Aokijima

「認知症」と「ねえちゃ」に関する覚書です

2017年03月

このあいだ、散歩なのか徘徊なのか、ねえちゃがちょっと出かけたついでに寄ったというドラックストアで買ってきた、こんにゃくゼリーが冷蔵庫を埋めています。

特別に好き、というわけではないようですが、何となく食べたくなったそうで4袋もまとめて買ってきました。

「それにしてもなんでそんなにたくさん買ってきたの」と聞いても、本人ははっきりとは応えません。

こんにゃくゼリーは、ゲル化するのにゼラチンの代わりにコンニャクの粉末や精製された食物繊維を、果汁などに混ぜて固めた弾力に富む生菓子。ゼラチンのものに比べて弾力の強い食感に特徴があります。

口のなかの温度でも溶けないため、高齢者とかが噛まずに飲み込むと、のどに詰まって窒息する恐れがあり、実際に死亡事故も少なからず起こっています。

最近は、のどに詰まらないように、形や大きさを工夫したり、警告マークや注意文が記せられています。

一方で、こんにゃくゼリーには水溶性食物繊維の一種が豊富に含まれ、お腹の中で糖を包み込んで吸収を遅くする作用があります。そのため、血糖値が急激に上昇するのを防いで空腹感を防ぎ、脂肪の蓄積を遅らる効果もあります。

アタマがおかしいと一日寝てばかりいても、驚くほど食欲が旺盛なねえちゃ。ひょっとしたら、ふとダイエットのためにと思って買ってきたのでしょうか。

きょうの朝、高齢の男の人が、ねえちゃの家を訪ねて来ました。「だれが来たの」と聞くと、「デーサービスでいっしょだった人」といいます。

持ってきてくれた袋には、いまごろ、いっせいに芽を吹き出すふきのとうが入っています。庭かどこかで、摘んだばかりのようです。

「何ていう人なの?」と聞いても、「知らない」といいます。「じゃあ、どこに住んでいるの?」

「う~ん、と、あっちのほう」「あっちって、どっち」「あの道、ちょっと行ったところの」。それとなく手を差し出しますが、なんだかよく分かりません。

センターへの送り迎えのときに、よくいっしょの車に乗る人で、乗り降りするところはだいたい見当がつくものの、どこの家からははっきりしないようです。

「お礼を言ったりしなきゃだから、名前とどこの人かくらい、今度行ったときにちゃんと確かめて来なけりゃだめだよ」

きょうは、ねえちゃのデイサービスの日。お嫁さんに電話で起こしてもらって、いつものように出かけました。

最近、家ではお風呂に入りたがらなくなってきていますが、センターで「入浴拒否なく、スムーズに入れて」いるそうです。

いつもは、覚えているのはお風呂へ入ったことくらいですが、だいぶ慣れて来て、きょうは6人のグループでいろいろ話したり、歌をうたったりしたことも記憶に残っているそうです。

鰤の照焼き、うの花の炒め、花野菜のサラダ、ホットケーキなど、いろいろ食べたはずですが、そっちのほうはぜんぜん覚えていません。

でも、センターでやった加減乗除の計算問題は、満点でした。デイサービスは1週間の真ん中の水曜日。最近、ねえちゃの生活は「水曜日」を中心に回っていくようになってきました。

栃木県の那須温泉ファミリースキー場付近で雪崩が発生し、高校生7人と顧問の教員1人の8人が亡くなりました。

県高体連が開いた春山安全登山講習会に参加していたそうです。「安全登山」のための講習が、大惨事になってしまったわけです。

那須町では27日未明に雪が降り始め、午前中には積雪が30センチを超えていたとか。雪が一気に降ったことによって、表層雪崩が発生した可能性が高そうです。

積雪のため予定していた登山を取りやめ、雪をかき分けながら歩くラッセルの練習に切り替えていたところで、雪崩に巻き込まれたそうです。

雪崩を予測するのは極めて困難です。とはいえ、危険を覚悟した登山の最中ならともかく、あくまで
も講習中のできごとです。

予定していた登山が出来ないほど天候が悪化していたのに、あえてラッセル練習をする必要があったのか。疑問です。

山暮らしが長かったねえちゃも眼に涙を浮かべて、めずらしくテレビのニュースを注視していました。
 

きょうの午前中、ねえちゃと八十二銀行へ行って新聞代の振替の手続きをしてきました。

これで、公共料金をはじめ、宅食代、生協など、定期的に支払うお金はすべて、銀行からの引き落としにしました。

キャッシュで払うものといったら、区会費や美容院の料金などごく限られたものだけになります。

ふつうに暮らしていくうえで、お金のやり取りをする仕方を忘れると困るので、これまでいくつか現金取引の余地を残してきました。

でも、玄関へ来て請求されれば言われるままに何でも払ってしまい、どこへ、何の料金の、いつの分のお金を払ったのか、すぐに忘れてしまいます。

しかも、物忘れは急速な勢いで進んでいます。さすがに、このままではどうにもならないな、ということになりました。

原則として、すべてが銀行から引き落とされる。だから、誰かが来てお金を請求されても、言われるままに払うようなことはしないこと。

だからといって、財布にお金がまだあるからといい気になって無駄遣いしないように気をつけること。現金を使わないだけで、ねえちゃの銀行口座からは確実にお金が減っていくのだから。

どこまで頭に入ったかはわかりませんが、とにかく、そういうことでやっていくことになりました。
 

大相撲春場所の千秋楽、左肩の負傷をおして強行出場した稀勢の里が、本割、優勝決定戦と続けて照ノ富士を破り、奇跡的な逆転優勝を果たしました。

テレビ観戦の私を含めてみんなが感動して、大騒ぎになっているのに、ねえちゃはいっこうに興味を示してくれません。

「こんな大一番、めったにないからこっちへ来て観たら」と言っても、血圧を測って折れ線グラフを書くことに専念しています。

長野県の星、小結御嶽海も三役2場所目を9勝6敗の好成績で終えたというのに……。

認知症になったため、なのかなと考えて見ると、そういえば以前から、ねえちゃが何かを観て我を忘れて興奮しているような姿を目にした覚えがないことに気が付きます。

最近は、楽しみだったはずの風呂へも入りたがらないようになってきました。楽しみも、感動もない人生の寂しさが、気にかかります。
 

ねえちゃの家の冷蔵庫は、最近、大きなのに買い替えたばかりです。

たくさん入るはずなのに、生協の食品などが届くと、いっぱいになって締まらなくなってしまいます。

なぜかと調べてみると、冷凍庫などに最近ではほとんど食べたり、調理しなくなったものが埋まっているからです。

その一つにアンズジャムがあります。10年以上前にたくさん作ったのが、冷蔵庫の奥に埋まっていました。

以前、朝はトーストにしていた時期にはよくパンに挟んで食べていたようですが、最近は、朝はパンにしようなどという意欲は完全に失せてしまっています。そんな古いのを誰かが食べる見込みはありません。

「食べないものばかり、安くはない電気料金をかけて保存しておいてもしょうがないじゃない」というわけで、思い切って冷蔵庫から取り出して捨てることになりました。

やっと、冷凍室にだいぶ余裕がでてきました。けれど、一瞬で記憶が飛んでしまうねえちゃのことですから、明日になればゴミ袋のなかから冷凍室の元のところに戻っているかもしれませんが……。

きょう行くからと連絡しておいたのですが、夕方、ねえちゃの家に着くと、玄関のカギは閉められ、灯りもついていません。

「また忘れられているな」と居間へ上がると、やっぱり私が訪ねることなどすっかり記憶からは失せ、一人で勝手に夕食をすましていました。

最近は、訪れるたびに、片付けられないままになっている市の広報や書簡、パンフレット、カタログなどごっちゃになった山が増えているように思います。

「これはもう済んだから捨てる」「これは大事だから取っておこう」といった、分別する能力がほとんど無くなってきているようです。

あれだけ整理が好きで、得意だったのに! と、いつものポヤきとも苛立ちともとれる感情が沸き上がってきます。

忘備や頭の整理のためにいつもテーブルの上に置いておいてメモするように言っている大学ノートも、どっかへやってしまって行方不明です。

パソコンの横に何か妙なものが置いてあるな、と思ったら、ねえちゃのパンツでした。ほこりを払うためにいつも置いている布とパンツが、頭の中でこんがらがってしまったのかもしれません。
 

ねえちゃの家の表札には、いまだに、6年前に亡くなった夫の名前が掲げられています。

なぜなのか? 命日さえすっかり忘れている昨今にあっては、どうも、夫のことが忘れられないから、というわけではなさそうです。

「一人で暮らしているんだから、町内会の人や郵便屋さんが戸惑わないように、自分の姓名をドンと掲げればいいじゃない」というと、それには大いに抵抗があるようです。

なにごとにつけても、男を立てて妻は目立たず貞淑であるべき、というのが、ねえちゃの中に深く根を下ろした美徳。女の名前を表札に出す、などということはあってはならない、と思っているようです。

夫が生きている間は、それなりにバランスを保った生きようができたのでしょうが、それだと、いざ片方がこの世からいなくなってしまうと困ってしまいます。

常に、連れ合いに怒られまい、嫌われまいと、その思いを忖度ながら生きて来た。そんな「主人」を失うことは、同時に「自分」を失うことだったのかもしれません。

玄関の表札を眺めていると、これまでのねえちゃの一途な人生とともに、やりたいことが何にもないと嘆く迷えるいまの姿が、二重写しになって浮かんできます。
 

認知症になるとお風呂に入るのを嫌がる人が多くなり、介護者を困らせることもあるそうです。

それは、次のような理由が考えられるとか。

①何のために風呂へ入るか忘れてしまって、入浴しても意味がないと思ってしまう。

②服を脱いだり、着たり、からだや髪を洗ったりと、時間や手間がかかって疲れる。

③入り方、服の脱ぎ方、からだの洗い方などが分からず、不安・パニックに陥ってしまう。

④風呂から上がると、肌が乾燥してかゆくなるなどの不快感を感じ、入るのが怖い。

⑤介助者に服を脱がしてもらうという状況に対し、恥ずかしいという気持ちが強くあらわれる。

ねえちゃは、きょうはデイサービスの日でした。いつものように、帰って来て覚えていたのはセンターで風呂に入ったことだけです。

ただきょうは、その時間に入っていたのは一人だけだったそうで、大きな風呂でゆっくりくつろげたとか。

最近ときどき自宅の風呂に入ろうとしない日が増えて来はしましたが、幸い、風呂を嫌がったり、拒否するところまでは、まだいってはいません。

テレビの番組で、認知症につながるような怖い物忘れと怖くない物忘れがあるという話をやっていました。

例えば、習慣的に毎日決まって歩いていた道を忘れてしまって、違う道を歩いてしまうのは怖い物忘れ。

何かやろうと思って二階へ登ったんだけれと、目的がなんだったかつい忘れてしまった、というようなのは怖くない物忘れだとか。

誰かと会う約束をした場合でも、うっかり約束の時間を忘れてしまうケースは、約束をしたこと自体は覚えています。

それだったら普通の物忘れですが、約束した「そのこと自体」を忘れてしまうと、認知症につながる物忘れということになってしまいます。

ねえちゃの物忘れを考えてみると、やっぱり、怖い忘れ物のほうのようです。

電話で何かの約束をしても、契約を交わしても、そのこと自体を即座に忘れてしまいます。ですから、ねえちゃの病状を知らない相手だと、そのたびごとにトラブルを招くことになってしまいます。
 

厚生労働省の「認知症を理解する」というサイトを見ていたら、認知症の一つの症状として「実行機能障害」があると記されていました。

「スーパーマーケットで大根を見て、健康な人は冷蔵庫にあった油揚げと一緒にみそ汁を作ろうと考えます。認知症になると冷蔵庫の油揚げのことはすっかり忘れて、大根といっしょに油揚げを買ってしまいます。

ところが、いざ夕食の準備にとりかかると、さっき買ってきた大根も油揚げも頭から消えています。冷蔵庫を開けて目に入った別の野菜でみそ汁を作り、冷蔵庫に油揚げが二つと大根が残ります。

こういうことが幾度となく起こり冷蔵庫には同じ食材が並びます。認知症の人にとっては、ご飯を炊き、同時進行でおかずを作るのは至難の業です。

認知症になると計画を立てたり按配をしたりできなくなり、日常生活がうまく進まなくなります」

ここにあるような「冷蔵庫には同じ食材が並び」といった状態は、ねえちゃの場合、もはや日常的にごく当たり前です。

むしろ、たまにスーパーへ出かけていくとある意味“神業”と思えるくらい、冷蔵庫にすでにあるものばかりを買ってきます。

そしていまでは、「同時進行でおかずを作る」ことや「按配をしたり」といったことができない、というどころか、料理そのものがほとんど不可能なところにまできてしまいました。

このあいだお医者さんのところへ行ったときトイレの鏡で自分の顔を見て、ねえちゃは「私、ボケ顔になったね」としみじみと言っていました。

認知症の病状の一つとして、顔に生気がなくなって能面のようになってしまう表情の変化があげられるそうです。

症状が進むと、物事を理解する力や感受性が鈍くなるなど認知機能が低下して、感情事態が乏しくなってしまう結果なのでしょう。

ねえちゃがボケ顔になったな、と私が感じたのは、5年前にお嫁さんの家族らと、松本・安曇野の温泉巡りをしたときの記念写真を見たときでした。

ねえちゃだけがカメラなぞお構いなしに、ボーッと無表情で、どこかこの世とはちがうところを眺めているように思われました。

もはやボケ顔を解消することはできないのでしょうが、きっと、積極的に話しかけるなどして少しでも喜怒哀楽を味わえるようにしてあげることが必要なのでしょう。
 

三連休、といってもねえちゃにとって、特別にやることはありません。いつもと違うところもありません。ただ、休日なので、宅食が来ません。

でも、この間、お医者さんの帰りに買ってきた総菜やお菓子、バナナ、イチゴなどたくさんあるし、生協にたのんだ食品もだいぶ残っているので、外へ出なくても乗りこえられそうです。

ねえちゃは、むかしは整理が趣味、みたいなところがありました。いまも、台所やテーブルの周辺はきっちり片づけて寝ます。

ですが冷蔵庫の中や台所の戸棚には、萎びた果物や野菜、何年前に買ったか分からないような食品であふれかえっています。

「これとこれは消費期限が切れてだいぶたつから、捨てなければ」「これは冷蔵でなく冷凍室でなければダメだ」といった判断が、認知症が進むにつれてほとんど出来なくなってきました。

「連休中に、えい、やーと、これ食べれれないなと思うものを、みんな捨てて、整理する」。それを目標にしてはいるのですが……。

朝から晩までパジャマ姿で家に居て「バカになって困る。やることがない」とボヤいていることが多いねえちゃ。

「それなら、しょうがない。老人ホームとか施設を見つけて、そこに移ろうか。そうすれば、食事もちゃんと用意してもらえるし、みんなといろいろやって楽しく暮らせるでしょ」

というと、「そうだね」といいながらも、いま一つ、乗り気ではなさそうです。

やっぱり、夫と長年住みなれたいまの家を出るのは、心残りなのでしょう。

それに、引っ込み思案なねえちゃにとって、施設で、みんなでカラオケを楽しんだリ、宴会をしたり、ということを想像すると、「とてもそんなことできない」と尻込みしてしまうのです。

とはいえ、いまは体が動くので何とかなっているものの、病状が進んだときのことを考えると、施設探しも本気で考えなければならない時期に来てるな、と感じます。

朝、食卓へおりてくると、見慣れない置物が一対、棚のところに並べてあります。ようく見ると、底面が広い、円錐のかたちをした青と赤の紙雛のようです。

「どうしたのこれ」と、少し驚いてねえちゃに問いかけていくと、どうやら昨日、デイサービスセンターでもらってきたもののようです。

「みんなで作ったの?」。「そうじゃなかったと思う。終わった後、部屋から出たところでおみやげにもらってきた」と珍しく、記憶をさぐり出すことが成功しました。

平安時代には、白紙でつくられた紙雛が祓(はらえ)行事に用いられていたほか、「ひいな」とよばれる紙製人形の遊びもあったとか。

しだいにこれらに変化と技法を加えられ、江戸時代に入ると、雛段に飾られるようになったと見られています。

明治期までは雛段に立てて飾られていたようですが、内裏雛が流行するようになると紙雛は次第に衰えていったとか。

それでも、こうした手作り紙細工の技法は受け継がれ、姉様などの紙人形も生まれて発達しました。そして、いま、デイセンターでも作られているというわけです。

「今度行ったとき、作りかたも教わってきたら」と水を向けてみましたが、ねえちゃはいつものようにイマイチ積極的にはなれないようでした。

きょうは、だいぶ慣れてきたデイサービスの日です。

帰って来て「何か覚えていることない?」とねえちゃに聞くと、いつものように「お風呂に入った」ことくらいだといいます。

「カエデの実」のおやつ、とかめずらしいものも口にしたはずなのですが、いっこうに頭の中にとどまってはいないみたいです。

「だれかと話したの?」と聞いても、「とくに記憶がない」。真面目な性格なこともあって、言われたことをちゃんとこなすことで精いっぱいなようです。

だれと話しても、ねえちゃは「頭がおかしくて、ダメんなっちゃった。ダメだ、ダメだ」とときに泣きそうな口調で繰り返します。

以前は、謙遜のつもりで言っていたようですが、最近はホントにままならない苛立ちがこうした言葉になってあらわれてきているように思われます。

けれど、朝から晩まで「ダメだ、ダメだ」を繰り返したところで、生まれるものも、開かれてくるものは何もありません。

なにか話せば、いつも「ダメだ、ダメだ」しか返ってこないのでは、聞いてるほうも滅入ってくるばかりです。

きょうは、薬を処方してもらっている脳神経外科に行く日。もう10回以上通っていますが、ねえちゃはいまだに、どこへ行っているのかよく分かっていません。

最近、好きだったお風呂をなんとなく敬遠するようになってきたように見えるねえちゃ。聞くと「浴槽でうとうとして沈んでしまいそうな恐れを感じるようになった」といいます。

お医者さんも「特に注意が必要なのは階段とお風呂。お風呂で、つまずいて骨折するケースもかなりある」といっていました。

きょうは夫の命日です。お医者さんの帰りにスーパーで、天ぷらや刺身、夫が好きだったエビ、それに花や、いろんなお菓子もたくさん買って帰りました。

仏壇に天ぷらを供えて、久しぶりにちょっぴり豪華な夕食となりました。

ねえちゃはきょうも一日パジャマ姿。宅食や生協の受け取りをした以外は、テレビもつけずに何もやる気にならない状態がつづいています。

テレビもつけず、したがって御嶽海の、松鳳山を破っての春場所1勝目も目にすることなく終わりました。

ねえちゃは食欲は旺盛ですが、きょうはこれを食べたい、これを飲みたいというものがありません。「お酒は男の人が飲むもの」と、アルコールを口にすることも頑なに拒んできました。

6年前に83歳で他界した連れ合いは、晩酌を楽しみに生きていました。胃がんなど臓器の疾患はありましたが、認知症とは無縁でした。お酒の好きな11歳年上の実姉も、頭はしっかりしています。

もちろん飲み過ぎはいけませんが、少量の飲酒(ビールなら250ミリリットル、日本酒なら0.5合程度)は認知症のリスクが軽減される効果が期待できるそうですし、ホップ由来のビール苦味成分にはアルツハイマー病の進行を抑える作用があるという研究成果も出ました。

せっかく50年以上も夫婦をやっていたのに、二人でお酒を飲み交わすことが一度もなかったのか。と思うと、なんとなく寂しい感じもします。

もしもコップ1杯でもいいから連れ合いの晩酌に付き合っていたら、ねえちゃがこんなふうに認知症で苦しむことはなかったかもしれない。そんなふうにも、思われてきます。
 

大相撲春場所が始まりました。久しぶりの日本人横綱誕生で、大阪はたいへんな盛り上がりのようです。

注目の新横綱、稀勢の里は豪風を押し出して、幸先のいい白星スタートを切りました。が、長野県期待の星、小結の御嶽海は、攻め込んだものの、横綱鶴竜に下手出し投げで惜しくも敗れました。

きょうも、ねえちゃは、朝からつぎつぎ記憶はとんでいって、やることも見い出せません。

「テレビで初日の観戦をして、その後で、相撲好きの“姉さま”のところへ久しぶりに電話でもしたら」と話してみても、それなりの返事はするものの、ぜんぜんそんな気にはならないようです。

けっきょく、テレビもつけず、午後6時前にひとりで勝手に冷蔵庫の残り物で夕飯。日記と血圧測定を済ませると、大好きだったはずの風呂へも浸からず、7時過ぎには消灯。

悪気はないのでしょうが、周りからみていると不可解で、無気力・無頓着な言動が、日に日に増えていきます。
 

2週間以上前から、ねえちゃは台所の洗剤が無くなったと騒いでいます。

「1週間後でよければ、生協に注文しておくよ」というと、「あした外へ出たついでに買って来るから」といいながら、忘れています。

一昨日、私がドラクストアに寄ったので「洗剤、まだ買ってなければついでに買ってくよ」と電話したときには「ある、ある」と言ってたのですが、何を勘違いしたのか実際にはありませんでした。

家にあるのは「フレッシュグリーン」という台所用合成洗剤です。福岡県のロケット石鹸という会社の製品ですが、どうも、もう新しい製品に置き換わっていて、この名の洗剤は売られてはいないようです。

ねえちゃは、だいぶ前に買ったこの製品の容器に、詰め替え用の他の洗剤を入れたり、水を入れたりして、食器洗いに使っていたようです。

「きょうこそは天気がいいので、スーパーへ寄って買って来る」と固い決意でいたのですが、けっきょく今日もパジャマで寝たり起きたりで外へ出ずじまい。

食器洗いの洗剤は、またまた持ち越しとなりました。
 

電気、電話、生協、デイサービスなど、ねえちゃの家のお金のやり取りのほとんど銀行口座の引き落としかクレジット決済にしてあります。

ただし、それだとお金の使い方を忘れてしまうのはと思い、平日の毎日届けてくれるワタミの宅食についてはこれまで毎週、現金で集金してもらってきました。

でも最近のねえちゃは、どこに何を払っているのかさっぱり分からないままに、「お金を」といわれれば言われる通りに払っています。

それだけならまだしも、週に1回の集金ですでに払っているのにもかかわらず、請求されなくても毎日のように「お金はいいの」と言っています。

「担当者がいい人だからいいけど、そうじゃなくて毎日お金を払っていたらすぐに破産しちゃうよ」と忠告するのですが。

きょうは集金だからと、朝、それに見合ったお金をテーブルの上にそろえて準備しておいても、いざとなるとあわてて戸棚の奥から1万円札を取り出して来て支払いを済ませ、それもすぐに忘れて、たくさんあるはずのお釣りがどこかにやってしまうこともしばしばです。

そんなこんなで、いたしかたありません。なんとかお金のやりとりを続けてきた宅食についても、次の週からクレジット決済へと切り替えることにしました。
 

テレビのニュースなどで、東日本大震災についての特集番組がさかんに放送されるようになりました。

あれから、もうすぐ6年です。ねえちゃにとっても、あれからちょうど6年、になるはずです。

地震の被害を直接こうむったわけではないねえちゃのにとっての「あれから」は、夫の命日です。

ちょうど大震災が起こったころ病院で危篤状態になり、3日後の3月14日に亡くなりました。

家族にとっては、そういう意味でも東日本大震災は忘れられない出来事となっています。

去年までは、震災のころに夫が逝ってしまったという記憶がどこかにあったように思うのですが、今年は「震災のころ何してたの」といってもまったく忘却の彼方に飛んでいってしまったようです。

命日どころか、「どこで死んだの?」「どういう病気だったの?」「いくつだったの?」と聞いていっても、考える拠り所も見いだせないという感じで、ただ「分からない」とこたえるだけです。

さらに、「おじいさんの名前は覚えている?」と聞くと、「それくらいは」といいながらも、しばらく考えて名前を口にしました。

連れ合いの名前を、来年の命日まで覚えていてくれるだろうか? 心配になってきました。

きょうは、デイサービスの日。朝はイマイチ乗り気でなかったねえちゃですが、お嫁さんの電話でその気になったようです。

「きょうは何したの」と聞くと、「お昼寝をした」。他に、お風呂に入ったことは覚えていますが、あとは記憶が混沌としているみたいです。

「なにか、二つくらいのグループに分かれて、いろいろ喋ったような、夢だか何だかボワーッとしてるのは残っている」といいます。

適度の昼寝をすると、午後の仕事や勉強の効率が高まります。それだけでなく昼寝には、アルツハイマー病の発症リスクを抑えたり、昼寝をすると高齢者の血圧がかなり下がるという報告もあるそうです。

家にいるときねえちゃは一日中パジャマ姿で、昼間でも起きているのか寝ているのかよくわからない生活を送っています。デイセンターで、メリハリのある昼寝が身につけばいいのですが。

ねえちゃは、ふだんは午後7時までには夕食を済ませ、風呂に入って、9時前には床につきます。

昼間もずっとパジャマ姿で寝床に居ることが多いので、長い夜、ぐっすり寝られるのだろうかと心配になります。

けれど実際には、たいていグゥーグゥーいびきをかいて、気持ちよさそうに眠りつづけてます。

いびきは、睡眠中にのど(気道)が狭くなって、空気が通る時にのどが振動して音が鳴る状態のことをいうのだとか。

いびきといえば、ひどいいびきをかいたり睡眠時に無呼吸状態が続いたりする人は、治療の結果障害のない人にくらべて、だいたい10年ほど早く認知症を発症していた、という調査結果もあるそうです。

ねえちゃが睡眠中に、10秒以上呼吸が止まってしまう無呼吸状態がたくさん起こる睡眠時無呼吸症候群だったとは思われませんが、昔からいびきはけっこうかいていた可能性はあります。

ともあれ、認知症になってしまったいまとなっては、いびきをかこうがどうしようが、ぐっすり眠れることができれば、それに越したことはありません。

「ああ、生きて人いないんだろうか。松本じゃあ、大変だね」。一面から社会面までびっしりと埋まったヘリコプター墜落事故の今朝の記事を見て、ねえちゃはもらしました。

松本市の山の斜面に、山岳遭難の救助訓練をしていた県の防災ヘリコプターが墜落。けっきょく、乗っていた働き盛りの消防士ら9人全員が亡くなりました。

ねえちゃの連れ合いは、堰堤やダムをつくったりする治山治水事業に携わっていたので、ヘリコプターに乗って仕事をすることもしばしばありました。

それだけに、ヘリの事故と聞くとさすがに、ニュースにほとんど興味を示さないねえちゃにもビビッと来るものがあったみたいです。

消防防災ヘリコプター墜落事故で死亡したパイロットの岩田さんは、困難な山岳救助に長く携わった熟練者で、「ジェット岩田」と慕われていたとか。

私も以前、きのうまでいっしょに仕事をしていた同僚たちをヘリコプター事故で一瞬のうちに失い、たいへんな衝撃を受けた経験があります。

「ヘリコプター」の名前はギリシャ語の「螺旋 (ヘリックス)」 と「翼 (プテロン) 」に由来しているそうです。狭いエリアや複雑な地形での活動に力を発揮しますが、それだけに、いつもリスクと隣り合わせ。亡くなったかたたちのご冥福を祈ります。

ねえちゃは電話がかかってきて、それを受けても、話したことも、相手が誰かも、その瞬間にみんな忘れてしまいます。

忘れてしまうというより、最近は頭に入らなくなって来ているようにも思われます。だから、何らかの意思疎通を電話でやり取りすることが、出来なくないのです。

電話の「着信履歴」を見ると、最近、旅行の誘いなどの連絡をよくくれていた友人から2度つづけて、着信があることが分かりました。

「**さんから電話があったの?」と聞くと、「ない」と断言します。でも、ねえちゃが出たかどうかは分かりませんが、ウチヘ2回かかって来ていることは確かです。

そのうちに夢かうつつか定かでないけれど、電話が来たように気もすると言い出しました。

「じゃ、どんなこと話したの?。もし、何かの約束だったら困るでしょ」と聞いても、やはり確かなことはぜんぜん覚えていません。

電話をくれたかどうかの確認の電話をしても、それをしたこと自体を即座に忘れてしまい、何度も何度も確認電話を繰り返して混乱を招く、という事態がしばしば勃発してきました。

こうなってくると常時「留守番電話」にしておいて、家族以外には電話に出ず、その録音からやりとりを判断していくしかないか。そんなふうに考えるようになってきました。

お風呂上りに、アイスクリームを食べるのを生きがいの一つといってもいいくらい、ねえちゃは楽しみにしてきました。

なので、棒にくっついた小さめのが10本ほど入ったのを2箱ほど、いろいろ種類を変えて、毎週、生協に注文しています。

ところが、最近、冷凍室に入っているアイスクリームがあまり減っていきません。だから、注文も1箱に減らしました。

寒い季節なので、あまり食べたいという気が起こらなくなってきているからなのか。

食欲はますます旺盛で最近はたいていご飯を3杯は食べるので、お腹がアイスを必要としていないからか。

以前は毎日入っていたお風呂なのに、「きょうは入る気分にならない」と2、3日休むことがしばしばみられるようになったからか。

いろんな原因が考えられそうです。
 

きょうの午後は、まだ少し風は寒いけれど、スッキリと晴れ渡った好天。ねえちゃと、予約しておいた行きつけの歯医者さんに行きました。

家並みを抜けて、ガヤガヤと子どもたちの話し声がもれだしてくる小学校のカドを通って、歩いて10分ほどです。

ねえちゃの診察が先で、入れ歯の調整や洗浄、それから歯垢もきれいに取ってもらいました。

「すぐに治さなければならないところはないけど、口の中きれいにするため月に1回ぐらい来られたら」と先生。

私の診療しているあいだ、いつもならぶつぶつ何か口にしながら落ち着きなく待っているのですが、きょうは何と思ったか週刊誌に眼をやり、落ち着いて待合室に座っていました。

とはいえ家に帰りつくと、「どこへいって来たんだったっけ?」。「ハア、歯医者さんだろ!」。

「エ~ッ?、女の先生だったよね」と、いつもの思い込みを繰り返します。

「ちがうでしょう。いま診てもらったばかりなのに、なんで間違えるの」。

もう何十回も通っているのに、名前どころか、歯医者さんの性別も頭にとどまっていません。

郵便局へゆうパックを出しに行ったら、「5ポイント貯めると金の貯金箱がプレゼント」というカードをくれました。

3月から5月末までに、ゆうパックを郵便局から出すと1個について1ポイント。5回出せば、もらえるというわけです。

写真を見るとちょっと笑いをさそいそうな、まさにキンキラキンでずんぐりむっくりの貯金箱。新潟県・長野県限定のプレゼントだとか。

宅配業界では、ネット販売市場の拡大などで人手不足やドライバーの長時間労働が深刻化しているようです。それだけに、郵便局にとってはいまはシェアを広げる絶好のチャンスなのかもしれません。

長野のねえちゃと東京の私では、しょっちゅう荷物のやり取りをしています。以前は、ヤマトの宅急便が多かったのですが最近は、「同一あて先割引」というのに魅かれて通常「ゆうパック」を利用するようになりました。

郵便局の“バカまじめ”のCMではありませんが、「いかにもまじめそうな配達の人」が届けてくれるそうで、ねえちゃも好感を持っています。

きょうから3月。いつの間にか、道端にあった雪もほとんど融けています。

ねえちゃは、デイサービスセンターの日です。

「センターできょうは何したの?」と聞くと、「大きなお風呂に、入っていたのは二人だけだった」。

いつものように、お風呂へ入ったことしか記憶に残っていないようです。

みんなで昼食をとり、レクリエーション、ストレッチ体操、脳トレなどいろいろやったはずですが……。

通うのはだいぶ習慣になってきたものの、まだちょっと緊張感があるのかな、という気がします。

テレビで、小諸市の懐古園で、春の訪れを告げる福寿草が見ごろになっている、というニュースが流れていました。

城跡の公園に咲いた黄色い花の映像を見て「きれいだね」とねえちゃ。自宅のちっちゃな庭の隅っこでも、チューリップが芽を出したといいます。
 

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