Aokijima

認知症と生きる「ねえちゃ」の近況と、アルツハイマー病に関する覚書です

介護保険負担割合証

きょうの夜、「具体的にどういう介護が必要ですか?」と担当の女性から電話がありました。

9月13日に介護保険の調査員とかたと面談をして、「結果は1カ月くらいかかる」ということだったのを思い出しました。

女性の話だと、要介護申請が通ったそうで、すでに通知が送られているはずだといいます。

ねえちゃに尋ねてみると、何が送られてきているのか、いつものようにすっかり忘れてしまっています。

「最近とどいた手紙を全部ここに出して」というと、持ってきたものの中に、「介護保険負担割合証在中」と大きく書かれたちっちゃな封筒がありました。

「大事なものなんだから、ちゃんと保管しておかないとダメじゃない」

というわけで、届いた郵便や書類だけを入れる箱を一つ作って、テーブルの上に置いておくことにしました。

どういう介護サービスを受けるのが、いまのねえちゃにとってベストなのか。さっそく検討しなければなりません。

10日ぶり

きりっと気持ちのいい秋晴れとなったきょうの午後、ねえちゃは散歩がてら久しぶりに最寄りのスーパーへ買い物に出かけました。

領収書を貼りつけてあるノートからすると、10月3日に行って以来、約10日ぶりということになります。

きょうの長野は、気温が摂氏8度まで下がりました。でも、周辺の山並みも、よく通るイチョウ並木も、紅葉までにはもしばし間がありそうです。

久しぶりに外を歩いたねえちゃですが、いつも歩数を記入している手帳に書き込もうとすると、歩数計機能の付いた携帯電話を持って行かなかったことに気が付きました。

ちょっとガッカリな様子でしたが、それもすぐに忘れて、「おいしい」「おいしい」と買ってきた刺身や柿を食べていました。

幸せ!

ねえちゃは、パスポートを持ってはいません。生まれたときから今まで「言葉が通じないようなところ」に行きたいと思ったことはないそうです。

「ヨーロッパをまわってきた」「ちょっとシンガポールへ行ってきた」といった話を聞いても、ぜんぜん羨ましくはないようです。

「海外へ行くなんていったら、むかしは近所の人たちとみんなで見送りに行ったものだけどね」などと、いつも他人事。

連れ合いが生きていたころは、温泉ツアーなどによく行きましたが、一人になってからは国内旅行へ行く意欲もすっかり失せてきました。

以前、近所の人などから声がかかったりすれば「行かないと申しわけない」とがんばってツアーに加わったりしても、いつも、楽しさより気疲れのほうが先に立っていたようです。

アルツハイマー病と診断された昨今では、旅行に誘われることもほとんどなくなり、「病気だから」と断る口実もあります。

パジャマで一日のんびり過ごし、そこそこ「おいしい」ものを食べて、日記を付けて、血圧を計り、ゆっくりと風呂につかる。

「それが一番なんでしょ?」と聞くと、悟ったように「幸せ!」「幸せ!」といいます。

真田信之

大河ドラマ『真田丸』で大泉洋が演じる真田信之は、関ヶ原の戦いの後、旧領に3万石を加増されて上田藩9万5000石の藩主となりました。

そして、弟の信繁が大活躍した大坂の陣が終わった後の1622年10月には、13万石に加増され松代藩に移封されることになります。

信之は90歳過ぎまで生きましたが、生前に長男の信吉、さらには嫡孫で信吉の長男の熊之助にも先立たれます。

そのため、次男の信政に家督を譲って隠居しますが、信政もまた家督を継いでわずか2年で死んでしまいます。

この際、真田家では後継者争いが起こって幕府や縁戚の大名を巻き込んだ騒動となるなど、最後の最後まで波乱飛んだ生涯だったようです。

そんな松代は、ねえちゃの家から車で15分ほど。

『真田丸』の主舞台は大阪に移ってしまいましたが、連休中は真田一族や戦国武将らに扮して街中を練り歩く武者行列など「松代藩真田十万石まつり」が開かれ、大変な賑わいでした。

連休のメニュー

5年前に連れ合いが死んでしばらく経ったころから、ねえちゃは自分で料理することがあまりできなくなってしまいました。

料理を作ってあげられないのがもどかしくて、お盆や正月に親族が集まることにも、だんだん消極的になっていきました。

いまでは、夕食の宅食サービスや生協の宅配に頼っているので料理をする必要がほとんどありません。

それでも、宅食が来ない連休中ともなると、食事を作らなくてはと気持ちがパニックに陥ってしまうことがしばしばあります。

「こっちはこっちで食いたいものを勝手に作るから、冷蔵庫の中にあるものから自分で食べたいのを取り出してくればいいの」といっても、いつも忘れてしまっています。

冷蔵庫の中に何が入っているのか、きょうは自分が何を食べたいのか、も最近はほとんど考えないようになってしまいました。

仕方ないので宅食が無い日には、私のほうで「きょうはこれとこれ」とメニューを決めて用意するようになってきました。ねえちゃはもっぱら片づけ担当、というわけです。

今晩は、冷蔵庫の中にだいぶ長くおいたままだったサバを焼いて、きのうスーパーで買ってきた春雨サラダ、それに冷凍してあったコンニャクの味噌田楽とナスの浅漬け。それから食後は、ミカンとまんじゅう。

救いなのは、何を食べてもねえちゃは「おいしい、おいしい」と良く食べることです。
 

川中島古戦場まつり

夜になると、ねえちゃの家に、「ドカン、ドカン」と繰り返して大きな音が聞こえてきました。

「花火かな」と、二階へのぼって窓から眺めているとやっぱり、南側の屋根のあいだから花火が次々夜空を彩っていきます。

近所の人に聞くと、きょうは「川中島古戦場まつり」。川中島合戦で犠牲となった数多の霊の追悼のための催しです。

合戦の中心地、八幡原から、ミュージックスターマイン、特大スターマインなど約3000発の花火が打ち上げられたとか。

川中島の戦いは、12年余りにわたって計5回あったとされています。

そのうち最大の激戦となった、永禄4年9月9日(1561年10月17日)から10日(18日)にかけての第4次合戦を、ふつう「川中島の戦い」と呼んでいます。

今年は永禄4年の川中島の戦いから455年目。八幡社では、「献灯祭」も開催されました。

455年前には、ねえちゃが暮らしている青木島でも、多くの屍が野にさらされたのです。

みるくショップ

玄関先に、このあいだ断った明治乳業の飲物を入れる箱の代わりに、別の箱が置いてあります。

「これなに」と、ねえちゃに聞いても「何だかわからない」といいます。

箱に貼ってある説明書きからすると、どうも「無料で試飲できますから」と置いていったもののようです。

善良で断ることを知らないねえちゃは、「そうですか」と受け入れたものの、いつものように忘れてしまった模様です。

説明書きには「みるくショップ カナイ」とあります。今度は明治乳業ではなく、雪印メグミルクの販売店のようです。

さっそく、この店に電話で事情を話して、箱を回収してもらうことにしました。

「健康のため**飲んでみませんか」とかで誰かが来たら、とにかく断るように、と言ってはいるのですが……。

イラク戦

ロシア・ワールドカップ・アジア最終予選第3戦、日本代表対イラク代表━━。夕食を終えたねえちゃは、めずらしく、お風呂に入るのも忘れて、試合が終わるまでずっとテレビの前で観戦していました。

25分、清武選手の右サイドからのクロスに、原口選手が合わせて右足ヒールでゴール。

「えッ、どこで打ったの?」と、ねえちゃ。「かかとで後ろ向きに入れたの」「へー、そんなことできるんだ」

後半、土壇場のアディショナルタイム。フリーキックからのこぼれ球を山口選手が右足で鮮やかなボレーシュートをたたき込んだときには、「うまいところにいて、うまく打ったもんだね」。

ねえちゃはきょうも、いつものようにパジャマ姿で一日中、家の中でしたが、毎日飲むようになったアルツハイマーの薬が効いているのか、少し前向きにやる気を出す姿勢が出てきたようにも思われます。
 

綿半

ねえちゃは日常品や雑貨が必要になると、「なんでも売ってるから」と、少し足をのばして「綿半ホームエイド」というお店へたまに出かけます。

綿半ホームエイドはもともと日用品、大工道具などの住関連商品を中心としたホームセンターでしたが、2005年から食品も扱うようになり売り上げを拡大、2007年からは生鮮食品や惣菜も扱い始め、スーパーとホームセンターを合体したようなショッピングセンターになりました。

ねえちゃの行くこの店は、まず、価格表示が税込みになってるのが目を引きます。食品にしても、近くにあるスーパーより消費税分くらいは安いように感じます。

そんな綿半ホームエイドが、主に40、50代の女性を主要ターゲットとした新たな店舗戦略に乗り出すそうです。

これまでのような、役に立つものを効率的にという店内配置から、「暮らしに彩り」をコンセプトに、カフェコーナーを設けたりインテリアや雑貨を充実させたりと、買い物の楽しさを演出するレイアウトに衣替えするのだとか。

楽しく、しゃれたお店になるのは悪くないとは思いますが、「安さ」という売り物も忘れないでいってもらいたいものだと望んでいます。
 

歩道の整備

新年早々の今年1月、軽井沢町の国道18号碓氷バイパスで15人が亡くなったスキーバス転落事故の現場付近で、追悼に訪れる人のための歩道の整備工事が始まったそうです。

事故のあと、近くのチェーン着脱所から歩いて事故現場前の献花台に行けるように、登坂車線を車両通行止めにしているようです。

さらに今回、歩行者が安全に行けるように道路脇の斜面を削り、幅約2m、長さ約200mの歩道を設置。削った斜面は、石を詰めたかご枠で固定するのだそうです。

工事は、「あの日」に間に合うように、年内に完成させる予定だとか。

夏のような気候になったり、台風の影響で雨が降り続いたり。なかなか秋らしさを感じられないまま、そういえば、今年もあと3カ月を残すだけ。

ついこの前と思っていた長野県で起こったあの大惨事から、早いものでもう1年になろうとしているのですね。
松井潤
matsuijun@jg8.so-net.ne.jp
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