Aokijima

認知症と生きる「ねえちゃ」の近況と、アルツハイマー病に関する覚書です

打って変わって

きのう調子が悪そうだったので、きょうはどんなものだろうと寝室に声をかけてみると、「アタマはおかしいけどね」と、きのうと打って変わって、元気そうです。

「ケーキ、食わない」と、ロールケーキを切ってやると、一口でペロリと平らげました。「なにがなんだか分からなく」なっても、食欲だけは衰えません。

あしたは、昼間はデイサービスセンター、夜は近所の人と花火に行く予定になっています。

デイサービスのほうは忘れかけていましたが、花火のほうはちゃんと脳に引っかかっているようです。

夜、東京へ帰ってねえちゃに電話をしても、先週よりは記憶はちゃんとしているみたいです。

先週何度もあって悩まされた、「あした何を持って出かけたらいいのか」といった問い合わせもいまのところありません。

生物時計

人間を含めて生物は、その体内に時計機能を備えているそうです。生物時計あるいは体内時計と呼ばれています。

生理的周期を維持するため体が自然に刻んでいるもので、昼夜の変化に対応したほぼ24時間の一日の(サーカディアン)リズムなどがあります。

海外旅行などをしたとき時差ボケが起こるのは、この生物時計が働いているためだとか。

生物時計は、人間の場合、脳の左右の視神経が交差する部位の少し上にある視交叉上核というところにあるようです。

ねえちゃは最近目だって、「いまが昼なのか夜なのか、何時ころなのか頭がおかしくて何がなんだか分からない」といって床にもぐり込んでいることが増えてきました。

きょうも午後6時前に、一人で勝手に夕飯を済ませて、寝室に閉じこもってしまいました。「熱でもあるの」と聞いても「体はどこも悪くはないけど、頭がおかしい」と答えるだけです。

認知症が進んでいくと、ひょっとすると生物時計に何か変化をきたすこともあるのでしょうか?

いずれにしても、周りでは理解が及ばない言動が徐々に増幅してきていることは確かなように思います。

時計が届いて……

朝は公民館のお掃除、午後にはいとこが訪ねて来てくれてと、きょうはねえちゃにとってはめずらしく忙しい日曜日でした。

おととい注文した腕時計も届きました。シチズンのオーソドックスな婦人用の腕時計です。包みから取り出してみると、まずひとこと「軽いね~」。

さらに「落ち着いた金色でなんとなく高級そう。小さいけど、文字盤はすごく見やすいし」と、パジャマ姿でさっそく腕にはめて嬉しがっています。

そういえば最近は、食べ物以外で自分のものを何か買う、ということがめっきり少なくなってきました。

ちょっとした買い物でも、気持ちはすこぶる高まるようです。

しばらくしてから再び腕時計を見せに来て「これ見た。いいでしょ」とはしゃいでいました。

独り言

以前、ねえちゃは朝から晩まで、小声で何かわからないことを始終ぶつぶつ口にしていました。

東京の地下鉄なんかでしばしば、一人で何か大声をあげている人を見かけることがありましたが、そういうのとは違います。

何を言っているのか分からないけど、口をぐじゅぐじゅ動かしてつぶやいているのです。

一日中一人でいるので、きっとフラストレーションがたまっているのだろうと、訪れる日数を多くしたり、宅食を取るなど話す機会を増やすように努めて来ました。

そんなことが功を奏したのか、最近は「ぶつぶつ」をあまり耳にしないになりました。それでも、誰かと話したいという基本的な欲求は少なくないようです。

給湯のスイッチを入れた後、「お風呂がわきました」と自動音声が流れると、それに答えて「そうですか。では入ります」とか、「アイスクリームを食べているのでもう少ししてから入ります」とか、大きな声で言ったりもしています。
 

腕時計

きょうはお医者さんの日。出かけようと支度をしていたねえちゃは、腕時計が動かなくなっちゃったと騒いでいます。

見ると、電池が無くなったのか針が止まり、ベルトもボロボロです。

ほかに時計は無いのと聞くと、持っていないといいます。

家の近くには、時計屋さんはありません。

交通費をかけて街まで出て、電池やベルトを取り替えて、ということになると、買ったほうが安くつきそうです。

そこで、取りあえず、代用としても使える安い“レディース用”を、ネット通販で注文してみました。

シチズン製で、星印は四つ半。

「ベルトが赤みがかった茶色で、時計の金色の枠の色と合っていて、値段のわりに、ゴージャスに見えます」

「文字盤も見やすく、ベルトもしっくり手に馴染みます」

「母にふだん使いにと思い購入しました。数字がよく見えると喜んでいました」

などと、なかなか好意的な口コミがたくさんありました。
 

黒豆

最近、生協の宅配で、煮込んだ黒豆を注文するようになり、ねえちゃはそれを楽しみにしています。

黒大豆は中国が原産で、2000年くらい前に日本へ伝来したと考えられているとか。

「絵本江戸風俗絵図」には「重詰の品は田作(ごまめ)、数の子、座禅豆(黒豆)の三重なり」などと記され、江戸後期にはすでに正月に欠かせない料理になっていたようです。

おいしく煮るには、きれいな黒色にするためにさびくぎを使ったり、何時間もかけてじっくり煮込んだり、さらには、火加減の調整や差し水の仕方など気を配る必要があります。

以前は、お正月の前になるとねえちゃも毎年、黒豆を煮ていましたが、いまではとても出来ません。

パック詰めされた煮豆をお皿に開けて「よ~く煮込んであって、柔らかさ、味付けもちょうどいい」と感心しながら、生協の黒豆をモクモクと食べています。

2回目

きょうは、デイサービスセンター通いの2回目。

先週は、帰って来てから「もう行きたくない」というようなことを口にしていたので心配しましたが、なんとかきょうはスムーズにすんだようです。

リュックサックのなかに入れて下着を持っていきましたが、なんとなく入る気にならなったとかで、お風呂へ入るのはやめたようですが。

ただ、帰ってきて、きょうも「まるっきりバカになっちゃって何が何だか」と、なんとなくまだ馴染めないところもあるようです。

それでも、センターへの送り迎えをしてしてもらったことや、お風呂のことなど覚えていたのは、一歩前進かな、と思います。

「水曜日はデイサービスの日」と、だんだんカダラが馴染んでいけばいいのですが。
 

リュックサック

ねえちゃは、外出のときはたいてい薄茶色をした愛用のリュックサックをしょって出かけます。

あしたはデイサービスセンターへ行く日だから忘れないようにと念を押しておいたら、きょうの夜、東京にいる私のところへ3回づづけて電話をかけてきました。

いずれも「あした持っていくもの何だったっけ?」といいます。そのたびに、「お風呂へ入るときのための着替えの下着だけ」と答えます。

すでにちゃんと下着を持ってきてリュックサックへ詰め込んでいるようなんですが、それをまたすぐに忘れてしまって、何度も電話をかけてきたのです。

先週も、前の日にちゃんとリュックサックへ着替えを入れて準備万端でした。でも、当日の朝になると、それをすっかり忘れていまっていてまた「何を持ってけば良かったんだっけ?」

 「明日は昼間にセンターでお風呂へ入るから、きょうはお風呂はやめておこう」と、今晩のところは、行く気満々でいるようです。さて、明日はリュックサックをしょってスムーズに出かけられるでしょうか?
 

やじうま

きょうの未明、ひっそり寝静まりかけたかなというところに、めずらしく救急車のサイレンの音が迫って来ました。

どこへ行くのかな、と様子をうかがっていると、ねえちゃの家の前まで来て止まりました。

まさか、下で寝ているねえちゃにどこか異変が起きて、夢うつつ「119番」をしたのかな、と少し焦っておりて見ると、いつものように床にいます。

どうも、向かいの家の誰かのようです。こういうときは、ねえちゃは元気です。パジャマのまま外へ出て救急車の近くまで行って、立ってずっと様子をうかがっています。

その姿を見て、そのうちに近所の人たちも何人か起きだして来ました。救急の人たちは、そんな切羽詰まった感じではなく落ち着いて話しながら、ゆっくりと救急車は走り出しました。

「だんなさんが付き添っていったみたいだけど」とねえちゃは、救急車を心配そうに見守っていました。

初日

大相撲九州場所の初日、長野県出身力士で84年ぶりの新三役、小結となった御嶽海は、横綱の鶴竜と対戦しました。

残念ながら、貫禄負けといった感じで歯が立たず、押し出しで敗れました。

夜のニュースでこの取組を見たねえちゃは「あれ、もう最初から横綱とやらなきゃならないの」と、きょとんとしていました。

「三役に上がったんだぞ」と何度も説明したのですが、その意味合いはさっぱり飲み込めていないようです。

きのうきょうとずっと寝ていたので、さすがに風呂を上がっても「すぐには眠れそうにない」といいます。柿を二つ平らげて、お腹もいっぱい。

となると、やることがないという悩みが付いてまわります。佳境に入った「真田丸」も、トンと関心を示しません。

小さい音でラジオをつけておけば「深夜便」を聞いてるあいだに自然に眠れるんじゃない、と枕のそばにラジオを置いてみましたが、聴く気もはならないようです。

松井潤
matsuijun@jg8.so-net.ne.jp
  • ライブドアブログ