Aokijima

認知症と生きる「ねえちゃ」の近況と、アルツハイマー病に関する記録です

負担軽減

最近、ねえちゃの食生活の多くは、月曜日に生協から届く食料品によっています。

ねえちゃは、カタログを読むことも、注文票を書くこともできないので、私が毎週記入していました。

けれど東京から長野へ行って、週に一度、注文票に書き込むのは、忙しいときなどなかなか大変です。

認知症が進んで、ねえちゃは注文票を渡すことも難しくなりつつあります。それで今回からネットでの注文に切り替えました。

商品の番号を打ち込めば、商品名がどんどん表示されるし、つぎつぎに合計金額が計算されます。注文メモもクリック一つでメールしてくれます。

こんなんだったら、もっと前からやっていれば良かったと後悔しています。

いずれにしても、いろんな工夫をしてこちらの負担を少しでも減らしていく努力が必要なときになっているな、と感じます。

雨に閉じ込められて

長野県内のきょうは、梅雨前線に向かって暖かく湿った空気が流れ込んで広い範囲で激しい雨が降り、土砂警戒情報も各地で出ました。

ですから雨に閉じ込められて、さすがにねえちゃも「知らない間にちょっと徘徊してスーパーへ寄って」というわけにもいかなかったようです。そういう意味では、恵みの雨です。

ねえちゃは、スーパーというところは、あれやこれやいろいろ買わないといけないところだと思っているようです。

「トウモロコシが食べたければトウモロコシだけ買っても、誰も文句は言わないから」といっても、けっきょくあれこれ不要なものを買ってきてしまいます。

今週は、生協の食品が来なかったのでちょっと心配でしたが、週の初めに私が買いだめして冷蔵庫に入れておいたものだけで、何とかもちそうです。

「冷蔵庫をゴソゴソ探せばいろいろ入ってるはず。それで明日を乗り切れば月曜日には生協からたくさん届くから」と電話でいうと、理解したのかどうかは分かりませんが、ねえちゃは明るい声で了解していました。

自分が食べたいもの

ねえちゃは、御菓子でも、果物でも、何かいただきものがあると必ず「まずはおじいさんに」と仏壇に供えます。

でも、供えたことをすぐに忘れてしまうので、そのまま傷んだり、カビが生えて食べられなくなることがしょっちゅうあります。

特別になもの以外は供えなくてもいいじゃない、といっても「まずはおじいさんに」と繰り返しています。

夕飯のおかずを、というと、亡くなって6年になり、料理ができなくなったいまでも「おじいさんの気に入るものを何か作らなければ」とイライラしていることがよくあります。

「おじいさんはもうずっと前に居なくなったんだから、自分で食べたいものを食べればいいの」といっても、「食べたいもの」を探しあぐねています。

タコとかトウモロコシとか、周りで見ているとねえちゃの好物はけっこうあるように思うのですが、長年「おじいさんの食べたいもの」ばかりを気にして、「自分が食べたいもの」を考えることがなかった“後遺症”なのかもしれません。

鈍感

25日朝、長野県南部で最大震度5強を観測したM5.6の地震以来、いまも余震がたびたび起きています。

震度5強を観測した王滝村では80代女性が自宅で落ちてきた物で頭を打ち、木曽町では60代女性が倒れてきたたんすに足を挟まれたそうです。

でも、ねえちゃは、25日からずっと県内で地震が頻発しているという認識はありません。

25日の朝、私は長野市のねえちゃ宅の2階に居て、ガタガタガタと家具などがきしむような揺れを感じて、一瞬緊張しました。少なくも震度2はあったと思います。

その後も、しばしば小さな揺れを感じています。 しかし、ねえちゃはぜんぜん感じななかったと平然としています。

認知症は、地震に関する感度も鈍くしてしまうのでしょうか。それとも、生まれつき鈍感だったのでしょうか。

帰って来ると元気

きょうは、ねえちゃのデイサービスの日です。

朝は「からだの調子が悪いから」と行きたがりませんでしたが、「センターにはお医者さんもいるから大丈夫」と電話でお嫁さんに励まされてやっと出かけました。

帰って来ると、声はすっかり明るくて元気です。アタマやカラダの体操など、みんなといっしょに何かやることにはそれなりに意義がありそうです。

ただし、これもいつものように、覚えているのはお風呂に入ったことだけで、昼食が何だったか、どんなことをやったかはほとんど忘れてしまっていました。

介護の変更申請を出したところ、さっそく調査員の人から電話をいただいて面接の日が決まりました。

デイサービスの日を増やして、昼間も家でずっとパジャマのままでで、起きたと思ったら徘徊するような生活を脱することができればいいなと思います。

関脇

14歳の藤井聡太四段が、歴代単独1位となる29連勝を達成したニュースをおさえて、ねえちゃが取っている信濃毎日新聞の1面トップは、御嶽海の関脇昇進でした。

長野県出身の新関脇は、1933(昭和8)年1月場所で西関脇に就いた高登(下伊那郡喬木村出身)以来、84年ぶりだそうです。

関脇は、江戸時代の大相撲初期からの長い歴史をもつ地位で、「大関の脇」をつとめる者、という意味が語源だとか。

近年では、「3場所続けて三役の地位にあり、その通算の勝ち星が33勝以上」というのが大関昇進の目安とされてます。待望の大関が、そこまで見えてきたわけです。

とはいえ、新聞は取っていてもめったに読むことのないねえちゃには、藤井くんや御嶽海の快挙はトンと頭の中には入っていきません。

介護保険変更申請

介護保険の変更認定の申請をきょう、近くにある市役所の支所に出しました。医師やケアマネのアドバイスをうけてのことです。

昨年の10月に初めて介護保険の認定(要支援1)を受けましたが、ねえちゃの認知症は、それでは対処できないところまで進行しています。

高血圧薬のほかに、アリセプト(5mg)さらにはメマリー(20mg)というアルツハイマーの2種類の薬を併用して飲むようになりました。

いまの医学の範囲でお医者さんが可能な治療はすべてやっていただけているな、と感じています。あとは、ケア態勢をどう整えていくかです。

デイサービスへ行く日にちを増やして、一日中家で寝ているのではなく、いろんな人と接する機会を少しでも増やすこと。

それから、現在ほぼすべて私がやっているねえちゃの食事や薬の管理を、少しずつ外部の人にも手伝ってもらえるようにしていくこと。

それらが、カラダは元気だけれど、アタマの病がどんどん進行しているねえちゃのいまの課題です。

買い出し

いま、ねえちゃの食生活で欠かせないのが、生協からの宅配です。

しかし先週は、生協の担当者に注文票を渡してないので、来週分の宅配はありません。

そこで、きょうの夕方、いっしょに最寄りのスーパーへ、来週の食料品の買い出しに行きました。

最近はスーパーへ行っても、自分で何が食べたくて、何を買う必要があるのか、さっぱり分からなくなって来ました。

ただ、なんとなく習慣で、トウモロコシやタコ類をカゴの中に入れていきます。

「自分で食べたいなと思うモノを買えばいいだけじゃない」といっても、それができないのが認知症の切ないところなのです。

コメ

昼ごろ寝床から起き出して来たねえちゃに「何か要るものある?」と聞くと、「そういえばおコメがない」といいます。きょうの分はもう炊いてあるので大丈夫なようですが。

いつもコメは、石油を注文している業者にいっしょに持って来てもらっています。ねえちゃはその業者が「土日だけどすぐに持って来てくれるだろうか」と、妙に悩みはじめました。

チンすればすぐに食べられる「サトウのごはん」もたくさんあります。そんなに悩むほどのこともないと思うのですが、ねえちゃは思いつめるとわけの分からない言動に走ることが最近はよくあります。

けっきょく「わざわざ業者に届けてもらうよりスーパーで買って来たほうがずっと安いから、NTTに振り込まなければならない用事もあるので、あとで寄って買って来るよ」といことになりました。

そのときは理解したはずですが、私が買いに出かけようとすると、ねえちゃは何を思ったか業者に注文の電話を掛けています。さすがに頭にきて「すぐに断れ……」と怒鳴りました。

いつものことですが、ねえちゃの行動に理屈は通用しません。最近は、やることなすこと混乱を招くようになってきました。血圧が上がらないように付き合うのは、けっこう骨が折れます。

トウモロコシ届く

きょうの朝、ねえちゃのおいのところから宅配便でトウモロコシが届きました。十数本入っています。

さっそく箱を開けたねえちゃは、ご近所に少し配ったり、たまたま訪れた電力会社の女性に「飯田からちょうど届いたんだけど一本どう」とお裾分けしたりしていました。

こういうことは、とても認知症とは思えないくらいさっさと調子よくやります。けれど、いつものようにすぐ、どこから来たものだったのか、どこへあげたのか、お礼の電話をしたのか忘れてしまっています。

「どこかへ持って行く前に、テーブルのノートにメモすること」と口うるさくいうのですが、もちろん頭の中にはありません。送信履歴を見ると掛けた記録はあるので、お礼の電話はしたようです。

トウモロコシは最近は、電子レンジでチンをして食べていますが、時間のセッティングの仕方を忘れたのか、うまくいかないと途中でやめて、鍋でゆで出しました。

塩を加えるのを忘れたようですが、なんとか茹で上がって、旬のトウモロコシを美味しくいただきました。

松井潤
matsuijun@jg8.so-net.ne.jp
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