Aokijima

「認知症」と「ねえちゃ」に関する覚書です

家の小さな庭に、燃えるような赤い花を咲かせていた曼殊沙華の開花が終わり、線形の細い葉を出し始めました。いよいよ秋も深まりを見せて来たようです。

きょうのねえちゃは、正午ごろワタミの宅食を、午後3時ごろ生協の宅配を受け取るいつもの月曜日のパターンです。が、何がワタミで、何が生協なのか、いまだによく理解できていません。

生協からの食料を受け取ると、どこか徘徊に出かけました。「どこへ行って来たの?」と聞いても、「いつものあの道を行って……」とよく覚えていません。

最寄りのスーパーは休み。とすると、と考えていると、近くのドラックストアのレシートが見つかりました。どうも、いろんなゴミ袋をたくさん買い込んで来たようです。

「買ってきたゴミ袋、どこへやったの?」と聞いても、きょとんとしています。買っては忘れ、また買って、の悪循環がまた心配になります。

きょうの日曜日、ねえちゃは、朝7時半から行なわれた近所の公園の清掃に出かけました。

高齢なので地域の清掃活動は免除されているようですが、「役には立たないだろうけど顔は出さないとね」とはりきって行きました。

つづいて9時からは、公民館で町会の会合がありました。なにか、地域のネットワークづくりについての話があったようです。

帰って来ると、どんな話があったのかすっかり忘れていましたが、会合で出た残りらしきお菓子を三つもち帰ってきていました。

きょうは、デイサービスの日。ねえちゃは、センターから、写真の入った半寿の賞状と記念の「孫の手」をいただいて来ました。

ねえちゃは満81歳。「半」の字が、「八十一」に分解できることから81歳を半寿というそうです。

賞状には「これからも今まで同様に大事な時を積み重ねて、更に自分らしくなっていって下さい」と、意味深いくだりが入っていました。

認知症をかかえる中で、どう「自分らしくなって」いけるのか。なかなか難しい課題です。

きょうは午後、かかりつけの神経外科へ行きました。

この夏に入ってから、ずっと血圧が高めな状態がつづいているので、高血圧の薬を変更することになりました。

これまで飲んでいたアテレック錠10mgをやめて、「ノルバスク錠5mg」を飲むことになりました。

ノルバスクは、血管の平滑筋にあるカルシウムチャネルの機能を阻害して、血管を拡張する働きをもつカルシウム拮抗剤の一つ。

細胞内へのカルシウムの流入を減少させることによって、冠血管や末梢血管を弛緩させ、血圧を下げたり、狭心症の発作をおこりにくくするそうです。

新しい薬のために、ピルケースの入れ替えをしなければなりません。

1週間ぶりにねえちゃの家を訪れたら「固定資産税納税通知書」というのが届いていました。封書には、信濃町の税務会計課税務係とあります。

どういう経緯で買った土地かは、ねえちゃは完全に忘れていますが、死んだ夫と買った土地であることはまだかろうじて記憶に残ってはいます。

課税地目は雑種地、課税地積395㎡とあります。評価額は年々下がっているので税額も下がってきてはいますが、価値も利用のあてもない土地で、税金だけ取られているというのもスッキリしません。

かといって、地方では、売れない土地や空家があふれているご時世。売ろうとしても、その手間や労力のほうが高くつきそうです。でも、認知症が進む中このまま放っておくというわけにもいきません。

因みに封書には、「ふるさと納税」や「失われた時間をとりもどす森林セラピー体験」なるものの案内も入っていました。

きょうは、デイサービスの日。週2回通うのにもすっかり慣れてきたようです。

「きょうは何をしたの?」「いつものこと、特別なことはなかった」

「お風呂は入ったの?」「入ったと思う」

「相撲は見てる?」「テレビをつけて、これから見る」

デイセンターへ出かけた日は、何となく快活な気持ちになるようでもあります。

いつの間にか大相撲秋場所は11日目。

期待の御嶽海は優勝争いの単独トップを走る大関豪栄道豪栄道に寄り切りで敗れ、5勝6敗と、負けが先行してしまいました。

認知症が進んできて、最近ねえちゃは、預貯金の管理や出し入れも思うようにならなくなって来ました。

不動産や預貯金など財産の管理、介護サービスや施設への入所に関する契約、さらには悪徳商法の被害にあわないようにするために、成年後見制度というのがあるそうです。

法定後見制度では、家庭裁判所によって選ばれた成年後見人が、本人の利益を考えながら本人を代理して契約などの法律行為をしたり、法律行為をするときに同意を与えたり、不利益な法律行為を取り消したりして本人を保護・支援してくれるとか。

お金のやり取りについては、ヘルパーさんにお願いするわけにはいきません。いまのところ私が何とかやっていますが、そろそろ専門家に入ってもらうことも考える必要がでてきそうです。

きょう記者会見があった豊田真由子衆院議員の秘書への暴言問題でも、差別的とも考えられる「痴呆」という言葉が使われたと話題になりました。

認知症は、一昔前までは痴呆症と呼ばれていました。しかし、2004年3月に日本老年医学会で「『痴呆』という言葉が差別的である」と問題提起されます。

これを受けて、同年6月から厚生労働省の用語検討会が設けられ、12月に法令用語を変更すべきだとの検討会報告書がまとめられて認知症を使用する旨の通知が厚労省から出されました。

たしかに「痴」には、愚かなこと、ばかげているなどの意味があり、「呆」も「呆ける」(ほうける)、「阿呆」(あほ)などと使われるなど、あまりいいニュアンスの言葉とは感じられません。

ただ、心理学や計算機科学など人間の知的機能のしくみを探る学問が認知科学という名前で定着していたりするので、使用されるようになって10年以上たついまも、私的には、ねえちゃの病気を認知症というのにはしっくり行かないものをどこかに感じています。

夕方、ねえちゃから電話がかかってきました。いまのところ、接近している台風の影響はたいしたことなさそうですが、「NTTから何か返せとかいうんだけどどうしたらいいのか」とトラブッています。

「電話が来たの?。郵送で来たの?」と聞くと、送られてきた書類を開けてみたら、どうもそんなふうに書いてあったようです。このあいだKDDIに切り替えた「ひかり」の件だと思われます。

ねえちゃは何が何だか判断できず、すぐどこかへやってしまうので、郵便物は封を切らずにそのままテーブルに置いておき、私が行ったときに処理するから、というふうにいい聞かせてあります。

ところがいつも、それを実行できず、手紙をひらいて放ったらかしにしています。

周りはいろいろ気を配っても、本人は認知症であることも忘れてしまうので、ハタから見ると自分だけは正常だと思っているように思えてカァッとくることがよくあります。

きょうはデイサービスの日。ねえちゃは、いつものようにやったことはほぼ忘れてしまいましたが、きょうちゃんとセンターへ行ったことは覚えているそうです。

センターへ持っていくカードに、体調や食欲などを聞く欄があります。体調や食欲には日によって若干の変化はありますが、睡眠についてはぐっすり良く眠れるとねえちゃはいつも答えます。

家に居るときは、昼間でも寝ていることが多いのに、それでも夜になればぐっすり眠ってトイレ以外は起きることがないといいます。

睡眠には浅い眠りのレム睡眠と、深い眠りのノンレム睡眠があって、眠りにつくとノンレム睡眠があらわれ、次にレム睡眠へと移行という具合に、90分ほどの周期で一晩に4~5回くり返されています。

オーストラリアのスウィンバーン工科大学の研究者らによると、夢を見やすい「レム睡眠の時間が短い高齢者」ほど、認知症を発症するリスクが高まることがわかったとか。

ねえちゃのように、夢を見ることもなくぐっすり眠れる高齢者は、意外に、認知症のリスクが高いということになるのです。

最寄りのスーパーマーケットが休業になったので、今週から生協の食料品の宅配をいつもより2割くらい多めに注文しています。

「冷蔵庫の中には、惣菜や飲み物、果物までいろいろ入っているので、なんとかなるはず。それでも食べ物が無くなったら、コンビニでおにぎりでも何でも買ってきな」とねえちゃに言っておきました。

「うん、うん」と聞きながらも、「おにぎりくらい、おばあさんでも作れるよ」と不満な様子です。確かにご飯が残ったりしたとき、ねえちゃは以前よくおにぎりを作っていました。そんなこと簡単だ、と思っているのでしょう。

けれど最近は、おにぎりをはじめ、味噌汁や納豆を作ることなど、あえて料理というほどでもない簡単なものさえ、作ることができなくなっています。

「それくらいできる」と思っているねえちゃの意識と、実際にやれることのギャップが、ますます開いてきているなと感じます。

週末に、いっしょに信濃町のコスモス園へ行こうという、同じデイサービスに通うかたからの誘い。

「行きたいの?、行きたくないの?」と聞いても、ねえちゃは「何が何だか分からない」といいます。「できないことは、断る勇気をもたないと」というと、分かったのか分からないのか一応「そうだね」と頷いてはいます。

けっきょく、きょうの午後、その男性が来られた際に「ちょっと行ける状態ではないので」とたしかに断ったといっていました。

ねえちゃは、いまは散歩に出掛けるのも、なかなか難しくなって来ているのですが、どこかへ行こうとかいう誘いを受けると何でも受け入れてしまいます。

しかし、それが親しい友人からだった場合でも、結局「何だったっけ」「どうしよう」「そんなの出来ない」と直前になってパニックを起こして、すっぽかしてしまったり、体がおかしくなったとひと騒ぎするのが常です。

それを本人もある程度は分かっているはずなのですが、記憶にとどまっていてはくれません。

きょうは、デイサービスの日。ねえちゃは、いつものように何をやったかはほとんど忘れてしまったようですが、朝出かけて、午後4時半ごろ送ってもらって帰って来ました。

帰ってから、デイサービスへ行くときいっしょになるという男性が家に来られたようです。男性からは最近また、ちょくちょく差し入れなどをしてもらって恐縮していたのですが、きょうは金曜日にでもコスモスを見に信濃町へ行かないか、というお誘いのようでした。

誘っていただけるのは有難いことなのですが、いまのねえちゃは、予定の日時どころかそういう話があったこと自体を、数分もすればほぼ完全に忘れてしまいます。そして、お誘いを受け入れても直前になって「とても行けない」とパニックを起こし、キャンセルして迷惑をかけるというのが常です。

家族としても責任上、名前も知らない連絡先も分からない人と、どこで何をするかもすぐに記憶から飛んでしまうねえちゃが遠出することを、「ああ、そうなの」と単純に許容するわけにもいきません。

夕方になるとそわそわして落ち着かなくなったり、気持ちが乱れて声を荒げたり、徘徊をはじめたりするのは、認知症患者にしばしばみられる現象で、「夕暮れ症候群」と呼ばれることもあるそうです。

そういえば、ねえちゃも徘徊に出かけるのはたいていは日暮れが近くなってからのことです。家から出ないようにしている最近も、夕方になると窓からカーテン越しに外を眺めては「静かで、誰も通らない」とぶつぶつ言っています。

夕方は、一家の食事の準備などで、主婦にとっては最も忙しい時間帯です。長年、家族の夕食を作ることを日課にしてきたねえちゃにしても、「こんなことしてられない」「何かしなくちゃ」と、自然に落ち着かない気持ちになってしまうのかもしれません。

夕暮れ症候群は、本人が何か好きなことをしていたり、夢中になっているときには起こりにくい、ともいわれています。けれど残念ながら、ねえちゃにとっては、やりたいことのないというのがまた悩みの種になっています。

ねえちゃの家の「ひかり」は、今年の初めから、あくびコミュニケーションズという会社の光アクセス回線サービスを利用していました。が、利用料がだいぶ安くなるというので、この夏「auひかり」に変えました。

ちょっと調べてみると、あくび社やその代理店の光サービスの販売勧誘活動について総務省からの行政指導があって、6月9日からセールスや新規申し込みの受付を自粛するようになったそうです。

考えてみれば、確かに、あくびの代理店の人は少々調子のいい感じはしましたが、私のほうも短気ですぐに怒鳴りつけたりするほうなので、強引すぎるという印象は特にありませんでした。

ただ、「auひかり」のほうがだいぶ安いし、違約金も払ってくれるというので、行政指導を受けてるところよりもいいかな、と思って変更しました。

きょう、違約金などに関するスタートサポートの書類をauに郵送しました。「auひかり」は、プロバイダーのso-netのサービスも含めて、いまのところなかなか快適です。

あくび社は、9月4日からサービス申込受付を再開したそうで、代理店からさっそく「今度は電気が安くなるサービスはどうですか」と電話がかかってきて、受けたねえちゃはドギマギしていました。

昨日行ったデイセンターからねえちゃがもらってきたカードには、「今日は、日付や季節の話、新聞読み合わせ、神経衰弱のゲームのリハビリを行いました。

サイトウ・キネン・フェスティバルの話に興味を持っていました」などとのコメントがありました。

このあいだ説明を受けたことですが、週2回のセンター通いのうち水曜日はデイサービス、土曜日はリハビリというふうに分けられかたちになります。

とはいえ、言われるままにやってみんな忘れてしまう当人にとっては、何がデイサービスで何がリハビリなのか皆目わかってはいないようですが。

「サイトウ・キネン・フェスティバルって何だか分かるの?」とねえちゃに聞いてみると、松本で毎夏、小澤さんという有名な指揮者がオーケストラを率いてやる催しといった認識はあるようです。

この音楽祭は、正式にはいまは「セイジ・オザワ 松本フェスティバル」と名前が変わり、サイトウ・キネンから数えるともう26回目になるのだそうです。

こんなに長く続いていれば、いくら物事に疎いねえちゃといえども、長野県人である以上は、知らないはずはないはないのでしょう。

きょうは、デイサービスの日。だいぶ出かけるのが習慣になってきたようで、「みんな忘れちゃったけど、いろいろやってきた」とけっこう嬉しそうに帰って来ました。

あしたから大相撲秋場所。白鵬、稀勢の里、鶴竜の3横綱が初日から休場するという異例な場所となりました。3横綱が初日から休場するのは記録が残る昭和以降、初めてだそうです。

長野県出身の御嶽海は、大関に次ぐ東関脇に就きました。ローカルのニュース番組では、3横綱が休場するなか、優勝や大関昇進の足掛かりなど御嶽海へのさらなる期待が盛んに伝えられています。

「このお相撲さん、木曽の人だよねえ」と、ねえちゃも何となく覚えてはいて、どこかに応援したい気持ちはもっているようです。

リニューアルのため来週から閉店となってしまう最寄りのスーパー「マツヤ」で、きょうまで20%引きのセールをやっていました。

そこで夕方、ねえちゃと買い物に出かけました。店の外装工事はもう始まっていて、商品の仕入れをしていないらしく、店の中の棚もガラガラです。

これで、月末まで閉まってしまうので、長持ちしそうな煮物や惣菜、果物、瓶詰、ふりかけ、饅頭、スナック菓子などをまとめて買ってきました。

閉店しているあいだは、生協の宅配の注文を多めにしたり、コンビニを利用したりして乗り切らなくてはなりません。

どこまで分かっているのかは知れませんが、ねえちゃにとってはけっこう不自由な日々がやってきます。

今朝、ねえちゃは、近所のおくさんの車に乗せてもらって、美容院へ行って来ました。最近では、月一回ほどの“恒例行事”になってきました。

「どこの美容院へ行ってきたの?」と聞いても、いつものように何がなんだかよくわかっていません。でも、「行った」ことは記憶に残っているようです。

夜、訪ねてみると、たしかに美容院に行っただけあって、きれいにセットされて、いくぶん若くなったように見えます。

日常生活のほとんどが銀行引き落しになっているので、ねえちゃが自分で現金を払うのは、いまは美容院くらいです。

本人がどこまで意識しているかはわかりませんが、美容院は、デイサービスとは違った意味での気分転換になってるように思われます。

ねえちゃは、ふつう午後9時前には寝て、朝5時ごろには起きて洗濯などにかかります。

昼間も寝てばかりいるので、ハタから見ると夜は眠れないのではと心配になるのですが、いまのところなんとか「良眠」を維持しています。

きょうは、デイサービスの日。前の夜は、眠れなくなるというところまでは行かないまでも「出掛けなければ」と気負うのか緊張感が高まるようです。

デイの日には毎回、朝8時前にお嫁さんが電話を入れます。寝ているのを起こすというよりも、きょうデイの日であること自覚させて、ちゃんと服を着させるのが目的です。

週2回になってもうすぐ1カ月。だいぶ慣れて来たようで、きょうも、送ってもらって家に着いた午後4時20分ごろ、「いま帰ってきた」と興奮気味に電話がありました。

この夏は長野も、前線や湿った空気の影響で曇りや雨の日が多かった半面、平均気温は高めで暑い日もつづいた感がしましたが、9月に入ってだいぶ秋らしくなってきました。

信濃町の黒姫高原の花園では、秋を告げるコスモスの花が咲き乱れ、いまが見ごろだそうです。今年は、レモンブライトとオレンジフレアという、黄やだいだい色の品種が新たに植えたに植え込まれたのだとか。

「どこか調子が悪いところない?」とねえちゃに聞くと、きょうも「アタマが悪い」と言います。「それは、お医者さんでも治せないんだから……」といつものように応じます。

それでも、ねえちゃは、夏バテにも、熱中症にもかかることなく、平穏無事に夏を乗り切ることができました。まずまずの夏だったな、と思います。

きょう月曜日は、生協から食料がまとめて届く日です。惣菜のほか、冷凍の魚などを適宜たのむようになったので、最近はほとんどスーパーへ行かずに済むようになってきました。

それでも、いざとなったときにねえちゃが生活を維持するうえで頼りにしているのが、歩いて5分ほどのスーパー「マツヤ(デリシア)」です。

が、このお店、店内のリニューアルのために、来週の11日から28日までの、けっこう長いあいだ休業するのだそうです。

このスーパーのほかで近くの店といえば、ファミリーマートくらいしかありません。でも、ねえちゃはコンビニの使い方がどうもよくわかっていません。

休業のあいだ、食べるものが不足してきたりしたらどうするか? ちょっぴり思案のしどころです。

テーブルの上にくっつけてある、ねえちゃのピルケースがきょうで空になるので、先週処方してもらってきた薬を詰め替えました。

100ショップで買ったピルケースには、15個のセルがあります。各セルに貼り付けてある日にちと曜日を書いたラベルを剥して、新しい日付のを貼ります。

そして、アルツハイマー剤のアリセプトとメマリーを1錠ずつと、高血圧薬のアテレック1錠の合わせて3錠を各セルに詰めていきます。けっこう手間のかかる作業です。

毎日寝る前にこれら3錠を飲んで、飲み終わったらピルケースの上に「きょうは飲んだ」と緑色のマジックで書いた段ボールの切れ端を載せておくことにしています。

認知症の症状は進んできている昨今ですが、このテーブル貼付けピルケースが功を奏して、いまのところ薬の飲み忘れはほとんどありません。この習慣がいつまで維持できるか。病気の進行状態を知る目安になりそうです。

きょうは、デイサービスの日です。ねえちゃは「通所リハビリテーション計画書」(控え)というのをもらってきました。

リハビリは、ただマニュアルに従うだけでなく、患者によって内容を変えていく必要があります。同じ病気にかかっても、からだの状態や体質、性格などによってやり方が異なってくるのです。

そのため、専門医の指導で、リハビリテーショ計画書なるものを作成する必要があるようです。

計画書によると、ねえちゃのリハビリテーションサービスは――

①「屋内外を安定して移動できる動作能力を維持し、日常の生活動作や簡単な家事が安全に行なえる」という課題に対する具体的支援内容として、「動作の安定性向上のための筋力強化、立位バランス~歩行練習、日常動作に即した動作練習の実施」する。

②「手作業などの活動や行事に参加しながら、他者との関わりや会話を楽しみ認知面を維持する」課題には、「認知面の維持を目的に、認知リハ実施や作業等の活動への参加を促す」となっています。

ねえちゃは先週から「米がなくなったから頼まなきゃ」と、気が気でありませんでした。

生協に頼んであるから大丈夫だからと言っても、すぐに忘れて米屋さんに電話しなきゃとイラついていました。

今週のはじめ、生協に頼んでおいた5キロ入りのコメが届いて、ねえちゃはやっと、ほっとしています。

頼んでおいたのは、宮崎のコシヒカリの新米です。

宮崎県では、温暖な気候を利用して、3月田植え、7下旬~8月初旬稲刈りという、超早場米コシヒカリの栽培が盛んです。

さすがは、新米。しっとりと、味わい深い。けれど、ねえちゃは、味についてはあまり興味がない様子です。

むしろ、米びつがいっぱいになったのが、嬉しくてたまらないようです。 

台風が接近しているようなので、予定を繰り上げてきょうの午後、行きつけの脳神経外科医へ出かけました。

血圧は上が130くらい。ねえちゃの体調に、とくに変化はありません。ケアマネの女性から預かって来た介護に関する書類も医師に渡しました。

そして、近くの薬局でいつものようにアルツハイマー2種と高血圧一つの薬を処方してもらい、くわえて、新しい血圧手帳ももらって来ました。

使い慣れているノバルティスファーマ社製の「わたしの血圧手帳(グラフ式)」です。

血圧手帳は「もうすぐ書くところが無くなってしまう」と、いまのねえちゃにとって最大の心配事でした。これで一安心のはずですが、新しいのをもらったこともすぐに忘れてしまっています。

きょうは、デイサービスの日です。出かける抵抗感はだいぶなくなったようですが、帰って来ると何をやって来たかは、ねえちゃの頭から、いつものようにほぼすっかり消え去っています。

「何かもらってきたものはあるの?」と聞くと、リュックサックを開けて、出て来たのは、つもの連絡カードや下着など。

思い出したかのように「お風呂へは入って来た。それから建物の中をふらぶら歩いて……」。

帰ってきてしばらくすると、デイサービスの送り向かえでいっしょだという、いつもの近所の男性が訪れました。

「何かいただいたの?」と聞くと、「なんだったんだろう」と冷蔵庫を開けてあれこれ探して、「これかな」と、紙袋に入った枝豆を出してきました。

北朝鮮がきょうの早朝、新型中距離弾道ミサイル「火星12」とみられる弾道ミサイル1発を北東方向に発射、日本列島を越えて北海道襟裳岬の東1180キロの太平洋上に落下しました。

政府が流したJアラート(全国瞬時警報システム)の発射情報の対象地域には、ねえちゃが住んでいる長野県も含まれていました。

ミサイル発射の情報を受けてJR東日本は、長野県を通る新幹線や在来線でも安全確認のため一時運転を見合わせたそうです。

ねえちゃの周りでもテレビ等で「ミサイル発射。ミサイル発射」の情報が流れていたはずですが、何のことだかサッパリ分からず気にもとめなかった模様です。

「ミサイルが落ちたらどうする?」と聞くと、「家へ落ちて死ねたら本望だ」と言います。

きょうは午後から「KDDI(au)ひかり」の回線工事でした。使用料がだいぶ安くなるというので、NTT
からKDDIに変えてみることにしました。

午後1~5時までと書いてあったので、午後1時からずっと持っていましたが、工事の人が来たのは3時半を過ぎてから。

少々文句を言いましたが、すまなさそうにしながら黙々と作業をしてくれました。私は機械オンチなのでWifiへの接続がうまくいかず、サポートに電話をするとなかなか親切に対応してくれて、無事開通できました。

ねえちゃは、インターネットは使えませんが、生協や宅配の注文などほぼすべてネットに依存しています。それに、だれか訪ねてくれば「Wifi」は必須となります。

ですからやはり、できるだけ安く、最低限のネット環境を整えておかなければ、ねえちゃと言えど生きてはいけません。

厚労省によると、2025年には65歳以上の5人に1人が認知症になると推計されるそうですが、近年、日本などアジアでは認知症患者が急増しているものの、欧米では認知症の有病率が減ったという研究結果が相次いでいるという新聞記事を読みました。

認知症と関係する生活習慣病の治療が進んだことに加えて、健康情報への関心や理解が深まり、自主的に認知症が起こるリスクを回避した生活をおくるように努めるようになった、つまり認知症教育の影響が大きいと考えられています。

教育環境という面では、日本も欧米にそう遅れをとるとは思われません。ねえちゃのデイサービスでのメニューを見ても、頭や体のトレーニング、食事など認知症対策にも、こと細かく配慮されていることがわかります。

一昔前までは、対処のしようがないと見られていたアルツハイマー病ですが、いまや何らかの効果が期待できる薬を併用して飲めるまでになりました。新たな医学の知見を少しずつ取り入れて試行錯誤を重ねていくことで、味わいのある認知症ライフをおくることが可能になるかもしれません。

きょうは、土曜のデイサービスの日。週2回行くのにも、だいぶ馴染んで来たようです。

「きょうは何をしたの?」とねえちゃに聞くと、いつものようにはっきり覚えているのはお風呂へ入ったことだけ。

ほかにはと重ねて聞くと、センターの周りを散歩した記憶は何となく残っているそうで「だいぶ涼しくなってきたので、気持ち良かった」。

連絡カードを見ると、昼食には豚の生姜焼きや大根の煮物などが出たようです。

「肉は嫌いなはずだけど、大丈夫だった?」と言うと、「ステーキのような厚いのではなく薄く切ってあったから食べられた」と、少し思い出したようでした。

苫小牧市できのう、81歳の女性が80歳の夫を足で踏みつけ死亡させるという事件が起こりました。

女性は認知症の夫を自宅で介護していたそうですが、5日前ごろから夫(80)の体を足で踏みつけるなどして死亡させたとして、傷害致死の疑いで逮捕されました。

容疑者の女性は「しんが強い人なのでかっとなったのかも」という近所の人の見方もあるといいます。また、容疑者のほうにも、認知症の疑いが見られるとのこと。

これからは、老々介護というに留まらず、認知症同士の介護というのも問題になる時代なのかもしれません。逮捕された女性は、ねえちゃと同い年。決して他人事ではありません。

高度のアルツハイマー型認知症になると、身体機能が低下して、寝たきりに近い状態になるといいます。

ねえちゃは、いまのところ、からだの機能が落ちてきたな、という徴候は感じられません。

でも、いつ突然からだに支障が出るかわからないので、お医者さんのすすめもあって、特別のことがない限り2階へは上がらないように言い聞かせています。

着替えや化粧道具などみんな一階へ下ろして、2階へ行く必要性も最低限にしたので、最近は二階へ上がろうとすることもほとんどなくなってきました。

ただし、そのぶん1階では、窓際のねえちゃの部屋を中心に、なにがどう置いてるのかわからないカオス状態が広がりつつあります。

きょうは、デイサービスの日。ねえちゃは、いつものようにお風呂へ入り、「なんだか忘れたけど弁当のようなものを食べて、ゴロゴロして」帰って来たそうです。

先週、お風呂からあがったとき、若干ふらついて血圧が一時的にだいぶ高くなったみたいですが、きょうは別に変わったことはなかった様子。

センターでやったことはすぐにみんな忘れてしまいますが、「来ていた人たちとベシャベシャしゃべれた」ことが、少しずつ愉しみとして感じつつあるようです。

長野県の小中学校の多くは、今日あるいは昨日から2学期がはじまったのだとか。週2のベースになった、ねえちゃのデイも「2学期」へと突入です。

岐阜県高山市の介護老人保健施設「それいゆ」で7月末から、入所中の80~90代の男女3人が死亡し、女性2人がけがで救急搬送されていたことが分かり、県警などが調べています。

ふだんはニュースにはあまり興味を持たないねえちゃですが、「え~。どうしたんだろ」と、これに関しては、他人事ではないようです。

亡くなった一人の女性(87)は7月下旬に入所して、今月12日に嘔吐するなど様子がおかしかったので救急搬送すると、肋骨が複数折れていて搬送先の病院で死亡したそうです。

ねえちゃは「どこか入れてくれる施設があるといいんだけど」と口癖のように言いますが、カラダのほうは思うように動くので、本音はまだまだ家に居たいと思っているようです。

こういう事件が起こると、施設に対する、なんとなくの抵抗感がより増していくことになるかもしれません。

毎週、月曜日は、生協からねえちゃの一週間分の食料が届く日です。昼食後、パジャマから普段着に着替えるようにうながして、午後3時ごろ、受け取りをしました。

このところ毎週とうもろこしを頼んでいます。が、先日はゆでるのを忘れていて届いて5日後にゆでたら甘みがすっかり無くなってしまいました。

まずは「届いたとうもろこし5本を、きょう中にゆでてしまうこと」。それが、ねえちゃの差し迫った大仕事です。

認知症が進んできてねえちゃ。食欲は相変わらず旺盛ですが、消費期限や賞味期限にますます無頓着になってきました。

先週たのんだ煮物のおかずが、まだ冷蔵庫の中に少し残っています。パッケージを見て古い日付のものから順に食べていくこと。それが次の課題です。

日曜日、ねえちゃはいつものようにパジャマ姿で、ソファーに座ってぼんやりとしています。

これといって観たい番組があるわけではありませんが、このところテレビはたいてい高校野球にチャンネルが合わせてあります。

「野球のルール知ってるの?」と聞くと、「分らんけど、打って、守って、点数が多いほうが勝ちで……」

きょうは、甲子園大会でもっとも面白いといわれる準々決勝です。「ああ、仙台育英と広陵がやっているんだ?」。

少しは分かっているのか、どこか興味をひくところがあるのか。と思っていると、すぐにソファーでうとうと眠り込んでしまいました。

土曜日のデイサービスがはじまりました。きょうが何曜日かなんてほとんど眼中にないねえちゃは朝、ゴミ出しをした後、たまにある拒絶反応を起こすことなく無事に行って帰って来ました。

――きょうは何をしたの?
「ただ、ごろごろしていただけで、何やったか忘れちゃった」

――お風呂は入ったの?
「お風呂は入った、と思う」

――昼食は何が出たの?
「食べたことも忘れちまった」

――水曜日と何か違ってた?
「いや、何も変わったことは……」

と、いつも通りです。ただ、「相撲か何かいまやってるでしょ!」と、妙なことを繰り返して言います推し量るに、どうも、デイセンターかどこかで高校野球をテレビ観戦し、それが頭のどこかに残っていたようです。

「要介護」になり、これから週2回、デイサービスセンターへ通う諸々について契約を交わすため、ケアマネ、理学療法士、相談員の女性3人がきょうの午後、ねえちゃの家へ来られました。

今週から水曜日と土曜日の週2回になるデイサービスですが、土曜日のほうは専門家の指導によるリハビリテーションや運動指導に力点が置かれるのだとか。水曜日は1階で、土曜日は3階と、場所も違うようです。

契約を交わすのに印鑑が必要だからとねえちゃに頼んでおいたのですが、何を思ったか用意していたのは亡き連れ合いの印ばかりです。とりあえず代用を探して押印した後、いつも使っているのを探し出すのにまた一苦労しました。

誰かが来ると調子よく言葉を弾ませるねえちゃですが、いつものようにすぐに何が何だかわからなくなってしまいます。誰かが来たことも、すぐに頭から消えてしまいます。でもまあ、とにかく、明日から新たなリハビリが始まります。

七回忌で集まった家族が帰ってからここ数日、電話のたびにねえちゃは「血圧手帳がない。血圧手帳がない」と騒いでいました。

だれかが来て、ちょっと片づけをしたりすると必ず何か“行方不明”のものが出現するのは、いつものことです。

きょうの夕方、ねえちゃ宅へ行くと、まだ「血圧手帳がない」という“緊急事態”は、続いていました。

おそらくあのあたりにあるだろうな、と見当をつけているところがあります。ねえちゃの寝室の、あれこれ物置にしている卓袱台の上です。

衣類やら新聞やらが山になっているのを掘り起こしてみると、いつもメモに使っているノートといっしょに血圧手帳が出てきました。

「なんで東京にいる人のほうが、どこに何があるのか分かってるんだろう?」と不思議がりながら、行方不明になっていたあいだ日記帳につけていた血圧の数値を、出て来た血圧手帳に、うれしそうに書き写していました。

甲子園の高校野球、2回戦に進んだ長野県代表の松商学園は、強豪、盛岡大付(岩手)に3―6でに敗れ、県勢8年ぶりのベスト16入りはなりませんでした。

高校野球なんかには当然、思いが及ぶまでもなく、ねえちゃはきょうは一日、デイサービスです。帰って来ると電話の声は高揚した感じで、すごく元気でした。

けれど、「きょうは昼食に何が出たの?」と聞くと「ん~。忘れた」。「風呂は入ったの?」「入った」。いつものように頭にかろうじて残っているのは風呂のことだけのようです。

デイサービスは今週から、水、土の週二回にする予定でいます。生活のリズムにうまくはまり込むといいのですが。

夕方、ねえちゃのところへ電話をすると—―

「孫たちは、何時ごろ帰ったの?」「よくわからない」。

「来たことは覚えているの?」「言われてみれば、なんとなく来たような気はする」

「買い物に行ったりしたんじゃないの?」「う~ん!」

「孫たちの名前は覚えてる?」「それは、まだわかってるけど」

お盆の時期に、連れ合いの七回忌で久しぶりに家族が集まってずいぶんと喜んでいたねえちゃですが、いつものように超高速で、それらのほとんどは忘却の彼方へと消え去っていってしまったようです。

目下、気になってしょうがないのは、日記とともにもっともねえちゃが大切にしている血圧手帳がどこかへ行ってしまったことみたいです。

ねえちゃのお盆は、七回忌で長野へ来た次男の一家四人と墓参りに行ったり、みんなでそばを食べたりして過ごしました。あしたは帰ってしまうので、またちょっぴり寂しくなります。

ねえちゃは、自分を主張することがほとんどありません。だから、本音を知ることがものすごく大変です。

これからどうやって生きていきたいのか。認知症を抱え込んでしまったので、いつまでもあやふやにして置くわけにもいきません。

いろいろと話をして、いまの望みとしてはっきり言えることは、連れ合いと一生懸命働いて建てたいまの家に足腰の動く間は暮らしていたい。そして施設に移らざるを得なくなっても、生きているあいだは家を残しておきたい、ということのようです。

周りにいるものとしては、その線に沿って、やれることをこれからも一つ一つ積み重ねていくしかありません。

みんなが集まったり、どこかへ行かなければならなくなったりすると、とたんにねえちゃは、どうしたらいいのか分からなくなって制御不能になってしまいます。

きのうも、私が風呂からあがってこれから寝ようかなと思っていた午前五時過ぎ、「みんな来るというのにお金がこれしかない。どうしたらいいんだろう」と、血相を変えています。

きのう、必要なお金は、それぞれに封筒に分けて入れて、段取りをきちんと決めて用意してありました。「ちゃんと準備してあるから、何にも考えないで大丈夫だから」と何度も何度も言っておいたのですが。

さすがに私も頭にきて、連休中だとというのに早朝からねえちゃと大喧嘩をしてしまいました。私は気が短いので、喧嘩となると、大声を浴びせかけるだけでなく、電話やラジオを投げつけたり、といったこともありました。

きのうはそこまでは行きませんでしたが、大声で怒鳴った瞬間、ねえちゃは凍り付いてしまったよな姿で呆然としていました。

それでも、何もかもすぐに忘れてしまうのが、認知症のありがたいところです。そんな喧嘩のことなんかすっかりと忘れしまって、家族みんなで七回忌できたことが感無量のようでした。

きょうは、久しぶりに家族7人が顔をあわせて、ねえちゃの連れ合いの七回忌をやりました。

夫はこれといって信じる教えがあるわけではない無宗派で、6年前に遺書を残さずに逝ってしまいました。

葬儀屋さんに「どの宗派であげられますか?」と聞かれて困ってしまいましたが、生前、親鸞に関心をもっていたからということで浄土真宗の和尚さんにお願いすることにしました。

7回忌というには極めてささやかなものですが、みんなでいっしょにお寿司を食べて、「南無阿弥陀仏」を唱えて、仏壇の前で付き合いの長い順に手を合わせました。

「みんな来てくれて、うれしぃ。これでいつ逝ってもいい」と、ねえちゃは感無量のようでした。

集まったみんなが心配なのは、むしろ、ねえちゃのこれからのほうです。七回忌は、ねえちゃの現状やこれからを考えるうえでも、いい節目になったような気がします。

カタチだけでも七回忌を、ということで連休中にみんなが集まる、ということで、ねえちゃは「何をしたらいいんだろう」といつものように焦ってしまったようで、朝早くから「何にもできない。どうしよう」といった電話をまた何度かしてきました。

夜、長野のねえちゃの家へ行ってみると「どうしていいんだか」と、メソメソしています。線香やろうそく、花、かんばなど最低限のものは準備しました。

「要は、土曜日のみんなで集まって、仏壇の前で手を合わせて、寿司でも食べるだけでいいんだから」となだめると、少しずつ気が休まって来たようです。

カラダを動かすことはふつうにできますが、アタマのほうは、いつまで私たちの顔と名前が一致するかも定かではありません。

「いざ」という時のために、これを機に、今後ねえちゃの暮らしをどういうふうに支えていくか、家をどうするか、さらにはお葬式やお墓のことまで、ある程度具体的に話すときが来ているようです。

今年で、ねえちゃの連れ合いが亡くなって6年になります。

七回忌というほど立派なことはできないけれど、この連休中に家族みんなで集まろう、ということにしています。

いつものように「なにがなんだかわからない」状態のねえちゃですが、みんな集まるなら何かしなきゃけない、と気が急いて仕方がないようです。

きょうも「どういう用意をしておけばいいんだろう」とイライラしや様子で、3回も4回も電話をかけてきました。

そのたびに「何もせずにいつものように寝ていればいいの」と言うのですが、いつものようにすぐに忘れてしまって、また気になって仕方がなくなるようです。

きょうは、デイサービスの日。ねえちゃは「いま帰ってきた」子どものように元気よく電話をかけてきました。

歳をとると子どもにかえる、とよく言われますが、認知症になると子ども以前に戻るような感じもします。

東京の気温は37度、長野も30度を超えて暑い一日でしたが、送り迎えつきのデイサービスは暑さ知らずです。

甲子園では、9年ぶり36度目出場の長野県代表、松商学園が毎回のように得点を重ねて土浦日大(茨城)に12―3で大勝、1回戦を突破しました。

2000年夏以来の甲子園勝利だそうです。そんなことを知ってか知らずか、ねえちゃの夏はすぎて行きます。

「きょうは、何日だったっけ?」。以前は、1日に何度も何度も、事あるごとに聞いてきました。

こちらもたまりかねて、私の使っているデジタル時計を居間のテーブルに置き、聞かれるたびに「これを見な!」と繰り返してきました。

それがようやく功を奏してきたのか、最近は「何日だったっけ?」をいう前に、この時計を覗き見るようになってきました。このあいだ、その時計の電池が無くなったと騒いでいました。

代わりの電池に使おうとしたのか、血圧計に入っていた単三電池を取り出してテーブルの上にバラバラと置いて、そのまま眠ってしまいました。

不思議なことに、時計はちゃんと動いています。テーブルにあった電池を入れ直すと血圧計のほうもちゃんと動きます。

ともかく、安売りの20本入り単三電池を買ってきて「時計でも血圧計でも無くなったらこれを入れること」と念を押しました。

週末に「長野びんずる」が開催されて賑わいを見せた、というニュースが流れていました。

職場や団体、趣味のサークルなどが、そろいの浴衣や法被、衣装をまとい、「そーれ」の掛け声に合わせて、しゃもじをたたき合ったりして躍ります。

「びんずる」は、善光寺に祀られている釈迦の弟子の1人「おびんずるさん」にちなんで名づけられたとか。

今年は47回目の今年は、一般の部228連、子どもの部19連の約1万1千人が参加したそうです。

「びんずる、あったんだって」というと、「そ~お」。ねえちゃもまだ、何のことなのかは、わかってはるようです。

長野市で暮らすようになった直後に「1回目」が開かれ、ねえちゃが勤めていた職場の人たちも躍っていたので、頭に残っているのでしょう。

街中から離れた昨今、観に行くことはほとんどなくなってしまいました。

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