Aokijima

認知症と「ねえちゃ」に関する覚書です

2016年09月

ねえちゃと同じように、私も、最近は忘れてばかりいます。ちょっと前まで覚えていたはずなのに、思い出せずイライラすることはしょっちゅうです。

でも、たいていの場合は、忘れていることを指摘されたりすると「そうだ、忘れていた」と思い出すことはできます。

しかしアルツハイマー型認知症になると、自分のした体験そのものを記憶していないために、「忘れていた」と思い出すことが出来なくなってしまうようです。

誰かと約束したことも、電話をしたことも、それ自体を忘れてしまっているので、約束をやぶったり、何度も同じことを聞き直したり、といったことが日常的に起こります。

「あした午前中、病院へ行く」と約束して30分もたたないうちに、近所の人と「あした朝から美容院に行く」と、ねえちゃは平然といい出します。

さらには、美容院へ行く時間をすぐに忘れてしまって、「あした何時でしたっけ」と近所の人に3度も聞きにいく始末です。

病気なんだから仕方がないとは思いつつも、気が短い私はそんなたびごとにカッとアタマにきて、ねえちゃと言い合いになります。
 

アルツハイマー病は1906年、ドイツの精神医学者アロイス・アルツハイマー(1864-1915)=写真=によって、はじめて報告された病気です。

Alzheimer

それまで認知症はほとんど、梅毒によって起こると考えられていたそうです。ところが、アルツハイマーはアウグステ・データーという嫉妬妄想、記憶力低下など訴える女性患者(初診時51歳)の症例を、新たに学会で発表したのです。

それを機に、初老期に発症して記憶障害や妄想を特徴とする認知症を呈し、病理学的には老人斑や神経原線維変化が認められる病気が、アルツハイマー病と呼ばれるようになりました。

当初、アルツハイマー病は初老期の認知症として老年期の認知症とは区別されていました。しかし、1960年代に臨床病理学的研究が盛んになって、同じものだという結論になったそうです。

アルツハイマーは1912年、ブレスラウ大学精神科の教授に就任しました。しかし1915年、大学へ向かう列車の中で体調を崩し、間もなく心疾患のため亡くなりました。51歳でした。

アルツハイマー病の薬を飲むのにねえちゃはだいぶ慣れてきたので、きょうから、6日分のピルケースを15日分はいる大きめのに変更しました。

東京の100円ショップで買ってきた、3段5列のセルがある青い透明のピルケースです。

上段から順に、日付と曜日を記入したラベルを貼って、これまでと同じように、両面テープでテーブルの端にくっつけました。

15日間毎日、夕食後、日付のついたセルに入っている血圧の薬と合わせて2錠をいっしょに飲めるようになっています。

飲んだ後、血圧を測って、ずっと続けている血圧手帳に折れ線グラフを書き込みます。

このあいだ、薬局へ行ったときに新しい血圧手帳をもらって来ました。準備は万端です。
 

きのう、ねえちゃは、かかりつけの脳神経外科へ行きました。

2週間前に処方してもらったアルツハイマーの薬、アリセプト(5mg)が、終りに近づいたからです。

日にちと曜日のラベルを付けてテーブルの上にくっ付けたピルケースが効いたのか、血圧の薬といっしょになんとか2週間、毎日きちんと飲み続けることができました。

「5mg」に増やしてからも副作用らしきはないので、今度は1カ月分、処方してもらうことになりました。

相変わらず、食欲があり、夜もぐっすり眠っています。でも、これまでのように「こんなバカ生きていてもしょうがない」と、ふさぎ込んでいるときもしばしばあります。

薬が効いているのか、効いていないのか、よく分かりません。が、「現状維持」ならまあ効いていると思って気楽に構えたほうが良さそうです。
 

ねえちゃの甥から、きょう、段ボールいっぱいの梨が届きました。「南水」という種類のようです。

「南水」は、「越後」と「新水」という梨の交雑により長野県南信試験場で生まれた赤梨。1990(平成2)年に品種登録された、県の比較的新しいオリジナルブランドだとか。

手に取ってみると、大きくてがっしりとしています。でも、果肉は適度にやわらかく、歯ごたえもあり、みずみずしくて甘味がしっかりと感じられます。

冷蔵庫に入れて少し冷やして食べると、シャキシャキ感や甘みがより引き立って美味が増してくるように思われます。

梨は弥生時代のころから食べられていたとか。フルーツ王国の信州では、梨だけをとっても、9月上旬から「幸水」、半ばには「豊水」、そして「南水」と次々に味わうことができます。

ねえちゃもさっそく、「おいしい、おいしい」と何度も繰り返しながら、“秋の味わい”を堪能していました。ごちそうさまです。

大相撲秋場所千秋楽、ねえちゃも応援している長野県出身、御嶽海は、関脇宝富士の差し手を封じて寄り切って10勝目をあげました。

「目標にしていた」という二ケタ白星は、自身3度目。御嶽海は、西前頭5枚目ですから、来場所は新三役が濃厚になってきました。

長野県出身の新三役は、なんと1932年の春場所(2月)の元関脇高登以来、84年ぶりとなるそうです。

今場所の相撲を見ていると、地力が一段と増したように思います。

まだ23歳。これから、どこまで上っていくのか。楽しみです。

午後7時のNHKニュースを見ていて、ねえちゃは「豪栄道、全勝優勝したの?」といいます。

「優勝は決まったけど、全勝かどうかはあしたの結果次第。大関の豪栄道、知っていたの?」

「大関か何かは知らないけれど、名前はわかるようになった」

「来場所がんばれば横綱になれるかも知れないんだから、どんなお相撲さんか、これから注目して観るようにしたら」

「うん」 

秋場所も最終盤になりましたが、ねえちゃはいつものように、大相撲の時間になってもテレビもつけず、寝ているばかりです。

でも、この場所の活躍で豪栄道を覚えることができた。ちょっとした収穫です。

犠牲者58人、行方不明者5人を出した御嶽山の噴火災害からまもなく丸2年になります。

きょうの夜、2年の節目の特集番組を見ながら、ねえちゃは「もうそんなになるんだ」と、感慨深げに話していました。

山の仕事をしていた連れ合いの転勤で、若いころ木曽に住んでいたことのあるねえちゃ。御嶽山の頂上に登ったことはないそうですが、盆踊りなどで唄った、

木曽のナァー なかのりさん
木曽のおんたけ ナンチャラホーイ
夏でも寒い ヨイヨイヨイ

の「木曽節」とともに、御嶽は忘れられない山として思い出されるようです。

もともとは、木曽川の支流王滝川から本流まで材木を川流しで運び出す川狩り人足が、鳶口で材木を移動させるときに歌っていた木遣唄。

「ヨイヨイヨイ」はそのときの囃子ことばの名残とみられています。

9月27日には、山麓の木曽町で犠牲者追悼式が行われ、噴火が始まった11時52分に黙とうがささげられます。

最近は、買い物に出かけることもほとんど無くなってしまったねえちゃは、家に届けてもらう食べ物だけでほとんど用を足しています。

そんな一つ、毎週1回、注文したいろんな食品を配達してくれている生協のおねえさんは別の町に配置換えになったようで、今週から別の人が届けてくれるようになりました。

今度の担当者は、仕事歴2年4カ月の、5歳と3歳のおかあさんだそうです。ですが、ねえちゃは毎回やり取りしているはずですが、担当が換わったかどうかはよくわかっていないようです。

毎週、明治乳業の乳酸菌飲料やコラーゲン飲料を届けてくれていた宅配業者とは、きょうの集金を最後に契約を打ち切りました。

1年余り前に、勧誘にくるとなんでも頼んでしまうねえちゃが契約したようですが、あまり飲まないので台所にあふれかえっています。

それに、どこと契約したのか、だれがいつ持ってきているのかの認識もねえちゃにはありません。受け取って、言われるままにお金を払ってきたのです。

忘れてしまっても、おそれくそのときは契約して、きちんと届けてくれていたのでしょうから「オレオレ詐欺」のようなものとは性格はちがうと思います。

でも、認知症らしき一人暮らしの年寄りとの契約については、業者のほうも少し配慮してもらえないだろうかな、という気がしています。
 

ねえちゃの家の近くには、地元の小学校で育てている田んぼががあります。

稲穂が黄金色に垂れて、そろそろ収穫期に差し掛かっているようです。

子どもたちが工夫して作ったのか、田んぼには色とりどりの案山子がたくさん立っていましたが、きょう通りかかってみると、台風の嵐でほとんど倒れてしまったようです。

それでも可愛らしいのが2本、がんばって立っています。古事記の世界では、「久延毘古(くえびこ)」という名の神が案山子なのだといいます。知恵者で、歩く力を持っていなかったともいわれます。

それはともかく、いよいよ稲刈りも本番。そして、日に日に秋は深まっていきます。

台風16号の影響で、ねえちゃの住む長野市も、きのうは激しい雨が降り続きました。

安茂里、小柴見、篠ノ井小松原など、市内のあちこちで避難勧告が出され、県内には土砂災害警戒情報も流れました。

大町市の北アルプスでは、登山者が増水した川に流されて愛知県の66歳の男性が行方不明になっています。

ねえちゃの家の近くは避難が必要になるようなことはありませんでしたが、さすがにきょうは、散歩(徘徊)に出かけることもなく家の中でおとなしくしていたようです。

午後7時ごろ、夕食も終えて、今日分の認知症の薬も飲み終えました。

毎週月曜日は、ねえちゃのところに生協へ注文しておいた食品が届きます。夏の間は、ねえちゃの好物のとうもろこしを欠かさず頼んでいました。

けれど、旬の時節が過ぎて注文できる品目からはずれてしまいました。そこで代わりに注文しておいたのが、こちらも好物の柿です。

きょう届いた柿は、甘柿6個。まだ全体に青っぽいのが多いようです。

それで、「冷蔵庫の野菜室に入れておいて、色づきのいいのから食べれば」ということになりました。

柿に含まれるビタミンCの量は、日本人がよく食べる果物の中でトップクラスで、風邪予防、高血圧予防、動脈硬化予防、脳梗塞予防などの効果もあるようです。

へたがきれいで、へたが果実に張りつき果実との間に隙間がないものが良い柿だとか。

とうもろこしから、柿のシーズンへ。台風とともに、季節も移りかわっていきます。

3mgから5mgへとアルツハイマーの薬を増やしたねえちゃ。

決められた量をちゃんと飲めるかどうか心配でしたが、いまのところ毎夕食後、テーブルにくっつけたピルケースの日付通りに飲んでいるようです。

これといった副作用も、認められません。

けれど、薬を飲んだから血圧が下がった、といった薬の効果がわからないのがアルツハイマーの薬です。

良くなることはなくても、なんとなくいままでの状態を保っているな、と思えるようなら薬を飲んでいる意味はあると医師はいいます。

毎日決められた通りに薬を飲むという習慣が続いていれば、薬の一定の効果が出ているといえるのかもしれません。

ねえちゃは久しぶりにサカナを焼いて食べようと、ししゃもを買って冷蔵庫に保管していました。

生干し加工後に冷凍して輸入された、よくある子持ちししゃもです。

春から初夏に浅海に群れで押し寄せてくるししゃも。雌は、波打ち際の砂礫底に1匹あたり数千以上の卵を産みつけ、繁殖後には死んでしまうそうです。

消費期限ギリギリになったので、ねえちゃはししゃもをガスコンロの真ん中にあるグリルで焼こうとしたのですが、グリルの操作の仕方をすっかり忘れてしまいました。

おまけにグリルのふたを開けてみると、だいぶ前に入れたまんま忘れて置きっぱなしになっていた鮭の切身が、ミイラのようになって出てきました。

ねえちゃは仕方なく、フライパンで焼くことにしました。肉や卵がばらばらになってしまいましたが、なんとか食べることはできました。

市の郊外にあるねえちゃの家では、日が沈むと、懐中電灯がないと街を歩けません。

最近だいぶ日が短くなってきたので、ねえちゃが外に出ていられる時間もいっそう短くなってきました。

さすがに、いまのところは暗くなると鍵を閉めて、ねえちゃは外へ出ていくことはありません。

でも、暗くなってもなんとなく外へぶらぶら出かけてしまうのではないかと、不安に感じることもあるそうです。

外へ出ることはなくても最近、夜中の2時、3時に、なぜか電灯をつけずに家の中をぶらぶら歩き回っているのに出くわすことが、しばしばあります。

「何やってるの」と聞くと、「薬を飲まなければ」とか、「日記を書かなきゃ」とか、「あしたの準備しなきゃ」とか、いまいち不可解なことをいいます。

ねえちゃの家の冷蔵庫には、いつも「うるおうコラーゲン」とかいう100mlのビンに入った飲み物がたくさん入っています。

きょうまたたくさん届いたようで、ねえちゃは「うるおうコラーゲン」があふれかえって、冷蔵庫に入らないと困っていました。届けられてもとても飲みきれない状態が続いているのです。

「これはどこに頼んで、どこから届けられて来るの」と聞くと、「どこだか、何で来るのか分からない」といいます。

私が調べると、どうも明治乳業の商品で、2010年4月に発売、美容に大切な成分のコラーゲンにヒアルロン酸、セラミド、ビタミンCを配合した乳飲料で、肌を守り、きめを整えます、とかあります。

それにしても、どこに依頼したかも、どこからどう届けられているかも分からず、とても飲みきれないでたくさん残っているというのはとても健全とは言えません。

それに、アルツハイマー病に悩む80代の老人が美容がどうの、もないでしょう。配達していると見られるところに電話してみると、1年前から届けられているらしい。

ねえちゃが、勧誘につられて契約したのでしょうから仕方ないのでしょうが、一人暮らしの呆けた年寄りに「美容」が売り物の飲み物を家にやって来て勧める、というのもどんなものでしょう?

というわけで、「届けられた代金は払うから、これからは、もう届けないでほしい」と、かなり激しい口調で断りました。

きょうは、通いはじめた脳神経外科の診療日です。

ねえちゃは、アルツハイマー病薬のアリセプト錠3mgを1週間服用してみましたが、発疹、そう痒、食欲不振、嘔気・嘔吐、下痢、不眠といった懸念される副作用らしき、は見られませんでした。

ただし、飲んだという記憶がすぐになくなるので、一晩に2回飲んでしまったことが一度ありましたが。

医師と相談して、プロトコル通り、アリセプト錠を3mgから5mgへ増やしてみることになり、2週間分を処方してもらいました。

問題は、ねえちゃが一人のとき、毎日夕食後、決められた量ずつ飲めるかどうかです。

そこでとりあえず、6日分入るピルケースを用意して、それぞれのセルに飲む日と曜日を記入。そのケースを、ねえちゃがいつも座るところのテーブルの上にセロテープで貼りつけてみました。

さらに、ケースを貼りつけた周りのあちこちに「夕食後に飲む。それ以外は飲まない!」ことを記したラベルを貼りつけました。

これだけやっても、1日1回夕食後きちんと、というわけにはなかなかいかないと思われる情勢ですが、いま出来るのはこの程度が限度。

状況を見ながら、試行錯誤を重ねていくしかなさそうです。

要介護認定の度合いを判定する介護保険認定調査員の女性が、きょう、ねえちゃの家を訪れました。

心身状態や日頃の生活に関わる質問や、認知症にかかわるテスト、寝返りの打ち方など1時間余りにわたって調べていきました。

調査は、厚労省の定めた要介護認定調査票に基づくものだそうで、67の調査項目と、申請者の介護に係わる特記事項が記録されるそうです。

カラダのほうはこれといった不自由のないねえちゃにとって、当面の一番の課題は、毎日きちんとアルツハイマーなどの薬を飲めるような体制をつくることです。

調査の結果が出るのに、1カ月程度はかかるそうです。果たして、どのような介護が可能となるのか?

ねえちゃは午前中、かんぽ生命の生存保険の受け取り手続きに、最寄りの郵便局へ行って来ました。

一定期間を経過した時点で生存している場合に、保険金を受け取ることができる生存保険。決して裕福ではないねえちゃにとって、これから生きていくリスクに備える重要な蓄えです。

けれど、生存保険とはどういうものかも、自分がその保険に入っていたのかどうかも、いまではほとんど覚えていません。

だから「重要」と書かれた郵便局からのお知らせが来ても、ただオロオロするだけです。

物置の奥のめったに使わない金庫から保険証書を探し出し、どの印鑑を持って行ったらいいのか迷いに迷って、手続きに必要なものをなんとかそろえてリュックサックに詰め、出かけました。

そして郵便局で、窓口の女性に教えてもらって、何とか必要な書類を埋めて提出することができました。

手続きを終えてホッとしたねえちゃは「何かおいしいもの買って帰ろう!」。

もう保険金ををもらった気になったのか、久々にご機嫌です。

ねえちゃは、買い物など何か用事があるときは、広告の紙の裏などに要件をメモしていきます。

ですが、メモをしたことも、紙を持っていることもたいてい忘れてしまって、目的のものをなかなか買ってこれません。

それに最近は、「**が欲しい」とか、「**を食べたい」といった欲求自体もほとんど無くなってきています。

夕食は何にしよう、と買ってくるのではなくて、家にすでにあるものを何となくあれこれまた買ってきてしまします。

紙にメモをするのではすぐ忘れてしまうので、いつも持ち歩けるメモ帳を使うようにしたらというと、きょう、最寄りのスーパーへの買い物のついでにメモ帳を2冊買って来ました。

ただし、買ってきたことも忘れてしまっていましたけれど。何でも書くようにとテーブルの上にいつも置くようにしている大学ノートとともに、このメモ帳が何らかの役に立ってくれればいいのですが。

ねえちゃは、保険や介護関係などいろんな手続きに必要になってきた「マイナンバーカード」のことが、まだよく分かっていません。

郵送されてきた「通知カード」は、健康保険証とともにとても大切なものだからと、財布の中に入れてはあります。

通知カードに書かれている番号は、日本国民であることの証しになるものだから、といちおう話しています。

ねえちゃは運転免許証を持っていないので、マイナンバーカードを作っておけば身分証明書の役割を果たして便利です。

ですから、近くのスーパーに置いてある自動撮影機の前を通るたびに「ここで写真を撮ってカードを申請したら」というのですが、ねえちゃはなかなかその気になってはくれません。

ねえちゃは、きのうからアルツハイマー病の薬を飲むようになりました。

これまで、1日1錠ずつ飲んでいた血圧の薬と合わせて、夕食後に毎日2錠ずつ飲まなければなりません。

2錠ずつきちんと飲めるようにと、ピルケースを買って来ました。

一つのセルにアルツハイマーと血圧の薬を1錠ずつ入れておいて、夕食後、間違えずに飲めるようにしました。

ところが、きょうの朝、ピルケースを覗いてみると、もう二つ目のセルがカラになっているのです。

きのうの夜に薬を飲んでから朝までに、もう1錠ずつを飲んでしまっていたのです。

これから少しずつ量を増やしていく必要のあるアルツハイマーの薬は特に、決まった時間に定量ずつきちんと飲まなければなりません。

ずっと処方してもらっている血圧の薬も、飲み忘れがたくさんあるようです。自分ではやっているつもりでいても、薬をちゃんと飲むこともできなっているのでしょう。

ねえちゃは、近くの脳神経外科できょうMRI検査を受けました。結果は、やはりアルツハイマー型認知症の対策をしたほうがいいとのことで、さっそく薬を処方してもらいました。

「アリセプト」という、アルツハイマー型認知症などの症状が進行するのを抑えるエーザイが開発した薬です。認知症治療薬の中で最も古くから使用されているようです。

まずは1日1回3mgを1週間服用して副作用の有無などを観察してから、1日1回5mgに増量することなどを検討していくことになりました。

アルツハイマー型認知症では、脳内の神経伝達をつかさどる化学物質の一つ、アセチルコリンが減少していることが知られています。

アリセプトには、このアセチルコリンを分解してしまう酵素を阻害する働きがあり、脳内でのアセチルコリン濃度を高めて神経伝達を活性化するのだそうです。

とはいっても、アルツハイマー病にはまだ根本的な治療法はありません。そんなアルツハイマーと、ねえちゃはどう共生していけるのか。模索は始まったばかりです。

あしたは、ねえちゃの認知症の状態を確かめるMRI検査を近くの病院で受けます。

あの、強力な磁石でできた筒の中に入って、磁気の力を利用して体の臓器や血管を撮影する、最近ではすっかりおなじみの検査です。

高周波の磁場のなかで、体内の水素原子に共鳴現象を起こさせ、反応する信号を画像化するしくみ。

日本語だと、核磁気共鳴画像法というややこしい呼び名がついています。

簡単にいうと体内の水をトレースしていく検査なので、水分量が多い脳や血管などの診断に威力を発揮するようです。

ねえちゃは3年ほど前にも別の病院でMRI検査を受けたことがあります。

その時のことはすっかり忘れていますが、胃カメラのように痛いのを我慢しなければならないというようなことはない、という認識は頭のどこかにあるようです。

台風崩れの雨が、ひどくならないといいのですが。

いよいよ「りんご三兄弟」のシーズンが近づいてきました。

りんご三兄弟は長野県で生まれ、いま売り出し中のオリジナル品種のりんご、「秋映(あきばえ)」「シナノスイート」そして「シナノゴールド」をいいます。

三兄弟のうち一番早く食べられるのが、長男の「秋映」です。「千秋」と「つがる」を交配し、1993年に品種登録されました。

収穫時期は今月下旬から10月中旬にかけて。濃い赤色をしていて酸味が強く、肉質は硬くしゃきしゃきと噛みごたえが魅力。

「ふじ」と「つがる」を交配してつくられた次男の「シナノスイート」の旬は10月。果汁が多くて、甘味たっぷりです。

三男のシナノゴールドは、10月中旬から11月上旬と三兄弟で収穫がもっと遅いのが特徴です。「ゴールデンデリシャス」と「千秋」を交配してつくられた、黄色いりんご。酸味と甘味のバランスが抜群です。

ねえちゃの暮らす青木島でも、リンゴが一斉に実をつける季節がもうすぐです。

ねえちゃの家の2階には、非常用のロープ梯子に加えて、亡夫がまさかのとき下に降りられるように、と残していった紅色のザイルも置いてあります。

キッチンも、暖房も、ほとんどが電気で、地震が来ても、火が燃え広がる可能性は低いようにしています。

特に「非常食」は用意していませんが、生協に注文したペットボトル入りの水やパックに入ったご飯が、数日分は大丈夫なようにしています。

防災の日に「避難するならどこだろう」と考えていたら、公民館に併設された体育館もあるし、小学校も近くにあります。

まずまずの防災環境。ですが、「もしこの家が潰れたら、埋まって死ねれば本望だ」と、ねえちゃは口癖のように言っています。

「おじいさんが死んだのいつだったの?」

きのうのつづきで、朝からまた繰り返しねえちゃに聞いてみました。

最初は「忘れた」「3年前だったっけ?」などと言っていましたが、

「そうじゃなでしょ、きのうメモしたノートを見て!」

とやっていると、「5年前」、「東日本大震災の3日後」と、だんだんはっきり答えられるようになって来ました。

忘れたかな、と思ったころまた聞いてみても、今度はちゃんと「5年前」。

「繰り返し」の効果は、あるみたいです。

これからも、粘り強くあきらめず、でいくことが大切のようです。



きょうも比較的元気なねえちゃは、近くのドラックストアへ化粧品と葛根湯を買いに出かけていった後、お昼寝。

そのうちに突然、起き上がって寝床で、これまでに書いた日記を探しています。

「どうしたの」と聞くと、「おじいさんがいつ死んだのか、さっき会った知り合いの大工さんに聞かれたんだけど、分からなくなっちゃって」といいます。

日記を1ページずつめくり返していても、いつその日が出てくるか知れません。

「あの5年前の3・11東日本大震災が起こった3日後」

そう簡単には忘れられない日、のように思うのですが。

ねえちゃは、きょうは珍しく朝から起き出して近くの八十二銀行の支店へ行き、お墓の管理費を振り込んで来ました。

帰りにスーパーに寄って、まだ冷蔵庫にたくさん入っているのに、アイスクリームやおやきをいっぱい買って来ました。

きのうまでと違って、だいぶ元気が出たようです。

午後ももう一度、同じスーパーへ。今度は、とうもろこしを8本も買って来ました。

鬱と躁が代わる代わるやってくるようで、きょうあたりから躁に入ったのか。

けれど、日記には「今日も何もやらなかった……」などといった、いつものくだり。

「きょうは銀行へ行ったり、スーパーへ行ったりいろいろやったじゃない?それを書けばいいのに」と言うと、「そんなこと、忘れちまったもん!」

ねえちゃは、ときどき寝床から起き出して来ると、これといった用事もないのに廊下を行ったり来たりしています。

座っているときには、カレンダーの前で「きょうは何日だったっけ」を繰り返しています。

そして思いついたように、いつの間にか外へ出かけていきます。

以前は、夕食前に買い物も兼ねての散歩という感じでしたが、最近は、散歩なのか徘徊なのか微妙な領域に入りつつあるようです。

「外へ出歩くなら、今晩食べたいなと思うもの1、2品、マツヤに寄って買ってくればいいのに」と言っても、最近のねえちゃは、買い物をする気力も失せてきたようです。

生協や宅食でこちらが適当に注文しておいたものを、冷蔵庫から取り出してきて機械的に食べているのです。

「ワールドカップ最終予選が開幕したね」とか「大相撲の秋場所が始まるね」などと言っても、相変わらずテレビを見たいという意欲もなさそうです。

カラダはすこぶる健康なのに、食べたいなと思うものも、観たいなというテレビも、やりたいなということもない。そんな中で生きていかなくてはならないのです。

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