Aokijima

認知症と生きる「ねえちゃ」の近況と、アルツハイマー病に関する覚書です

2016年12月

床の傷

ねえちゃの家の床には、あちこち、小さな穴が開いていたり傷がついたりしています。

壁や扉にもへこんだリしたところが、ところどころにあります。それらのほとんどは、私がつけたものです。

ねえちゃが、言うことを聞いてくれなかったり、わけのわからない行動に出るとアタマにきて、茶碗や菓子箱、電話機などいろんなものを投げつけてしまった、その痕跡です。

ねえちゃは、いまあったことや言ったことを次の瞬間には忘れてしまいます。冠婚葬祭や病院の予約など、直前になって勝手にキャンセルしてしまうのは当たり前。

一晩に2日分、3日分の薬を飲んだうえ、おまけに関係のない私の薬まで飲んでしまうこともあります。

そんなことがあると気が短い私はつい大声を張り上げて怒ったり、ものを投げたりしてしまうのです。 ねえちゃは、それが怖くなって真夜中にお嫁さんにSOSの電話をかけることもありました。

最近は「こんなんなら死んだほうがまし。でも殺してくれと頼んだら、お前が牢屋に入らなきゃならなくなるし」と、ときどき口に出すこともあります。

今年は、ねえちゃの認知症が急激に進んだ年となりました。一方で、専門医やケアマネージャーに相談に乗ってもらって、「これから」への模索を始めた年でもありました。

ねえちゃとずっと対峙してきた私には、人間というものについて、生きるということについて、あらためて考えさせられる年でもあったと思います。

それから、このごろは少し忍耐強くなってきたかな、とも。そういう意味では、ねえちゃのおかげで本当に勉強になった1年だったな、と感じています。

ドアチェーン

早く日が暮れてしまうせいもあるのですが、最近、午後6時過ぎにねえちゃの家に行くと、ドアチェーンが掛けられていて入れてもらえなくなることがしばしばあります。

ねえちゃが寝込んでいたりすると、合鍵を持っていてもチェーンで締め出されて、「開けてくれ」と大声で叫ばざる得なくなるのです。

訪れることを直前に知らせておけば、以前は必ず玄関に明りを灯して待っていてくれていたのですが。最近は、それを望むのも、難しくなってきたようです。

会うときまって、「オレはだれだか分かるかい?」と聞くのが、最近は挨拶の代わりになってきました。

以前は笑いごとのように受け止めていましたが、最近は「いまんところわかるけど……」と不安げに頭をかしげるようになってきました。

そんなとき、症状がどんどん進んでいるんだな、しみじみ寂しさがわいてきます。

「正月くらいは賑やかやろう」と以前はいろいろと考えていました。でも、最近は「年末年始くらいは徘徊したりしないで静かにしてて」とついつい本音を漏らしてしまいます。

髪がない

きのうの夜、ねえちゃから「明日の朝7時に起こしてくれ」と電話がありました。

理由を聞くと、近所の人と今年最後の美容院に行こうと午前7:45に約束をしたのだそうです。

私は完全に夜型なので、朝7時に起きるのは不可能です。しかたがないので、残っていた仕事を片付けるついでに朝まで起きていることにしました。

朝、電話をかけて起こすと最初は何が何だか分からなかったようですが、話しているうちにようやく美容院のことを思い出しました。

夜、「美容院はどうだった?」と聞くと、また何が何だかわからない、といいます。

しかたないので「鏡を見てみて」というと「髪がない。ない」と大きな声で返ってきました。

美容院へ行ったことが、やっと少し分かったようです。

仕事納め

きょうは、ねえちゃのデイケアセンター通いの今年の最終日です。

いつものようにお嫁さんに電話で励まされて、パジャマを着替えて、何とか出かけました。

センターで何をやったかは「まったく覚えていない」そうですが、行ったことはかろうじて頭に残っているようです。

ねえちゃも、これでいちおう「仕事納め」となりました。

ただし、もう郵送や払い込みが済んでいる「市田柿」について、何をまた勘違いしたのか、「困っちゃった。連絡して代金を振り込まなけりゃ」と、まったく関係のないめいのところまた電話をすると言っています。

何がなんだか分からない電話を何回もしまくることが、最近はもう当たり前になってきましたが、みんなが成れているわけではありません。

「いくら長年い付き合いのある親戚にでも訳のわからないこと言ってったら愛想を尽かされちゃうから、年末年始くらいは騒がず静かにしてて」と、いつもの愚痴をまた言ってしまいました。

涙もろく

きょう東京へ帰らなければならなくなった私は、残りものをかき集めて、お昼に焼うどんと茸ソースのパスタを作りました。

ねえちゃは肉が嫌いなので、「パスタなら肉入ってないけど食う?」というと、食べると言います。

私が作ったのでうまくはないのに決まっているのですが、歳をとって味覚も衰えてきたのか、「おいしい」「おいしい」と涙を浮かべながら食べています。

むかしは料理作りが自慢だったねえちゃ。でも、いまでは作るすべを忘れてしまったのか、気力も湧いてこなくなっってしまったのか、すっかり料理ができなくなってしまいました。

そういうのがなんとももどかしい、というのもあるのか、最近ずいぶん涙もろくなって来たなと感じます。

松井潤
matsuijun@jg8.so-net.ne.jp
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