Aokijima

認知症と生きる「ねえちゃ」の近況と、アルツハイマー病に関する覚書です

領収書ノート

最近「領収書ノート」というのを、ねえちゃは作りました。その日にスーパーでもらったレシートとか、新聞や宅食の領収書など、あれこれ張り付けておくノートです。

散歩の帰りなどに最寄りのスーパーに寄ると、ねえちゃは、パン、納豆、イチゴなど、いつもだいたい同じものを買って来るのが習慣になっています。

それで、食べずにまだ家にいっぱいあるのに、同じようなものをまた買ってきてしまって、台所や冷蔵庫がいっぱいになってしまうのです。

週に1度集金されることになっている宅食にしても、今週はお金を払ったのか払ってないのか、分かるらなくなってしまいます。

そういうのをちょっとでも防ぐことができればと、何を買ったか細かく明細が書かれたスーパーのレシートその他さまざまな領収書を、片っ端から1冊のノートに張っ付けておいて、きのう何を買ってきたのかとか、今週分のを払ったかどうかとかを確かめようというのです。

領収書を貼るのが習慣になってきたかな、と思うと、忘れる日がつづいてしまったり。いまのところ、このノートに効果があるかどうか、微妙な状態にあります。

きのう、ねえちゃに宅急便を送ってもらったはずなのに、いつもなら届いているはずのきょうになっても着きません。ノートに貼っておいてほしかった「荷物番号」が入った領収書も、どこかへ行ってしまって無いというので荷物がどこにあるのかの追跡もできません。ああ、困った!

 

長電話

ねえちゃの家にはめったに電話はありません。でも、保険の勧誘とか、健康機器の押し売りとか、政治家の後援会からとか、たまに知らない人からかかってきます。

5年前に亡くなったねえちゃの連れ合いは、すごく慎重で、こうした電話は一切受け付けないだけでなく、近親の私が「オレだけど……」など電話をしても問答無用で切ってしまいました。

ねえちゃの家の電話は、息子たちや親せきなど知り合いからかかって来ると、自動的に大きな声で「***さんから電話です」と鳴るようになっています。

「それ以外の、特に“非通知”や“0120”から始まる番号が電話に表示されたら絶対に出ちゃだめ」と、いつも言っています。

でも、いざ電話が来ると、ねえちゃは、そんなのぜんぜん忘れて、いちいちご丁寧に応対してしまいます。

きのうも、随分と長く電話をしているな、と思ったら「保険を変更しませんか」的な勧誘だったようです。

「なに話していたの?」と聞くと、「何言ってんのかさっぱり分からないけど、向こうが話しまくって止まらないんだもの。それに付き合ってた」とのん気にいいます。

それには、こちらのほうが妙に熱くなって、電話をかけてきた会社にあてて「ボケた年寄りをだますような電話をかけるな」と怒鳴りつけ、「迷惑」登録をして二度とかかって来ないように設定しました。

郷愁の家

親戚の結婚式で久しぶりに生まれ育った家のある村を訪れたせいか、ねえちゃは、ときおり実家にいるような気になって、あれこれ昔の話をします。

伊那谷の小さな村の農家に生まれ育ったねえちゃ。当時は10人近い大家族で、子どものころから農作業の手伝いや「お蚕さま」の世話に追われたそうです。

そのころ村では、中学を卒業したらたいていの人が、働きに出たり、嫁入りの準備をしたりしていたとか。「なのに、たいして頭も良くなかったのに、飯田市の高校に入れてもらえることになった」。

まだ、家に自動車などない時代。通学のため隣村にある国鉄の駅へ行くのに、歩いて50分くらいかかったといいます。「行きは下りだったからまだよかったけど、帰りは上り坂ばかりで大変。おばあちゃんが毎晩、提灯を持って迎えに来てくれて……」。

結婚して23歳で実家を離れたねえちゃですが、夏休みなどに息子たちを連れて毎年のように里帰りをしてきました。

懐かしい思い出がいっぱい詰まっている実家ですが、ずっと住んでいた兄嫁も昨年亡くなってしまいました。現在は、常時住んでいる人はいません。

「いまからでも懐かしい実家に戻って、残りの人生をそこで過ごしてみる気はないの?」と、ねえちゃに聞くと、

「近くに何もない山のなかの大きな一軒家。とても怖くて、この歳で住むことなんてできないわ。でも、あの家、これからどうなるんだろうね」と、気にかかっているようです。

キャベツの千切り

ねえちゃのお父さんは農業が本職でしたが、とても料理が上手で、包丁さばきは玄人はだしだったそうです。

平造り用、そぎ造り用などいろんな包丁を持っていて、村の人たちから結婚式の料理などを頼まれては出かけて行って、お造りの盛り合わせなどを作って喜ばれたといいます。

そんな血を受け継いだのか、ねえちゃも、魚のさばきなど料理はとても上手でした。

40歳のときから50代後半まで、大型スーパーの魚売り場で働いていました。

得意な包丁さばきで、刺身にして盛り合わせを作るのも重要な仕事。職場で一目置かれていたそうです。

ところが、夫が亡くなって作ってあげる人がいなくなったせいか、ここ数年、料理をしようという意欲も衰えてしまいました。

たまに魚を焼く程度で包丁を使うこともめっきり減って、台所には、研がずに、切れないままの包丁が並んでいます。

生協に注文しておいたキャベツが届いたので、「久々にむかしの腕前を見せてよ」と、ねえちゃに、きょうの夕食用にキャベツの千切りを頼みました。

「千切り」というより「短冊」気味のところもややありはしましたが、さすがに昔取った杵柄手、なかなかの手さばきでした。

 

八十二銀行

ねえちゃにとって、銀行といえば「八十二銀行」です。生まれ、育って、暮らしてきた長野県の代表的な地方銀行です。

ねえちゃが生まれる少し前の1931(昭和6)年に、六十三銀行と十九銀行が合併して「63+19=82」で、八十二銀行が出来たのだそうです。

長野県人であるからには、「信濃の国」を歌い、信濃毎日新聞を読んで、八十二銀行に預金する。「そういうものなんだ」と、ねえちゃも思っています。

家から歩いて5分ほどのところに、八十二銀行の支店が、郵便局と並んであります。

機械音痴のねえちゃですが、八十二のATMだけは、もの忘れがひどくなった昨今でもちゃんと使いこなしています。

5年前、連れ合いが亡くなったとき、今後のライフプランについて八十二銀行の最寄りの支店へ相談に行ったことがあります。

ねえちゃは決してお金持ちではありませんが、借金もありません。

担当の女性銀行員のかたが、資産や年金の話を親切に聞いてくれて、「これなら、ふつうに暮らしていくぶんにはいくら長生きしても心配ありませんよ」と太鼓判を押してくれました。

その言葉が、ねえちゃの生活の一つの拠り所になっているようです。きょうは「預金通帳の記帳をされたらいかがですか」と連絡をもらい、さっそく八十二へと出かけていきました。

日記の空白

ねえちゃは、きのうの結婚式への旅で、渡すのを忘れたお宅へのおみやげを「せっかくだから」とレターパックで郵送しました。

後は、やることもなく、いつものようにパジャマで一日中寝たり、起きたり。久しぶりの遠出で、少し疲れも出たようです。

夕食の後、日記帳を開けてみると、外泊したため珍しく2日つづけて空白ができています。

「どうしよう。きのうも、一昨日も、書いてない。何やってたかも思い出せない。書けない」と、とたんにあわて出しました。

「なに言ってんの。きのうは大イベントの結婚式に出たんだし、一昨日はお姉さんのところへ泊って、久しぶりにいっぱい話をしたんでしょ」

「そうだ、結婚式に出たんだった。その前の晩は、**へ泊って、いろいろ話したんだろうけど、なにを話したんだったか……」

というあたりからはじまって、また記憶の断片を一つ二つと拾い集めて、やっと、なんとか、日記の空白を埋め合わせるところまでたどり着けました。

「こんなに何もかも忘れちゃって、生きているって言えるんだろうか。本当に、もう、いやになっちゃう」と、自分が歯痒くてしかた無いようです。

でも、救いなのは、寝る前に風呂に浸かると、忘れてしまったということも、すっかり忘れてしまうこと。

そして、起きるとまた、カレンダーのメモ書きを見ながら「あれ、結婚式行ったんだったけ?」から、新たな一日がはじめられるのです。

祝!ご結婚

目標としてきた甥の長男の結婚式への出席をきょう、何とか無事に果たし終えることができて、ねえちゃは元気に自宅へ帰りつきました。

高速バスで、片道3時間近いところを往復するのは「記憶にないくらい久しぶりだった」とか。むかしに比べてかなり長く感じたようではありますが、疲れはそんなに無さそうです。

ところで、肝心の結婚式は、どうだったのか。聞いてみると、アレ、「**の結婚式だったんだよね。どんなだったか、思い出せない!」。

「そんなこと言わないで、落ち着いて、何でもいいから記憶に残っている断面を思い出して」というと、

「新郎が野球をやっていたころの仲間の人たちが、みんなで盛り上げていた。それから最後に代表して新郎の父があいさつしたのも覚えてる。特ににぎにぎしい演出もなくて良かったよ」

「カップルの様子は?」

「二人とも特別に派手なかっこうや振る舞いをするわけでもなく、すごく落ち着いていた」。

さらにあれこれ尋ねてみると、気分よく結婚式に参加することができて満足した、というのがねえちゃの偽りのない結論のようです。

今回の旅でおじゃました、ある親戚の家で、持って行ったおみやげを渡すのを忘れてきた以外は、ねえちゃのほうも、久々の遠出という目標をまずまず無難にクリアできたようです。

荷物運びの私のほうも、ホッ、としています。いろいろとお世話になったみなさま、本当にありがとうございました。

そして何よりも、ご結婚、おめでとうございます。お二人にとって真に「味わい深い人生」をともに築いていかれることを、心から祈っております。

買い占め

出席を目標にしてきた親戚の結婚式も、いよいよ明日になりました。ねえちゃの準備も、いよいよ大詰めです。

新郎は、先日説明した100年の歴史をもつ名菓「みすゞ飴」が好きな、ねえちゃの姉の孫にあたります。

「あとは、おみやげを買わなければ」と、ねえちゃは昨日の昼過ぎ、近くのお店に出かけて、みすゞ飴など何種か買ってきました。

その後、午後4時に予約の歯医者へ行ったついでに、また、そのお店に寄って、みすゞ飴。

帰ってきたかと思ったら「忘れてた」と言って、またまた出かけると、買い物のなかにみすゞ飴が混ざっています。

買ってきたおみやげを合計すると、なんと、みすゞ飴だけで7袋になっています。

そのお店にしてみればきのうは、ねえちゃによるみすゞ飴の買い占め状態だったわけです。

「みすゞ飴のおみやげが必要なのは一軒だけ。それに、目的は結婚式なんだから、みすゞ飴ばかり、こんなにいらないでしょう」

というわけで、持っていくみすゞ飴は、とりあえず3個ということになりました。

「ばかになっちゃって、こんなんじゃ、とっても行けない」と、こぼしながら、あれやこれやを繰り返しながらも、なんとか準備は整いつつあります。

 

服も決まって……

結婚式に出席するため「ねえちゃ」は、きのう、朝から、親しい近所の奥さんに車で美容院に連れて行ってもらいました。

二人でいっしょにカットをしたそうで、なかなかの出来栄えです。これなら結婚式でも恥ずかしくない。これで準備万端整ったかな、と思ったら、さにあらず、でした。

いつものように、直前になって不安が一斉に襲って来たらしく、「美容院には行ったけど、頭がおかしくて、とても行けそうにない。寝ているしかない」と弱音を吐きはじめたのです。

「もうバスに乗るだけじゃないか。切符も取ったし、あちらでも、いろいろ準備をしてくれているんだから、もう断れない。エイ・ヤーで、あれこれ考えず、とにかく行けばいいんだ」。

そんなふうにハッパをかけたのが少しは効いたのか、昼寝をして夕食の準備にかかるころになると、「行けない」とダダをこねたことも忘れて、ケロリとしています。

「結婚式で着るもの決まったの?」と聞くと、「だいぶ前に何かのおめでたい席で着たコレがあること思い出したの」と、お気に入りの真珠のネックレスといっしょに持って来て、二度、三度と得意げに見せてくれます。

どうやら前向きに方向転換してくれたのかな、とホッしたのもつかの間、今度は「これを、どうやって持って行こうか」などと、あれこれ悩みはじめます。最近の「ねえちゃ」は、躁とウツが常時行ったり来たりしているようで、なかなか「難解」です。

3日後

「ねえちゃ」が大目標にしていた親戚の結婚式が、いよいよ3日後に迫りました。

結婚式は、長野県南部にある飯田市で行われます。飯田は「ねえちゃ」が、下宿をしたりしながら“皆勤”で通い通した高校のある、思い出深いところです。

式場には、南アルプスの山並みを背景に、なつかしい飯田の町並みが見渡せる開放的なラウンジや、さまざまな演出をそなえた広々としたガーデンも備わっているとか。

飯田までは高速バスで、2時間40分くらいかかります。以前はバス旅行が大好きだった「ねえちゃ」ですが、外出することが少ない最近は、路線バスに乗ることも無くなってしまいました。

バス停に行くのにも、迷ってしまったり、帰ってこれなくなってしまうこともしばしばあります。

勝手知った飯田行きですが、最近の「ねえちゃ」にとっては、“やる気”をふるい起しての大変な作業になるのです。

高速バスの往復の切符も用意できました。懸案の美容院も、近所の人に助けてもらって、きょう行く予定になっています。「ねえちゃ」とその周辺にとって、ドキドキの3日間がはじまります。

松井潤
matsuijun@jg8.so-net.ne.jp
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