Aokijima

認知症と生きる「ねえちゃ」の近況と、アルツハイマー病に関する記録です

2017年02月

印鑑の確認

先日、電話や光回線の料金を銀行引き落としにしようと思って、ねえちゃ指定の印鑑を押して書類を送ったら「銀行印が違うので至急再登録を」という手紙が返ってきました。

1年半ほど前、ひとりで手続きをした生協の引き落としのときは、ちゃんとどの印鑑か覚えていたはずなのですが。

あれか、これか、戸棚の奥からいろんな印鑑を引っ張り出して来たら、可能性がありそうなのが五つもあります。

しょうがないので、きょうの午前中、これらを全部持って最寄りの八十二銀行の支店へねえちゃと出かけました。相談窓口で、若い女性の担当者が親切に相談に乗ってくれました。

五つの中から「おそらくこれだろう」と思われる本命の印鑑から照合してもらうと、一発目で「はい、これですね」。幸い、あっさりと確認作業は済みました。

「もうこれからは、大事なとき使うのはこれだけと決めて、残りのは別のところにしまっておくこと」 と約束はしましたが、帰宅するともう何をしに出かけてきたのかすっかり忘れています。
 

雷電

大相撲春場所の新番付が発表になりました。稀勢の里は「西の横綱」となり、番付には17年ぶりに4人
の横綱がならびました。

初場所で、初金星を含む2横綱2大関撃破と大活躍した長野県の星、御嶽海は「東小結」に昇進し、2場所ぶりで三役返り咲きを果たしました。

そんな御嶽海に関する地元のニュースをねえちゃと見ていたら、雷電のことが取りあげられていました。

長野県(信濃国小県郡大石村)が生んだ、史上最強ともいわれる江戸時代後期の力士、雷電爲右エ門(1767-1825)のことです。

身長2メートル近い大型力士で、江戸本場所在籍36場所中の総成績は254勝10敗。なんと96.2%という驚くべき勝率は、あの白鵬でも遠く及びません。1795年から16年間、大関の地位を守り、43歳で引退したそうです。

いまなら当然横綱になっていたはずですが、当時の横綱という地位は将軍が観戦する上覧相撲を機に免許される土俵入りの資格で、番付の最高位は大関でした。そのため、運が悪かったのか、雷電には横綱免許の機会がなかったようです。

御嶽海は、新三役だった昨年の九州場所では、残念ながら6勝9敗と負け越しに終わりました。でも今度は、地力がグ~ンと増して、十分、三役に定着できる実力を備えてきたと思います。

いまの勢いなら近い将来、雷電と同じ大関、さらにはその上だって夢ではないでしょう。注目の来場所、ねえちゃもその気になってテレビ観戦してくれればいいのですが。

大根のつま

夕方、長野のねえちゃの家へ行ってみると珍しく私が行くのを覚えていたようで、刺身の盛り合わせを用意して待っていてくれました。

私も途中でスーパーへ寄って、タイムサービスで割引になったツブ貝などを買っていったので、ちょっぴり豪華な夕食となりました。

ねえちゃは刺身も好きですが、買うと刺身の下に敷いてある、細かく大根をせん切りした「つま」が大好物です。

もともとは「けん」と呼ぶのが正しいようですが、ともかく、シャキシャキした舌ざわりがなんとも言えなくいいのだとか。

「つま」は、基本的には桂剥きで大根を薄くむいて、トントンと包丁で細かく切って作ります。そうした芸当を、料理名人だったねえちゃの父親は見事にやってのけていたそうです。

そんな血を引き継いだはずのねえちゃですが、スーパーの魚屋さんに勤めていたときも工場で出来上がったものを詰める作業だけだったようで、「あんなに細かく切る芸当は私にはとってもできない」のだそうです。

階段

ねえちゃの家の2階へ上がる階段は、かなり急で、ちょっと足を踏み外すと下まで雪崩のような勢いで落っこちていきそうです。

もともと手すりは片側だけでした。が、それだけだと体に衰えてきた連れ合いが心配だったので、家を建てて早々に、増設して両サイドにしました。

1階で寝起きしているねえちゃは、最近はあまり2階へ上がる必要はありません。でも、毎晩、お風呂上りに2階に置いてあるクリームをぬるため、階段をのぼるのが習慣になっています。

「アタマがおかしくなって」しまったねえちゃですが、内心、カラダにはすこぶる自信を持っています。

とはいえ、「年を取ると知らないうちに足は衰えている。特に一人暮らしの場合、極力、急な階段は使わないほうがいい」と、このあいだ脳神経外科の先生から注意されました。

別に2階へ行かなければ事が済まない特別な用件があるわけではありません。クリームを一つ1階へ下ろしてきて、寝室に置くようにすれば済むのです。

なのだからと、このたびクリームを1階に下ろして来て寝床に置くようにしました。ところが、長年の習慣はそう簡単には変えられません。

いつもクリームを移動したことを忘れて、いまでも、お風呂の後は階段を上っていくのが常です。2階にない事に気づくと、「あそうか」と下りていくのが習慣になってきました。

神棚

ねえちゃの家には、6年前に連れ合いが亡くなりまで、ちゃんとした仏壇はありませんでした。檀家となっているお寺もなければ、特に信仰している宗派もありません。

ねえちゃの実家は代々、地元の臨済宗のお寺にお世話になっています。一方、連れ合いの実家はあまり訪ねることがなかったのでよく分かりませんが、浄土宗だったようです。

が、連れ合いはそうしたことを何も語っていかなかったので仕方なく、遺品の中に親鸞の本があったからという苦しい理由で、葬儀は浄土真宗の住職に“アルバイト”でお願いしました。

けれど、その後、浄土真宗の催しの案内が来ても、やさしい親鸞の本を渡してみても、ねえちゃはぜんぜん興味を示してくれません。

「死んだらどういう宗派で、お葬式をあげたらいいの?」とここ数年、事あるごとにたびたび聞くのですが、こたえは一向に返ってきません。「死」なんて、他人事でしかないようです。 

お寺との付き合いはまったくありませんが、神棚だけはずっと前から家にちゃんと置かれていて、ねえちゃは日々、ありがたそうに拝んでいます。

こうした信仰ぶりを見ているかぎりでは、お葬式は神さまにお願いするのがいちばん正直なのかな、という気になります。

松井潤
matsuijunta@gmail.com
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