Aokijima

「認知症」と「ねえちゃ」に関する覚書です

2016年08月

台風の影響で浸水被害を受けた岩手県岩泉町の高齢者グループホーム「楽ん楽ん」で、9人の高齢者が亡くなりました。

「楽ん楽ん」は、認知症の症状があるお年寄り向けのグループホームで、80代から90代の男女9人が入所していたそうです。

認知症が進んで在宅生活が困難になった高齢者が、職員の見守りや援助を受けて家事などを協力しながら生活していたとか。

木造平屋建てで、広さが270平方メートルほど。居室が9部屋あるほか、建物の中央には利用者が集まる共用スペースもあるそうです。

認知症が進んできていると、お医者さんに指摘されるようになったねえちゃ。

最近は「静かな施設に入りたい」としばしば口にするようになったので、このニュースはさぞショックだったかなと思うと、そうでもなさそうです。

「かわいそうに」と言いながらもどちらかというと、他人事。ホントのところ、「施設」というものをあまり身近なものとは感じていないようです。

「ボケたボケた」と周りには言いながらも「自分は正常だ」という自信が底にはあって、ホンネでは「施設に入るなんて遠い遠い先の話」と本人は思っているようです。

大型の台風10号は、岩手県大船渡市付近に上陸して、東北北部や北海道を暴風域に巻き込みながら北上しています。

台風が東北地方の太平洋側に上陸したのは、昭和26年に気象庁が統計を取り始めてから初めてのこと、というのですから驚きです。

いまの状態は、中心気圧は970ヘクトパスカル、最大風速30メートル、最大瞬間風速は45メートル。

中心の北東側220キロ以内と、南西側110キロ以内では風速25メートル以上の暴風が吹いているといいますから、まだまだ油断大敵のようです。

今回の台風はまるで目的のない徘徊者のような、異様な道のりをたどっています。

長野でも朝から雨が降り続いていましたが、午後3時半ころには止んで陽が差すようになりました。

おかげでねえちゃは、諦めかけていた散歩に出かけることができました。

長野県小谷村で27日から行方不明になっていた小1の女の子は、残念ながら心肺停止の状態で見つかり、その後、死亡が確認されました。

警察や消防150人態勢で朝から捜索を再開したところ、家から1キロ以上離れた川で沈んでいるのが見つかったそうです。

川の合流地点付近だったということで、「深みにはまってしまったんだろうかね」とねえちゃ。

ご両親やおじいさん、おばあさんの気持ちを思うと、他人ごとではなさそうです。

長野県小谷村の祖父母の家に家族で遊びに来ていた小1の町田莉菜さん(7)が、行方不明になっているというニュースを観て、ねえちゃはとても心配しています。

莉菜さんは松本から祖父母の家に家族で遊びに来ていて、27日の昼ごろ、地域の祭りの準備に出かけた母親らを追いかけて1人で家を出たあと行方がわからなくなったとのこと。

祖父母の家から300メートルほど離れた橋の近くの草むらで、莉菜さんのサンダルが見つかったということで、警察は近くの山に迷い込んだ可能性があるとみて捜索しているそうです。

ねえちゃも最近は、本人は散歩と思っていても自分の居るところが分からなくなって徘徊し、周りをヒヤヒヤさせることがときどきあります。

このニュースが放映されるたびに、「早く見つかればいいね」と自分のことのようにつぶやいています。

NHKの懐メロの番組で「365歩のマーチ」の演奏がはじまると、ねえちゃは「久しぶり、水前寺清子」と、珍しく興奮してテレビの前に身を乗り出してきました。

高度経済成長期の1968(昭和43)年に発売された水前寺の23枚目のシングル。

題名の通り一日一歩ずつ歩み続ける人生を励ます軽快なマーチ(行進曲)です。

右上がりの自信に満ちた時代にぴったりハマったのか、累計100万枚を越えるミリオンセラーになりました。

ねえちゃにとっても、子育て真っただ中の、忙しく、後ろなんか振り返っていられない活力に富んだ時代だったのでしょう。

でも、春日八郎、島倉千代子など、ねえちゃが親しんでいた歌手たちは次々に鬼籍に入り、代わりに若い歌手たちが歌っているのが、なんとなく淋しそうでもありました。

最近、長野県は日本一の長寿県として知られるようになってきました。

でも、数十年前はむしろ寿命が短い県とされていました。

野沢菜などの漬物、塩漬けの魚類、それに信州みそたっぷりの味噌汁……。

塩分がすこぶる多くて、タンパク質や野菜が少ない。そんな食生活が災いして、脳卒中や胃がんなどで亡くなる人たちが多かったのです。

危機感をいだいて、県をあげて、食生活実態調査、減塩運動などを20年以上にわたって続けられて来ました。

そうした地道な取り組みが実って、いまの長寿県をつくり上げたのです。

長野県は海こそありませんが、さまざまな野菜や果物、川魚など、食べるものは豊富。もちろん、自然環境も最高です。

そんな中で生きがいをもって暮らしていれば、長寿県たるのも当たり前、という気もします。

「いちどゆっくり浸かってみたい」と、ねえちゃとしばしば話しているのが、真田藩十万石の城下町で知られる松代にある松代温泉です。

源泉温度は45.2℃。お湯の色は味噌汁のような色合いで、底が見えないほど。加水や加温、循環ろ過式は一切なしという、源泉掛け流し100%の温泉です。

炭酸ガス(CO2)、カルシウム、鉄分、他さまざまな成分が入っていて、たとえば精神安定作用のあるリチウムは6倍、貧血症に効果がある鉄分は2倍、殺菌作用のあるヨウ素は6倍、というように、ほとんどの温泉成分の数値が規定値を大幅に上回るとか。

湯船には最高級の品質の温泉水がたっぷり注がれ、「信玄の隠し湯」として昔から地元の人に親しまれてきたそうです。

ねえちゃの家からは車で30分程度。松代温泉「松代荘」は国民宿舎なので料金もリーズナブル。

いつでも入れそうだともたもたしていたのですが、「真田丸」ブームもあってか、最近はなかなか予約も取れなくなってしまったようです。

今年の夏は、ご近所から桃をたくさんいただいたり、北海道からメロンが届いたりで、果物を堪能しました。

ねえちゃの連れあいの仏壇も、桃などの果物がずっと途絶えることがありませんでした。

ところで今年は気温が高く、日照時間が長かった影響で、長野県内の果物の出荷時期も早まっているようです。

最盛期を迎えている川中島白桃は例年より1週間〜10日ほど出荷が早く、もう品切れになった直売所もあるとか。

ナシやブドウも生育が早めのようなので、旬が過ぎないうちに味わうようにしていく必要がありそうです。

街の総合病院の内科の診察日。ねえちゃは無事に血圧の薬をもらってきました。

診察といっても血圧を測ってもらうわけでもないそうです。

胃カメラには激しい拒絶反応を示しましたが、毎日血圧を測るのを日課にしてるねえちゃにとって、薬は無くてはならないもののようです。

最近は、脳血管性の認知症だけでなく、アルツハイマー病の危険性も中年期の高血圧によって高まる可能性が高いことが分かってきたそうです。

ねえちゃにとって、これからは、認知症のほうから高血圧を考え直さなければならなくなってきています。

 

ねえちゃは、1日に1錠、高血圧の薬を飲んでいます。

2~3カ月に1度くらい、街の総合病院で処方してもらっています。

明日はその薬をもらいにいく診療日です。

毎日、薬を飲んで血圧を測るのがねえちゃの日課です。

毎日欠かさず血圧手帳に記録しているのですが、薬は、まだ1カ月以上残っているそうです。

本人は飲んだと思っていても、飲むのを忘れて血圧を測っている日があるからか?

余った薬が貯まってきたのか?

本人も、よくわかっていません。

連日のメダルラッシュで沸いたリオデジャネイロ五輪も、もうすぐ閉幕です。

ねえちゃの住む長野県の出身者たちも、メダルラッシュでした。。

大町市出身の奥原希望(のぞみ)さんは、バドミントン女子シングルスで、小布施町出身の荒井広宙(ひろおき)さんは男子50キロ競歩で、長野市出身の箱山愛香さんはシンクロナイズドスイミング・チームで、それぞれ銅メダルを獲得しました。

奥原選手は、シングルスで男女を通じて初めて、荒井選手は競歩で初と、歴史的なメダルです。

荒井選手は3着でゴールしながら、一度は失格と判断され、日本チームの抗議で判定が覆るという、ヒヤヒヤのメダルでした。

選手たちはもう、東京オリンピックに向けて意欲を燃やしてるようです。4年後がいまから楽しみです。

 

 

きょう、ねえちゃは、ゴミ置き場のカギを開けて閉める3日間にわたる作業を終えました。ホッとしたところです。

朝までにちゃんと開けたかどうか、ごみ収集車が来たあとちゃんと閉めたかどうか。

すぐに忘れてしまうねえちゃにとっては、朝、夜ちゃんと開けたかどうか、閉めたかどうかを、何度も何度も確かめる、気が気でないたいへんな「大仕事」でした。

カギ当番を終えたあかしのハンコを回覧板に押して、カギといっしょにお隣へまわして一段落。

ほかに、日曜の朝、みんなで町内の大掃除をするとった仕事も以前はありましたが、後期高齢者になって近年は免除してもらっています。

ゴミのカギ当番は、いまのねえちゃにとってほとんど唯一の責任ある仕事なのです。

 


いよいよねえちゃもそうせざるを得ないなと考えて、要介護認定の申請をきょう市役所に提出しました。

役所で、市の高齢者サービスガイドと介護保険のしくみに関する説明書をもらいました。

市の調査員が本人と家族から日常の生活の様子など74項目に関する聞き取り調査をするそうで、それと、かかりつけ医の意見をなどをもとに判定するそうです。

介護が必要と判定されると、7段階の中から該当する要介護度が割り当てられるとか。

「少し時間がかかりますが、一歩一歩すすめていきましょう」と担当の人は言っていました。

 

ねえちゃは明日、かかりつけの総合病院で「胃カメラ」の検査を受ける予約をしていました。

ですが、いつものように直前になって行くのが怖くなって「キャンセル」となりました。

いくら長寿社会だからといって、80歳になって健康診断のために「胃カメラ」を飲むことにどれだけの意味があるのか?

私にはちょっぴり疑問に思えていたので、これはこれでいいのかな、という感じで見ていました。

それよりも「バカになっちゃって何がなんだかわからない」を、いつもにも増して繰り返し言うのが気になったので、寝ているねえちゃを無理やり起こして近くの脳神経外科へ連れて行きました。

テストやCTの結果からすると、2年余り前の検査のときと比べ、認知症がかなり進んできている様子がうかがえるとか。周りも、新たな対応が必要になって来ているようです。

リオデジャネイロオリンピック、卓球の女子団体は、福原愛、石川佳純、伊藤美誠3選手の粘り強い見事な戦いで銅メダルを獲得しました。

その相手は、シンガポール。そのニュースを聞いて、ねえちゃは思わず「へえ、あの『シンガポール陥落』のシンガポールに勝ったんだ」ともらしていました。

真珠湾攻撃から3カ月後の1942年2月、日本軍が10日足らずで英国が率いる軍を破り、難攻不落と謳われていたシンガポール要塞を攻略します。

イギリス陸軍は敗北し、シンガポールは陥落したのです。

この戦いで、約8万人の英国兵や英領インド兵、英領オーストラリア兵らが捕虜となったそうで、チャーチル英首相は自書で「英国軍の歴史上最悪の惨事であり、最大の降伏」と評したといいます。

当時の日本軍は、太平洋戦争開戦直後のこの戦果を、長野県の山奥の村に住むねえちゃのような子どもの記憶(そしてボケ気味の老人の脳)にも、くっきりと刻み込ませるくらい執拗に喧伝し、戦意高揚に利用していたのでしょう。

 

2、3カ月に1回くらいの割合で、町内のゴミ置き場を管理する仕事が回ってきます。

朝早くゴミ置き場の鍵を開けて、回収業者が処理を終えた午後に鍵を閉める役目です。

ねえちゃは、17日に可燃ごみ、19日に資源ごみ(ペットボトルと缶)、20日に可燃ごみの鍵の管理を担当することになっています。

朝忘れると困るのでと、きょう(16日)の夜、懐中電灯をもって早々に、明日の鍵開けを済ませてきました。

ですが、いつものようにまた「きょう何日だったっけ。ごみの鍵を開けなくちゃ」を繰り返しています。

「念のために明朝、ちゃんと開いているかどうか見てくればいいじゃない」。“大仕事”の日々がつづきます。

 

 

「二階の部屋へ行ってみたら、孫たちが寝たらしい蒲団があったけど」

ねえちゃは、お盆休みに孫たちが来たことをもう、忘れかけているようです。

お墓参りや、そばで有名な戸隠、真田10万石の城下町だった松代など、いっしょにあちこちへ行ってようです。

ですが、記憶からは薄れつつあります。ただし、「かっぱ寿司」へ行ったことだけは、ちゃんと覚えているとか。

「こんなに家の近くにあるの、知らなかった。おいしかった」。

お盆休みのあいだも、食欲は満々のようです。

治山の仕事をしていたねえちゃの連れ合いは、日本アルプスの山々にもしばしば足を踏み入れていました。

でも、登山家というけではなかったので、着ていくのはいつも作業服。

それに靴は履かず、大工さんなんかがよく使っている指が二股に分かれた地下足袋でした。

職場の人たちと槍ヶ岳や穂高岳を地下足袋で登っていく姿は、私が子供のときは、なんとなく格好わるいなと感じたものです。

ですが実際に履いてみると、少し底が厚い地下足袋だと、軽くて、沢も岩場も自在に歩けて、けっこう快適でした。

お盆休み中、北アルプス涸沢のテント場には、赤、青、黄など色とりどりのテントで埋まったようです。

そんな登山家たちの片隅で、地味な山男たちもきとっと、いろんなところで活躍していることでしょう。

今年ももうすぐ、終戦の日を迎えます。

ねえちゃにとって、9歳のときに聴いたあの玉音放送には、やはり、特別の思い出があるそうです。

戦時中、実家のある下條村には、かなりの数の学生さんたちが、疎開で来ていたようです。

中には台湾からの留学生もいて、内々に蓄えていた農作物をこっそり食べさせたりして、家で面倒をみていたとか。

終戦の日の正午。実家の戸棚の上に置かれたラジオの周りに家族や学生さんたちがたくさん集まりました。

そして「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び……」の「玉音」をみんな正座をして、涙を目にして聞いていたそうです。

子どものねえちゃには詳しいことは分からなかったそうですが、何かとんでもないことになったという衝撃は、いまも記憶にくっきりと残っているそうです。

 

5年前に亡くなったねえちゃの連れ合いの故郷は群馬県の吾妻だったので、以前は、碓氷峠を越えるなどして長野と群馬を行き来することがよくありました。

31年前、そんな碓氷峠に近い御巣鷹の尾根で起こった日航ジャンボ機墜落事故の衝撃は、いまも強く印象に残っています。

今夏は、遺族の慰霊登山に向けて登山道の整備などをしていた日航社員が滑落して死亡する、という惨事も起こってしまいました。

今年も墜落時刻の午後6時56分に合わせて、上野村の「慰霊の園」で追悼慰霊式が営まれ、遺族らは犠牲者の数と同じ520本のろうそくに火をともし、黙とうしたそうです。

あの事故の後、私もずいぶんたくさん飛行機に乗りましたが、いまだにあの時の衝撃から、飛行機に乗るのが怖くてしかたありません。

砂浜を埋めた海水浴客たちに「きょうは何の日だか知っていますか」とテレビでインタヴューをしていました。

何の祝日なのか意識せずに、海へ遊びに来ている人が多いようで「山の日なんですか、山の日に海というのもへんといえばへんですよね」といった答えも返っていました。

世界でも例のない新たな祝日「山の日」を迎えたきょう、北アルプスの玄関口、上高地では、皇太子ご一家も散策を楽しまれたとか。

「山の日」がどれくらい知られているかはわかりませんが、「真田丸」効果なんかもあってか、この夏は、長野県を訪れる観光客はずいぶん多いだな、という感じはしています。

とはいえ、実際のところは「お盆休みを告げる祝日」。「山の日」は、帰省ラッシュの日という人たちが多くなっていくのではないでしょうか。

5年前に亡くなったねえちゃの連れ合いが残したもので、いまも重宝がって使っているものにタオルがあります。

夫が長年勤め、いまではもう解散してしまった「林業土木コンサルタンツ」という会社のタオルです。

黄、青、赤など何種類かあって、「cfc」という略称が入っています。

何といっても厚地で弾力があるのが特徴で、肌に心地よく、水分をしっかりと吸い取ってくれます。

特に夏の暑い時期に、手を拭いたり、汗を拭ったり、西瓜や桃を食べたりするときに使っうのには最適です。

二階の押入れには、まだ夫が残したタオルがたくさん残っていて、ねえちゃはいまも毎日使っています。

「熱中症が693人も。ひどいもんだね!」。猛暑を伝えるテレビのニュースを復誦するように、ねえちゃは大きな声を出していいます。

以前は、小さな声でブツブツと独り言をいつも言っているようなところがありましたが、最近はテレビのアナウンスなどを大きな声で繰り返すようになりました。

ブツブツよりはだいぶマシかな、と思っています。

ねえちゃは、このあいだ北海道からもらったメロンや、近所からお裾分けしてもらったスイカなど水分のあるものを昼間からたくさん食べています。食欲十分です。

それに散歩に出かけるのも、夕方、陽が陰りはじめたころになったので、ねえちゃに熱中症や夏バテの気配はまったく感じられません。

ただ、気温に対する感度が鈍くなっているのか、部屋の中がかなりムシムシしているのに、冷房を入れないでいることが多いのは少し気になります。

8月2日に80歳になったねえちゃですが、実は、この日は本当の誕生日ではないのだといいます。

ほんとうは、5月何日か。だったのだけれど、「忘れられたころ生まれた末っ子だったので、役場へ届けるのも忘れられていた」そうで、3カ月遅れになってしまったのだそうです。

ちなみに、近所で1~2日後に生まれた同級生がいて、その人は6月何日かが誕生日なのだそうで、「なんで私より先に生まれたのに、誕生日が後なの」とよくからかわれたとか。

とはいえ、1936(昭和11)年生まれであることは確かです。きょう、退位の思いを表明された天皇陛下は、ねえちゃより3つも年上なのです。

「それなのに、あれだけ大変な仕事を続けておられるわけだから、そろそろゆっくりしてもらいたいものだよね」

食べごろになるまでと、1週間あまり取っておいた北海道・富良野産のメロン。

5日遅れできょう行った、ねえちゃの傘寿祝いで、ついに半分に割ってみました。

待ったかいがあって、皮の近くまで適度に熟れていて、まさに食べごろでした。

甘すぎず、クセもなく、メロンらしくいデリケートな味わい、堪能できました。

ねえちゃも、大満足です。

せっかくだからと、切った半分を、いつもお世話になっている近所の方にお裾分けしました。

ところで、甲子園の開幕戦で鳴門(徳島)とあたった長野県代表の佐久長聖は、惜しくも2―3で敗退。

ねえちゃはテレビで、この試合の最初のほうは観ていたようですが、すぐに眠ってしまって、気が付いたときにはもう終わってしまっていたそうです。

いよいよリオデジャネイロ・オリンピックが、開幕しました。

そして国内では、7日、第98回全国高校野球選手権大会が開幕します。

昼は高校野球、夜は地球の裏側のオリンピックと、テレビはしばらくスポーツ一色となることでしょう。

ところで甲子園のほうですが、2年ぶり7度目の出場を果たした長野県代表の佐久長聖は、あすの開幕試合に出場します。

対戦相手は、5年連続11度目出場の強豪、鳴門(徳島)です。

長野県勢が夏の開幕戦に登場するのは5度目。夏の甲子園で徳島県勢と対戦するのは4度目になるとか。

佐久長聖の健闘を祈ります。

 

いよいよ、リオデジャネイロ・オリンピックがはじまりました。

サッカー男子の1次リーグ、日本の初戦はブラジル北部のマナウスで行われ、残念ながらナイジェリアに4―5で惜敗。

幸先のいいスタートとはいきませんでした。

でも、今回のオリンピックは、陸上、水泳、柔道、レスリング、バトミントン、卓球などなど、ワクワクさせてくれる競技が近年になくたくさんあるように思われます。

これから、眠れない夜がつづきそうです。

ねえちゃもオリンピックが近づいたことは分かっているようですが、この競技はテレビで絶体観るんだといった意欲はまだ感じられません。

熱中して寝るのも忘れて応援してくれるようになれば、うれしいのですが。

きのう夜の激しい雷雨で、長野県の岡谷市山下町で市道沿いの斜面が崩落し、道路反対側の民家に土砂が流れ込みました。

市によると、高さ約10メートル、長さ約16メートルにわたって崩れ、高さ5メートルほどあるコンクリートブロックが擁壁ごと民家に流れ込んだそうです。

さらに、斜面上部にある教員住宅敷地内の倉庫1棟でも、基礎の下の地盤がえぐられたとか。

岡谷市が設置している雨量計では、3日は午後8時半に雨が降り始め、斜面崩落まで1時間の雨量は58ミリに達したといいます。

一瞬の雷雨が、とんでもない被害を招く。夫とともに山を転々とし、雷や土砂崩れなどの怖さを嫌というほど知っているねえちゃには、他人事ではないようです。

いよいよリオデジャネイロ五輪が、すぐそこに近づいてきました。

ねえちゃの住む長野県関係だけでも、10人の選手が出場するそうです。

そんな一人、バドミントン女子シングルス代表で大町市出身の奥原希望選手の応援には、家族のほか、同市の市長や市議会議長らも出かけるとか。

応援のために市民たちが用意したそろいのはっぴやTシャツ、みんなで寄せ書きした日の丸など諸グッズが、市役所で現地への応援組に渡されたそうです。

桜をモチーフにしたピンク色のはっぴの背中には、奥原選手の名前とポルトガル語で「幸運を祈る」という意味の言葉が印刷されているそうです。

試合当日には、大町市内で、奥原選手を大画面で応援するパブリックビューイングも開かれるとか。

世界のいろんなところで、こうした地元の「応援」も熱を帯びはじめてきているのでしょう。

ねえちゃは、きょう、ちょうど傘寿(さんじゅ)、80歳の誕生日を迎えました。

傘寿というのは、傘(からかさ)の略字「仐」が八十と読めるのに由来しているそうです。

ねえちゃは「数え」で勘定することが多いせいか、もうだいぶ前に80歳になっている気でいるようですが、正式にはきょうが、その誕生日。

電話で傘寿を迎えた感想を聞くと、「カラダのほうはともかく、アタマのほうがおかしくなっちゃって、喜んでいいもんかどうか、困ったもんだ」といっています。

なにはともあれ、カラダには何の不自由もなく食欲モリモりで「八十」の節目まで来れたのだから……、オメデトー。

 

このごろはあまり行かなくなりましたが、お中元とかで贈り物というとねえちゃは、長野駅前の東急百貨店で買い物するのが常でした。

そんな東急百貨店が、開店50周年を記念して8月下旬から大規模改装をするそうです。

本館では、1階化粧品売り場に米高級化粧品ブランド「エスティローダー」や、化粧品のセレクトショップ「パウダーパレット」が新規オープン。

3階には「カフェコムサ」が出店してケーキやパスタなどの軽食を提供し、別館の「シェルシェ」には書籍販売の平安堂長野店などが進出するそうです。

平安堂は、いま服飾雑貨を主に扱っている別館2階の全売り場と、文房具などを扱う3階の一部に入るとか。

CDや文具も扱い、売り場面積は約1700平方メートルになるといいます。

出版不況、本屋さんがどんどん減っているご時世にあって、本や文房具を扱う売り場が増えることはありがたいことです。

ねえちゃも、たまにはデパートに出かけて行って、本屋さんに寄ってみる、なんてぐあいになればいいんですが。

 

このページのトップヘ