Aokijima

「認知症」と「ねえちゃ」に関する覚書です

きょうは、今年はじめてのデイサービス。昨年と同じように、お嫁さんに電話で起こしてもらって出かけました。

帰ってきて「新年だから、いつもとちがう行事とかあったんじゃないの?」と聞くと、「いつもと同じように、ゴロゴロしてきただけ」と、昨年同様、風呂に入ったこと以外はすっかり頭の中から消えてしまったようです。

年末に注文した市田柿の請求書が来たので、東京の私のほうで代わりに振り込みの手続きをしました。食事、コメ、灯油など、ねえちゃの生活のもろもろは、すべて私のほうでコントロールするしかなくなってきました。

冷蔵庫には、まだ食べ物はたっぷりありそうです。あしたから、ワタミの宅食もはじまります。「今年もよろしくお願いします」とはいいますが、いまが正月なのか何なのか判然としないままに、ねえちゃの新年は過ぎていきます。

認知症の患者数は2025年に700万人を突破し、65歳以上の5人に1人まで増えると推計されているそうです。

豊かな100歳時代のためには「健康寿命」をいかに延ばせるかにかかっていますが、その高いハードルになっているのが認知症なのでしょう。

ねえちゃのように、カラダは元気でも認知症が進んでくるととても「健康」とはいえません。「頭がヘンになっちゃって、死にたい」と再三いわれると周りのシンドさも深まります。

ねえちゃにとって今年は、そんなハードルをなんとか越えていく道筋を探り出さなければならない年になりそうです。

長野市も比較的いい天気のお正月のようですが、いつものように、年が替わったとか、年末年始にだれが来たとか、ぜんぜん頭から消えてしまっているようです。でも、明日からもうデイサービスが始まります。

周りにいる者としては、片っ端から忘れてしまっても、愉しいなと思う瞬間、瞬間が、少しでも多くなるような環境をつくってくことを心がけるしかないような気がしてます。

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

ひとり暮らしをする認知症のねえちゃについて、家族の共通理解の場になればと思いつきで始めたこのブログですが、早いもので3年目に入りました。

もともと長くつづけるつもりはなかったのですが、“家族+α”で若干の役割は果たしているようなので、もうしばらく書いていこうと思っています。

この3年のあいだに、病院を変えてアルツハイマー病の診断を受けたり、要支援、要介護の申請をしたり、デイサービスに通うようになったり、といろいろなことがありました。

そして今年は、グループホームへの入所を模索する年になりそうです。だれもが一度は経験するであろう試行錯誤がつづきます。

2017年ももうすぐ終わりです。ねえちゃは次男といっしょに年越しです。

ねえちゃにとっては今年も激動の1年でした。今年の夏には申請が認められて、これまでの要支援から要介護になりました。

そのため、デイサービスも、週1回から水と土の週2回になりました。最初は行くのを嫌がっていましたが、だいぶ慣れてきました。

アルツハイマーの薬も、1錠から2錠に増やしました。どの程度効いているかはよくわかりませんが、一昔前には考えられなかった、薬の併用によるせいいっぱいの治療を受けています。

けれど、銀行でのお金の引き出しができなくなったり、スーパーでの買い物が困難になったり、1分と記憶に留めることができなくなったりと、症状は確実に進んできているように思えます。

親身になってくださるお医者さん、ケアマネのかた、デイサービスのみなさん、なにかとご援助くださるご近所や親類縁者のかたがた、この1年たいへんお世話になりました。来年も、どうかよろしくお願いいたします。

ねえちゃは、きょうは年内最後のデイサービスです。4時半ごろ帰ってくるとすぐに東京へ電話をしてきてきました。

いつものように、何をしてきたかほとんど忘れてしまったようですが、「みんなとべちゃくちゃしゃべれて楽しかった」。

でも、電話を切ったかと思うと、すぐにまた「帰ってきたから」と電話。そしてまた、何分と経たないうちにねえちゃから同じことで電話がありました。

なんに対してこんな調子で、最近は秒単位でアタマから記憶が飛んでいきます。「帰ってきて、東京へ電話したと、すぐにノートへ書いて、何かするとき読むようにしないと」と、いつもの話になります。

デイサービスがあったので、今年最後の生協の配達は、玄関の前に置いて行ってもらいました。「生協の食べ物、冷蔵庫とかに入れた?」

「生協?この箱に入っていたんだろうか」と、それらしき形跡は認めたようでした。

今回の注文品の中には、ちょっとしたおせち料理のセットなど、正月料理らしきものもいくつか入れてあります。ねえちゃは次男といっしょに年越しです。

昼ごろ、ねえちゃから東京へ電話がかかって来ました。いつものように「どうしたの?」と聞くと、「灯油屋さんがお前の連絡先が知りたいと言ってきた」といいます。

「教えてやればいいじゃない」というと、「連絡先が分からない」といいます。「いまかけている番号が連絡先じゃない」と言っても、何がなんだかよくわからないようです。

灯油屋さんに電話をしてみると、たびたびねえちゃから灯油の注文の電話がかかってくるけれど、どうしたらいいか、ということでした。

詳しく聞くと、補給しなくても来月中旬まではもつそうですが、念のため、年内にいちど補給してもらうことにしました。

もはや、灯油があるかないかも判別できず、当然の如く、いつ注文したかどうかもわからなくなってしまいます。灯油はほとんど唯一、現金取引していますが、これも銀行引き落しにする必要もありそうです。

いまデイサービスに通っている医療法人から、グループホームのパンフレット6枚と、入居時に必要な持ち物リストなどを送ってもらいました。

ねえちゃの家の近くにも、けっこうたくさんあるようです。パンフレットの表紙には次のように書かれてました。

〈家庭での生活が困難になった中程度の認知症高齢者が、専門的職員の援助、介護を受けながら、小規模で家庭的な雰囲気のなかで、家事を含め協力して家庭生活に近い日常生活を送る場です。

これにより認知症の進行を遅らせるとともに可能な家事を行うことを通して残存能力を活用し、生活の自立を援助します。〉

グループホームの場合、どこか隔離された施設に入るというより、デイサービスの延長で、共同生活を通して認知症の進行を遅らせる場と考えたほうがよさそうです。

年明け早々にも、ねえちゃといっしょに面接を受けに行って、詳しいことを聞いてきたいと思います。

強い冬型の気圧配置となった影響で、長野市内は正午までに長野11センチ、この冬はじめてまとまった雪が降りました。

ねえちゃの家の近くの道路でも、朝からスリップした乗用車と幼稚園の送迎バスが衝突するなど事故が相次ぎました。

ねえちゃはデイサービスの日。出かける前にパジャマ姿で、家の前の雪をサッと掃いたそうですが「雪掻きをするほどではなかった」とか。

最近は、以前に比べると足の運びがままならないかなと思えることがしばしばあります。得意の雪掻きですが、大丈夫かなとちょっと心配です。

朝、親戚に注文していた市田柿が3箱、宅配でとどきました。白い粉をほどよく身にまとい、なかなか品のいい形をしています。

2箱はねえちゃが買ったもので、もう1箱は、実姉からのプレゼントです。さっそく、姉さまのところへ電話をしたら、デイサービスへ出かけて留守のようでした。

3箱のうち、1箱は家で食べて、1箱はお世話になっている近所の人たちに配り、残りの1箱は正月に次男が来たときのおみやげに渡す予定です。

ほかにお歳暮用に送ったものもあるのですが、どういういきさつでどこへ頼んで、だれに送ったのか、なんど説明してもねえちゃの頭の中には入らないようでした。

ねえちゃは、2004年から毎日日記をつけています。これまでに3年用の日記を3冊、そして2013年から今年まで5年用のを1冊。

あと1週間で、14年間4冊を使い切ります。ところが最近は、その瞬間に忘れていってしまうので、その日にあったことを書くということができなくなってしまいました。逆に、いつもメモをしていないと忘れてしまいます。日記を待っているゆとりはぜんぜんないのです。

そこで、日記帳は今年で終わりにして、来年からはいま使っているノートに何かあったらどんどん書いていくように習慣づけようと言い聞かせました。そうでもしないと、生きていけない切羽詰まった状況まで来ているように思われるからです。

ねえちゃは一応納得をしていましたが、14年間続けた日記をやめるのには抵抗があるみたいです。きのうの日記の最後に「日記は今年で終わりだって」と、なんとも無念そうに書いてありました。ねえちゃにとって日記が数少ない生き甲斐の一つなのでしょう。

そうとなると、しょうがない、と、きょうの昼前、近くのショッピングセンターへ行って今回は1年用の日記を買ってきました。大きさや厚さは5年用とほぼ同じです。2日で1ページ。単純に計算してこれまでより5倍のスペースがあることになります。

これならノートの代わりになります。「ノートだと思って朝から何かあったらすぐメモしていくこと。そうしないととても埋まらないよ!」。

「厚さが同じで1年で書かなきゃなんだ。いつまで書けるかな」。ねえちゃは、いま使っている日記帳と並べて、何度もうれしそうにページをめくっていました。

クリスマス。少しはいつもと違うものを食べようと、近くのスーパーへ行って巻き寿司、刺身、ローストチキン、ショートケーキ、それに鏡餅などを買って来ました。

これまではスーパーで買い物をすることくらいは出来たのですが、いまは何が何だか分からず私の服の後ろにつかまて店内をウロウロするだけです。

きのう、針が止まっちゃったと騒いでいたので、通信販売で注文しておいた腕時計も、ちょうど届きました。

ねえちゃはさっそく腕に巻いて、喜んでいます。つぎつぎなくしてしまうので安い時計にしましたが、それなりのには見えます。

きょうは、デイサービスの日。クリスマス前で、レクリエーションの時間が長びいたのか、ねえちゃはいつもより30分ほど遅く帰って来ました。

いつものようにお風呂へ入ったこと以外は何も覚えていません。

夜は、フィギュアスケート全日本選手権のテレビ中継を観ながら、冷蔵庫にまだかなり残っているおかずを温めて夕食。

「氷の上で、よくあんなことができるね」と、いつも通りの言葉を口に出しています。

「正月用に餅を注文しておく?」と聞くと「うん!」。最近は味噌汁も作れなくなってきていますが、雑煮を作って食べる意欲は十分あるようです。

きょうは朝早く、ねえちゃは、近所の奥さんに車に乗っけてもらって美容院へ行きました。その後、散歩にも連れて行ってもらいました。

このあいだ、年賀はがきを買ってきて「誰に出すのか決めて平仮名でいいからメモしといて」と言っておいたのですが、その後「もう出すのやめる」とダダをコネテいっこうにその気になってくれません。

しょうがないので、ねえちゃから誰に出したいか強引に聞き出して、パソコンで宛名を印刷しました。

あとは裏面の一言。ねえちゃは「困ったおばあさんです」とか「年賀は今年が最後になるかも」とかなんとかかんとか書いて17枚、忘れないうちにと投函することが出来ました。

何事にも消極的なねえちゃですが、もはや、年賀はがきを書くことにも著しい拒絶感を起すようになりました。もしかすると年賀状を出すのは、本当に今年が最後になるかもしれません。

ねえちゃの入っている生命保険は「要介護1」になると契約者の毎月の支払いが少なくなる有難いしくみになっているそうで、きょうの午後、保険会社のかたが二人来られて手続きをしました。

きのう市役所の支所で再発行してもらった要介護認定結果通知書のコピーを渡し、ねえちゃは一生けんめい説明を聞いて書類にサインしました。自分の名前はまだちゃんと書けます。後は、お医者さんの診断書がそろえば完了です。

東大教授だった数学者、藤沢利喜太郎(1861-1933)は、日本で初めて年齢別死亡率に基く保険料表を作り、生命保険会社の「契約者への利益配当」を提唱した人物としても知られています。

藤沢は生命保険の「本色」は「共済主義」にあると考え、一方で外国の保険会社には「土地も、人種もちがうのに死亡の比較をするのは至難」として、日本の保険事業の発展に期待をかけました。

藤沢はまた、日本の生命保険事業の究極の目的は「貧民の救済」にあるとも考えていました。できうれば「貧民」に加えて、ねえちゃのような「認知症高齢者」の救済にもつながる生命保険であってもらいたいものだと願っています。

ねえちゃが加入している生命保険会社のかたからきょう、「要介護」にともなう手続きのため「介護保険要介護認定結果通知書」なるものが必要、との連絡をいただきました。

これは何なんだ、と探してみましたがよく分かりません。だいたい送られてきた「介護保険証」自体を、ねえちゃはどっかへやってしまっていて、ようやく掘り出したという経緯がありました。

しかたがないので近くの市役所の支所に出向いてみると、そこでもよく分からないらしく「本所によると介護保険証といっしょに送られてきているもので、本所に行ってもらわないと再発行できない」といわれました。

それじゃあしょうがないと、家に帰って本所へ電話をしてみると、担当部署の職員の人に今度は、支所へ行って「介護係の**まで連絡を、と言ってほしい」と言われました。

短気な私はいつものように少々アタマに来ましたが、再度、支所へ出向いてその旨を話すと、恐縮した様子で本所とやり取りしてくれて、何とかその場での再発行ができました。

特に認知症の介護のシステムは、いろんな意味で過渡期にあるようです。私たちばかりでなく、制度も、国も、お役所も、民間会社も、何がなんだかわからない試行錯誤をそれぞれにしているのかな、という気がしています。

きょうの未明、まだ真暗な居間中に、ねえちゃが呆然と立っています。

そして、人生の最大の難事に遭遇したかのような顔つきで「銀行の通帳、どっかへやっちゃった」といいます。

すぐにどこかへやってしまうので私が預かっていることを何度も話しているのですが、思いついたように夜中に突然起きて、夢か、現か、騒ぎだすことがしばしばあります。

きのうは、近所の奥さんに散歩に連れて行ってもらったり、北海道に住んでいるお嫁さんのお母さんから電話をもらったり、いいことがいっぱいあって気持が落ち着いていた様子だったのですが。

いいことも悪い事もすぐに一掃されて、夜中になると突如、豹変してしまうことがしばしば起こるようになってきました。

手紙を投函したついでに、郵便局でねえちゃの年賀はがきを買って来ました。

イラスト付きのを10枚ずつ2種類、合わせて20枚です。片方のはほぼ絵で埋まり、もう一方の種類はちょっと書き込みのできるスペースがあります。

「はがきが値上がりしましたが、1月7日までの間に限り、52円で差し出すことができます。それ以降は10切手を貼らなければいけませんから気をつけて下さい」と局の人に言われました。

昨年までは私がパソコンで印刷していましたが、今年はイラスト付きのにしたのと、枚数も少ないので、宛名は手書きにすることにしました。

「一日一枚ずつでも書いていけば、まだ字はちゃんと書けんだと、みんなに分かってもらえるんじゃない!」

灯油価格の上昇が続いています。今年の夏よりも1割くらい高くなっているようで、本格的な冬場にかけて灯油価格はさらに上がると見られているとか。

ねえちゃの生活費はほとんど銀行口座からの引き落としになっていますが、灯油代や美容院代は別です。

10日ほど前に銀行から下ろして置いた現金が妙に少なくなっているので、「どこか買い物とかで使ったの?」と聞くと、「覚がない」といいます。

この間に美容院に行った形跡もありません。とすると、灯油かな、と思い当り聞いてみると「注文したかもしれないけど、買ってない」といいます。

へんだなと思って灯油さんに電話してみると、10日に給油したとのこと。ねえちゃがタンクをチェックすると「あ、いっぱい入っているワ」と驚いています。

領収書はどっかへやってしまっていましたが、お金がずいぶん減っていた主因は、どうも高騰を続ける灯油代のようです。

きょうはデイサービスの日です。「きょうは何をやってきたの?」と聞いても、「何したか忘れちまった」と、いつものように記憶は頭から飛んでしまっています。

が、リュックサックを開けてみると、小さなしめ飾りが出てきました。売り物にしてもおかしくなさそうな、なかなかちゃんとした出来栄えです。

「これ、きょう作ったの?」と聞くと、「う~ん。作ったんだね」と他人ごとのよう。はっきり思い出せないでいます。

それでも、なんとなく嬉しくなったようで、「飾ろうかな。まだ、ちょっと早いかな」と言いながら、玄関のほうへと持っていきました。

きょうはケアマネの女性が来られました。お金の管理やカギの管理、グループホームの話など、近々考えなければならないことの相談に乗ってもらいました。

グループホームは、同じような病気をかかえる高齢者が8人とか9人とかで暮らす施設。いまのねえちゃの状況からすれば、けっこう向いているようです。

いま通っているデイサービスセンターがやっているのをはじめ、市内だけでも数社が運営しているとのこと。出ていく人がいればすぐに入れるケースもあるとか。

ねえちゃはもう少しいまの家で住みたいようなのと、各社あたってみていちばん合っているところを選ぶのがベストなようなので、もう少し様子を見ながら検討していくことにしました。

きょうは一日、ねえちゃは入れ歯探し。まずは自分の部屋からと、着物やら新聞の広告やらであふれ返ったテーブルの上の片づけからはじめました。

が、すぐに自分が何をやっているのか忘れてしまっています。おまけに、入歯が無いこと自体も記憶から飛んでいまったようです。

そして「入れ歯見つかった?」と聞くと、「あれ、入れ歯がない。困った」とふり出しに戻ります。

家のあちこちを探しまわってみましたが、けっきょくきょうも見つからずじまい。

それでも、入れ歯がないというのが嘘であるかのように、夕食はいつものようにムシャムシャ食べます。

「別に無くても大丈夫じゃない?」と言うと、入れ歯の無いことを思い出したらしく「片方の歯で噛んでるから」とこたえました。

きょうは、デイサービスの日。マレットゴルフ大会の記念写真の入った額をもらってきました。

当人がどれくらいプレーに参加したのかは知りませんが、陽を浴びながら、前のほうにドンと座って写っています。

「きょうは何をやったの?」と聞いても、あい変わらず「みんな忘れちまった」。

どこかへ行ってしまった懸案の入れ歯のほうは、いまだに見つかっていません。

でも、こちらから「入れ歯あった」と聞かなければ、ふだんは入れ歯がないことも忘れてしまっているようです。

センターでも特に不自由だったというふうでもなさそうです。

きりっと寒いけれど、陽が射して気持ちがいい天気になったきょう、かかりつけの脳神経外科へ歩いて出かけました。

先生によると、認知症のテストをしたところ、数値的にはそんなに悪くはなっていないそうです。

お金や通帳の管理がうまくできなくなったりするなど症状が進んだなというところがある半面、デイサービスに嫌がらず行くようになったといった改善面も出てきました。

お医者さんの帰り、いつものスーパーに寄って、“タクシーを使わなかった分”程度の買い物をしました。

ちょうど出来上がった「焼き芋」が売り場に並んだところを見つけて、「これ、これ」とうれしそうなねえちゃ。まだ、アツアツのをリュックサックに入れて帰りました。

1週間ぶりに長野のねえちゃの家を訪ねると、「どっかへいっちゃった、どっかへいっちゃった」と右往左往しています。

何を探しているのかと聞くと、「入れ歯が無くなっちゃった」といいます。

いつも入れてある、洗浄のできるケースにも入っていません。「夢かなんか、2階のたんすのところに置いた気がする」と言うので見に行きましたが、やはりありません。

「バカだバカだ」と頭を叩きながら「どうしよう。どうしよう」と妙に切羽詰まった様子です。でも、入れ歯は左の奥なので、右の歯で噛めば食事にはそう大きな支障はありません。

「まっ、大掃除がてら片づけていればそのうち見つかるよ!」というと、うなずくはものの、やはり気になって仕方がないようです。

イギリスの大学の研究チームが、婚姻状態と認知症リスクの関連を分析したところ、配偶者と死別した人や未婚者は、既婚者より認知症リスクが高いことが分かったそうです。

2016年12月までに医学データベースに登録された15件の研究による80万例以上を対象に、婚姻状態や配偶者の有無と認知症の関連について調べたところ、認知症の発症リスクは未婚者42%、死別者20%と、いずれも既婚者よりも高かったそうです。

研究者たちは、結婚すると社会との関わりが増えるため、不健康な生活習慣や行動が減って認知症リスクが低下する一方で、死別者や離婚者はストレスが増えてリスクが高まる可能性があると見ているとか。

そういえば、ねえちゃも6年前に夫と死別してから一気に認知症が顕在化してきました。夫の面倒を見なくてもいいという意味ではストレスが減ったようにも思いますが、喪失感ややることのない寂しさはそれを上回るものがあったのかもしれません。

今年も親戚に「市田柿」を注文しました。長野県・高森町市田原産の、約600年前から栽培されているという渋柿で、いまでは和風ドライフルーツとして全国的に有名です。

11月中旬までに収穫・皮剥きをして1カ月くらい乾燥させ、天竜川から発生する朝霧が柿をゆっくりと熟させるとか。食物繊維も豊富に含まれています。

市田柿は、生柿に対する重量比で4分の1程度まで干し上げられ、きめ細かな白い粉に覆われて果肉はきれいなあめ色をしています。

もっちりとした食感と、糖度65~70%、何ともいえない上品な甘さが特徴です。ねえちゃは、お歳暮用やお正月の楽しみに今年は6箱注文しました。

ねえちゃの主要な食料銀源になっている生協の宅配は、私がネットで代りに注文しています。

紙で来るのと実質まったく同じカタログをネット上でめくりながら、ワンクリックで注文できるのでとても便利です。

困るのは「あれが食べたい」とか「来週はこれが欲しい」とか、注文主のほうにリクエストがまったくない(何かを選ぶ能力が衰えてしまった)点です。

しかたがないので、ねえちゃが食べたいと思うようなものを推し量って、私のほうで適当に注文票を埋めています。当然のごとくカタログに載っている食品にも、季節の色が繁栄されます。

ねえちゃが好きそうなので、富有柿、次郎柿、筆柿など柿をこのところ毎週注文してきましたが、最近だんだんカタログに載っている種類は減り、扱いも小さくなってきました。

いつのまにか、柿から干し柿のシーズンへと移りつつあるのです。

さっきまで話していたのに、ねえちゃからまた電話がかかってきたのでどうしたのかと思ったら、何やら「悲しいことがあって」といいます。

話を聞いてみると、むかし勤務先の同僚だった友だちが今年、お母さんと弟を両方亡くされて喪中のハガキが届いたのでいま電話をしたのだというのです。

ちょっと待て。その喪中ハガキとはいま届いたわけではなく、2週間も前に届いていたもの。その際、すでにその電話をしていたはずです。

でも、ねえちゃはそのハガキを目にするたびに、その日に来たものと思い込んで、ご不幸が重なったことのお見舞い電話を何度も繰り返しているようです。

悪気はないいつものこととはいえ、社会的なコミュニケーションの困難さをあらためて感じます。

きょうはデイサービスの日。だいぶ寒くなってきましたが、ねえちゃの気持ちは上り調子のようで元気に行ってきました。

一昨日、東京へ帰ろうとしていたとき「着るものが落っこちて来ちゃったから何とかして」と、泣きそうにしていました。

何かと思うと、窓際の隅っこで使っていた「つっぱりポール」が支え切れなくなって、吊るしてあった服やら何やらが崩れ落ちてしまったのです。

ぐるぐる回してなんとか「つっぱり」が効くようにポールを付け直しましたが、だいぶいかれてきたので、そろそろ取り換える必要がありそうです。

一方で、ねえちゃのほうも、あれこれ構わずやたらと吊るしておくようになったので、つっぱりポールのほうも耐えきれなくなりつつあったようです。

以前は、部屋の中がいつも片付いてないと気がすまないきれい好きのねえちゃでしたが、最近は、整理整頓はどうやってするかも分らなくなりつつあります。大掃除の季節到来なのですが。

「雪は降った?」と夜に入ってねえちゃのところに電話をすると、「降ってない」ときっぱり言いました。きのうより気分は上向きのようです。

冬型の気圧配置となって冷え込み、長野もいよいよ「雪の季節」に突入です。

「雪掻きはまだ大丈夫?」とねえちゃに聞くと、「大丈夫! 大丈夫!」と自信がありそうです。

アタマのほうの病気は相当に進んできた、という自覚は本人にもそれなりにあるようですが、足腰の衰えは周りで見ていてもあまり感じません。

雪が降ると、朝、隣近所の人たちが集まって来て雪掻きをする。それをけっこう楽しみにしているようです。

ねえちゃは、生きものが大好きです。夏には、田んぼの畦や茂みの中からぴょこぴょこ飛び出してくるカエルを手に乗っけて何やら話をしています。

これといって好きなテレビ番組はありませんが、日曜夜の「ダーウィンが来た!生きもの新伝説」だけはいつも興味深げに観ています。きのうの「マメハチドリ」もテレビにかじりついていました。

寒さが厳しくなって最近は、窓から外を眺めていても、ひとの声どころか動物の鳴き声もしないと心ぼそそうにしています。

きょうも朝から何やら寂しげですが、私が東京へ帰ろうと準備をしていた昼過ぎ、「きょうはメイちゃんの声がしてる」と涙を流さんばかりに感激しています。

「メイちゃん」というのは、お隣で飼っている室内犬です。最近、声がしないので、どうかしたんじゃないかと心配だったそうです。

今年も早いもので、もう師走。ねえちゃもカレンダーをめくって12月の予定を書き込みはじめました。

デイサービスセンターの「通信」には「休業日は31日から1月2日まで」とあります。ねえちゃが通っているのは水曜と土曜なので、これだと休業日の影響は受けず、今年は30日が最後、新年は3日がサービス初日ということになります。

周りにいる者としては、ちょうどありがたい感じです。年末までねえちゃの面倒を見て年越しは東京で、というのが最近の私のパターンですが、今年もそうできそうです。

センターでも「しめ縄飾り作り」やら、「年忘れのど自慢」やら、行事が目白押し。年賀状書きや大掃除もしなくてはなりません。ねえちゃもそれなりに忙しい師走となりそうです。

きょうはデイサービスの日。無事、行って帰ってきましたが、いつも置いておくところに銀行の通帳とカードが無くなっていることが判明しました。

いつものことですが、あちこち探し回ったところ、通帳はリュックサック、カードは携帯電話のケースから出てきました。

デイサービスでは通帳もカードも不要なはずなのにどうして持ち出したのか。もちろん本人も記憶にありません。通帳の管理、出し入れが限界のところに来ています。

夕食は冷凍の秋刀魚を焼きました。台所を探しまくってやっと大根おろしも出てきました。ねえちゃは、頭の先と骨だけをきれいに残して「おいしかった、おいしかった」と満足そうでした。

厚生労働省がきょう、今季のインフルエンザの流行が始まったと発表しました。平年より少し早いそうです。

季節性インフルエンザのウイルスには、A(H1N1)亜型、A(H3N2)亜型、2系統のB型の4つの種類があり、いずれも流行の可能性があります。

インフルエンザは普通のかぜと異なり、突然の38℃以上の「高熱」や、関節痛、筋肉痛、頭痛などの他、全身倦怠感、食欲不振などの「全身症状」が強く現れるのが特徴。

予防接種は抗体を作っておくことで、感染しても発症を抑えたり症状を軽くすることができます。ただ、ワクチンと流行のタイプが一致した場合、予防接種の有効率は健康な成人では70〜90%ありますが、65歳以上だと30~70%に下がるとか。

「えっ。今年はまだ予防接種してない。どうしよう」。とっくに注射はすんでいるのですが、ねえちゃはもうすっかり忘れています。

ねえちゃは、これを食べてたいとか、がんばってこの料理を作ってみたい、といったことはほとんどありませんが、食卓や冷蔵庫にあるものをただむしゃむしゃ食べています。

夕食は、毎日の宅食や冷蔵庫のおかずで、ご飯を二度、三度とおかわりするのが常です。食欲だけはいっこうに衰えを見せません。

一昨日おみやげで買ってきた「赤福」も、一箱ひとりで平らげて、きょうからは「おいしそうだね。寝床へ持っていって食べようか」と有機天津甘栗「楽笑栗」の袋を開けました。

赤い袋には「モンド・セレクション金賞受賞」とあります。「これ、むきやすいように皮が割れている。おいしいものが食べれて、幸せ、幸せ」と、けっこうご機嫌です。

「えっ、日馬富士引退。どうかしたんだろうか?」。デイサービスから帰って、午後7時からのニュースを見ながら、ねえちゃは大きな声をあげました。

「このところ毎日毎日テレビでやっている暴力事件のこと、知らなかったの?」

「えっ、何かあったんだ」と、事件については全く頭のなかに入っていないようですが、北朝鮮の新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)のニュースよりは関心がありそうです。

2001年1月の「安馬」という四股名で初土俵を踏んでころの映像をみながら「あんな細い体で横綱までがんばったのにね」と涙を浮かべていました。

きょう私は、8日ぶりに東京から、ねえちゃのいる長野へ行きました。

上野駅で「個数限定」ということで「赤福餅」を売っていたので、おみやげに買いました。

赤福餅はよく知られているように、餅を淡泊なこし餡でくるんだ三重県・伊勢名物の餡餅です。

創業は1707(宝永4)年。当時、爆発的に流行っていた伊勢神宮へのお参りを無事に済ませた人々と、幸福を喜びあおうという真心(赤心)で餅の接待に努めたのが、赤福餅の始まりだとか。

「伊勢参りには行ったの?」とねえちゃに聞くと、「おじいさんといっしょに行ったという記憶はあるけど……」。いつものように「おいしい」「おいしい」と言って、さっそく食べていました。

きょうは、生協の宅配サービス(コープデリ)の日です。夕方「生協とどいた」と電話でねえちゃに聞くと、いつものように「そんなの来てない」といいます。

台所を探してもらうと、いつもの青い箱はあるといいます。毎日と届けてくれているワタミの宅食のコールドボックスです。

冷蔵庫をのぞいてみると、おかずやミカンなど生協から来たものがいっぱい詰まっていることがわかって、いつものように「ごめん、ごめん」とくりかえしています。

コープデリは、東京、埼玉、千葉、茨城、栃木、長野、群馬、新潟の8都県で利用できるそうですが、私はいま東京とねえちゃの居る長野の両方で利用しています。

メニューのほとんどは共通していますが、信州そばや特選のもやしなど地域ならではの食品もあるようです。

日馬富士の貴ノ岩への暴行騒動で、本場所のことは忘れられがちな感がありましたが、白鵬が区切りの40度目の優勝で幕をとじました。

貴乃花とか日馬富士とかいっても、ねえちゃには、なんとなく分かる程度。父の貴ノ花と息子の貴乃花がごっちゃになっているようなところもあります。

もちろんモンゴル出身の貴ノ岩という関取のことは知りませんし、だれがだれに暴行をふるったかもあいまいです。

ところで、この九州場所で、長野県出身の東関脇、御嶽海の成績は、9勝6敗。今年の6場所すべてで勝ち越しを達成しました。「来年は大関」が現実味を帯びてきました。

半年で14回保護された認知症の母親が、外出を止めた息子の暴行で死亡するという事件が愛知県で起こりました。

60歳の息子が、母親の外出を止めようとしたが言うことを聞かなかったため、左下半身を足蹴りにした後、左側頭部を平手打ちするなどの暴行を加えた疑いがもたらているそうです。

86歳になる認知症の母親は、外に出て歩きまわり、この半年間で警察に14回も保護され、事件が起きた今月12日も外出しようとしていたそうです。

週刊誌によると、「うちに帰りたい」と近所の人たちに何度も話していたそうです。今年転居する前までずっと住んでいた「うち」に帰りたくて、外へ出たけれど途中で分からなって保護されることになっていたことが考えられるそうです。

認知症の人は、生活環境が変わると不安で不安でしょうがなくなるとか。だから当人にとって「転居」は、一大事なのだそうです。

「いま、帰ってった」と、きょうの昼過ぎ、ねえちゃからけっこう明るい声で電話がありました。

「だれが帰ったの?」と聞くと、埼玉県に住んでいる姪の名前をあげます。

「え~、いつ来たの?」と尋ねると「ひと晩泊っていった」といいます。「え~!」。昨晩は近所の人に花火に連れて行ってもらっていったはずで、お客さんが来たなんて言ってませんでした。

日記には、なんと、私と花火に行ったと書いてあるといいます。「え~!」。きのうは私は東京にいたので、いっしょに行けるはずはありません。

再度聞き直すと、姪はきょう来たかもしれないが、息子ふたりを連れて来て、ひじきの煮つけなどおかずをいろいろ作ってきてくれたといいます。

3人で来たのなら湯呑茶碗もたくさん使っただろうし、いただきものがあれば、冷蔵庫かどこかにに入っているはず。

でも、それらしき、が見当たらないので、ねえちゃは何が何だったのか、だんだん自信がなくなってきたようです。

現実と夢、昔のことと最近のことなど、頭の中でごちゃまぜになって収拾がつかなくなっているのでしょうか。最近では、こういうのがごく当たり前になりつつあります。

きょうの夕方、「花火に連れていってもらうことになったから出かける」と、電話がありました。

犀川べりで行われる、有名な「長野えびす講煙火大会」です。明治32(1899)年に始まり、今年はなんと第112回。

長野の煙火は江戸時代から盛んだったそうです。権堂の遊女屋が、遊客を誘うために煙火大会を催し、これが当たって近隣からたくさんの見物人が押しかけたそうです。

大正5(1916)年には、日本で最初の二尺玉を打上げて世間をアッと言わせ、昭和3(1928)年の30周年記念には、二尺玉七発をはじめ大玉早打ちが話題をまいたとか。

「冬の花火」の気分といったところか、最近のねえちゃは比較的安定した心もようでいるようです。

きょうはデイサービスの日。いつものようにやったことはみんな忘れていましたが、元気に行って来たようです。

昔の職場の同僚から、弟さんが亡くなったという喪中はがきが届いたので、久しぶりに電話をしてみたとねえちゃは少し興奮気味でした。

喪中はがきは、正式には「年賀欠礼状」と言って、喪中の期間のお正月に新年を喜ぶ挨拶を控えることを詫びるもの。

先方が年賀状の用意を始める前に手元に届くように、11月中か遅くも12月初旬頃には届くように出すのがマナーだそうです。

早いもので、いつの間にか今年も、そういう時期に入っているのです。

寒気の影響で長野県内も全域で冷え込んで、北部の山沿いと中野飯山地域を中心に雪が降り、平地でも雪が積もったところがありました。

トラックが凍った路面でスリップしてガードレールに衝突して追突するなど、雪や凍結した路面でのスリップ事故が相次ぎました。

雪国とはいっても、雪が降り始めるこの時節には、車のトラブルは避けられないようです。

ねえちゃの家には車がないので、2台分ある駐車スペースは雪掻きをしてまとめた雪の置き場になります。

今年も雪との付き合いがそろそろ始まります。

きょうは生協の食料品が届く日です。「生協とどいた?」と電話をしても、ねえちゃはいつものように「え~?」。冷蔵庫を確かめてみると、届いたものをもう自分で収納済みだったようです。

いざというときのため、昔みたいに使えるようになるようにと、最近は極力「携帯」に電話をすることしていますが、ねえちゃはまだなかなかうまくいきません。

固定電話だと受話器を取ればしゃべれますが、携帯だとボタンを押さなければしゃべれません。「らくらくホン」だと電話がかかって来たとき点灯しているボタンを押せば、いいだけなのですが、それすらなかなかうまくいかないのです。

「らくらくスマートフォン」に替えると「シニアはじめてスマホ割」といった特典もあるそうですが、とてもスマホどころではありません。

「何か、かわったことあった」と夕方ねえちゃに電話を掛けてみると、「いとこが二人来た」といいます。

このあいだ別の親戚とねえちゃが電話していたときに「二人が行くかもしれない」「それはうれしい。楽しみだ」と喜んでいるのを、傍らで耳にしました。

が、いつものようにねえちゃ自身はすぐに忘れてしまっています。「いとこ二人がわざわざ来てくれるなら、お茶菓子ぐらいは」と、この間、近くのスーパーへねえちゃと買いに行ってきたのでした。

「買ってきたお菓子、ちゃんと出した」と聞くと、「覚えてない。だけど、お菓子を何か持たせたような気がする」といいます。

まあ、何らかのかたちで買ってきておいた茶菓子が、役に立った模様ではあります。

きょうは、デイサービスの日です。センターに行っている間に、私は東京へ帰らなければならなかったので、ちゃんとカギを持って行ってもらわなくてはなりません。

ねえちゃが朝、カギを家に置いたまま出てしまうと、私が昼にカギをかけて東京へ帰ってしまうとセンターから帰って来ても入れなくなってしまうからです。

カギを忘れるだけでなく、玄関のカギ穴にカギを突っ込んだまま出かけてしまったりする“事件”が起ることもたまにあります。

何回も念を押したのがみのったのか、きょうは玄関のカギをかけ、鈴の付いたカギの音をひびかせながら出かけました。

そして、いつものようにデイサービスでやったことはすっかり忘れていましたが、気分よく帰って来たようです。

きょうの夕方、暗くなる前に、自宅近くのスーパーへ出かけました。最近のねえちゃは、一人で近所の店へ買い物に行くことも出来なくなりつつあります。

以前は毎日のように、ここのスーパーに通っていましたが、ここ2カ月以上行っていません。その間に店内がリニューアルされ、「マツヤ」だったのが「デリシア」へと店の名も完全に変更されました。

すでにもう、前の店舗の記憶が消えているので、店の中のどこがどう変わったかもまったく分かっていないようです。

お客さんが来てくれたときに出すお茶菓子を買うのと、食べるものが無くなったときなどイザというときスーパーに行って買い物ができるようにする練習でもあります。

新しい店の名前も、何とか頭の中にととどめて置いてもらいたいものです。

きょうの午前中、ねえちゃと同じデイサービスに通っているいつものおじいさんが、柿を5個とリンゴを4個を持ってきてくれました。

「余分にあってもしかたがないから」と、柿など、このところ毎週のように届けてくれるようです。

あいかわらず、おじいさんが何という名前なのか、どこに住んでいる人なのか、ねえちゃは知らないし、関心も示しません。

だれからいただいたか1秒後には忘れてしまうので、いつもテーブルの上に置いているノートにこの件を書かせました。

それでも何が何だったかすぐ忘れてしまうねえちゃですが、昼食後、さっそく、いただいた柿の皮をむいて食べたようです。

きょうは、デイサービスの日です。きのう書き込んだ、インフルエンザ予防接種の予診票の入ったリュックサックをしょって出かけました。

高齢者などはインフルエンザに感染すると、肺炎を併発して重症化することがあります。それで、ねえちゃもだいたい毎年、この時期に予防接種を受けています。

センターから帰って来たので「注射した?」と聞くと、「そんなこと、しやしないよ。別に変ったことなかった」と、いいます。いつものようのように、みんな頭から消え去ってしまったようです。

どれ、と服のそでをまくって見ると、左腕の上腕部に注射したことを示す小さい絆創膏がくっ付いていました。お風呂は入ってもいいそうですが、24時間は副反応に気を配る必要があります。

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