Aokijima

認知症と生きる「ねえちゃ」の近況と、アルツハイマー病に関する記録です

飯田大火

「飯田大火」から、70年を迎えたという特集番組をやっていました。「あのとき街全体が焼け野原になった光景は、いまでも目に焼き付いている」とねえちゃはいいます。

飯田大火は、1947(昭和22)年4月20日午前11時48分ごろ発生。おりからの強風にあおられて延焼を重ね、約10時間ほど燃え続けました。飯田中心街の約7割、3742棟、48万平米を焼失。死者行方不明者3人、17,778人が罹災しました。

城下町として発展してきた飯田は京都の町割に倣って作られ、その通路幅は狭く、木造の建物が密集していました。それから、一斉に消火栓を開いたため水圧が低下し、警防団(消防団)による初期消火の失敗につながったことなどが大火につながった原因と考えられています。

この大火を教訓に、延焼を防げるように防火帯道路の緑地帯に、地元中学生によってりんごの木が植えられ、有名な「飯田りんご並木」として復興のシンボルとなりました。

ねえちゃの出身は飯田市近郊の下條村で、高校のときには飯田で暮らしていた経験もあります。大火のときはまだ小学生で下條にいたはずですが、なぜか飯田にいた高校生のときに間近で体験したような気がしているそうです。

妄想

「けさ、ねえさまから電話がかかってきて、むかしの近所の話をいろいろした」と、夕食のとき、ねえちゃがいいます。

着信記録を見ると、4月にかかってきたのは、息子からのほかは新聞店からかかって来た1件があるだけです。

最近はかかってきても、その用件どころか、電話があったこと自体も頭の中に入らずに消えてしまうので、近しい人たちも気を遣って電話をひかえてくれているようなところもあります。

実際には電話がないのに、「**さんから電話がかかってきて、**した」といった話をよくするようになりました。一種の妄想なのでしょう。

姉からの電話というのも、どうも、ずいぶん前にねえちゃのほうから電話したときの話が時間と場をとび越えて「きょうの出来事」になってしまったようです。

食欲だけは旺盛ですが、やりたいことは何もないといいます。84歳でデンマークへ渡ったというテレビのドキュメントを見ながら、「どうせ妄想するのなら、こういった大きな夢物語にしたら」と、つい口にしました。

買いもの

「きょうは、ししゃもを焼いて、ゆでだこ、それに冷凍まぐろの切り落としもあるから、夕食はなんにもしないで大丈夫」と昼過ぎ、ねえちゃに念を押しておきました。

ところが、夕方、何かを思いついたかのように布団から起き上がって、徘徊に出かけました。おまけに、スーパーに寄って5300円余りの食料品を買い込んで来ました。

自分のお金で欲しいものを買って来る、のではありますが、いつものように大半は、冷蔵庫の中にすでにあるものです。

たこは、すでに冷蔵庫の中に三パックあるのに、また買って来ました。バナナも二房あるのに、また二房。冷凍室には、まぐろの切り落としが三袋あるのに、また買って来た、というありさま。

家にないから買って来るのではなく、何が何だかぜんぜん状況判断ができずに、なんとなく買ってきてしまうのです。

食べたいものがあるから買いに行くんだったらいいけれど、家にあるものを次々新たに買いこんでくるだけなので、冷蔵庫に入りきらなくなって捨てるものが増えていくだけです。

いつものように「そんなに無駄づかいばかりしていると、施設に入るお金なんて残らなくなるよ」と諭しても、「はい、はい」とうなずくだけ。ポカンとしています。

山菜採り

きょうの夜、ねえちゃの家へどなたかが訪ねて来られました。

「どなた」と、ねえちゃに聞くと、「デイサービスでいっしょのの人」といいます。

「用件は?」と聞くと、「ふきのとうをいっしょに採りにいかないかって。あした何か予定があったけ」と、いいます。

「名前は何ていうひと?」と聞くと、「わからない」。「男の人なの、女の人なの?」と聞くと、「男の人」。

いろいろ聞いていくと、どうも、この間から再三、ふきのとうなどを届けてくれている男性のようです。

「どこへ採りに行くの?」。「どっか知らないけど、その辺」。

「ちょっと待って! 一人でも徘徊して帰って来れなくなることがあるのに、名前も忘れた、どこの家かも知らない人と山菜採りに行って、帰れなくなったらどうするの!」

というわけで、せっかくのおさそいでしたが、お断りすることにしました。

椿

眠っていないとき、ねえちゃは、窓から外をぽかんと眺めていることがよくあります。

庭らしい庭があるわけではありませんが、今年はチューリップに加えて、鉢植えの椿が十個ほど、赤い花を咲かせました。

「去年もおととしも咲かなかったので、うれしくて、うれしくて」と珍しく豊かな表情を浮かべています。

椿の名の由来は、厚みのある葉の意味で「あつば木」、つややかな葉の「艶葉木(つやばき)」、光沢のある葉の「光沢木(つやき)」などいろんな説があるそうです。

むかしむかし、八百歳の長寿を保ったという、若狭の八百比丘尼という人が、ツバキの枝を持って全国各地を巡り、雪国にも広めたのだとか。

椿というと、有名な河東碧梧桐の「赤い椿白い椿と落ちにけり」、飯田蛇笏の「御嶽の雲に真つ赤なおそ椿」などの句を思い出します。

高遠の桜

ねえちゃは、いままで観たなかでいちばんきれいだった桜は「高遠の桜」だとよくいいます。

郷里に近い伊那市高遠町の城址公園にある、タカトオコヒガンザクラです。

いまが満開、公園全体を美しい薄紅色に染める様子が、長野へ帰ると県内ニュースで盛んに流れていました。

かつて高遠藩の馬場にあった桜は、シーズンには花に隠れて馬の姿が見えなくなるほどだったそうです。

明治8(1875)年、荒れたままになっていた高遠城址を何とかしようと、旧藩士たちが馬場の桜を城址に植え替えたのが、公園の桜の始まりだったとか。

タカトオコヒガンザクラは、ソメイヨシノより少し小ぶりで赤みがある独特の味わいが感じられます。園内には約1500本もの桜の木があり、全国の「さくら名所100選」にも選ばれているそうです。

エストロゲン

アルツハイマー病は、男性よりも女性の方が発症する人が多く、とくに閉経後は発症者が増えるといわれています。

東邦大学の研究で最近、女性ホルモンの代表格であるエストロゲンと、さらには「痩せすぎ」と、アルツハイマー病とのあいだに関連があることが分かってきました。

アルツハイマーの女性患者の大脳前頭葉と、そうではない人の大脳前頭葉を比べたところ、女性患者の前頭葉白質組織ではエストロゲンの受け手である「ER-β」という受容体が少なかったそうです。

つまり、エストロゲンの働きの低下が、アルツハイマー病に関係している可能性があることがわかったわけです。

また、肥満度を示すBMI(体格指数)が高い人は、エストロゲン濃度が高い人が多い傾向にあることも明らかになったとか。

ダイエットしすぎて痩せすぎたりすると、脳内のエストロゲン濃度を維持できなくなり、アルツハイマー病にかかりやすくなる可能性があるということになります。

ねえちゃはこれまで、とくにダイエットに力を入れたことも、「痩せすぎ」だったということもなかったように思いますけれど。
 

メマリー

「まったくバカになっちゃって」と、ねえちゃは毎日のようにいいます。本人も、症状が進んで来ているという感じをなんとなく持っているようです。

アルツハイマー病は、いまのころお医者へ行っても治せない病。できるここといえば、薬を増やしてみることくらしかありません。

中等度から高度アルツハイマー型認知症の症状の進行を抑える「メマリー」という薬があるそうです。第一三共株式会社が2011年6月に発売した薬です。

認知症患者の脳内には異常なタンパク質がたまり、神経伝達物質であるグルタミン酸が過剰な状態になる。そのため、記憶のシグナルが妨害されて記憶が困難になってしまう、という考え方があります。

メマリーには、過剰なグルタミン酸の放出を抑え、結果的に脳神経細胞死を防ぐ働きがあるそうです。錠剤には、5mg、10mg、20mgの3種類があります。5mgから始めて1週間毎に増やしていくそうです。

腎臓の悪い人は薬の排泄が遅れがちで、用量に注意するなど慎重に用いるようにする必要があるそうです。この間ねえちゃが採血をしたのも、腎臓の状態を調べるためです。この薬にお世話になる必要があるかもしれません。

冷凍エビ

平日は毎日正午少し前に、夕食のおかず用の宅食がねえちゃの家まで届きます。

それに加えて、毎週月曜日の午後には、注文しておいた一週間分のおかずや惣菜、果物、漬物、お菓子などが生協から届きます。

最近は、これらのものを冷蔵庫に保存しておいて、逐次食べるので、スーパーへ行く必要がほとんどなくなってきました。

とはいえ日曜日は、宅食もなく、生協のおかずも残り少なくなっているので、やりくりがちょっぴり大変です。

ねえちゃの食欲はいっこうに衰えません。それも、好きなものからドンドン食べてしまうのでなおさらです。

でも今週は「ぜいたくなおかず」、まさに取って置きの冷凍エビを、日曜日のきょうまで残しておきました。

電話で「あのエビ、解凍して食べた?」と聞くと、なぜか涙声で「食べた!」と言っていました。

藤村詩集

ねえちゃには、「家に居てやることがない、ないと徘徊して回るくらいなら、ちょっとずつでいいから本を読んだらいいのに、人生変わるよ」とたびたび言います。

本人も「そうだね」と口には出しますが、日記など「書く」ことには興味をもっても、「読む」ことは以前から苦手だったようです。

むかしから、本を読んでる姿を目にしたことはあまりありません。ただ、もう何十年も前ですが「本屋へ行くけど、なんか読みたい本があればついでに買ってくるよ」というと、「島崎藤村の詩集を読みたい」と言ったことがあります。

たまたま、信州の文学の定番の本が口から出たのか。学生時代、国語とか、音楽とか、何かのきっかけで藤村詩に親しみを抱いたことがあったのか?。

そのときは、赤い表紙の新潮文庫の『藤村詩集』を買ってきた記憶があります。それをねえちゃが、読んだのかどうかは、定かではありません。

松井潤
matsuijunta@gmail.com
  • ライブドアブログ