Aokijima

「ねえちゃ」と認知症の記録です

2017年04月

きょうの晩ご飯は、庭で取れたというフキと、近所のかたからもらったゼンマイです。

ねえちゃがめずらしく、ちょっとだけ料理をしました。

フキは煮込みに、ゼンマイはゆでてお浸しにして、花かつおをかけました。いちおう、アク抜きもしたようです。

フキはやや硬めでしたが、ゼンマイはサクサク感があって、まさに春らしいさわやかな味わい。おいしかったです。

「山で採るフキはやわらかいんだけど、やっぱりウチのちょっとしたところに生えるのは硬いんだよね」とねえちゃは繰り返し言っていました。

ねえちゃの家のエネルギーは、クッキングレンジや暖房、風呂など、ほとんどを電気によってまかなっています。

ですから、電源から火が吹いたとかよほどのことがなければ、火事の火元になるようなところはないといいます。

唯一の例外。ライターで火を着けているのが、仏壇のお線香です。

それについては火の始末が心配なのですが、「おじいさんは浄土真宗なので大丈夫」とねえちゃはいいます。

浄土真宗では、仏壇の線香は立てるのではなく、通常、「寝線香」が作法になっているとのこと。

1本の線香を香炉の大きさに合わせて、2つまたは3つに折って、火を付けたあと手であおいで消し、横に寝かせて供えるという方法がとられるのです。

ねえちゃの理屈では「立てないので、火の粉が落ちることがばくて安全」というわけです。

確かに一理はあるとはいえ、それは常識がまかり通っている状態のとき。最近のねえちゃは非常識がまかり通ることが多いので……。

「線香が無くなったから、あした買いに行く」といいます。そろそろ、火を使わない線香とかも検討する必要がありそうです。

4日ぶりにねえちゃを訪ねると、いつものようにパジャマのまま、ポカンとしています。

冷蔵庫をのぞいてみると、きょうを含めて、宅食が3日分残っています。

「どうしたの。何、食べてたの?」というと、「分かんない!」

でも、生協にいつも注文している惣菜は冷蔵庫から無くなっているので、飢えていたわけではなくて何か適当に口に入れて過ごして来てはいるようです。

そして「私が、だれだか分かんなくなってきた」と、いつもに無いことを口にします。

「ええ! おばあさんの名前は何ていうの?」というと、「それはまだ分かる」と、自分の名前を言ってみせます。

息子の名も、孫の名も、まだ覚えてはいるようです。「だけど……」

これまでになかった、何かとんでもない混沌にまた一歩入り込んだようで怖いのだけれど、どうしようもない。そんなあたりをまた、さ迷っているのでしょうか。

ねえちゃは、何もかもを忘れても、日記を付けることと血圧を計って血圧手帳に書き込むことだけは忘れません。

毎日、血圧を計って、折れ線グラフを書き込むのが、生きがいのように思います。

使っているのは、薬局でくれる、医薬品メーカーが無料で配っている血圧手帳です。

きょう昼ごろ、「血圧手帳に書くところが残り少なくなってきた。どうしよう」と、いかにも一大事という感じで電話をかけてきました。

前もって新しいのを渡しておくと、いつも、どこかへ失くしてしまうので、私のほうで管理しているから大丈夫、と毎日のように言っているのですが、心配で心配でそれもすぐ忘れてしまいます。

「大丈夫、今度行ったときに渡すから」というと、ホッとして電話を切りました。
 

きょうはデイサービスの日。水曜日、週のまん中の欠かせない行事としてだいぶ、ねえちゃの習慣になってきたようで、元気に帰ってきました。

連休を前に、中央アルプスの千畳敷、美ケ原高原、南アルプス林道など県内各地で開山祭が行われたようです。山岳観光シーズンの到来です。

標高約2600メートルの中央アルプス千畳敷カール(駒ケ根市)で開かれた開山祭では、アルプホルンの息の合った演奏も披露されたそうです。

千畳敷と、しらび平駅(宮田村)を7分半ほどで結ぶ駒ケ岳ロープウェイは、1967(昭和42)年7月に開通しました。今年でちょうど開業50周年だそうです。

開業した当時、麓の駒ヶ根市に住んでいたねえちゃにとって、できたばかりのロープウェイに乗った思い出は忘れられないようです。

ロープウェイは全長2334m。千畳敷駅の標高は2611.5mあり、索道・鉄道の駅としては日本で最も高いところにあるそうで、高低差950mも日本最高だとか。

今季は残雪が多いため、高山植物が見られるのは7月中旬になりそうだそうです。 
 

発売2ヶ月で100万部を超えるベストセラーになった小川洋子の『博士の愛した数式』の主人公は、交通事故で新しい記憶が80分しか持続しないようになってしまった、数学の「博士」でした。

「博士」は大切なことを記したメモ用紙を体中につけていて、書斎のクッキー缶の中に、野球カードや思い出の写真などをしまっていました。

ねえちゃの場合も、「博士」と同じように、いつも一から話をやり直さなければなりません。メモをすることさえすぐ忘れてしまうので、メモ用紙をもあまり役に立ちません。

最近は必ず、毎日同じように、「何かきょうは、バカになっちゃって」「きょうは何か、お風呂へ入る気にならなくて」と口にします。

「きょうは」ではなくて、このところ「いつでも」そうなんですが、ねえちゃはいつも「きょうは」だと思っています。

玄関で話していたことを、居間へ来ると忘れちゃうので、「80分」も持続したらいいのになあ、と思ってしまいます。

『博士の愛した数式』をはじめて読んだときには、ユニークなフィクションだな、と思いましたが、最近はすっかりリアルな世界に映っています。

「飯田大火」から、70年を迎えたという特集番組をやっていました。「あのとき街全体が焼け野原になった光景は、いまでも目に焼き付いている」とねえちゃはいいます。

飯田大火は、1947(昭和22)年4月20日午前11時48分ごろ発生。おりからの強風にあおられて延焼を重ね、約10時間ほど燃え続けました。飯田中心街の約7割、3742棟、48万平米を焼失。死者行方不明者3人、17,778人が罹災しました。

城下町として発展してきた飯田は京都の町割に倣って作られ、その通路幅は狭く、木造の建物が密集していました。それから、一斉に消火栓を開いたため水圧が低下し、警防団(消防団)による初期消火の失敗につながったことなどが大火につながった原因と考えられています。

この大火を教訓に、延焼を防げるように防火帯道路の緑地帯に、地元中学生によってりんごの木が植えられ、有名な「飯田りんご並木」として復興のシンボルとなりました。

ねえちゃの出身は飯田市近郊の下條村で、高校のときには飯田で暮らしていた経験もあります。大火のときはまだ小学生で下條にいたはずですが、なぜか飯田にいた高校生のときに間近で体験したような気がしているそうです。

「けさ、ねえさまから電話がかかってきて、むかしの近所の話をいろいろした」と、夕食のとき、ねえちゃがいいます。

着信記録を見ると、4月にかかってきたのは、息子からのほかは新聞店からかかって来た1件があるだけです。

最近はかかってきても、その用件どころか、電話があったこと自体も頭の中に入らずに消えてしまうので、近しい人たちも気を遣って電話をひかえてくれているようなところもあります。

実際には電話がないのに、「**さんから電話がかかってきて、**した」といった話をよくするようになりました。一種の妄想なのでしょう。

姉からの電話というのも、どうも、ずいぶん前にねえちゃのほうから電話したときの話が時間と場をとび越えて「きょうの出来事」になってしまったようです。

食欲だけは旺盛ですが、やりたいことは何もないといいます。84歳でデンマークへ渡ったというテレビのドキュメントを見ながら、「どうせ妄想するのなら、こういった大きな夢物語にしたら」と、つい口にしました。

「きょうは、ししゃもを焼いて、ゆでだこ、それに冷凍まぐろの切り落としもあるから、夕食はなんにもしないで大丈夫」と昼過ぎ、ねえちゃに念を押しておきました。

ところが、夕方、何かを思いついたかのように布団から起き上がって、徘徊に出かけました。おまけに、スーパーに寄って5300円余りの食料品を買い込んで来ました。

自分のお金で欲しいものを買って来る、のではありますが、いつものように大半は、冷蔵庫の中にすでにあるものです。

たこは、すでに冷蔵庫の中に三パックあるのに、また買って来ました。バナナも二房あるのに、また二房。冷凍室には、まぐろの切り落としが三袋あるのに、また買って来た、というありさま。

家にないから買って来るのではなく、何が何だかぜんぜん状況判断ができずに、なんとなく買ってきてしまうのです。

食べたいものがあるから買いに行くんだったらいいけれど、家にあるものを次々新たに買いこんでくるだけなので、冷蔵庫に入りきらなくなって捨てるものが増えていくだけです。

いつものように「そんなに無駄づかいばかりしていると、施設に入るお金なんて残らなくなるよ」と諭しても、「はい、はい」とうなずくだけ。ポカンとしています。

きょうの夜、ねえちゃの家へどなたかが訪ねて来られました。

「どなた」と、ねえちゃに聞くと、「デイサービスでいっしょのの人」といいます。

「用件は?」と聞くと、「ふきのとうをいっしょに採りにいかないかって。あした何か予定があったけ」と、いいます。

「名前は何ていうひと?」と聞くと、「わからない」。「男の人なの、女の人なの?」と聞くと、「男の人」。

いろいろ聞いていくと、どうも、この間から再三、ふきのとうなどを届けてくれている男性のようです。

「どこへ採りに行くの?」。「どっか知らないけど、その辺」。

「ちょっと待って! 一人でも徘徊して帰って来れなくなることがあるのに、名前も忘れた、どこの家かも知らない人と山菜採りに行って、帰れなくなったらどうするの!」

というわけで、せっかくのおさそいでしたが、お断りすることにしました。

眠っていないとき、ねえちゃは、窓から外をぽかんと眺めていることがよくあります。

庭らしい庭があるわけではありませんが、今年はチューリップに加えて、鉢植えの椿が十個ほど、赤い花を咲かせました。

「去年もおととしも咲かなかったので、うれしくて、うれしくて」と珍しく豊かな表情を浮かべています。

椿の名の由来は、厚みのある葉の意味で「あつば木」、つややかな葉の「艶葉木(つやばき)」、光沢のある葉の「光沢木(つやき)」などいろんな説があるそうです。

むかしむかし、八百歳の長寿を保ったという、若狭の八百比丘尼という人が、ツバキの枝を持って全国各地を巡り、雪国にも広めたのだとか。

椿というと、有名な河東碧梧桐の「赤い椿白い椿と落ちにけり」、飯田蛇笏の「御嶽の雲に真つ赤なおそ椿」などの句を思い出します。

ねえちゃは、いままで観たなかでいちばんきれいだった桜は「高遠の桜」だとよくいいます。

郷里に近い伊那市高遠町の城址公園にある、タカトオコヒガンザクラです。

いまが満開、公園全体を美しい薄紅色に染める様子が、長野へ帰ると県内ニュースで盛んに流れていました。

かつて高遠藩の馬場にあった桜は、シーズンには花に隠れて馬の姿が見えなくなるほどだったそうです。

明治8(1875)年、荒れたままになっていた高遠城址を何とかしようと、旧藩士たちが馬場の桜を城址に植え替えたのが、公園の桜の始まりだったとか。

タカトオコヒガンザクラは、ソメイヨシノより少し小ぶりで赤みがある独特の味わいが感じられます。園内には約1500本もの桜の木があり、全国の「さくら名所100選」にも選ばれているそうです。

アルツハイマー病は、男性よりも女性の方が発症する人が多く、とくに閉経後は発症者が増えるといわれています。

東邦大学の研究で最近、女性ホルモンの代表格であるエストロゲンと、さらには「痩せすぎ」と、アルツハイマー病とのあいだに関連があることが分かってきました。

アルツハイマーの女性患者の大脳前頭葉と、そうではない人の大脳前頭葉を比べたところ、女性患者の前頭葉白質組織ではエストロゲンの受け手である「ER-β」という受容体が少なかったそうです。

つまり、エストロゲンの働きの低下が、アルツハイマー病に関係している可能性があることがわかったわけです。

また、肥満度を示すBMI(体格指数)が高い人は、エストロゲン濃度が高い人が多い傾向にあることも明らかになったとか。

ダイエットしすぎて痩せすぎたりすると、脳内のエストロゲン濃度を維持できなくなり、アルツハイマー病にかかりやすくなる可能性があるということになります。

ねえちゃはこれまで、とくにダイエットに力を入れたことも、「痩せすぎ」だったということもなかったように思いますけれど。
 

「まったくバカになっちゃって」と、ねえちゃは毎日のようにいいます。本人も、症状が進んで来ているという感じをなんとなく持っているようです。

アルツハイマー病は、いまのころお医者へ行っても治せない病。できるここといえば、薬を増やしてみることくらしかありません。

中等度から高度アルツハイマー型認知症の症状の進行を抑える「メマリー」という薬があるそうです。第一三共株式会社が2011年6月に発売した薬です。

認知症患者の脳内には異常なタンパク質がたまり、神経伝達物質であるグルタミン酸が過剰な状態になる。そのため、記憶のシグナルが妨害されて記憶が困難になってしまう、という考え方があります。

メマリーには、過剰なグルタミン酸の放出を抑え、結果的に脳神経細胞死を防ぐ働きがあるそうです。錠剤には、5mg、10mg、20mgの3種類があります。5mgから始めて1週間毎に増やしていくそうです。

腎臓の悪い人は薬の排泄が遅れがちで、用量に注意するなど慎重に用いるようにする必要があるそうです。この間ねえちゃが採血をしたのも、腎臓の状態を調べるためです。この薬にお世話になる必要があるかもしれません。

平日は毎日正午少し前に、夕食のおかず用の宅食がねえちゃの家まで届きます。

それに加えて、毎週月曜日の午後には、注文しておいた一週間分のおかずや惣菜、果物、漬物、お菓子などが生協から届きます。

最近は、これらのものを冷蔵庫に保存しておいて、逐次食べるので、スーパーへ行く必要がほとんどなくなってきました。

とはいえ日曜日は、宅食もなく、生協のおかずも残り少なくなっているので、やりくりがちょっぴり大変です。

ねえちゃの食欲はいっこうに衰えません。それも、好きなものからドンドン食べてしまうのでなおさらです。

でも今週は「ぜいたくなおかず」、まさに取って置きの冷凍エビを、日曜日のきょうまで残しておきました。

電話で「あのエビ、解凍して食べた?」と聞くと、なぜか涙声で「食べた!」と言っていました。

ねえちゃには、「家に居てやることがない、ないと徘徊して回るくらいなら、ちょっとずつでいいから本を読んだらいいのに、人生変わるよ」とたびたび言います。

本人も「そうだね」と口には出しますが、日記など「書く」ことには興味をもっても、「読む」ことは以前から苦手だったようです。

むかしから、本を読んでる姿を目にしたことはあまりありません。ただ、もう何十年も前ですが「本屋へ行くけど、なんか読みたい本があればついでに買ってくるよ」というと、「島崎藤村の詩集を読みたい」と言ったことがあります。

たまたま、信州の文学の定番の本が口から出たのか。学生時代、国語とか、音楽とか、何かのきっかけで藤村詩に親しみを抱いたことがあったのか?。

そのときは、赤い表紙の新潮文庫の『藤村詩集』を買ってきた記憶があります。それをねえちゃが、読んだのかどうかは、定かではありません。

一日中ポカポカ陽気の長野市でも、きょう、ソメイヨシノの開花が発表になりました。だいたい平年なみのようです。

陽気に誘われてなのか、ねえちゃは、きのうは「現金はあるので行く必要がない」といっていた銀行に出かけていって、お金をおろして来たようです。

行ったことを本人はすぐに忘れていましたが、テーブルのうえに銀行名が入った飴玉が置いてあるので「これ何」と聞くと、「そういえば貰って来たんだわ!」。

何をしようと思って出かけたのか、何か用があったのか、それとも徘徊なのか。最近の外出は、何がなんだか区別がつかなくなっています。

夜、これまで何度かふきのとうを持って来てくれた、同じデイサービスに通う男の人が、今度は「きしめん」を持って来てくれました。

ねえちゃはきょう、やっとその人の名前を聞いたそうですが、どこに住んでいる人なのかは、なんだかよくわかりません。ありがたいことですが、あまりに頻繁に届けてくださるのがちょっと気になっています。

風は少し寒いのですが、山々がくっきりと見える晴天。きょうは、お医者さんの日です。
 
もう10回以上通っているのにいまだに行く道がわからないねえちゃと、いつもの脳神経外科に歩いていきました。

最近は、血圧が高い日も多く、気分の浮き沈みも激しさを増しています。それに最近は、大好きだったはずのお風呂にも入ろうとしなくなったという“異変”も起こっています。

そこで、先生と「薬を増やしてみましょうか」という話になりました。新しい薬を服用する前に血糖や腎機能を調べる血液検査が必要、ということで「採血」をしました。

ねえちゃはいつものように病院を出るとすぐに、自分がどこで何をしてきたか忘れてしまいます。右腕をめくらせて「これやってきたんでしょ」と採血の跡を示すと、やっと少し思い出すようでした。
 

きょうは、デイサービスの日。ねえちゃは、いつものようにお嫁さんの電話で「行く気」を起して、出かけました。

センターに行くとすぐに、お風呂。大きな湯船でのんびり「朝風呂」を楽しめたそうです。

自宅では、最近、ひとりで入浴するのになんとなく「怖さ」を感じるようになってきました。

それがどういう恐怖感なのかはよくわかりませんが、みんなが居るところだと、今のところそうした気持ちは沸いて来ないようです。

いつものように詳しいことはみんな忘れてしまったようですが、きょうは、センターの一階を「いろいろ見学して回った」のだそうです。

「ふきのとうを何回も持って来てくれたおじさんには会ったの?」と聞くと、「きょうは来なかったのかなあ?」と要領を得ない答えでした。

テーブルにくっ付けた、高血圧の薬とアルツハイマーの薬をセットで入れたピル・ケースの効果があって、最近は毎日きちんと薬を飲むようになりました。

何度言っても、何度も言ってもやらなかった、ノートへのメモも、何度も何度も言っていたら、ようやくテーブルにいつもノートを広げておくようにはなりました。

デイサービスセンターとのやり取りをするためのカードも、最近はようやく忘れないようになりました。あしたセンターへ行くので、今夜リックサックへ入れたり出したり、準備をしていました。

忘れていくのか、頭に入らないのか。すべてのことがほとんど記憶には留まらなくなってきたねえちゃですが、まだ、習慣にする能力は残っているようです。

習慣化の機能は、ふつうの記憶とは脳の別のところでやられているのでしょうか。いずれにせよ、いまはなんとか「習慣」を頼りに生活していくしかないのです。
 

日記は、夜、一日にあったことを振り返って書くのが普通だと思います。

けれど、ねえちゃは最近、昼食に起きて来たときとかに、もう書いています。五年連用の、一日五行ほどの日記です。

「まだ、きょうはまだ半分あるのに!」と聞くと、「ほかにやることもないから」といいます。

日記と言っても、その日にあったことはほとんど頭に残らず過ぎていくので「きょうもバカで困る」とか、同じようなことが、同じように綴られていくだけです。

月曜日の午後は、生協の宅配で、一週間分の食料品を持って来る日。配達員の人とあれこれ話したり、配達されてものを整理したりします。

「そんなに書くのが好きなら、そういった一日にあったことを片っ端からノートにメモしておいて、夜、それを読み直して、肝心なところだけを日記に書いたら? そうすれば日記らしくなるし、頭の体操にもなるんじゃない!」

いつもの忠告をするのですが、実行に移すのはかなり困難になってきているようです。

今年のゴールデンウイークは、平日2日間を挟んで最長9連休となる曜日の並びの良さもあって、海外旅行も伸びているそうです。

2015年11月のパリ同時多発テロの後、旅行者が落ち込んでいた人気旅行先のフランスが回復。昨秋、成田―マドリードの直行便が約20年ぶりに再開したスペインも好調で、オーストラリアや東南アジアも人気だとか。

ねえちゃは、これまで日本を出たことはありません。「韓国とか近くなら無理ではないから、一度くらい海を渡ってみない?」と聞いても、まったく興味はなさそうです。

そもそも年中休日のねえちゃにとってゴールデンウィークは、「宅食」の配達が無かったり、お医者さんが休みだったりする以外、特別な日でもなんでもないのです。
 

きょうは、長野も23℃まで上がるポカポカ陽気。夕食はシシャモを焼いて、起き出してきたねえちゃと食べました。

飯田市では、滝沢川沿いに自生するカタクリが、細長い紫色のかれんな花を咲かせたというニュースが流れていました。

長野市の桜の開花はまだですが、約470本の桜が植わる城山公園では、花見小屋の営業が始まったとか。

でも、陽気に関係なく、ねえちゃはいつものように一日中ふとんの中です。さすがにきょうは要らないだろうに床暖房もスイッチが入ったまんまです。

ほとんど唯一の楽しみだったお風呂ですが最近は、デイサービスの日に入るだけで家ではほとんど入ろうとしない、というのが常態化してきました。

アルツハイマーによく見られる、といわれる“症状”が一つ一つ増えていくように感じています。
 

デイサービスセンターで知り合った近所のおじさんからいただいたふきのとうで、ねえちゃは今晩「ふきのとう味噌」を作りました。

春を告げる山菜、ふきのとうにはいろんな料理があります。天ぷらにしてもいいし、おひたしや和え物、魚や肉料理の付け合わせ、パスタの具材としても使えます。

でも、いまのねえちゃにできる料理は「ふきのとう味噌だけ」だといいます。ふきのとうを水に浸しアクを抜き、熱湯で茹でてから細かく刻んで、味噌とみりんを合わせたものと一緒に炒めて作ります。

すがしい香りにほんのり苦味がきいて、ご飯の上に乗っけると食が進みます。それに、日持もいい。

ところが、出来上がったふきのとう味噌は残念ながら、見た目を含めてあまりにしょっぱい。

ねえちゃ自身も「失敗作」であること、認めざるを得ないようでした。
 

最近ねえちゃは、生活費をいつもおろしている銀行ですら、カードでATMからおろすという作業が困難になってきました。

また、この銀行のカードの暗証番号は辛うじて覚えてはいるのですが、ほかのカードについては暗証番号をみんな忘れてしまっています。

暗証番号を照会してもらうには、本人が電話をして確認が取れなくてはダメです。が、最近は、そういった事務的な電話をするのも難しくなってきつつあります。

そこで、きょう、まだ勤めに出ていた30年くらい前に作ったままにしてあったクレジットカードの暗証番号の照会をしてみました。

大きな文字で紙にカードの番号を書き写して、電話の向こうでこう聞かれたらこう答えてと予行練習を重ねた末に、なんとか暗証番号を郵送してもらえることになりました。

インターネット等にはほとんど関与していないねえちゃですが、いまのうちに確かめて置かなければならないこと、他にもいろいろありそうだなという気がしています。
 

きょうはデイサービスセンターの日です。いつものようにお嫁さんに電話で起こしてもらい、出かけました。

きょうはセンターで、ちらし寿司とか、天ぷらとか、ワッフルとか、印象に残るものを食べてきたはずですが、そういうのはみんな忘れて、いつものように記憶に鮮明なのは、お風呂だけだといいます。 

「この間、ふきのとうを持って来てくれた、いっしょにセンターに通う男性にはお礼をいったの?」と聞くと、「うん。そのうちにまた取ったら、届けてくれると言ってた」

「近所の人だって言ってたけど、なんていう名前のかたか聞いた?」というと、「あっ、また忘れちゃった」。

「それ用にと、ちょっと土産買ってきたのに。それじゃ、届けることもできないじゃない!」

というわけで、いまだに“ふきのとうのおじさん”の名前は分からないままです。

野草のマリアアザミなどから取れる「タキシフォリン」という一種のポリフェノールに、アルツハイマー病につながる脳血管への老廃物の蓄積を抑える働きがあることが、国立循環器病研究センターなどの研究で分かったそうです。

アルツハイマー病の症状の一つに、脳血管に老廃物のアミロイドβ(ベータ)というタンパク質が蓄積していく脳アミロイド血管症があります。

同センターなどの研究グループが、この症状を起こさせたマウスにタキシフォリンを投与したところ、有毒なアミロイドβの量が減少したほか、脳血流量の低下を抑制することができたとか。

タキシフォリンは、カテキンよりも高い抗酸化作用があることが知られていて、マリアアザミやシベリアカラマツなどごく一部の樹木からしか抽出できない、非常に希少な物質です。

記憶障害が回復する兆候も見られたそうで、これから治験を目指していくとか。有力な治療薬に結びつくといいですね。

新年度がスタート、あちこちの企業で入社式が行われました。今年度は全国でおよそ89万人が社会人の仲間入りをしたそうです。

私にとっての「入社式」体験は、もう30年以上むかし。ただただあわただしかった、というだけでこれといった印象は残ってません。

専業主婦業が長かったねえちゃにとっての「入社式」といえば、 1976(昭和51)年4月、40歳の節目に、オープンとともに勤めはじめたダイエー長野店でしょう。

いまは亡きダイエー社長の中内功さんは、入社式には英語でスピーチすることで有名でしたが、「魚売り場」で働いていたねえちゃには英語は関係なかったそうです。

ねえちゃが勤め始めたころは飛ぶ鳥を落とす勢いのダイエーでしたが、バブル崩壊後の1990年代から業績不振に陥り、ダイエー長野店も2000年に閉店してしまいました。

東京都心できょう、桜(ソメイヨシノ)が満開を迎えました。私の自宅に近い上野公園も、大変な賑わいになりました。

全国で最も早い満開宣言で、平年より1日早く、昨年より2日遅かったそうです。

東京こそ順調ですが、全国的に見ると、3月中旬以降の寒の戻りのため、九州や四国を中心に開花は遅れ気味だとか。

ねえちゃの住む長野市で桜というと、まずは、善光寺の東の高台にある城山公園が頭に浮かびます。

私も子どものころ近くに住んでいたので、よく出かけました。約470本のソメイヨシノが植栽され、花見シーズンには、花見茶屋が軒を連ねます。

城山公園の桜はまだ「蕾み硬い」の状態。日本気象協会では「4月13日開花」と予想しています。

ねえちゃはきのう、久しぶりに長い時間、11歳年上の実姉と電話で話したそうです。

元気そうだったそうですが、何を話したか、詳しいことはすぐに忘れてしまったようです。

一人暮らしの高齢者は、どのくらいの頻度で人と話をしているのか?

国立社会保障・人口問題研究所の2013年の調査によると、4割が、2~3日に1回以下だったそうです。

ねえちゃはときおり「寂しい」と口にすることはありますが、「2~3日に1回」ということはないはずです。

医者へ連れて行ったり、食事の手配をしたりで、月の半分くらいは私がねえちゃの家に行っています。

平日は正午少し前に、宅食を配達してくれる女性と言葉を交わしますし、週1で、生協の配達やデイサービスもあります。

でも人と話しても、それをすぐに忘れてしまうので、話すということがないように思ってしまうようです。

向こう三軒両隣、家が並んでいるので、いろんな声がや物音が聞こえて来るのですが、なぜか、ねえちゃは「どうしたんだろう。物音ひとつしない」と不思議がります。
 

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