Aokijima

認知症と生きる「ねえちゃ」の近況と、アルツハイマー病に関する記録です

関脇

14歳の藤井聡太四段が、歴代単独1位となる29連勝を達成したニュースをおさえて、ねえちゃが取っている信濃毎日新聞の1面トップは、御嶽海の関脇昇進でした。

長野県出身の新関脇は、1933(昭和8)年1月場所で西関脇に就いた高登(下伊那郡喬木村出身)以来、84年ぶりだそうです。

関脇は、江戸時代の大相撲初期からの長い歴史をもつ地位で、「大関の脇」をつとめる者、という意味が語源だとか。

近年では、「3場所続けて三役の地位にあり、その通算の勝ち星が33勝以上」というのが大関昇進の目安とされてます。待望の大関が、そこまで見えてきたわけです。

とはいえ、新聞は取っていてもめったに読むことのないねえちゃには、藤井くんや御嶽海の快挙はトンと頭の中には入っていきません。

介護保険変更申請

介護保険の変更認定の申請をきょう、近くにある市役所の支所に出しました。医師やケアマネのアドバイスをうけてのことです。

昨年の10月に初めて介護保険の認定(要支援1)を受けましたが、ねえちゃの認知症は、それでは対処できないところまで進行しています。

高血圧薬のほかに、アリセプト(5mg)さらにはメマリー(20mg)というアルツハイマーの2種類の薬を併用して飲むようになりました。

いまの医学の範囲でお医者さんが可能な治療はすべてやっていただけているな、と感じています。あとは、ケア態勢をどう整えていくかです。

デイサービスへ行く日にちを増やして、一日中家で寝ているのではなく、いろんな人と接する機会を少しでも増やすこと。

それから、現在ほぼすべて私がやっているねえちゃの食事や薬の管理を、少しずつ外部の人にも手伝ってもらえるようにしていくこと。

それらが、カラダは元気だけれど、アタマの病がどんどん進行しているねえちゃのいまの課題です。

買い出し

いま、ねえちゃの食生活で欠かせないのが、生協からの宅配です。

しかし先週は、生協の担当者に注文票を渡してないので、来週分の宅配はありません。

そこで、きょうの夕方、いっしょに最寄りのスーパーへ、来週の食料品の買い出しに行きました。

最近はスーパーへ行っても、自分で何が食べたくて、何を買う必要があるのか、さっぱり分からなくなって来ました。

ただ、なんとなく習慣で、トウモロコシやタコ類をカゴの中に入れていきます。

「自分で食べたいなと思うモノを買えばいいだけじゃない」といっても、それができないのが認知症の切ないところなのです。

コメ

昼ごろ寝床から起き出して来たねえちゃに「何か要るものある?」と聞くと、「そういえばおコメがない」といいます。きょうの分はもう炊いてあるので大丈夫なようですが。

いつもコメは、石油を注文している業者にいっしょに持って来てもらっています。ねえちゃはその業者が「土日だけどすぐに持って来てくれるだろうか」と、妙に悩みはじめました。

チンすればすぐに食べられる「サトウのごはん」もたくさんあります。そんなに悩むほどのこともないと思うのですが、ねえちゃは思いつめるとわけの分からない言動に走ることが最近はよくあります。

けっきょく「わざわざ業者に届けてもらうよりスーパーで買って来たほうがずっと安いから、NTTに振り込まなければならない用事もあるので、あとで寄って買って来るよ」といことになりました。

そのときは理解したはずですが、私が買いに出かけようとすると、ねえちゃは何を思ったか業者に注文の電話を掛けています。さすがに頭にきて「すぐに断れ……」と怒鳴りました。

いつものことですが、ねえちゃの行動に理屈は通用しません。最近は、やることなすこと混乱を招くようになってきました。血圧が上がらないように付き合うのは、けっこう骨が折れます。

トウモロコシ届く

きょうの朝、ねえちゃのおいのところから宅配便でトウモロコシが届きました。十数本入っています。

さっそく箱を開けたねえちゃは、ご近所に少し配ったり、たまたま訪れた電力会社の女性に「飯田からちょうど届いたんだけど一本どう」とお裾分けしたりしていました。

こういうことは、とても認知症とは思えないくらいさっさと調子よくやります。けれど、いつものようにすぐ、どこから来たものだったのか、どこへあげたのか、お礼の電話をしたのか忘れてしまっています。

「どこかへ持って行く前に、テーブルのノートにメモすること」と口うるさくいうのですが、もちろん頭の中にはありません。送信履歴を見ると掛けた記録はあるので、お礼の電話はしたようです。

トウモロコシは最近は、電子レンジでチンをして食べていますが、時間のセッティングの仕方を忘れたのか、うまくいかないと途中でやめて、鍋でゆで出しました。

塩を加えるのを忘れたようですが、なんとか茹で上がって、旬のトウモロコシを美味しくいただきました。

注文票

4日ぶりにねえちゃの家を訪ねると、今週の月曜日に渡したはずの来週分の注文票が出てきました。これ渡したんじゃないの」と言っても、いつものように「わからない」というだけです。

そういえば玄関の前に生協のボックスがたくさん置いてあります。中が空であることからすると、生協の人がここへ置いていったのを、ねえちゃが冷蔵庫などに入れたことはどうも間違いなさそうです。

月曜日の午後1時までは私が居て、ねえちゃに「きょうは生協の日だからずっと家に居ること」と念を押しました。

生協に問い合わせると、玄関のベルを2回鳴らしても出なかったので外に置いていった、とのこと。ただし、いつもの担当者とは別の人が来たそうです。

果たして、ねえちゃが徘徊に出てしまって留守にしたため注文票を渡せなかったのか。それとも、居たのに寝ているかしてベルに気が付かなかったか。生協の人が居るかどうかの確認が不十分だったのか。

もちろん「記憶」というものが壊滅状態にあるねえちゃに聞いても無駄ですし、ですから、生協に文句を言う根拠も見つかりません。

注文票を渡してないので、いまやねえちゃの食生活の中心になっている生協からの来週一週間分の食料品が無いことになります。

それ以上に大きなショックなのは、ねえちゃのほとんど唯一の仕事だった、週一回、注文票と食品のやり取りをする作業もとうとう出来なくなってしまったのかな、という点です。

「デイサービス、増やしたら?」

きょうは、デイサービスの日です。忘れずに行くようにと毎週朝、お嫁さんが掛けている電話には「着替えを持っていけばいいんだよね」と言って、出かけました。

帰って来て覚えていることといえば、いつものように「お風呂へ入ってきた」ことくらいです。

センターの人の話だと、特にこれといった問題もなく、みんなと馴染んで仲良くやっているようです。でも、なぜか、お風呂以外に印象的なことがないようです。

「家に居てもパジャマで寝ているだけでやることなんだから、センターへ行く回数を増やしたらどう」と言っても、なぜか乗り気ではありません。

もともと性格が受け身なせいもあって、ひとに勧められても「エイヤー」と何かをやってみようとする気持ちがねえちゃにはわいてきません。

スイカの季節

長野のきょうは最高気温が34度近くまで上がりました。でも、一日中寝床にいるねえちゃには、あまり関係なかったようです。

長野県は、スイカの生産でも全国の上位を占めていますが、なかでも有名な松本市の波田でハウス栽培のスイカの出荷が始まったそうです。

今年は生育は順調で、とくに6月に入って昼夜の温度差が大きかったため甘みも十分だそうです。今年もいよいよ、トウモロコシとスイカの季節の到来です。

ねえちゃは、料理ができなくなっても、トウモロコシはさっさと皮をむいて電子レンジにかけることはできます。

スイカは、丸ごと買って、というわけにはいかないので、たいていスーパーで細かく切ってパックしたのを買ってきて食べています。

もう、電子レンジ

料理を自分で作れなくなってきたねえちゃの食生活はいま、ワタミの宅食と生協の宅配で成り立ってます。

ですが、当人は、どこが何をいつ届けてくれるのかチンプンカンプンでいまだによく分かっていません。

毎週月曜日は、注文しておいた一週間分の食べ物が生協から届けられます。

「きょう、生協届いた?」と夜、電話で聞くと、いつものとように「届いてない」とこたえます。

「え~。家を留守にしたの?」「いや、ずっと居た」。「じゃあ、受っとったはずでしょ」「え~ッ、そうだったかな」。

「注文した中にトウモロコシ3本があるはずだけど、そのヘンに置いてない?」

「ないよ」「そんなはずはないでしょ。ひょっとしてもう食べちゃったの?」

そんなやりとりをしていると、「チーン!」と音がしてきました。「ああ、トウモロコシ、いま電子レンジにかけているところだった」。

「中等度」から「高度」へ

ただ一つの楽しみだったはずのお風呂。でも最近ねえちゃはしばしば、「スイッチどこ押すんだったっけ」と、入りかたがわからなくなるようになりました。

たいていは一日中寝床に居て、たまに起きてくると、放心したような顔をして「なにがなんだかわかんない」といっています。ただ、息子の顔はまだなんとか認知できるようです。

新しい薬を飲み始めるに際し、お医者さんからもらった「メマリーノート」という冊子の症状欄を見ると、「中等度」を過ぎて「高度」に入りかけたのかな、というような気がします。

「最近の大きな出来事(冠婚葬祭など)を忘れる」《中等度》は完全にそうですが、「昔の印象深い出来事を忘れる」《高度》ところまでは、まだ完全には行っていません。

食事については「日課でしなくなることが増える。簡単な料理でも間違う」《中等度》はずっと前からそうで、「家事をほとんどしない(料理ができないほど)」《高度》というのは、まさにそうなりつつあるところです。

薬は「言わないと服薬を忘れる」《中等度》はずっと前からで「介護者が管理しなければならない」《高度》の状態ですが、特製のピルケースに入れて管理することで、毎日服薬することはいまのところ何とかできてはいます。

松井潤
matsuijunta@gmail.com
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