Aokijima

認知症と生きる「ねえちゃ」とアルツハイマー病に関する記録です

きょうは、デイサービスの日。ねえちゃは、いつものようにお風呂へ入り、「なんだか忘れたけど弁当のようなものを食べて、ゴロゴロして」帰って来たそうです。

先週、お風呂からあがったとき、若干ふらついて血圧が一時的にだいぶ高くなったみたいですが、きょうは別に変わったことはなかった様子。

センターでやったことはすぐにみんな忘れてしまいますが、「来ていた人たちとベシャベシャしゃべれた」ことが、少しずつ愉しみとして感じつつあるようです。

長野県の小中学校の多くは、今日あるいは昨日から2学期がはじまったのだとか。週2のベースになった、ねえちゃのデイも「2学期」へと突入です。

岐阜県高山市の介護老人保健施設「それいゆ」で7月末から、入所中の80~90代の男女3人が死亡し、女性2人がけがで救急搬送されていたことが分かり、県警などが調べています。

ふだんはニュースにはあまり興味を持たないねえちゃですが、「え~。どうしたんだろ」と、これに関しては、他人事ではないようです。

亡くなった一人の女性(87)は7月下旬に入所して、今月12日に嘔吐するなど様子がおかしかったので救急搬送すると、肋骨が複数折れていて搬送先の病院で死亡したそうです。

ねえちゃは「どこか入れてくれる施設があるといいんだけど」と口癖のように言いますが、カラダのほうは思うように動くので、本音はまだまだ家に居たいと思っているようです。

こういう事件が起こると、施設に対する、なんとなくの抵抗感がより増していくことになるかもしれません。

毎週、月曜日は、生協からねえちゃの一週間分の食料が届く日です。昼食後、パジャマから普段着に着替えるようにうながして、午後3時ごろ、受け取りをしました。

このところ毎週とうもろこしを頼んでいます。が、先日はゆでるのを忘れていて届いて5日後にゆでたら甘みがすっかり無くなってしまいました。

まずは「届いたとうもろこし5本を、きょう中にゆでてしまうこと」。それが、ねえちゃの差し迫った大仕事です。

認知症が進んできてねえちゃ。食欲は相変わらず旺盛ですが、消費期限や賞味期限にますます無頓着になってきました。

先週たのんだ煮物のおかずが、まだ冷蔵庫の中に少し残っています。パッケージを見て古い日付のものから順に食べていくこと。それが次の課題です。

日曜日、ねえちゃはいつものようにパジャマ姿で、ソファーに座ってぼんやりとしています。

これといって観たい番組があるわけではありませんが、このところテレビはたいてい高校野球にチャンネルが合わせてあります。

「野球のルール知ってるの?」と聞くと、「分らんけど、打って、守って、点数が多いほうが勝ちで……」

きょうは、甲子園大会でもっとも面白いといわれる準々決勝です。「ああ、仙台育英と広陵がやっているんだ?」。

少しは分かっているのか、どこか興味をひくところがあるのか。と思っていると、すぐにソファーでうとうと眠り込んでしまいました。

土曜日のデイサービスがはじまりました。きょうが何曜日かなんてほとんど眼中にないねえちゃは朝、ゴミ出しをした後、たまにある拒絶反応を起こすことなく無事に行って帰って来ました。

――きょうは何をしたの?
「ただ、ごろごろしていただけで、何やったか忘れちゃった」

――お風呂は入ったの?
「お風呂は入った、と思う」

――昼食は何が出たの?
「食べたことも忘れちまった」

――水曜日と何か違ってた?
「いや、何も変わったことは……」

と、いつも通りです。ただ、「相撲か何かいまやってるでしょ!」と、妙なことを繰り返して言います推し量るに、どうも、デイセンターかどこかで高校野球をテレビ観戦し、それが頭のどこかに残っていたようです。

「要介護」になり、これから週2回、デイサービスセンターへ通う諸々について契約を交わすため、ケアマネ、理学療法士、相談員の女性3人がきょうの午後、ねえちゃの家へ来られました。

今週から水曜日と土曜日の週2回になるデイサービスですが、土曜日のほうは専門家の指導によるリハビリテーションや運動指導に力点が置かれるのだとか。水曜日は1階で、土曜日は3階と、場所も違うようです。

契約を交わすのに印鑑が必要だからとねえちゃに頼んでおいたのですが、何を思ったか用意していたのは亡き連れ合いの印ばかりです。とりあえず代用を探して押印した後、いつも使っているのを探し出すのにまた一苦労しました。

誰かが来ると調子よく言葉を弾ませるねえちゃですが、いつものようにすぐに何が何だかわからなくなってしまいます。誰かが来たことも、すぐに頭から消えてしまいます。でもまあ、とにかく、明日から新たなリハビリが始まります。

七回忌で集まった家族が帰ってからここ数日、電話のたびにねえちゃは「血圧手帳がない。血圧手帳がない」と騒いでいました。

だれかが来て、ちょっと片づけをしたりすると必ず何か“行方不明”のものが出現するのは、いつものことです。

きょうの夕方、ねえちゃ宅へ行くと、まだ「血圧手帳がない」という“緊急事態”は、続いていました。

おそらくあのあたりにあるだろうな、と見当をつけているところがあります。ねえちゃの寝室の、あれこれ物置にしている卓袱台の上です。

衣類やら新聞やらが山になっているのを掘り起こしてみると、いつもメモに使っているノートといっしょに血圧手帳が出てきました。

「なんで東京にいる人のほうが、どこに何があるのか分かってるんだろう?」と不思議がりながら、行方不明になっていたあいだ日記帳につけていた血圧の数値を、出て来た血圧手帳に、うれしそうに書き写していました。

甲子園の高校野球、2回戦に進んだ長野県代表の松商学園は、強豪、盛岡大付(岩手)に3―6でに敗れ、県勢8年ぶりのベスト16入りはなりませんでした。

高校野球なんかには当然、思いが及ぶまでもなく、ねえちゃはきょうは一日、デイサービスです。帰って来ると電話の声は高揚した感じで、すごく元気でした。

けれど、「きょうは昼食に何が出たの?」と聞くと「ん~。忘れた」。「風呂は入ったの?」「入った」。いつものように頭にかろうじて残っているのは風呂のことだけのようです。

デイサービスは今週から、水、土の週二回にする予定でいます。生活のリズムにうまくはまり込むといいのですが。

夕方、ねえちゃのところへ電話をすると—―

「孫たちは、何時ごろ帰ったの?」「よくわからない」。

「来たことは覚えているの?」「言われてみれば、なんとなく来たような気はする」

「買い物に行ったりしたんじゃないの?」「う~ん!」

「孫たちの名前は覚えてる?」「それは、まだわかってるけど」

お盆の時期に、連れ合いの七回忌で久しぶりに家族が集まってずいぶんと喜んでいたねえちゃですが、いつものように超高速で、それらのほとんどは忘却の彼方へと消え去っていってしまったようです。

目下、気になってしょうがないのは、日記とともにもっともねえちゃが大切にしている血圧手帳がどこかへ行ってしまったことみたいです。

ねえちゃのお盆は、七回忌で長野へ来た次男の一家四人と墓参りに行ったり、みんなでそばを食べたりして過ごしました。あしたは帰ってしまうので、またちょっぴり寂しくなります。

ねえちゃは、自分を主張することがほとんどありません。だから、本音を知ることがものすごく大変です。

これからどうやって生きていきたいのか。認知症を抱え込んでしまったので、いつまでもあやふやにして置くわけにもいきません。

いろいろと話をして、いまの望みとしてはっきり言えることは、連れ合いと一生懸命働いて建てたいまの家に足腰の動く間は暮らしていたい。そして施設に移らざるを得なくなっても、生きているあいだは家を残しておきたい、ということのようです。

周りにいるものとしては、その線に沿って、やれることをこれからも一つ一つ積み重ねていくしかありません。

みんなが集まったり、どこかへ行かなければならなくなったりすると、とたんにねえちゃは、どうしたらいいのか分からなくなって制御不能になってしまいます。

きのうも、私が風呂からあがってこれから寝ようかなと思っていた午前五時過ぎ、「みんな来るというのにお金がこれしかない。どうしたらいいんだろう」と、血相を変えています。

きのう、必要なお金は、それぞれに封筒に分けて入れて、段取りをきちんと決めて用意してありました。「ちゃんと準備してあるから、何にも考えないで大丈夫だから」と何度も何度も言っておいたのですが。

さすがに私も頭にきて、連休中だとというのに早朝からねえちゃと大喧嘩をしてしまいました。私は気が短いので、喧嘩となると、大声を浴びせかけるだけでなく、電話やラジオを投げつけたり、といったこともありました。

きのうはそこまでは行きませんでしたが、大声で怒鳴った瞬間、ねえちゃは凍り付いてしまったよな姿で呆然としていました。

それでも、何もかもすぐに忘れてしまうのが、認知症のありがたいところです。そんな喧嘩のことなんかすっかりと忘れしまって、家族みんなで七回忌できたことが感無量のようでした。

きょうは、久しぶりに家族7人が顔をあわせて、ねえちゃの連れ合いの七回忌をやりました。

夫はこれといって信じる教えがあるわけではない無宗派で、6年前に遺書を残さずに逝ってしまいました。

葬儀屋さんに「どの宗派であげられますか?」と聞かれて困ってしまいましたが、生前、親鸞に関心をもっていたからということで浄土真宗の和尚さんにお願いすることにしました。

7回忌というには極めてささやかなものですが、みんなでいっしょにお寿司を食べて、「南無阿弥陀仏」を唱えて、仏壇の前で付き合いの長い順に手を合わせました。

「みんな来てくれて、うれしぃ。これでいつ逝ってもいい」と、ねえちゃは感無量のようでした。

集まったみんなが心配なのは、むしろ、ねえちゃのこれからのほうです。七回忌は、ねえちゃの現状やこれからを考えるうえでも、いい節目になったような気がします。

カタチだけでも七回忌を、ということで連休中にみんなが集まる、ということで、ねえちゃは「何をしたらいいんだろう」といつものように焦ってしまったようで、朝早くから「何にもできない。どうしよう」といった電話をまた何度かしてきました。

夜、長野のねえちゃの家へ行ってみると「どうしていいんだか」と、メソメソしています。線香やろうそく、花、かんばなど最低限のものは準備しました。

「要は、土曜日のみんなで集まって、仏壇の前で手を合わせて、寿司でも食べるだけでいいんだから」となだめると、少しずつ気が休まって来たようです。

カラダを動かすことはふつうにできますが、アタマのほうは、いつまで私たちの顔と名前が一致するかも定かではありません。

「いざ」という時のために、これを機に、今後ねえちゃの暮らしをどういうふうに支えていくか、家をどうするか、さらにはお葬式やお墓のことまで、ある程度具体的に話すときが来ているようです。

今年で、ねえちゃの連れ合いが亡くなって6年になります。

七回忌というほど立派なことはできないけれど、この連休中に家族みんなで集まろう、ということにしています。

いつものように「なにがなんだかわからない」状態のねえちゃですが、みんな集まるなら何かしなきゃけない、と気が急いて仕方がないようです。

きょうも「どういう用意をしておけばいいんだろう」とイライラしや様子で、3回も4回も電話をかけてきました。

そのたびに「何もせずにいつものように寝ていればいいの」と言うのですが、いつものようにすぐに忘れてしまって、また気になって仕方がなくなるようです。

きょうは、デイサービスの日。ねえちゃは「いま帰ってきた」子どものように元気よく電話をかけてきました。

歳をとると子どもにかえる、とよく言われますが、認知症になると子ども以前に戻るような感じもします。

東京の気温は37度、長野も30度を超えて暑い一日でしたが、送り迎えつきのデイサービスは暑さ知らずです。

甲子園では、9年ぶり36度目出場の長野県代表、松商学園が毎回のように得点を重ねて土浦日大(茨城)に12―3で大勝、1回戦を突破しました。

2000年夏以来の甲子園勝利だそうです。そんなことを知ってか知らずか、ねえちゃの夏はすぎて行きます。

「きょうは、何日だったっけ?」。以前は、1日に何度も何度も、事あるごとに聞いてきました。

こちらもたまりかねて、私の使っているデジタル時計を居間のテーブルに置き、聞かれるたびに「これを見な!」と繰り返してきました。

それがようやく功を奏してきたのか、最近は「何日だったっけ?」をいう前に、この時計を覗き見るようになってきました。このあいだ、その時計の電池が無くなったと騒いでいました。

代わりの電池に使おうとしたのか、血圧計に入っていた単三電池を取り出してテーブルの上にバラバラと置いて、そのまま眠ってしまいました。

不思議なことに、時計はちゃんと動いています。テーブルにあった電池を入れ直すと血圧計のほうもちゃんと動きます。

ともかく、安売りの20本入り単三電池を買ってきて「時計でも血圧計でも無くなったらこれを入れること」と念を押しました。

週末に「長野びんずる」が開催されて賑わいを見せた、というニュースが流れていました。

職場や団体、趣味のサークルなどが、そろいの浴衣や法被、衣装をまとい、「そーれ」の掛け声に合わせて、しゃもじをたたき合ったりして躍ります。

「びんずる」は、善光寺に祀られている釈迦の弟子の1人「おびんずるさん」にちなんで名づけられたとか。

今年は47回目の今年は、一般の部228連、子どもの部19連の約1万1千人が参加したそうです。

「びんずる、あったんだって」というと、「そ~お」。ねえちゃもまだ、何のことなのかは、わかってはるようです。

長野市で暮らすようになった直後に「1回目」が開かれ、ねえちゃが勤めていた職場の人たちも躍っていたので、頭に残っているのでしょう。

街中から離れた昨今、観に行くことはほとんどなくなってしまいました。

次の週末、お盆で家族が集まるので、そのとき用のお金を、銀行のATMでおろしてきました。

ねえちゃは、お金や通帳を家のなかの「しのび」と呼んでいるところにしまってあります。

そこがどこにあるかは、まだ覚えているのですが、「生活費」「予備費」「取っておくお金」などなど、いろんな封筒にお金を分けて入れてあります。

どういう意味合いでお金を分類しているのか。ねえちゃ自身、なにがなんだか最近はよくわからなくなってきました。

今後、食事や掃除の手伝いは、ヘルパーさんに助けてもらうことができますが、お金の管理をお願いするわけにはいきません。差し迫った課題です。

いつもは水曜日だけなのですが、きょう土曜日は「体験」で、ねえちゃはデイサービスセンターへ行きました。

「行く気になれない」と駄々をこねて拒絶することが時折あるので少し心配しましたが、難なく1日過ごすことができたようです。「体験」の経費300円もちゃんと払って、領収書をもらって帰って来ました。

本人も嫌がる感じがないので、お盆が終わった後から、水曜日と土曜日の週2回、デイサービスに通うようにしようかなと思っています。

月曜日は生協からとどく一週間分の食料品の受け取り、水曜日と土曜日はデイサービスと、インターヴァルも悪くありません。

月~金曜日は、ワタミの「おかず」を届けてもらっているので、これで日曜日以外は、最低一日1回はだれかに会う機会が確保できることにもなります。

きのうケアマネのかたが訪ねて来たときに床などにずいぶんと埃がたまったな、と気がついたのか、ねえちゃはきょうの夕方、突然、床の掃除をはじめました。

スティック式の電気掃除機で廊下や床の埃を吸い取った後、「バカんなってあんまり汚くしたまんまだから」と、しゃがみ込んで懸命に台所やリビングの雑巾がけをしています。

もともとキレイ好きで、何かをするよりも片づけるために生きているのではないか、と思えるようなところがあります。

けれどアルツハイマー病が進んできて、食器をしまうにも何をどこへ片付けたらいいのか、掃除の段取りがどういうものだったのか、よく分からなくなりつつあります。

最近は何か買って来ても、それをしまったところをすぐに忘れてしまうので、たいていは、行方不明になるか、捨ててしまうか、という結末が待っています。

これからは、ヘルパーさんに定期的に来てもらって、掃除の手助けをしてもらったりする必要も出て来そうです。

きょうはお医者さんの日。ねえちゃは暑くはあるものの心地よい風に吹かれて、いつもの脳神経外科へ歩いて行きました。

最近、一気に170ぐらいに上がったりして血圧にムラがあるのがちょっと気になりますが、これまで通りの薬でもう少し様子をみましょう、ということになりました。

介護の再申請をした結果、「要支援」から「要介護(1)」への変更が認められました。これからは、週2回以上デイサービスに行くことができ、毎週ヘルパーさんに来てもらうことも可能です。

さっそく午後3時過ぎ、新しいケアマネの女性が来られて新しいサービスの契約を結びました。

試みに、当初予定があった金曜日ではなくあさって土曜日に、これまでとは違うデイセンターへ行ってみることになりました。

8月2日、きょうは、ねえちゃの81歳の誕生日です。夜、家へ行くといったら、玄関の前で待っていました。

「幾つになったの?」「う~ん。80歳」「違うだろう」「じゃあ、82歳かな!」と、要領を得ません。

「昭和何年に生まれたの?」「昭和11年8月2日」。「昭和11年は1936年だから、今年の2017から1936を引くと?」と聞いても、四桁の計算の答えはなかなか出て来ません。

少しは誕生日らしく、とねえちゃが好きな、甘エビ、イカ、赤貝などの刺身と、イチゴの三角ショートケーキを買っていきました。

それらに加えていつもの宅食ととうもろこし一本、変わらぬ食欲でペロッと一気に平らげました。

ねえちゃの介護の再申請をした結果、デイサービスに行く日を増やしたり、毎月ヘルパーさんに来てもらうといったより多くのサービスを受けることが可能になる、という連絡をケアマネのかたからいただきました。

そこで、とりあえず、デイサービスをこれまでの週1回から週2回に増やすトライアルをしてみることになりました。

センターが少し混みあっていて、2回のうち1回はこれまでとは違うところに行くようになるかもしれない、とのことで、さっそく今週から新たなパターンを試してみることにしました。

あした水曜日に加えて、今週は金曜日にもデイサービスに行くことになりました。それに木曜日は、お医者さん。ねえちゃにしては、けっこう忙しい一週間になりそうです。

きょうは、生協の宅配が届く月曜日です。受けとってもすぐに忘れてしまうねえちゃですが、最近は「とうもろこし届いた」と聞いて、台所へ見に行ってみて「あったよ」ということで、受け取りを確認しています。

長野県は、とうもろこしの生産も盛んで、全国で5番目前後の生産力があります。そんな地元「長野県産」のとうもろこしを、最近は毎回6本ずつ届けてもらうようにしています。

とうもろこしは、鮮度が急速に落ちる野菜の代表格です。収穫から2日たつと糖度が2度以上低下するのだとか。特に、畑で育っているように垂直に立てて保管するとまだいいのですが、水平に置くと急速に鮮度が劣化するそうです。

以前は、とうもろこしを買ってくるたびに「買ったらすぐ茹でないとダメなんだよね」とねえちゃ自身、諭すように言っていたのですが、最近は、それも忘れて、届いたまんま放っておくことが多くなってきました。

電話をするたびに、「とうもろこし茹でた。早く茹でて冷蔵庫に入れておくこと」と念を押すのが日課になって来ました。

次の一週間にねえちゃが必要な食事や日用品は、日曜日か月曜日に私がネットで注文しています。

まず、ワタミの宅食の注文サイトで、いつもの「おかず」のメニューの来週分を申し込み、清算の手続きをします。

その次に、生協のサイトに移って、カタログを見ながら、食べそうなものを打ち込んでいきます。

ねえちゃに「何か注文する必要なものはないの?」と聞いても、近ごろは「思いつかない」と答えるだけです。

食べそうなものを経験的に類推しながら、「スーパープライス」や「今期最安値」にも注意して、こちらで注文します。それなりに気を遣う作業です。

他に、日用品で不足があれば「アマゾン」でたいていは用が足ります。ネットのおかげで、どこにいても注文できるのは大助かりです。

「最近はぜんぜんお金を使わなくなった」とねえちゃは言うので、「現金を使わなくなっただけで、銀行からドンドン振り落とされているんだから、徘徊のついでに食べもしないもの買ってこないで」といつもクギを刺しています。

ゲリラ豪雨・雷雨が発生するあいにくの天気でしたが、東京では恒例の「隅田川花火大会」で賑わいました。

長野県でも野尻湖花火大会、国宝松本城太鼓まつりなどが開かれ、花火や夏祭りがたけなわとなって来ました。

ねえちゃは、花火大会も、北朝鮮のICBMも、稲田防衛大臣の辞職も、何も知らずに、きょうも一日寝床のなかで過ごしたようです。

「どこか調子がおかしいところあるの?」と電話で聞くと、いつものように「アタマがおかしい!」とけっこう元気そうな返事。雨だったので徘徊に出ることもできなかったそうです。

2、3年前までは毎朝つくっていた味噌汁を、最近、ねえちゃは作らなくなりました。というより、作れなくなってたのかもしれません。

味噌汁どころか、朝にちょくちょく食べていた納豆も、冷蔵庫にたくさん入ってるのに食べなくなりました。これも、食べられなくなったのかもしれません。

味噌汁は、お湯を沸かして出汁を取り、具材を入れるだけです。納豆はもっと簡単で、ネギなど刻んでのせてかき混ぜればいいだけです。

何か作ろうとお湯を沸かしても、つぎ何をすればいいのかわからなくなってしまう。簡単なことでも段取りが取れず、実行出来なくなってしまう。こうした症状を、実行機能障害というそうです。

電子レンジや風呂のスイッチ、エアコンやテレビのリモコンの押し方がわからなくなる、といったことも実行機能障害に入るとか。最近、こうした実行機能障害がねえちゃに目立ってきたな、と感じます。

アルツハイマー病の診断は、ねえちゃの場合もそうですが、日常生活で見られる記憶障害や判断能力の低下といった症状と記憶力検査、さらにはMRI画像などを参考に行われています。

できることならもう少し、脳の質的な変化を読み取っての診断ができるようになればな、という気がします。そこで、期待される画像診断法の一つに「PET(陽電子断層撮影)」があります。

PETは、陽電子を出す放射性同位元素を目印とした検査薬を投与して、陽電子が体内の電子と結合する際に出る消滅放射線をカメラで検出し、断層画像を合成します。投与した検査薬の体内分布が代謝や血流の状態を反映するため、脳細胞の活動状態を調べることができます。

アルツハイマー病の原因のひとつに脳神経細胞の老廃物である「βアミロイド」の蓄積があげられています。PETでβアミロイドの蓄積の様子を画像化することで、より機能的な診断が期待されます。

米国では、いま、何万人規模の大規模なPETによる「βアミロイド」画像検査の研究プロジェクトが進められているとか。アルツハイマー診断の新時代が訪れるかもしれません。

きょうはデイサービスの日。このあいだのように駄々をこねることなく、ねえちゃは無事に行ってきました。

ねえちゃの気分は、すぐに変わります。「からだの調子が悪くて、とてもじゃないけど動けない」と言っていたかとおもうと、次の瞬間はスタスタ出かけてしまうことはしょっちゅうです。

さっきまで「今夜は風呂に入りたくない」と言っていたのに、「風呂だけが楽しみと言ってたじゃない」と促すと、しぶしぶスイッチをいれます。

「お風呂が沸きました」のアナウンスが鳴ると、「入りたくない」といっていたことなどすっかり忘れてささっと風呂へ入って、「ああ気持ちよかった」とニコニコしています。

別に異常はないのに、からだがおかしくて何も出来ないような気になってしまう。それは一体なんなのかあいかわらず不思議で仕方ありません。

ねえちゃの家の近くの水田のイネも、青々と生長して来ました。ここ2、3日、長野は雨模様です。

オタマジャクシから変態したばかりと見られる、2センチに見たない小さなアマガエルが、水田の畔のあたりからピョコピョコ飛び出して来ます。

雨粒がこびり付いた家の庭の草木からも、ピョコピョコ。家の中まで入り込んで来た、子ガエルもいます。

「かわい~いね」。ねえちゃは、子ガエルを手に乗っけたりして、ニヤニヤなにかを話しかけたりしています。

「松商が勝ったよ」。珍しく、ねえちゃがテレビを観ながら喜んでいます。

第99回全国高校野球選手権長野大会の決勝。松商学園が佐久長聖との接戦を5―4で制し、9年ぶり36回目の甲子園出場を決めました。

36回目の出場というのは、きのう3年連続38回目の出場を決めた北海道の北海学園に次いで全国2番目の多さです。

松商の夏の甲子園での成績は、25勝34敗、優勝1回、準優勝1回です。優勝したのは90年近く前の1928年の第14回大会でした。このときのエースが、巨人などで活躍しプロ野球史上初の三冠王となった中島治康です。

信州人にはむかしから馴染み深い松商のユニフォーム。久々の甲子園で、その存在感をさわやかなプレーで示してもらいたいものです。

きのうから、きょうへ、あるいは、さっきから、いまへ、連続的に記憶が維持しているので生活は成り立っていきます。

ですが、ねえちゃには、そうした生活の連続がありません。

さっきまで「何もしないのにおいしいものが食べれて幸せ」といっていたら、次の瞬間には「ああ、バカになっちゃって死んだほうがまし」とイライラしています。

昼食を食べながらBSで「幕下」の相撲を観ていると、「え、こんなに早い時間から中継しているの?」と毎日、同じように驚きます。

「“ねえさま”も観てるだろうから、千秋楽くらい大相撲観戦をしたら」と提案すると、「そうだね」とうなずきます。が、すぐにテレビを消して、布団にもぐり込みます。

ねえちゃには「千秋楽」もなにもないのです。

埼玉に住んでいるねえちゃのめいから、きょう、お中元が届きました。毎年送ってくれている前田屋の高級な味付け海苔です。

朝、ごはんに包んで食べたり、細かく切ってざるそばにかけたり、おいしくいただいています。

ですが、ねえちゃのいつもの「困った」がはじまりました。お礼の電話をかけたかどうかどうかが不安でたまらなくなったのです。

贈答品があったとき、お礼の電話を三度も四度もかけて迷惑をかけることがしばしばあります。

「だから、すぐにメモをしておかなきゃダメだって言ってるでしょ!」

電話の通話記録などからすると電話はすでにかけているようです。

でも、この様子だとまた何度もかけることが必至なので、ねえちゃがいつも使っている固定電話の子機をきょういっぱい取り上げることにしました。

あいかわらず、私が家に居るときでも、ねえちゃは自分をコントロールすることができず、早々と勝手に一人で夕食を食べてしまいます。

そのたびに「頭をぶん殴って欲しい」というのですが、「頭を殴って良くなるなるくらいなら、わざわざお医者さんに通って薬をもらってくる必要はないでしょ」と同じような返事をします。

満腹中枢がおかしくなって、いつも食べてないといられなくなっている。というようなところまでは、お医者さんに聞いても行ってはいないようですが……。

食欲はすこぶる旺盛で、すぐに食べられる冷蔵庫の中の出来合いのお惣菜は、飽きることなく次々になくなっていきます。

サケ、サンマ、サバ、シシャモ、エビなどほかにもいろいろ冷蔵庫に入っているのですが、焼くなど少しでも調理しなければならないようなものには手を付けてくれません。

8月は、被保険者証(保険証)定期更新の月です。「新しい保険証届いた?」と聞いても、ねえちゃは何のことだかよくわからないようです。

「それじゃ、最近来た手紙を全部出して」といって探してみると、長野県後期高齢者医療広域連合からの封書が出てきました。

封はすでに切られていて、中からは、ぺろんとカードが剝がされた跡がある書類が出て来ました。

封書を受取って無意識にすでに、自分で新しい後期高齢者保険証を剥がして財布の中に入れていたのでした。

いま使っている桃色の保険証は、今月31日まで。今度、お医者さんへ行くときは、新しい橙色の保険証を持って行くことになりそうです。

先週は、駄々をこねてデイサービスセンターへ行くのを拒んでいたねえちゃですが、きょうは無事に出かけて、「大きいお風呂で気持ち良かった」と御機嫌で帰って来ました。

行きたくなくなるというのは、デイサービスで何か嫌なことがあるわけではなく、ねえちゃの気分、ないし頭のコンディションの問題のようです。

「梅雨明け」が宣言されて、気分も一新してくれたのならいいのですが。

きょうは、期待の御嶽海が白鵬を破りました。白鵬にとっては今場所、初黒星。おまけに史上1位となる通算1047勝到達を阻止する、という殊勲の星です。

御嶽海は、これで8勝3敗と勝ち越し。大関を目指してドンドン勝ち星を連ねていってもらいたいものだと思います。

東京ではいきなり大粒の雹が降って「窓ガラス割れた」「洗濯ハンガーが粉々になった」といった被害も出てたいへんでしたが、長野のねえちゃのところは大丈夫だったようです。

「生涯現役」の医師、日野原重明さんが、きょうの朝、呼吸不全で亡くなりました。105歳だったそうです。ご冥福を祈ります。

「あの先生、100歳すぎてもやってるんだ。すごいね」と、ねえちゃもずっと尊敬してきました。

日野原さんは、ねえちゃより25歳上です。いまのねえちゃの年のころは、聖路加国際病院の病院長として、地下鉄サリン事件の被害者の治療などでも活躍されていたことになります。

そう考えれば、まだ、まだ、がんばらないと。とりあえず、あすは、先週行かないと駄々をこねて周りを困らせたデイサービスの日。無事、行ってもらいたいものです。

祝日でも、きょう月曜日は生協の日。いつものように注文しておいた食品が届いたかどうか、ねえちゃの記憶からは消えていますが、「5本注文しておいたトウモロコシ、そのへんにある?」と聞くと「ある」というので、受けとってはいるようです。

料理らしい料理ができなくなってきているので最近、注文するおかずは、「筑前煮」「真だこときゅうりの酢の物」「緑野菜の胡麻和え」「黒豆」など、出来合いのお惣菜が主です。

秋刀魚、サバ、シシャモなどの魚も注文して常時、冷凍庫に入れてあるのですが、私が行ったとき以外、調理することはほとんど出来なくなってしまいました。いまが旬のトウモロコシだけは、自分で茹でてむしゃむしゃ食べています。

「生きて腸まで届く、Lカゼイ菌使用」という乳酸ドリンク2パック20本と、生協牛乳1パックは毎週届くように登録してあります。乳酸ドリンクのほうはちょくちょく飲んでいますが、牛乳のほうはあまり飲みたがりません。

以前、ねえちゃは睡眠導入剤を処方してもらっていましたが、最近はほとんど飲むことがなくなっています。

最近の研究で、アルツハイマーの発症の一因とされるアミロイドβ(老人斑)が脳内に蓄積する兆候がある人は、睡眠時間が短く、昼寝を必要とする傾向があることがわかったそうです。

ねえちゃはいま、1日のほとんどを寝室で過ごしています。ふだんは昼間もかなりの時間眠っていますが、だからといって夜眠れずに困るということもないようです。

夜はかなり頻繁にトイレに起きますが、暗い部屋を幽霊のように起きてきてトイレを終えれば、またすぐにぐっすり寝込みます。朝5時ごろには起きて洗濯をして、また寝ます。

むしろ日常生活の大半が睡眠のなかにあって、それらのあい間あい間に何かがやってきて、いつなのか、何なのか、どうしなくてはならないか、なにがなんだか分からなくてパニくっている。そんな状態にあるのかもしれません。

京都や大阪などで起きた青酸連続殺人事件で、男性4人に対する殺人罪などに問われた筧千佐子被告(70)の裁判が今週、京都地裁でありました。

捜査段階で筧被告の精神鑑定を行った医師への証人尋問で、鑑定医は「犯行時に精神疾患はなかった」と証言したそうです。

弁護側は、筧被告は認知症で責任能力はないとして無罪を主張しています。

鑑定医は、逮捕後に被告がアルツハイマー型認知症を発症していたものの、自分が置かれている立場や裁判の手続きが始まっていることを理解していたなどと、訴訟能力に問題はないとしました。

また、交際男性らの死亡後、忘れずに遺産の相続手続きをしたり、借金を返したりしていることから、事件があった時期は認知症を発症していなかったと推測し、「アルツハイマー症状が影響を与えていることはない」と証言しました。

ねえちゃを見ても思いますが、アルツハイマーが進んでくれば、交際相手の「遺産の相続手続き」どころか、お金になるとかもうかるとか、そんな算段ができるはずはありません。

ある程度は科学的に細かく診断できるようになってきていたとはいえ、弁護士が「認知症」を「責任能力」に絡めて罪の軽減のため安易に持ち出すのには、大いに反感を覚えます。

きょうは、札幌にいるお嫁さんのお母さんから励ましの電話をもらったり、甥が訪ねてくれたりで、ねえちゃの声にはいつになくハリがありました。

甥のお母さんは、ねえちゃの11歳年上の姉です。「姉さまは変わりはないようだって?」と聞くと、「それどころか、こっちのほうがずっとおかしくなっちまって」とねえちゃ。

きのうの夜に降った強い雨の影響で、長野市内でも土砂崩れが何か所かで起こり、土砂が民家近くまで押し寄せたり、軽乗用車が押し出されたりしたところもあったそうです。

連休中も天気は不安定で、高気圧に覆われて高温が予想される一方で湿った空気の影響を受け、雷を伴った激しい雨の降るところもあるそうです。

ねえちゃに連休の予定は特にありません。徘徊して熱中症で倒れるようなことがないように、極力家を出ない。それが課題です。

きのうは、体の具合が悪いから外出できないといってダダをこねていたねえちゃですが、きょうは朝早くちゃんと着替えて、銀行へ行って来たといます。

最近はほとんどが銀行引き落としで、現金のやり取りはほとんどありません。当分必要なお金はおろして来て、十分にあるはずです。

ただ、ねえちゃが預金している八十二銀行では2カ月に一度の年金支給月に、“特別プレゼント”をくれるので、それに行ったのかもしれません。

「年金の関係で何かプレゼントくれたの?」と聞いても、「よくわからない」と言っています。

銀行からおろしてきても、別にお金が無くなるわけではないのですが、最近は家に現金を幾らおいているかの見当がつかなくなっています。

それから、きのうもあったように「カギがどっかへいっちゃった」というのは日常茶飯事。認知症の症状に応じた貴重品の管理が直近の課題になっています。

きょうは、デイサービスの日。ねえちゃは、朝、5時から洗濯をして、干して、行く気になっていたはずなのですが、センターのかたが迎えに来てくれても、頑なに「体の具合が悪いから行けない」と拒絶したようです。しばしば起こる「登校拒否」です。

心配して女性の担当者が家まで来てくれても、「登校拒否」は頑なに続きました。体の具合が悪ければセンターのお医者さんに診てもらえばいいんだからと、いつものように言っても埒が明きません。

ところが、ちょっと間を置いてもう一度、「とにかく服を着たら」と説得してみると、拒絶していたことも体がおかしいと思っていたこともすっかり頭から吹き飛んでしまったのか、ケロッとして、服に着替えます。体の調子が悪い気配もぜんぜんありません。

きょう3度目の迎えに来てもらって、2時間半遅れで、なんとかセンターへ行くことができました。午後4時過ぎに帰って来たので無事済んだのかな、と思っているとセンターのかたから「家のカギ、あったようですか?」と電話がありました。

「ええっ」。どうも、帰りがけに「家のカギをどこかへやってしまった」とまた一騒ぎしたようです。ねえちゃに尋ねてみると、カギがないと騒いだこと自体をもう忘れていて、台所のいつものところに掛かっているカギをじゃらじゃら鳴らしています。

また、たいへんなお騒がせをしてしまいました。センターのみなさま、ご迷惑、ご心配をおかけして申しわけありません。

近所の奥さんの車に乗っけてもらって、きょうの午前中、ねえちゃは美容院へ行ってきました。

昼前に帰って来ましたが、「どこへ行ってきたの?」と聞くと、「どこかへ行ったんだっけ。お医者さんだったっけ」。

いつもの調子で、すぐに忘れてそんなことを言ってましたが、髪に手をやるように仕向けると、やっと美容院へ行ったことに気づきました。

「美容師さんにはどんなふうにしてくれと言ってやってもらったの?」と聞くと、「いつものように、少しカットしてもらってって」。「何か話した?」。「忘れちゃった」。

きょうも長野は暑い一日でしたが、午後5時を過ぎたあたりからザーと大雨が降って一気に涼しくなりました。気象台から大雨・洪水警報が出ました。

高気圧に覆われてぐんぐん気温があがり、きょうは長野も、35度をこえる猛暑日となりました。長野地方気象台からは、高温注意情報が出されました。

高温注意情報は確か、福島第一原発事故の影響による電力不足に備えるため、過度な節電をして熱中症になる人が増えるのが懸念されて6年前に導入されたものだった、と思います。

リビングのテーブルの上に、「外へは出ない」と大きな字で書いた紙を貼り付けました。そして朝、ねえちゃに「熱中症になるから絶対に外へ出ないこと」と念を押しました。

ねえちゃは、冷房が嫌いというわけではないようですが、冷房があることを忘れているのか、自分からスイッチを入れることはあまりしません。

若いときに比べて体温がかなり低くなっているので、35度というのはねえちゃの平均的な体温と同じです。

「きょうは気温が、おばあさんの体温を超えるくらいにまでなったんだよ」というと、少しはハッとするところがあったようで、きょうは徘徊の気配はありませんでした。

きょうから大相撲名古屋場所が、はじまりました。早い時間帯から会場は埋まり、あいかわらずの相撲人気のようです。

1958年に本場所に昇格した名古屋場所は、今年60年の節目を迎えました。60年前の優勝第1号は、若乃花(初代)でした。

当時は冷房設備はなく、館内は蒸し風呂のような状態で、あちこちに氷柱が置かれていたそうです。

いまではテレビで、BSなどで、幕下以下の取り組みもふつうに観られるようになりました。

「いよいよ名古屋場所。テレビ観戦したら」といっても、ねえちゃは、いつのもように一日パジャマでふとんの中です。

期待の新関脇御嶽海は会心の相撲で、横綱稀勢の里を寄り切りました。でも、ねえちゃは自分の爪を切ることのほうが気になっています。何かするという気力がぜんぜんわいて来ないようです。

きょうは、長野も35度近くまで気温があがりました。いよいよ熱中症が心配される時節になりました。

周辺が暑くなって体から水分が奪われて体温があがり、臓器の働きに異常をきたすのが熱中症。

めまい、失神、頭痛、吐き気、強い眠気、異常な発汗あるいは汗が出なくなるなどの症状があります。

25℃あたりから患者が発生して段階的に増えてゆき、31度を超えると患者が急増するそうです。

ねえちゃは、いつものように朝からパジャマのまんま。「徘徊すると熱中症だから週末は家を出るな!」というと、それなりには自覚はあるようです。

きのうの夜、同じデイサービスに通っている男の人が、ワラビを採りにいかないか、と誘いに来たようですが、「断った」と言っていました。

きょうの午後、介護申請の変更のための調査員の女性が家にいらっしゃいました。

この前と同じように、最近の様子をいろんな項目に分けてチェックしていきました。

アルツハイマー病の薬も1種類から2種類に増えて、ねえちゃが自分だけでやれることも少なくなってきました。それにつれて私のほうの負担もだんだん増えてきています。

とりあえず、デイサービスの回数を増やすこと。それから、食事や家事の手助けなどに外部の人に少しずつ関与してもらうようにしていくようにしていくことが課題となります。

申請をしてからスピーディーな対応は、助かります。

きょうは、天気が良くて、風もあり、暑さもそんなに感じなかったので、午後、ねえちゃを連れていつもの脳神経外科に出かけました。

血圧の薬にくわえ、アリセプトとメマリーというアルツハイマーの薬2種類を4週間分処方してもらいました。現段階ではめいっぱいの対処してもらっているな、と思います。

介護の変更申請をしていたので、いろいろ検査もしてもらいました。検査のレベルでは「現状維持といった状況」のようです。

お医者さんまで歩きで30分弱かかりますが、相変わらずせっせと歩いて、足腰の衰えはとくに感じられません。

ただ、食事や着替えなど、自分でやれることがだんだん限られてきて、とても一人で生きられる状態ではなくなってきているなと感じます。「頭がおかしくて、どうにもならない」と訴えることが多くなって来ました。

そして、「忘れる」というレベルを超えて、記憶そのものの機能が欠落しつつあります。お医者から帰ってまだ1時間もたっていないのに「しまった。きょう、お医者へ行くの忘れちゃった。どうしよう」と血相を変えています。

一週間余りぶりにねえちゃの家に行くと、額に入った記念写真がリビングに飾ってありました。よく見ると「第26回マレットゴルフ大会」という記載があり、後ろの列にねえちゃの姿も写っています。

「これ何。デイサービスセンターでやったの?」と聞いても、返事は要領を得ません。が、あれこれ聞くと、どうもデイセンター関係で行われた大会に“応援参加”したようです。

マレット(木づち)ゴルフというのは、T字型のスティックと直径7.5センチのボールを使って、ゴルフのように少ない打数でカップインさせることを競うスポーツ。当初はゲートボールのスティックやボールでプレイされていて、ゲートが途中に置かれることもあるそうです。

1977年に福井県で誕生しましたが、現在もっとも盛んにプレイされているのは長野県だとか。老若男女たくさんのプレーヤーがいて、河川敷や里山などを利用してマレットゴルフ場の整備も進められているそうです。知りませんでした。

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