Aokijima

認知症と生きる「ねえちゃ」の近況と、アルツハイマー病に関する記録です

入れ歯

歯医者さんへ通っているねえちゃですが、きょう、出来上がった部分入れ歯が入りました。「噛んでみても、違和感っていうか、まだまだ何かしっくりこなくって」。

口を覗いてみると、ねえちゃの下の歯に、入れ歯をひっかけるカギのような針金がかかっているのが分かります。

この針金、ワイヤーを曲げて作るクラスプと呼ばれるもののようです。口の中に残っている歯に抱え込むように掛けることで、義歯を安定させる役割をしています。

5年前に亡くなったねえちゃの連れあいは、30歳代で橋から転落する事故に遭って、3分の1近くの歯が入れ歯になってしまいました。

ですから、ねえちゃは、入れ歯を見るのは慣れっこ。入れ歯の手入れなどについても、よく分かっているはずです。

でも、実際に自分でクラスプの付いた義歯を使うのは初めてのこと。「おじいさんのような歯になっちゃったんだね」と、ちょっぴりショックのようです。

アイスクリーム

ねえちゃは、お風呂を上がったときなどに、アイスクリームを食べるのが日課になっています。「体がポカポカしたとき」に食べると、最高においしいのだそうです。

以前は、カップに入ったのやモナカタイプのを買っていましたが、最近は食べきれないことが多くなってきたようで、食べかけのが冷凍庫に放置されたままになっていることも多くなりました。

そこで最近は、アイスバーやアイスキャンディ、一口サイズなど、小さいアイスクリームがたくさん入った袋を、生協に注文するようにしています。

週1回、生協から注文した商品が届くと、他のものはどこに置いた分からなくなっていますが、アイスクリームだけはちゃんと冷凍庫の所定のところにきちんとしまっています。

長野も摂氏25度近くなることが多くなり、季節は春から夏へと移りつつあります。

パジャマで一日家で寝ていることの多いねえちゃは、季節は移ってもいまだに「ついつい習慣で床暖房を入れてしまう」暮らしがつづいています。

ですから、お風呂上がりでなくても、いつも「体がポカポカ」。余計にアイスクリームが恋しいようです。

ヘビ

テレビを見ていたら、とりわけ有毒だとして「ヤマカガシ」というヘビが紹介されていました。

「ええっ、ほんと。子どものころは毒がないから大丈夫だって教わっていて、平気でく獲っていたんだけど……」と、ねえちゃは驚いたように言います。

ヤマカガシは、たいてい頸部の背面には黄色の帯があり、里山、特に田んぼなど水辺の草むらなどでしばしば見られます。

餌であるヒキガエルの持つ毒を貯蓄して使っているそうで、噛まれると最悪の場合、失明したり、死亡したりすることもあるそうです。

山里のねえちゃの実家では、隣の家へ行くのにも茶畑や草むらを通らざるをえませんでした。マムシ、シマヘビ、アオダイショウなど、子どものころは毎日のようにヘビを見かけていたそうです。

一方で、当時の山人にとってヘビは、貴重なタンパク源でもあったそうです。家のみんなでしばしば「しっぽのほうをつかんで、ウロコが引っかからないようにうまく土の中から掘り出して」は、獲ってきたそうです。

そして、皮をひんむいて焼いて食べるのが、ねえちゃにとっても楽しみだったとか。たしかにコリコリして引き締まったヘビの肉は、最高に美味です。

 

温泉

6月の初め、法事で、ねえちゃは久しぶりに実家へ行くことになりました。「せっかくだから今回は、ついでに温泉にでも浸かって来ようか」と、めずらしくずいぶんと前向きです。

半世紀以上むかし、ねえちゃがいたころの村には「温泉なんて高級なもの、あるわけなかった」そうです。でも、いまでは、立派な温泉宿が何軒か立って、いろんな催しにも利用されています。

5年前に、連れ合いが亡くなる前には、草津、平湯、万座など、ツアーや近所の人たちらといっしょに、夫婦でいろんな温泉を巡ってきました。旅先で、歩行器の夫と仲良く歩く写真も残っています。

でも夫が亡くなってからは、4年前に、お嫁さんの家族らと3泊4日で安曇野の温泉巡りをしたくらいです。最近は、むかしの職場の仲間らから誘いがあっても、断りつづけています。

お風呂が大好きなねえちゃですから、久しぶりに大きな湯船に浸かるだけでも、きっとそれなりの気分転換にはなってくれることでしょう。

 

ゲーム

インターネットを覗いていたら、この春、東京のゲーム開発会社に就職した、ねえちゃの孫が入社した際の写真が載っていました。

この会社の新入社員は、今年は10人。同期の仲間たちと肩を組んで、意欲満々という感じで写っています。

スーツ姿の孫など見たことがなかったねえちゃは、最初は誰だか分からなかったようでしたが、「へえ、かわいいじゃん。立派になって。でも、いちばん痩せてるね。一人暮らしになったっていうから、ちゃんと食べるもの食べてればいいけど」。

就職先は、家庭で楽しめるテレビゲームや個人向けの携帯型ゲームをはじめ、ゲームセンター、遊園地などのアミューズメントスポット用、スマートフォンアプリなど、さまざまな用途のゲームを幅広く作っている会社のようです。

ねえちゃは、テレビゲーム、ゲームセンター、スマホアプリなどと言われても、行ったことも、やったこともないのでチンプンカンプン、何が何だかさっぱりわかっていません。

ただ、ねえちゃのおいが、パチンコ・スロット店を営んでいることもあってか、ゲームというとパチンコが頭に浮かぶようです。といっても、「パチーンと玉をはじいて、穴に入ると……」という、お祭りとかで見かけるようなむかしながらの、ですが。

ねえちゃの孫は、小さいころからずっとゲームのプログラミングに夢中でした。ハタから見ていても、メシよりも何よりも好きで好きでしかたがないという感じでした。興味は失せるどころかいっそう膨らんで、大学でもゲームデザイン関係の勉強に打ち込んできました。

周りからどう思われようと、自分が本当に好きだと思えることに出あい、熱中していられることほど素適な人生はないと思います。「孫を見習って、残りの人生、しゃちほこばらずに根っから好きだなって思えることをやったら」と、ねえちゃにときおり話したりします。

ピコカ

ねえちゃの行きつけのスーパー「マツヤ」。外の看板は「マツヤ」のままですが、いつのまにか、店内の飾りつけも、店内放送もガラリと変わっています。

4月からアルピコグループのデリシアに吸収合併されて、会社としてのマツヤがなくなってしまったからなのでしょう。

店員に聞くと、マツヤという店の名はまだ残るみたいですが、何やらややこしい名称の組織の先っちょのほうに位置づけられることになったようです。

それに伴って、ポイントカードも「マツヤカード」から「ピコカ」に変わりました。

ねえちゃも、いつやったのかは、いつものようにすっかり忘れてしまっていましたが、すでに「ピコカ」への変更手続きを済ませていました。

ピコカは、マツヤカードと違って、ポイントだけでなくプリペイド機能を備えています。

あらかじめ現金をチャージしておけば、カード一枚で買い物ができ、キャッシュで買う場合の2倍のポイントが貯まるなどいろんな特典があるようです。

便利には違いないから試してみようと、きょう、ねえちゃとマツヤへ出かけて、1万円チャージして買い物をしてみました。

結果、「これなら財布を持って行かなくても買い物ができるんだ」と、ねえちゃはなかなか乗り気のようです。

レジで、「ピコカで」とカードを差し出しさえずれば、財布からお金を出し入れする煩雑さが省けるうえ、ねえちゃがよくやる「財布どっかへいちゃった」とアタフタと騒ぐ事態も防げそうです。

問題は、ものをカードで買たことの無いねえちゃが、果たして、カードで買い物をすることを習慣にすることができるかどうかにあります。

連休の収穫

ゴールデンウィークも終わりです。でも、ねえちゃの生活は年中連休のようなものなので、なにか特別なことがあったというわけではありません。

連休中に、実家の山で穫れた竹の子を、おいがわざわざ車で届けてくれたことも、大宮に住んでいる息子がやって来たことも、ねえちゃの記憶からはほとんど消えてしまっているようです。

ただ、なんとなく覚えているのは、竹の子をお裾分けで近所の人たちに配ったこと。それから、ここ数日、自分で煮た竹の子を毎食、冷蔵庫から取り出して来てはおかずにしていることくらい。

きょうの夕食の一皿で「いただいた竹の子もこれで終わり」となりました。今年の竹の子、ねえちゃには「少し硬かった」ようですが、私には歯ごたえがあってちょうどいい感じ。ただし、「味付け、薄いんじゃない」とねえちゃに文句を言うと、「そう? しょっぱくなるといけないと思って気をつかったんだから」。

最近、料理らしい料理をめったにしないねえちゃですが、やる気になれば、竹の子の煮付けくらいは大丈夫、と判明しました。それが、今年のゴールデンウィークの最大の収穫といえそうです。はるばる届けてもらって感謝、感謝。ごちそうさまでした。

ユースキン

お風呂から上がると、ねえちゃは決まって「ユースキン」を塗るのが日課になっています。

「いつだったか薬屋さんにすすめられた」のがきっかけで、家族みんなで使い始めてもう50年くらいになります。

ねえちゃは、いまのように給湯器や全自動の洗濯機など無い時代から、ずっと主婦をやって来ました。ひび、あかぎれ、手荒れ、指先のさかむけなど日常茶飯事のことでした。

「ユースキン」が誕生したのは、1957(昭和32)年のことだそうです。創業者が営む薬店に訪れた一人の主婦が「ベタつかずにもっと効くものがあればいいのに…」と嘆いたのが、開発を思い立つきっかけだったとか。

ベタつかない親水性のクリームにビタミンB2、B6、血行促進成分カンフルを加えた日本初の医薬品ハンドクリームは、創業者によって「あなたの肌」を意味する「ユースキン」と名付けられたといいます。

ねえちゃも、塗りこんでしばらくすると肌になじんでベタつかないこのクリームがすっかり気に入って、多種多様なクリームが出回っている昨今も、「私はユースキン」と頑固に使い続けています。

“東洋の魔女”世代

連休中はスポーツを楽しんだ、というかたも多いことでしょう。本を読むことよりは体を動かすことのほうが好きなねえちゃですが、どうもスポーツ好きというわけではなさそうです。

ほんとうのところ運動神経がいいのか悪いのかも、正直、よくわかりません。

ただ、テレビでバレーボール中継をしていると、「そ~れ」「よく決めたね!」などと声をあげながら、珍しく目をくぎ付けにして観ていることがときおりあります。

ねえちゃは、半世紀前、“東洋の魔女”として世界を圧倒していたバレーの選手たちと同じくらいの世代です。東京オリンピックの金メダルは、やはり印象的だったのでしょう。

それに、ねえちゃ自身も中学のころバレーの選手としてがんばっていたそうです。ただし、やっていたのはいま主流になっている6人制ではなくて、9人制でした。

ということもあって、最近の試合をテレビで観戦していても、ルールやポジションがどうなっているのか、何がなんだかわからないことばかりだといいます。

たとえば、リベロ。「あの小さい人、ひとりだけ違うユニフォーム着て、何なんだろう?」と不思議がっています。

デパート

小さいころ「こどもの日」とかいうと、家族でデパートへ行くのが楽しみでした。

キラキラした品物がたくさん並んでいて、いちばん上の階には、お子様ランチやハンバーグなど何でも食べられるファミリーレストラン。屋上には、コーヒーカップや観覧車などいろんな遊具のある遊園地がありました。

長野市にはむかし「丸光」と「丸善」という地場資本の大きなデパートが二つあって、連休とかには家族連れであふれかえっていました。でもやがて、ダイエー、イトーヨーカドーなど大型スーパーが入ってきて競合するようになります。

ダイエーの長野店は、ねえちゃが40歳から20年近く勤めた職場となったところです。買い物ついでに家族で、ねえちゃがどんなふうに働いているのか覗きにいったこともありました。

こうした大型スーパーやコンビニなどの台頭で、デパートは次第に元気がなくなってきました。光り輝いていた長野県最大のデパート「丸光」も、1982年には、名前を変えて、そごうとの業務提携に踏み切らざるを得なくなり、やがて倒産します。

「丸善」は東急グループの傘下に入り「東急」として続いていますが、休日などに家族で連れ立って遊具などで楽しむ、という雰囲気はもうありません。

一方で、ねえちゃが働いていたダイエーも、2000年末をもって閉店へと追い込まれました。記憶や思い出が詰まったお店が、寂しいかな、次々に消え去っていきます。

松井潤
matsuijunta@gmail.com
  • ライブドアブログ