んでいました。

「リハビリだと思って、食べたものでも、みんなで歌った歌でも、何か一つ、頭に入れるかメモするかしたら」というのは、きょうもダメでした。

昨日、甥から聞いた、脳溢血で倒れて体が不自由になったけど、病気を治そうと懸命にリハビリにがんばっている姉さまの話も、「なんのことか」とすべて忘れてしまっています。

「敗けないでリハビリしたら」といっても、何が、どうすることが、リハビリなのか、ねえちゃの頭は、ぜんぜん“消化”できないでいるようです。

近くまで来たからと、ねえちゃの実姉の長男が寄ってくれました。

「実は」ということで甥が話すには、ねえちゃの「姉さま」がこの夏、畑で、脳溢血のため倒れ、リハビリで最近まで入院していたのだそうです。

多少からだに障害は残ったものの、幸い、最悪の事態に陥ることはなく、リハビリに励んでいるのだとか。

「姉さま」は92歳。いまは家族でめんどうをみていますが、今度の病気で介護がより大変になりつつあるようです。

からだは多少不自由だけど、何ごとにも前向きな「姉さま」。からだは元気だけど、認知症であたまがままならない妹。それぞれに「老い」と対峙しています。

連日報道されている神奈川県座間市のアパートで、切断された9人の遺体が見つかった事件。警視庁に逮捕された白石隆浩容疑者(27)は、今年8月下旬にアパートに引っ越してきてから9人全員を殺害したと供述しています。

連日報道される前代未聞のこの想像を絶するニュースをテレビで見るたびに、ねえちゃは「え、9人も殺したんだって。酷いね!」と、同じような言葉を、そのたびごと繰り返し口に出して驚いています。

「あれはきのうもテレビでやっていた」というように、時系列をたどりながらものごとを見たり、考えたりすることが、最近はまったく出来なくなりました。

一刻一刻が新鮮な驚きで、それが瞬間に消えていってしまいます。ただ、それがどんな出来事であるかだいたいのことはまだ分かっているようです。

きょうはデイサービスの日。いつものようにセンターで風呂へ入ったこと以外はみんな忘れていましたが、無事に帰ってきました。

リハビリだと思ってセンターで出た食事とか、みんなと話したこととか、一つでいいから何をやったか頭に入れるかメモするかして来たら、という課題もなかなか果たすことはできません。

最近、ねえちゃは、買い物をすることもほとんどできなくなりつつあります。近くのスーパーがリニューアルオープンして1カ月以上になりますが、まだ1回も入っていません。

きのう「化粧水や乳液がなくなっちゃう。どうしよう」と困っているので、残り少なくなった青いビンを持って近くのドラックストアへ私が買いに行ってきました。

このページのトップヘ