2016年07月04日

善光寺のセクハラ

ねえちゃが住む長野市善光寺のトップ、小松玄澄貫主が、60代の女性職員2人にセクハラ・パワハラをしたのでは、という問題が全国的に報じられています。

1400年の歴史をもつとわれる善光寺は、無宗派の単立寺院で、天台宗の「大勧進」と25院、浄土宗の「大本願」と14坊によって運営されているそうです。

住職は、大勧進貫主と大本願上人の2人。そのうち大勧進貫主は、天台宗の名刹から推挙された僧侶が務め、現在は小松貫主になります。

善光寺は、日本で仏教が諸宗派に分かれる以前からの寺院のため、宗派にかかわりなく宿願が可能な霊場と位置づけられてきました。

また、「大本願」は尼寺で、女人禁制があった旧来の仏教の中ではめずらしく女性の救済をになってきたことも、特徴として挙げられます。

ねえちゃも特に、2000年に無くなった「大本願」の第120世法主、智光上人には親しみを感じていました。

そんな、女性救済の尼寺でもある善光寺でのセクハラ騒動に、ねえちゃもガッカリしています。

 



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2016年07月03日

熱中症

きょうは暑い一日になりました。これから、2カ月余り、もっと暑い日々がつづくかと思うとウンザリしてきます。

最近でも、朝方などについ床暖房を入れることも多かったねえちゃですが、さすがにきょうは「暑かった」そうです。

人のからだは、皮膚からの放熱や発汗によって体温を下げますが、外気が皮膚温以上になったり湿度が非常に高いと放熱や発汗ができにくくなり、熱中症を引き起こしやすくなります。

今年は暑い夏になりそうだ、といわれていますが、異常な熱波に見舞われた年には、高齢者を中心にたくさんの熱中症患者が発生するのが常。心配です。

熱中症にならなためにねえちゃは、夏はなるべく外へ出ない、出るときは必ず水筒を持っていくことにしてます。

きょうは夕方、しばし散歩に出かけたそうです。「ちゃんと水筒は持っていってるから」と、いまのところはちゃんとやっているようです。



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2016年07月02日

音楽

ねえちゃの家の戸棚から、しまってあった尺八の通信講座やオカリナの教室のテキストや楽器が出て来ました。

尺八のほうは、5年前に死んだねえちゃの連れ合いが申し込んだようですが、練習したり課題を提出した形跡はほとんどうかがえません。

オカリナのほうは、20~30年前、ねえちゃがオカリナ作りをしたり、吹いたりする教室へ通っていたときのもののようです。

今ではすっかり忘れてしまったそうですが、それなりにがんばって勉強していたようです。

ねえちゃは決して音楽が嫌いというわけではないのですが、人前で演奏したり、歌ったりということは好みません。

いつか、「老人ホームなど施設に入りたいなら、カラオケで一曲くらい歌えるようにしといたほうがいいんじゃない」と言ったことがありますが、それ以来、施設へ入りたいとは言わなくなりました。



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2016年07月01日

意地悪ばあさん

きょうは、歯医者の日。私のほうで、ねえちゃと2人分の予約を取っていました。
ねえちゃは、入れ歯を入れて1カ月後の点検です。
1人だと予約をすっぽかしてしまうので、いっしょに通うことでなんとか通院して来たのです。
きょうはパジャマを着替えて、1時間前まで行くつもりのようでした。
が、直前になって、ねえちゃは勝手に歯医者さん電話して「予約をキャンセルした」と言うのです。
聞けば「体調が悪くて一歩も動けない」のだと、いつもの“直前キャンセル”の理由を繰り返します。
「こっちは一人でも行くつもりなのに、何で無断でそんな勝手なことをするんだ」と頭にきて、手を引いて連れて行こうとしますが、頑なに拒みます。
仕方なく「私ひとりだけでなんとか」と歯医者さんにお願いして、診療しました。
ところが私が戻ると、ねえちゃはひょこひょこと近所に出かけて行っていて、世間話に長々と花を咲かせているのです。
「体調が悪くて動けないんじゃなかったの?。ふざけるな」。
ボケが進んできたとはいえ、“意地悪ばあさん”的な言動がさすがに癪に触って怒鳴りつけました。

 



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2016年06月30日

リハビリ

日が暮れる少し前になると、ゆっくりゆっくり足を少しずつ前に出しながら、田んぼのわきを歩いている初老の男性にしばしば出あいます。
脳血管系の病気か何かで、半身が不自由になられて、そのリハビリのために歩いておられるのでしょうか。
ねえちゃはカラダは元気ですが、相変わらず、アタマのほうは「ぼか~んとしたまんま。何がなんだか分からない」と嘆く日々が続いています。
「何もやることがない」「何もしたいと思わない」「そのうちに何にも分からなるんじゃないかと気がきでない」
ハタから見ると元気で、自分でもカラダの衰えは感じていないのに、アタマの衰えがじれったくてしかたがないようです。
「決めたテレビ番組を毎日見るとか、毎日一品自分で食べたいものを作ってみるとか、一日一ページずつでも本を読むとか、あのおじさんのようにほんの少しずつでもリハビりだと思って続けたら」といつものように話します。
「そうなんだよね」といつものように応えながらも、こうした周りの言葉はねえちゃの頭には留まることなく、すぐに消えて行ってしまいます。

 



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2016年06月29日

ブナシメジ

ご近所から、ブナシメジとエリンギを頂戴しました。

エリンギはさっそく今夜、炒め物にしました。シャキシャキと歯切れが良く、おいしくいただきました。

「ブナシメジはどうやって食べようか」と聞くと、ねえちゃは「やっぱり、みそ汁かなあ」。

ブナシメジについてねえちゃは、子どものころ実家で「クヌキ、コナラの原木に穴をあけてシイタケの菌を植え付けるように、たしかかブナの木に植え付けていたような気がする」といいます。

けれど、ブナがどういう木だったのか、どうしても目に浮かんでこない、のだそうです。

ブナは、日本列島に広く分布している落葉高木。長野県の山里でずっと暮らしてきたねえちゃですから、見たことが無いはずはないのですが。



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2016年06月28日

スバル

ねえちゃの家には、2台分の駐車スペースがあります。でも、車は置いていません。
お客さんが来たときや、お隣さんが貸してほしいといってきたときに使ってもらうだけです。
連れ合いはずっと、スバルの軽自動車を愛用していました。
特に、「小さけどエンジンがすごくいい」と、「てんとう虫」の通称で親しまれた「スバル360」がお気に入りでした。
スバル360」は、日本初の「国民車」として人気があり、1958年から1970年までのべ12年間に渡って39万2000台が生産されたそうです。
「360」が製造されなくなっても、後継のスバルの軽に乗っていた連れ合いですが、5年前に他界。

ねえちゃは運転免許を持っていませんが、夫との思い出が詰まっている車を死後も置いたままにして、定期的にエンジンをふかしたり、掃除をしたりして来ました。
でも、維持費がかさむだけなので「このあたりで」と、3年ほど前にやむなく廃車、ということになりました。



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2016年06月27日

果物の季節

散歩がてらぶらりと川中島の八幡原古戦場を訪れると、産直の売店にいろんな果物が並んでいました。

思わず、赤紅色に熟したネクタリンをザル一山、さらに「ビワもおいしいよ」とすすめられてついつい、それも一山買いました。

ねえちゃも「あんずの里」として知られる千曲市に住む従妹から、アンズをたくさんもらったと喜んでいます。

信州は、リンゴだけでなくいろんな種類の果物がとれます。果物の宝庫です。

しっかりした甘みとほどよい酸味が何ともいえないネクタリンは、長野県が全生産の8割近くを占めているそうです。

また、果実酒やジャムにしてもおいしいアンズは、全国の生産量を青森県と二分しているとか。

暑さが厳しさを増していくなか、信州もいよいよ果物のシーズン本番です。

 



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2016年06月26日

長い夜

ねえちゃは、夜6時になると夕飯を食べて、7時を過ぎればさっさと片づけてしまいます。

テーブルに残りの食べ物やお菓子を置いて、テレビを観ながらのんびり夜を過ごす、というようなことはほとんどしません。
夜、テーブルにいつまでも食べ物が乗っかっているとイライラしてくるようです。
食事が済めば日記を書いて、血圧を測り、ふろを焚いて入る。
ふろを上がればアイスクリームを一本食べて、9時には就寝となります。
日曜日くらい、ふろがへ入る前に長野にも関り深い「真田丸」でも観たら、というのですが、相変わらずぜんぜん興味がないようです。
かといって、きょうもあしたも他に何かやることがあるわけでもありません。
「本でも読んだら」といっても、いつものように「そうだね」といいながら、全くその気はないようです。
日曜日も、月曜日も、いつものように「長い夜」だけが待っています。



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2016年06月25日

きょうは、ねえちゃの二人の姪が昼間、家を訪ねてくれました。

ねえちゃは、かなり年が離れた末っ子として生まれました。

生まれたときにはもう、一番上のお兄さんは役場に勤めていて、親の代わりに出生届を出してくれたのだそうです。

だから、このお兄さんの娘さんにあたる二人の姪とは、年齢も近く、姉妹のようにして育ってきたのです。

二人が来るからと、い草を使った夏用の畳底スリッパを新調しました。いつものおみやげ「みすゞ飴」も、二袋ずつ買ってきました。

昼食を持って来てくれて、6時間近く、ゆっくりと話すことができたとうれしそうです。

ただ、いつものように何を話したかはすっかり忘れてしまったそうですが。



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2016年06月24日

ニュース

国民投票の結果、イギリスのEU(欧州連合)離脱が決定的になりました。

ねえちゃも一日中、テレビのニュースで盛んに報じられているのを観て、何かたいへんな事が起こったようだ、と思ったようです。

が、EUなるものがどういうもので、日本の経済や企業、為替相場などにもこんな影響を及ぼす可能性があるんだよ、などと話しても、ねえちゃには興味を持とうとする手がかりさえ見いだせないようでした。

公私混同で大騒動になった舛添さんについても、相当に「ケチな人」なんだな、となんとなく知ってはいても、それ以上に興味がありそうにはありません。

きょう、ねえちゃのいとこが訪ねて来て、参議院選や郷里の下條村長選についていろいろ教えてくれました。

こっちのほうは「EU離脱」に比べればかなり身近なので、少しはアタマに引っかかったかなと期待したのですが、何を話したのか夜にはすっかり忘れて去っていました。

「ところで、参院選の投票所入場券は送られてきたの」と聞くと「そんなの届いてない」。「そんなはず、ないはず」。

あちこち探しまわしたあげく、日記の裏表紙にはさんであるのを発見。ホッとしてました。



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2016年06月23日

カレンダー

今週はどんな予定があるのか。ねえちゃにとって、ほとんど唯一の拠り所になっているのは、食卓に掛けてあるカレンダーです。

お医者さんの予約とか、町内会の集まりとか、誰かが訪ねて来るとか。予定が入ると、そこに赤いサインペンで、書き込むようにしてあります。

ですが最近は、書き込むことは書き込むのですが、それがどういう意味だったのか頭から消えてしまうことが多くなってきました。

あさって土曜日には、めい二人の名前が書かれて「お昼は買ってくる」とカレンダーには書かれています。

これについて、「あさって来るんだよね。これ、お昼を用意しなくていいってことだろうか?」と私に尋ねます。

まったく関与していない私に聞かれても、分かるはずがありません。

「メモ、メモ、メモ、メモ、みんな忘れるんだから聞いたらすぐにメモしておかないと」。

口を酸っぱくしていっても、いざそのときになると、やはりメモすることも忘れてしまっています。



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2016年06月22日

公示

参議院選挙が公示になりました。ねえちゃも「選挙カーはまだ見てなけど、テレビや新聞で騒がしくなった」といいます。

参院選の長野選挙区では、これまでは自民党と民主党が1議席ずつを分け合ってきました。

ですが、今回から改選数が2から1に減りました。地元の新聞の調査などによると、自民党現職と知名度の高い民進党新顔との間でたいへんな激戦になっているようです。

日ごろ、地元の国会議員の事務所などから、ねえちゃの家にもファクスや手紙などあれこれ送られてきたりします。

ねえちゃは何が何だかわからず読むことはないので、ファクスなども受信拒否にしてあります。

「頭の体操だと思って、新聞を読んだり、候補者の主張を聞いたりして、今度の選挙は自分でちゃんと考えて投票したら」というのですが……。



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2016年06月21日

とうもろこし

とうもろこしの食べごろ、旬の季節になりました。ねえちゃも、生協で届けてもらったり、スーパーで買ってきたりしたのを茹でて食べるようになりました。

ねえちゃは、農家に育ち、山里を転々として来たので、夏の食卓にはいつも山と盛られたとうもろこしがありました。

親戚や近所の農家で分けてくれることもしばしばありました。

生のまま置いておくと、糖分がでんぷん質にどんどん変化して甘みがなくなってしまうので、もらうとすぐに茹でて冷凍したりするので、冷蔵庫はいつもとうもろこしでいっぱいになりました。

米、そば、りんご、ぶどう、もも、レタスなど、色んな農産物が穫れる長野県。

とうもろこし(とうきび)というと何といっても北海道ですが、長野県もベスト5に入る生産量を誇っています。

ねえちゃは、大好きなとうもろこしを指できれいにもいで食べます。

最近は、大きな鍋でゆでることができなくなったので、電子レンジに頼ることが多くなってきましたが。

 



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2016年06月20日

冷蔵品

毎週、月曜日の午後3時には、ねえちゃの家に生協の注文品がとどきます。

以前は、米とかトイレットぺーぺーとか、買い物がしずらい、かさばるものを主に注文していたのですが、このごろ日ごろ食べるものが増えてきました。

好物の酢だこやイカ、サケ、サワラ、サンマなどの魚、お風呂上がりに欠かせないアイスクリーム、トウモロコシやバナナなど。

冷蔵庫に入れておけば長持ちするので、最近はスーパーへほとんど行かなくても、食べるのに困らなくなってきました。

ただし、届けてくれた生協の担当者が、冷凍品、冷蔵品、その他と分けてくれても、ねえちゃは最近、それらをちゃんと分けて保管できなくなってきました。

先週も、納豆やロールケーキなど「要冷蔵」の食品を冷蔵庫にしまわず、外に放って置いたまま忘れていたので、カビが生えたり、傷んでしまったものがいくつかありました。

気温が上がり腐りやすい季節だけに、心配です。



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2016年06月19日

電話

ねえちゃは、下條村に住んでいる姉のところに電話をするのを楽しみにしているのですが、かけてもなかなか話が出来ません。

きょうの午前中にも電話しましたが、家に居ませんでした。午前中は、畑に出て農作業をしてるのでたいてい不在にしているのです。

「そんなに話したければ、午前中には居ないことが多い意んだから、昼過ぎとか、夜とかに電話すればいいじゃない」と言っても、すぐに忘れてしまうのか、頑固だからなのか、いつもの習慣でたいてい午前中に電話をかけています。

ボケ気味になって交際も減って、ねえちゃのところに電話がかかってくることはあまりありません。

押し売り対策のため、非通知や「0120」からの電話は、受信拒否にしてあります。

ということもあってか、これといってやることのない日々をおくっているねえちゃにとって、電話がかなり恋しくなってきているようです。

 



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2016年06月18日

藤山一郎

ねえちゃはきょうも、いつものように朝から「なにもやることがない」と、パジャマでゴロゴロ。

それならヒマつぶしにと、しまってあったCDプレイヤーを取り出してきて「懐メロ」ソングのCDをかけてみました。

中に、ねえちゃの連れ合いがよく歌っていた、古賀政男作詞作曲の名曲『影を慕いて』 が入っていました。

『影を慕いて』 は、1932(昭和7)年3月に藤山一郎が歌ってヒットしました。

藤山一郎は、東京音楽学校(東京藝術大学音楽学部)を首席で卒業したとか。

ねえちゃは高校のとき、音楽の先生が「藤山一郎は、声の出し方をきちんと勉強しているので、他の歌手とは違う」と絶賛していた記憶がずっと残っているそうです。

「将来、老人ホームへ入るにしても、何かカラオケの持ち歌がないと仲間に入れてもらえないかもしれないから、何か一曲、歌えるようにしておいたら」というと、いつものように「そうだね」と気のない返事をしていました。

 



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2016年06月17日

音楽

5年くらい前、ねえちゃが「ピアノを弾いてみたい」というので、田畑を越えて家から40分ほどのところにある本屋さんに行って買ってきた『完全指づかい付 今日から弾けるやさしいピアノ 心のうた』という教則本を久しぶりに見かけました。

「ふるさと」「荒城の月」「ハッピー・バースディ・トゥ・ユー」など、だれでも知っているやさしい曲が、楽譜が読めなくても、図に描かれた通りに鍵盤に指を乗せていけば弾けるようになっています。

本を使い込んだ感じはありませんが、前のほうのページに折目はついています。

「少しは練習してみたの?」と聞くと、やはり「忘れちゃった」。

昔の歌謡曲や童謡がたくさん入ったCDなんかも居間に並んではいるのですが、私は聴いても、ねえちゃはいっこうに興味を示してくれません。

「これで、ラジオ深夜便を聞いたら」と買った旧式のラジオも、最近はぜんぜん使っていないようです。

家にいるときはラジオのFM放送を流しっぱなしにしていることが多い私には、何とも不思議です。



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2016年06月16日

イチロー

テレビを観ていても、いつもボーッと画面を見つめているだけで、何をやっているのかほとんど関心をもたないねえちゃ。

でも、きょう、イチロー選手が日米通算4257安打という、世界でだれもやったことがない記録を打ち立てたというニュースが盛んに流れると、「イチローってすごいね」と何度も繰り返していました。

「イチローって知っているの?」というと、ねえちゃは、

「そりゃあ知っているよ。日本人だもん。日本でもやっていた細いからだの人でしょう」。

そんな、大記録が生まれたきょうは、ちょっとだけ外へ出て、近所の子どもたちと話をしたそうです。



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2016年06月15日

いやみ

部屋の蛍光灯のランプが、ついたり、消えたりを繰り返すようになって困ったと、朝、ねえちゃが言って来ました。

「いま忙しいので、そのうちに取り換えるから少しがまんして」と言って、夕方、散歩がてら近くの量販店で蛍光ランプを買って来るつもりにしていました。

ところが、ねえちゃは、そういったのを即座に忘れしまって、こんどは電気屋さんに電話をして、わざわざ取り替えに来てくれるように頼んでいます。

夕方、おかずの一品にと、割引になった鯛の刺身のパックをスーパーで買ってきて、「これ夕食用だから」とテーブルに出しておきました。

さあ、いっしょに食べようか、と食卓に行くと、私の買ってきた刺身は、ねえちゃがすでに全部たいらげているのです。

ふつうにみると、これらは「いやみ」としか思えない行為ですが、実際は聞いてもすぐに忘れてしまって、次の瞬間、必要があると思えばすぐに電気屋さんに電話するし、目の前に何かあれば食べてしまう、ということのようです。

ボケてきたからやむを得ない、とは思いながらも、こういうのが続くとさすがの私もアタマにきます。

目標が無くなって、やることを見いだせず家の中に閉じこもっている昨今、ねえちゃの症状はまた進んできたな、という感じがしています。

 



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2016年06月14日

大麦

テレビで、大麦には悪玉コレステロール(LDL)を下げるなど、健康のためにすごくいいという特集をやっていました。

大麦は、新石器時代の1万年前にはシリアからユーフラテス流域の肥沃な三日月地帯ですでに栽培が始まっていた、世界でもっとも古くから栽培されていた作物の一つだそうです。

当初は、炒って麦粉にしたものを水に溶かして食べたりしていたようですが、やがてパンにする製法が開発されていきました。

農業をやっていたねえちゃの実家では、米のほかに小麦や大麦も作っていたそうです。小麦は製粉する必要がありますが、大麦は米と同じように粒のままで食べることができます。

戦中から戦後、ねえちゃが若いころ、米はたいへん貴重なものだったので、ご飯といえば米と「粒に筋が入っている」大麦が混ざっているのが当たり前。「白米だけのご飯なんて盆か正月だけ」だったそうです。

アタマのほうはともかく、すこぶる健康なねえちゃのカラダをつくたのは、大麦パワーの働きによるところが大きいのかもしれません。



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2016年06月13日

目覚し

明け方の4時30分になると、ねえちゃの部屋からにぎやかな音楽が流れだします。

「なんだ」と思って調べてみると、どうも携帯電話の「目覚し」のようです。

2、3年前までやっていた朝の散歩のために、鳴るように携帯に設定してあったのが、解除されないままになっていたのです。

ねえちゃは、そんな目覚し設定のことは、とっくに忘れてしまっていたので、最近は、何か鳴っているなと思いながらも無意識にスイッチを切って眠り続けるのが日課になっていました。

このごろは散歩に出かけることがあっても夕方なので、目覚しの必要性はまったくぜんぜんありません。そこで、きょう、4時30分の目覚しを解除しました。これからは、朝のにぎやかな音楽から開放されそうです。

一日中パジャマでいて、なんにもやることはなく目覚し不要のねえちゃですが、午後7時には夕食、8時になると風呂を沸かして、10時ごろにはきちんと床に就きます。

 



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2016年06月12日

選挙

いよいよ参議院議員選挙も近づいてきました。候補者のポスターが貼られる掲示板も、あちこちで見かけます。

ねえちゃには、とくにに支持している政党や候補者はありません。

連れ合いが健在だったころは、どちらかというと革新的だった夫が決めた候補者と同じ人に投票していたようです。

が、亡くなってからは、親類や近所の人の推薦とかがなければ「なんとなく」決めて、それでも投票には必ず行っているそうです。

選挙といわれてねえちゃが思い出すのが、子どものころ目にした父親の選挙だったそうです。

ねえちゃの父親は、村会議員を何期かやったそうで、選挙になると、みんな忙しそうで緊張して、よそよそしくなった、という記憶がはっきり残っているとか。

周りから「家に誰が来たとか、誰のところへ行ったとか、誰にも言ってはいけないよ」と諭されたそうです。

自分の父親が村の選挙に立候補していることも、「学校でみんなに言われて初めて知った」というような状態だったとか。

そんな子どものころの経験からか、「選挙に出るって、周りもほんとうに大変。ぜったい割に合うことじゃない」とねえちゃはよく言います。



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2016年06月11日

カエルの大合唱

夜になると、ねえちゃの家の近くにある水田からカエルが一斉に鳴きだしてたいへんな賑わいをみせるようになりました。まさに「カエルの大合唱」です。

  夜の雲にひびきて小田の蛙かな(飯田蛇笏)

  蛙田の暮るゝ遅さよ雨のあと(水原秋櫻子)

などなど、俳句にもたくさん詠み込まれています。

カエルが鳴くときには、口腔内の柔らかな皮膚の膜(鳴き袋)をぷくっと膨らませている様子が目に浮かびます。

肺から送られてきた空気によって喉頭を振動させることで音を発し、鳴き袋の中で共鳴させているそうです。

どうしてこんな大合唱をするかというと、繁殖期にオスがメスを呼んで求愛する、とともに他のオスに対して縄張り宣言をする意味などがあると考えられています。

ねえちゃは、カエルが大好きです。庭でアマガエルを見つけたりすると、楽しそうに話しかけたりしています。



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2016年06月10日

目標

今年のねえちゃの目標は、4月にあった親戚の結婚式、それから先日あった義姉の一周忌です。

いろいろと周りに面倒をかけたりもしましたが、どちらにも無事、出席することができました。

でも、残念ながら、これら二つの行事のことは、ねえちゃの記憶からはほとんど消えてしまっています。

それから、これらが終了してしまったことで、ねえちゃの当面の目標もまたすっかり無くなってしまいました。

だから、また朝からずっとパジャマ姿で寝ている状態がつづくようになりました。

たとえば、「好きなテレビ番組でも見つけたら」といっても、なかなか気持ちが乗ってこないようです。

「ボケちゃって」という嘆きだけが、繰り返しまた聞かれるようになりました。

 



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2016年06月09日

アイスバー

だいぶ暑くなってきたせいか、ねえちゃはアイスクリームをたくさん食べるようになってきました。

以前は、モナカのバニラとか、カップ入りとかをいくつか、スーパーへ行ったときに買ってきていたようですが、近ごろは、大きいのを一気に食べるのはめんどうになってきました。

そこで、チョコレートで覆われたのやキャンディ、シャーベット、“白くまくん”など、小さなバーが10個、15個とまとめて入った箱を、週1回、生協いくつか注文して持って来てもらうようにしています。

それが、ねえちゃの生活にぴったりとハマったようです。風呂上りだけでなく、食事やお茶のたびにアイスのバーを食べるのが、お楽しみの習慣になってきました。

10本入り、20本入りとかの箱を二つくらいずつ注文して冷凍庫に置いておいても、たいてい1週間しないうちに(本人が食べたという記憶が無いうちに)カラになっています。



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2016年06月08日

村長選

ねえちゃが生まれ育ったのは、徹底した財政削減や子育て支援による全国有数の高い出生率などで、「奇跡の村」として知られる長野県南部の下條村です。

「奇跡の村」の立役者である伊藤喜平村長が、今春の村議会で引退を表明しました。

伊藤村長はねえちゃより一つ年上の81歳。1992年7月に就任してから、6期24年間、強いリーダーシップで村を引っ張ってきました。

新聞報道によると、伊藤村長の勇退に伴う村長選挙は、参院選にあわせて7月5日告示、同10日投開票で行われます。

いまのところ、元村議会議長の宮嶋清伸さんと村議の金田憲治さんの新顔2人が出馬を表明しているそうです。

今度の下條村長選はまた、県内の地方選挙で初の「18歳選挙」になるという歴史的な節目にもなりそうです。

遠くに住む一都民でしかない私などに言えるのは、公私混同、権力欲と金銭のセコさ感覚しか持たぬ舛添要一知事のような、どうしようもない首長を選ぶ選挙にはなってほしくない、ということくらい。

若い有権者たちも誇りにできるような、「奇跡の村」の新時代を築くすがすがしい村長選になればいいなと願っています。 



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2016年06月07日

植樹祭

一昨日、ねえちゃの家の近くにある「エムウェーブ」で、全国植樹祭が開かれました。

長野オリンピックのスピードスケート会場となったところです。

「いま、あっこでやっているのが映されているなんて、不思議な感じだね」

などと言いながら、ねえちゃは、天皇さまや皇后さまが植樹をされるテレビ中継を、じっと見つめていました。

お二人とも、ねえちゃより少し年上です。なのに、熊本地震の被災地に出かけるなど「仕事」を積極的につづけておられます。

「ボケたなんて言って、閉じこもってばかりはいられないよね」



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2016年06月06日

やりたいこと見つける仕事

法事に出かける前には「ボケてどうにもならないことがバレるから何にもしゃべらない

でおこう」と何度も言っていたねえちゃですが、いざ行ってみると、久しぶりに会った

人たちなどと楽しそうにべらべら喋りまくっていました。

楽しく喋っているときは、これといってヘンなところはありません。けれど1日経て

ば、行ったことも会った人もみんな忘れてしまって、まわりは「がっくり」です。

しばらくは、これといった行事もありません。きょう電話をすると「一日なんにもしな

かったけど、何かやらなければならなきゃならないことなかったけ」といいます。

「これからは、テレビを見るとか、やりたいこと見つけることが仕事でしょ」と、こたえておきました。

 



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2016年06月05日

行ったんだったっけ?

きょう東京へ戻ったら、ねえちゃから「カレンダーを見たら4日にねえさまの一周忌ってあるんだけど、行ったんだっけ?」と電話がありました。

義姉の一周忌で久々に実家を訪ねた、つい昨日あったばかりの“一大イベント”ですが、残念ながらねえちゃの記憶からはもう、すっかりと抜け落ちてしまったようです。

法事で、懐かしい人たちにたくさん会えました。実の姉とじっくり話し込むこともできました。姪たちへ、と持っていった「みすゞ飴」を手渡すことも出来ました。

そういうのも、みんな忘れてしまったようです。

けれど、そうして、いろんな人に会ったということは、まぎれもなく確かな経験だったはずです。

そして、どこかにきっと記憶は残っていて、断片的にでも思い出していくことがあるはず。

そういった記憶が断片的にでもよみがえっていくことがまた、生きるということなんだ、という気もしてきます。



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2016年06月04日

一周忌

きょうは、ついにねえちゃにとっての一大イベント、義姉の一周忌法要でした。高速バスとJR飯田線を乗り継いで、なんとか無事に実家で行われた法事に参加することができました。

一泊二日の短い旅でしたが、60年ぶりに乗ったという飯田線。「電車やホームは随分変わったけど、ゴットンゴットンいう音は昔のまんまだ」と、懐かしさが込み上げてきたようで若いころのようなはしゃぎぶりでした。

温泉では、旅館の中をあちこち迷ったりはしましたが、大きな露天風呂にほとんど独占状態で、たっぷりと浸かることが出来たそうです。「大きな露天風呂にびっくりして、満天の星を眺める余裕は無かった」みたいですが。

「ひょっとしたらこれが最後かもしれない」と訪れた実家では、家の中の隅々から縁側や蔵など、あちこち見て回りました。甥たちが、きれいに整理整頓してくれていて、何かホッとするものを感じたようです。

「義理が果たせて、これで区切りがついた」。物忘れがひどいので、何が何だかわからないところも色々あったようですが、ねえちゃは満足そうです。お世話いただいたみなさま、ありがとうございました。



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2016年06月03日

下條温泉

いよいよ、ねえちゃの実家で行われる法事が明日になりました。これから、高速バスとJR飯田線を乗り継いで天竜峡まで向かいます。

ねえちゃはきょうも「頭がボケちゃって、何がなんだか分からない。行けない」をまた繰り返していますが、「黒い服だけ持って行けばいいのだから」となだめて何とか準備は整いました。

いつものことですが、あれこれ考えようとすると怖気づいて、何もできなくなってしまうようです。

泊まるのは天竜峡の近く、下條温泉の「加賀美」という旅館。下條温泉はほどよいぬめりけがあって肌に優しく、自然に囲まれた露天風呂もあるとか。夜は、降るような満天の星空が満喫できるそうです。

でも、ねえちゃにとっては、とてもそんなことを楽しみにする余裕はありません。

無事に行って来れるかどうか不安で仕方がないようです。



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2016年06月02日

フラフラして

もうすぐ法事で久しぶりに実家を訪れるねえちゃですが、朝から「フラフラして、とてもじゃないけど行けない」と、また言い出しました。
ちょっと遠くへ出かける予定があると、1日前くらいに決まって「行けない」と思い込んで尻込みしてしまう、いつもの“病い”です。
本人は「歩けない」というので「ならば、寝て居たら」というと、ひょこひょこ起き出して、洗濯をしたり、洗い物をしたり、あちこち動きまわっています。
体調が悪いからと自分で体温や血圧を測っても、まったく正常です。
いつもにも増して食欲もあり、稲荷寿司やおやきをペロッと平らげました。
「ひょっとしたら、生まれてから二十何年間か暮らした、思い出がいっぱい詰まった家に行くのもこれが最後になるかもしれないんだから、今度だけは這ってでも行かないとダメ」と言うと、少しずつ気を取り直してきました。

 



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2016年06月01日

歯の治療、終わる

半年近くかかった、ねえちゃの歯の治療が、きょうで一段落しました。

入れてもらった義歯の調整や歯全体をクリーニングをしてもらって、「いちおうきょうで終わり。1カ月後くらいに一度ようすを見ましょう」と歯医者さんに言われました。

最初のころは、予約をしても直前キャンセルの繰り返しでしたが、最近は、診察券入りのカードホルダーをぶらさげて私といっしょに真面目に通うようになりました。

どんな治療をしてもらったのか、ねえちゃはぜんぜん覚えていません。

ただ、入れ歯を取り付けたばかりのときにはかなり違和感があったようですが、何度か調整してもらって、だいぶ気にならなくなったみたいです。

歯医者さんの近くの洋服屋さんで、週末にある実家での法事に着ていく服を調達し、ご近所の奥さんが勤めている和菓子屋さんでお土産も買いました。準備は整ってきました。



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2016年05月31日

下山ダッシュ

3日後に迫った、実家での法事に出かけるねえちゃ。郷里へ帰るときはこのところ高速バスで近くまで行って、親戚に車で迎えに来てもらうパターンが多かったのですが、今回は久しぶりに飯田線に乗るつもりでいます。

飯田線は、愛知県の豊橋と長野県の辰野を結ぶJR東海の鉄道路線。開業は1897(明治30)年で、総延長195.7キロの路線に94の駅があります。

新幹線の拡大など急ピッチで高速化が進む時代にありながら、一時間に1本以下、天竜川の険しい渓谷を縫うように、いまも豊橋から辰野まで約6時間かけてノンビリと走っています。

飯田線のちょっとした名物に“下山(しもやま)ダッシュ”なるものがあるそうです。

飯田駅をはさんで伊那上郷駅から下山村駅までに五つの駅ありますが、その間、線路はゆっくりとオメガカーブを描いています。

そのため列車に乗ると13分〜20分かかりますが、伊那上郷と下山村の実際の直線距離は2km程度に過ぎません。なので、この間を全力で走る(下山ダッシュをする)と、列車よりも早く着くことができるのです。

伊那上郷が最寄り駅の飯田高校では、乗り遅れそうなときや列車代の節約のために、むかしから下山村駅で乗り降りして“下山ダッシュ”で登校していた生徒がいるとか。

ねえちゃが通っていたのは別の高校だったので“下山ダッシュ”をした経験はないようですが、「そんなふうに走って通ってるって聞いたことある」そうです。

 



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2016年05月30日

新「長野駅」

北陸新幹線の開業、それから善光寺の御開帳にあわせて、昨年の3月、長野駅がリニューアルオープンしました。

もう1年以上になりますが、街へ出ることがほとんどなくなったねえちゃは、いまだ新しい駅ビルを見ていません。

ただ、以前の駅ビルにあった大好きなおやき屋さんが、建て替えのときに「どこかへ行ってしまった」のが気になってしかたがないようです。

「新しいビルになって、あのおやき屋さん、駅のどっかでやっているんだろうか?」

私にとっての長野駅というと、いまでも善光寺を連想させる「仏閣型」の駅舎が頭の中にあります。

1936年の善光寺御開帳に合わせて建てられたもので、撞木造りと唐破風を取り入れたデザインが全国に知られていました。

お寺の中にいるような趣のある駅のホームで、立そばをフーフーいいながら食べるのが楽しみでした。

長野冬季オリンピック開催に合わせて新幹線の開通することが決まり、1996(平成8)年、思いで深い仏閣型駅舎は取り壊され、近代的なデザインの橋上駅舎に改築されました。

昨年の更なるリニューアルで、お寺っぽさとは正反対の、いっそうスッキリした美しいデザインの都会的な駅ビルに生まれ変わりました。

けれど「仏閣型」ファンの私には、首都圏のどこにでもあるステレオタイプの駅舎のようで、何となく物足りないものを感じるのです。



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2016年05月29日

松代地震

熊本地震のニュースが流れるたびに、ねえちゃは「ほんとうに、気の毒に……」と、心配そうに繰り返します。

最大震度7を観測してから、1カ月半になるというのにいまだに余震がつづいています。

ねえちゃは、これまでに熊本地震のような大地震を直に遭遇した経験はありません。しかし、いま住んでいる地域では、半世紀前、世界的にも稀有な長期間にわたる群発地震が起こったところとして有名です。

1965年(昭和40年)8月3日から、約5年半もの間続いた松代群発地震です。震源地は皆神山付近で、総地震数は71万1341回。うち有感地震は6万2826回を数えました。

震源の深さはごく浅く、群発地震での総エネルギーはM6.4に相当するとされます。

道路の地割れや住宅の損壊、液状化、湧水などが起こり、総被害は負傷者15、家屋全壊10戸、半壊4戸、地滑り64件。

ひっきりなしに発生する地震によって、ノイローゼを訴える住民も少なくなかったそうです。地震の前後で最大約1m隆起し、付近には松代地震断層が見つかっています。

群発した理由としては、地下深部の高圧な地下水が、割れ目に沿って上昇・拡散する過程で岩石の破壊強度を低下させて地震を引き起こすという水噴火説が、有力だとか。

5年半にもわたるこの群発地震は、中央隆起帯西縁に沿って発生してから、南西-北東方向に震源を拡大させながら活動は低下していったそうです。

なんとなくですが、今度の熊本地震とどこか似たところがあるような気もします。



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2016年05月28日

天竜峡

ねえちゃの実家の法事も1週間後に迫ってきました。ねえちゃはそのため、近所の奥さんに車に乗せてもらって、美容院へ行きました。

今度の旅行では、高速バスとJR飯田線を乗り継いで、天竜峡まで行く予定です。「天竜峡の駅に下りるのは、高校生のころ以来」と、ねえちゃは楽しみにしています。

天竜峡は、暴れ川と言われる天竜川が切り開いた絶壁つづきの渓谷。花崗岩の岸壁にはアカマツやモミジが自生し、ちょうど今ごろは新緑が見事なはずです。

こうした景観を、船上から楽しむ舟下りでも知られています。

天竜峡温泉港から唐笠港まで大岸壁や奇岩など渓谷美を眺望できる天竜ライン。それから、天竜峡の上流の弁天港から時又港までの天竜舟下りです。

伊那節にも、「天竜下れば しぶきに濡れる 持たせやりたや 持たせやりたや 桧笠」と歌われています。

1989年には、天竜峡温泉も湧き出しました。久しぶりの天竜峡、ねえちゃの目にはどんなふうに映るでしょうか。

 



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2016年05月27日

バスタ

東京から青木島のねえちゃの家に行くとき私は、もっぱら高速バスを使うようになりました。

新幹線で行くと、長野駅に着いてからバスかタクシーに乗り換えて、かなり時間や手間がかかります。

けれど高速バスなら、長野インターからまもなくの「しもひがの」という停留所で降りれば、歩いて10分ほどでねえちゃの家です。

この4月、新宿南口に「バスタ」が開業しました。それまで長野方面行きは、新宿西口なった古いターミナルから出ていましたが、立派な「バスタ」ビルの3階から出発するようになりました。

これまで新宿駅周辺19か所に分散していたバス停留所を、1カ所に集めたというバスタ。

バスタの中はいつも乗客でごった返している感はありますが、JRの南口に直結しているので、場所は格段に分かりやすく、交通の便も良くなりました。

高速バスだと長野まで3時間半ほど。新幹線の2倍くらいかかりますが、料金は半分以下と手ごろです。

バスにはカーテンで仕切られた個室的な席もあり、Wifyiも使えて、なかなか快適です。

それに、日本三大奇景の一つとされる妙義山が見渡せる横川サービスエリアで一服できるのも楽しみです。



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2016年05月26日

作新大学園

学制が公布・施行された翌年の1873(明治6)年、ねえちゃがいま住んでいる青木島など当時の5つの村が協力して「作新学校」という学校ができました。

最初は地元のお寺を仮校舎にしていたそうですが、明治16年には、白壁瓦葺き2階建ての本館も建てられます。洋風の窓と和風の玄関を併せ持つ、ユニークでモダンな、当時の最新建築物だったそうです。

その後、この建物は、1956(昭和31)年に民間工場に譲渡されますが、後身である下氷鉋小学校の100周年記念事業の一つとして、昭和49年に同小学校の敷地内に作新記念館として移転されました。

現在は、現在は資料室、大気観測室として使われ、長野市の文化財にも指定されているそうです。

そんな作新学校の名前を引き継いで「地域の中で明るく健康に生活したい人が集い、人と交わって学び、体験し、人生の畑を耕す」ことを目的にした、「作新大学園」という高齢者大学がいまも活発に活動を続けています。

地元の盆栽クラブ、老人クラブ連合会、公民館の合議によって昭和48年9月に設立。4年制で、健康体操、防災、歴史、芸術、文学などいろんな講座があるようです。

「何もやることがない」のが悩みのねえちゃにも、「入学してみませんか」と公民館の担当者らが勧めてくれるのですが、残念ながら一向にその気にはならないようです。



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2016年05月25日

大堀館跡

ねえちゃが散歩に出ると、すれちがった子供たちが、しばしば「こんにちは」と明るくあいさつしてくれます。近くに小学校や中学校があって、それらの通学路になっているからです。

そんな、近くにある更北中学校の敷地には、川中島の戦いで重要な役割を果たした大堀館があったことでも知られています。

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校門の脇のところに「大堀館跡」の石碑が建っています。大堀館は幅3間半、高さ2間半の土塁が四方を囲み、外側は幅4間、深さ9尺の堀がめぐらされていたといいます。

弘治元(1555)年の第2回川中島の戦いで、武田軍と上杉軍が犀川をはさんで、200日にわたって対陣したとき、信玄はこの大堀館を本陣とした、とされています。

大堀館は、大塚館ともいわれ、信玄、勝頼2代に仕えた町田氏が居を構えていたと考えられています。

町田兵庫正之は、1561(永禄4)年の武田氏による割ケ嶽城攻略の際、城将の山崎七郎を討ち取った軍功をあげたそうです。

正之、さらに子の光直は、信玄、勝頼2代に仕えましたが、武田家が滅亡すると武士をやめて、この地に帰農。館はその後、焼失してしまったとか。

館跡の隣にある安養寺には、信玄が奉納したと伝えられる守護仏不動明王が安置されています。



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2016年05月24日

病院と鍵

きょうは3カ月1度の、ねえちゃが街の総合病院へ出かける日でした。1日1錠飲んでいる血圧の薬をもらいに行くのです。

病院の予約は午前10時20分。病院までは、車ならせいぜい15分あれば着けます。

「予約通りに病院へ行っても、どうせたっぷり待たされるんだから、10時ちょっと前にタクシーに来てもらえばいんじゃない」と言ったのですが、慎重なねえちゃは「午前9時20分に」ということで昨夜、予約していました。

そして、きょう。「予約はしたんだったっけ」と何度も問うた後で、「タクシーは少し待たせても」というズボラな私と違ってすこぶる真面目なねえちゃは、午前10時ごろから玄関前へ出てタクシーをずっと待っていました。

準備万端か、と思えば然にあらず。ややヒヤッとする事態が起こりました。いざ、タクシーが来ると慌ててしまったらしく、鍵を玄関の鍵穴に突っ込んだまま、鍵をかけずに出かけてしまったのです。

予想通り病院でたっぷりと待たされて、ねえちゃが家へ帰ってきたのは午後1時半ころ。幸い、鍵は無くなることなく、ドアにありました。



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2016年05月23日

剣山

ねえちゃは朝から、きのういただいた小梅をテーブルの上に広げて、梅漬けの準備をはじめました。

最初は、シソで漬けるつもりでいたのですが、「漬けかた忘れちゃって」と姉のところに電話をしたら「らっきょう酢で漬けたほうがいい」というアドバイスをもらったようで、そっちに方針転換しました。

そして、「剣山、どこへいったけ」と、家の中を探し回って見つけてきました。「剣山」と言っているのは、花を生けるときに使う、針をたくさん束ねた剣山留めのことです。

花が動かないように支える花留めは、昔は穴の開いた金属板を用いた七宝留めが一般的だったようですが、明治時代に入って剣山留めが登場し、広く普及したそうです。

けれど、いまのねえちゃにとっての剣山は、花を生けるためではなく、梅漬けに欠かせない小道具なのです。

洗って、ヘタのところを取った後、梅の実を剣山の上でゴロゴロとまんべんなく転がして、表面に細かくトゲトゲを刺していきます。

すると、「酢が染み込みやすくなって、おいしく漬けあがる」のだそうです。慣れた手つきで、針の山をゴロゴロゴロゴロ。長年の経験から生みだされた、ねえちゃ自慢のワザです。



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2016年05月22日

小梅

最近はたいていのものが、年中いつでも食べられるようになってきましたが、こと梅の実に関しては、5~6月のこの時期くらいしか手に入らないように思います。

  梅を干す甕に紅の海はあり(山口青邨)  

といったように、俳句でも梅漬や梅干は夏の季語とされています。

そんな旬の食である小梅が、きょう、ねえちゃの甥から送られて来ました。

このところ、これといった料理をしなくなったねえちゃですが、梅だけは毎年漬けつづけてきています。

「せっかく送ってもらったのらから」と、今年もさっそく甕の中に移し替えて、赤シソの葉といっしょに漬けて「しそ梅」にする準備にかかりました。

江戸時代にはもう、シソで赤く着色される梅干しが作られれようになっていたとか。

伝統的な方法で作られた梅干は、土蔵などできちんと保管していると、腐らず、100年前に作られたものでも食べられるそうです。

梅には、消化吸収を良くするほか、血糖値の上昇を抑えたり肝機能を高めたりする効果もあるとされています。

最近ちょっぴりボケ気味で、何もすることがないのが悩みのねえちゃにとって梅漬けは、頭の体操にための、ほどよい仕事にもなりそうです。



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2016年05月21日

祝!リオ五輪出場

女子バレーボールの世界最終予選。日本は2-3でイタリアに敗れたものの、2セットを奪って、リオデジャネイロ五輪出場が決まりました。

きょうの夜、ねえちゃは、めずらしくテレビにくぎ付けになって、「こっちまで緊張してしまう」と声をあげながら、この試合を観ていました。

中学生のとき、9人制バレーの選手だったというねえちゃ。「背は低かったのに前衛のセンターに抜擢されて、地域の試合では強かったのよ」とのことです。

ねえちゃにとって女子バレーというと、「東洋の魔女」の1964年東京オリンピックや、エースアタッカー白井貴子選手の「ひかり攻撃」などで全試合「失セット0」の圧倒的な優勝を果たした1976年のモントリオールなど、日本の黄金期のことが強く印象にあるようです。

ですから、オリンピックに行けるかどうかで肝を冷やしたり、予選の試合で負けることがあるなどということが、なんとなく不思議なでならないようで、「いろんな強い国が出てきて、時代は変わっているんだ」とテレビを見ながら漏らしていました。

ともかくも、祝!オリンピック出場。これで、リオ五輪のバレーボールのテレビ観戦という、ねえちゃの楽しみもできました。



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2016年05月20日

首掛けケース

ねえちゃは私といっしょに歯医者通いをつづけていますが、予約した日になると相変わらず、診察券がない、保険証がない、と右往左往するのが日課になっています。

先週も、歯科医院に出かける直前に、家で診察券や保険証がないとひと騒ぎ。歯科医院に行く途中の道端でまた、愛用のリュックサックに入れたはずの診察券がどこかへいっちゃったと、財布などリュックの中を引っ掻き回すことになりました。

こういうのを何とかしようと、首にかける名札入れのピンク色のケースを買ってきました。病院などに出かけるときには、その日に必要なものを入れて首にかけて行くようにしようと。

きょう、さっそく診察券の入ったそのピンクのケースを首にぶらさげて、いつもの歯科医院へ行きました。少しは、役に立ちそうな感じがしています。

ところで先週、入れ歯が入ったねえちゃですが、歯を留めるワイヤー役の金属などにかなり違和感があったようです。でも、きょう歯医者さんに調節してもらって「スッキリした」そうです。



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2016年05月19日

次の目標

ねえちゃの次の目標は、6月4日に実家で行われる義姉の一周忌に出席することです。

あと2週間。いつもだと「こんなにボケてて行けるだろうか」と不安になるころですが、「今度だけはどうしても行かなくては」と、めずらしく随分と前向きです。

というのも、「ひょっとすると、あの家へ行くのもこれが最後になるかもしれない」と思っているからです。

義姉が亡くなったことで、ねえちゃの実家を“棲みか”としている人が居なくなってしまいました。

実家は、交通が不便な山の中にポツンとあります。高齢になり、車の運転もしないねえちゃには「懐かしいけど、とてもじゃないけど、私が戻って暮らすわけにもいかない」のです。

「細々と農業をやって食べていける時代じゃないし、たとえ家が無くなっちゃってもしょうがないよね。これからあの家をどうするのか、ちゃんと聞いてこないと」と言います。

往復の高速バスや旅館の予約も取りました。今度の法事には、自分を育ててくれた実家の元住人として、「行く先を見とどけなければ」という義務感のようなものを、寂しさと同時に感じているようです。

 



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2016年05月18日

旭山城

47年前、ねえちゃの一家が長野市に来て最初に住んだのは、市の西部、西長野地区の借家でした。スーパーやいろんなお店、小・中学校も近くにあって、とても便利で過ごしやすい街でした。

西長野には、すぐそばに、旭山(標高785m)がそびえ立っています。山頂の近くまで、しましば遊びに行ったものです。

川中島合戦のころ、ここには旭山城=写真=があって、上杉・武田両軍で激しい争奪戦が繰り広げられました。

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旭山城がいつ築城されたかはよく分かっていないようですが、天文24(1555)年、第2次川中島の戦いで、善光寺別当の栗田寛久が武田信玄と通じて、鉄砲300、弓800、兵3000の支援を受けて旭山城に籠もったとされています。

上杉謙信は、善光寺の東の横山城に陣を構え、付城として裾花川対岸の山上に葛山城を築きました。

数カ月間対陣した後、今川義元の仲介で和議が成立します。和議の条件の一つに旭山城の破壊が盛り込まれたとされています。

第3次川中島の戦いでは、弘治3(1557)年に武田軍が葛山城を襲って落城させると、雪解けを待って謙信も出陣して旭山城を再建、守兵を置きます。

永禄4(1561)年の第4次合戦では、旭山を駆け下りた守兵の援護で、武田軍の追撃を振り切ったと伝えられているそうです。



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2016年05月17日

妻女山

永禄4年(1561)年8月、第4次川中島の戦いで上杉謙信が1万3000人の軍を率いて陣営を設けたといわれる「妻女山」(長野市松代町清野)に登ると、ねえちゃの住んでいる青木島を含め、川中島平一帯を見渡すことができます。

山といっても、実際は標高差100メートルほどの高台です。妻女山という名前は、上杉軍将兵が望郷の念を抱いて、遠く離れた郷里に残して来た「妻女を偲んで涙した」と江戸時代中期になってから芝居、浄瑠璃、講談などで広まったとか。

見晴らしが良く、武田方の海津城の動静をうかがうには絶好の場所だったようです。山の西側には、謙信が槍の尻で地面を突いて泉ができたという伝説をもつ「謙信の槍尻之泉(やりじりのいずみ)」もあります。

川中島合戦ではよく知られているように、謙信は山上から海津城に立ちのぼる夥しい炊煙を見て武田方の攻撃を知り、夜陰に紛れて山を下り、雨宮の渡しから千曲川を渡って敵の裏をかいたと伝えられます。

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ただし現在「妻女山」とされて展望台などがある場所は、実際は斎場山の尾根上の頂(赤坂山)=写真、wiki=で、謙信配下の殿(しんがり)部隊甘粕近江守景持が陣を敷いたところと考えられています。

地元では、本来の妻女山山頂は、この赤坂山から南西に登った斎場山古墳のあたりとされています。

山の中央の平地は陣場平、その西北隅は謙信が本陣を設けた床几塚(しょうぎづか)、さらにその南西は伏兵千人を潜ませた千人窪(せんにんくぼ)とも呼ばれています。

『甲陽軍鑑』では、上杉軍が陣を設けた場所を「西條山」(さいじょうざん)とされます。

真田氏史書『真武内伝』では、「妻女山を西條山と書すは誤也、山も異也」と指摘していますが、江戸時代の地図も「西條山」との記載が多く、唱歌「川中島」の歌いだしも「西条山は霧ふかし」になっています。

西條山(あるいは西条山)は、赤坂山の南にある別の山で、川中島の戦い当時は海津城将が上杉軍来襲を甲斐に狼煙で急報した烽火台があったところのようです。



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2016年05月16日

「天と地と」

  林檎咲く川中島に風もなし

私の一句です。ねえちゃが暮らしている青木島の周辺も、リンゴの花が咲きみだれています。

もともと南信(長野県南部)出身のねえちゃが、夫の仕事の都合で長野市に暮らすようになったのは昭和44(1969)年のことです。

信州では、いま「真田丸」で沸いていますが、ねえちゃが長野市で暮らすようになった47年前もNHKの大河ドラマが大きな話題を呼んでいました。

長野市の川中島が舞台となった「天と地と」が、一年間にわたって放送されたからです。大河ドラマ初のカラー放送というおまけ付きでした。

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石坂浩二の上杉謙信と高橋幸治の武田信玄が、川中島の戦いの、例の一騎打ちを演じました。貧乏なねえちゃの家のテレビはまだ「白黒」でしたが、地元が舞台ということもあって毎週、家族で観ていました。

ねえちゃがいま住んでいるのは、そんな川中島合戦の中心地、八幡原古戦場まで車で5分くらいのところです。

特に歴史に興味を持っているようには思われないねえちゃですが、歴史に残る古戦場とリンゴの里に暮らしていることを、誇りに思っているようです。



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