Aokijima

認知症と生きる「ねえちゃ」の近況と、アルツハイマー病に関する覚書です

古い日付から

毎週、月曜日は、生協からねえちゃの一週間分の食料が届く日です。昼食後、パジャマから普段着に着替えるようにうながして、午後3時ごろ、受け取りをしました。

このところ毎週とうもろこしを頼んでいます。が、先日はゆでるのを忘れていて届いて5日後にゆでたら甘みがすっかり無くなってしまいました。

まずは「届いたとうもろこし5本を、きょう中にゆでてしまうこと」。それが、ねえちゃの差し迫った大仕事です。

認知症が進んできてねえちゃ。食欲は相変わらず旺盛ですが、消費期限や賞味期限にますます無頓着になってきました。

先週たのんだ煮物のおかずが、まだ冷蔵庫の中に少し残っています。パッケージを見て古い日付のものから順に食べていくこと。それが次の課題です。

準々決勝

日曜日、ねえちゃはいつものようにパジャマ姿で、ソファーに座ってぼんやりとしています。

これといって観たい番組があるわけではありませんが、このところテレビはたいてい高校野球にチャンネルが合わせてあります。

「野球のルール知ってるの?」と聞くと、「分らんけど、打って、守って、点数が多いほうが勝ちで……」

きょうは、甲子園大会でもっとも面白いといわれる準々決勝です。「ああ、仙台育英と広陵がやっているんだ?」。

少しは分かっているのか、どこか興味をひくところがあるのか。と思っていると、すぐにソファーでうとうと眠り込んでしまいました。

「相撲か何か……」

土曜日のデイサービスがはじまりました。きょうが何曜日かなんてほとんど眼中にないねえちゃは朝、ゴミ出しをした後、たまにある拒絶反応を起こすことなく無事に行って帰って来ました。

――きょうは何をしたの?
「ただ、ごろごろしていただけで、何やったか忘れちゃった」

――お風呂は入ったの?
「お風呂は入った、と思う」

――昼食は何が出たの?
「食べたことも忘れちまった」

――水曜日と何か違ってた?
「いや、何も変わったことは……」

と、いつも通りです。ただ、「相撲か何かいまやってるでしょ!」と、妙なことを繰り返して言います推し量るに、どうも、デイセンターかどこかで高校野球をテレビ観戦し、それが頭のどこかに残っていたようです。

契約

「要介護」になり、これから週2回、デイサービスセンターへ通う諸々について契約を交わすため、ケアマネ、理学療法士、相談員の女性3人がきょうの午後、ねえちゃの家へ来られました。

今週から水曜日と土曜日の週2回になるデイサービスですが、土曜日のほうは専門家の指導によるリハビリテーションや運動指導に力点が置かれるのだとか。水曜日は1階で、土曜日は3階と、場所も違うようです。

契約を交わすのに印鑑が必要だからとねえちゃに頼んでおいたのですが、何を思ったか用意していたのは亡き連れ合いの印ばかりです。とりあえず代用を探して押印した後、いつも使っているのを探し出すのにまた一苦労しました。

誰かが来ると調子よく言葉を弾ませるねえちゃですが、いつものようにすぐに何が何だかわからなくなってしまいます。誰かが来たことも、すぐに頭から消えてしまいます。でもまあ、とにかく、明日から新たなリハビリが始まります。

発見

七回忌で集まった家族が帰ってからここ数日、電話のたびにねえちゃは「血圧手帳がない。血圧手帳がない」と騒いでいました。

だれかが来て、ちょっと片づけをしたりすると必ず何か“行方不明”のものが出現するのは、いつものことです。

きょうの夕方、ねえちゃ宅へ行くと、まだ「血圧手帳がない」という“緊急事態”は、続いていました。

おそらくあのあたりにあるだろうな、と見当をつけているところがあります。ねえちゃの寝室の、あれこれ物置にしている卓袱台の上です。

衣類やら新聞やらが山になっているのを掘り起こしてみると、いつもメモに使っているノートといっしょに血圧手帳が出てきました。

「なんで東京にいる人のほうが、どこに何があるのか分かってるんだろう?」と不思議がりながら、行方不明になっていたあいだ日記帳につけていた血圧の数値を、出て来た血圧手帳に、うれしそうに書き写していました。

松商惜敗

甲子園の高校野球、2回戦に進んだ長野県代表の松商学園は、強豪、盛岡大付(岩手)に3―6でに敗れ、県勢8年ぶりのベスト16入りはなりませんでした。

高校野球なんかには当然、思いが及ぶまでもなく、ねえちゃはきょうは一日、デイサービスです。帰って来ると電話の声は高揚した感じで、すごく元気でした。

けれど、「きょうは昼食に何が出たの?」と聞くと「ん~。忘れた」。「風呂は入ったの?」「入った」。いつものように頭にかろうじて残っているのは風呂のことだけのようです。

デイサービスは今週から、水、土の週二回にする予定でいます。生活のリズムにうまくはまり込むといいのですが。

来たような気はするけど

夕方、ねえちゃのところへ電話をすると—―

「孫たちは、何時ごろ帰ったの?」「よくわからない」。

「来たことは覚えているの?」「言われてみれば、なんとなく来たような気はする」

「買い物に行ったりしたんじゃないの?」「う~ん!」

「孫たちの名前は覚えてる?」「それは、まだわかってるけど」

お盆の時期に、連れ合いの七回忌で久しぶりに家族が集まってずいぶんと喜んでいたねえちゃですが、いつものように超高速で、それらのほとんどは忘却の彼方へと消え去っていってしまったようです。

目下、気になってしょうがないのは、日記とともにもっともねえちゃが大切にしている血圧手帳がどこかへ行ってしまったことみたいです。

お盆

ねえちゃのお盆は、七回忌で長野へ来た次男の一家四人と墓参りに行ったり、みんなでそばを食べたりして過ごしました。あしたは帰ってしまうので、またちょっぴり寂しくなります。

ねえちゃは、自分を主張することがほとんどありません。だから、本音を知ることがものすごく大変です。

これからどうやって生きていきたいのか。認知症を抱え込んでしまったので、いつまでもあやふやにして置くわけにもいきません。

いろいろと話をして、いまの望みとしてはっきり言えることは、連れ合いと一生懸命働いて建てたいまの家に足腰の動く間は暮らしていたい。そして施設に移らざるを得なくなっても、生きているあいだは家を残しておきたい、ということのようです。

周りにいるものとしては、その線に沿って、やれることをこれからも一つ一つ積み重ねていくしかありません。

大喧嘩

みんなが集まったり、どこかへ行かなければならなくなったりすると、とたんにねえちゃは、どうしたらいいのか分からなくなって制御不能になってしまいます。

きのうも、私が風呂からあがってこれから寝ようかなと思っていた午前五時過ぎ、「みんな来るというのにお金がこれしかない。どうしたらいいんだろう」と、血相を変えています。

きのう、必要なお金は、それぞれに封筒に分けて入れて、段取りをきちんと決めて用意してありました。「ちゃんと準備してあるから、何にも考えないで大丈夫だから」と何度も何度も言っておいたのですが。

さすがに私も頭にきて、連休中だとというのに早朝からねえちゃと大喧嘩をしてしまいました。私は気が短いので、喧嘩となると、大声を浴びせかけるだけでなく、電話やラジオを投げつけたり、といったこともありました。

きのうはそこまでは行きませんでしたが、大声で怒鳴った瞬間、ねえちゃは凍り付いてしまったよな姿で呆然としていました。

それでも、何もかもすぐに忘れてしまうのが、認知症のありがたいところです。そんな喧嘩のことなんかすっかりと忘れしまって、家族みんなで七回忌できたことが感無量のようでした。

七回忌

きょうは、久しぶりに家族7人が顔をあわせて、ねえちゃの連れ合いの七回忌をやりました。

夫はこれといって信じる教えがあるわけではない無宗派で、6年前に遺書を残さずに逝ってしまいました。

葬儀屋さんに「どの宗派であげられますか?」と聞かれて困ってしまいましたが、生前、親鸞に関心をもっていたからということで浄土真宗の和尚さんにお願いすることにしました。

7回忌というには極めてささやかなものですが、みんなでいっしょにお寿司を食べて、「南無阿弥陀仏」を唱えて、仏壇の前で付き合いの長い順に手を合わせました。

「みんな来てくれて、うれしぃ。これでいつ逝ってもいい」と、ねえちゃは感無量のようでした。

集まったみんなが心配なのは、むしろ、ねえちゃのこれからのほうです。七回忌は、ねえちゃの現状やこれからを考えるうえでも、いい節目になったような気がします。

松井潤
matsuijun@jg8.so-net.ne.jp
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