Aokijima

認知症と生きる「ねえちゃ」とアルツハイマー病に関する記録です

きょうは、デイサービスの日。きのうはいつもと変わりはなかったのですが、朝になって「ふらふらして歩けない」と、迎えに来てくれた担当者に、行くのを拒絶しました。

いつものように朝早く洗濯を済ませ、熱もないし、いつもの薬も飲んでいます。最近は行くのが習慣化してきたように思われたのですが。

テーブルの上には「頑張って行け」と、赤いマジックで自ら書いた紙が置いてあります。行こうと気合が入り過ぎて、いつもより早く起きたため、睡眠不足で体のリズムがちょっと狂ったのでしょうか?

「看護師さんもいるんだから、具合悪ければよけい行く必要があるでしょ」などと、30分ほど説得すると服を着はじめました。

センターからもういちど迎えに来てもらい、きのうから準備してあったリュックサックを背負って、ひょこひょこ出かけました。

テレビのローカルニュースを見ていたら、佐久鯉を使ったコイ料理の特集をやっていて、「むかしはよくコイの料理を作ったのにね」とねえちゃと話しました。

海のない信州では海産魚類の入手が難しく、日本海から信濃川に遡上するサケも、下流、中流域で捕獲され尽くしてしまいます。

そのため、淡水魚のコイは、古くから貴重な動物性蛋白源として利用され、祭礼や祝儀用食材として重用されてきました。

輪切りにした鯉を味噌汁で煮込んだ鯉こく、濃い口醤油、酒、砂糖でじっくり煮込んだうま煮など、ねえちゃの得意料理だったはずですが……。

3日ぶりにねえちゃのところを訪ねると、いつものように玄関にはカギがかかり、灯りも消えたままです。

東京だと夜でも懐中電燈が要ることはありませんが、ねえちゃの近所だといまでは午後5時を過ぎると玄関の灯りがないとカギを開けるのも困難になります。

大相撲が大詰めの時間帯。なんとかカギを開けて家に入って行くと、いつものようにパジャマで寝ています。「きのう行くって言っておいたじゃないか」と怒鳴っても当然、忘れています。

これもまた当然のことながら、みんな食べてしまって、私のぶんのご飯もありません。

上野駅で売っていた、お土産の「開運まんじゅう」を渡すと、いかにもすまなさそうな顔つきで「わざわざ来てくれるのに……」と言いました。

きょうはデイサービスの日。いつものように、やってきたことはみんな忘れていましたが、「のんびり過すことができました」と満足そうでした。

グループホームへの申し込みを終えたので、「いつでも引っ越しできるようにいまから準備しておかないと」というと「高校のとき以来だね」といいます。

ねえちゃにとって、家族以外の家で暮らすのは65年前、高校へ進学したときの下宿生活以来のことです。

いったいどんな暮らしが待ってるのか。何をもって行ったらいったらいいのか。65年ぶりのソトでの生活にいまからドキドキしています。

きょうねえちゃは近所の奥さんに散歩に連れていってもらったそうで、ご機嫌そうに電話が来ました。お医者さん行きやグループホームの見学などで、最近はよく歩いています。

不祥事つづきの大相撲ですが、長野県期待の星、東関脇の御嶽海は初日から3連勝と快調なすべり出しで、「大関」に向かって突き進んでいます。

最近はほとんど相撲中継も見なくなってしまったねえちゃですが、御嶽海の話題を持ち出すと「大関になるなんて長野県出身では初めてじゃない」と言います。

「雷電がいる!」。私が、信濃国小県郡大石村(現・長野県東御市)出身で勝率9割6分2厘、「史上最強」とも言われる雷電爲右エ門(1767-1825)の名前をあげると、「そんなの大昔の話でしょ!」と、相手にしてくれませんでした。

ねえちゃの携帯電話の着メロはこれまで、“イギリス第2の国歌”とも言われるエドワード・エルガー「威風堂々」になっていました。

けれど、これが鳴ってもこのごろはテレビか何かから流れているのではないかと思い、携帯電話だと気づかなくなってきました。

そこで、ふつうのベルの着信音に変えてみまたところ、「これなら電話だと分かる」とねえちゃは気に入っています。

グループホームへ移ることになったら、携帯電話でわれわれと連絡を取り合う必要があります。なので、とりあえず携帯を掛けたり、受けたりすることができるようにならなければなりません。

そこできのうから、自宅の固定電話や、私の携帯や、生前連れ合いが使っていた携帯やら、いろいろ電話を掛ける練習をはじめました。

電話が掛かったときは点滅するボタンを押せばいいので、受けることはできるようになりました。が、10回、20回と繰り返しやっても、思うように携帯電話を掛けることがまだできません。

仏壇に線香をあげるのに、火がつけられなくなっちゃったと、ねえちゃが騒いでいます。

どうも、線香に火をつけるための使い捨てライターのオイルが無くなってしまったようです。

近くのショッピングセンターへ寄ってみると、いろんな種類のライターが売られていました。でも、つまみが硬くてねえちゃの力ではなかなか点火できないものも、かなりあります。

いくつも試してみて、楽に火がつくピンク色のを二種類買って帰り、仏壇の前に置きました。

仏壇は、日記や血圧手帳と並んでねえちゃの必需品です。申し込みをしたグループホームへ持っていくかどうかも、思案どころです。

きょうはデイサービスの日、帰って来たときにはいつものように何をやったかすっかり頭から消えていました。「何を食べたの?」と聞いても、まったく覚えていません。

センターとの連絡のためのカードにある「食欲」の欄にねえちゃは、たいてい「普通」のところに〇をします。けれど、ハタから見ていると、どう考えても「旺盛」としか思われません。

今週の火曜日に私がお土産に持ってきた9個入りの饅頭を一夜で1箱平らげたと思えば、残っていた市田柿20個ほどもぺろり。きのう買ってきた5個入りの豆大福も、もう無くなりつつあります。

アタマやココロには「波」がありますが、食欲だけはいっこうに衰えを見せません。

年末年始、ちょっと多めに頼んだので冷蔵庫におかずがまだありますが、残ってしまう心配はなさそうです。

きょうの午後、グループホームの見学と申し込み手続きに行って来ました。

自宅から歩いて30分ほど。デイサービスに通っている医療法人が運営しているので、馴染みの場所のはずですが、ねえちゃは「どこに来たんだか、さっぱり」とちんぷんかんぷんです。

1ユニットの入居者は9人で、職員のかたが3人いて1人が3人のめんどうを見てくださる体制になっているそうです。クリニックも併設されているので、お医者さんに連れて行く必要もなくなります。

部屋は6~7畳ほどの大きさ。共同の大きなお風呂やくつろげそうなリビング。ねえちゃが楽しみにしている、いっしょに料理をしたり畑の作業をしたりといったことも可能だとか。

地域とのコミュニケーションを大事にしているそうで、地元のいろんなイベントに参加することもできそうです。

担当の職員のかたから詳しいお話を聞いて、いまのねえちゃにはぴったりだと感じ、申し込みの手続きをしました。

いま、5つのグループホームを運営しているようですが、空きが出次第、連絡をいただけるそうです。ねえちゃも、いつでも移ることができるように準備していかなくてはなりません。

まぶしい日差し、好天に恵まれたきょうは、かかりつけの脳神経外科に歩いて行きました。絶好のお散歩日和でしたが、以前に比べるとねえちゃの歩きは、少し遅くなってきたかなというのが気になります。

天気がいいせいか、待合室はいっぱいです。そのため、薬の処方と、生命保険で必要な健康診断書の依頼をするだけにしました。

診断書の中に「MMSE検査」というのと「HDS-R」という項目がありました。このうち後者は計測してあるが、前者は測ってないので必要があれば測定する必要があるという先生の話でした。

MMSE検査というのは、認知症の診断用に米国で1975年に開発された「Mini Mental State Examination」のこと。30点満点の11の質問からなり、見当識、記憶力、計算力、言語的能力、図形的能力などをカバーし、24点以上で正常、10点未満では高度な知能低下と診断されるのだとか。

HDS-Rも認知症の診断に使われる認知機能テストのひとつ。精神科医の長谷川和夫さんが開発した「長谷川式スケール」と呼ばれる検査だそうです。見当識、記憶など9項目からなり、30点満点で20点以下は認知症の疑いが高まるとされるそうです。

ねえちゃとじっくり話をして、グループホームの面接・見学をしてみることに決めて、資料を送っていただいた施設にうかがうため予約をしました。

連れ合いが亡くなって7年間、私が隔週で訪れて世話をしてきました。できることはすべてやって来たつもりですが、ねえちゃ自身の愉しみを見いだすことができないまま、認知症は進行していきます。

世の中には一人で暮すのに向いている人もいれば、みんなで暮らすほうが安らぎを感じる人もいます。

あまり積極的なほうではないにもかかわらず、誰かといつも話していたい、みんなと同じようにしたい、という希望が強いねえちゃには、いつも仲間としゃべって居られる環境に身を置いたほうが暮らしやすいだろうし、病気にもいいのではないかなというのが現段階での結論です。

きょうは、デイサービスの日でした。年末から懸案になってる入れ歯について突如、「3日前に行ったときデイセンターに忘れて来た」と言い出して、センターで聞いてみたりしたようですが、やはりありません。いぜん、行方不明状態です。

朝、ねえちゃから「ふらふらしていてどうにもならない」と電話がありました。

きょうの夜、私が行くと連絡していたので、誰かが来るなら何か作ってやらなければならない、とでも思ったようです。

何だか分からないけれど自分の中でトラブッてしまうと、からだが「ふらふらしてどうにもならない」という事態に、ここ数年、しばしば陥ります。

この7年間、私は月の半分近くねえちゃの家に行っているので、ごく日常的なことのはずですが、ねえちゃの頭は突然大昔に戻ってしまって、どうしよう、どうしようと切迫した気持ちになってしまいます。

「ふらふらするんなら寝てればいいでしょ。夕食を作ろうったって、料理なんかできないのは今にはじまったことじゃないんだから」

きょうは成人の日。あいにく天気は良くありませんでしたが、街中で、きれいな和服を着た若い人の姿を見かけました。

ねえちゃが住む長野県内で開かれる成人式の対象者は2万2372人(前年比309人増)だそうです。 

ねえちゃが成人したのはいまから60年以上前のこと。よくは覚えていないようですが、「もはや戦後ではない」と言われ、高度成長へと突入したころです。

高校卒業後、山の中の営林局の治山事業所で働いていて、7年前に亡くなった亡夫と出あうか出あわないか、といった時期だったはずです。

経済成長の息吹は田舎では感じ取れなかったでしょうが、それなりに青春まっただ中の「季節」にあったはずです。

それはともかく、きょうは一週間分の食べ物が生協かだ届く日。いつものように届いたことはすっかり忘れていましたが、無事、冷蔵庫はいっぱいになったようです。

去年までの5年連用日記をやめて、ねえちゃは今年から1年用に切り替えました。

そのため書くスペースは、2日で1ページと、ざっと5倍の大きさになりました。

「日記、ちゃんとつけてる?」と電話で聞くと、「埋まったところもあれば、ちょっとのところもある」といいます。

何もかもすぐに忘れ去ってしまうので、メモ代わりに書き込めるようにというのが、1年用にした理由です。

「朝は何を食べた。どこから電話がかかってきたと、時間を書いてどんどん書いていかなきゃダメ」といっても、なかなか要領を得ない様子です。

歯周病が認知症の症状を悪化させるしくみを、愛知県にある国立長寿医療研究センター、名古屋市立大学などのグループが解き明かしたそうです。

歯周病菌の毒素がアルツハイマー病の原因とされる脳の「ゴミ」を増やして、認知症の症状が悪化するというのです。

認知症の6割を占めるとされるアルツハイマー病は、脳の神経細胞の中にアミロイドβというたんぱく質の「ゴミ」がたまって神経細胞が徐々に死滅することが原因と考えられています。

研究グループは、アルツハイマー病を発症するマウスに歯周病菌を感染させ、歯周病でないアルツハイマー病のマウスの脳と比較したところ、5週間後、歯周病のマウスでは記憶をつかさどる海馬でアミロイドβの量が約1.4倍に増加。

また、記憶学習能力を調べる実験でも、歯周病のマウスでは認知機能が低下していたそうです。

ねえちゃはきょうはデイサービス。いつものように風呂に入ったのとゴロゴロしていた以外は、記憶にないそうです。ただ、入歯が行方不明になっていることもあって「歯」についてはとかく気になる様子です。

固定電話でのやり取りだけで、昨年ねえちゃはほとんど携帯電話を使わなかったので、携帯を使えるようにと、最近は携帯に電話を入れるようにしています。

当初は、携帯の着メロが鳴っても何が何だか分からずほとんど出ることは無かったのですが、最近はだいぶ慣れて来たようで、掛かってくるとピコピコ点滅するボタンを押して、ちゃんと出られるようになってきました。

昼間でも布団の中にいることが多いので、携帯のほうが便利なようです。私もねえちゃもかなり古いタイプの、当節では珍しくなってきた「ガラ携」です。

ただし、以前は出来ていた携帯電話で掛ける方法は、いまだ思い出せてはいないでいます。

私もねえちゃも、スマートホンに切り替える必要はなさそうですが、徘徊に出てしまったりといった、いざというときのことを考えると、やはり携帯電話は必需品です。

夕方、ねえちゃのところへ電話すると「入れ歯がなくなっちゃって、困った!」と、いまさっき失くしたかのように言います。

「そんなの去年から、でしょ。入れ歯がないほうが話が聞き取りやすいし、ご飯だって特に不自由というわけないでしょ」というと「そうかな」と返事をします。

家の中を探すように言っても、すぐに何がなくなったのか忘れてしまうので、自力でちゃんと探すまでには至りません。

ふだんは入れ歯がないことを忘れているのですが、ふと無いことに気がつくと「入れ歯がない」と驚いたようにまくし立てます。

さて、出てこないとなると、入れ歯を作り替えに歯科へ連れて行こうか。それとも、もう少し様子を見ることにするか。思案のしどころです。

きょうは、今年はじめてのデイサービス。昨年と同じように、お嫁さんに電話で起こしてもらって出かけました。

帰ってきて「新年だから、いつもとちがう行事とかあったんじゃないの?」と聞くと、「いつもと同じように、ゴロゴロしてきただけ」と、昨年同様、風呂に入ったこと以外はすっかり頭の中から消えてしまったようです。

年末に注文した市田柿の請求書が来たので、東京の私のほうで代わりに振り込みの手続きをしました。食事、コメ、灯油など、ねえちゃの生活のもろもろは、すべて私のほうでコントロールするしかなくなってきました。

冷蔵庫には、まだ食べ物はたっぷりありそうです。あしたから、ワタミの宅食もはじまります。「今年もよろしくお願いします」とはいいますが、いまが正月なのか何なのか判然としないままに、ねえちゃの新年は過ぎていきます。

認知症の患者数は2025年に700万人を突破し、65歳以上の5人に1人まで増えると推計されているそうです。

豊かな100歳時代のためには「健康寿命」をいかに延ばせるかにかかっていますが、その高いハードルになっているのが認知症なのでしょう。

ねえちゃのように、カラダは元気でも認知症が進んでくるととても「健康」とはいえません。「頭がヘンになっちゃって、死にたい」と再三いわれると周りのシンドさも深まります。

ねえちゃにとって今年は、そんなハードルをなんとか越えていく道筋を探り出さなければならない年になりそうです。

長野市も比較的いい天気のお正月のようですが、いつものように、年が替わったとか、年末年始にだれが来たとか、ぜんぜん頭から消えてしまっているようです。でも、明日からもうデイサービスが始まります。

周りにいる者としては、片っ端から忘れてしまっても、愉しいなと思う瞬間、瞬間が、少しでも多くなるような環境をつくってくことを心がけるしかないような気がしてます。

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

ひとり暮らしをする認知症のねえちゃについて、家族の共通理解の場になればと思いつきで始めたこのブログですが、早いもので3年目に入りました。

もともと長くつづけるつもりはなかったのですが、“家族+α”で若干の役割は果たしているようなので、もうしばらく書いていこうと思っています。

この3年のあいだに、病院を変えてアルツハイマー病の診断を受けたり、要支援、要介護の申請をしたり、デイサービスに通うようになったり、といろいろなことがありました。

そして今年は、グループホームへの入所を模索する年になりそうです。だれもが一度は経験するであろう試行錯誤がつづきます。

2017年ももうすぐ終わりです。ねえちゃは次男といっしょに年越しです。

ねえちゃにとっては今年も激動の1年でした。今年の夏には申請が認められて、これまでの要支援から要介護になりました。

そのため、デイサービスも、週1回から水と土の週2回になりました。最初は行くのを嫌がっていましたが、だいぶ慣れてきました。

アルツハイマーの薬も、1錠から2錠に増やしました。どの程度効いているかはよくわかりませんが、一昔前には考えられなかった、薬の併用によるせいいっぱいの治療を受けています。

けれど、銀行でのお金の引き出しができなくなったり、スーパーでの買い物が困難になったり、1分と記憶に留めることができなくなったりと、症状は確実に進んできているように思えます。

親身になってくださるお医者さん、ケアマネのかた、デイサービスのみなさん、なにかとご援助くださるご近所や親類縁者のかたがた、この1年たいへんお世話になりました。来年も、どうかよろしくお願いいたします。

ねえちゃは、きょうは年内最後のデイサービスです。4時半ごろ帰ってくるとすぐに東京へ電話をしてきてきました。

いつものように、何をしてきたかほとんど忘れてしまったようですが、「みんなとべちゃくちゃしゃべれて楽しかった」。

でも、電話を切ったかと思うと、すぐにまた「帰ってきたから」と電話。そしてまた、何分と経たないうちにねえちゃから同じことで電話がありました。

なんに対してこんな調子で、最近は秒単位でアタマから記憶が飛んでいきます。「帰ってきて、東京へ電話したと、すぐにノートへ書いて、何かするとき読むようにしないと」と、いつもの話になります。

デイサービスがあったので、今年最後の生協の配達は、玄関の前に置いて行ってもらいました。「生協の食べ物、冷蔵庫とかに入れた?」

「生協?この箱に入っていたんだろうか」と、それらしき形跡は認めたようでした。

今回の注文品の中には、ちょっとしたおせち料理のセットなど、正月料理らしきものもいくつか入れてあります。ねえちゃは次男といっしょに年越しです。

昼ごろ、ねえちゃから東京へ電話がかかって来ました。いつものように「どうしたの?」と聞くと、「灯油屋さんがお前の連絡先が知りたいと言ってきた」といいます。

「教えてやればいいじゃない」というと、「連絡先が分からない」といいます。「いまかけている番号が連絡先じゃない」と言っても、何がなんだかよくわからないようです。

灯油屋さんに電話をしてみると、たびたびねえちゃから灯油の注文の電話がかかってくるけれど、どうしたらいいか、ということでした。

詳しく聞くと、補給しなくても来月中旬まではもつそうですが、念のため、年内にいちど補給してもらうことにしました。

もはや、灯油があるかないかも判別できず、当然の如く、いつ注文したかどうかもわからなくなってしまいます。灯油はほとんど唯一、現金取引していますが、これも銀行引き落しにする必要もありそうです。

いまデイサービスに通っている医療法人から、グループホームのパンフレット6枚と、入居時に必要な持ち物リストなどを送ってもらいました。

ねえちゃの家の近くにも、けっこうたくさんあるようです。パンフレットの表紙には次のように書かれてました。

〈家庭での生活が困難になった中程度の認知症高齢者が、専門的職員の援助、介護を受けながら、小規模で家庭的な雰囲気のなかで、家事を含め協力して家庭生活に近い日常生活を送る場です。

これにより認知症の進行を遅らせるとともに可能な家事を行うことを通して残存能力を活用し、生活の自立を援助します。〉

グループホームの場合、どこか隔離された施設に入るというより、デイサービスの延長で、共同生活を通して認知症の進行を遅らせる場と考えたほうがよさそうです。

年明け早々にも、ねえちゃといっしょに面接を受けに行って、詳しいことを聞いてきたいと思います。

強い冬型の気圧配置となった影響で、長野市内は正午までに長野11センチ、この冬はじめてまとまった雪が降りました。

ねえちゃの家の近くの道路でも、朝からスリップした乗用車と幼稚園の送迎バスが衝突するなど事故が相次ぎました。

ねえちゃはデイサービスの日。出かける前にパジャマ姿で、家の前の雪をサッと掃いたそうですが「雪掻きをするほどではなかった」とか。

最近は、以前に比べると足の運びがままならないかなと思えることがしばしばあります。得意の雪掻きですが、大丈夫かなとちょっと心配です。

朝、親戚に注文していた市田柿が3箱、宅配でとどきました。白い粉をほどよく身にまとい、なかなか品のいい形をしています。

2箱はねえちゃが買ったもので、もう1箱は、実姉からのプレゼントです。さっそく、姉さまのところへ電話をしたら、デイサービスへ出かけて留守のようでした。

3箱のうち、1箱は家で食べて、1箱はお世話になっている近所の人たちに配り、残りの1箱は正月に次男が来たときのおみやげに渡す予定です。

ほかにお歳暮用に送ったものもあるのですが、どういういきさつでどこへ頼んで、だれに送ったのか、なんど説明してもねえちゃの頭の中には入らないようでした。

ねえちゃは、2004年から毎日日記をつけています。これまでに3年用の日記を3冊、そして2013年から今年まで5年用のを1冊。

あと1週間で、14年間4冊を使い切ります。ところが最近は、その瞬間に忘れていってしまうので、その日にあったことを書くということができなくなってしまいました。逆に、いつもメモをしていないと忘れてしまいます。日記を待っているゆとりはぜんぜんないのです。

そこで、日記帳は今年で終わりにして、来年からはいま使っているノートに何かあったらどんどん書いていくように習慣づけようと言い聞かせました。そうでもしないと、生きていけない切羽詰まった状況まで来ているように思われるからです。

ねえちゃは一応納得をしていましたが、14年間続けた日記をやめるのには抵抗があるみたいです。きのうの日記の最後に「日記は今年で終わりだって」と、なんとも無念そうに書いてありました。ねえちゃにとって日記が数少ない生き甲斐の一つなのでしょう。

そうとなると、しょうがない、と、きょうの昼前、近くのショッピングセンターへ行って今回は1年用の日記を買ってきました。大きさや厚さは5年用とほぼ同じです。2日で1ページ。単純に計算してこれまでより5倍のスペースがあることになります。

これならノートの代わりになります。「ノートだと思って朝から何かあったらすぐメモしていくこと。そうしないととても埋まらないよ!」。

「厚さが同じで1年で書かなきゃなんだ。いつまで書けるかな」。ねえちゃは、いま使っている日記帳と並べて、何度もうれしそうにページをめくっていました。

クリスマス。少しはいつもと違うものを食べようと、近くのスーパーへ行って巻き寿司、刺身、ローストチキン、ショートケーキ、それに鏡餅などを買って来ました。

これまではスーパーで買い物をすることくらいは出来たのですが、いまは何が何だか分からず私の服の後ろにつかまて店内をウロウロするだけです。

きのう、針が止まっちゃったと騒いでいたので、通信販売で注文しておいた腕時計も、ちょうど届きました。

ねえちゃはさっそく腕に巻いて、喜んでいます。つぎつぎなくしてしまうので安い時計にしましたが、それなりのには見えます。

きょうは、デイサービスの日。クリスマス前で、レクリエーションの時間が長びいたのか、ねえちゃはいつもより30分ほど遅く帰って来ました。

いつものようにお風呂へ入ったこと以外は何も覚えていません。

夜は、フィギュアスケート全日本選手権のテレビ中継を観ながら、冷蔵庫にまだかなり残っているおかずを温めて夕食。

「氷の上で、よくあんなことができるね」と、いつも通りの言葉を口に出しています。

「正月用に餅を注文しておく?」と聞くと「うん!」。最近は味噌汁も作れなくなってきていますが、雑煮を作って食べる意欲は十分あるようです。

きょうは朝早く、ねえちゃは、近所の奥さんに車に乗っけてもらって美容院へ行きました。その後、散歩にも連れて行ってもらいました。

このあいだ、年賀はがきを買ってきて「誰に出すのか決めて平仮名でいいからメモしといて」と言っておいたのですが、その後「もう出すのやめる」とダダをコネテいっこうにその気になってくれません。

しょうがないので、ねえちゃから誰に出したいか強引に聞き出して、パソコンで宛名を印刷しました。

あとは裏面の一言。ねえちゃは「困ったおばあさんです」とか「年賀は今年が最後になるかも」とかなんとかかんとか書いて17枚、忘れないうちにと投函することが出来ました。

何事にも消極的なねえちゃですが、もはや、年賀はがきを書くことにも著しい拒絶感を起すようになりました。もしかすると年賀状を出すのは、本当に今年が最後になるかもしれません。

ねえちゃの入っている生命保険は「要介護1」になると契約者の毎月の支払いが少なくなる有難いしくみになっているそうで、きょうの午後、保険会社のかたが二人来られて手続きをしました。

きのう市役所の支所で再発行してもらった要介護認定結果通知書のコピーを渡し、ねえちゃは一生けんめい説明を聞いて書類にサインしました。自分の名前はまだちゃんと書けます。後は、お医者さんの診断書がそろえば完了です。

東大教授だった数学者、藤沢利喜太郎(1861-1933)は、日本で初めて年齢別死亡率に基く保険料表を作り、生命保険会社の「契約者への利益配当」を提唱した人物としても知られています。

藤沢は生命保険の「本色」は「共済主義」にあると考え、一方で外国の保険会社には「土地も、人種もちがうのに死亡の比較をするのは至難」として、日本の保険事業の発展に期待をかけました。

藤沢はまた、日本の生命保険事業の究極の目的は「貧民の救済」にあるとも考えていました。できうれば「貧民」に加えて、ねえちゃのような「認知症高齢者」の救済にもつながる生命保険であってもらいたいものだと願っています。

ねえちゃが加入している生命保険会社のかたからきょう、「要介護」にともなう手続きのため「介護保険要介護認定結果通知書」なるものが必要、との連絡をいただきました。

これは何なんだ、と探してみましたがよく分かりません。だいたい送られてきた「介護保険証」自体を、ねえちゃはどっかへやってしまっていて、ようやく掘り出したという経緯がありました。

しかたがないので近くの市役所の支所に出向いてみると、そこでもよく分からないらしく「本所によると介護保険証といっしょに送られてきているもので、本所に行ってもらわないと再発行できない」といわれました。

それじゃあしょうがないと、家に帰って本所へ電話をしてみると、担当部署の職員の人に今度は、支所へ行って「介護係の**まで連絡を、と言ってほしい」と言われました。

短気な私はいつものように少々アタマに来ましたが、再度、支所へ出向いてその旨を話すと、恐縮した様子で本所とやり取りしてくれて、何とかその場での再発行ができました。

特に認知症の介護のシステムは、いろんな意味で過渡期にあるようです。私たちばかりでなく、制度も、国も、お役所も、民間会社も、何がなんだかわからない試行錯誤をそれぞれにしているのかな、という気がしています。

きょうの未明、まだ真暗な居間中に、ねえちゃが呆然と立っています。

そして、人生の最大の難事に遭遇したかのような顔つきで「銀行の通帳、どっかへやっちゃった」といいます。

すぐにどこかへやってしまうので私が預かっていることを何度も話しているのですが、思いついたように夜中に突然起きて、夢か、現か、騒ぎだすことがしばしばあります。

きのうは、近所の奥さんに散歩に連れて行ってもらったり、北海道に住んでいるお嫁さんのお母さんから電話をもらったり、いいことがいっぱいあって気持が落ち着いていた様子だったのですが。

いいことも悪い事もすぐに一掃されて、夜中になると突如、豹変してしまうことがしばしば起こるようになってきました。

手紙を投函したついでに、郵便局でねえちゃの年賀はがきを買って来ました。

イラスト付きのを10枚ずつ2種類、合わせて20枚です。片方のはほぼ絵で埋まり、もう一方の種類はちょっと書き込みのできるスペースがあります。

「はがきが値上がりしましたが、1月7日までの間に限り、52円で差し出すことができます。それ以降は10切手を貼らなければいけませんから気をつけて下さい」と局の人に言われました。

昨年までは私がパソコンで印刷していましたが、今年はイラスト付きのにしたのと、枚数も少ないので、宛名は手書きにすることにしました。

「一日一枚ずつでも書いていけば、まだ字はちゃんと書けんだと、みんなに分かってもらえるんじゃない!」

灯油価格の上昇が続いています。今年の夏よりも1割くらい高くなっているようで、本格的な冬場にかけて灯油価格はさらに上がると見られているとか。

ねえちゃの生活費はほとんど銀行口座からの引き落としになっていますが、灯油代や美容院代は別です。

10日ほど前に銀行から下ろして置いた現金が妙に少なくなっているので、「どこか買い物とかで使ったの?」と聞くと、「覚がない」といいます。

この間に美容院に行った形跡もありません。とすると、灯油かな、と思い当り聞いてみると「注文したかもしれないけど、買ってない」といいます。

へんだなと思って灯油さんに電話してみると、10日に給油したとのこと。ねえちゃがタンクをチェックすると「あ、いっぱい入っているワ」と驚いています。

領収書はどっかへやってしまっていましたが、お金がずいぶん減っていた主因は、どうも高騰を続ける灯油代のようです。

きょうはデイサービスの日です。「きょうは何をやってきたの?」と聞いても、「何したか忘れちまった」と、いつものように記憶は頭から飛んでしまっています。

が、リュックサックを開けてみると、小さなしめ飾りが出てきました。売り物にしてもおかしくなさそうな、なかなかちゃんとした出来栄えです。

「これ、きょう作ったの?」と聞くと、「う~ん。作ったんだね」と他人ごとのよう。はっきり思い出せないでいます。

それでも、なんとなく嬉しくなったようで、「飾ろうかな。まだ、ちょっと早いかな」と言いながら、玄関のほうへと持っていきました。

きょうはケアマネの女性が来られました。お金の管理やカギの管理、グループホームの話など、近々考えなければならないことの相談に乗ってもらいました。

グループホームは、同じような病気をかかえる高齢者が8人とか9人とかで暮らす施設。いまのねえちゃの状況からすれば、けっこう向いているようです。

いま通っているデイサービスセンターがやっているのをはじめ、市内だけでも数社が運営しているとのこと。出ていく人がいればすぐに入れるケースもあるとか。

ねえちゃはもう少しいまの家で住みたいようなのと、各社あたってみていちばん合っているところを選ぶのがベストなようなので、もう少し様子を見ながら検討していくことにしました。

きょうは一日、ねえちゃは入れ歯探し。まずは自分の部屋からと、着物やら新聞の広告やらであふれ返ったテーブルの上の片づけからはじめました。

が、すぐに自分が何をやっているのか忘れてしまっています。おまけに、入歯が無いこと自体も記憶から飛んでいまったようです。

そして「入れ歯見つかった?」と聞くと、「あれ、入れ歯がない。困った」とふり出しに戻ります。

家のあちこちを探しまわってみましたが、けっきょくきょうも見つからずじまい。

それでも、入れ歯がないというのが嘘であるかのように、夕食はいつものようにムシャムシャ食べます。

「別に無くても大丈夫じゃない?」と言うと、入れ歯の無いことを思い出したらしく「片方の歯で噛んでるから」とこたえました。

きょうは、デイサービスの日。マレットゴルフ大会の記念写真の入った額をもらってきました。

当人がどれくらいプレーに参加したのかは知りませんが、陽を浴びながら、前のほうにドンと座って写っています。

「きょうは何をやったの?」と聞いても、あい変わらず「みんな忘れちまった」。

どこかへ行ってしまった懸案の入れ歯のほうは、いまだに見つかっていません。

でも、こちらから「入れ歯あった」と聞かなければ、ふだんは入れ歯がないことも忘れてしまっているようです。

センターでも特に不自由だったというふうでもなさそうです。

きりっと寒いけれど、陽が射して気持ちがいい天気になったきょう、かかりつけの脳神経外科へ歩いて出かけました。

先生によると、認知症のテストをしたところ、数値的にはそんなに悪くはなっていないそうです。

お金や通帳の管理がうまくできなくなったりするなど症状が進んだなというところがある半面、デイサービスに嫌がらず行くようになったといった改善面も出てきました。

お医者さんの帰り、いつものスーパーに寄って、“タクシーを使わなかった分”程度の買い物をしました。

ちょうど出来上がった「焼き芋」が売り場に並んだところを見つけて、「これ、これ」とうれしそうなねえちゃ。まだ、アツアツのをリュックサックに入れて帰りました。

1週間ぶりに長野のねえちゃの家を訪ねると、「どっかへいっちゃった、どっかへいっちゃった」と右往左往しています。

何を探しているのかと聞くと、「入れ歯が無くなっちゃった」といいます。

いつも入れてある、洗浄のできるケースにも入っていません。「夢かなんか、2階のたんすのところに置いた気がする」と言うので見に行きましたが、やはりありません。

「バカだバカだ」と頭を叩きながら「どうしよう。どうしよう」と妙に切羽詰まった様子です。でも、入れ歯は左の奥なので、右の歯で噛めば食事にはそう大きな支障はありません。

「まっ、大掃除がてら片づけていればそのうち見つかるよ!」というと、うなずくはものの、やはり気になって仕方がないようです。

イギリスの大学の研究チームが、婚姻状態と認知症リスクの関連を分析したところ、配偶者と死別した人や未婚者は、既婚者より認知症リスクが高いことが分かったそうです。

2016年12月までに医学データベースに登録された15件の研究による80万例以上を対象に、婚姻状態や配偶者の有無と認知症の関連について調べたところ、認知症の発症リスクは未婚者42%、死別者20%と、いずれも既婚者よりも高かったそうです。

研究者たちは、結婚すると社会との関わりが増えるため、不健康な生活習慣や行動が減って認知症リスクが低下する一方で、死別者や離婚者はストレスが増えてリスクが高まる可能性があると見ているとか。

そういえば、ねえちゃも6年前に夫と死別してから一気に認知症が顕在化してきました。夫の面倒を見なくてもいいという意味ではストレスが減ったようにも思いますが、喪失感ややることのない寂しさはそれを上回るものがあったのかもしれません。

今年も親戚に「市田柿」を注文しました。長野県・高森町市田原産の、約600年前から栽培されているという渋柿で、いまでは和風ドライフルーツとして全国的に有名です。

11月中旬までに収穫・皮剥きをして1カ月くらい乾燥させ、天竜川から発生する朝霧が柿をゆっくりと熟させるとか。食物繊維も豊富に含まれています。

市田柿は、生柿に対する重量比で4分の1程度まで干し上げられ、きめ細かな白い粉に覆われて果肉はきれいなあめ色をしています。

もっちりとした食感と、糖度65~70%、何ともいえない上品な甘さが特徴です。ねえちゃは、お歳暮用やお正月の楽しみに今年は6箱注文しました。

ねえちゃの主要な食料銀源になっている生協の宅配は、私がネットで代りに注文しています。

紙で来るのと実質まったく同じカタログをネット上でめくりながら、ワンクリックで注文できるのでとても便利です。

困るのは「あれが食べたい」とか「来週はこれが欲しい」とか、注文主のほうにリクエストがまったくない(何かを選ぶ能力が衰えてしまった)点です。

しかたがないので、ねえちゃが食べたいと思うようなものを推し量って、私のほうで適当に注文票を埋めています。当然のごとくカタログに載っている食品にも、季節の色が繁栄されます。

ねえちゃが好きそうなので、富有柿、次郎柿、筆柿など柿をこのところ毎週注文してきましたが、最近だんだんカタログに載っている種類は減り、扱いも小さくなってきました。

いつのまにか、柿から干し柿のシーズンへと移りつつあるのです。

さっきまで話していたのに、ねえちゃからまた電話がかかってきたのでどうしたのかと思ったら、何やら「悲しいことがあって」といいます。

話を聞いてみると、むかし勤務先の同僚だった友だちが今年、お母さんと弟を両方亡くされて喪中のハガキが届いたのでいま電話をしたのだというのです。

ちょっと待て。その喪中ハガキとはいま届いたわけではなく、2週間も前に届いていたもの。その際、すでにその電話をしていたはずです。

でも、ねえちゃはそのハガキを目にするたびに、その日に来たものと思い込んで、ご不幸が重なったことのお見舞い電話を何度も繰り返しているようです。

悪気はないいつものこととはいえ、社会的なコミュニケーションの困難さをあらためて感じます。

きょうはデイサービスの日。だいぶ寒くなってきましたが、ねえちゃの気持ちは上り調子のようで元気に行ってきました。

一昨日、東京へ帰ろうとしていたとき「着るものが落っこちて来ちゃったから何とかして」と、泣きそうにしていました。

何かと思うと、窓際の隅っこで使っていた「つっぱりポール」が支え切れなくなって、吊るしてあった服やら何やらが崩れ落ちてしまったのです。

ぐるぐる回してなんとか「つっぱり」が効くようにポールを付け直しましたが、だいぶいかれてきたので、そろそろ取り換える必要がありそうです。

一方で、ねえちゃのほうも、あれこれ構わずやたらと吊るしておくようになったので、つっぱりポールのほうも耐えきれなくなりつつあったようです。

以前は、部屋の中がいつも片付いてないと気がすまないきれい好きのねえちゃでしたが、最近は、整理整頓はどうやってするかも分らなくなりつつあります。大掃除の季節到来なのですが。

「雪は降った?」と夜に入ってねえちゃのところに電話をすると、「降ってない」ときっぱり言いました。きのうより気分は上向きのようです。

冬型の気圧配置となって冷え込み、長野もいよいよ「雪の季節」に突入です。

「雪掻きはまだ大丈夫?」とねえちゃに聞くと、「大丈夫! 大丈夫!」と自信がありそうです。

アタマのほうの病気は相当に進んできた、という自覚は本人にもそれなりにあるようですが、足腰の衰えは周りで見ていてもあまり感じません。

雪が降ると、朝、隣近所の人たちが集まって来て雪掻きをする。それをけっこう楽しみにしているようです。

ねえちゃは、生きものが大好きです。夏には、田んぼの畦や茂みの中からぴょこぴょこ飛び出してくるカエルを手に乗っけて何やら話をしています。

これといって好きなテレビ番組はありませんが、日曜夜の「ダーウィンが来た!生きもの新伝説」だけはいつも興味深げに観ています。きのうの「マメハチドリ」もテレビにかじりついていました。

寒さが厳しくなって最近は、窓から外を眺めていても、ひとの声どころか動物の鳴き声もしないと心ぼそそうにしています。

きょうも朝から何やら寂しげですが、私が東京へ帰ろうと準備をしていた昼過ぎ、「きょうはメイちゃんの声がしてる」と涙を流さんばかりに感激しています。

「メイちゃん」というのは、お隣で飼っている室内犬です。最近、声がしないので、どうかしたんじゃないかと心配だったそうです。

今年も早いもので、もう師走。ねえちゃもカレンダーをめくって12月の予定を書き込みはじめました。

デイサービスセンターの「通信」には「休業日は31日から1月2日まで」とあります。ねえちゃが通っているのは水曜と土曜なので、これだと休業日の影響は受けず、今年は30日が最後、新年は3日がサービス初日ということになります。

周りにいる者としては、ちょうどありがたい感じです。年末までねえちゃの面倒を見て年越しは東京で、というのが最近の私のパターンですが、今年もそうできそうです。

センターでも「しめ縄飾り作り」やら、「年忘れのど自慢」やら、行事が目白押し。年賀状書きや大掃除もしなくてはなりません。ねえちゃもそれなりに忙しい師走となりそうです。

きょうはデイサービスの日。無事、行って帰ってきましたが、いつも置いておくところに銀行の通帳とカードが無くなっていることが判明しました。

いつものことですが、あちこち探し回ったところ、通帳はリュックサック、カードは携帯電話のケースから出てきました。

デイサービスでは通帳もカードも不要なはずなのにどうして持ち出したのか。もちろん本人も記憶にありません。通帳の管理、出し入れが限界のところに来ています。

夕食は冷凍の秋刀魚を焼きました。台所を探しまくってやっと大根おろしも出てきました。ねえちゃは、頭の先と骨だけをきれいに残して「おいしかった、おいしかった」と満足そうでした。

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