Aokijima

認知症と生きる「ねえちゃ」の近況と、アルツハイマー病に関する記録です

お寺さん

「ねえちゃ」の連れ合いが亡くなって、きのうでちょうど5年になりました。5年前、夫が亡くなったとき、いちばん困ったのが、お葬式をお願いするお寺さんのことでした。

2人とも実家を離れ、先祖との結びつきのない町で暮らしていました。特に夫のほうは晩年、その親族とほとんど交流がありませんでした。

しかも、近くにお世話になっているお寺もなければ、特に信仰している宗派があるわけでもありません。

市営の霊園にお墓はつくりましたが、そこにはまだ、だれも入ってはいませんでした。

亡くなって葬儀の日程を決めなければならない慌ただしさの中、連れ合いが生前、親鸞の本を読んでいて、関係する京都のお寺を旅したことがあったことから、お葬式屋さんを通して、浄土真宗のお坊さんをお願いすることになりました。

お葬式の後、実は、連れ合いの実家ではずっと浄土宗を信仰していて、この宗派のお寺の檀家だったことがわかりました。

一方、「ねえちゃ」の実家はというと、代々、臨済宗のお寺さんにお世話になっているのだそうです。

「浄土真宗でよかったのか。本来なら浄土宗のお寺にお願いすべきだったんじゃなかったのか。生きてるとき、おじいさんにちゃんと聞いておけばよかった」と、「ねえちゃ」は後悔しています。

他人事ではありません。「ねえちゃ」自身も、信じている宗派も無ければ、親しくしているお寺さんもありません。このままいけば、最近話題のAmazonの「お坊さん便」にでも、依頼するしかないかもしれません。

「自分はどういうふうに葬られたいのか。ちゃんと考えておいてくれなければ困る」と、口うるさく言うのですが、あの世へゆくことなどはるか先のこと、と思っているらしく、なかなかその気になってはくれません。

ゆでだこ

週に1回、届けてくれる生協で、「ねえちゃ」が毎回かならず注文するものがあります。冷凍の「ゆでだこ」、あるいは「酢だこ」です。

毎週月曜日に、前の週の注文品を届けてくれるのですが、最近の「ねえちゃ」は、どんな物が届いたのかどころか、受け取ったかどうかもすぐに忘れてしまいます。

冷蔵庫の中には、注文したまま忘れて食べないでいるものがゴロゴロしています。でも、絶対に忘れず、届くとすぐに食べてしまうのが「たこ」なのです。

山間の小さな村の農家で育った「ねえちゃ」。近くに魚屋さんも無ければ、むかしは冷蔵庫もありませんでした。

魚といえばアユやコイといった川や沼でとれるものばかり。海の魚介類を新鮮なまま、ましてや生で食べることなど、ほとんどできませんでした。

ですから、子どものころの海の幸といえば、日持ちのする、ゆでた「たこ」くらいしかなかったのだそうです。

「ねえちゃ」だけでなく、両親ら一家そろって「たこ」が大好き。みんな、食べるのを楽しみにしていたということです。

最近は、「**を買おう」と紙に書いてスーパーへ出かけて行っても、たいてい忘れて帰って来る「ねえちゃ」ですが、「たこ」だけは忘れません。

嫁姑

「ねえちゃ」の連れ合いは、もともと群馬県の中学で数学の教師をしていました。

ところが、広島県で起こった生徒の自殺問題のような、相当に深刻な出来事に絡んで2年足らずで辞めざるを得なかったようです。

それで縁もゆかりも無かった長野県へやってきて、山で、営林署の職員として働くようになります。転勤していった営林署の事業所で働いていた「ねえちゃ」と知り合い、1959年に結婚しました。

2人とも年の離れた末っ子同士。当時、2人の両親で生きていたのは「ねえちゃ」のお父さんだけでした。

県南の天竜峡というところで挙げた結婚式で、新郎側で職場関係以外から出席したのは、たまたま県内に住んでいた親族1人だけだったそうです。

そんなわけなので「ねえちゃ」は、舅、姑にあたる人を知りません。当然、いっしょに暮らすこともありませんでした。

お酒などで夫には相当に苦労した「ねえちゃ」でしたが、「おかげさまで両親の介護や姑との諍いとかには無縁だったのは、幸せ」とよく言います。

「ねえちゃ」にはいま、お嫁さんが2人いますが、いっしょに暮していないこともあって、これまで、これといったトラブルもなく順調な関係を保っています。

ひょっとすると「嫁いびり」を伝授される機会がなかったのが、幸いしているのかもしれません。

 

特別な「3・11」

「3・11」から5年。あの日の津波の実態を追ったNHKの特集番組などを「ねえちゃ」も、「恐ろしことが起きてたんだね」などと大きな声をあげながら、いつもになく熱心に見つめていました。

でも、あの日、どこでどうしていたのか、いまではもう「ねえちゃ」の記憶にはあまり残ってはいません。津波からは遠い山国にいたとえはいえ、夫が死の床につくという、差し迫った現実に直面していたはずなのですが。

5年前の3月11日は、いよいよ臨終が近づいてきて個室に移されたころのはずです。「そういえば、看護師さんにベッドの隣に寝るところ用意してもらって、病院にずっといたかもしれない……」といったあたりまでで、それ以上ははっきりしないといいます。

東日本大震災から3日後の3月14日未明、夫は天寿を全うして病院で亡くなりました。「ねえちゃ」は、悲しみに打ちひしがれる、というよりも納得した感じで、比較的落ち着いて見送っていました。

「ねえちゃ」は、ふだんは地震には無頓着です。家の近くが震源で緊急地震速報が流れても「たいして揺れなかったよ」と平然としています。

それでも、連れ合いの死といっしょに訪れたこの大震災には、やはり特別なものがあったようです。現地の自治体へ応援で行った人の講演を聞きに出かけたり、長年貯めたコイン貯金を寄付したりもしていました。

山国で暮らしてきた「ねえちゃ」には津波の経験はありません。でも、山崩れや洪水などの治山・治水対策を仕事にしていた夫とともに、いろんな被災地の近くで暮らしてきた長い月日があります。

そんな「ねえちゃ」だけに、人並み以上に、被災者のかたたちの気持ちに寄り添えるところがきっとあるに違いありません。

歯医者初日

きのうは、「ねえちゃ」が久しぶりにパシャマを普段着に着替えて起きてきました。天気もまずまずで、暖かな陽気。

「宿題」の歯医者さん、きょうは絶対に行きなよ、と厳しくいうと、3時少し前、やっと重い腰をあげて出かけていきました。

歩いて5分ほどの歯医者さんの後、いつものスーパーなどに寄って帰宅したのは5時半ころ。帰って早々「もう、待たされて、待たされて。待合室に患者さんなんてほとんどいないのに」と、かなりご立腹のようです。

それでも、スコンと抜けた奥歯を持っていったら応急処置で入れてくれた。X線撮影などの検査もして、次からちゃんとした治療に入るようで、予約日の書かれた診察券ももらってきました。

痛くもなんともなかったそうで、応対も親切だったといいますが、ただ、1時間半くらい待たされたのが、なんとも気にくわなかったようです。

「そんなこと言ったって、予約しないでいきなり行ったんだから待つのは当たり前でしょ。その場でやってくれたんだから、むしろ良心的な歯医者さんといえるんじゃない。

それに、電話予約しておきながらキャンセル、というのを2回も繰り返しておきながら、今度はいきなり行って、すぐやってくれなかったとグチるっていうのは虫がよすぎるよ。

帰ってきたってやることないんだから、待合室で、のんびり週刊誌とかいろいろ読んでくればよかったのに」

というと、「ねえちゃ」はそれなりに納得したらしく、シュンとおとなしくなりました。

なにはともあれ、3週間くらいかかって、やっと懸案の「歯医者さん初日」にたどり着くことができました。

これで、「やることがない」のが悩みの「ねえちゃ」にも、月曜日は生協の注文品受け取り、水曜日は宅食の集金、木曜日は歯医者さん、とルーティンの「仕事」がだいぶ増えてきました。

そばの腰

「ねえちゃ」が暮らしている長野は、日本そばの産地として有名です。どこのスーパーでもたいてい、生そばを各種そろえています。

「ねえちゃ」も以前は、生そばを買ってきては茹でて笊に盛って、時々ごちそうしてくれていました。

でも、好みもあるのでしょうが、「ねえちゃ」の茹でる麺はどうにも軟らか過ぎて腰らしきが無く、私には合いません。

それで最近はもっぱら、「自分で作るから」ということになっています。軟らかいのは、そばだけでなく他の麺類も、ご飯もそうです。

「ねえちゃ」の連れ合いは、30代のときに橋から落っこちる大けがをして、歯の半分近くを入れ歯にしなければなりませんでした。

さらにその後、60歳ぐらいのときに胃癌を患い、手術で胃の多くの部分を切り取ってしまいました。

そんなわけで、夫のからだに合わせて、どんどんどんどん軟らかく、煮たり、炊いたりをするようになっていったようです。

きのう、割引で買ってきた生そばが消費期限だったので、まとめて茹でて、ざるそばとかき揚げで昼食にしました。

「食欲満々、胃も腸も丈夫な信州人なんだから、たまには腰があるそば食べたら」と「ねえちゃ」を誘ってみましたが、「軟らかいのじゃないともう胃が受け付けないの」と断られました。

血圧手帳

きのう「ねえちゃ」は、だいたい3か月に1度の割合で通っている街の総合病院へ出かけました。最近、自分ひとりでトラブルなく行ける外出先は、ほとんどこの病院だけになってしまいました。

通院といっても、重い持病があるわけではありません。念のためにと、毎日1粒ずつ飲んでいる高血圧の薬の処方をしてもらいに行くのです。でも、この時だけは、ひとが変わったように率先して自らタクシーを予約して、きのうもトラブル無く帰ってきました。

友だちと遊ぶ約束や近くの歯医者の予約など、ことごとくキャンセルをして周りを困らせ続けている「ねえちゃ」なのに、距離的にはいちばん遠いこの病院だけは、どうして忘れずに自主的に行くのでしょう。病院でだれか友だちでもできたのかな?などと、ずっと不思議に思っていました。

実際は病院へ行っても待っている時間が大半で、診療といっても先生とは事務的な話をするだけ。血圧を測ることすら無いといいます。大きな病院なので、待合室での顔見知りもできないそうです。

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「ねえちゃ」はこのごろ、「頭がボケてきて」とか自分でもしばしば口にするようになりました。なので「せっかく高いタクシー代払っていくんだから、ボケが進まないようにするにはどうしたらいいのかとか、ひとこと相談したらいいのに」と、いつも口うるさくいいます。

でも、いつでも聞き流すだけで終わってしまいます。よくよく問い詰めてみると、家族がそういうので謙遜気味に「頭が……」と周りに切り出すだけで、本当は「少し物忘れはあるけど、ボケてきたとは全然思っていない」のだというのです。

だから、思ってもいないことを先生に言えない(プライドが許さない)というのが、周辺にはやや意外な、本音のようです。

それにしても、友だちと遊ぶのまで「行く自信がない」とキャンセルするようになったのに、どうして、この病院に行くことだけは忘れず、律儀に続けているのでしょう。その理由の一つに、どうも「血圧手帳」がありそうに思われてきました。

「ねえちゃ」の欠かさない習慣に血圧測定があります。毎日必ず測って、グラフにしていきます。そんな書き込みが、もう13冊びっしり埋まりました。グラフを書き込んでいくのが「ねえちゃ」にとって、どこか生きる張り合い、楽しみにもつながるところがあるのでしょう。

ちゃんと毎日書き込んで、きちんとやった証のグラフを先生に見てもらう。それは、学級日誌をちゃんと書いて先生にマルをもらって励みにする子どもに、どこか似たところがあるような気がします。

きのう、病院で14冊目の「血圧手帳」をもらってきた「ねえちゃ」は、帰ってくるとさっそく血圧を測って、新しい最初のページに記入しました。

物忘れが多くなっても、血圧のグラフをコツコツと毎日、書き続けていく。立派だ、と思います。でも、そんな立派さが、なんとも言えない寂しさを誘うのです。

優等生

「ねえちゃ」は、優等生です。戸棚を整理していると、高校生のときの皆勤賞の賞状、職場での論文コンクールのトロフィーなど、いろんな“勲章”が出てきます。

お酒も、たばこも、カラオケも、パチンコも、マージャンも、まして競馬も、競輪も、やりません。こういったタグイは「男の人がやるもの」と決めてしまっているようです。

冠婚葬祭などで「カタチだけでも」とお酒をすすめられても、夫が依存症だった関係もあるのか、頑なに断りつづけています。

女子高生だった時かなにかに「良妻賢母の心得」を叩きこまれでもしたのでしょうか、男性と口を聞くのにも、“必要以上”とも思える気配りをしています。

親類縁者やごく限られた隣人以外で男性としゃべるのは、宅急便の配達やタクシーの運転手さんくらい。宅食も、生協も「女性が届けてくれるので」と続いています。

老人大学や老人クラブ、男性もいっしょのサークルや集まりにも、参加しようとはしません。

「**のおばあさん、彼氏ができたんだって……」と水を向けても、なんとなく冷たい眼差しになって、そっけなく「いいわね」と応じるだけです。 

満面の笑顔

南から暖かい風がやってきて、20度を超える陽気になったきのう、「ねえちゃ」は、すっかり普段着になってきたパジャマから、ズボンとセーターに久しぶりに着替えて、スーパーへ買い物に出かけました。

ちょうど帰ってきたところに、先日亡くなってお葬式があった、お隣のおばあさんの娘さんが、服をいっぱいもってやって来ました。

そでの短いカーデガンに、新品のスラックス、高級そうなコートもあります。それに、パジャマも3セット。亡くなったおばあさんの衣類だけれど、着る人が居ないからもらって欲しい、とのことだったようです。

お隣のおばさんは「ねえちゃ」よりも、ひとまわり小柄だったようですが、着てみると、どれもぴったり。

すると、何もやりたくないといっていた「ねえちゃ」が人が変わったように、コートやカーデガンを着ては脱ぎ、また着て「いいでしょう」の見せびらかしを繰り返します。

最近、家ではパジャマで居ることが多いのですが、「これだけパジャマがあれば、死ぬまでもう買う必要がないね」と喜んでもいます。

すてきな服が着られたときって、年齢も、カラダも、アタマも関係なく、はしゃぎ回れるものなのでしょうか。久しぶりに見た「ねえちゃ」の満面の笑顔でした。

「きょうは何日だったっけ」

「ねえちゃ」といると、なん度もなん度も「きょう何日だったっけ」と聞かれます。

1日に1回や2回だったらいいのですが、聞いたとたんに忘れてしまうので、10分ごと、20分ごとに尋ねられるということも珍しくありません。

さすがに頭に来て、「そんなの自分で確かめてよ」というと、まずは食卓にある新聞に目を向けます。でも、それだと必ずその日の新聞が置いてある保証はありませんし、休刊日のときだってあります。

次に見るのが、日記。でも、いくら毎日つけているからといっても、その日にもう書いているのか、それともまだ書いていないのかもたいていは忘れているので、きょうが何日かを確認するというわけにはいきません。

そこで次は、携帯電話。ところが、「ねえちゃ」の携帯の最初の画面には、天気予報がドンと出てくるようになっていて、あしたの天気の「あした」の日付が大きく表示されます。

そのため、「きょう」を「あした」と勘違いしたり、「おかしい、私の携帯の日にち狂ってる」と首をかしげていたりすることもあります。

というわけで、仕方ないので、その日が何日かを知るためだけ用のデジタル時計を食卓の上に置いて、「きょうが何日か分からなくなったら、とにかくこれを見るように」と口が酸っぱくなるほど言うのですが、なかなか習慣になってはくれません。

松井潤
matsuijunta@gmail.com
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