Aokijima

認知症と「ねえちゃ」に関する覚書です

2016年11月

きょうはデイサービスセンターの日。「体調が悪いので行きたくない」と言っていたねえちゃですが、朝、お嫁さんからかかって来た電話に励まされて、なんとか出かけました。

きょうは、お風呂に入ったことは覚えているとのこと。昼ごはんは、「何を食べたか忘れたけど、たくさん食べた。野菜が多かった気がする」といいます。

夕方帰ってきてから「連絡帳」とかいうのがどこかへ行ってしまった、といって探していました。

どうも、センターであったことなどが書かれているもののようですが、見つかりません。

以前は、きっちり整理整頓をして、ものを失くすなんてことはあり得なかったねえちゃですが、最近は何となく片づけているようでいて何がどこにあるのか皆目分からないような状態になっています。

1週間ぶりくらいでねえちゃの家に行ってみると、生協からきのうの夕方届いたはずの惣菜類の大半がなくなっています。

朝や昼のおかずとして、3、4日は大丈夫かな注文しているのですが、バックがいくつも空になっていることからすると、届いたとたんに1日足らずで食べてしまったようです。

認知症患者には、目を離したすきに冷蔵庫の中のものを食べつくしてしまったり、何杯もご飯を食べ続ける過食症状が見られることもあるといわれます。

食事を取ることで血糖値が上がるのを感知して、「これ以上は要らない」と食欲を抑える満腹中枢がおかしくなってきているのでしょうか。

もの忘れがひどくなって、ご飯を食べても、食べても、食べたことを忘れてしまうのでしょうか。

いずれにしても最近、一日中寝てばかりいるのに食欲が異常に多いな、と感じることが増えてきました。

ねえちゃは最近ようやく、アルツハイマー病と血圧の薬を一錠ずつ飲む習慣が身についてきたようです。

ねえちゃが飲んでいるアルツハイマー病薬は、アリセプト(ドネペジル)という薬ですが、他にリバスチグミン、ガランタミン、メマンチンの3種類の薬が治療に使用されているそうです。

脳は、膨大な数の神経細胞(ニューロン)の巨大なネットワークとして成り立っています。こうした医薬品は、ニューロン間の情報を伝達する化学物質です。

神経伝達物質を制御することによって、思考や記憶、発語能力を維持するのに役立ち、特定の行動や精神症状の改善にも役立つ可能性があるといいます。

でも、これらの医薬品は、アルツハイマー病の病態そのものの進行に変化を与えるものではありません。効くか効かないかは人によって違うようです。

ねえちゃについても、効いているのかどうか、はっきりしたことは分かりません。

アルツハイマー病のよくある行動・心理症状としては、不眠、興奮、徘徊、不安、怒り、鬱などが挙げられています。

こうした症状がなぜ起こるのか、それらに対処する決め手になる治療法はないのか、といった点については、まだまだ研究のまっただ中、ということなのでしょう。

「おまえ、きょう来るんでしょう。雨が降っていて買い物に行けないから、夕食に何か買ってきてくれない」と、ねえちゃから電話がありました。

私が、きょう行く予定はありません。何を勘違いしたのか、夢でも見たのか。夢と現実がごちゃ混ぜになったのか。

最近はずっと調子がよさそうだったのですが、躁と鬱がかわるがわるやって来る状態はずっと続いているように思えます。

鬱病は子どもから高齢者まで幅広くみられますが、老年期の発症は他の年代よりも確率が高いそうです。

原因としては主に、「喜びの喪失」「意欲の低下」「思考力の低下」の三つの条件がかかわるようですが、ねえちゃはいずれにも当てはまるように思えます。

65歳以上の高齢者でうつ病で入院した患者は全国で1万人にのぼり、70代以上の自殺者は年々増えているとか。
 

アルツハイマーの世界で初めてという伝記の古本を買いました。アロイス・アルツハイマー(1864-1915)は、ドイツのバイエルン州マルクトブライト出身の医学者、精神科医です。

アルツハイマーのもとを訪れた、嫉妬妄想や記憶力低下を訴えるアウグステ・データー (発症46歳) という女性の症例を、1906年にテュービンゲンのドイツ南西医学会で発表しました。

これが、世界で最初に確認されたアルツハイマー病だったわけですが、この時はほとんど注目を集めることはなかったようです。

当時は、認知症のほとんどは梅毒によると考えられていたとか。その後、この症例はクレペリンの著述による精神医学の教科書で大きく取り上げられ、病気として広く知られるようになりました。

最初の症例が40代後半~50代前半と若年発症だったため、アルツハイマー病は初老期の認知症として、よくある老年期の認知症とは区別されていましたが、1960年代に盛んになった臨床病理学的研究によって、同一のものであることがわかりました。

1912年、ブレスラウのブレスラウ大学精神科教授に就任。1915年12月に大学へ向かう途中の列車内で体調を崩し、間もなく心疾患のために没したそうです。まだ51歳でした。アルツハイマーの生涯については、このブログで今後も逐次紹介していきたいと思います。

熊本地震、鳥取県中部、そして最近頻発している福島県沖と、今年も不気味な地震がたびたび起こっています。

長野県でも、2年前の2014年11月に県北部で最大震度6弱を観測した地震が起きて、少なからぬ被害が出ました。

中でも被害が大きかった白馬村で、きょう、住宅を再建できない被災者が入る村営住宅が完成、入居者らを招いた式典が開かれました。

応急の仮設住宅や借家などで暮らす12世帯19人の入居が決まり、準備が整った世帯から順次移り住んでいくのだそうです。

このように長野県でも、大地震がいつ起こっても不思議ではないはずなのですが、ねえちゃはなんとなく「この辺は大丈夫」という自信をもっているようです。

1944年7月にサイパン陥落後、本土爆撃と本土決戦が現実の問題になったとき、長野の松代へ皇居、大本営、さらには重要政府機関を移転する計画が持ち上がりました。

「松代大本営」です。松代が選ばれた理由の一つに、「固い岩盤で掘削に適し、10トン爆弾にも耐える」という、地盤のよさもあげられていたとか。

そんな皇居を移す計画もあった松代の近くに住んでいるのだから、地盤がしっかりしていて、ちょっとやそっとの地震では大丈夫。そんな意識が、ねえちゃの頭のどこかにあるようにも思えます。

きょうは、11月としては観測史上初めて東京都心でも積雪が観測され、転倒事故や交通機関の乱れが相次ぎました。

長野県内でも、未明から中南部を中心に雪が降り、正午までの最大積雪量は飯田で14センチ、諏訪で13センチで、ともに11月としては観測史上最多を記録したそうです。

11月の1センチ以上の積雪は飯田では1983年以来33年ぶり、諏訪は28年ぶり。長野でも正午までに、12センチ積もりました。

ということは、ひょっとしたら今季初の雪掻きをしたのかなとねえちゃに電話をすると、「いいいや、霙みたいのが降っただけで積もらなかった」とけっこうのん気にしています。

寒さと雪がずいぶん早くやってきたとはいえ、気象庁の2月までの3カ月予報では、平年並みの寒さと降雪量が見込まれていて、長野でも「冬を通じて大雪の可能性が高いとはいえない」といいます。

雪も寒さも、せいぜい“平年並み”にとどまってもらいたいものです。

きょうは、全国でも珍しい、雪が降ってもおかしくない11月に行われる花火大会が、犀川の河川敷でありました。

「長野えびす講煙火大会」です。

明治32(1899)年からつづく伝統のある花火大会で、なんと今年で第111回になったそうです。

全国10号玉新作花火コンテスト、音楽と花火がコラボしたミュージックスターマイン、超ワイド特大スターマインなど豪華花火が続々と登場。ぜんぶで約1万発が、打ち上げられたとか。

デイケアセンターから帰ったあと、ねえちゃも、近所の人に連れて行ってもらって花火を見ることが出来ました。

「きれいだったよ」と、明るい声。センターでじっくりお風呂につかることもできた、と喜んでいました。
 

きのう調子が悪そうだったので、きょうはどんなものだろうと寝室に声をかけてみると、「アタマはおかしいけどね」と、きのうと打って変わって、元気そうです。

「ケーキ、食わない」と、ロールケーキを切ってやると、一口でペロリと平らげました。「なにがなんだか分からなく」なっても、食欲だけは衰えません。

あしたは、昼間はデイサービスセンター、夜は近所の人と花火に行く予定になっています。

デイサービスのほうは忘れかけていましたが、花火のほうはちゃんと脳に引っかかっているようです。

夜、東京へ帰ってねえちゃに電話をしても、先週よりは記憶はちゃんとしているみたいです。

先週何度もあって悩まされた、「あした何を持って出かけたらいいのか」といった問い合わせもいまのところありません。

人間を含めて生物は、その体内に時計機能を備えているそうです。生物時計あるいは体内時計と呼ばれています。

生理的周期を維持するため体が自然に刻んでいるもので、昼夜の変化に対応したほぼ24時間の一日の(サーカディアン)リズムなどがあります。

海外旅行などをしたとき時差ボケが起こるのは、この生物時計が働いているためだとか。

生物時計は、人間の場合、脳の左右の視神経が交差する部位の少し上にある視交叉上核というところにあるようです。

ねえちゃは最近目だって、「いまが昼なのか夜なのか、何時ころなのか頭がおかしくて何がなんだか分からない」といって床にもぐり込んでいることが増えてきました。

きょうも午後6時前に、一人で勝手に夕飯を済ませて、寝室に閉じこもってしまいました。「熱でもあるの」と聞いても「体はどこも悪くはないけど、頭がおかしい」と答えるだけです。

認知症が進んでいくと、ひょっとすると生物時計に何か変化をきたすこともあるのでしょうか?

いずれにしても、周りでは理解が及ばない言動が徐々に増幅してきていることは確かなように思います。

朝は公民館のお掃除、午後にはいとこが訪ねて来てくれてと、きょうはねえちゃにとってはめずらしく忙しい日曜日でした。

おととい注文した腕時計も届きました。シチズンのオーソドックスな婦人用の腕時計です。包みから取り出してみると、まずひとこと「軽いね~」。

さらに「落ち着いた金色でなんとなく高級そう。小さいけど、文字盤はすごく見やすいし」と、パジャマ姿でさっそく腕にはめて嬉しがっています。

そういえば最近は、食べ物以外で自分のものを何か買う、ということがめっきり少なくなってきました。

ちょっとした買い物でも、気持ちはすこぶる高まるようです。

しばらくしてから再び腕時計を見せに来て「これ見た。いいでしょ」とはしゃいでいました。

以前、ねえちゃは朝から晩まで、小声で何かわからないことを始終ぶつぶつ口にしていました。

東京の地下鉄なんかでしばしば、一人で何か大声をあげている人を見かけることがありましたが、そういうのとは違います。

何を言っているのか分からないけど、口をぐじゅぐじゅ動かしてつぶやいているのです。

一日中一人でいるので、きっとフラストレーションがたまっているのだろうと、訪れる日数を多くしたり、宅食を取るなど話す機会を増やすように努めて来ました。

そんなことが功を奏したのか、最近は「ぶつぶつ」をあまり耳にしないになりました。それでも、誰かと話したいという基本的な欲求は少なくないようです。

給湯のスイッチを入れた後、「お風呂がわきました」と自動音声が流れると、それに答えて「そうですか。では入ります」とか、「アイスクリームを食べているのでもう少ししてから入ります」とか、大きな声で言ったりもしています。
 

きょうはお医者さんの日。出かけようと支度をしていたねえちゃは、腕時計が動かなくなっちゃったと騒いでいます。

見ると、電池が無くなったのか針が止まり、ベルトもボロボロです。

ほかに時計は無いのと聞くと、持っていないといいます。

家の近くには、時計屋さんはありません。

交通費をかけて街まで出て、電池やベルトを取り替えて、ということになると、買ったほうが安くつきそうです。

そこで、取りあえず、代用としても使える安い“レディース用”を、ネット通販で注文してみました。

シチズン製で、星印は四つ半。

「ベルトが赤みがかった茶色で、時計の金色の枠の色と合っていて、値段のわりに、ゴージャスに見えます」

「文字盤も見やすく、ベルトもしっくり手に馴染みます」

「母にふだん使いにと思い購入しました。数字がよく見えると喜んでいました」

などと、なかなか好意的な口コミがたくさんありました。
 

最近、生協の宅配で、煮込んだ黒豆を注文するようになり、ねえちゃはそれを楽しみにしています。

黒大豆は中国が原産で、2000年くらい前に日本へ伝来したと考えられているとか。

「絵本江戸風俗絵図」には「重詰の品は田作(ごまめ)、数の子、座禅豆(黒豆)の三重なり」などと記され、江戸後期にはすでに正月に欠かせない料理になっていたようです。

おいしく煮るには、きれいな黒色にするためにさびくぎを使ったり、何時間もかけてじっくり煮込んだり、さらには、火加減の調整や差し水の仕方など気を配る必要があります。

以前は、お正月の前になるとねえちゃも毎年、黒豆を煮ていましたが、いまではとても出来ません。

パック詰めされた煮豆をお皿に開けて「よ~く煮込んであって、柔らかさ、味付けもちょうどいい」と感心しながら、生協の黒豆をモクモクと食べています。

きょうは、デイサービスセンター通いの2回目。

先週は、帰って来てから「もう行きたくない」というようなことを口にしていたので心配しましたが、なんとかきょうはスムーズにすんだようです。

リュックサックのなかに入れて下着を持っていきましたが、なんとなく入る気にならなったとかで、お風呂へ入るのはやめたようですが。

ただ、帰ってきて、きょうも「まるっきりバカになっちゃって何が何だか」と、なんとなくまだ馴染めないところもあるようです。

それでも、センターへの送り迎えをしてしてもらったことや、お風呂のことなど覚えていたのは、一歩前進かな、と思います。

「水曜日はデイサービスの日」と、だんだんカダラが馴染んでいけばいいのですが。
 

ねえちゃは、外出のときはたいてい薄茶色をした愛用のリュックサックをしょって出かけます。

あしたはデイサービスセンターへ行く日だから忘れないようにと念を押しておいたら、きょうの夜、東京にいる私のところへ3回づづけて電話をかけてきました。

いずれも「あした持っていくもの何だったっけ?」といいます。そのたびに、「お風呂へ入るときのための着替えの下着だけ」と答えます。

すでにちゃんと下着を持ってきてリュックサックへ詰め込んでいるようなんですが、それをまたすぐに忘れてしまって、何度も電話をかけてきたのです。

先週も、前の日にちゃんとリュックサックへ着替えを入れて準備万端でした。でも、当日の朝になると、それをすっかり忘れていまっていてまた「何を持ってけば良かったんだっけ?」

 「明日は昼間にセンターでお風呂へ入るから、きょうはお風呂はやめておこう」と、今晩のところは、行く気満々でいるようです。さて、明日はリュックサックをしょってスムーズに出かけられるでしょうか?
 

きょうの未明、ひっそり寝静まりかけたかなというところに、めずらしく救急車のサイレンの音が迫って来ました。

どこへ行くのかな、と様子をうかがっていると、ねえちゃの家の前まで来て止まりました。

まさか、下で寝ているねえちゃにどこか異変が起きて、夢うつつ「119番」をしたのかな、と少し焦っておりて見ると、いつものように床にいます。

どうも、向かいの家の誰かのようです。こういうときは、ねえちゃは元気です。パジャマのまま外へ出て救急車の近くまで行って、立ってずっと様子をうかがっています。

その姿を見て、そのうちに近所の人たちも何人か起きだして来ました。救急の人たちは、そんな切羽詰まった感じではなく落ち着いて話しながら、ゆっくりと救急車は走り出しました。

「だんなさんが付き添っていったみたいだけど」とねえちゃは、救急車を心配そうに見守っていました。

大相撲九州場所の初日、長野県出身力士で84年ぶりの新三役、小結となった御嶽海は、横綱の鶴竜と対戦しました。

残念ながら、貫禄負けといった感じで歯が立たず、押し出しで敗れました。

夜のニュースでこの取組を見たねえちゃは「あれ、もう最初から横綱とやらなきゃならないの」と、きょとんとしていました。

「三役に上がったんだぞ」と何度も説明したのですが、その意味合いはさっぱり飲み込めていないようです。

きのうきょうとずっと寝ていたので、さすがに風呂を上がっても「すぐには眠れそうにない」といいます。柿を二つ平らげて、お腹もいっぱい。

となると、やることがないという悩みが付いてまわります。佳境に入った「真田丸」も、トンと関心を示しません。

小さい音でラジオをつけておけば「深夜便」を聞いてるあいだに自然に眠れるんじゃない、と枕のそばにラジオを置いてみましたが、聴く気もはならないようです。

頭の具合が悪いから寝ている、といって今日ねえちゃは、珍しく夕食もロクに取らずに早々と床に就きました。

とはいっても、話をしていてもどこかが悪そうには見えません。ときおり起きてきては、ミカンやアイスクリームをむしゃむしゃ食べてはいます。

そして、ゴミや食器の後片付けはいつものようにこまめにやります。日記を書いたかどうか、忘れてはまた開いてのチェックを何度もしています。

料理の仕方を忘れてしまって、夕食を作ったりすることはほとんど出来なくなった昨今ですが、後片付けの習慣は、以前にも増して厳格になったような気がします。

誰が来るというわけでもないので、体調が悪ければしばらく放っておいていいのにといっても、何が何でもすぐにきちんと片付けないと気が済まないようです。

若い時からずっとやってきているのだから料理をすることだってからだに沁み付いているはずなんですが、どうして後片付けだけは忘れないのか。不思議です。

きょうの夜、障害を持つわが子の面倒を見ながら二人で暮らす母親をリポートしたテレビ番組を、ねえちゃと見ました。

乳癌の手術をしたという母親は、自分にもしものことがあったとき、息子のことが心配でしかたがない、と言っていました。

テレビを見ていて、「立場は違うけど、他人ごとじゃないよね」という話になりました。

そういえば、物忘れがひどくなった最近は、親族のほか、宅食や宅配、デイサービス、近所の人たちなどの助けがなければ、ねえちゃの生活は維持することができなくなっています。

どこまでちゃんと自覚しているかは定かでありませんが、「私も障害者なんだよね」と、ふとねえちゃは口にしていました。
 

きのうは「バカになっちゃって、もうデイサービスセンターには行けない」といていたねえちゃ。

ですが、きょうになるとほとんどすべて忘れてしまって、なぜか「きのうは温泉へ行ってきた」という記憶のかけらが、頭のどこかに残っていて、そう思い込んでいるようです。

あいかわらず「何が何だかぜんぜんわからなくなっちゃって。もう嫌だ」を繰り返して、また一日が過ぎました。仕方がないことですが、症状は少しずつ進んでいくのでしょう。

寒さが増して、日が暮れるのも早い昨今です。暗くなって迷って帰ってこれなくなったり、凍結した路面で転んだり、ということもあるので、「今年は一人での散歩はもうやめよう」ということにしました。

代わりに、デイセンターでちゃんと運動したり、ケアマネージャーのかたも薦めてくれたテレビ体操を毎日やるようにすれば大丈夫だよ、というわけです。

それも明日にならばみんな忘れてしまって、徘徊をしてしまいそうですが。

デイサービスセンター初日のきょう、帰ってくるとねえちゃは、パジャマに着替えて布団に寝転がて居ます。

どうだったの、と聞くと「バカになっちゃって、どうしようもない。もう嫌だ、嫌だ」と、わけのわからないことを言います。

センターのほうに聞いてみても、特に変わったことも、嫌がることもなく、ふつうに穏やかに過ごしていたようです。

一日がかりの慣れない体験だったので疲れたの? 目新しい事をやって少し自信を失ったようなことでもあったのか?

ところが少し休んで夜になると、センターへ行ったことはすっかり記憶から飛んでしまって、「きょうは日帰り温泉へ行ってきた」と言い出します。

「え~。どこの温泉へ行ったの?」びっくりして聞き返すと、「湯田中だったか、どこだったか」。

「じゃないでしょ。デイセンターのお風呂に浸かって来たんでしょ。」

「ああ、そうだったのか。バカんなっちゃって。うちのと違ってすごく大きくて温泉に入ってたと思ってた」

記憶があっちやこっちへ断片的に飛んでいくのでしょうか。

何はともあれ、センターのお風呂が気持ちよかったらしく、今夜は自宅の風呂には入らず床につきました。

毎週水曜日のねえちゃのデイサービスセンター通いが、いよいよ明日からはじまります。

だから、というわけではないようですが、今朝、近所の奥さんに連れて行ってもらって美容院へ行ってきました。

この間、トライアルで初めて行くことになっていた日には、迎えに来てくれた直前に嫌になって行くのをやめてしまいました。

その次の日には何とか行くことができて、機能訓練やレクリエーション、食事、入浴のサービスなどを受けてきましたが、それらはもうすっかり、ねえちゃは忘れてしまっています。

夜、ちゃんと説明しておいたのですが、すぐにまた不安になったらしく「あした、どこへ行くんだったっけ。頭がおかしくて、何が何だか、どうやっていったらいいのかわからなくなっちゃって」と、2度ほど電話がかかってきました。

「もって行ったほうがいいのは着替えの下着くらい。朝、起きて家に居れば、迎えに来てくれて何もかもやってくれるから大丈夫。どこか具合が悪くたって、ちゃんと面倒を見てもらえるんだから……」。
 

きょうは、二十四節気の「立冬」。

放射冷却の影響で長野も冷え込んで、最低気温が今季最低の1.1度を記録、初氷が観測されました。

平年より2日、昨年より6日遅かったそうです。

日本海側を低気圧が通過するため冷たい寒気が上空に入り込み、これから天気は下り坂になる見通しのようです。 

街路樹も、紅や黄色にすっかり色づいて、落葉も積もるようになってきました。

近年は、ねえちゃの家の近くでは、冬でもそんなに大雪が積もることはありません。

それでも「今年の冬はどうなるのだろう」。そろそろ雪掻きが、気になりつつあるようです。

NHKでやっている体操というと、私の頭の中には「ラジオ体操第1・第2」くらいしかありませんでした。

「かんぽ生命保険」のサイトを見たら、「ラジオ体操」は80年以上の歴史を持っていて、なんと同社の前身、逓信省簡易保険局が1928(昭和3)年に「国民保健体操」としてつくったのだそうです。

1999(平成11)年には、新たに「みんなの体操」というのもつくりました。

こちらは国連の「国際高齢者年」にちなんだもので、ユニバーサルデザインという考え方に基づいて、年齢や性別、障がいの有無を問わず、どんな人でも楽しく安心してできる体操として考案されました。

みんなの体操は、「手と腕の運動」「胸の運動」「上体ゆすり運動」「首の運動」「突き出し運動」「足・腰の運動」「腕と脚の運動」「深呼吸」の8科目から構成されています。

同じ音楽で、起立した状態と、椅子に座ったままの状態の二通りで行うことができ、高齢者の負担が少ないようにラジオ体操より運動量を低く抑えているようです。

こえまであまり注意して見ていなかったのですが、「みんなの体操」はNHK総合テレビで、月~金の9:55~10:00に放送されています。

また、総合テレビ14:55~15:00(月~金)、教育テレビ6:25~6:35(毎日)の「テレビ体操」の枠内でもやっているとか。

ねえちゃに、散歩の代わりに毎日、5分ほどでいいのだからテレビを見ながら「みんなの体操」をやったらと、試しにテーブルに放送時間を張ってみました。

これまでは、毎日、散歩にでかけることが健康のためになる、とねえちゃはずっと思ってきました。

だから夜が長くなった昨今も、その気になると義務にかられるように夕方、トボトボと家を出ていきます。

でも、家を出たまま帰れなくなって、近所の人にSOSを発したりするようになってきたので、散歩を安易にすすめるわけにもいきません。

ちょうど「散歩」と「徘徊」の境界あたりをウロウロしているのかな、と感じることもあります。

「カラダはすこぶる元気なんだから、アタマの体操のために1日に1ページでも、1行でもいいから読書をしたら」と、認知症の症状があらわれるずっと前から、旅行のガイドやら、仏教の入門書やら、興味を示すたびにいろんな本を提供してきたのですが、いまだに一向に目をくれようとはしません。

高齢になっても読書を楽しみにしている人はたくさんいるし、ねえちゃは老眼鏡がいらないくらい目が良いいのに……、モッタイない。

本がないと一日たりとも生きてはいけない私のような「種族」には、不思議でなりません。
 

いよいよねえちゃも、毎週、デイサービスセンターへ通うことなりました。

きょう、ケアマネージャーの女性とセンターの担当者の男性が家に来てくれて、詳しい説明を受けて契約を結びました。

来週から、とりあえず毎週水曜日、朝9時前後から午後4時過ぎまで、みんなで昼食を食べたり、体や頭を動かしたり、お風呂へ入ったりと、いろんなことに挑んでいきます。

何かあったときに対応してくれるお医者さんもいるし、予約しておけば髪をカットしてもらったりといったいろんなサービスを受けることもできるそうです。

なによりも、「これから」に向けていろんな情報を得たり、プロに相談にのってもらえるのは、ありがたいことだと思います。

これをきっかけに、テレビの体操を毎日の目標として続けていく、というのも良さそうです。

とにかく、出かけることで何か楽しみを見つけてくれるといいのですが。

テレビで、行商人たちが運んだ魚によって水俣病にかかった被害の実態について報道されていました。

たとえば熊本県水俣市に隣接する山間部にある伊佐市では、水俣と伊佐を結んでいた旧JR山野線で、行商たちが不知火海の汚染された魚を毎日運んでいたそうです。

原因不明のしびれや痛みで入退院を繰り返す人たちがたくさんいるのに、特措法による救済はなかなか進んでいないようです。

行商は、お客さんのいそうな地域や家へ、必要であろうと思われる商品を運んでいって取引する商い。

もともと商売とは、売る品物がたくさんある場所から、そうでないところへと融通するものだったわけなので、シルクロードを行き交った商人も、行商と言えるのかもしれません。

山里育ちのねえちゃの若いころは、魚の開きなどの魚介類、肉、お菓子、パン、薬、服、鞄など、いろんなものを持って来てくれる行商によって、生活は成り立っていたそうです。

いまでは行商を利用することはほとんどありませんが、注文したものを運んでもらう宅配によって、ねえちゃは日々暮らすことができています。
 

ねえちゃは毎晩、体温を測って、血圧といっしょに記録しています。

きょうの体温は35.2度。たいていは35度台で、34度台の後半から、36度台前半のあいだで推移しています。

きのう体温を測ったあと、いつも使っている体温計が作動しなくなってしまったそうです。どうも、電池がなくなったようです。

ねえちゃには、どういう電池かもわからないし、極小のねじ回しがないと開けることができません。

それで、どうしたのか、記憶を手繰り寄せていくと、どうも、娘さんが看護師をしている近所のかたに相談に行って、「うちにたくさんあるから」と、一本もらってきたようです。

たしかに、見慣れない体温計がテーブルの上に置いてあります。おかげで、きょうも無事、体温を測ることが出来ました。

リニア中央新幹線の長野県内で初めての工事が、きょうから大鹿村で始まりました。

県内で工事が始まったのは、南アルプストンネル。長野と、静岡、山梨の3県にまたがって南アルプスの地下を通る全長25キロ余りの長いトンネルです。

このあたりは地層が入り組んでいるので、リニアの工事の中でも特に難しい区間とされているとか。

まずは資材や機械の置き場所などの整備をして、年明けから作業用トンネルの掘削に入り、10年後の2026年11月末の完成を目指しています。

リニア中央新幹線は、最高時速500キロで走る次世代の超特急。ねえちゃが91歳になる2027年には、東京━名古屋が最速40分で結ばれるそうです。
 

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