Aokijima

認知症と生きる「ねえちゃ」の近況と、アルツハイマー病に関する記録です

着た切りパジャマ

ねえちゃは毎朝、きちんと洗濯をしています。なのに最近は普段着と化しているパジャマをみると、腕や胸、お尻のあたりなどに汚れが染み込んで、いまにも臭って来そうです。

着た切りすずめで、清潔さとはほど遠い私ですら、さすがにその汚れが気になってきました。

「ずっとそのパジャマを着つづけてるけど、今年になってまだ洗濯してないんじゃないの?」

「そんなことはないと思うけど……。寝るときに着るだけだから、そんなに洗わなくてもと思って」

「寝るときに着るだけ」といっても、最近はデイサービスの水曜日以外は、もっぱら寝たり起きたりなので一日中“着た切りパジャマ”の状態です。

一日中パジャマで居るから、着替えるタイミングも、必要性も無いのです。パジャマが一着しかないというわけではありません。
 
昨年亡くなったお隣のおばあさんが着ないまま残していったからと頂いて「これで死ぬまでパジャマには不自由しない」と喜んでいたばかりです。

宅食や生協の受け取りも、最近はもっぱらパジャマ姿。「せっかく大きな洗濯機をまわすんだから、あしたは下着だけでなくてパジャマも放り込みな!」。

スブタとメンマ

夕飯、いつものように冷蔵庫からパックに入ったおかずを取り出して食べているので、「何を食べているの」と聞くと、ねえちゃは「何だかわからん」といいます。

「パックに書いてあるでしょ?」といっても、フタはどこかへやってしまって見当たりません。

ようやくゴミ箱から見つけ出してきた、いつか食べたパックのフタに「ピリ辛メンマ」とあったので、「食べてるのはピリ辛メンマだ」といい切ります。

ちょっと待って! いま箸をつけているパックに入っているのは、どう見てもメンマではなくて、スブタなのです。

いま実際にスブタを食べているのに、それが「メンマだ」と真顔で言う。びっくりして、テーブルにあるものを指さして「これは何」と聞いてみると、自信をもって答えられるのはたくあん漬けくらい。

「昼に何を食べた」と聞くと決まって「忘れちゃった」と答えます。ですから、すぐ忘れちゃうんだなと思っていました。

しかし実のところは、冷蔵庫にあるものを何それ構わず取り出して来ているだけで、食べているそのときも、何を食べているのか分かっていないのではないのか。

そもそも記憶にインプットされてないのだから、思い出せるはずはないのです。忘れるもなにもなく、「これを食べている」という意識ももはや持てなくなっているのか!

最近は、食べるのとお風呂に入るのだけが楽しみだというねえちゃだけに、ショッキングな発見でした。

染付陶器便器

夕飯を食べながらねえちゃとテレビを見ていたら、青と白の美しい装飾が施された染付陶器便器が登場して、思わず「懐かしい」と声をあげました。

江戸時代から、染付の器や藍染めの着物など青と白の装飾が人気だったようですが、明治に入ると、陶磁器製の便器にもこうした藍染風の装飾が施されるようになります。

中には、銘が入ったブランド便器まで登場したそうです。そんな芸術性の高いシロモノで用を足した経験はありませんが、子どものころ、花鳥や草木などの文様が入った染付便器をよく見かけた記憶は私にも残っています。

農村ではむかし、し尿を、農作物栽培のための肥料として使い、お金で取引されることもあったそうです。農家だったねえちゃの実家には和式便器のトイレが3カ所にあって、以前はやはり肥料として用いていたとか。

いまでは洋式トイレが主流になり、高機能のウォシュレットが世界的に有名です。が、染付陶器の古便器に見られた日本人の美意識も大切にしたなと感じます。
 

メイプルマフィン

きょうは、デイサービスの日。最近はすっかり習慣になって、それを楽しむというところまではまだいかないようですが、以前のような抵抗感は消えました。

以前、少し高めだった血圧も、きょうのセンターでの数値は、上128、下82と安定しています。

「きょうやったことで、何か覚えてることないの」と聞くと、

いつも返ってくる「お風呂へは入ったのは覚えている」だけでなく、「何言ったか忘れちゃったけど、みんなとガヤガヤしゃべった」という返事が加わりました。

また、「食べたもので何か記憶にあるものないの?」と聞くと、口の前に、親指、人差し指、中指を持って来て「こういうお菓子」といいます。

どうも、メニューにある「お米のメイプルマフィン」なるもののようです。

マフィン(muffin)は、カップケーキ型のような型を用いて焼く、甘くふんわりとしたケーキのようなパンのこと。パンは普通イーストを使いますが、ベーキングパウダーを用いてふくらませます。

メイプル(maple)は、もともとサトウカエデの樹液をいうそうですが、ここでは甘味料のメイプルシロップのことなのでしょう。

もちろん、ねえちゃは「マフィン」なんてシロモノ、なんだか知りもしません。でも、指で示す記憶にしても、あった、ということは一歩前進です。

逆時計まわり

きょうは、そろそろ薬も残り少なくなってきたので、かかりつけの脳神経外科へ行きました。道路に積もっていた雪もだいぶ融けかけて、散歩には最高の日和です。

ピンポイント天気予報で、晴れて、気温が高くなりそうな午後2時に、小路を曲がり曲がって歩き、いちばん近いだろう道を見いだしました。

医院では、三か月ぶりに認知症のテストをしました。

結果、先生が「ちょっと気になるな」といわれたのが、円の周りに時計の数字を書き込む作業ができなくなっていたこと。

迷いに迷ってねえちゃが1から12まで書き込んだのは「逆時計まわり」でした。「10時10分の針を入れて下さい」と言われても、うまく記入することはできませんでした。

いまは自信を持っているカラダのほうも、アルツハイマー型だと徐々に悪化していくそうです。階段の上り下りなど、留意していかなくてはなりません。

誰もいない

窓からぼんやり眺めていても、道をだれも通らなくなった。ちょっと散歩に出ても、誰とも会わない。

そんなふうに最近、ねえちゃは、周囲に人の気配がなくなったと言って妙に寂しがります。

「寒さの厳しい2月の真ん中なんだから、人が家から出て来ないのは当たり前じゃない」というと、

「それにしても、以前はそうでもなかった」といいます。

近年、近所の人たちの数がとくに減ったといったこともありませんし、実際はしばしば人の声も聞こえてきます。

夕方になると、近くの田んぼの脇道を不自由な体で毎日必ず、ゆっくり、ゆっくり歩いている老人がいます。

「散歩で、あの人に会うこともなくなったの?」と詳しく聞いてみると、ホントのところはよくすれ違って、あいさつを交わしているようです。

周囲の人たちが少なくなった、といういうよりも、ねえちゃ自身の気持ちの持ちようが変わったのかもしれないな、とも感じます。

「なにがなんだかわからなくて」と繰り返す日々の中で、誰ということもない“人恋しさ”が深まってkているせいなのかもしれません。

焦げ秋刀魚

きょうは日曜日でワタミの宅食もないので、生協に注文して随分前から冷凍してあった秋刀魚を焼いて食べようと、ねえちゃに久しぶりに料理をしてもらうことにしました。

料理といっても、冷凍秋刀魚をクッキングシートに乗っけて解凍して、解けたら塩をふって焼けばいいだけです。

ねえちゃはしばらく料理らしい料理をしていなかったので、「ここを開けて、スイッチはこれで」と、赤外線クッキンググリルの使い方を復習しました。

それから、容器が似ていて味の素と食塩をよく間違えるので、グリルの近くに食塩のビンだけを置いておきました。

秋刀魚を冷凍庫から出して夕方、私が少し外出すると、その間にもうねえちゃは秋刀魚を焼いていました。

ところが、テーブルの上に置いてある秋刀魚を見ると、全体が焦げあがって水分もなく硬直しています。

何を思ったのか、せっかく準備しておいたグリルを使うのを忘れて、フライパンで焼きまくったようです。

「あ~あ。久しぶりの焼き秋刀魚を楽しみにしてたのに!」と、ガックリ。かなりしつこく小言をならべました。
 

体温

ねえちゃは、毎晩、体温と血圧を測っています。体温のほうは大抵、35度台、今夜は35.5度でした。

体温は、周囲の温度と生命の体内で作られる熱エネルギーによって変化するそうです。

激しい活動をすれば多くの熱エネルギーが生じるので体温は上がり、逆に、活発な行動をするためにはある程度以上の体温が必要となります。

人の平熱は36度台で、37度以上だと高く、35度台になると低すぎると単純に思っていましたが、体重や身長と同じように体温も、年齢やライフスタイルによって個人差があります。

一般に、乳幼児では平均37℃台と高いものの、年を経るごとに少しずつ下がり、10歳くらいで落ち着きます。が、高齢になるとふたたび低下していくそうです。

乳幼児は、熱をたくさん産み出しますが、体温調節機能が十分に発達していないため、熱放散がうまくいかずに発熱しやすいとか。

逆に、高齢者は、熱産生が弱まり、体温調節機能も低下して体温を維持する力が弱くなるため体温が低くなるようです。

パジャマで寝てばかりいて、とても活発とはいえないねえちゃの生活ぶりからすると、35度台は低すぎるというわけではないのかもしれません。
 

お葬式パニック

亡くなったご近所の御主人のお通夜は今晩、お葬式は明日行われるようです。ねえちゃは、お葬式には出席しないという予定で、今朝、香典をお宅まで届けました。

ところが、その後、どういう話になったのか知りませんが、お葬式に出席される奥さんたちといっしょに、美容院へ連れていってもらったようです。

帰ってきてから「どうしたの、きれいになって。お葬式に行くことにしたの?」と聞くと、いつものように「何が何だか分からなくなっちゃって、どうしよう」と泣きだしそうです。

今朝、香典を届けたことも、自分が美容室へ行ったことももうすっかり忘れてしまっています。居間を見渡しても、きのう用意した香典袋らしきは見当たらないので、確かに届けたようです。

「お葬式に出ないからということで、前もってお宅に香典を届けてきたんでしょ」というと、「そうだよね」といいながらまた確信がもてず、また、ご近所へ確認に出かけました。

明日になるとまた、「あれ香典どうしたろ。お葬式、いかなくていいんだろうか」とパニックに陥るのは必定です。

ノートに明日の日付け(2月11日)を入れて「もう香典は届けた。お葬式は出ない」と大きな字で書き、テーブルの上に開いて置きました。

さて、明日はパニックにならず静かしていてくれるかどうか?

自治会

ねえちゃのまちの自治会には、26の組があります。そのうちの、11世帯で構成する第21組にねえちゃは所属しています。

最近、自治体へ入らない人が増えているといわれます。ここではそうした心配はないようですが、高齢化や病気で自治会活動に参加しようと思っても体や頭が付いていけないケースは増えているようです。

ねえちゃ自身も、最近は積極的に参加したくてもそれができなくなりつつあります。きょう、同じ自治会の10組の家の旦那さんが亡くなられたと、近くのかたに教えてもらいました。

ねえちゃは、そのかたの奥さんとは顔見知りですが、旦那さんのことはほとんど知らないそうです。組も違うので、ということで、あすの朝、ご自宅に香典を届ける、ということになりました。

お葬式に出席するのではないとはいえ、さすがにパジャマのまま出かけるというわけにはいきません。香典を緑色の包みに入れて、それなりの服も用意しました。

あした何とかやるべきことを思い出して、香典を無事とどけることができればいいのですが。
 
松井潤
matsuijunta@gmail.com
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