Aokijima

「ねえちゃ」と認知症の記録です

2016年04月

「カラダのほうは元気なんだけど、アタマのほうがおかしくなっちゃって」。ねえちゃは最近、あいさつのとき決まって、そんなふうに口にするようになりました。

確かに、カラダは元気です。薬といえば、高血圧がたまに高くなることがあるので“念のため”程度に1日に1錠ずつ飲んでいるだけ。血圧の薬2種に血糖値を下げる薬を飲んでいる私のほうが、ずっと重症です。

多少風邪気味かなというときには葛根湯を飲めば、すぐ治ってしまうといいます。足腰が痛むこともなく、眼鏡をかけなくても日常生活に不自由はありません。

ひとに迷惑をかけまいと、人一倍、健康に気遣ってきたのが功を奏したわけですが、お医者さんでもなかなか手に負えない「アタマのほう」でこんなに悩むことになるとは、ねえちゃも想定していなかったようです。

「お酒を飲んだり、無茶して何かに夢中になったり、カラダに多少悪いことしたほうがかえってアタマにはいいんじゃない?」というと、「ん~」。

きょうは、連休中に誰かが来てもいいようにと、ねえちゃにとってのお土産の定番である「みすゞ飴」などのお菓子を買いに出かけたそうです。電話をすると「まだ、お前の声は分かる。大丈夫だ」と元気そうでした。

ねえちゃの心配事の一つは、散歩に出かけたときなどに、鍵を落としたり失くしたりしてしまうことです。

落としたらすぐに分かるように、鍵には大きな音のする鈴を付けてありますが、立ち寄ったお店などに置き忘れて鈴の音がしなくなっているのにも気づかない、なんてこともありえます。

道に迷ったときには、近所の人に助けてもらうことができますが、家の外で鍵を失くしたら、誰か居るときでなければ家の中に入ることができなっくなってしまいます。

家に誰も居なかったきょう、散歩に出かけたねえちゃは、鍵を失くしてしまって探すのに「えらいたいへんな」思いをしたそうです。

家に帰ってみると、いつも財布なんかといっしょに持ち歩いている鍵がありません。でも、家に入れたということは、自分で玄関のドアを開けたはず。

とすれば、家の中にあるはず、ということには気づいて、家中を探し回ったそうです。幸い、普段はあまり使うことのない二階の部屋に、なぜか置き忘れていたのを発見!事なきを得ました。

私は、鍵を忘れないようにいつも首にぶら下げて歩いています。「少しカッコウ悪いけど、ぶら下げてみたら」とねえちゃにすすめると、「そうせんとダメかなあ!」と言ってました。

 

ねえちゃは、いまはパソコンを使ってはいません。でも、以前は、使えるようになろうと、文字の打ち込みなど練習をしていたことがあります。

5年前、WiFiなどに対応した新しいパソコンに買い替えました。そして、ねえちゃがずっと続けている日記帳とは別に、「他の人が読んでもいい内容」の「記録」を、wordで打ち込んでいく練習をはじめました。

「パソコンが動かなくなった」「漢字がうまく変換できない」など、周りに尋ね、尋ね、変換を間違えながら、2011年11月から2013年12月まで2年間、パソコンへの打ち込みを続けました。

ねえちゃがパソコンで打った「記録」は、2011年11月21日付の次のような記載から始まっています。

〈今朝は、今秋一番の寒さ朝の散歩は取り止め。午前中、笠間病院へ行く。寒いせいかあまり混んでいなく、割合早く終わる。

午後、パソコンに向かうが、なかなかうまくいかない。これでは何時になったら出来るのか、頭の痛いことだ。

今晩は、初めてのパエリアを宅配で取ってみる。どんなものか楽しみだ。〉

山村で育ち、結婚してからも木曽谷、鬼無里など、山を転々としてきたねえちゃは、ワラビやゼンマイなど、山菜が大好きです。

むかしはよく、山菜採りにも出かけましたが、最近はそんな機会もほとんどなくなっています。

先日、近所のかたからコゴミをたくさんいただきました。「これは、お浸しに限る」と、ここ数日、毎食のように茹でては食べて、今日、ほぼ食べ終わったそうです。

コゴミは、正確にいうと多年生シダ植物の一種のクサソテツ(草蘇鉄)のことです。コゴメ、カンソウ、ガンソウとも呼ばれます。

主に、山菜として食用にされる若葉をコゴミ(屈)というようです。先端が渦巻き状に巻き込まれたようになっている姿が、かがんでいるように見えることなどから、そう呼ばれるようになったとか。

山地の草原や川岸に群生します。いまごろから6月中旬ごろにかけて、しばしば若葉を摘みに行って、お浸しやゴマ和え、天ぷら、サラダなどにして食べます。

ねえちゃは、「コゴミは、さっと軽くゆでて作るお浸しがいちばんおいしい」といいます。ゼンマイのようなアクがないし、ワラビほどではないがほどよい“ぬめり”がある。そうした特性を生かすには、お浸しが最も合っているというのです。

さすがに慣れたもので、最近よくやってしまう「茹で過ぎ」の失敗もなく、ほどよいサクサク感。いっしょに私も、春を味わわせていただきました。

 

いよいよ連休が近づきましたが、出歩くことがあまり好きではないねえちゃは、これといった予定は、いまのところありません。

「孫でも来るようなら、戸隠へでもいっしょに連れてってもらおうかな」とった程度です。

連休中は病院も、歯医者さんもやっていないので「予約日」はありませんし、宅食の配達も休みになります。

でも、ねえちゃの好物の酢だこやイカ、魚は、生協に注文して冷凍してあるし、近所からもらった山菜や果物もたくさんあります。

連休、ほとんどスーパーへ行かなくても飢えることはなさそうです。

いつものように好きなものを食べて、お風呂にゆっくり浸かって、ねえちゃには、それが最適な連休の過ごし方なのかもしれません。

ただし、連休中は、散歩の途中で帰り方が分からなくなって近所の人に迷惑をかけるようなことはしないようにしよう。そんな心構えではいるようです。

 

 

 

ねえちゃのいまの一番の課題は、スコッと根っこから抜けてしまった奥の歯の治療です。

近くの歯医者さんに通い出してこれまで3回治療を受けましたが、直前に嫌になって行かなかったり、キャンセルしたのが4回になります。これまで、3勝4敗です。

しょうがないので、私が自分の歯の治療といっしょに二人分予約しておき、きょう、二人で歯医者さんへ行ってきました。

ねえちゃが先で、後の私のほうが、治療に時間がかかりました。

「まだ時間がだいぶかかるので、首を長くして待っててください」と先生に言われて、ねえちゃは言われた通り「首を長くして」待っていました。

ねえちゃは、自分の歯がどんな具合に治療されているのか、さっぱり分かっていません。

それでも、事務のかたから「次回は、義歯が入りますので、少しお金がかかります」と言われ、ホッとしていました。

4勝4敗のイーブンで、どうやら、めでたく、次は待望のねえちゃの歯が入りそうです。連休明けに、また二人分の予約をしました。

日曜日の昼、たまにチャンネルを合わせる「なんでも鑑定団」で、長野県の長和町で収録された回の放送をやっていました。

ねえちゃは骨董品には興味がありません。それに、これといって財産になりそうな美術工芸品も、ぜんぜん持っていません。

けれど、番組で「蔵の奥にしまわれていた」とかいう話が出てくると、昔ながらの農家で、23歳まで過ごした実家のことをいつも思い浮かべるそうです。

決して財産家ではなかったようですが、十くらいの部屋に土蔵とかもあって、長年暮らしていても、広くてどこに何があるのかよくわからなかったとか。

ねえちゃのお父さんは、料理が上手だっただけでなくいろんなものに興味を持っていて、行商の人が珍しいものを持って来ては置いていったような記憶もあるといいます。

実家はきれいに改修されていまも“健在”ですが、いまは常時住んでいる人はいません。

「高価なものはないだろうけど、奥のほうの座敷とかに何か残ってたものがあるのかもしれない。あそこの家がなくなる前に、掛け軸の一本でもいいから見ておきたいな」と、ふと口にしました。

 

 

最近、スーパーへ行くたびに、ねえちゃは次々パンを買って来るので、食卓はパンであふれかえっています。賞味期間が切れたり、硬くなったりしてきたのも増えてきました。

だから、もうパンを買って来るのはやめたら、というと、きょうはおやきと生蕎麦をスーパーで買ってきました。

“なす”、“やさい”、“野沢菜”など、おやきは、副食として夜食として、ねえちゃにとってはすっかりなじんだ定番となっています。

ですが、信州人なのに意外にも、ねえちゃは、蕎麦はそんなに好きではなかったそうです。

信州でも地方によって食文化はかなり違っているようです。長野県南部で農業を営んでいたねえちゃの実家では蕎麦を作っておらず、年越しそばの習慣もなかったそうです。

蕎麦を食べるようになったのは、5年前に亡くなった夫と結婚してから。大の蕎麦好きだった群馬出身の夫の影響で、しばしば蕎麦を作り、年越しには蕎麦を必ず準備するようになったそうです。

いまでは、孫たちがやってきたときなど、しばしば、いっしょに戸隠へ食べに行ったりしています。それでも、おやきやパンに比べると、蕎麦はイマイチなじみが薄いようです。

落ち込んだときや何もする気にならないとき、家のなかや部屋の家具などの並び替えや整理、お掃除などをすると気が晴れることがあります。

いつもなら一日中パジャマのねえちゃが、きょうは身支度を整えて、居間、仏間、廊下、階段などなどガアガアと掃除機をかけて回っています。

きのう買った細長いほうきのようなに掃除機、スティッククリーナーを試してみたくてじょうがなくなったようです。

使い心地はどんなものか。ちょっぴりドキドキの試運転です。

いざスイッチを入れてみると、思いのほか音が大きくて家全体に響きます。細長くて小さい割には、がっしりしていてけっこう重い。

「だけど、そのぶん古いのと比べて吸い込む力もすごく強力。大きい掃除機を使わなくてもこれ一本で家じゅう大丈夫そう」と、ねえちゃは新しい赤い掃除機に満足そうです。

掃除や片づけが大好きなねえちゃ。久しぶりに家じゅう、隅々まで掃除機をかけて、気分のほうもすっきり晴れ晴れのようです。

 

きのうは、ねえちゃには珍しく、忙しい一日でした。

電気屋さんが来て掃除機を取り替えたり、互助会の人が担当者が変わったからと訪れたり。

さらには宅急便が届いたかと思えば、いつもの宅食。近所の人が温泉旅行のお土産を持ってきてくれたりもしました。

きれい好きのねえちゃの家には、掃除機が3台もあります。何でも吸い取れる大型掃除機と、小型のタイプ。

それから、主に自分の部屋の掃除に使っている、ほうきのように細長いスティッククリーナーです。

独り暮らしになってから、大型の出番はあまりなくなりました。それに、愛用していた“ほうき型”のは、このところ充電機能が低下して、いくらコンセントにつないでおいてもすぐに使えなくなってしまうのだそうです。

それで、長年お付き合いのある電気屋さんから、新しいスティッククリーナーを買ったのです。

今度のは、ねえちゃ好みの赤い色。カーテンのほこり取りや狭い隙間の掃除などに便利なハンディクリーナーもくっ付いています。

「この前のより重い」「小さいのに3万5千円もした」など、やや不満もあるようですが、これで日課のお掃除が存分にできると、うれしそうです。

今夜、千葉県に住む従兄から電話がかかってきて「久しぶりに元気な声を聴くことができた」と、ねえちゃはご機嫌です。

この従兄は、千葉県へ移住して、落花生栽培などで大成功をおさめ、神社を建てるほどの地域の名士となったという、一族の出世頭なのだそうです。

毎年、11月ころになると、ねえちゃのところにこの従兄から収穫されたばかりの落花生がたくさん送られて来て、私もご相伴にあずかっています。

もう一人、長野県の千曲市に住む従妹がちょくちょく、ねえちゃの家を訪ねてくれます。福祉関係の活動をしていて、障害者のかたといっしょのこともあるそうです。

従妹は、先年亡くなった私の小学校時代の恩師とも顔見知りで、同じような考え方でともに活動してきたようです。

恩師は若いときに教職を辞めて、共産党系の市会議員として活躍しました。いまは、その娘さんが父の志を継いで、政治の世界にチャレンジしています。

この夏の参議院選にも、立候補する予定でがんばっている様子。従妹や恩師との関係から、ねえちゃも、この娘さんのことをそれとなく応援しています。

 

きょう、私がパンを食べていたところ、奥歯がガリッとって欠けて詰め物といっしょに取れてしまいました。

歯医者さんに行かなければならなくなったわけですが、ふと、「3勝4敗」で、なかなか歯の治療が進まない、ねえちゃのことが頭に浮かんできました。

長野へ行ったときに、ねえちゃといっしょに歯医者さんに通うようにすれば「勝率」も上がっていくのではないか?

でも、そうすると、ねえちゃが自分一人でやれることがまた一つ減ってしまいます。このところ、しばしば感じるジレンマです。

なるべく、一人でできることは一人でやったほうが、「頭の体操」になると思うのですが、そうすると近所の人たちに迷惑をかけることも増えていきます。「だいぶ進んで来ましたね」といった声も、近しい人から聞かれるようになりました。

なにもかも人頼りになってしまえば、もはや自立した生活は無理。老人ホームや専門の施設で暮らす道を見つけるしかなくなるのでしょう。

あれこれ考えたうえで結局、来週、月曜日の午後に、「二人分」の予約を入れました。とにかく、ねえちゃといっしょの歯医者さん通いをひとつ試みてみようかと。

ねえちゃの家のカレンダーには、どの週も、月曜日のところに「15時生協」と赤いマジックで記されています。

月曜日の午後3時には、家にいるようにして、生協から届けられる食品などを受け取り、次の週の注文票を渡す。それが、ねえちゃの大事な「仕事」なのです。

昨夏、生協の宅配サービスを自分で契約して、銀行の口座引き落としの手続きもしました。ですが、ねえちゃはそのシステムがよく分かっていないようです。

月曜日の夕方、「生協のひと来た?」と電話をすると、たいてい「えっ、そんなひと来ていない。きょうは誰とも会ってない」といった返事がかえってきます。でも、それは忘れているだけのようです。

マークシートのような注文用紙に必要なものを記しておいてやれば、それをいつもの担当の女性に渡して、代わりに、コメとか、ティッシュペーパーとか、酢だこ、イチゴ、アイスクリームとか、前の週に頼んだ商品をちゃんと受け取っています。

そして、コメは米櫃の隣に、アイスクリームは冷凍室、イチゴは野菜室などと、それなりに選別してちゃんと保存しています。これだけ自分でちゃんとやっても、それをすぐに忘れてしまう、いや、ぜんぜん覚えていないのです。

玄関に誰かが来たら、相手の話に応じて受けこたえするだけ。それが誰なのか、どういう用事で来たのかといったことは、少しも頭に残らない。毎週、ちゃんとやっている「仕事」があるのですが。

金曜日に歯医者さんにいったのかを知るために、ねえちゃが探していた診察券がやっと見つかったようです。

診察券の裏にある予約の日付の末尾は「3月15日16:00」となっている、といいます。もしも診療に行っていたら、新たな予約日を書いてもらっているはずですから、歯医者さんには行かなかった可能性が高くなりました。

残念ながら、これで3勝4敗。負け越しになったみたいです。また、予約をより直さなければなりません。

15日の午前中には、従妹が家を訪ねて来ました。「午後に歯医者さんへ行かなければならないから」と、ねえちゃは従妹に午前にしてもらったのです。

ですから、きっと、この日も直前まで歯医者に行く気でいたにちがいありません。が、忘れてしまったのか、行きたくなくなったのか、いつものように急にやめてしまったようです。

最近のねえちゃにとって1日に二つ以上のイベントをこなすのは、極めて困難になってきました。

お嫁さんのお母さんが、なかなか快適な施設に入ることができた、といった話を聞いて、「入れてくれるところあれば、入りたいな」と弱気なことばが、最近はよく聞かれるようになってきました。

ねえちゃが送ってくれた日本郵便の「ゆうパック」、1日遅れてやっと届きました。

日本郵便では、とんかく「まじめ」を売りにしたテレビCMをさかんに流していますが、ねえちゃによると今回荷物を取りに来たのは「ぜんぜんやる気のなさそうなヘンなオジサン」だったそうです。

近所の郵便局の人たちが愛想いいので、できるだけ「ゆうパック」を利用しようかなとつとめてきましたが、やはり“親方日の丸”体質は抜けないのでしょうか。ガッカリ。

それはともかく、きのう、ねえちゃが4回目の診療に行ったはずの歯医者さん。

きのうの夜、電話をかけたときには「行ってきた」と言っていたのに、きょうになると「行ったかな。どうだったっけ?」と分からなくなっていました。

「そんなこと、こっちに聞かれたって。診察券に次の予約日が書かれていれば行ったのだし、日付がなければ行かなかったってことでしょ」

ところが今度は、診察券を探しても、見つからないと言います。「とにかく、どっかにあるはずだから、明日までに探しといて」と電話を切りました。

ねえちゃの歯医者さん通いは、これまで3勝3敗。診療を3回受けましたが、3回は直前に嫌になって行きませんでした。ですから、治療はなかなか進んでいません。

きのう行っていれば4勝3敗で勝ち越し、行っていなければ3勝4敗で負け越し、という今後を占ううえで重要な局面に差しかかっているのです。果たして、どっちだったのか?

最近「領収書ノート」というのを、ねえちゃは作りました。その日にスーパーでもらったレシートとか、新聞や宅食の領収書など、あれこれ張り付けておくノートです。

散歩の帰りなどに最寄りのスーパーに寄ると、ねえちゃは、パン、納豆、イチゴなど、いつもだいたい同じものを買って来るのが習慣になっています。

それで、食べずにまだ家にいっぱいあるのに、同じようなものをまた買ってきてしまって、台所や冷蔵庫がいっぱいになってしまうのです。

週に1度集金されることになっている宅食にしても、今週はお金を払ったのか払ってないのか、分かるらなくなってしまいます。

そういうのをちょっとでも防ぐことができればと、何を買ったか細かく明細が書かれたスーパーのレシートその他さまざまな領収書を、片っ端から1冊のノートに張っ付けておいて、きのう何を買ってきたのかとか、今週分のを払ったかどうかとかを確かめようというのです。

領収書を貼るのが習慣になってきたかな、と思うと、忘れる日がつづいてしまったり。いまのところ、このノートに効果があるかどうか、微妙な状態にあります。

きのう、ねえちゃに宅急便を送ってもらったはずなのに、いつもなら届いているはずのきょうになっても着きません。ノートに貼っておいてほしかった「荷物番号」が入った領収書も、どこかへ行ってしまって無いというので荷物がどこにあるのかの追跡もできません。ああ、困った!

 

ねえちゃの家にはめったに電話はありません。でも、保険の勧誘とか、健康機器の押し売りとか、政治家の後援会からとか、たまに知らない人からかかってきます。

5年前に亡くなったねえちゃの連れ合いは、すごく慎重で、こうした電話は一切受け付けないだけでなく、近親の私が「オレだけど……」など電話をしても問答無用で切ってしまいました。

ねえちゃの家の電話は、息子たちや親せきなど知り合いからかかって来ると、自動的に大きな声で「***さんから電話です」と鳴るようになっています。

「それ以外の、特に“非通知”や“0120”から始まる番号が電話に表示されたら絶対に出ちゃだめ」と、いつも言っています。

でも、いざ電話が来ると、ねえちゃは、そんなのぜんぜん忘れて、いちいちご丁寧に応対してしまいます。

きのうも、随分と長く電話をしているな、と思ったら「保険を変更しませんか」的な勧誘だったようです。

「なに話していたの?」と聞くと、「何言ってんのかさっぱり分からないけど、向こうが話しまくって止まらないんだもの。それに付き合ってた」とのん気にいいます。

それには、こちらのほうが妙に熱くなって、電話をかけてきた会社にあてて「ボケた年寄りをだますような電話をかけるな」と怒鳴りつけ、「迷惑」登録をして二度とかかって来ないように設定しました。

親戚の結婚式で久しぶりに生まれ育った家のある村を訪れたせいか、ねえちゃは、ときおり実家にいるような気になって、あれこれ昔の話をします。

伊那谷の小さな村の農家に生まれ育ったねえちゃ。当時は10人近い大家族で、子どものころから農作業の手伝いや「お蚕さま」の世話に追われたそうです。

そのころ村では、中学を卒業したらたいていの人が、働きに出たり、嫁入りの準備をしたりしていたとか。「なのに、たいして頭も良くなかったのに、飯田市の高校に入れてもらえることになった」。

まだ、家に自動車などない時代。通学のため隣村にある国鉄の駅へ行くのに、歩いて50分くらいかかったといいます。「行きは下りだったからまだよかったけど、帰りは上り坂ばかりで大変。おばあちゃんが毎晩、提灯を持って迎えに来てくれて……」。

結婚して23歳で実家を離れたねえちゃですが、夏休みなどに息子たちを連れて毎年のように里帰りをしてきました。

懐かしい思い出がいっぱい詰まっている実家ですが、ずっと住んでいた兄嫁も昨年亡くなってしまいました。現在は、常時住んでいる人はいません。

「いまからでも懐かしい実家に戻って、残りの人生をそこで過ごしてみる気はないの?」と、ねえちゃに聞くと、

「近くに何もない山のなかの大きな一軒家。とても怖くて、この歳で住むことなんてできないわ。でも、あの家、これからどうなるんだろうね」と、気にかかっているようです。

ねえちゃのお父さんは農業が本職でしたが、とても料理が上手で、包丁さばきは玄人はだしだったそうです。

平造り用、そぎ造り用などいろんな包丁を持っていて、村の人たちから結婚式の料理などを頼まれては出かけて行って、お造りの盛り合わせなどを作って喜ばれたといいます。

そんな血を受け継いだのか、ねえちゃも、魚のさばきなど料理はとても上手でした。

40歳のときから50代後半まで、大型スーパーの魚売り場で働いていました。

得意な包丁さばきで、刺身にして盛り合わせを作るのも重要な仕事。職場で一目置かれていたそうです。

ところが、夫が亡くなって作ってあげる人がいなくなったせいか、ここ数年、料理をしようという意欲も衰えてしまいました。

たまに魚を焼く程度で包丁を使うこともめっきり減って、台所には、研がずに、切れないままの包丁が並んでいます。

生協に注文しておいたキャベツが届いたので、「久々にむかしの腕前を見せてよ」と、ねえちゃに、きょうの夕食用にキャベツの千切りを頼みました。

「千切り」というより「短冊」気味のところもややありはしましたが、さすがに昔取った杵柄手、なかなかの手さばきでした。

 

ねえちゃにとって、銀行といえば「八十二銀行」です。生まれ、育って、暮らしてきた長野県の代表的な地方銀行です。

ねえちゃが生まれる少し前の1931(昭和6)年に、六十三銀行と十九銀行が合併して「63+19=82」で、八十二銀行が出来たのだそうです。

長野県人であるからには、「信濃の国」を歌い、信濃毎日新聞を読んで、八十二銀行に預金する。「そういうものなんだ」と、ねえちゃも思っています。

家から歩いて5分ほどのところに、八十二銀行の支店が、郵便局と並んであります。

機械音痴のねえちゃですが、八十二のATMだけは、もの忘れがひどくなった昨今でもちゃんと使いこなしています。

5年前、連れ合いが亡くなったとき、今後のライフプランについて八十二銀行の最寄りの支店へ相談に行ったことがあります。

ねえちゃは決してお金持ちではありませんが、借金もありません。

担当の女性銀行員のかたが、資産や年金の話を親切に聞いてくれて、「これなら、ふつうに暮らしていくぶんにはいくら長生きしても心配ありませんよ」と太鼓判を押してくれました。

その言葉が、ねえちゃの生活の一つの拠り所になっているようです。きょうは「預金通帳の記帳をされたらいかがですか」と連絡をもらい、さっそく八十二へと出かけていきました。

ねえちゃは、きのうの結婚式への旅で、渡すのを忘れたお宅へのおみやげを「せっかくだから」とレターパックで郵送しました。

後は、やることもなく、いつものようにパジャマで一日中寝たり、起きたり。久しぶりの遠出で、少し疲れも出たようです。

夕食の後、日記帳を開けてみると、外泊したため珍しく2日つづけて空白ができています。

「どうしよう。きのうも、一昨日も、書いてない。何やってたかも思い出せない。書けない」と、とたんにあわて出しました。

「なに言ってんの。きのうは大イベントの結婚式に出たんだし、一昨日はお姉さんのところへ泊って、久しぶりにいっぱい話をしたんでしょ」

「そうだ、結婚式に出たんだった。その前の晩は、**へ泊って、いろいろ話したんだろうけど、なにを話したんだったか……」

というあたりからはじまって、また記憶の断片を一つ二つと拾い集めて、やっと、なんとか、日記の空白を埋め合わせるところまでたどり着けました。

「こんなに何もかも忘れちゃって、生きているって言えるんだろうか。本当に、もう、いやになっちゃう」と、自分が歯痒くてしかた無いようです。

でも、救いなのは、寝る前に風呂に浸かると、忘れてしまったということも、すっかり忘れてしまうこと。

そして、起きるとまた、カレンダーのメモ書きを見ながら「あれ、結婚式行ったんだったけ?」から、新たな一日がはじめられるのです。

目標としてきた甥の長男の結婚式への出席をきょう、何とか無事に果たし終えることができて、ねえちゃは元気に自宅へ帰りつきました。

高速バスで、片道3時間近いところを往復するのは「記憶にないくらい久しぶりだった」とか。むかしに比べてかなり長く感じたようではありますが、疲れはそんなに無さそうです。

ところで、肝心の結婚式は、どうだったのか。聞いてみると、アレ、「**の結婚式だったんだよね。どんなだったか、思い出せない!」。

「そんなこと言わないで、落ち着いて、何でもいいから記憶に残っている断面を思い出して」というと、

「新郎が野球をやっていたころの仲間の人たちが、みんなで盛り上げていた。それから最後に代表して新郎の父があいさつしたのも覚えてる。特ににぎにぎしい演出もなくて良かったよ」

「カップルの様子は?」

「二人とも特別に派手なかっこうや振る舞いをするわけでもなく、すごく落ち着いていた」。

さらにあれこれ尋ねてみると、気分よく結婚式に参加することができて満足した、というのがねえちゃの偽りのない結論のようです。

今回の旅でおじゃました、ある親戚の家で、持って行ったおみやげを渡すのを忘れてきた以外は、ねえちゃのほうも、久々の遠出という目標をまずまず無難にクリアできたようです。

荷物運びの私のほうも、ホッ、としています。いろいろとお世話になったみなさま、本当にありがとうございました。

そして何よりも、ご結婚、おめでとうございます。お二人にとって真に「味わい深い人生」をともに築いていかれることを、心から祈っております。

出席を目標にしてきた親戚の結婚式も、いよいよ明日になりました。ねえちゃの準備も、いよいよ大詰めです。

新郎は、先日説明した100年の歴史をもつ名菓「みすゞ飴」が好きな、ねえちゃの姉の孫にあたります。

「あとは、おみやげを買わなければ」と、ねえちゃは昨日の昼過ぎ、近くのお店に出かけて、みすゞ飴など何種か買ってきました。

その後、午後4時に予約の歯医者へ行ったついでに、また、そのお店に寄って、みすゞ飴。

帰ってきたかと思ったら「忘れてた」と言って、またまた出かけると、買い物のなかにみすゞ飴が混ざっています。

買ってきたおみやげを合計すると、なんと、みすゞ飴だけで7袋になっています。

そのお店にしてみればきのうは、ねえちゃによるみすゞ飴の買い占め状態だったわけです。

「みすゞ飴のおみやげが必要なのは一軒だけ。それに、目的は結婚式なんだから、みすゞ飴ばかり、こんなにいらないでしょう」

というわけで、持っていくみすゞ飴は、とりあえず3個ということになりました。

「ばかになっちゃって、こんなんじゃ、とっても行けない」と、こぼしながら、あれやこれやを繰り返しながらも、なんとか準備は整いつつあります。

 

結婚式に出席するため「ねえちゃ」は、きのう、朝から、親しい近所の奥さんに車で美容院に連れて行ってもらいました。

二人でいっしょにカットをしたそうで、なかなかの出来栄えです。これなら結婚式でも恥ずかしくない。これで準備万端整ったかな、と思ったら、さにあらず、でした。

いつものように、直前になって不安が一斉に襲って来たらしく、「美容院には行ったけど、頭がおかしくて、とても行けそうにない。寝ているしかない」と弱音を吐きはじめたのです。

「もうバスに乗るだけじゃないか。切符も取ったし、あちらでも、いろいろ準備をしてくれているんだから、もう断れない。エイ・ヤーで、あれこれ考えず、とにかく行けばいいんだ」。

そんなふうにハッパをかけたのが少しは効いたのか、昼寝をして夕食の準備にかかるころになると、「行けない」とダダをこねたことも忘れて、ケロリとしています。

「結婚式で着るもの決まったの?」と聞くと、「だいぶ前に何かのおめでたい席で着たコレがあること思い出したの」と、お気に入りの真珠のネックレスといっしょに持って来て、二度、三度と得意げに見せてくれます。

どうやら前向きに方向転換してくれたのかな、とホッしたのもつかの間、今度は「これを、どうやって持って行こうか」などと、あれこれ悩みはじめます。最近の「ねえちゃ」は、躁とウツが常時行ったり来たりしているようで、なかなか「難解」です。

「ねえちゃ」が大目標にしていた親戚の結婚式が、いよいよ3日後に迫りました。

結婚式は、長野県南部にある飯田市で行われます。飯田は「ねえちゃ」が、下宿をしたりしながら“皆勤”で通い通した高校のある、思い出深いところです。

式場には、南アルプスの山並みを背景に、なつかしい飯田の町並みが見渡せる開放的なラウンジや、さまざまな演出をそなえた広々としたガーデンも備わっているとか。

飯田までは高速バスで、2時間40分くらいかかります。以前はバス旅行が大好きだった「ねえちゃ」ですが、外出することが少ない最近は、路線バスに乗ることも無くなってしまいました。

バス停に行くのにも、迷ってしまったり、帰ってこれなくなってしまうこともしばしばあります。

勝手知った飯田行きですが、最近の「ねえちゃ」にとっては、“やる気”をふるい起しての大変な作業になるのです。

高速バスの往復の切符も用意できました。懸案の美容院も、近所の人に助けてもらって、きょう行く予定になっています。「ねえちゃ」とその周辺にとって、ドキドキの3日間がはじまります。

夫の転勤に伴って「ねえちゃ」は、結婚してから40歳くらいまで、2年に1度くらいの割で引っ越しを繰り返してきました。

いまのように何から何までやってくれる業者など到底あり得ない時代だったので、引っ越しとなると、隣近所に手伝ってもらっての一大イベントでした。

手伝いもせずに文句ばかり言っていた連れ合いとの夫婦喧嘩も、この時期にピークを迎えるように思われました。

年季を積んでいるので「ねえちゃ」は、荷造りがとても上手です。段ボール箱のなかに、ほとんど隙がなくきっちりとハマるように、素早く詰めていきます。

旬の時節に信州リンゴや干し柿などを送ってくれるときも、古新聞などをうまく使って、お菓子や家庭菜園で穫れた野菜など“おまけ”も加えて、きっちり梱包してくれます。

引っ越しで鍛えたからか、歳をとっても荷物運びはお手の物です。一昨日「ねえちゃ」のところへ宅配で、重い本がたくさん入った段ボールを11箱送りました。

きのう着いて、玄関口から移動させることができたかどうか心配でしたが「そんなの来たっけ。ああ、そういえば客間の隅に積んでおいたわ」と、事もなげに言ってました。

山の仕事をしていた「ねえちゃ」の夫は、キーホルダーのようにして、クマよけのための大きな鈴を身につけていました。クマは警戒心が強いため、鈴などの音がすると近くに寄って来ないといわれているからです。

「ねえちゃ」のカギには、そんなクマよけ用を思わせる大きな鈴が付いています。だから、家の中でも、散歩のときも、カギを持っていると、うるさいくらいにリンリンと大きな音が響き渡ります。

このカギの鈴が効力を発揮しているのか、外出のときにカギを失くしたり、カギを忘れていったりすることは、いまのところほとんどありません。

カギのかけ方を忘れることも、いまのところはないようです。ただし、いつだったか、金庫のカギが開かなくなって大騒ぎをしたことがありました。

「カギを差し込んで金庫を開けようとしても、動かない。きっと泥棒が入ってカギ穴を取り換えに違いない」とか何とか、わけのわからないことを言うのです。

仕方がないのでカギ屋さんに来てもらったところ、単に「ねえちゃ」がカギの開け方を忘れてしまっていただけでした。ちなみに、金庫のカギには鈴は付いていません。

 

「ねえちゃ」は、10年くらい前までは一日三食のおかずはもちろん、正月のお節料理も、ほとんどすべてを手作りで調理していました。豆や芋をやわらかく煮込むのにも、いろいろと工夫を凝らしていたようでした。

連れ合いは「ねえちゃ」の手料理でないと食べない、というような人でした。会社の付き合い以外ではほとんど外食をせず、泊まりが必要な出張でも、妻の夕食を食べるために無理をして日帰りで帰ってくることもよくありました。

そんな夫も、5年前に亡くなりました。作ってあげる人がいなくなったこともあって、「ねえちゃ」は最近、料理を作るのがすっかり面倒になってしまったようです。

スーパーで買ってきた惣菜や刺身など「できあいのもの」で簡単に食事を取り、料理らしい料理を作ることほとんどありません。

たまに魚を焼いてくれるときは、私が嫌いな「鮭」と決まっています。理由をたずねると、「鮭はお正月に食べる特別なお魚。それなりにもてなしてやらなきゃと思って、高級な鮭にしてる」のだといいます。

「それは有り難いけど、安いのでいいから、たまには他のにしない?」というと、そのときは「わかった」と了解してしてくれます。が、いつものようにすぐに忘れてしまって、次の焼き魚のときもまた、「鮭」が出てきます。

「ねえちゃ」が当面の大目標にしているる親戚の結婚式が、いよいよ1週間後に近づいてきました。

「ご祝儀」や「贐」の袋も、金額相応のを用意して、名前や住所なども筆ペンで書き入れました。忘れないようにと、お金もきちんと数えて中へ入れました。

高速バスも、だいたいの時間のをとりあえず予約しました。あとは「ねえちゃ」自身のしたくだけです。

来週は美容院へ行かなければいけませんし、着ていく服も決めなけばなりません。

散歩の途中で近所の洋服店へ寄ってみたそうですが、コレといったのが見つからなったようで「あるのを着てけばいいか」。

でも、いざ、近づいてくるとやっぱり自信がなくなってきたようで、「いけるかなあ。断るべきかな」といつものセリフが頻繁に出るようになりました。

「みんなが待ってて、いろいろ準備してくれているんだから、今度は行かないわけにはいかないよ。死んでも行ってやる、くらいの覚悟で。ガンバレ!」。

 

「ねえちゃ」が信仰している宗教やお寺は特にありません。子どものころは、実家が代々お世話になっていて、よく遊びにも行ったという、村の臨済宗妙心寺派のお寺にいちばん親しみを感じたといいます。

いまの家に引っ越してきて仏壇を買いました。けれど、ただ形だけ仏壇をそろえたというだけで、どこかの和尚さんにお経をあげに来ていただいた、といったことは全くありませんでした。

5年前に連れ合いが亡くなったとき、「夫が親鸞に興味をもっていたらしい」という、なんとなくの理由で、浄土真宗の教えにしたがった仏壇に整えていただきました。

でも、親鸞聖人七百五十回忌関連の催しや定期的な講話などに誘っていただいても、「ねえちゃ」は決して行こうとはしません。

浄土真宗とは関係ありませんが、夫が亡くなった直後に「四国八十八か所巡りをしたい」と言い出したので、ガイドブックなどをたくさんおくったのですが、興味はすぐに失せて「四国なんて遠くて行けない」と、けっきょく行かずじまいでした。

「じゃあ、人生の最期のとき、どこにお願いするの?」と聞くと、「そんなの、どこでもいいから適当にやってよ」とこたえます。

「そんなの、じゃあなくて大事なこと。少しでも親しみのある宗派やお寺にお願いするのがスジ。通販サービスで、どの宗派でもいいから空いている和尚さんに頼むなんて、寂しいでしょ」。

というようなわけで、とりあえず、連れ合いが「興味をもっていたらしい」という親鸞について、ちょっとでもいいから勉強してみたらと、きのう『図説 あらすじでわかる! 親鸞の教え』という、やさしく書かれた解説書を「ねえちゃ」に提供しました。

毎日、1ページでも1行でも読んでくれれば、頭の体操にも、「やることがない」という悩みの軽減にもつながるのでは、という願いを込めています。が、残念ながら、いつものように、あまり読む気になってはいないようです。

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