Aokijima

認知症と生きる「ねえちゃ」の近況と、アルツハイマー病に関する記録です

キャンセルのメモ

抜けてしまった奥歯を治療するため、歯医者さんに予約の電話を入れた「ねえちゃ」でしたが、予約した水曜日に、お客さんが来ることになってしまいました。

そこで、きのう、歯医者さんにキャンセルの電話をすることになりました。が、いつものように、電話をしたかどうか記憶からすぐに消えてしまっています。

「忘れたときのために、どこかにメモをしてあるはず」と、あちこち探しまわって、やっと赤マジックで書かれた広告を切った紙が出て来ました。

そこには「H歯科へ、23日11時30分に電話。予約を取り消し、改めて予約し直すことにする」とありました。「電話をしたんだね」と本人は、ほっと一安心。

メモも、単に「取り消す」と書いただけでは、取り消し済みなのか、取り消すことにしたのか分かりません。そこで、行動したことを「23日11時30分」などと、日時を入れて書き込むように努めています。

そこらへんはだいぶ習慣になってきて、2度も3度も電話をして取り消したかどうかを相手に確認する、という騒動になることはだいぶ減ってきました。一歩前進です。

けれど、どこに書いたか分からなくならないように、メモはすべてコレと決めている一冊のノートにまとめて書き込む、という約束のほうは、残念ながらなかなか守るところまでいきません。

最寄りの歯医者

奥歯が1本取れてしまった「ねえちゃ」は、自宅から歩いて5、6分の、歯科医院に予約を取りました。覚えていないくらい久しぶりの歯医者さんです。

念のため、当日行けるかどうか心配になったから確かめて来ると、夕方、散歩がてら医院の場所を確かめに出かけていきました。ところが、なかなか帰ってきません。

だいぶ暗くなってから戻ってきたかと思うと「いや、たいへん。ちょっと暗くなると、道がわからなくなって、迷って、迷って。ホント、どうなるかと思った……」。

話を聞くと、歯医者までは無事にたどりつけたものの、日が長くなってきたのでちょっとそのへんまわって帰ろうと思ったところ、それが油断で、どこに居るのかわからなくなってしまった、とのこと。

「ねえちゃ」は、こんなふうに、ごく近所に出かけても道に迷うことが多くなってきました。そして、ときどき「おじいさんはヘベレケになるまで飲んだくれても、家にはちゃんと、たどり着いたのに」と、夫を思い出しては悔しがります。

夢うつつ

「きのうは、久しぶりにNさんたちと集まってべちゃくちゃ、いろいろ話が出来て、楽しかった。でも、誘ってくれた肝腎のKさんが来ないの。どうしちゃったんだろう」

と、「ねえちゃ」はいいます。何の話かな、と詳しく聞いていくと、どうも近くのショッピングセンターで約束していた、例の元同僚たちとの集まりのことらしい。

「ええ? 断ったんじゃなかったの。そう言ってたのに」

「ううん。そうだったっけぇ。じゃあ、あれは夢だったのかな」

「会う約束をしたという時間に家に電話をしたら、出たじゃない。もし行っていたら、電話に出られないでしょう」

「そうか、じゃあ夢だったんだね。最近、夢なのか現実なのか、なんだかよくわからないことばかりになっちゃって」

だれでも多少、夢とうつつが混ざり合うことってありますが、最近の「ねえちゃ」はその境界線が相当にあやふやになってきているようです。

「じゃあ、あのとき、歯がスコッと抜けちゃったのも夢だったのかしら?」と、周りを少し探していると、根っこの先からきれいに抜けた奥歯が一本、見つかりました。

どうも歯のほうは「うつつ」だったようです。さて、今度は久しぶりに歯医者へ行く算段をする必要がありそうです。 

読書

「ねえちゃ」のいまの悩みの一つは、何もやることがないことです。いつか四国八十八か所巡りをしたいと言い出したことがあったので、ガイドブックを何冊も送ったのですが、ほとんど見ることなく興味はじきに失せてしまいました。

「眼はすごくいいんだから好きな本を借りてきて読んでみたら」と、歩いて5、6分の公民館の図書室へ本を借りに連れて行ったこともあります。けれど、1回借りてはみたものの、読まずに返しただけで、それっきり。

残念ながら本の面白さからも、必要性からも、近年はトンとご無沙汰、ということになってしまっているようです。

以前も紹介した、1995年と見られる夫のアルコール依存症の日記には、次のような記述があります。

「11月14日 お父さん、仕事に行かず休む。朝より本を読んで見るがあまりに大きなショック。全部がお父さんの症状に当てはまり、このまま生活をして行く事が出来るか不安になって来る。

お父さんにも読んでもらう。自分も少しは自覚した様に見える。仕事があるので、入院は困ると云う。二人で頑張ろうと云うと、頑張ると云う」

本を読み、本をよりどころにして、病気に打ち勝とうと懸命に努めていた時もあったのですけれど……。 

お断りの「法則」

かつて勤めていた職場の同僚からの、近くのショッピングセンターで会いましょう、という約束、「ねえちゃ」はけっきょく、いつものように前日になって断ってしまいました。

旅行はもとより、いろんなイベント、「お茶」の集まりなど、友人知人からの誘いが来ると「ねえちゃ」は、いったんは快く引き受けるものの、その前日になると断るというのが、最近はニュートンの運動法則のように確かなパターンになってきました。

風邪をひいているのでも、熱があるわけでも、血圧が高いというわけでもありません。でも、「どうも気分がすぐれない、やる気が起きない。ダメだ」という思いが、前の日になると決まって頭の中を占領してしまいます。

「ねえちゃ」は、生真面目で、周りに失礼や不義理があってはならない、と人一倍考えるタイプです。物忘れがひどくなってきて、いざとなると行き慣れていたはずの約束の場所でさえ、どこだったか分からなくなってしまう。そうした不安が頭の中を混乱させて、「行けない」という結論にいたってしまうようです。

ひょっとすると「老人性うつ」的な要素も、関与しているのかもしれません。でも、行かなかったその日は、ほっと何かから解放されたようにたいてい明るくて元気。断ったことをケロリと忘れて、「楽しそうね。行けばよかった」なんて、笑いながら話すこともあります。

 

メッケル洞

2年くらい前、かかり付けの病院の定期検査で「ねえちゃ」の脳に、ちょっと判断の難しい影のようなものが見つかったので、と脳神経外科の専門病院でMRIなどによる精密検査を受けたことがあります。

眼の後ろの奥のほうに三叉神経が集まっている「メッケル洞」という空洞があるそうです。「三叉」というのは、眼神経、上顎神経、下顎神経の三つの神経に分かれる神経で、体の運動や知覚をコントロールする重要な役割を担う、脳内で最大の神経だとか。

精密検査の結果は、このメッケル洞に水が溜まっている可能性が高い、とのことでした。医師によると、最近の病変ではなく、子どものときからこうだった可能性もある。むかしは取り除く手術をしたこともあったけれど、最近はリスクをおかしてまで取る必要はないと考えられるようになった、そうです。

物忘れがはなはだしくなり、「泥棒が来た」などと突然いい出すようになったころだったので、「アルツハイマーとか脳血管系の痴呆の兆候のようなものは画像で見られなかったのですか」と尋ねると、医師は――

「痴呆は進んでこないと、なかなか画像ではとらえられません。脳血管もきれいで、特に変わったところは見られませんでした。お嫁さんを見たら、泥棒だと叫び出すくらいにならないと……」との返事でした。

母の死

  糸を取るおばあちやんちのありしかな

「ねえちゃ」のふるさとを詠んだ私の句です。「ねえちゃ」は、長野県南部の飯田市の近くにある下條村の農家に生まれ、結婚するまでそこで暮らしました。

信州は養蚕の国。「ねえちゃ」の家でも、何よりも蚕(かいこ)が大切にされていました。「糸取り」は、糸を紡ぐ作業のこと。繭を煮て、鍋の湯の中に踊る繭から一本の糸を引き出していきます。

そんな糸取りが、「ねえちゃ」のおかあさんたちにとっても農家を支える重要な内職でした。農作業のあいまにきっと、汗をかきながら懸命に繭から糸を引いていたことでしょう。

「ねえちゃ」の実母は、一家でくつろいでいるときに突然、発作を起こして急死してしまったのです。まだ、50歳を少し過ぎたくらいの若さだったそうです。疲労などが引き金になって心不全でも起こしてしまったのでしょうか。

末っ子だった「ねえちゃ」は、まだ幼くて「母の死」というものをすぐにはのみこめなかったようですが、そのとき受けたショックは、いまも記憶に焼き付いたまま離れないといいます。

愛犬

「ねえちゃ」の以前すんでいた家では、犬を二匹飼っていました。室内犬のマルチーズ「まり」と、番犬の柴犬「ころ」です。

いっしょに寝たり、いっしょに散歩したり、家族同然に仲良くしていました。けれど、やがて寿命が来て、二匹とも先に逝ってしまいました。

「ねえちゃ」は、その愛犬たちの死で味わった痛烈な悲しみが、いまも頭から離れないようです。

お隣も、親しくしていただいている近所のかたも犬を飼っています。「一人暮らしの心の支えになるよ。元気が出るよ」と犬を飼う話が浮上することがしばしばあります。

けれど、いったんはその気になりかけてもやっぱり、あの別れの悲しみを思うとどうしても踏み切ることができずに、躊躇してしまうのです。

生協

「ねえちゃ」は、昨年の夏、生協の会員になりました。しばらくは、何もたのまなかったのですが、毎週、手数料だけを取られるのももったいないので、秋になって少しずつ注文するようになりました。

マークシートの大きな注文用紙に書き込むのは、いまでも苦手ですが、毎週月曜日の午後3時、注文品をおねえさんが持ってきてくるのを待っていて、受け取るのは、習慣になってきました。

注文の中には、「ねえちゃ」の好物が必ず含まれています。秋のころは、柿、いまの時節は、酢ダコを、毎週たのんでいます。

ただし、届けてもらってすぐに食べてしまったのに、「来ていない。どうしたんだろう」と首をかしげていることが、しばしばあります。

外出の悩み

「ねえちゃ」はバス旅行が好きで、以前は、近所や元の職場の人たちとよく温泉や名所に出かけていました。連れ合いが亡くなってからも、県内のお寺巡りのツアーに月1回くらいのペースで参加してきました。

ところが最近は、もの忘れがひどくなって、外出する自信がすっかり失せてしまったようです。

バスで出かけるのを楽しみにしていた、元職場の同僚たちとの旅行や、実家の冠婚葬祭も、いったんは行くことにしても、直前になって断わるのが常になっています。

そして断っても、断ったかどうかを忘れてしまって、何度も電話をして周りを驚かせることも増えてきました。

そんなこんなで最近はめったに外出しなくなったのですが、きのう、久しぶりに元同僚の友だちからお誘いの電話がありました。

そんなには遠くない街の大きなショッピングセンターで会いましょう、という約束で「楽しみにしてます」と二つ返事でした。

しかし、いざとなってみると、約束の日時を間違えず、そこまで迷わずに行けるかどうか、すっかり不安になったようです。

「断ったほうがいいだろうか」。いつもの「悩み」がまたはじまりました。

松井潤
matsuijunta@gmail.com
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