Aokijima

認知症と生きる「ねえちゃ」の近況と、アルツハイマー病に関する記録です

2017年06月

自分が食べたいもの

ねえちゃは、御菓子でも、果物でも、何かいただきものがあると必ず「まずはおじいさんに」と仏壇に供えます。

でも、供えたことをすぐに忘れてしまうので、そのまま傷んだり、カビが生えて食べられなくなることがしょっちゅうあります。

特別になもの以外は供えなくてもいいじゃない、といっても「まずはおじいさんに」と繰り返しています。

夕飯のおかずを、というと、亡くなって6年になり、料理ができなくなったいまでも「おじいさんの気に入るものを何か作らなければ」とイライラしていることがよくあります。

「おじいさんはもうずっと前に居なくなったんだから、自分で食べたいものを食べればいいの」といっても、「食べたいもの」を探しあぐねています。

タコとかトウモロコシとか、周りで見ているとねえちゃの好物はけっこうあるように思うのですが、長年「おじいさんの食べたいもの」ばかりを気にして、「自分が食べたいもの」を考えることがなかった“後遺症”なのかもしれません。

鈍感

25日朝、長野県南部で最大震度5強を観測したM5.6の地震以来、いまも余震がたびたび起きています。

震度5強を観測した王滝村では80代女性が自宅で落ちてきた物で頭を打ち、木曽町では60代女性が倒れてきたたんすに足を挟まれたそうです。

でも、ねえちゃは、25日からずっと県内で地震が頻発しているという認識はありません。

25日の朝、私は長野市のねえちゃ宅の2階に居て、ガタガタガタと家具などがきしむような揺れを感じて、一瞬緊張しました。少なくも震度2はあったと思います。

その後も、しばしば小さな揺れを感じています。 しかし、ねえちゃはぜんぜん感じななかったと平然としています。

認知症は、地震に関する感度も鈍くしてしまうのでしょうか。それとも、生まれつき鈍感だったのでしょうか。

帰って来ると元気

きょうは、ねえちゃのデイサービスの日です。

朝は「からだの調子が悪いから」と行きたがりませんでしたが、「センターにはお医者さんもいるから大丈夫」と電話でお嫁さんに励まされてやっと出かけました。

帰って来ると、声はすっかり明るくて元気です。アタマやカラダの体操など、みんなといっしょに何かやることにはそれなりに意義がありそうです。

ただし、これもいつものように、覚えているのはお風呂に入ったことだけで、昼食が何だったか、どんなことをやったかはほとんど忘れてしまっていました。

介護の変更申請を出したところ、さっそく調査員の人から電話をいただいて面接の日が決まりました。

デイサービスの日を増やして、昼間も家でずっとパジャマのままでで、起きたと思ったら徘徊するような生活を脱することができればいいなと思います。

関脇

14歳の藤井聡太四段が、歴代単独1位となる29連勝を達成したニュースをおさえて、ねえちゃが取っている信濃毎日新聞の1面トップは、御嶽海の関脇昇進でした。

長野県出身の新関脇は、1933(昭和8)年1月場所で西関脇に就いた高登(下伊那郡喬木村出身)以来、84年ぶりだそうです。

関脇は、江戸時代の大相撲初期からの長い歴史をもつ地位で、「大関の脇」をつとめる者、という意味が語源だとか。

近年では、「3場所続けて三役の地位にあり、その通算の勝ち星が33勝以上」というのが大関昇進の目安とされてます。待望の大関が、そこまで見えてきたわけです。

とはいえ、新聞は取っていてもめったに読むことのないねえちゃには、藤井くんや御嶽海の快挙はトンと頭の中には入っていきません。

介護保険変更申請

介護保険の変更認定の申請をきょう、近くにある市役所の支所に出しました。医師やケアマネのアドバイスをうけてのことです。

昨年の10月に初めて介護保険の認定(要支援1)を受けましたが、ねえちゃの認知症は、それでは対処できないところまで進行しています。

高血圧薬のほかに、アリセプト(5mg)さらにはメマリー(20mg)というアルツハイマーの2種類の薬を併用して飲むようになりました。

いまの医学の範囲でお医者さんが可能な治療はすべてやっていただけているな、と感じています。あとは、ケア態勢をどう整えていくかです。

デイサービスへ行く日にちを増やして、一日中家で寝ているのではなく、いろんな人と接する機会を少しでも増やすこと。

それから、現在ほぼすべて私がやっているねえちゃの食事や薬の管理を、少しずつ外部の人にも手伝ってもらえるようにしていくこと。

それらが、カラダは元気だけれど、アタマの病がどんどん進行しているねえちゃのいまの課題です。

松井潤
matsuijun@jg8.so-net.ne.jp
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