Aokijima

認知症と生きる「ねえちゃ」の近況と、アルツハイマー病に関する覚書です

認知症と血圧

街の総合病院の内科の診察日。ねえちゃは無事に血圧の薬をもらってきました。

診察といっても血圧を測ってもらうわけでもないそうです。

胃カメラには激しい拒絶反応を示しましたが、毎日血圧を測るのを日課にしてるねえちゃにとって、薬は無くてはならないもののようです。

最近は、脳血管性の認知症だけでなく、アルツハイマー病の危険性も中年期の高血圧によって高まる可能性が高いことが分かってきたそうです。

ねえちゃにとって、これからは、認知症のほうから高血圧を考え直さなければならなくなってきています。

 

血圧の薬

ねえちゃは、1日に1錠、高血圧の薬を飲んでいます。

2~3カ月に1度くらい、街の総合病院で処方してもらっています。

明日はその薬をもらいにいく診療日です。

毎日、薬を飲んで血圧を測るのがねえちゃの日課です。

毎日欠かさず血圧手帳に記録しているのですが、薬は、まだ1カ月以上残っているそうです。

本人は飲んだと思っていても、飲むのを忘れて血圧を測っている日があるからか?

余った薬が貯まってきたのか?

本人も、よくわかっていません。

メダルラッシュ

連日のメダルラッシュで沸いたリオデジャネイロ五輪も、もうすぐ閉幕です。

ねえちゃの住む長野県の出身者たちも、メダルラッシュでした。。

大町市出身の奥原希望(のぞみ)さんは、バドミントン女子シングルスで、小布施町出身の荒井広宙(ひろおき)さんは男子50キロ競歩で、長野市出身の箱山愛香さんはシンクロナイズドスイミング・チームで、それぞれ銅メダルを獲得しました。

奥原選手は、シングルスで男女を通じて初めて、荒井選手は競歩で初と、歴史的なメダルです。

荒井選手は3着でゴールしながら、一度は失格と判断され、日本チームの抗議で判定が覆るという、ヒヤヒヤのメダルでした。

選手たちはもう、東京オリンピックに向けて意欲を燃やしてるようです。4年後がいまから楽しみです。

 

 

大仕事

きょう、ねえちゃは、ゴミ置き場のカギを開けて閉める3日間にわたる作業を終えました。ホッとしたところです。

朝までにちゃんと開けたかどうか、ごみ収集車が来たあとちゃんと閉めたかどうか。

すぐに忘れてしまうねえちゃにとっては、朝、夜ちゃんと開けたかどうか、閉めたかどうかを、何度も何度も確かめる、気が気でないたいへんな「大仕事」でした。

カギ当番を終えたあかしのハンコを回覧板に押して、カギといっしょにお隣へまわして一段落。

ほかに、日曜の朝、みんなで町内の大掃除をするとった仕事も以前はありましたが、後期高齢者になって近年は免除してもらっています。

ゴミのカギ当番は、いまのねえちゃにとってほとんど唯一の責任ある仕事なのです。

 

要介護申請


いよいよねえちゃもそうせざるを得ないなと考えて、要介護認定の申請をきょう市役所に提出しました。

役所で、市の高齢者サービスガイドと介護保険のしくみに関する説明書をもらいました。

市の調査員が本人と家族から日常の生活の様子など74項目に関する聞き取り調査をするそうで、それと、かかりつけ医の意見をなどをもとに判定するそうです。

介護が必要と判定されると、7段階の中から該当する要介護度が割り当てられるとか。

「少し時間がかかりますが、一歩一歩すすめていきましょう」と担当の人は言っていました。

 

胃カメラ

ねえちゃは明日、かかりつけの総合病院で「胃カメラ」の検査を受ける予約をしていました。

ですが、いつものように直前になって行くのが怖くなって「キャンセル」となりました。

いくら長寿社会だからといって、80歳になって健康診断のために「胃カメラ」を飲むことにどれだけの意味があるのか?

私にはちょっぴり疑問に思えていたので、これはこれでいいのかな、という感じで見ていました。

それよりも「バカになっちゃって何がなんだかわからない」を、いつもにも増して繰り返し言うのが気になったので、寝ているねえちゃを無理やり起こして近くの脳神経外科へ連れて行きました。

テストやCTの結果からすると、2年余り前の検査のときと比べ、認知症がかなり進んできている様子がうかがえるとか。周りも、新たな対応が必要になって来ているようです。

シンガポール陥落

リオデジャネイロオリンピック、卓球の女子団体は、福原愛、石川佳純、伊藤美誠3選手の粘り強い見事な戦いで銅メダルを獲得しました。

その相手は、シンガポール。そのニュースを聞いて、ねえちゃは思わず「へえ、あの『シンガポール陥落』のシンガポールに勝ったんだ」ともらしていました。

真珠湾攻撃から3カ月後の1942年2月、日本軍が10日足らずで英国が率いる軍を破り、難攻不落と謳われていたシンガポール要塞を攻略します。

イギリス陸軍は敗北し、シンガポールは陥落したのです。

この戦いで、約8万人の英国兵や英領インド兵、英領オーストラリア兵らが捕虜となったそうで、チャーチル英首相は自書で「英国軍の歴史上最悪の惨事であり、最大の降伏」と評したといいます。

当時の日本軍は、太平洋戦争開戦直後のこの戦果を、長野県の山奥の村に住むねえちゃのような子どもの記憶(そしてボケ気味の老人の脳)にも、くっきりと刻み込ませるくらい執拗に喧伝し、戦意高揚に利用していたのでしょう。

 

「ゴミ」の鍵開け

2、3カ月に1回くらいの割合で、町内のゴミ置き場を管理する仕事が回ってきます。

朝早くゴミ置き場の鍵を開けて、回収業者が処理を終えた午後に鍵を閉める役目です。

ねえちゃは、17日に可燃ごみ、19日に資源ごみ(ペットボトルと缶)、20日に可燃ごみの鍵の管理を担当することになっています。

朝忘れると困るのでと、きょう(16日)の夜、懐中電灯をもって早々に、明日の鍵開けを済ませてきました。

ですが、いつものようにまた「きょう何日だったっけ。ごみの鍵を開けなくちゃ」を繰り返しています。

「念のために明朝、ちゃんと開いているかどうか見てくればいいじゃない」。“大仕事”の日々がつづきます。

 

 

かっぱ寿司

「二階の部屋へ行ってみたら、孫たちが寝たらしい蒲団があったけど」

ねえちゃは、お盆休みに孫たちが来たことをもう、忘れかけているようです。

お墓参りや、そばで有名な戸隠、真田10万石の城下町だった松代など、いっしょにあちこちへ行ってようです。

ですが、記憶からは薄れつつあります。ただし、「かっぱ寿司」へ行ったことだけは、ちゃんと覚えているとか。

「こんなに家の近くにあるの、知らなかった。おいしかった」。

お盆休みのあいだも、食欲は満々のようです。

地下足袋

治山の仕事をしていたねえちゃの連れ合いは、日本アルプスの山々にもしばしば足を踏み入れていました。

でも、登山家というけではなかったので、着ていくのはいつも作業服。

それに靴は履かず、大工さんなんかがよく使っている指が二股に分かれた地下足袋でした。

職場の人たちと槍ヶ岳や穂高岳を地下足袋で登っていく姿は、私が子供のときは、なんとなく格好わるいなと感じたものです。

ですが実際に履いてみると、少し底が厚い地下足袋だと、軽くて、沢も岩場も自在に歩けて、けっこう快適でした。

お盆休み中、北アルプス涸沢のテント場には、赤、青、黄など色とりどりのテントで埋まったようです。

そんな登山家たちの片隅で、地味な山男たちもきとっと、いろんなところで活躍していることでしょう。

松井潤
matsuijun@jg8.so-net.ne.jp
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