Aokijima

認知症と生きる「ねえちゃ」の近況と、アルツハイマー病に関する記録です

ゲーム

インターネットを覗いていたら、この春、東京のゲーム開発会社に就職した、ねえちゃの孫が入社した際の写真が載っていました。

この会社の新入社員は、今年は10人。同期の仲間たちと肩を組んで、意欲満々という感じで写っています。

スーツ姿の孫など見たことがなかったねえちゃは、最初は誰だか分からなかったようでしたが、「へえ、かわいいじゃん。立派になって。でも、いちばん痩せてるね。一人暮らしになったっていうから、ちゃんと食べるもの食べてればいいけど」。

就職先は、家庭で楽しめるテレビゲームや個人向けの携帯型ゲームをはじめ、ゲームセンター、遊園地などのアミューズメントスポット用、スマートフォンアプリなど、さまざまな用途のゲームを幅広く作っている会社のようです。

ねえちゃは、テレビゲーム、ゲームセンター、スマホアプリなどと言われても、行ったことも、やったこともないのでチンプンカンプン、何が何だかさっぱりわかっていません。

ただ、ねえちゃのおいが、パチンコ・スロット店を営んでいることもあってか、ゲームというとパチンコが頭に浮かぶようです。といっても、「パチーンと玉をはじいて、穴に入ると……」という、お祭りとかで見かけるようなむかしながらの、ですが。

ねえちゃの孫は、小さいころからずっとゲームのプログラミングに夢中でした。ハタから見ていても、メシよりも何よりも好きで好きでしかたがないという感じでした。興味は失せるどころかいっそう膨らんで、大学でもゲームデザイン関係の勉強に打ち込んできました。

周りからどう思われようと、自分が本当に好きだと思えることに出あい、熱中していられることほど素適な人生はないと思います。「孫を見習って、残りの人生、しゃちほこばらずに根っから好きだなって思えることをやったら」と、ねえちゃにときおり話したりします。

ピコカ

ねえちゃの行きつけのスーパー「マツヤ」。外の看板は「マツヤ」のままですが、いつのまにか、店内の飾りつけも、店内放送もガラリと変わっています。

4月からアルピコグループのデリシアに吸収合併されて、会社としてのマツヤがなくなってしまったからなのでしょう。

店員に聞くと、マツヤという店の名はまだ残るみたいですが、何やらややこしい名称の組織の先っちょのほうに位置づけられることになったようです。

それに伴って、ポイントカードも「マツヤカード」から「ピコカ」に変わりました。

ねえちゃも、いつやったのかは、いつものようにすっかり忘れてしまっていましたが、すでに「ピコカ」への変更手続きを済ませていました。

ピコカは、マツヤカードと違って、ポイントだけでなくプリペイド機能を備えています。

あらかじめ現金をチャージしておけば、カード一枚で買い物ができ、キャッシュで買う場合の2倍のポイントが貯まるなどいろんな特典があるようです。

便利には違いないから試してみようと、きょう、ねえちゃとマツヤへ出かけて、1万円チャージして買い物をしてみました。

結果、「これなら財布を持って行かなくても買い物ができるんだ」と、ねえちゃはなかなか乗り気のようです。

レジで、「ピコカで」とカードを差し出しさえずれば、財布からお金を出し入れする煩雑さが省けるうえ、ねえちゃがよくやる「財布どっかへいちゃった」とアタフタと騒ぐ事態も防げそうです。

問題は、ものをカードで買たことの無いねえちゃが、果たして、カードで買い物をすることを習慣にすることができるかどうかにあります。

連休の収穫

ゴールデンウィークも終わりです。でも、ねえちゃの生活は年中連休のようなものなので、なにか特別なことがあったというわけではありません。

連休中に、実家の山で穫れた竹の子を、おいがわざわざ車で届けてくれたことも、大宮に住んでいる息子がやって来たことも、ねえちゃの記憶からはほとんど消えてしまっているようです。

ただ、なんとなく覚えているのは、竹の子をお裾分けで近所の人たちに配ったこと。それから、ここ数日、自分で煮た竹の子を毎食、冷蔵庫から取り出して来てはおかずにしていることくらい。

きょうの夕食の一皿で「いただいた竹の子もこれで終わり」となりました。今年の竹の子、ねえちゃには「少し硬かった」ようですが、私には歯ごたえがあってちょうどいい感じ。ただし、「味付け、薄いんじゃない」とねえちゃに文句を言うと、「そう? しょっぱくなるといけないと思って気をつかったんだから」。

最近、料理らしい料理をめったにしないねえちゃですが、やる気になれば、竹の子の煮付けくらいは大丈夫、と判明しました。それが、今年のゴールデンウィークの最大の収穫といえそうです。はるばる届けてもらって感謝、感謝。ごちそうさまでした。

ユースキン

お風呂から上がると、ねえちゃは決まって「ユースキン」を塗るのが日課になっています。

「いつだったか薬屋さんにすすめられた」のがきっかけで、家族みんなで使い始めてもう50年くらいになります。

ねえちゃは、いまのように給湯器や全自動の洗濯機など無い時代から、ずっと主婦をやって来ました。ひび、あかぎれ、手荒れ、指先のさかむけなど日常茶飯事のことでした。

「ユースキン」が誕生したのは、1957(昭和32)年のことだそうです。創業者が営む薬店に訪れた一人の主婦が「ベタつかずにもっと効くものがあればいいのに…」と嘆いたのが、開発を思い立つきっかけだったとか。

ベタつかない親水性のクリームにビタミンB2、B6、血行促進成分カンフルを加えた日本初の医薬品ハンドクリームは、創業者によって「あなたの肌」を意味する「ユースキン」と名付けられたといいます。

ねえちゃも、塗りこんでしばらくすると肌になじんでベタつかないこのクリームがすっかり気に入って、多種多様なクリームが出回っている昨今も、「私はユースキン」と頑固に使い続けています。

“東洋の魔女”世代

連休中はスポーツを楽しんだ、というかたも多いことでしょう。本を読むことよりは体を動かすことのほうが好きなねえちゃですが、どうもスポーツ好きというわけではなさそうです。

ほんとうのところ運動神経がいいのか悪いのかも、正直、よくわかりません。

ただ、テレビでバレーボール中継をしていると、「そ~れ」「よく決めたね!」などと声をあげながら、珍しく目をくぎ付けにして観ていることがときおりあります。

ねえちゃは、半世紀前、“東洋の魔女”として世界を圧倒していたバレーの選手たちと同じくらいの世代です。東京オリンピックの金メダルは、やはり印象的だったのでしょう。

それに、ねえちゃ自身も中学のころバレーの選手としてがんばっていたそうです。ただし、やっていたのはいま主流になっている6人制ではなくて、9人制でした。

ということもあって、最近の試合をテレビで観戦していても、ルールやポジションがどうなっているのか、何がなんだかわからないことばかりだといいます。

たとえば、リベロ。「あの小さい人、ひとりだけ違うユニフォーム着て、何なんだろう?」と不思議がっています。

デパート

小さいころ「こどもの日」とかいうと、家族でデパートへ行くのが楽しみでした。

キラキラした品物がたくさん並んでいて、いちばん上の階には、お子様ランチやハンバーグなど何でも食べられるファミリーレストラン。屋上には、コーヒーカップや観覧車などいろんな遊具のある遊園地がありました。

長野市にはむかし「丸光」と「丸善」という地場資本の大きなデパートが二つあって、連休とかには家族連れであふれかえっていました。でもやがて、ダイエー、イトーヨーカドーなど大型スーパーが入ってきて競合するようになります。

ダイエーの長野店は、ねえちゃが40歳から20年近く勤めた職場となったところです。買い物ついでに家族で、ねえちゃがどんなふうに働いているのか覗きにいったこともありました。

こうした大型スーパーやコンビニなどの台頭で、デパートは次第に元気がなくなってきました。光り輝いていた長野県最大のデパート「丸光」も、1982年には、名前を変えて、そごうとの業務提携に踏み切らざるを得なくなり、やがて倒産します。

「丸善」は東急グループの傘下に入り「東急」として続いていますが、休日などに家族で連れ立って遊具などで楽しむ、という雰囲気はもうありません。

一方で、ねえちゃが働いていたダイエーも、2000年末をもって閉店へと追い込まれました。記憶や思い出が詰まったお店が、寂しいかな、次々に消え去っていきます。

川中島

ねえちゃの家のあたり一帯は、いまから500年近く前、「川中島の戦い」が繰り広げられたところです。

あの武田信玄と上杉謙信が一騎打ちをしたとされる八幡原、さらには、いまは長野オリンピックのスタジアムのある運動公園になっている、山本勘助が戦死したとされる地も近くにあります。

ちょっと散策に出かければ、武田軍や上杉軍の武将たちの史跡やお墓、関連するお寺もたくさんあります。

信玄が川中島決戦の拠点として勘助に築城させたといわれ、また「真田丸」でもお馴染みの真田十万石の居城、海津城(松代城)もバスで15分ほどのところにあります。

ゴールデンウィークのさ中、海津城や真田屋敷などは、例年にも増して観光客でにぎわいを見せているようです。

でも、ねえちゃにとって「川中島」といえば、石坂浩二の謙信と高橋幸治の信玄が一騎打ちを演じた、だいぶ前のNHKの大河ドラマ「天と地と」が思い出されるくらい。これといった興味はないようです。

散歩に出かけても史跡など目もくれず、ときおり携帯電話の歩数表示に目をやりながら、迷わないようにと一途に歩いています。

 

マツヤ

ねえちゃの買い物といえば、たいていは、家から歩いて5分ほどのところにあるスーパー「マツヤ」です。ねえちゃの生活は「マツヤ」で成り立っている、といってもいいくらいです。

「マツヤ」は、長野県の東北信地方を中心に26店舗の食品スーパーマーケットチェーンを展開していた会社です。が、最近、吸収合併されて会社としての「マツヤ」はなくなってしまいました。

同社のホームページをのぞいてみると「平素から格別のご愛顧を賜り、誠にありがとうございます。株式会社マツヤは2016年4月1日より、株式会社デリシアになりました」とありました。

1914(大正3)年に乾物店として創業してから、100年以上、地域で親しまれてきた会社でしたが、2010年代に入ると経営が悪化。アルピコグループの傘下に入り、4月から同グループ傘下のスーパーを展開する会社に吸収合併されて「デリシア」になった、ということです。

ねえちゃの最寄りのお店の名前はまだ「マツヤ」のまま営業していますが、3年間で30億円以上かけてマツヤ全店の改装・建て替えを進める方針で、店名も順次「デリシア」に統一されていくとか。

ずっと親しんできた「マツヤ」という会社がなくなってしまったことを、ねえちゃはまだ知りません。

でも、ときおり「このごろお客さんが少なくなったように思えるんだよね。つぶれちゃったら困るなあ」というようなことを話していた矢先のことでした。

名前が変わっても、とにかくスーパーとして(できれば、より安いお店として)残ってほしい。ねえちゃも私も、願いは同じです。

 

竹の子とまん十

いろいろとお世話になっているねえちゃのおいが、とりたての竹の子をねえちゃの家へ届けてくれると言っていたので、夕方「竹の子もってきてくれたの?」と電話をしてみると、ねえちゃは「いや、来てないよ」と言います。

「ほんと? 部屋とか、台所とかに置いてないの?」と念を押して、ねえちゃに探してもらうと「ああ、来たんだわ。一二三屋のまん十がテーブルの上に置いてある」。

車でわざわざ遠から届けてくれたのに、ねえちゃはすっかり忘れていたのでした。

よくよく聞くと、いただいた竹の子の一部はもうすでに近所にお裾分けし、自分でも食べようと茹でていた、ということも分かりました。

「一二三屋のまん十」は、ねえちゃも私も大好きな飯田の銘菓です。北海道産小豆のこし餡と沖縄産サトウキビの黒砂糖で作られた、素朴でやさしい味わいがなんともいえません。

彼が来るときは、必ずといっていいほどお土産に持ってきてくれるので、来たことを忘れてしまっても、名物まん十が、その“証し”になってくれるのです。

今年も旬の竹の子、そして忘れられない味わいのまん十。ありがたく、ごちそうになります。

「アタマのほうが……」

「カラダのほうは元気なんだけど、アタマのほうがおかしくなっちゃって」。ねえちゃは最近、あいさつのとき決まって、そんなふうに口にするようになりました。

確かに、カラダは元気です。薬といえば、高血圧がたまに高くなることがあるので“念のため”程度に1日に1錠ずつ飲んでいるだけ。血圧の薬2種に血糖値を下げる薬を飲んでいる私のほうが、ずっと重症です。

多少風邪気味かなというときには葛根湯を飲めば、すぐ治ってしまうといいます。足腰が痛むこともなく、眼鏡をかけなくても日常生活に不自由はありません。

ひとに迷惑をかけまいと、人一倍、健康に気遣ってきたのが功を奏したわけですが、お医者さんでもなかなか手に負えない「アタマのほう」でこんなに悩むことになるとは、ねえちゃも想定していなかったようです。

「お酒を飲んだり、無茶して何かに夢中になったり、カラダに多少悪いことしたほうがかえってアタマにはいいんじゃない?」というと、「ん~」。

きょうは、連休中に誰かが来てもいいようにと、ねえちゃにとってのお土産の定番である「みすゞ飴」などのお菓子を買いに出かけたそうです。電話をすると「まだ、お前の声は分かる。大丈夫だ」と元気そうでした。

松井潤
matsuijunta@gmail.com
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