Aokijima

認知症と生きる「ねえちゃ」の近況と、アルツハイマー病に関する記録です

介護申請の調査

きょうの午後、介護申請の変更のための調査員の女性が家にいらっしゃいました。

この前と同じように、最近の様子をいろんな項目に分けてチェックしていきました。

アルツハイマー病の薬も1種類から2種類に増えて、ねえちゃが自分だけでやれることも少なくなってきました。それにつれて私のほうの負担もだんだん増えてきています。

とりあえず、デイサービスの回数を増やすこと。それから、食事や家事の手助けなどに外部の人に少しずつ関与してもらうようにしていくようにしていくことが課題となります。

申請をしてからスピーディーな対応は、助かります。

「お医者さん行くの忘れちゃった」

きょうは、天気が良くて、風もあり、暑さもそんなに感じなかったので、午後、ねえちゃを連れていつもの脳神経外科に出かけました。

血圧の薬にくわえ、アリセプトとメマリーというアルツハイマーの薬2種類を4週間分処方してもらいました。現段階ではめいっぱいの対処してもらっているな、と思います。

介護の変更申請をしていたので、いろいろ検査もしてもらいました。検査のレベルでは「現状維持といった状況」のようです。

お医者さんまで歩きで30分弱かかりますが、相変わらずせっせと歩いて、足腰の衰えはとくに感じられません。

ただ、食事や着替えなど、自分でやれることがだんだん限られてきて、とても一人で生きられる状態ではなくなってきているなと感じます。「頭がおかしくて、どうにもならない」と訴えることが多くなって来ました。

そして、「忘れる」というレベルを超えて、記憶そのものの機能が欠落しつつあります。お医者から帰ってまだ1時間もたっていないのに「しまった。きょう、お医者へ行くの忘れちゃった。どうしよう」と血相を変えています。

マレットゴルフ大会

一週間余りぶりにねえちゃの家に行くと、額に入った記念写真がリビングに飾ってありました。よく見ると「第26回マレットゴルフ大会」という記載があり、後ろの列にねえちゃの姿も写っています。

「これ何。デイサービスセンターでやったの?」と聞いても、返事は要領を得ません。が、あれこれ聞くと、どうもデイセンター関係で行われた大会に“応援参加”したようです。

マレット(木づち)ゴルフというのは、T字型のスティックと直径7.5センチのボールを使って、ゴルフのように少ない打数でカップインさせることを競うスポーツ。当初はゲートボールのスティックやボールでプレイされていて、ゲートが途中に置かれることもあるそうです。

1977年に福井県で誕生しましたが、現在もっとも盛んにプレイされているのは長野県だとか。老若男女たくさんのプレーヤーがいて、河川敷や里山などを利用してマレットゴルフ場の整備も進められているそうです。知りませんでした。

夏台風

台風3号が、すごいスピードで、日本列島を通って行きました。7月としては、2年ぶりの上陸です。

ねえちゃはむかしから、気圧の変化に敏感です。台風や低気圧が近づいてくると、頭が痛くなったり、体調を崩したりすることがよくあります。

そんな台風の影響もあってか、「頭がへんでおかしい」ときのうから今日にかけて何度も東京へ電話をして来ました。

でも、特に異変が起こったというわけでもなさそうです。ただ「バカになってずっと、寝てばかりいる。だれも外を歩いてない」と不安だといいます。

「バカになったのはいまに始まったわけじゃないでしょ。それに台風が来てるんだから、外をうろうろしている人なんているはずないでしょ」というと、少し思い直したようです。

お医者さんからは、めいっぱいの薬を処方してもらっています。介護の再申請をして、7日には調査員の人が来ます。一歩一歩やれることはやっているのですが。

なにがなんだか

私が高血圧の治療などに通っている東京の内科のお医者さんのところで、「なにがなんだかわからなくなっちゃって」とさかんに話している高齢の女性を見かけました。

どうも、連れて来てもらったヘルパーさんに、寝て起きたときそれが朝なのか、夜なのか、自分は何なのか分からなくなって困惑している様子を訴えているようです。

ねえちゃも「なにがなんだかわからなくなっちゃって」と、この女性とまったく同じフレーズを口癖のように繰り返して言います。

認知症の同じような症状に、同じような困惑を覚えているのかな、という気がしました。

月曜日のきょうはねえちゃの家に生協の配達が届く日です。今回からネット注文です。

いつもなら、生協の担当者の人が来たかどうかなんて受けとった瞬間に忘れてしまうのですが、きょうはどうしたことか「生協からいろいろ来たよ」と電話で知らせて来ました。

「冷蔵庫へちゃんと入れた? 暑くなってきたから、必要なものはちゃんと入れとかないとすぐ腐っちゃうよ」というと、自信はあるようでした。

負担軽減

最近、ねえちゃの食生活の多くは、月曜日に生協から届く食料品によっています。

ねえちゃは、カタログを読むことも、注文票を書くこともできないので、私が毎週記入していました。

けれど東京から長野へ行って、週に一度、注文票に書き込むのは、忙しいときなどなかなか大変です。

認知症が進んで、ねえちゃは注文票を渡すことも難しくなりつつあります。それで今回からネットでの注文に切り替えました。

商品の番号を打ち込めば、商品名がどんどん表示されるし、つぎつぎに合計金額が計算されます。注文メモもクリック一つでメールしてくれます。

こんなんだったら、もっと前からやっていれば良かったと後悔しています。

いずれにしても、いろんな工夫をしてこちらの負担を少しでも減らしていく努力が必要なときになっているな、と感じます。

雨に閉じ込められて

長野県内のきょうは、梅雨前線に向かって暖かく湿った空気が流れ込んで広い範囲で激しい雨が降り、土砂警戒情報も各地で出ました。

ですから雨に閉じ込められて、さすがにねえちゃも「知らない間にちょっと徘徊してスーパーへ寄って」というわけにもいかなかったようです。そういう意味では、恵みの雨です。

ねえちゃは、スーパーというところは、あれやこれやいろいろ買わないといけないところだと思っているようです。

「トウモロコシが食べたければトウモロコシだけ買っても、誰も文句は言わないから」といっても、けっきょくあれこれ不要なものを買ってきてしまいます。

今週は、生協の食品が来なかったのでちょっと心配でしたが、週の初めに私が買いだめして冷蔵庫に入れておいたものだけで、何とかもちそうです。

「冷蔵庫をゴソゴソ探せばいろいろ入ってるはず。それで明日を乗り切れば月曜日には生協からたくさん届くから」と電話でいうと、理解したのかどうかは分かりませんが、ねえちゃは明るい声で了解していました。

自分が食べたいもの

ねえちゃは、御菓子でも、果物でも、何かいただきものがあると必ず「まずはおじいさんに」と仏壇に供えます。

でも、供えたことをすぐに忘れてしまうので、そのまま傷んだり、カビが生えて食べられなくなることがしょっちゅうあります。

特別になもの以外は供えなくてもいいじゃない、といっても「まずはおじいさんに」と繰り返しています。

夕飯のおかずを、というと、亡くなって6年になり、料理ができなくなったいまでも「おじいさんの気に入るものを何か作らなければ」とイライラしていることがよくあります。

「おじいさんはもうずっと前に居なくなったんだから、自分で食べたいものを食べればいいの」といっても、「食べたいもの」を探しあぐねています。

タコとかトウモロコシとか、周りで見ているとねえちゃの好物はけっこうあるように思うのですが、長年「おじいさんの食べたいもの」ばかりを気にして、「自分が食べたいもの」を考えることがなかった“後遺症”なのかもしれません。

鈍感

25日朝、長野県南部で最大震度5強を観測したM5.6の地震以来、いまも余震がたびたび起きています。

震度5強を観測した王滝村では80代女性が自宅で落ちてきた物で頭を打ち、木曽町では60代女性が倒れてきたたんすに足を挟まれたそうです。

でも、ねえちゃは、25日からずっと県内で地震が頻発しているという認識はありません。

25日の朝、私は長野市のねえちゃ宅の2階に居て、ガタガタガタと家具などがきしむような揺れを感じて、一瞬緊張しました。少なくも震度2はあったと思います。

その後も、しばしば小さな揺れを感じています。 しかし、ねえちゃはぜんぜん感じななかったと平然としています。

認知症は、地震に関する感度も鈍くしてしまうのでしょうか。それとも、生まれつき鈍感だったのでしょうか。

帰って来ると元気

きょうは、ねえちゃのデイサービスの日です。

朝は「からだの調子が悪いから」と行きたがりませんでしたが、「センターにはお医者さんもいるから大丈夫」と電話でお嫁さんに励まされてやっと出かけました。

帰って来ると、声はすっかり明るくて元気です。アタマやカラダの体操など、みんなといっしょに何かやることにはそれなりに意義がありそうです。

ただし、これもいつものように、覚えているのはお風呂に入ったことだけで、昼食が何だったか、どんなことをやったかはほとんど忘れてしまっていました。

介護の変更申請を出したところ、さっそく調査員の人から電話をいただいて面接の日が決まりました。

デイサービスの日を増やして、昼間も家でずっとパジャマのままでで、起きたと思ったら徘徊するような生活を脱することができればいいなと思います。

松井潤
matsuijunta@gmail.com
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