Aokijima

認知症と生きる「ねえちゃ」の近況と、アルツハイマー病に関する記録です

松代地震

熊本地震のニュースが流れるたびに、ねえちゃは「ほんとうに、気の毒に……」と、心配そうに繰り返します。

最大震度7を観測してから、1カ月半になるというのにいまだに余震がつづいています。

ねえちゃは、これまでに熊本地震のような大地震を直に遭遇した経験はありません。しかし、いま住んでいる地域では、半世紀前、世界的にも稀有な長期間にわたる群発地震が起こったところとして有名です。

1965年(昭和40年)8月3日から、約5年半もの間続いた松代群発地震です。震源地は皆神山付近で、総地震数は71万1341回。うち有感地震は6万2826回を数えました。

震源の深さはごく浅く、群発地震での総エネルギーはM6.4に相当するとされます。

道路の地割れや住宅の損壊、液状化、湧水などが起こり、総被害は負傷者15、家屋全壊10戸、半壊4戸、地滑り64件。

ひっきりなしに発生する地震によって、ノイローゼを訴える住民も少なくなかったそうです。地震の前後で最大約1m隆起し、付近には松代地震断層が見つかっています。

群発した理由としては、地下深部の高圧な地下水が、割れ目に沿って上昇・拡散する過程で岩石の破壊強度を低下させて地震を引き起こすという水噴火説が、有力だとか。

5年半にもわたるこの群発地震は、中央隆起帯西縁に沿って発生してから、南西-北東方向に震源を拡大させながら活動は低下していったそうです。

なんとなくですが、今度の熊本地震とどこか似たところがあるような気もします。

天竜峡

ねえちゃの実家の法事も1週間後に迫ってきました。ねえちゃはそのため、近所の奥さんに車に乗せてもらって、美容院へ行きました。

今度の旅行では、高速バスとJR飯田線を乗り継いで、天竜峡まで行く予定です。「天竜峡の駅に下りるのは、高校生のころ以来」と、ねえちゃは楽しみにしています。

天竜峡は、暴れ川と言われる天竜川が切り開いた絶壁つづきの渓谷。花崗岩の岸壁にはアカマツやモミジが自生し、ちょうど今ごろは新緑が見事なはずです。

こうした景観を、船上から楽しむ舟下りでも知られています。

天竜峡温泉港から唐笠港まで大岸壁や奇岩など渓谷美を眺望できる天竜ライン。それから、天竜峡の上流の弁天港から時又港までの天竜舟下りです。

伊那節にも、「天竜下れば しぶきに濡れる 持たせやりたや 持たせやりたや 桧笠」と歌われています。

1989年には、天竜峡温泉も湧き出しました。久しぶりの天竜峡、ねえちゃの目にはどんなふうに映るでしょうか。

 

バスタ

東京から青木島のねえちゃの家に行くとき私は、もっぱら高速バスを使うようになりました。

新幹線で行くと、長野駅に着いてからバスかタクシーに乗り換えて、かなり時間や手間がかかります。

けれど高速バスなら、長野インターからまもなくの「しもひがの」という停留所で降りれば、歩いて10分ほどでねえちゃの家です。

この4月、新宿南口に「バスタ」が開業しました。それまで長野方面行きは、新宿西口なった古いターミナルから出ていましたが、立派な「バスタ」ビルの3階から出発するようになりました。

これまで新宿駅周辺19か所に分散していたバス停留所を、1カ所に集めたというバスタ。

バスタの中はいつも乗客でごった返している感はありますが、JRの南口に直結しているので、場所は格段に分かりやすく、交通の便も良くなりました。

高速バスだと長野まで3時間半ほど。新幹線の2倍くらいかかりますが、料金は半分以下と手ごろです。

バスにはカーテンで仕切られた個室的な席もあり、Wifyiも使えて、なかなか快適です。

それに、日本三大奇景の一つとされる妙義山が見渡せる横川サービスエリアで一服できるのも楽しみです。

作新大学園

学制が公布・施行された翌年の1873(明治6)年、ねえちゃがいま住んでいる青木島など当時の5つの村が協力して「作新学校」という学校ができました。

最初は地元のお寺を仮校舎にしていたそうですが、明治16年には、白壁瓦葺き2階建ての本館も建てられます。洋風の窓と和風の玄関を併せ持つ、ユニークでモダンな、当時の最新建築物だったそうです。

その後、この建物は、1956(昭和31)年に民間工場に譲渡されますが、後身である下氷鉋小学校の100周年記念事業の一つとして、昭和49年に同小学校の敷地内に作新記念館として移転されました。

現在は、現在は資料室、大気観測室として使われ、長野市の文化財にも指定されているそうです。

そんな作新学校の名前を引き継いで「地域の中で明るく健康に生活したい人が集い、人と交わって学び、体験し、人生の畑を耕す」ことを目的にした、「作新大学園」という高齢者大学がいまも活発に活動を続けています。

地元の盆栽クラブ、老人クラブ連合会、公民館の合議によって昭和48年9月に設立。4年制で、健康体操、防災、歴史、芸術、文学などいろんな講座があるようです。

「何もやることがない」のが悩みのねえちゃにも、「入学してみませんか」と公民館の担当者らが勧めてくれるのですが、残念ながら一向にその気にはならないようです。

大堀館跡

ねえちゃが散歩に出ると、すれちがった子供たちが、しばしば「こんにちは」と明るくあいさつしてくれます。近くに小学校や中学校があって、それらの通学路になっているからです。

そんな、近くにある更北中学校の敷地には、川中島の戦いで重要な役割を果たした大堀館があったことでも知られています。

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校門の脇のところに「大堀館跡」の石碑が建っています。大堀館は幅3間半、高さ2間半の土塁が四方を囲み、外側は幅4間、深さ9尺の堀がめぐらされていたといいます。

弘治元(1555)年の第2回川中島の戦いで、武田軍と上杉軍が犀川をはさんで、200日にわたって対陣したとき、信玄はこの大堀館を本陣とした、とされています。

大堀館は、大塚館ともいわれ、信玄、勝頼2代に仕えた町田氏が居を構えていたと考えられています。

町田兵庫正之は、1561(永禄4)年の武田氏による割ケ嶽城攻略の際、城将の山崎七郎を討ち取った軍功をあげたそうです。

正之、さらに子の光直は、信玄、勝頼2代に仕えましたが、武田家が滅亡すると武士をやめて、この地に帰農。館はその後、焼失してしまったとか。

館跡の隣にある安養寺には、信玄が奉納したと伝えられる守護仏不動明王が安置されています。

病院と鍵

きょうは3カ月1度の、ねえちゃが街の総合病院へ出かける日でした。1日1錠飲んでいる血圧の薬をもらいに行くのです。

病院の予約は午前10時20分。病院までは、車ならせいぜい15分あれば着けます。

「予約通りに病院へ行っても、どうせたっぷり待たされるんだから、10時ちょっと前にタクシーに来てもらえばいんじゃない」と言ったのですが、慎重なねえちゃは「午前9時20分に」ということで昨夜、予約していました。

そして、きょう。「予約はしたんだったっけ」と何度も問うた後で、「タクシーは少し待たせても」というズボラな私と違ってすこぶる真面目なねえちゃは、午前10時ごろから玄関前へ出てタクシーをずっと待っていました。

準備万端か、と思えば然にあらず。ややヒヤッとする事態が起こりました。いざ、タクシーが来ると慌ててしまったらしく、鍵を玄関の鍵穴に突っ込んだまま、鍵をかけずに出かけてしまったのです。

予想通り病院でたっぷりと待たされて、ねえちゃが家へ帰ってきたのは午後1時半ころ。幸い、鍵は無くなることなく、ドアにありました。

剣山

ねえちゃは朝から、きのういただいた小梅をテーブルの上に広げて、梅漬けの準備をはじめました。

最初は、シソで漬けるつもりでいたのですが、「漬けかた忘れちゃって」と姉のところに電話をしたら「らっきょう酢で漬けたほうがいい」というアドバイスをもらったようで、そっちに方針転換しました。

そして、「剣山、どこへいったけ」と、家の中を探し回って見つけてきました。「剣山」と言っているのは、花を生けるときに使う、針をたくさん束ねた剣山留めのことです。

花が動かないように支える花留めは、昔は穴の開いた金属板を用いた七宝留めが一般的だったようですが、明治時代に入って剣山留めが登場し、広く普及したそうです。

けれど、いまのねえちゃにとっての剣山は、花を生けるためではなく、梅漬けに欠かせない小道具なのです。

洗って、ヘタのところを取った後、梅の実を剣山の上でゴロゴロとまんべんなく転がして、表面に細かくトゲトゲを刺していきます。

すると、「酢が染み込みやすくなって、おいしく漬けあがる」のだそうです。慣れた手つきで、針の山をゴロゴロゴロゴロ。長年の経験から生みだされた、ねえちゃ自慢のワザです。

小梅

最近はたいていのものが、年中いつでも食べられるようになってきましたが、こと梅の実に関しては、5~6月のこの時期くらいしか手に入らないように思います。

  梅を干す甕に紅の海はあり(山口青邨)  

といったように、俳句でも梅漬や梅干は夏の季語とされています。

そんな旬の食である小梅が、きょう、ねえちゃの甥から送られて来ました。

このところ、これといった料理をしなくなったねえちゃですが、梅だけは毎年漬けつづけてきています。

「せっかく送ってもらったのらから」と、今年もさっそく甕の中に移し替えて、赤シソの葉といっしょに漬けて「しそ梅」にする準備にかかりました。

江戸時代にはもう、シソで赤く着色される梅干しが作られれようになっていたとか。

伝統的な方法で作られた梅干は、土蔵などできちんと保管していると、腐らず、100年前に作られたものでも食べられるそうです。

梅には、消化吸収を良くするほか、血糖値の上昇を抑えたり肝機能を高めたりする効果もあるとされています。

最近ちょっぴりボケ気味で、何もすることがないのが悩みのねえちゃにとって梅漬けは、頭の体操にための、ほどよい仕事にもなりそうです。

祝!リオ五輪出場

女子バレーボールの世界最終予選。日本は2-3でイタリアに敗れたものの、2セットを奪って、リオデジャネイロ五輪出場が決まりました。

きょうの夜、ねえちゃは、めずらしくテレビにくぎ付けになって、「こっちまで緊張してしまう」と声をあげながら、この試合を観ていました。

中学生のとき、9人制バレーの選手だったというねえちゃ。「背は低かったのに前衛のセンターに抜擢されて、地域の試合では強かったのよ」とのことです。

ねえちゃにとって女子バレーというと、「東洋の魔女」の1964年東京オリンピックや、エースアタッカー白井貴子選手の「ひかり攻撃」などで全試合「失セット0」の圧倒的な優勝を果たした1976年のモントリオールなど、日本の黄金期のことが強く印象にあるようです。

ですから、オリンピックに行けるかどうかで肝を冷やしたり、予選の試合で負けることがあるなどということが、なんとなく不思議なでならないようで、「いろんな強い国が出てきて、時代は変わっているんだ」とテレビを見ながら漏らしていました。

ともかくも、祝!オリンピック出場。これで、リオ五輪のバレーボールのテレビ観戦という、ねえちゃの楽しみもできました。

首掛けケース

ねえちゃは私といっしょに歯医者通いをつづけていますが、予約した日になると相変わらず、診察券がない、保険証がない、と右往左往するのが日課になっています。

先週も、歯科医院に出かける直前に、家で診察券や保険証がないとひと騒ぎ。歯科医院に行く途中の道端でまた、愛用のリュックサックに入れたはずの診察券がどこかへいっちゃったと、財布などリュックの中を引っ掻き回すことになりました。

こういうのを何とかしようと、首にかける名札入れのピンク色のケースを買ってきました。病院などに出かけるときには、その日に必要なものを入れて首にかけて行くようにしようと。

きょう、さっそく診察券の入ったそのピンクのケースを首にぶらさげて、いつもの歯科医院へ行きました。少しは、役に立ちそうな感じがしています。

ところで先週、入れ歯が入ったねえちゃですが、歯を留めるワイヤー役の金属などにかなり違和感があったようです。でも、きょう歯医者さんに調節してもらって「スッキリした」そうです。

松井潤
matsuijunta@gmail.com
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