ねえちゃの家には、6年前に連れ合いが亡くなりまで、ちゃんとした仏壇はありませんでした。檀家となっているお寺もなければ、特に信仰している宗派もありません。

ねえちゃの実家は代々、地元の臨済宗のお寺にお世話になっています。一方、連れ合いの実家はあまり訪ねることがなかったのでよく分かりませんが、浄土宗だったようです。

が、連れ合いはそうしたことを何も語っていかなかったので仕方なく、遺品の中に親鸞の本があったからという苦しい理由で、葬儀は浄土真宗の住職に“アルバイト”でお願いしました。

けれど、その後、浄土真宗の催しの案内が来ても、やさしい親鸞の本を渡してみても、ねえちゃはぜんぜん興味を示してくれません。

「死んだらどういう宗派で、お葬式をあげたらいいの?」とここ数年、事あるごとにたびたび聞くのですが、こたえは一向に返ってきません。「死」なんて、他人事でしかないようです。 

お寺との付き合いはまったくありませんが、神棚だけはずっと前から家にちゃんと置かれていて、ねえちゃは日々、ありがたそうに拝んでいます。

こうした信仰ぶりを見ているかぎりでは、お葬式は神さまにお願いするのがいちばん正直なのかな、という気になります。