Aokijima

「認知症」と「ねえちゃ」に関する覚書です

2016年03月

「ねえちゃ」の家の近くには、畑やリンゴ園がたくさんあります。夫が亡くなった5年前の少し前まで、そんな農家から畑を借りて2人で家庭菜園をやっていました。

長ネギ、ニンジン、じゃがいもなど、「なんでもかんでもいろんな野菜を作っていた」そうです。

そんな家庭菜園で穫れたのか、きのう、親しくしていただいている近所の奥さんから「菜花(なばな)」をたくさんいただきました。

詳しくは知りませんが、「菜花」というのは「菜の花」と同類のアブラナ科の野菜で、若くてやわらかい花茎や葉、つぼみを食用にします。

菜の花というと、春、一面に黄色い花を咲かせる花畑を思い出しますが、菜の花はアブラナ科の黄色い花の総称で、正式な植物名ではないようです。

その仲間には、普通に「菜の花」と呼んでいる観賞用のほか、菜種油用のナタネ、野菜として食用にする菜花などがあります。

頂戴した菜花。さっそく茹でて、花かつおをたっぷりかけていただきました。

滑るような舌触りと確かな歯ごたえ、何ともいえない若干のほろ苦さも加わって、最高の味わいでした。ごちそうさま。

ねえちゃは、植物が大好きです。小さな庭ですが、以前はいろんな花を植えていました。

10年少し前まで、押し花教室に通っていました。いまでも、そのとき作ったなかなか見事な作品が、変色することもなく額に入れて飾ってあります。

きのう、いつも「宅食」を届けてくれる女性が、玄関に入るなり「ベランダの花、きれいに咲きましたね。なんていう花なの?」と尋ねていました。

「クンシラン(君子蘭)だと思うんだけど。今年もだいぶ暖かくなって」とこたえながら、「ねえちゃ」も春の訪れを実感したようでした。

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クンシランは、ランではなくてヒガンバナ科の園芸植物。南アフリカ原産で、肉厚の葉とオレンジ色の花が魅力的です。花言葉は「情け深い、誠実」。

庭に面した陽がよく当たるベランダに置かれた鉢植えのクンシランを、いつごろから育てているのか。「ねえちゃ」の記憶からはすっかり消えてしまっていました。

でも、寒さに弱く、越冬温度は5℃以上が必要といわれるだけに、今年も無事冬を越えて花が咲くのを見ることができて、ほっとしたみたいです。

暖かくなって土の表面が乾いてきたら、水をたっぷり与えたり、肥料や植え替えのことも考える必要が出てきそうです。そういた「手入れ」、忘れずに続けられればいいな、と思います。

「ねえちゃ」は、食べ物の消費期限、賞味期限をあまり気にしません。

冷蔵庫の中には、とっくに賞味期限が切れた納豆やおやき、消費期限が切れたハム、マヨネーズなどなど、いっぱい入っています。

円柱のアルミケースに入った七味唐辛子にしても、辛みも風味もほとんど消えて、ソバにかけてもまるでただの粉をかけているような感じ。

さすがの私もこれではたまらないと、袋入りの七味を買ってきて入れ替えました。

たとえば納豆にしても「もともと腐ってるんだから、ちょっとくらい過ぎたって大丈夫」というのが「ねえちゃ」の理屈です。

「それは理屈になってないんじゃないの」と言っても、持論は変えません。

冷蔵庫も普及していないむかし、物の少ない山ばかりを転々としいた「ねえちゃ」。

お店でカビの生えたパンが売られていることなどザラで、買って帰ってカビを落として食べていたことも日常的でした。

いまでは、そんなのはお店としても許されないことでしょうが、「ねえちゃ」の若いころは、まだまだ物の無い時代、食品衛生の意識が十分ではありませんでした。そんな時代をがんばって生きて来たのです。

最近はそういうのに加えて、物忘れがひどくなったため、何を買ってきたのか、冷蔵庫に何が入っているかといたことも、すぐに記憶から消えてしまいます。だから、賞味期限どころではないのです。

 

「ねえちゃ」は、いつもコマメに「片づけ」をします。夕食も「まだ食べ終わっていないのに」と思えるうちから片づけにかかります。

夜遅くまでテーブルで食べたり飲んだりしていると、イライラしてくることもあるみたいです。

昼、パスタや日本そばの料理のため戸棚から取り出して、私がこのごろ毎日のように使うようになった大鍋やザル、専用の皿なども、使い終わったのを見つけるとすぐに戸棚の奥のほうにしまってしまいます。

それだけならいいのですが、近ごろの「ねえちゃ」は、「しまう」ことは念頭におかれていても、どこにしまったか忘れてしまうことが頻繁になってきました。

私が使っている鍋なども、別に意地悪をしているのではないのでしょうが、大抵は戸棚の奥の奥のほうにしまい忘れられてしまいます。だから私の料理は、まずは戸棚の鍋探しから始めなくてはなりません。

「毎日使う鍋くらいキッチンの上に置いておいてくれてもいいのに」と文句を言うと、その時は納得するのですが、すぐにそれも忘れてしまって戸棚の奥の奥へとまたまたしまってしまいます。

きのう、近づいてきた親せきの結婚式のためのご祝儀と贐用の袋を買って、テーブルに置いておきました。すると「ねえちゃ」はこれもまた、どこかへしまってしまって、いつものようにしまった場所を忘れてしまいました。

「どこへ行ったのだろう」。片づけ忘れ、を探し出すのに、また、また一苦労の日曜日でした。

「ねえちゃ」は、お風呂が大好きです。よほどのことがない限り、寝る前に毎日焚いて入っています。

連れ合いが仕事で信州の山を転々としていた関係で、以前は、木曾の高野槇(こうやまき)で作った木風呂が家にありました。

日本の木の中でも、特に品質のいい木として定評のある「木曾五木」と呼ばれる樹木があります。

木曾檜(きそひのき)、椹(さわら)、翌檜(あすなろ)、黒檜(ねずこ)、そして、高野槇です。

これら木曾五木の中でも高野槇は、水や湿気に耐える力が最高で、高級な風呂桶や水桶、流し場船、橋梁などに最も適しているとされているそうです。

「木の風呂というと“ひのき”が有名だけれど、それより上なのが高野槇。天皇陛下(昭和天皇)も高野槇の風呂に入っているんだ」と、本当かウソかは知りませんが、亡くなった「ねえちゃ」の夫はよく自慢していました。

木なので、肌にもなじみやすく、ひのきほど主張しない木の香りも心地いい。浸かるのは快適でしたが、湯船が深くて大きいので、風呂掃除や手入れを担当した「ねえちゃ」は、なかなか苦労も多かったようです。

さすがの高野槇風呂も、長年使っていると水分を含んで黒っぽく変色してきました。そこで、いまの家へ引っ越して来るときには廃棄してしまいました。

現在は、ポリエステル系強化プラスチック製のごく普通のお風呂です。ただ、「ねえちゃ」の身長からするとかなり大きいので、ときおり、眠くなってウトウトしているうちにと沈みそうになって「ハッ!」とすることがあるそうです。

 

一日中パジャマのことが多い「ねえちゃ」ですが、起きてくると、ときどきテレビのスイッチを入れて眺めています。でも、ただボケッと眺めているだけで、何かの番組に興味を持っているという感じではありません。

大相撲の春場所もいよいよ大詰めですが、優勝の行方とか、綱取り、といった話をしてもぜんぜん関心がないようです。

大鵬、柏戸はまあ分かるにしても、現役で顔と名前がかろうじて一致するのは白鵬くらい。琴奨菊も稀勢の里も知りません。

地元、長野県から47年ぶりに生まれた関取として、みんなが期待を寄せている御嶽海も、「名前は聞いたことがある」という程度だといいます。新聞の1面で毎日、御嶽海の勝敗が大きく報じられているのですが……。

大の相撲好きの私は「ねえちゃ」のあまりの無関心さに少々いら立って、「御嶽海の顔が分からないなんて、“しなのの国”を知らないようなもの。自分が長野県人だと言う資格はないんだよ!」と声を荒げたりしても、きょとんとしているだけです。

もちろんプロ野球が開幕したなんて「ねえちゃ」の頭の中にはありません。覚せい剤で大騒ぎの「清原」という名前を耳にしても「そういえば、居たよね」というだけで、それ以上なにも出てきません。

ニュースやスポーツ以上にほとんど観ないのがテレビドラマです。NHKの朝の連続ドラも、大河「真田丸」も、まったく無関心です。

どんな番組でもいいから興味を持って、毎回ストーリーを追っていくようになってくれれば、「頭の体操」になるのではと思い、「ご飯食べながら毎朝15分間観るようにしたら」とか言っても、ぜんぜん効き目はありません。

観たいテレビもない。だから、「なにもやることがない」という「ねえちゃ」の悩みは深まっていきます。

一昨日、行く直前になって突然キャンセルしてしまった歯医者さん。どうにか電話をして、1週間後の31日の予約を取りました。

これまで直前になって3度もキャンセルしたので、歯科の受付の人から大丈夫ですかと念を押されたのか「いまのところ行けると思いますが……」と、「ねえちゃ」はイマイチ自信なさげでした。

なぜか分からないけれど突然「登校拒否児」に変身したように、直前になると「行けない」と頑なに言い出す「ねえちゃ」。

近ごろではほとんど唯一の外出先となった歯医者さんには、これまで2回診てもらって、3回キャンセル。2勝3敗、それでもイチローの打率を上回る、4割の成績です。

最近の「ねえちゃ」としてはまずまずといえるかもしれませんが、けがに苦しむ照ノ富士だってカド番を脱したのだから、少なくとも「勝ち越し」はしてもらいたいもの。

というのも、親せきの結婚式に行く、という当面の大目標が2週間後に迫っているからです。

今回の3度目の歯医者さんキャンセルで、「こんなんじゃ、結婚式は迷惑かけるばかりだから断ろうか」と弱気な言葉が「ねえちゃ」から漏れはじめました。

「結婚式に出席するんだ、と固く考えることはないんで、たった一人の姉さんと久しぶりに、言いたいこと喋りまくりに行けると思えば、楽しいじゃん」と話すと、少しは気持ちのベクトルを変えることができたようです。

ですが、美容院へ行ったり、着ていくものを決めたりと、「ねえちゃ」にとってはすこぶる高いハードルが、これからいくつも待ち構えているのです。

「ねえちゃ」の歯医者さんの予約は、きのうの午後2時30分になっていました。

ひと騒ぎしてようやく見つかった、現在有効な「黄色い保険証」と診察券を、忘れないようにテーブルの上に揃えて置いてあります。

「まだ、1時間くらいあるね」

と、行く気になっているように見えたので、パジャマを着替えて、きのうの散歩のようにスムーズに出かけれられそうだとホッとしてました。

ところが、予約の時間になっても「ねえちゃ」が出掛けた様子がありません。

「どうしたの。行かなくていいの?」と聞くと、まだパジャマのまま「何となくふらふらするような気がして、断りの電話を入れた」と答えます。

いつものように、熱もなければ、血圧の異常もない、食欲も十分ある。居間でテレビを眺めていて、横になる必要もなさそうです。

ハタから見ていると「気まぐれ」としか思えない、いつもの「直前キャンセル」でした。

パジャマを着替えるのが面倒になったのか、登校拒否のような反射的な拒絶反応なのか、急に「鬱」が襲ったのか。

しばしば周りを驚かせる、病的とも思える「豹変」です。

なんのために苦労して「黄色い保険証」を探したのか。

とにかく、あした起きたらパジャマを普段着に着かえて、歯医者の予約を取ること。そう約束をしましたが、果たしてどうなることでしょうか?

「ねえちゃ」の携帯電話は、シニア向けの「らくらくホン」です。連れ合いが亡くなった直後の4年ほど前に買い替えて、けっこう気に入っているみたいです。

だいぶ使い込んできたので「それそろスマホにでも替えたら」と聞いても、「とてもそんなの使えないからだめ」と受け付けません。

とはいえ、めったにかかって来ないので電話として使うことはあまりありません。以前はメールを打つこともありましたが、最近は、面倒になってきたみたいです。

現在、もっぱら「使い込んで」いるのは「歩数計」の機能。トップ画面に大きな字で出てくるようになっていて、珍しくリセットの仕方も忘れずに覚えています。

以前、毎朝、散歩を欠かさずに続けていたころは、携帯に目をやりながら「8000歩以上」の目標をきっちりクリアするように気を配っていました。

しかし最近では、8000歩以上歩くところまで行くと、迷って帰り道が分からなくなる、というような事態がしばしば発生するようになり、散歩するのがおっくうになりつつあります。

「暖かくなってきたのだから、目標の結婚式出席を達成するためにも、パジャマを着替えて外へ出てみたら」と言うと、きのうは午後になって散歩へと出かけて行きました。

比較的はやく帰ってきたなと思ったら、「携帯」の表示は5563歩。本人も「迷わなかった」と満足そうです。これからは、5000歩をメドに無理をせずに歩くのがベスト。そんな気がしています。

 

「ねえちゃ」はきのう、めずらしく午前中からパジャマを着替えて、「花を買って来る」と散歩がてらスーパーへ出かけました。

一昨日の夜、半額セールのおはぎを買って帰ったら、「そういえばお彼岸だったね」と、ハタと気が付いたようです。

お彼岸なのに、仏壇の花がしおれかかっているのが気になってしかたがなくなって、黄、紫、ピンクなど、「うちの仏壇に置けるような小さなお花」をいくつか買って来たのでした。

花といっしょに「ねえちゃ」は、ナス、野菜、小豆、野沢菜などの「おやき」をたくさん買ってきました。

おやきは、小麦粉や蕎麦粉を水で溶いて練り、薄くのばした皮で野菜や小豆などで作ったあんを包んで焼いた信州ならではの食べもの。形はふつう円形で、8センチくらいのが一般的です。

「ねえちゃ」によると、お彼岸に、長野では、「なぜかわからないけど、みんなでおやきを食べる」ことになっているんだそうです。

彼岸会は、サンスクリット語の「波羅密多」から来たもので、煩悩と迷いの「此岸(しがん)」の世界にある者が、「六波羅蜜」(ろくはらみつ)の修行をすることで「悟りの世界」すなわち「彼岸」の境地へ達することが出来る、というものだそうです。

お彼岸に限らず、何かあれば、おやきを食べている「ねえちゃ」のことです。きっと「彼岸」の境地へいくことができるでしょう。

 

近所の人からのいただき物や、親せきからの贈り物などには、不義理のないようにきちんとお返しをすることを「ねえちゃ」は、とても大切にしています。

「ねえちゃ」におみやげを持って行っても、本人に食べてというよりも、世話になっている人にあげて、といったほうが喜びます。

ところが最近もの忘れが多くなって、「もらった」ことをちょくちょく忘れるようになってしまいました。でも、義理を欠くことだけはしないようにしようと必死です。

昔の知り合いへの香典の立替えをしてくれた親せきなどに、「立替えのお金送ったっけ」と何度も電話をしたり、2度送ってしまいそうになったりすることもあります。

自分勝手に生きてきた私には、「ねえちゃ」が、義理を欠かないようにと人との関係ばかりを気にしないで、もっと自分自身がどうしたい、といったあたりに目を向け欲しいとじれったく思えることがよくあります。

先日、亡くなったお母さんの衣類をたくさんいただいたお隣にも、何かお返しをしなければと「ねえちゃ」はずっと悩んでいました。

そして、東京にいるお嫁さんに選んでもらって届けられた贈り物を、一昨日、やっと手渡すことができました。

「嬉しそうに受け取ってくれて良かった。飼っている犬のこととか、久しぶりに話をすることもできたし」と「ねえちゃ」は満足そうでした。

「無い、無い」といって騒いでいた、黄色い保険証、きのうになってどこからか出てきたようで、古いオレンジ色のといっしょにテーブルの上に置かれていました。

「大騒ぎして探しても見つからなかったのに、どこにあったの?」と聞くと「ねえちゃ」の返事は、「わからない」。首を傾げるばかりです。

そして、「市役所の支所に行って、黄色いのだと言って……、もらって来たのかな?」などと、いつもの「夢かうつつか妄想か」あたりの、わけのわからないことを言いはじめます。

「そんなはずないでしょ。支所は土曜日だから休み。去年の夏、もう郵送されて来ているのに、いま行ったからってすぐくれるはずないでしょ。しっかりしなよ」。

「どこにあったかぜんぜん覚えていない」ということことからすると、「特別にめずらしいところから出てきたのではない」という可能性が高そうです。

ということは、いつも身につけている財布か携帯電話のケースあたりにしまい忘れていたのが、寝て起きてみんな忘れてリセットしたら入っているのに気づいた、というあたりがいちばん真相に近そうです。

「しまい忘れた」というより、「無いと思い込んでいた」と言ったほうが正確かもしれません。

一昨日、家の中を一日中、探し回っていたのは何だったのでしょう。といっても、「ねえちゃ」は当然のごとく、探し回っていたことさえすっかり忘れているので、どうってことはないのかもしれません。

何はともあれ、見つかって一安心。混同して歯医者さんでまた注意されないようにするため、「ねえちゃ」は名残惜しそうに、期限が切れたオレンジ色の保険証のほうにハサミを入れて処分しました。

 

きのう「ねえちゃ」は朝から、「保険証がおかしい」「保険証がおかしい」と言って騒いでいました。

突然なにを言い出しのか、あれこれ聞いてみると、どうも自分が持っている「後期高齢者医療被保険者証」の有効期限が切れているようなのです。

確かに、オレンジ色をした保険者証には「有効期限 平成27年7月31日」とあります。ずいぶん前に期限が切れているわけです。

でも、どうして急にきのうになって、それに気が付いたのでしょう。考えられるのは、一昨日行った歯医者さんです。

「ねえちゃ」は、どこの歯を診療したかはもちろん、歯医者へ行ったかどうかも、すでに覚えていませんが、診察券に次の予約日が入っていることからすると、行ったことは間違えなさそうです。

とすると、歯医者の受付の人あたりに、保険証の有効期限が切れていることを指摘されて、「こんどは新しい保険証を見せて下さいね」とかなんとか言われたことが予想されます。

不確かな記憶をたぐり寄せながら、「そういえば、黄色い保険証のはず、とかなんとかどこかで言っていた記憶がある」と「ねえちゃ」も言います。

新しい黄色い保険証は、財布やバックにも見当たりません。いま有効な保険証が「ねえちゃ」の手元にないことが判明したのです。

とすれば手掛かりは、昨年の切り替え時に市役所から簡易書留で送られてきたはずの封筒にありそうだと、家のあちこちを探し回りました。

結果は、保険証が送られてきたことが分かる一昨年まで3回分の封筒は出てきましたが、肝心の昨年のものが見つかりません。

当然「ねえちゃ」に、受け取ったか受け取らないかの記憶はありません。でも、毎年来ていたのに、昨年だけ送られて来なかったというのも考えずらい。

とすれば、家のどこかにきっとあるはず。というわけで「保険証の捜索」が、「ねえちゃ」の連休の最大の“仕事”、ということになりそうなのです。

「ねえちゃ」の家の戸棚を整理していたら、「ちょこっトリップ」の添乗員さんからのハガキがたくさん入ったホルダーが出てきました。

「ちょこっトリップ」は、「裾花観光」という会社がやっている「アットホームな雰囲気」が魅力のバスツアー。旅行が終わると、毎回、添乗員さんから参加者たちの集合写真が入ったハガキが送られてくるのです。

平成16年7月から平成20年9月まで、「富士見高原ゆりの里」「トロッコ列車で行く黒部峡谷」「草津温泉を遊ぶ」「長岡まつり花火大会」「伊勢神宮初詣の旅」「小京都・高山散策と飛騨高山温泉の旅」「雲上の温泉~万座温泉ホテル~の旅」などなど、20カ所を超える観光地に、連れ合いといっしょに出かけていることがわかります。

ハガキの写真を見ると、「ねえちゃ」夫妻は意外に真ん中のほうにドンと陣取って、穏やかで楽しそうに写っているのが多いように思われます。夫がいつもの帽子にいつものジャンパーといった感じなのに対し、「ねえちゃ」は旅にあわせて、なかなかおしゃれな服装をしています。

「ねえちゃ」はこの旅のことを今はあまり覚えていないようですが、夫が「アルコール依存症」をなんとか克服して、入院前のまだ歩くことができていたころ。きっと、ふたりの安らぎと思い出が刻まれていった旅だったに違いありません。

 

営林署の職員だった夫に伴って山里を転々としてきた「ねえちゃ」は、行く先々で町の数少ない電気屋さんと親しくなって、掛かり付けのお医者さんのように、購入から修理まで家電の一切をそこに任せてきました。

転勤の際には、そんな電気屋さんに送別会を開いてもらったりすることもありました。いま住んでいる長野でも、もう40年以上、一軒の電気屋さんに一切を任せています。

電気屋さんに言われるままに、電気製品をそろえてきたので、一人暮らしの割には家電は充実しています。

大型のテレビが2台、コンロやグリルなどキッチンやお風呂もオール電化、床暖房も完備、昨年は冷蔵庫も最新のものに買い替えました。

「家の中のものみんな電気だから、火事を起こす心配がない」というのが「ねえちゃ」の自慢です。

でも最近、自分で料理をすることが少なくなったうえ物忘れがひどくなり、グリルの使い方さえ忘れてしまうことが多くなりました。

そのたびに電気屋さんの、お馴染みの担当者に電話をかけて聞いたりしていましたが、最近、定年になったのか、そのお馴染みさんが店を辞めたらしく電話がつながらなくなって来ました。

近頃は、大型量販店や通販が増えてきて、気軽に修理の相談などにのってくれる電気屋さんが少なくなってきました。

「これから、壊れちゃったらどうしよう」。オール電化の家に住む「ねえちゃ」は、ちょっぴり不安になっています。

最近は、一日中パジャマで家にいることが多い「ねえちゃ」ですが、以前は「カントのように」規則正しい生活を送っていました。

カントはドイツの大哲学者です。生涯独身で、大学から帰宅すると、決まった道筋を決まった時間に散歩をしました。その時間があまりに正確なので、散歩の通り道にある家では、カントの姿を見て時計の狂いを直したと言われています。

この逸話を知っていた「ねえちゃ」の夫は、規則正しいことを表わすのに「カントのように」という比喩をよく使っていたのです。

「ねえちゃ」の場合、散歩は朝でした。4時半ごろ起きて、5時くらいに出かけてNHKのラジオ体操がはじまる6時30分の寸前にピッタリ帰って来るというのを日課にしていました。

カントほどではないにしても、散歩では「いつも同じあたりで同じ人に会って、おはようございますというの」と自慢していました。

けさはあれを見てあっちで一休みして、といういい加減な散歩ではなくて、ただいつもの道を、いわば虚無僧のように歩いて時間までに帰って来る、というタイプ。

帰ってきてラジオ体操が終わると、ご飯に味噌汁、海苔、納豆といったいつもの朝食を取って、洗濯にかかるのです。

とても健康的で良いことは良いのですが、生真面目な「ねえちゃ」は「ラジオ体操に間に合うように散歩ができる時間に起きないと」と、眠れないのが気になり、しばしば睡眠導入剤を飲むようになりました。

やがて、そんな朝の散歩になんとなく疲れてしまったみたいです。でも、気が向くとラジオ体操はときおりやっています。

「ねえちゃ」の連れ合いが亡くなって、きのうでちょうど5年になりました。5年前、夫が亡くなったとき、いちばん困ったのが、お葬式をお願いするお寺さんのことでした。

2人とも実家を離れ、先祖との結びつきのない町で暮らしていました。特に夫のほうは晩年、その親族とほとんど交流がありませんでした。

しかも、近くにお世話になっているお寺もなければ、特に信仰している宗派があるわけでもありません。

市営の霊園にお墓はつくりましたが、そこにはまだ、だれも入ってはいませんでした。

亡くなって葬儀の日程を決めなければならない慌ただしさの中、連れ合いが生前、親鸞の本を読んでいて、関係する京都のお寺を旅したことがあったことから、お葬式屋さんを通して、浄土真宗のお坊さんをお願いすることになりました。

お葬式の後、実は、連れ合いの実家ではずっと浄土宗を信仰していて、この宗派のお寺の檀家だったことがわかりました。

一方、「ねえちゃ」の実家はというと、代々、臨済宗のお寺さんにお世話になっているのだそうです。

「浄土真宗でよかったのか。本来なら浄土宗のお寺にお願いすべきだったんじゃなかったのか。生きてるとき、おじいさんにちゃんと聞いておけばよかった」と、「ねえちゃ」は後悔しています。

他人事ではありません。「ねえちゃ」自身も、信じている宗派も無ければ、親しくしているお寺さんもありません。このままいけば、最近話題のAmazonの「お坊さん便」にでも、依頼するしかないかもしれません。

「自分はどういうふうに葬られたいのか。ちゃんと考えておいてくれなければ困る」と、口うるさく言うのですが、あの世へゆくことなどはるか先のこと、と思っているらしく、なかなかその気になってはくれません。

週に1回、届けてくれる生協で、「ねえちゃ」が毎回かならず注文するものがあります。冷凍の「ゆでだこ」、あるいは「酢だこ」です。

毎週月曜日に、前の週の注文品を届けてくれるのですが、最近の「ねえちゃ」は、どんな物が届いたのかどころか、受け取ったかどうかもすぐに忘れてしまいます。

冷蔵庫の中には、注文したまま忘れて食べないでいるものがゴロゴロしています。でも、絶対に忘れず、届くとすぐに食べてしまうのが「たこ」なのです。

山間の小さな村の農家で育った「ねえちゃ」。近くに魚屋さんも無ければ、むかしは冷蔵庫もありませんでした。

魚といえばアユやコイといった川や沼でとれるものばかり。海の魚介類を新鮮なまま、ましてや生で食べることなど、ほとんどできませんでした。

ですから、子どものころの海の幸といえば、日持ちのする、ゆでた「たこ」くらいしかなかったのだそうです。

「ねえちゃ」だけでなく、両親ら一家そろって「たこ」が大好き。みんな、食べるのを楽しみにしていたということです。

最近は、「**を買おう」と紙に書いてスーパーへ出かけて行っても、たいてい忘れて帰って来る「ねえちゃ」ですが、「たこ」だけは忘れません。

「ねえちゃ」の連れ合いは、もともと群馬県の中学で数学の教師をしていました。

ところが、広島県で起こった生徒の自殺問題のような、相当に深刻な出来事に絡んで2年足らずで辞めざるを得なかったようです。

それで縁もゆかりも無かった長野県へやってきて、山で、営林署の職員として働くようになります。転勤していった営林署の事業所で働いていた「ねえちゃ」と知り合い、1959年に結婚しました。

2人とも年の離れた末っ子同士。当時、2人の両親で生きていたのは「ねえちゃ」のお父さんだけでした。

県南の天竜峡というところで挙げた結婚式で、新郎側で職場関係以外から出席したのは、たまたま県内に住んでいた親族1人だけだったそうです。

そんなわけなので「ねえちゃ」は、舅、姑にあたる人を知りません。当然、いっしょに暮らすこともありませんでした。

お酒などで夫には相当に苦労した「ねえちゃ」でしたが、「おかげさまで両親の介護や姑との諍いとかには無縁だったのは、幸せ」とよく言います。

「ねえちゃ」にはいま、お嫁さんが2人いますが、いっしょに暮していないこともあって、これまで、これといったトラブルもなく順調な関係を保っています。

ひょっとすると「嫁いびり」を伝授される機会がなかったのが、幸いしているのかもしれません。

 

「3・11」から5年。あの日の津波の実態を追ったNHKの特集番組などを「ねえちゃ」も、「恐ろしことが起きてたんだね」などと大きな声をあげながら、いつもになく熱心に見つめていました。

でも、あの日、どこでどうしていたのか、いまではもう「ねえちゃ」の記憶にはあまり残ってはいません。津波からは遠い山国にいたとえはいえ、夫が死の床につくという、差し迫った現実に直面していたはずなのですが。

5年前の3月11日は、いよいよ臨終が近づいてきて個室に移されたころのはずです。「そういえば、看護師さんにベッドの隣に寝るところ用意してもらって、病院にずっといたかもしれない……」といったあたりまでで、それ以上ははっきりしないといいます。

東日本大震災から3日後の3月14日未明、夫は天寿を全うして病院で亡くなりました。「ねえちゃ」は、悲しみに打ちひしがれる、というよりも納得した感じで、比較的落ち着いて見送っていました。

「ねえちゃ」は、ふだんは地震には無頓着です。家の近くが震源で緊急地震速報が流れても「たいして揺れなかったよ」と平然としています。

それでも、連れ合いの死といっしょに訪れたこの大震災には、やはり特別なものがあったようです。現地の自治体へ応援で行った人の講演を聞きに出かけたり、長年貯めたコイン貯金を寄付したりもしていました。

山国で暮らしてきた「ねえちゃ」には津波の経験はありません。でも、山崩れや洪水などの治山・治水対策を仕事にしていた夫とともに、いろんな被災地の近くで暮らしてきた長い月日があります。

そんな「ねえちゃ」だけに、人並み以上に、被災者のかたたちの気持ちに寄り添えるところがきっとあるに違いありません。

きのうは、「ねえちゃ」が久しぶりにパシャマを普段着に着替えて起きてきました。天気もまずまずで、暖かな陽気。

「宿題」の歯医者さん、きょうは絶対に行きなよ、と厳しくいうと、3時少し前、やっと重い腰をあげて出かけていきました。

歩いて5分ほどの歯医者さんの後、いつものスーパーなどに寄って帰宅したのは5時半ころ。帰って早々「もう、待たされて、待たされて。待合室に患者さんなんてほとんどいないのに」と、かなりご立腹のようです。

それでも、スコンと抜けた奥歯を持っていったら応急処置で入れてくれた。X線撮影などの検査もして、次からちゃんとした治療に入るようで、予約日の書かれた診察券ももらってきました。

痛くもなんともなかったそうで、応対も親切だったといいますが、ただ、1時間半くらい待たされたのが、なんとも気にくわなかったようです。

「そんなこと言ったって、予約しないでいきなり行ったんだから待つのは当たり前でしょ。その場でやってくれたんだから、むしろ良心的な歯医者さんといえるんじゃない。

それに、電話予約しておきながらキャンセル、というのを2回も繰り返しておきながら、今度はいきなり行って、すぐやってくれなかったとグチるっていうのは虫がよすぎるよ。

帰ってきたってやることないんだから、待合室で、のんびり週刊誌とかいろいろ読んでくればよかったのに」

というと、「ねえちゃ」はそれなりに納得したらしく、シュンとおとなしくなりました。

なにはともあれ、3週間くらいかかって、やっと懸案の「歯医者さん初日」にたどり着くことができました。

これで、「やることがない」のが悩みの「ねえちゃ」にも、月曜日は生協の注文品受け取り、水曜日は宅食の集金、木曜日は歯医者さん、とルーティンの「仕事」がだいぶ増えてきました。

「ねえちゃ」が暮らしている長野は、日本そばの産地として有名です。どこのスーパーでもたいてい、生そばを各種そろえています。

「ねえちゃ」も以前は、生そばを買ってきては茹でて笊に盛って、時々ごちそうしてくれていました。

でも、好みもあるのでしょうが、「ねえちゃ」の茹でる麺はどうにも軟らか過ぎて腰らしきが無く、私には合いません。

それで最近はもっぱら、「自分で作るから」ということになっています。軟らかいのは、そばだけでなく他の麺類も、ご飯もそうです。

「ねえちゃ」の連れ合いは、30代のときに橋から落っこちる大けがをして、歯の半分近くを入れ歯にしなければなりませんでした。

さらにその後、60歳ぐらいのときに胃癌を患い、手術で胃の多くの部分を切り取ってしまいました。

そんなわけで、夫のからだに合わせて、どんどんどんどん軟らかく、煮たり、炊いたりをするようになっていったようです。

きのう、割引で買ってきた生そばが消費期限だったので、まとめて茹でて、ざるそばとかき揚げで昼食にしました。

「食欲満々、胃も腸も丈夫な信州人なんだから、たまには腰があるそば食べたら」と「ねえちゃ」を誘ってみましたが、「軟らかいのじゃないともう胃が受け付けないの」と断られました。

きのう「ねえちゃ」は、だいたい3か月に1度の割合で通っている街の総合病院へ出かけました。最近、自分ひとりでトラブルなく行ける外出先は、ほとんどこの病院だけになってしまいました。

通院といっても、重い持病があるわけではありません。念のためにと、毎日1粒ずつ飲んでいる高血圧の薬の処方をしてもらいに行くのです。でも、この時だけは、ひとが変わったように率先して自らタクシーを予約して、きのうもトラブル無く帰ってきました。

友だちと遊ぶ約束や近くの歯医者の予約など、ことごとくキャンセルをして周りを困らせ続けている「ねえちゃ」なのに、距離的にはいちばん遠いこの病院だけは、どうして忘れずに自主的に行くのでしょう。病院でだれか友だちでもできたのかな?などと、ずっと不思議に思っていました。

実際は病院へ行っても待っている時間が大半で、診療といっても先生とは事務的な話をするだけ。血圧を測ることすら無いといいます。大きな病院なので、待合室での顔見知りもできないそうです。

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「ねえちゃ」はこのごろ、「頭がボケてきて」とか自分でもしばしば口にするようになりました。なので「せっかく高いタクシー代払っていくんだから、ボケが進まないようにするにはどうしたらいいのかとか、ひとこと相談したらいいのに」と、いつも口うるさくいいます。

でも、いつでも聞き流すだけで終わってしまいます。よくよく問い詰めてみると、家族がそういうので謙遜気味に「頭が……」と周りに切り出すだけで、本当は「少し物忘れはあるけど、ボケてきたとは全然思っていない」のだというのです。

だから、思ってもいないことを先生に言えない(プライドが許さない)というのが、周辺にはやや意外な、本音のようです。

それにしても、友だちと遊ぶのまで「行く自信がない」とキャンセルするようになったのに、どうして、この病院に行くことだけは忘れず、律儀に続けているのでしょう。その理由の一つに、どうも「血圧手帳」がありそうに思われてきました。

「ねえちゃ」の欠かさない習慣に血圧測定があります。毎日必ず測って、グラフにしていきます。そんな書き込みが、もう13冊びっしり埋まりました。グラフを書き込んでいくのが「ねえちゃ」にとって、どこか生きる張り合い、楽しみにもつながるところがあるのでしょう。

ちゃんと毎日書き込んで、きちんとやった証のグラフを先生に見てもらう。それは、学級日誌をちゃんと書いて先生にマルをもらって励みにする子どもに、どこか似たところがあるような気がします。

きのう、病院で14冊目の「血圧手帳」をもらってきた「ねえちゃ」は、帰ってくるとさっそく血圧を測って、新しい最初のページに記入しました。

物忘れが多くなっても、血圧のグラフをコツコツと毎日、書き続けていく。立派だ、と思います。でも、そんな立派さが、なんとも言えない寂しさを誘うのです。

「ねえちゃ」は、優等生です。戸棚を整理していると、高校生のときの皆勤賞の賞状、職場での論文コンクールのトロフィーなど、いろんな“勲章”が出てきます。

お酒も、たばこも、カラオケも、パチンコも、マージャンも、まして競馬も、競輪も、やりません。こういったタグイは「男の人がやるもの」と決めてしまっているようです。

冠婚葬祭などで「カタチだけでも」とお酒をすすめられても、夫が依存症だった関係もあるのか、頑なに断りつづけています。

女子高生だった時かなにかに「良妻賢母の心得」を叩きこまれでもしたのでしょうか、男性と口を聞くのにも、“必要以上”とも思える気配りをしています。

親類縁者やごく限られた隣人以外で男性としゃべるのは、宅急便の配達やタクシーの運転手さんくらい。宅食も、生協も「女性が届けてくれるので」と続いています。

老人大学や老人クラブ、男性もいっしょのサークルや集まりにも、参加しようとはしません。

「**のおばあさん、彼氏ができたんだって……」と水を向けても、なんとなく冷たい眼差しになって、そっけなく「いいわね」と応じるだけです。 

南から暖かい風がやってきて、20度を超える陽気になったきのう、「ねえちゃ」は、すっかり普段着になってきたパジャマから、ズボンとセーターに久しぶりに着替えて、スーパーへ買い物に出かけました。

ちょうど帰ってきたところに、先日亡くなってお葬式があった、お隣のおばあさんの娘さんが、服をいっぱいもってやって来ました。

そでの短いカーデガンに、新品のスラックス、高級そうなコートもあります。それに、パジャマも3セット。亡くなったおばあさんの衣類だけれど、着る人が居ないからもらって欲しい、とのことだったようです。

お隣のおばさんは「ねえちゃ」よりも、ひとまわり小柄だったようですが、着てみると、どれもぴったり。

すると、何もやりたくないといっていた「ねえちゃ」が人が変わったように、コートやカーデガンを着ては脱ぎ、また着て「いいでしょう」の見せびらかしを繰り返します。

最近、家ではパジャマで居ることが多いのですが、「これだけパジャマがあれば、死ぬまでもう買う必要がないね」と喜んでもいます。

すてきな服が着られたときって、年齢も、カラダも、アタマも関係なく、はしゃぎ回れるものなのでしょうか。久しぶりに見た「ねえちゃ」の満面の笑顔でした。

「ねえちゃ」といると、なん度もなん度も「きょう何日だったっけ」と聞かれます。

1日に1回や2回だったらいいのですが、聞いたとたんに忘れてしまうので、10分ごと、20分ごとに尋ねられるということも珍しくありません。

さすがに頭に来て、「そんなの自分で確かめてよ」というと、まずは食卓にある新聞に目を向けます。でも、それだと必ずその日の新聞が置いてある保証はありませんし、休刊日のときだってあります。

次に見るのが、日記。でも、いくら毎日つけているからといっても、その日にもう書いているのか、それともまだ書いていないのかもたいていは忘れているので、きょうが何日かを確認するというわけにはいきません。

そこで次は、携帯電話。ところが、「ねえちゃ」の携帯の最初の画面には、天気予報がドンと出てくるようになっていて、あしたの天気の「あした」の日付が大きく表示されます。

そのため、「きょう」を「あした」と勘違いしたり、「おかしい、私の携帯の日にち狂ってる」と首をかしげていたりすることもあります。

というわけで、仕方ないので、その日が何日かを知るためだけ用のデジタル時計を食卓の上に置いて、「きょうが何日か分からなくなったら、とにかくこれを見るように」と口が酸っぱくなるほど言うのですが、なかなか習慣になってはくれません。

子どものころ、いちばん嫌だったのが歯医者通いでした。あのキ~ン、キ~ンという高い音。神経の近くきたときの防ぎようのない痛み。

頭に浮かべるだけで、恐怖が走りました。学校の検診で虫歯があると判定されたときのショックといったらありません。

歯医者さんの門の前まで来ても何か言いわけをみつけて、寄らずに家に帰る、といったことを何度も繰り返しました。

そんなことしていると、母から「歯だけは、寝ていれば治るってことはなくて、悪くなるだけ。つべこべ言わずに行ってきなさい」と怒られたものです。

ところで、奥歯がスコーンと抜けてしまった「ねえちゃ」。近くの歯医者さんに、電話で予約をしてはキャンセル、再度、予約を入れてもまたキャンセルしてしまいました。

「だったら、近くなんだから散歩のついでに寄って、すいてるようだったら治療してもらい、混んでたら予約を取ってくればいいじゃない」というと、すんなりと「そうだね」。

ところが、この1週間、たびたび歯科医院の入口の前まで出かけては、「きょうは、診療日時を確かめるだけにした」などと言いわけをして、行っては寄らずに帰る、を繰り返しています。

「ねえちゃ」も「痛い」のが相当に嫌いなのでしょうか。それとも、「外出して何かをする」ということ自体を受け付けない、こころのバリケードのようなものが出来てしまっているからなのでしょうか。

むかしは「ねえちゃ」も、「きょうは歯医者さんに行かないとダメよ」と怒っていたお母さんだったはず、なのですが。

「ねえちゃ」には、東日本大震災が特別なかたちで、印象に強く刻まれています。

震源からは遠い山国にいたので直接の被害があったわけではありませんが、奇しくも2011年3月11日は、入院していた連れ合いが危篤の状態に陥った日だったのです。

震災でなにもかもが混乱を極めるなか、ようやく病院にたどり着いた家族に看取られて、3日後の14日未明、83歳で夫は逝きました。

ほとんど意識がなかった連れ合いが、あの日の地震の揺れ、あるいは、いつもと違う看護師さんたちの話ぶりなどで、日本に未曽有の大震災が起こっていたことが察知できていたのかどうか。

それは、「ねえちゃ」にも分からないそうです。

毎年、この時期になると、テレビや新聞で、震災にかかわる特集や企画が集中するようになります。ですから、いくら忘れぽくなった「ねえちゃ」でも、こうした報道とともに、夫の命日が近づいていることに気が付きます。

今年は、あれから5年の節目。テレビからも「まもなく震災から5年です」といったアナウンスが頻繁に聞かれるようになりました。

そんなニュースを耳にした「ひなまつり」の夜、「おじいさんが死んで、もう5年になるんだ。早いね」と、「ねえちゃ」はポツリ、もらしていました。

5年前に亡くなった連れ合いのために「ねえちゃ」は、仏壇に「ワンカップ大関 ローソク」や「ミニジョッキ ローソク」など、お酒をかたどったキャンドルをお供えしています。

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アルコール依存症を患うくらい、とにかくお酒好きだった夫は、ほとんど寝たきりで病院を転々としている間も「家に帰って一杯やりたい」と口癖のように言っていました。

けれど、やがて口から食べたり飲んだりすることができなくなり、最後の1年ほどは、食道のあたりに小さな穴を開けてチューブでお腹へ直接栄養剤を注入する方法を取らざるをえなくなってしまいました。

チューブを注入して満足に声を出すこともできなくなってしまったので、連れ合いはよく、親指と人差し指の間をおちょこを持つくらいの間隔にして見せては、お酒を懇願していました。

それでも「ねえちゃ」にできるのは、せいぜい、ガーゼに少しお酒を含ませて、唇に塗ってあげることくらいだったのです。

「あっち」へいったら思う存分、飲ませてあげたい。お酒のキャンドルには、そんな「ねえちゃ」の想いが込められています。

「ねえちゃ」は、整理整頓が大好きです。ちゃんと片付いていないと、居ても立ってもいられなくなるようなところもありました。

食事が済むと、すぐに茶碗やお皿を片づけて、食器棚の決まったところにしまうのが習慣になっていました。

正月やお盆に、息子や孫たちがやってきて部屋を散らかしっぱなしにしているのが、気になって仕方がない様子でした。せっかく来たのだからと、決して口に出すことはありませんが。

何か、おいしいものを食べたり、遊んだりするよりも、片づけをしているときが、いちばん楽しそうに見えることもありました。

でも、最近ちょっと変わってきたように思われます。

食事が済むと、以前のように食器をつぎつぎ片づけるのは以前と変わりませんが、定位置と違うところに置くのか、定位置自体を忘れてしまうのか、どこにしまったのか分からななくて探し回ることがたびたびになりました。

自分の部屋も、あちこちに物が乱雑に置きっぱなしになったままの状態です。始終、あちこちを探し回るので、整理している余裕がないのでしょうか。特別に具合が悪いわけではないのに、一日中パジャマ姿で居ることも少なくありません。

「ねえちゃ」は「だらだらしてばかりで自分がイヤになる」と反省しきりですが、私などにしてみると、むしろ、もの忘れの効用。「だらり」とできるようになって、ホッと楽になった気がしています。

「ねえちゃ」は、連れ合いが亡くなって5年になるいまも、長年の習慣でついつい2人分のご飯を炊いてしまいます。

食事の前には必ず仏壇にご飯を供えますが、ときどき「おじいさんにあげても食べてくれないし、いつもご飯が余っちゃって」と、ぶつぶつ言っています。

若いころ、「ねえちゃ」が仕事や行事で少しでも食事を作るのが遅くなると、夫はしばしばかんしゃくを起こして怒鳴りつけました。

ですから、決まった時間にご飯を炊いて食事を作らなければというのが、「ねえちゃ」の頭の中を、時には“強迫観念”のようになって占領していたのかもしれません。

例の「アルコール依存症」日記の中に、こんな記述がありました。

「11月15日 みかん狩りに行ったが、心配でならない。帰りの時間が1時間遅くなったので帰ってからの事が心配だったが、帰ってみると割合に機嫌よくびっくりした。ビール2缶をさがし出し飲んで居た。がっかり。だんだん話す声が大きくなる」

このときは連れ合いも、禁酒中にビールを飲んでしまったのが後ろめたかったらしく、さすがに怒鳴りまくることはできなかったようです。

さて、「だんだん話す声が大きくな」っていった先には、何があったのでしょう。辛抱強い「ねえちゃ」もとうとう堪忍袋の緒が切れて、“爆発”してしまったのでしょうか?

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