Aokijima

認知症と生きる「ねえちゃ」の近況と、アルツハイマー病に関する記録です

5年の節目

「ねえちゃ」には、東日本大震災が特別なかたちで、印象に強く刻まれています。

震源からは遠い山国にいたので直接の被害があったわけではありませんが、奇しくも2011年3月11日は、入院していた連れ合いが危篤の状態に陥った日だったのです。

震災でなにもかもが混乱を極めるなか、ようやく病院にたどり着いた家族に看取られて、3日後の14日未明、83歳で夫は逝きました。

ほとんど意識がなかった連れ合いが、あの日の地震の揺れ、あるいは、いつもと違う看護師さんたちの話ぶりなどで、日本に未曽有の大震災が起こっていたことが察知できていたのかどうか。

それは、「ねえちゃ」にも分からないそうです。

毎年、この時期になると、テレビや新聞で、震災にかかわる特集や企画が集中するようになります。ですから、いくら忘れぽくなった「ねえちゃ」でも、こうした報道とともに、夫の命日が近づいていることに気が付きます。

今年は、あれから5年の節目。テレビからも「まもなく震災から5年です」といったアナウンスが頻繁に聞かれるようになりました。

そんなニュースを耳にした「ひなまつり」の夜、「おじいさんが死んで、もう5年になるんだ。早いね」と、「ねえちゃ」はポツリ、もらしていました。

ワンカップ大関 ローソク

5年前に亡くなった連れ合いのために「ねえちゃ」は、仏壇に「ワンカップ大関 ローソク」や「ミニジョッキ ローソク」など、お酒をかたどったキャンドルをお供えしています。

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アルコール依存症を患うくらい、とにかくお酒好きだった夫は、ほとんど寝たきりで病院を転々としている間も「家に帰って一杯やりたい」と口癖のように言っていました。

けれど、やがて口から食べたり飲んだりすることができなくなり、最後の1年ほどは、食道のあたりに小さな穴を開けてチューブでお腹へ直接栄養剤を注入する方法を取らざるをえなくなってしまいました。

チューブを注入して満足に声を出すこともできなくなってしまったので、連れ合いはよく、親指と人差し指の間をおちょこを持つくらいの間隔にして見せては、お酒を懇願していました。

それでも「ねえちゃ」にできるのは、せいぜい、ガーゼに少しお酒を含ませて、唇に塗ってあげることくらいだったのです。

「あっち」へいったら思う存分、飲ませてあげたい。お酒のキャンドルには、そんな「ねえちゃ」の想いが込められています。

整理整頓

「ねえちゃ」は、整理整頓が大好きです。ちゃんと片付いていないと、居ても立ってもいられなくなるようなところもありました。

食事が済むと、すぐに茶碗やお皿を片づけて、食器棚の決まったところにしまうのが習慣になっていました。

正月やお盆に、息子や孫たちがやってきて部屋を散らかしっぱなしにしているのが、気になって仕方がない様子でした。せっかく来たのだからと、決して口に出すことはありませんが。

何か、おいしいものを食べたり、遊んだりするよりも、片づけをしているときが、いちばん楽しそうに見えることもありました。

でも、最近ちょっと変わってきたように思われます。

食事が済むと、以前のように食器をつぎつぎ片づけるのは以前と変わりませんが、定位置と違うところに置くのか、定位置自体を忘れてしまうのか、どこにしまったのか分からななくて探し回ることがたびたびになりました。

自分の部屋も、あちこちに物が乱雑に置きっぱなしになったままの状態です。始終、あちこちを探し回るので、整理している余裕がないのでしょうか。特別に具合が悪いわけではないのに、一日中パジャマ姿で居ることも少なくありません。

「ねえちゃ」は「だらだらしてばかりで自分がイヤになる」と反省しきりですが、私などにしてみると、むしろ、もの忘れの効用。「だらり」とできるようになって、ホッと楽になった気がしています。

2人分

「ねえちゃ」は、連れ合いが亡くなって5年になるいまも、長年の習慣でついつい2人分のご飯を炊いてしまいます。

食事の前には必ず仏壇にご飯を供えますが、ときどき「おじいさんにあげても食べてくれないし、いつもご飯が余っちゃって」と、ぶつぶつ言っています。

若いころ、「ねえちゃ」が仕事や行事で少しでも食事を作るのが遅くなると、夫はしばしばかんしゃくを起こして怒鳴りつけました。

ですから、決まった時間にご飯を炊いて食事を作らなければというのが、「ねえちゃ」の頭の中を、時には“強迫観念”のようになって占領していたのかもしれません。

例の「アルコール依存症」日記の中に、こんな記述がありました。

「11月15日 みかん狩りに行ったが、心配でならない。帰りの時間が1時間遅くなったので帰ってからの事が心配だったが、帰ってみると割合に機嫌よくびっくりした。ビール2缶をさがし出し飲んで居た。がっかり。だんだん話す声が大きくなる」

このときは連れ合いも、禁酒中にビールを飲んでしまったのが後ろめたかったらしく、さすがに怒鳴りまくることはできなかったようです。

さて、「だんだん話す声が大きくな」っていった先には、何があったのでしょう。辛抱強い「ねえちゃ」もとうとう堪忍袋の緒が切れて、“爆発”してしまったのでしょうか?

春の目標

暖かい日曜でしたが「ねえちゃ」は、「何もすることもないし」と一日、布団のなか。それでも、食欲はいつもと変わることなく、三食、たっぷり食べました。

何もすることがないのは、平和でいちばんいいのですが、「なにかしなきゃ」という焦りも「ねえちゃ」の心の中に沸いたり消えたりして、落ち着かないようです。

先日、おいの長男から、4月に行われるという結婚式の招待状をいただきました。行くには3時間近くバスに乗らなければなりません。

無理かな、と一時は断るつもりだった「ねえちゃ」でしたが、周りに励まされて「喜んで出席させていただきます」という返信を書きました。

結婚式に出席させてもらうことが、いまの「ねえちゃ」のいちばんの目標なのです。

あと1カ月と少し。

こころとカラダのコンディションを整えて、いつもの「直前のお断り」にならずに、おめでたい「春の目標」を何とか無事に達成してほしい。

いまから、祈るような気持でいます。

趣味

長年勤めたスーパーマーケットを退職してから「ねえちゃ」は、陶芸、手芸、押し花など、周りの人にさそわれて習いに行ったりして、いろんな「趣味」に励んできました。

ですから、「お酒」だけが楽しみだった連れ合いと違って、一人になっても楽しみはいろいろあるだろうな、と思っていました。

ところが意外なことに、どれもこれもみんな飽きたりダメだと思ってやめてしまい、夫が亡くなったころには趣味らしきものはすっかり無くなっていたのです。

兄嫁が俳句を楽しそうにやっている、というので、県内を拠点にしている俳句会の雑誌を2年間購読したりもしました。が、「私には才能がないから」と、けっきょく一回も投句せずに終わってしまいました。

ちゃんとしていないと気が済まないところがある「ねえちゃ」は、「みんながやるからやらなきゃ」とか「みんなと同じようにできないと」とった義務感のようなものが先に立って、「自分が好きだから下手でもなんでも楽しんで続けてる」というのは趣味ではなかったのかもしれません。

そんなに格式ばらなくても、好きなテレビ番組を見つけていつもチャンネルを合わせるようにして楽しむとか、庭で好きな花を育ててみるとか、そういうので十分なんだからと言っても、残念ながら最近は「興味を持つ」ということ自体がめんどうになってきているみたいです。

主治医

「ねえちゃ」は、お客さんが来たのでキャンセルした歯科医の予約を、きのうの午前10時半、ということで取り直しました。

ところが、前日までは行く気満々でいたのが、当日の朝、いつものように洗濯など済ませたのに、「何だか調子が悪いので行かない」と頑なに言い出し、またキャンセルしてしまいました。

風邪をひいたとか、熱があるとか、カラダのどこかが悪いとかいうわけではなく、外出しようと思うといつも「ねえちゃ」の中におとずれる、例の「お断り」のパターンのようです。

旅行や冠婚葬祭だけでなく、すぐ近くの歯科へ行くのも受け付けなくなってきた、というのは、ちょっとショックです。「ねえちゃ」は、カラダはすごく健康で、これまで、これといった病気にかかったことがありません。

だから年齢を重ねたいまでも、連れ合いが存命中にお世話になっていた街中の大きな病院へ3カ月に1度ほど、検査や高血圧の薬を処方してもらいに、タクシーで出かけるくらいです。

家から歩いて5、6分ほどのところに、歯科はもちろん内科や外科の医院がありますが、これまでほとんど行ったことがありません。健康に神経をとがらせ、ずっと元気できたので、お医者さん通いの必要がなかったのです。

逆にいうと、「主治医」といえるような先生が、残念ながら「ねえちゃ」には近くに居ないことになります。「病気」や「病院」というものにも、慣れていません。

カラダは元気でも、もの忘れやボケなどアタマのほうが気がかりな昨今、「ねえちゃ」に気軽に相談できる町医者の先生がいたら、随分と気持ちの持ちようが違っていただろうにと感じます。

宅食

5年前に亡くなった「ねえちゃ」の連れあいは、家の食事はすべて手作り、スーパーの出来合いの惣菜で夕食を済ますなんてことは絶対に許さない人でした。

一人暮らしになって作ってあげる人もいなくなり、もの忘れも多くなった「ねえちゃ」は、料理をするのがだんだん煩わしくなり、実際、出来なくなってきました。

そこで、近年はやりの「ワタミの宅食」の「おかず」を取ることにしました。その日の夕食を、土曜・日曜以外の毎日、正午ごろには届けてくれます。その日の夜、電子レンジで「チン」をして食べます。

たとえば昨日のメニューは、アジの塩焼き、イカとカボチャの天ぷら、切干大根のごまドレッシング、コンニャクとニンジンの白和え、ポテトの真砂和え、漬物でした。

毎日、ちがうメニューが届き、栄養バランスにも気が配られています。これだけの種類を一人分だけ作るのは面倒でお金もかかるので、経済的でもあります。

当初は「それくらい私が自分で作ったほうが」と受けいれようとしませんでしたが、最近はすっかり「宅食」の生活がハマッてきました。

「宅食」を持って来てくれるおねえさんともすっかり仲良くなって、しばしの世間話も、楽しみにしているようです。

みすゞ飴

「ねえちゃ」は、5人ほどの兄弟姉妹の末っ子です。「ほど」というのは、本人も本当のところ、何人だったかははっきりしないというのです。

すぐ上の姉とも11歳年が離れています。ですから、だいぶ前に亡くなった年長の兄たちよりも、むしろ、その子どもたちのほうが「ねえちゃ」の年齢に近いのです。

そんな兄弟たちの中で、この世に居るのは11歳年上の姉と「ねえちゃ」の2人だけになってしまいました。

そんな大切な姉のところを訪ねるとき、「ねえちゃ」が決まっておみやげに持っていくものがあります。「姉さまの好物の『みすゞ飴』」です。

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「みすゞ飴」は、「真田丸」ですっかり有名になった長野県上田市にある飯島商店が生んだ、果物の果汁と寒天を水飴に加えたゼリー菓子。同商店のサイトによると「試行錯誤の上、明治の末に完成し」ていたのだそうです。

さすがに、伝統の一品。柔らかいけれど適度な弾力があり、アンズ、ぶどう、もも、りんごなど信州産の果汁の風味と独特の歯ごたえがシンクロして、なんともいえない味わいが醸し出されています。

いつごろ「好物」になったのか、いつごろから「おみやげ」にするようになったのかは定かでありません。でも「みすゞ飴」が、残された姉妹の絆に一役買っていることは確かなようです。

きのう「ねえちゃ」のおいが、家にあそびに来てくれることになりました。そこで「ねえちゃ」は、朝から「みすゞ飴」を求めて、近くのスーパーに出かけました。

1度目は肝心の「みすゞ飴」を買うのを忘れて帰ってきてしまいました。が、忘れたのを思い出してもう一度、スーパーへ。

「よかった。2個だけになってたけど残ってた」と嬉しそう。訪ねてくれたおいに無事、姉の好物のおみやげをたくしました。

キャンセルのメモ

抜けてしまった奥歯を治療するため、歯医者さんに予約の電話を入れた「ねえちゃ」でしたが、予約した水曜日に、お客さんが来ることになってしまいました。

そこで、きのう、歯医者さんにキャンセルの電話をすることになりました。が、いつものように、電話をしたかどうか記憶からすぐに消えてしまっています。

「忘れたときのために、どこかにメモをしてあるはず」と、あちこち探しまわって、やっと赤マジックで書かれた広告を切った紙が出て来ました。

そこには「H歯科へ、23日11時30分に電話。予約を取り消し、改めて予約し直すことにする」とありました。「電話をしたんだね」と本人は、ほっと一安心。

メモも、単に「取り消す」と書いただけでは、取り消し済みなのか、取り消すことにしたのか分かりません。そこで、行動したことを「23日11時30分」などと、日時を入れて書き込むように努めています。

そこらへんはだいぶ習慣になってきて、2度も3度も電話をして取り消したかどうかを相手に確認する、という騒動になることはだいぶ減ってきました。一歩前進です。

けれど、どこに書いたか分からなくならないように、メモはすべてコレと決めている一冊のノートにまとめて書き込む、という約束のほうは、残念ながらなかなか守るところまでいきません。

松井潤
matsuijunta@gmail.com
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