Aokijima

認知症と生きる「ねえちゃ」の近況と、アルツハイマー病に関する覚書です

2016年02月

春の目標

暖かい日曜でしたが「ねえちゃ」は、「何もすることもないし」と一日、布団のなか。それでも、食欲はいつもと変わることなく、三食、たっぷり食べました。

何もすることがないのは、平和でいちばんいいのですが、「なにかしなきゃ」という焦りも「ねえちゃ」の心の中に沸いたり消えたりして、落ち着かないようです。

先日、おいの長男から、4月に行われるという結婚式の招待状をいただきました。行くには3時間近くバスに乗らなければなりません。

無理かな、と一時は断るつもりだった「ねえちゃ」でしたが、周りに励まされて「喜んで出席させていただきます」という返信を書きました。

結婚式に出席させてもらうことが、いまの「ねえちゃ」のいちばんの目標なのです。

あと1カ月と少し。

こころとカラダのコンディションを整えて、いつもの「直前のお断り」にならずに、おめでたい「春の目標」を何とか無事に達成してほしい。

いまから、祈るような気持でいます。

趣味

長年勤めたスーパーマーケットを退職してから「ねえちゃ」は、陶芸、手芸、押し花など、周りの人にさそわれて習いに行ったりして、いろんな「趣味」に励んできました。

ですから、「お酒」だけが楽しみだった連れ合いと違って、一人になっても楽しみはいろいろあるだろうな、と思っていました。

ところが意外なことに、どれもこれもみんな飽きたりダメだと思ってやめてしまい、夫が亡くなったころには趣味らしきものはすっかり無くなっていたのです。

兄嫁が俳句を楽しそうにやっている、というので、県内を拠点にしている俳句会の雑誌を2年間購読したりもしました。が、「私には才能がないから」と、けっきょく一回も投句せずに終わってしまいました。

ちゃんとしていないと気が済まないところがある「ねえちゃ」は、「みんながやるからやらなきゃ」とか「みんなと同じようにできないと」とった義務感のようなものが先に立って、「自分が好きだから下手でもなんでも楽しんで続けてる」というのは趣味ではなかったのかもしれません。

そんなに格式ばらなくても、好きなテレビ番組を見つけていつもチャンネルを合わせるようにして楽しむとか、庭で好きな花を育ててみるとか、そういうので十分なんだからと言っても、残念ながら最近は「興味を持つ」ということ自体がめんどうになってきているみたいです。

主治医

「ねえちゃ」は、お客さんが来たのでキャンセルした歯科医の予約を、きのうの午前10時半、ということで取り直しました。

ところが、前日までは行く気満々でいたのが、当日の朝、いつものように洗濯など済ませたのに、「何だか調子が悪いので行かない」と頑なに言い出し、またキャンセルしてしまいました。

風邪をひいたとか、熱があるとか、カラダのどこかが悪いとかいうわけではなく、外出しようと思うといつも「ねえちゃ」の中におとずれる、例の「お断り」のパターンのようです。

旅行や冠婚葬祭だけでなく、すぐ近くの歯科へ行くのも受け付けなくなってきた、というのは、ちょっとショックです。「ねえちゃ」は、カラダはすごく健康で、これまで、これといった病気にかかったことがありません。

だから年齢を重ねたいまでも、連れ合いが存命中にお世話になっていた街中の大きな病院へ3カ月に1度ほど、検査や高血圧の薬を処方してもらいに、タクシーで出かけるくらいです。

家から歩いて5、6分ほどのところに、歯科はもちろん内科や外科の医院がありますが、これまでほとんど行ったことがありません。健康に神経をとがらせ、ずっと元気できたので、お医者さん通いの必要がなかったのです。

逆にいうと、「主治医」といえるような先生が、残念ながら「ねえちゃ」には近くに居ないことになります。「病気」や「病院」というものにも、慣れていません。

カラダは元気でも、もの忘れやボケなどアタマのほうが気がかりな昨今、「ねえちゃ」に気軽に相談できる町医者の先生がいたら、随分と気持ちの持ちようが違っていただろうにと感じます。

宅食

5年前に亡くなった「ねえちゃ」の連れあいは、家の食事はすべて手作り、スーパーの出来合いの惣菜で夕食を済ますなんてことは絶対に許さない人でした。

一人暮らしになって作ってあげる人もいなくなり、もの忘れも多くなった「ねえちゃ」は、料理をするのがだんだん煩わしくなり、実際、出来なくなってきました。

そこで、近年はやりの「ワタミの宅食」の「おかず」を取ることにしました。その日の夕食を、土曜・日曜以外の毎日、正午ごろには届けてくれます。その日の夜、電子レンジで「チン」をして食べます。

たとえば昨日のメニューは、アジの塩焼き、イカとカボチャの天ぷら、切干大根のごまドレッシング、コンニャクとニンジンの白和え、ポテトの真砂和え、漬物でした。

毎日、ちがうメニューが届き、栄養バランスにも気が配られています。これだけの種類を一人分だけ作るのは面倒でお金もかかるので、経済的でもあります。

当初は「それくらい私が自分で作ったほうが」と受けいれようとしませんでしたが、最近はすっかり「宅食」の生活がハマッてきました。

「宅食」を持って来てくれるおねえさんともすっかり仲良くなって、しばしの世間話も、楽しみにしているようです。

みすゞ飴

「ねえちゃ」は、5人ほどの兄弟姉妹の末っ子です。「ほど」というのは、本人も本当のところ、何人だったかははっきりしないというのです。

すぐ上の姉とも11歳年が離れています。ですから、だいぶ前に亡くなった年長の兄たちよりも、むしろ、その子どもたちのほうが「ねえちゃ」の年齢に近いのです。

そんな兄弟たちの中で、この世に居るのは11歳年上の姉と「ねえちゃ」の2人だけになってしまいました。

そんな大切な姉のところを訪ねるとき、「ねえちゃ」が決まっておみやげに持っていくものがあります。「姉さまの好物の『みすゞ飴』」です。

f:id:mchise:20160225013642j:plain

「みすゞ飴」は、「真田丸」ですっかり有名になった長野県上田市にある飯島商店が生んだ、果物の果汁と寒天を水飴に加えたゼリー菓子。同商店のサイトによると「試行錯誤の上、明治の末に完成し」ていたのだそうです。

さすがに、伝統の一品。柔らかいけれど適度な弾力があり、アンズ、ぶどう、もも、りんごなど信州産の果汁の風味と独特の歯ごたえがシンクロして、なんともいえない味わいが醸し出されています。

いつごろ「好物」になったのか、いつごろから「おみやげ」にするようになったのかは定かでありません。でも「みすゞ飴」が、残された姉妹の絆に一役買っていることは確かなようです。

きのう「ねえちゃ」のおいが、家にあそびに来てくれることになりました。そこで「ねえちゃ」は、朝から「みすゞ飴」を求めて、近くのスーパーに出かけました。

1度目は肝心の「みすゞ飴」を買うのを忘れて帰ってきてしまいました。が、忘れたのを思い出してもう一度、スーパーへ。

「よかった。2個だけになってたけど残ってた」と嬉しそう。訪ねてくれたおいに無事、姉の好物のおみやげをたくしました。

松井潤
matsuijun@jg8.so-net.ne.jp
  • ライブドアブログ