4日ぶりにねえちゃの家を訪ねると、今週の月曜日に渡したはずの来週分の注文票が出てきました。これ渡したんじゃないの」と言っても、いつものように「わからない」というだけです。

そういえば玄関の前に生協のボックスがたくさん置いてあります。中が空であることからすると、生協の人がここへ置いていったのを、ねえちゃが冷蔵庫などに入れたことはどうも間違いなさそうです。

月曜日の午後1時までは私が居て、ねえちゃに「きょうは生協の日だからずっと家に居ること」と念を押しました。

生協に問い合わせると、玄関のベルを2回鳴らしても出なかったので外に置いていった、とのこと。ただし、いつもの担当者とは別の人が来たそうです。

果たして、ねえちゃが徘徊に出てしまって留守にしたため注文票を渡せなかったのか。それとも、居たのに寝ているかしてベルに気が付かなかったか。生協の人が居るかどうかの確認が不十分だったのか。

もちろん「記憶」というものが壊滅状態にあるねえちゃに聞いても無駄ですし、ですから、生協に文句を言う根拠も見つかりません。

注文票を渡してないので、いまやねえちゃの食生活の中心になっている生協からの来週一週間分の食料品が無いことになります。

それ以上に大きなショックなのは、ねえちゃのほとんど唯一の仕事だった、週一回、注文票と食品のやり取りをする作業もとうとう出来なくなってしまったのかな、という点です。