2018年10月30日

「死」の連絡

1906年4月9日、フランクフルト精神病院の研修医から、アルツハイマーに電話が掛かってきました。

彼は当時、クレペリンとともにミュンヘン王立精神病院へ移り、解剖学研究室を主宰していました。

電話は、「アウグステが昨日亡くなった」ことを告げるものでした。

アルツハイマーはかつての上司に、カルテの他、顕微鏡で調べるためにアウグステの脳を提供してほしいと頼みました。

彼は、比較的若いアウグステには、健忘症と病的嫉妬という症状の背後に、これまでに知られていない特異な病気があるのではないかと推測していたのです。

カルテ

こうして入手したカルテの一つ=写真=には、アルツハイマーの最後の署名のある、次にあげる1902年6月記載のものもありました。

「アウグステ・Dは診察しようとすると相変わらず拒否的で、泣き叫び、叩いたりする。彼女は不意に、しばしば数時間にわたり泣き続け、そのためベッドに押さえつけなければならない。食事に関しては、彼女は予め決められた食事をもはや摂ることができない。背中にはできものができている」

ていねいに紐で綴じられた濃紺の表紙には、

フランクフルト市立精神病院
アウグステ・D(旧姓H)に関する病歴
年齢:51歳
宗教:キリスト教改革派

1から12までの連番の欄には、項目として「入院」と「退院」が記載され、1番の入院の欄には「1901年11月25日」が、退院のところには定規で横線が引かれ、2番から12番までの欄はていねいに右上から左下にかけて車線で消されていました。


2018年10月29日

似ている

日曜日になるとねえちゃの頭に何らかのシグナルが起動するのか、いつも朝早くから電話がかかってきます。

きのうは、朝に加えて昼のお昼寝前、そしていつもの夜の就寝前と3回電話がありました。3回目のときに「いつも思うんだけど、あの若い子、似てるんだわ。ダイエーにアルバイトに来ていたんじゃないかと思うの」と少し興奮気味にいいます。

グループホームのスタッフの一人が、ねえちゃがむかし勤めていたスーパー「ダイエー」でアルバイトをしていた学生さんによく似ているというのです。

ねえちゃは長野店がオープンした1976(昭和51)年にダイエーに入り、その魚売り場で20年ほど働きました。退職して数年たった2000年末に、ダイエー長野店は閉店しています。

もし、ねえちゃといっしょに働いていたとすれば、それから少なくとも20年以上経っていることになります。とすると、仮にそのとき高校生アルバイトだったとしても、少なくとも現在40歳くらい。もはや「若い子」とはいえない年齢になりつつあるはずです。

「その人、40代くらい?」と聞くと、「えっ、そんな年になってるの!」と、ねえちゃはビックリ仰天しています。年月(時間)が経つ、という認識はねえちゃの頭から消えつつあり、あのときのまんまの姿が頭の中に映っているようです。

「気になるんだったら、それとなく聞いてみればいいじゃない。いまさらべつに、恥ずかしがってもしょうがないでしょ……」


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2018年10月28日

最後の診察

51歳のアウグステが、アルツハイマーの勤務するフランクフルト市立精神病院に入院したのは、1901年11月のこと。彼女のカルテにアルツハイマーが最後に記載したのは、1902年6月でした。半年あまりの付き合いだったことになります。最後のカルテには――

「アウグステ・Dは診察しようとすると相変わらず拒否的で、泣き叫び、叩いたりする。彼女は不意に、しばしば数時間にわたり泣き続け、そのためベッドに押さえつけなければならない。食事に関しては、彼女は予め決められた食事をもはや摂ることができない。背中にはできものができている」

また、二人の最後の会話は次のようなものだったそうです。

「こんにちは、Dさん」
「ああ、仕事がうまく行くようになさったら。私はもう喋れません」

クレペリン

あてもなくさまよったり、無計画に動きまわったり、大声で叫んだり嘆いたりといった彼女の落ち着きのない言動は、日増しに多く現れるようになっていました。グループホームで落ち着いて暮らしていられるねえちゃと比べると、アウグステは相当に重症になっていたようです。

アルツハイマーは1902年、著名な精神科医、エミール・クレペリン(1856-1926)=写真、wiki=の研究助手としてハイデルベルクの病院へ移っています。

アルツハイマーはこの年、38歳。前年の1901年には妻セシリーを病気で失っています。フランクフルトを去ってからも、熱心に診てきた患者アウグステのことを忘れることはありませんでした。


2018年10月27日

診察にならず

入院して3カ月後の1902年2月になるとアウグステは、絶えず落ち着かず、不安でどうしようもないという状態になっていました。

毎日のように反抗的な態度を取るので診察にならず、彼女はほとんど一日中、温浴室にいました。

寝室では寝入ることができず、自分のベッドを離れて他の患者のベッドに行って起こしてしまうため、夜はたいてい隔離室へ連れていかれました。

アウグステは長時間の徘徊ののち眠りに入りましたが、アルツハイマーは彼女がおかしな格好で寝ることに気づきました。

枕を自分体の上に載せて、掛け布団の上にうずくまった姿勢で横たわるといった具合に、寝具をまったく用途に合わない方法で用いていたのです。

たまに落ち着いていると鍵の掛かっていない開放病棟に移されましたが、回診が始まると担当医を途方に暮れた顔つきで迎え、「ああ、こんにちは、何でしょうか?」とか「何かご用ですか?」とかしか言いませんでした。

アウグステは自分が家にいて、お客を迎えていると信じていたのです。だから「夫はすぐ来ますから」というのですが、思い通りに運ばないのですぐに顔をそむけ、また徘徊したりするようになりました。

彼女を縛ろうとすると泣き始め、意味のない言葉を発して嘆き、憤懣をぶちまけました。栄養状態は良好でしたが、アルツハイマーと3カ月前にしていたような長い会話は、もはやできなくなっていました。


2018年10月26日

写真

診察をつづけていくうちにアルツハイマーは、アウグステと親密な関係を築くことができました。

やがて彼は、アウグステの症例が医学的にたいへん重要なものと気づき、病気の経過を詳しく記載しようと努めました。病院の写真係には、彼女の写真をたくさん撮ることを命じました。

1902年11月には、いま世界中で知られている印象的な写真()が撮られました。

Auguste

アウグステは少し腰を曲げて横を向いてベッドに座っています。髪は長く暗褐色で、顔の両側に巻き付くように垂れています。

顔は細めで、額と眼の下にしわが多く、鼻の周りのしわはくっきりとしています。彼女はボタンの付いた白いナイトウェアの病人服を着て、ぼんやり物思いにふけっているように見えます。

このときは落ち着いた、穏やかな気分だったのでしょうか、手入れが行き届いた指の長い手は、膝の上できちんと組まれています。

治療の計画は、アルツハイマーが自ら立てました。彼はアウグステに温泉療法をするように指示しています。

温かいお湯やぬるま湯に、数時間、あるいは数日にわたって入ることによって、患者の興奮状態を和らげる治療法を、アルツハイマーは研究していたのです。


2018年10月25日

入院

アウグステは、自分が聞いた会話の内容を自分のこととして受け取っていました。ただ、言語障害や麻痺のような症状は、まったく見られなかったといいます。

彼女は、しばしば死について語りました。朝方は興奮状態で震え、近所の家々のベルを鳴らしては、ものすごい音をたててドアを閉めました。

特に乱暴だったというわけではなかったようですが、入院する直前にアウグステは隠せるものをなんでも隠してしまったため、彼女の家は大混乱をきたしました。

こうして夫の手に負えなくなったアウグストは、1901年11月25日に入院し、アルツハイマーの診察を受けることになります。

ホームドクターからの紹介状には大きな字で次のように記されてたそうです。

「アウグステ・D婦人――鉄道書記官カール・D氏夫人、住所メールフェルダー・ラント通り――はかなり長期にわたり記憶力減退、被害妄想、不眠、不安感に悩まされております。患者はいかなる肉体的精神的労働にも対応できないものと思われます。彼女の状態(慢性脳麻痺)は当地の精神病院での加療を必要とします」


2018年10月24日

不信

さて、ここでまた世界ではじめてアルツハイマー病との診断がなされることになるアウグステの話にもどります。

夫の話によると、アウグステは1901年3月まではまったく普通だったといいます。それは、1901年3月18日のことでした。彼が隣人の女性と散歩に出かけたと突然アウグステが言い出したのです。

この全く理由のない言い草が、夫が最初に気付いた“異変”でした。この時点からアウグステは、夫とその女性に対して非常な不信感を抱くようになりました。

その直後に夫は、彼女の記憶力が低下したのに気がつきました。2カ月後の5月に、彼女は食事の用意をしている最中に大きな失敗を初めて体験して、落ち着きなく目的もなく部屋の中をあちこち動き回るようになりました。

そして彼女は、家事をおろそかにするようになります。彼女の症状は悪くなる一方で、家にやって来る荷馬車の御者が自分をどうにかしたいのだ、と言い張るようになっていきました。

アウグステほどではありませんが、思えば、ねえちゃも、これに似かよった“異変”が、短期間の間にあれこれ起こってきたように思われます。


2018年10月23日

愛車

きょうの午前中、半月ぶりにねえちゃのグループホームを訪れました。

白髪が少し増えて来たかな、という程度で、症状がとくに進んだなといった感じはありませんでした。いつものように「お前の顔はまだわかる」と頷いていました。

ねえちゃの家には、ボロボロになった自転車が1台あります。あるじが居たときは、この愛車を押して買い物に出かけるのが常でしたが、いまは野ざらしの状態です。

きのうの夜、宅急便を出すため、前と後ろのカゴに段ボールを載せてコンビニまで押して行きました。タイヤは両輪ともパンクしていましたが、まだ役にはたちました。




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2018年10月22日

7カ月

きょうの夜、半月ぶりにねえちゃの家を訪れました。釣瓶落としに日が暮れて、近くの田んぼも稲刈りはすっかり終わっていました。

郵便受けには、生命保険会社やかんぽ、地震保険などの控除証明書が入っていたくらいで、これといった手紙はありませんでした。

断っておいたのにときどき間違えて入っていることがしばしばあった新聞も、投函されることが無くなって来ました。ちらしも減ってきたように思います。

固定電話の留守番電話も、着信履歴も留守にしておいたあいだ何もありませんでした。

もちろん家の中には思い出の詰まったものが、まだいっぱい残っていますが、家を出て7カ月、ねえちゃにとって、生活上も、気持ちのうえでも、グループホームが“わが家”になってきています。



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2018年10月21日

カルテ

後に、アルツハイマー病と診断された最初の患者ということになるアウグステのカルテは、次のようになっていました。

カルテ番号:7139
姓:D、旧姓H
名:アウグステ
出生地:カッセル
郷里:プロイセン
現住所:フランクフルト・アム・マイン、メールフェルダー・ラント通り
生年月日:1950年5月16日
家族状況:既婚
宗教:キリスト教改革派
職業:鉄道書記官の妻

病型は「動脈硬化性脳萎縮」とされていましたが、記入に際しては疑問符が付されていたといいます。

当時、アルツハイマーは、脳血管壁の肥厚など動脈硬化性の変性が老年性の脳萎縮を招き、これによって老年痴呆が起こると考えていました。

ところが、アウグステのような初老期の50歳から60歳の間に、このような変化が起こるのだろうか、という疑問を抱いていたのです。

実際、数年前に診察したアウグストと似た患者の剖検や脳組織の検査では、脳の神経細胞の委縮は明白でしたが、動脈硬化性の血管病変はごく軽度に過ぎませんでした。


2018年10月20日

悪く思わないで

1901年12月初旬のこと、アルツハイマーがアウグステの部屋に入ったとき、彼女は不信感を抱いているように見えました。

会話の間ずっと、彼女は泣き出しそうな声を出し、答えるのに時間がかかりました。

「先生は私のことを悪く言っているでしょう?」

「どうして?」

「私たちにまったく借金がなかったと思うけど、分からないわ。ただちょっと興奮しているだけなの。私のことを悪く思わないでくださいね」。

また、アウグステが悲嘆にくれながらうろつきまわり、他の患者の顔につかみかかろうとした際にも、やってきた当直医に「ああ、ごめんなさい、先生」とあやまったうえで、「私のことを悪く思わないでくださいね」。

彼女は、何を悪く思わないで欲しいのかという質問には答えません。隔離され、個室にある寝具をごそごそいじくりまわしているときにも、自分のほうを見た医師に「先生、私のことを悪く思わないでくださいね」といいました。

アウグステは興奮してくると、なぜかしばしば、このように「私のことを悪く思わないでくださいね」という言葉を繰り返したといいます。


2018年10月19日

ここはどこ

初診から4日後の1901年11月30日、アウグステはたびたび病院のホールへ行って、他の患者の顔をつかんだり、叩いたりしました。

なぜ彼女がそうするのか、誰もわかりませんでした。彼女は隔離され、アルツハイマーは惑わされずに診察を続けました。

「気分はどうですか?」
「ここしばらくとても良かったです」
「ここはどこですか?」
「ここでもどこでも、ここでも今、私のことを悪く思わないでくださいね」
「ここはどこですか」
「そこに私たちはまだ住むと思います」
「あなたのベッドはどこですか?」 「どこになきゃいけないんですか」
「昨晩よく眠れましたか?」
「ええ、とても」……

この日、アウグステはずっと奇妙な振る舞いを続けました。そして彼女はアルツハイマーに「ここは先生の来るようなところではないのです」と、部屋かだ出ていくように指図しました。

そうかと思うと、彼女はまた、アルツハイマーを客人のように迎えて「どうぞ、椅子に掛けてください。今まで時間がなかったんです」とあいさつしました。

その後でまた、彼を隔離室から押し出し、小さな子どものように部屋の外に向かって大声で泣き叫びましました。

2018年10月18日

こんなじゃないのに

アルツハイマーは、アウグステの前に、歯ブラシ、パン、スプーン、ブラシ、コップ、ナイフ、フォーク、皿、財布、硬貨、葉巻、鍵などの物を並べて、目をつむって手触りで言い当てさせました。

彼女は苦もなくこれらを言い当てました。ただ、ブリキのコップをティー・スプーンのついたミルク・ピッチャーと間違えてしまいましたが、目を開けるとすぐコップと言い直しました。

書くことは相変わらずでした。「Frau Auguste D」と書くように言われると、「Frau」まで書いて後はまた忘れてしまいました。何回も繰り返して言って、やっと書き取ることができました。

書いているあいだ、彼女は「本当はこんなじゃないのに」と繰り返したといいます。ねえちゃもそうですが、本来の自分ではないという自覚はあったことになります。

また、読む方は、ある行から別の行に飛ばしてしまったり、ある行を5回も読んでしまったり、読んでいる内容を理解していないようだったそうです。 



2018年10月17日

隔離室

アウグステ・データーは、非常に静かな病院の隔離室に入れられました。

初診から3日後の1901年11月29日、アルツハイマーがそこへ入って行くと、彼女はベッドに横になってボーッとしていました。

――ご機嫌はいかがですか?

「いつもといっしょです。いったい誰が私をここへ連れてきたんですか?」

――ここはどこですか?

「さしあたっていま言ったようにお金がないんです。自分でも分からないわ、まったく分からないの、何ていうことなんでしょう、どうすりゃいいの?」

――お名前は?

「D・アウグステ夫人!」

――いつお生まれですか?

「1800え―と…」

――何年に生まれましたか?

「今年、いや去年」

――何年生まれですか?

「1800…分からない」。

きのう見たように実際には、アウグステは1850年5月16日生まれでした。ねえちゃとのやり取りとどこか似たところがあるように思われました。


2018年10月16日

アウグステ

フランクフルト・アム・マインの市立精神病院で医長をしていたアロイス・アルツハイマーが、初めてアウグステ・データー (Auguste Deter) の診察をしたのは1901年11月26日のことでした。

アウグスト
*Auguste D, June 18, 1902

昼食にアウグステはカリフラワーと豚肉を食べていました。しかし、アルツハイマーが「何を食べていますか?」と聞くと、「ほうれん草」と言って彼女は肉を噛んでいます。

「今何を食べていますか?」と聞くと、「初めにじゃがいも、それから西洋ワサビを食べます」。

もう一度いくつかの物を見せてみましたが、アウグステはしばらくするともう何を見たのか覚えていません。

アルツハイマーが「ここに『Frau Auguste D』と書いてください」というと、「Frau」まで書いているうちに続きを忘れてしまいました。一語一語区切って言えばその通り書くことができましたが、「Auguste」は「Auguse」になってしまっていました。また、一旦捉われた考えに病的に執着する傾向も見られました。

名前を書いている間に忘れてしまう患者は、医師としての経歴の中でこれまで彼が経験したことのないものでした。アルツハイマーはこのとき、彼女の状態を「健忘性書字障害」と診断しています。

アウグステは、鉄道書記官の妻で、1850年5月16日の生まれ。ですから、このときまだ51歳だったことになります。

ねえちゃは、自分の名前を書いている間に忘れるということはいまのところないので、この障害については、このときのアウグステのほうが進行していたと考えられます。


2018年10月15日

アロイス・アルツハイマー

このブログの投稿も、いつの間にか1000回近くになりました。もともと、認知症に悩む“ねえちゃ”について家族の連絡用に作ったものですが、最近はねえちゃの周辺に関わることだけでなく、認知症や脳の研究の現状や、アルツハイマーという医師についての興味もふくらんできています。

これからは、こうしたやや遠くにあるサイエンスの話題もおり交ぜて、少し広い視野に立って“ねえちゃ”の病気を根気よく眺めてみたいと思っています。なんとも地味なブログですが、気が向いたときにでもお立ち寄りいただければ幸いです。

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そもそも、ねえちゃが罹っているアルツハイマー病は、アロイジウス・"アロイス"・アルツハイマー(Aloysius "Alois" Alzheimer、1864-1915)=写真、wiki=とうドイツの医学者の名前に拠っています。

彼は、自身が診断したアウグステ・データー (Auguste Deter)という嫉妬妄想・記憶力低下などを訴える女性患者の症例を、1906年に南西ドイツ精神医学会で発表しました。これが後に、「アルツハイマー病」と呼ばれることになったのです。

アルツハイマーは、1912年に精神科の大学教授に就任しましたが、3年後の1915年12月に、大学へ向かう途中の列車内で体調を崩し、間もなく心疾患のため亡くなりました。


2018年10月14日

落差

ねえちゃの電話はこのところずっと、毎日、寝る前に1回と安定していたのですが、きのう、きょうと夜2回ずつ、さらに、きょうは朝早くにも1回掛かって来て起こされました。

夜は「これから寝るの」「何か困ったことない?」「何にもない。おやすみ」と、落ち着いた口調でスムーズに話していたかと思うと、30分もしないうちに「おばあさん、どこに居るんだろ?」と、何が何だか分からなくて困っている切羽詰った様子で再び掛けてきます。

グループホーム生活記録の通信欄にも、時々、自宅~入所までの経緯を忘れてしまい「どうしてこちらでお世話になってるんでしたっけ?思い出せなくて」等の発言がある、との記載があります。

いまに始まったことではないものの、いつも、この30分も経たない間の「落差」には驚かされます。が、ホームの職員のかたにも、私たちに対しても、ちゃんと説明すると納得して次第に興奮は止んで穏やかになっていくのは救いです。


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2018年10月13日

カップ麺

ねえちゃが自宅で暮らしていたときは、1週間分の食料品は、私が生協とワタミの宅食へ注文して賄っていました。

「たまにはカップ麺はどう?」と聞くと、「じゃあ、わかめラーメンかな」というので、何個か注文したりしていたのですが、けっきょく作って食べることはなく、私が代わって、というのが常でした。

カップ麺をどうやって作るのかも忘れてしまったのか。カップ麺を作ることさえ億劫になって、食べてみる気力も失せてしまっていたのか。

先月、グループホームで台所の大掃除をしたため、お昼がカップ麺になったことがあったそうです。

そのとき、ねえちゃは「緑のたぬきそば」を選んで完食、「久しぶりで美味しかったよ」と喜んでいたそうです。ホームでは、カップ麺の楽しみも味わいつつあるようです。


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2018年10月12日

ケーキ4つ

ねえちゃのグループホームから、9月の生活記録が届きました。

おやつのケーキバイキングでは、おかわりを含めてケーキを4つも食べ、お彼岸にやってきた地区の獅子舞を最前列で観たり、……。

よく食べ、みんなとあれこれ話し、いろんな活動に参加して、次々忘れていっても、瞬間瞬間に生きがいを感じているようです。

きょうも、夕食後の団欒を終えて寝る前に、私のところへ元気な声で電話がありました。

「楽しくやってるよ。おかげに、まだ、出て行ってくれって言われないし。おやすみ」


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2018年10月11日

判断

私たちが何かを判断するとき、記憶を頼りにすることがよくあります。「あのときはこうしたな」と、過去の同じような状況を思い出し、それと現在とを照らし合わせて判断するのです。

ところが認知症になると、現在の状況と似たような過去の記憶を探し出すことができず、たとえば「今日は寒いから暖かいうどんがいい」とか、記憶を頼りに判断することが困難になるそうです。

ですから認知症の人は、いろんなモノの中から「きょうは何を食べよう」と判断することができず、情報が多いことが、役立つどころか、頭の混乱を招くじゃまものでしか無くなってしまうことも少なくありません。

だから、食べるモノややるコトがある程度決まっていて、たいていは「AとBのどっちにする」といった程度の判断でやっていけるグループホームでの生活は、ねえちゃにとって、すごく楽で、安心していられるようです。


2018年10月10日

習慣化

認知症になっても、「習慣」として身についたことに関する記憶は、衰えにくいようです。

習慣化したことを無意識にしているときには、脳の奥深くにある基底核というところが、いつも同じ経路に沿って活動しているからなのだそうです。

そういえば、ねえちゃの場合も、午前中に血圧手帳、夕食後には日記、そして寝る前に私のところへ電話を掛けてくるのが習慣化しています。また「更衣・整容を習慣にできる」ことを目標の一つにしています。

ロンドン大学の研究によれば、普通の人が新しい習慣を身につけるために必要とされるのは、平均66日間なのだとか。

認知症の場合は多少ちがうのかもしれませんが、習慣化をうまくすることが生きる力につながる可能性は大いにありそうです。


2018年10月09日

ウォーキング

ねえちゃのグループホームには長い廊下があって、リハビリのため懸命に歩いているかたの姿をよく見かけます。

認知症のリスクは、歩幅がせまくなってくると高くなるという研究結果もあるそうです。

また、ウォーキングのなかに、少し息のはずむ中強度の歩行、つまり「速歩き」を含めることも認知症予防などにために効果的だとか。

ある専門医師によると、ウォーキングの理想的なフォームは背筋を伸ばし、通常の歩幅+10センチくらいで歩くこと。

40~64歳は1日30分、65~74歳は1日20分、75歳以上は1日7.5分、歩幅を広げた速歩きを、毎日のウォーキングに含めるのが理想なのだそうです。


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2018年10月08日

留守番電話

「おばあさんです。これから寝ます。おやすみ」。きょうの午後8時16分の日付で、落ち着いた声で、こんな留守番電話が入っていました。

以前は、1日に5回も6回も電話をかけて来ていたねえちゃですが、最近は、寝る前に1回、というのが日課になってきました。

私が外出しているときは、ちゃんと留守番電話に吹き込んであります。

あれこれみんな忘れてしまうねえちゃですが、頭の中の生物時計に刻まれたのか、不思議に電話は忘れません。

以前、私の仕事が忙しかったときは応対がトゲトゲしかったようで、「電話するのが怖かった」と言っていましたが、ヒマ人となったいまは気軽に掛けられるのかもしれません。


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2018年10月07日

神戸モデル

2年前にG7保健大臣会合が開催され、認知症対策を盛り込んだ「神戸宣言」が出されたのを踏まえて、神戸市では「認知症の人にやさしいまちづくり条例」を制定し、今年4月から施行されています。

さらに同市では、認知症の早期受診を推進するための診断助成制度、認知症の人が火災を起こしたり外出時に事故に遭った際の救済制度などの創設を内容とする、全国に先駆けた“神戸モデル”を実現しようとしているのだとか。

たとえば、認知症の人が火災を起こしたり事故に遭った場合には見舞金が支給されます。外出中の事故で死亡した場合3000万円、入院すると最高10万円、持ち物が壊れたときには最高10万円、火事の際には最高40万円などの案も出ているそうです。

これらの財源をどうするのかというと、神戸市は市民税均等割に1人あたり年間400円を上乗せする増税案を検討しているそうで、市民らから意見を募っています。

認知症の人が絡んだ交通事故や火災をしばしば耳にする昨今、神戸モデルのような試みが必要な時代に来ているなという気もしてきます。


2018年10月06日

台風25号

9月、10月の台風で、ともに数日間にわたる停電に見舞われた八ケ岳山麓のペンションなどで、台風25号の接近に備える動きが目立っている、というニュースが流れていました。

停電は、木が折れたり倒れたりして、電線を切断したのが主因とみられています。台風25号で再び木が倒れて停電になったり、住宅に当たりしたらまたまた大変です。

このところ台風続きで何が起こるか分からないので、グループホームへ入って留守状態にあるねえちゃの家についても、物干し竿やバケツ、箒など、風で飛ばされそうなものはできる限り家の中に取り込んでは置きました。

さて、きょうの午後8時半ごろ、いつものようにねえちゃから電話がかかって来たので「雨や風はどう?」と聞くと、「外へ出ないからよくわからない。おやすみ~」と、ややノー天気に言ってました。


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2018年10月05日

お小遣い

ねえちゃのグループホームに入居している人たちは、ふだん現金を持つことはできません。

何か買う必要があるときやどこかへ出かけるときなどのお金は、ホームに5000円くらいずつ預かってもらっている「お小遣い」でまかなっています。

でも、食事をはじめ、たいていのことはホームの中で済むので、お小遣いを使うことはそんなにありません。

髪のカットもホームの向かいにある理髪店で、きれいに、安価でやってもらえています。家にいるときは年がら年中パジャマでしたが、ホームへ入ってからは持っている服をそれなりに着こなしているようです。

「何か欲しいものとか、行きたいところとかないの」とねえちゃに聞いても、ホームでみんなと楽しくやっていられれば十分だと、とても幸せそうに答えます。


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2018年10月04日

地区のお祝い

ねえちゃの自宅がある地区の組長をしているお隣さんから、預かっているものがあるので、ということで「敬老の日」のお祝いをいただきました。

近くのスーパーなどで使える商品券とともに、「今後も、お体をご自愛下さいまして、いつまでもご壮健で心豊かな人生をお過ごしになられますことを、心からお祈り申し上げます」という区長さんのメッセージもありました。

メッセージにあるように、私も、少しでも「心豊かな人生を」おくっていってもらいたいものだな、と願うばかりです。

「敬老の日のお祝いで商品券もらったけど何か欲しいものある?」と、ねえちゃに聞くと、何のことかよく飲み込めない様子で頷いていました。


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2018年10月03日

おやつ

気持ちのいい晴天の午後3時ごろ、ぶらぶら歩いてねえちゃのグループホームを訪れました。

ちょうどおやつの時間で、この前、ねえちゃの甥が送ってくれたナシを私もいただきました。

「このナシ、送ってもらって、お礼の電話したの覚えてる?」。答えはというと、やっぱりみんなねえちゃの頭から消えていました。

ホームのスタッフのかたから、ねえちゃの日常を写したスナップ写真をいただきました。

善光寺参り、誕生日のお祝い、花づくりのお手伝い、ショッピングなど、本人はみんな忘れてしまっていても、独り暮らしでは得られなかったいろんな場面が生まれ、瞬間瞬間を楽しんでいる様子を垣間見ることができました。


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2018年10月02日

介護保険給付費支給決定通知書

きょう、久しぶりにねえちゃの長野の自宅を訪れました。ざっと見たところ、台風でどこかが吹き飛ばされたり、といった被害は無さそうです。

郵便受けに「介護保険給付費支給決定通知書」なるものが入っていました。

公的介護保険を利用した際に、自己負担1割の合計の額が同じ月に一定の上限を超えたとき、この支給申請をすると「高額介護サービス費」として払い戻されます。

このあいだ申請しておいた指定の預金口座に、「振込の手続きをしましたので通知します」とありました。

さらに、「この決定について不服があるときは、この通知を受け取った日の翌日から起算して3か月以内に長野県介護保険審査会に対して審査請求をすることができます」等々、いかにもお役所の文書らしい但し書きも付いていました。


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2018年10月01日

ナシ

ねえちゃの甥からナシが届いたという旨の連絡を、きょうの夜、グループホームの責任者のかたからいただきました。

午後8時ごろ、ねえちゃから電話がかかって来たので、「ナシ送ってくれたんだって」と聞いてみると、やはりすっかり忘れていました。

ただ「送ってもらったとすれば、お礼の電話はしたと思う」と、その点はかなり自信があるようです。

いただいたかどうかよりも、お礼をしたかどうかが気になってならない。ねえちゃらしい律儀さは、認知症になっても変わりません。

「きょうのいちばんの出来事なんだから、ナシのこと、いますぐ日記に書いとくんだよ」というと、「わかった。おやすみ」と電話を切りました。が、果たして書いたかどうか?


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2018年09月30日

お昼寝

睡眠をしているときも脳のなかでは、必要な栄養素を取り込んだり、不要となった記憶を整理するなど、いろんな活動が行われています。

老廃物の排出もその一つです。アルツハイマー病の原因物質と考えられている「βアミロイド」という老廃物の回収や排出も睡眠時に行われているのです。だから、睡眠不足で脳脊髄液の循環機能が低下すると、βアミロイドが増えて蓄積しやすくなると推定されます。

こうしたこともあって、適度なお昼寝はアルツハイマー病にも効果的なようです。昼寝の習慣はアルツハイマー病の発症リスクを5分の1に下げるという研究報告もあるそうです。

ただし昼寝の時間は30分以内がよく、それ以上になると逆効果になることもあるそうなので注意が必要です。明るい部屋で、ソファや椅子に腰かけ、うたた寝するくらいがちょうど良いのだとか。

きょう午後2時ころ、ねえちゃから電話がありました。「いま、お昼寝から目が覚めたの」といいます。昼食後にしばしウトウト。ちょうどこれくらいがベストなのかもしれません。


harutoshura at 15:09|PermalinkComments(0)ねえちゃの近況 

2018年09月29日

台風24号

台風24号がいよいよ接近してきました。気象台によると30日夜から1日未明にかけて長野県内に接近し、通過する見通し。南から北上する前線の活動も活発で、29日午後から大雨になるようです。

30日夜から1日未明にかけて暴風となるところもあり、最大風速は18メートル、最大瞬間風速は30メートルと予想されています。台風が来る前にと、急きょ、リンゴの収穫をしてしまった農家もあるとか。

午後8時ごろ、ねえちゃから電話があったので「台風が近づいてるけど、雨はどう?」と聞くと、「台風? 降ってるのかどうか、中にずっと居るからわからない」といいます。

むかしから、台風が近づいてくるとなぜか、頭が痛くなったり体調が変化を兆すことがあったねえちゃですが、きょうは特段変わったところもなく、落ち着いていました。


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2018年09月28日

介護支援ボランティアポイント制度

信濃毎日新聞によると、長野市が、介護施設などでのボランティア活動で、換金などが可能なポイントを得られる「介護支援ボランティアポイント制度」の検討をはじめたそうです。

ポイントの対象になるのは、介護施設での話し相手や利用者との散歩などが想定されているようですが、登録できる年齢、ポイントと交換できるものなど、今後つめていくそうです。

県内ですでに実施している御代田町では、介護施設で利用者の話し相手になる活動などをすると1時間に1ポイント(100円分)が得られ、年間上限5000円を換金できるようになっているとか。

ねえちゃのところでも、いろんな形でボランティアのかたたちのお世話になっているようですが、ポイント制度が励みになってボランティア活動がよりアクティブになっていけばいいな、と思います。



2018年09月27日

薮原

死者58人、行方不明5人を出した2014年の御嶽山噴火災害からきょうでちょうど4年となりました。麓の木曽郡王滝村では、犠牲者追悼式が営まれ、噴火した午前11時52分に黙祷がささげられたそうです。

夜、いつものように電話が来たねえちゃに「御嶽でたくさんの人が亡くなって、もう4年経ったんだよ。木曽というと、他人事とは思えないでしょ」と言うと、「そうだよね。薮原に住んでいたんだもの」といいます。

薮原は御嶽の東側にある木祖村の中心集落。昔は「やごはら」とも呼ばれ、北麓の奈良井とともに中山道の峠越えの宿場町でした。木曾谷の伝統産業「お六櫛」生産の中心地。全国の7割を占めるという画枠の生産でも知られています。

ねえちゃにとって薮原は、営林局に勤めていた連れ合いと「恋愛結婚」をして間もなく赴任して、新婚生活をおくった、若いときの甘い思い出がたっぷり残っているはずの地なのです。


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2018年09月26日

世界アルツハイマー月間

いまから95年前の1923年(大正12)年9月1日に関東大震災が発生しました。これを機に、9月は防災月間とされています。

と同時に9月は、世界アルツハイマー月間でもあります。アルツハイマー病や認知症に関する講演会や、チラシ配布などの広報活動が各地で集中的に行われているのです。

1994年9月21日に、スコットランドのエジンバラで、第10回国際アルツハイマー病協会国際会議が開かれました。

この際に、アルツハイマー病に関する認識を高め、世界の患者や家族に援助と希望をもたらすことを目的に、国際アルツハイマー病協会(ADI)が世界保健機関(WHO)と共同で、会議初日のこの日を世界アルツハイマーデーとし、9月を世界アルツハイマー月間と定めました。

アルツハイマー月間は今年、ちょうど25回目の節目。世界中のみんなでアルツハイマーを考えるようになって25年が経ったわけです。四半世紀前、ねえちゃはまさか自分がアルツハイマー病になるなんて思ってもみなかったことでしょう。


2018年09月25日

満月

信濃毎日新聞によれば、きのうの中秋の名月、松本市の松本城公園からもきれいに眺めることができたようです。

写真愛好家らが集まるなか、月はときおり雲に隠れながら高度を上げて、午後7時前には天守のしゃちほこと重なったのだとか。

きょうの午後8時半ごろ、食堂でテレビを見たあと部屋へ戻って来たねえちゃから電話がありました。

「きょうは満月のはずだけど、見えた?」と聞くと、「ん~ん」。長野は、小雨がぱらつくあいにくの天気だったようです。


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2018年09月24日

中秋

きょうは午後7時15分ごろ、ねえちゃから電話がありました。

「きょうは、えらい早いじゃん。もう寝るの?」と聞くと、「みんな食堂から引き上げて、おばあさんだけになったので戻って来た」といいます。

「みんな、部屋から中秋の名月を眺めているんじゃない?」「え~。カレンダーが祝日になってるので何かと思ったら、お彼岸なんだ」。

昼の長さと夜の長さが同じ。これからは夜のほうが長くなって、ぐっと秋らしくなっていきます。暑かった夏、ねえちゃは熱中症や風邪に罹ることもなく、無事、秋へと入っていけそうです。


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2018年09月23日

徘徊防止鍵

外出先から午後9時少し前、ねえちゃのところへ「何か心配なことはない?」と電話をしてみると、「ああ良かった。鍵が無いけれどどうしようかと思っていたところだった……」といいます。

グループホームのリビングから戻って部屋で一人になって、寝ようかなと思ったとき、ふと「そういえば鍵がない」と思い立ったら、居ても立ってもいられなくなったようです。

「ホームでは、みんな、鍵など貴重品は持つことができず、家族が預かることになっているの」と説明すると、ほっとした様子で「おやすみ」と寝ついたようです。

鍵といえば最近は、夜間に徘徊し困る老人らのために、玄関ドアに内側から鍵をかければ、開けようとしても取っ手がガチャガチャ空回りしてドアが開かない、徘徊防止鍵なるものも普及しているとか。

グループホームでは、こういう鍵の必要はないのですが、いろんな意味で「認知症と鍵」には深い因縁がありそうです。


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2018年09月22日

勝ち越し

午後7時半ごろ、きょうもねえちゃからいつもの電話がありました。

いつものように夕食を終えて、みんなとテレビを見ながらおしゃべりをして、部屋へ戻って来たところなのだそうです。

「お相撲、観た? 御嶽海、勝ち越したね! みんなと御嶽海や稀勢の里のことが話題になったんじゃないの?」

木曽郡上松町出身の御嶽海は、大関の高安を突き落としで破って8勝6敗とし、勝ち越しを決めたのです。

「うん。そういえば相撲をテレビで観ながら、なんかそんなようなことでワイワイ言ってた記憶はある」

「来場所、大関昇進というのは難しくなったけど、今場所もがんばったよね」というと、「そうだね!」。


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2018年09月21日

10ヵ条

「認知症の人と家族の会」という公益社団法人が出している「認知症」の人のために家族が出来る10ヵ条というのがあります。

①見逃すな「あれ、何かおかしい?」は、大事なサイン
②早めに受診を。治る認知症もある。
③知は力。認知症の正しい知識を身につけよう。
④介護保険など、サービスを積極的に利用しよう。
⑤サービスの質を見分ける目を持とう。
⑥経験者は知恵の宝庫。いつでも気軽に相談を。
⑦今できることを知り、それを大切に。
⑧恥じず、隠さず、ネットワークを広げよう。
⑨自分も大切に、介護以外の時間を持とう。
⑩往年のその人らしい日々を。

なかなか要所を突いているな、と思いました。この中で特に、

⑦は、認知症になっても、その人の人生が否定されるわけではありません。やがて来る人生の幕引きも考えながら、その人らしい生活を続けられるよう、家族で話し合いましょう。

⑩は、知的機能が低下し、進行していくのが多くの認知症です。しかし、すべてが失われたわけではありません。失われた能力の回復を求めるより、残された能力を大切にしましょう。

とのことです。⑦と⑩は密接に結びついていて、ねえちゃのこれからを考えるうえでも、心しておく必要がありそうです。


2018年09月20日

一からやり直し

大関への期待がかかっていた御嶽海はきょう、稀勢の里に寄り切りで敗れ、中日からの5連敗。6勝6敗となりました。

残念ながら、雷電以来208年ぶりの長野県出身大関の夢は「一からやり直し」ということになってしまいました。

御嶽海のことをどのくらい覚えているか分かりませんが、夜8時半ごろ、少し心配そうな声でねえちゃからいつもの電話がありました。

「いままでみんなとテレビを見ていて、いま部屋へ戻って来たんだけど、おばあさん、ここにいていいの?」

「だれかにいちゃダメだと言われたの?」「そんなことない」。「何か嫌なことでもあったの?」「何もない」。「どこか行きたいとこあるの?」「ないよ」。

「それなら、大船に乗ったつもりでのんびりしていりゃいいじゃん」というと、ホッとした声になって「じゃあ、そうする。おやすみ」。


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2018年09月19日

タクシー

認知症の疑いがある高齢者による交通事故は後を絶ちません。運転免許証を自主返納しても、それを忘れて無免許運転で事故を起こす、といったこともあるとか。

ねえちゃは、運転免許を持っていないので、車の運転はできません。でも、車に乗るのはけっこう好きなようです。

車が好きというより、車の中でおしゃべりするのが好き、と言ったほうがいいかもしれません。

とくにタクシーに乗ると、運転手さんとあれこれずっと話を続けています。ふつうの車に乗っけてもらったときでも、タクシーだと思い込んで、運転手さんだと勘違いして話し込んだりすることもあります。

グループホームで、ときおり買い物などに連れて行ってもらうときの「車中」もまた、楽しみのようです。


2018年09月18日

杞憂

親戚や知人ら施設で過ごしている人たちの話を聞くと、みんなでカラオケをしたり、同好者で俳句の集まりをしたりして、人生を楽しんでいるようです。

家にいたとき、「みんなと暮らすようになったら、カラオケとかもできるんだよ」とねえちゃに話してみると、心配そうな表情をして「おばあさん、カラオケなんてやったことないもん」と言っていました。

長年、連れ合いと2人で、生真面目に生きてきたねえちゃにとって、新しい環境でみんなと仲良くやっていけるだろうか、というのが、ねえちゃのいちばんの心配の種でした。

でも、いざグループホームに慣れてきた最近は、他の入居者の人たちとカラオケをやったり、ボランティアの人たちと唱歌や童謡を歌ったりと、けっこう積極的に楽しんでいるようです。

午後8時半ごろ、きょうも「困ったこと、何もない。おやすみ」と落ち着いた声で電話がありました。ねえちゃが家に居たときくよくよ悩んでいたことは、杞憂に終わったようです。


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2018年09月17日

敬老の日

きょうは、敬老の日。国民の祝日に関する法律の規定によると「多年にわたり社会に尽くしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」日ということになっています。

ねえちゃは昨年までずっと自宅で敬老の日を迎えていましたが、今年は初めて家の外、グループホームで迎えることになりました。

午後9時少し前、きょうもねえちゃから電話がかかって来たので、「きょうは敬老の日だね。ホームでお祝いとか何かあったの?」と聞くと――

「敬老の日。あ~、そうなんだ。何かあったのかもしれないけど、忘れちゃった!」。

「何か困ったことない?」と聞くと、「何にもない。アタマがおかしいだけ」とのんびりした口調で答えました。

少なくとも去年よりもずっと、落ち着いた気持ちで敬老の日を迎えることができたことは、確かなようです。


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2018年09月16日

いつもの3人

日曜日のきょうは、午後8時前後の2回、ねえちゃから電話がありました。

グループホームで特に親しくしている人がいるようで、「いつもの3人」で、食事の後ペチャクチャ話してから「そろそろ寝ようか」と部屋に戻ってきたのだそうです。

「おやすみ」と穏やかに言って、寝入ったかと思うと、すぐにまた電話があって「おばあさん、ここに居ていいの?」といつものセリフです。

一人になってウトウトしたところからふともとへ戻ると、「何だかわからなくなっちゃって」の状態にリセットされてしまうようです。

それでも、特に興奮することはなく、「悪いことしなければ置いてもらえるんだね」と、じきに再び眠りにしのび込むことができた模様です。


harutoshura at 23:34|PermalinkComments(0)ねえちゃの近況 

2018年09月15日

季節の移ろい

夏には1日に5~6回かけてくることも珍しくなかったねえちゃの電話ですが、秋らしくなってきた昨今は、毎日午後8時半前後に1回ずつと安定してきました。

「いま部屋へ戻ってきたの。これから寝る」と、声も落ち着いています。困ったことも無いといいます。

グループホームからの生活記録にも、不満や興奮をすることなく常に穏やかに対応してくれる、とあります。

猛暑の夏もようやく過ぎ去って、長野市も朝夜は肌寒くなって来ました。ねえちゃも頭は定かでなくとも、季節の移ろいをちゃんと体感しているのでしょう。




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2018年09月14日

ユマニチュード

認知症について考える、ということは、人とは何かということについて考えることにつながります。

フランスには、40年近く実践されてきた「ユマニチュード」という認知症ケアメソッドがあるそうです。ユマニチュードというのは「人間らしさを取り戻す」という意味のフランス語の造語だそうです。

重要なのは、人は、そこにいっしょにいる誰かに「あなたは人間ですよ」と認められることで人として存在できる、という考えに基づいてケアにあたること。

そして、介護をする人も受ける人も自由で平等だと考えれば、互いを尊重する気持ちが生まれ、両者の間によりよい関係が生まれる、ということになります。

ユマニチュードの「4つの柱」は、「見る」「話す」「触れる」「立つ」という、私たちがふだん大切な人に無意識にしている行動だといいます。


2018年09月13日

誕生祝

グループホームで毎月ていねいに記してくれている「生活記録」の8月分が届きました。

8月はねえちゃの誕生月でした。ホームのみんなでお祝いをしてもらって、「涙目で喜」んでいたそうです。

ロウソクを消してみんなにお礼を言ってケーキを食べ、お祝いを言われると「めでたくもないけれど……」といいながら笑顔。

「いくつになりましたか?」と聞かれると、「いくつになったんだろう……おかげさまで」と、忘れてしまっていたとか。


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2018年09月12日

いえ

2週間ぶりに、ねえちゃのグループホームを訪れました。

いつも通りの笑顔で居ました。携帯で、久しぶりに実姉のところへ電話をして喜んでいました。

「困ったことない?」と聞くと「アタマ」。「ここに居ていいの?」と言うので、「出てけと言われたの?」と聞き返してみると、

「ん~ん!」と頭を横にふります。「じゃあ、ずっと居させてもらえばいいじゃん」。

「悪いことしないようにすれば、ずっと居させてもらえるんだよねぇ!」。

最近は、自宅で一人で暮らすなんてとてもできない、と拒絶するようになってきました。

グループホームが、いちばんやすらげる、ねえちゃの「いえ」になりつつあります。


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2018年09月11日

経験

認知症の人を介護したり身近に接したりした人は、そうでない人に比べて認知症に対する理解が深く予防にも積極的である、というリポートを日本医師会総合政策研究機構(日医総研)が出したそうです。

介護などの経験のある人は、「治療で症状の進行を抑えたり、改善したりできる」「家族や周囲の理解、支えがあれば、暮らしてきた地域で暮らすことができる」といった回答が、経験のない人より多く、認知症への対処方法を理解していることがうかがえた。

予防のために心がけていることの問いでも、「人との付き合いを大事にする」「いろいろなことに興味、関心を持つ」など、いずれの項目でも、経験ありの人の回答割合が、ない人を上回っていたとか。

「経験がものをいう」ということが、認知症の介護にも当てはまるということでしょうか。