風呂を嫌うパソコンのパンツ

2017年03月23日

表札

ねえちゃの家の表札には、いまだに、6年前に亡くなった夫の名前が掲げられています。

なぜなのか? 命日さえすっかり忘れている昨今にあっては、どうも、夫のことが忘れられないから、というわけではなさそうです。

「一人で暮らしているんだから、町内会の人や郵便屋さんが戸惑わないように、自分の姓名をドンと掲げればいいじゃない」というと、それには大いに抵抗があるようです。

なにごとにつけても、男を立てて妻は目立たず貞淑であるべき、というのが、ねえちゃの中に深く根を下ろした美徳。女の名前を表札に出す、などということはあってはならない、と思っているようです。

夫が生きている間は、それなりにバランスを保った生きようができたのでしょうが、それだと、いざ片方がこの世からいなくなってしまうと困ってしまいます。

常に、連れ合いに怒られまい、嫌われまいと、その思いを忖度ながら生きて来た。そんな「主人」を失うことは、同時に「自分」を失うことだったのかもしれません。

玄関の表札を眺めていると、これまでのねえちゃの一途な人生とともに、やりたいことが何にもないと嘆く迷えるいまの姿が、二重写しになって浮かんできます。
 


harutoshura at 20:23│Comments(0)

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