Aokijima

「認知症」と「ねえちゃ」に関する覚書です

日曜のきょう、朝8時ごろ、「朝ごはん、ごちそうになって、いま後片付けの手伝いをして来たの」と、ちょっと息をはずませながらも、すごく明るい声で、ねえちゃから電話がありました。

完全夜型の私は、熟睡中に起こされて、頭がややもうろうとしていましたが、ねえちゃは暑さも物ともせず、元気いっぱいの様子です。

「みんな忘れちゃうんだから、つまんないことでクヨクヨすることなく、いつもリフレッシュできていいじゃない」と、ときどき、ねえちゃに言うことがあります。

グループホームへ入って、ときおり「ここに居ていいの?」と分からなくなることはあっても、ある意味いつも新鮮で、明るい気持ちで、落ち着いて暮らせるようになりました。

認知症と暮らすということを、もっともっと積極的に考えていったほうがいいんじゃないかな、という気がこのごろしています。

きょうも夜、8時半ころ、長野市のグループホームにいるねえちゃから電話がありました。

「御嶽海、すごかったね!」というと、「うん、よかった、よかった」と応じてきます。

ホームのみんなで、さっきまでテレビの前で応援していたようで、「長野県出身力士初の優勝」という快挙を、なんとなくはねえちゃも理解しているようでした。

御嶽海はインタビューで「うれしいです」と話した後、あふれる涙を拭いきれないでいるようでした。

来場所の成績によっては、伝説の最強力士「雷電」以来の、信州出身大関の誕生となります。

きょうも午後8時過ぎ、ねえちゃから電話がありました。さっきまでリビングでみんなでテレビを見て、部屋へ戻って来たところだといいます。

何かいつもと違うことあった、と聞くと、お見舞いに来てくれた長年親しくしているかたに昨日「オレンジカフェへ連れて行ってもらった」といいます。

オレンジカフェは、認知症の人やその家族、地域のかたたちとかが気軽に集まって、交流を深める場。認知症に関する国の方針を示した「認知症施策推進5か年計画(オレンジプラン)にも認知症カフェの普及がうたわれています。

長野市では昨年度までに、16施設が開設されたそうです。いつものように、どこの施設でどんな話をしたかはみんな忘れてしまっていましたが、「オレンジカフェ」「オレンジカフェ」と楽しそうに何度も繰り返していました。

きょうの午後9時ごろ、ねえちゃから少し興奮気味に電話がありました。

「食事が終わってから、お迎えの人といっしょに“お手伝い”をして、いま部屋へ帰って来たの」。

“お手伝い”がずいぶん楽しかったようです。「何のお手伝いをしたの?」と聞くと、「忘れちゃったあ」。

「熱中症は大丈夫?」。「ええ、何」。「気温が40度近くなって、日本じゅう暑くてたいへんなんだから。熱中症で亡くなる人もたくさん出ているんだよ」。

「ええ、そうなんだ。そういえばきょうは、少し暑い気がする」。

「担当の人にも言われたろうけど、いつも水を飲むように気をつけるんだよ」。

「わかった。じゃあ寝る。おやすみ~」。「おやすみ」。

ねえちゃは、むかしのことはよく覚えています。グループホームの生活記録にも――

「アルバムを見ながら昔の事を話してくれる。戦地に行ったお兄さんや一緒に育った男の子の話など。昔の記憶は明確に覚えておられる」とありました。

70年も前の子どものころの記憶は鮮明なのに、どうして、きのうきょうのことはすぐに忘れてしまうのか。

それは「きのうきょう」のは、忘れるのではなく、覚えられないのだと考えたほうがよいようです。

記憶には長期記憶と短期記憶があって、子どものころ「覚えた」ものは長期記憶の“倉庫”にしまい込まれているので思い出せる。

けれど、認知症で短期記憶の働きが弱まると、「思い出せない」以前に「覚えられない」という状態になるというわけです。

きょうの午後8時半ころ、ねえちゃから電話がありました。

「おばあさん、バカになっちゃって、どこで何してるかわからない」と、いいます。いつもより「問い」が少し深そうです。

「頭がうまく働かない認知症という病気になって「グループホーム」というところに入って、同じ病気の人たちと暮らしているの」。

「グループホームって何?」

「それが、おばあさんの家」。

「じゃ、ずっと居ていいの?」

「何にも心配しないで、のんびり暮らせばいいの!」

「言われたようにしてればいいんだね」。以前のように混乱することもなく、落ち着いて床につきました。

小さな布袋に小豆や米などを入れて縫い合わせて作る「お手玉」。

ふつう、歌にあわせたり、一定のルールのタイミングで放り上げたりして楽しみます。

お手玉らしき物を投げて遊ぶ女性が描かれた古代エジプトの洞窟壁画(約4000年前)が残っているとか。

元来、お手玉はありふれた遊びとして親しまれ、母から娘、孫へと、作り方や遊び方が伝承されたものだったそうです。

ねえちゃも、子どものときはお手玉で友だちとしばしば遊んだそうで、余った布切れを使ってはよくお手玉を作っているのを見た覚えもあります。

グループホームでも時折「お手玉のレク」をするようですが、ねえちゃは昔取った杵柄で「3個まで上手に扱えていた」そうです。

けさ8時すぎに、ねえちゃからの電話で、起こされました。

「いまご飯食べたの」と、ゆっくり落ち着いた声でいいます。

昨夜の電話で、ねえちゃの甥がスイスへ旅行に行ってきたというの「旅行どうだったって電話をかけて聞いてみたら」と言っておきました。

その際には、「じゃあ、いまから掛けてみる」と言っていたのですが、果たして昨晩、スイス旅行の話を甥から聞いたのかどうか?。それはよく分かりません。

ただ、「えっ、スイス。ヘえ~そんなところへ行ったの」ときょうはまた振り出しに戻っていました。

6月分のグループホーム生活記録を送っていただきました。

「食材の下準備、食器洗浄、洗濯干し、花壇の水くれなど生活全般で職員の手伝いをして下さり大変助かっています」。

夜間に、どういう経緯でホームにいるのか分からず不安になることがあっても、担当のかたが説明してくれると、「不満や興奮されることなく常に穏やかに対応してくれ」るとあります。

「常に穏やかに」というのは、家に居るときには考えられないことでした。ずいぶん変ったな、と思います。

ねえちゃのグループホームから、「口腔ケアを充実させる取り組みが始まります」という案内が来ました。

日々、口腔ケアにあたっている施設の職員の人たちが、歯科衛生士さんらから口腔ケア指導を受けるようになり、それに伴って「口腔衛生管理体制加算」が加わる、というものでした。

確かに「歯」は、健康や生活をささえる支柱です。口の中のだけでなく、いろんな臓器の病気や心の病ともかかわっています。

それに、何よりも、毎日おいしく食べられることは、生きていることのこの上ない喜びです。

きょうの夜、8時半ころ、いつものようにねえちゃから電話がかかってきました。

夕食を食べて、みんなでテレビを見ながらぺちゃくちゃしゃべって、部屋に戻って来たのだそうです。

「きょうは何をしたの?」と聞くと、「一日中ゴロゴロしてただけ」

「きょうの夜のご飯は何だったの?」と聞くと、「忘れちまった」。

「お腹いっぱいになったの?」の答えは、「うん。それはもう、いっぱい、いっぱい。たらふくごちそうになりました」。

あいかわらず元気で、ご機嫌のようです。「それじゃ、後は寝るだけだね?」「おやすみ」。

実質的にグループホームへ引っ越して約4カ月。ねえちゃの自宅の固定電話にはほとんど着信はなくなりましたが、郵便受けにはチラシがたくさん入っています。

中でも多いのが「みちのく三大半島めぐり」とか「憧れのホテルで非日常の体験を」といった旅行関係のチラシです。

10年前くらいまでは、夫婦でしばしば温泉など旅行に出かけたねえちゃですが、夫が亡くなってからはぜんぜん出掛けようとしません。

いろいろ準備をしたり、気をつかわなければならない旅行は、基本的にあまり好きではないようです。

きのうも「人生の最後に海外一周しようとか、そういう気はないの?」と聞いてみましたが、まるっきりその気はないようです。

「ここでのんびり暮らして、親しい人だけでこじんまりお葬式をしてもらえれば、それで十分」といいます。

電話で「これからのこと、考えていかないと」とか言っていたので、きょうの午後、ねえちゃのグループホームを訪れました。2週間ぶりほどのことです。

が、「そんなこと言ったっけ?」と、いつものようにすっかり忘れています。

「これから、何かしたいことあるの?」と聞くと、「ここで、のんびり、楽しくずっと暮らしていければそれで十分だ」といいます。

どうも、このままグループホームで暮らせるお金があるのか、誰かに迷惑をかけるのではないのか、ということがずっと気になっていたようです。

「いまのところ何とかやっていけそうだから」というと、うれしそうな、ホッとした顔つきになりました。

きのうも、午後8時半ごろ「おばあさん、ここに居てもいいの? お金は大丈夫なの?」と、いつものように眠そうな声でねえちゃから電話がありました。

「大丈夫だ」というと、「じゃあ寝る。おやすみ」と床につきました。

それから、夢でも見てふと目覚めたのか、トイレに起きたのか、3時間くらいたってからまた電話がありました。

「おばあさん、ここに居てもいいの? お金は大丈夫なの? これからのこと、考えていかないと!」といいます。

基本的には、いつもと同じですが、この3時間の眠りの間に「あれ、このままで大丈夫なんだろうか」というようなちょっと心配な夢でも見たのか「これからのこと」が気になったようです。

認知症の予防策の一つに、近年、脳トレが注目されています。クロスワードパズルをする人は、認知症の発症率を40%ほど下げるという研究もあるそうです。

さらに、チェス、将棋、囲碁、麻雀など人と向き合って楽しむゲームは、一人でやるパズルよりも、ずっと効果があると見られています。

映画を見るのも、自宅で一人でDVDなどで見るより、映画館へ出かけていって多くの人と鑑賞するほうが、認知症の発症率をより下げるのだとか。

人と対面したて何かをしたり、人を意識しながら生活することが、認知症を防ぐのにいいというのは、グループホームでみんなといっしょにテレビを観たりしているときのねえちゃの嬉しそうな様子からも、頷けるように思えます。

きょうの午前中、ねえちゃのグループホームの責任者のかたから電話をいただきました。

事務的な話のほかに、この間、ねえちゃの親戚からホームへとうもろこしをたくさん送ってもらってみんなでおいしくいただいた、とお礼を言われました。

私は、そのことを知りませんでしたが、「ねえちゃの甥のあの人」だなと想像はつきました。

とうもろこしが届いたとき、ねえちゃは甥にお礼を言っていたようですが、当然のごとく、今晩、電話をしても「えっ!」と、そのことをねえちゃは全然覚えていません。

でも、「いま、みんなとテレビ観ているところ」と楽しそうでした。いい仲間やいい親戚に恵まれて、ねえちゃはいまとても幸せなんだろうなと思います。

エーザイなどが開発している「BAN2401」というアルツハイマー病治療薬に、症状の進行を抑える効果があることが、第2相臨床試験(治験)の大規模試験で確認できたそうです。

認知症の原因物質とみられている、アミロイドベータというたんぱく質が、脳内で減ることも示されたとか。

2012年~18年、日米欧など856人を対象に投与して、18カ月間の解析をしたところ、症状の悪化の抑制やアミロイドベータ蓄積の減少が確かめられたそうです。

第2相試験は、第1相試験で安全性が確認された用量の範囲で、薬剤を使い、薬の効き目、適切な投与量などを調べますが、実際の治療に近いかたちで確かめる第3相試験がまだ残っています。

2020年代の早い時期の発売を目指しているそうです。アミロイドベータを標的とする薬はまだ実用化されてはいないそうですから、アルツハイマー病を直接やっつける、新世代の薬になる可能性があるかもしれません。期待しましょう。

万引きで窃盗罪に問われた女性(87)に対して、アルツハイマー病を理由に福岡地裁が公判を停止する決定をしたそうです。

被告の女性は昨年6月、福岡市の食品店で324円の缶詰1個を盗んだとして現行犯逮捕されました。

簡易精神鑑定では認知症の症状がうかがえたものの、地検は刑事責任は問えると判断して起訴しました。

ところが、今年に入って行われた公判のなかで、被告は事件当日の一部の記憶がない様子だったため、地裁が今年3~5月に詳しい鑑定を実施。アルツハイマー型認知症と診断されて、刑事責任能力が失われていると判断されたといいます。

高齢者の認知症の問題が、交通事故だけでなくこうした刑事事件にも大きな影響を及ぼすようになってきています。

専門家によると、散歩は認知症予防の王道として知られているのだそうです。五感を働かせるので、ジムよりも屋外を歩くこと、特に自然の多い場所に出かけると効果は大きいのだとか。

歩いているときには、脳が活性化していいアイデアが沸いてくるので、ペンとメモ帳を持って思いついたことを書き留めたり、スケッチしたりする「余裕」があると、さらに効果が上がるのだそうです。

ねえちゃは散歩は好きですが、散歩に出かけても修行僧のようにただ黙々と歩くだけで、あっちを見たり、こっちに立ち寄ったりして楽しむという余裕がありませんでした。

でも、グループホームへ入って、家のことなどをひとりで心配することなく、いろんな人と話したり、いろんな体験をしたりできるようになって、話していても「余裕」が感じられるようになってきました。

夜8時くらいになると「ここに居ていいの」と、ねえちゃから毎日のように電話がかかってきます。

ねえちゃの人生で最も多くの時間を過ごした居場所は、毎日ごはんを作り、掃除・洗濯、お風呂を沸かして夫の世話をしてきた「家」です。

逆に、毎日ごはんを作り、掃除・洗濯、夫の世話をしてきたのが自分の居場所だった、とも言えるのでしょう。

グループホームで暮らすようになって3カ月余り。ここでは基本的に、炊事や掃除・洗濯を自分でやらなくてもなんとかなります。お風呂も、必要があれば入れてもらえることもできます。

そうした、いわば主婦としてやらなければならない仕事をほとんどせずにずっと居られる場所があるということが、いまだにアタマでも、カラダでも、飲み込めてはいないようです。

でも、「心配しなくてもいいよ」とひとこと言ってやれば、安心してすぐに眠りにつきます。

消防庁が発表した平成29年夏の「熱中症による救急搬送状況」によると、平成29年5月から9月の熱中症による救急搬送人員数の累計は52,984人。

このうち、満65歳以上の高齢者が25,930人と最も多く、全体の半分近く(48.9%)を占めたそうです。

熱中症というと、真夏の炎天下というイメージがありますが、実際は梅雨明けのころ、これからいよいよ気温が上がるという時期に発症のピークが訪れるそうです。

人間の体の大半は水でできているといわれますが、体重に対する体液の割合は、小児80%、成人60%、高齢者は50%と、年齢がかさむにつれて減る傾向にあるのだとか。

いわば「貯水率」が若い人より少ないうえ、とくに認知症高齢者となると、自分の体が水分不足になってきたというサインに気づくのが困難になります。

グループホームに入ったので今夏は安心ですが、昨年までのねえちゃは、そばに置いて飲むようにといくら水筒を用意しても、水を飲むことなんてすぐに忘れたままになってしまっていました。

きょうの夜9時ごろ、半分寝ているような声で、ねえちゃから電話がかかってきました。

「おばあさん、ここに居ていいの?」と、内容は、いつもと同じです。

「居て良くなくなったら、ホームの人から連絡が来ることになっているから大丈夫」。

「きょうは何日?」と聞くので「7月1日」というと、「書いてある。書いてある。じゃあ、おやすみ」といって電話を切りました。

毎日、日記をつけるという仕事だけは、新しい月に入っても忘れないでいるようです。

きょうの午後8時ごろ、ねえちゃに電話をすると「ここに居ていいの。おばあさんの家だと思っていればいいの?」と繰り返していました。

つい「施設」と言ってしまいますが考えてみれば、グループホームは、老人ホームのような福祉施設というよりも、共同生活する「家」とみなすほうが適切なのでしょう。

グループホームとはもともと障害者解放運動、ノーマライゼーションの一環で、隔離施設から解放する脱施設への動きの中で生まれた言葉だとか。施設とは逆の発想によっているわけです。

認知症高齢者グループホームは、介護保険上においても住宅とみなされ、そこで提供されのは在宅サービスの扱いになっています。

実際、ねえちゃのグループホームは「隔離」どころか、自宅よりずっと街の中心に近いところにあります。病気の進行が少しでも遅くなるようにみんなと暮らす、まさに「家」なのです。

ねえちゃは、人前で何かをしたり、行事で何かやったりといったことに極度に臆病で、引っ込み思案なところがありました。

特に、みんなの前で歌を歌うなんてことは、考えられないこと。「施設へ入ったら、カラオケとかやらなきゃいけないのだろうか」と常々、心配していました。

でも、実際、グループホームへ入ってみると、行事に参加することを特に拒むようなことはないようです。

生活記録には、5月20日にホームのみんなとカラオケ大会に参加したとありました。積極的なところまではいかなかったのでしょうが、それなりに楽しむことはできたようです。

ホームへ入って、こうしたちょっとしたチャレンジが出来るようになったのも、ねえちゃの人生にとって大きな意味があると思われます。

きょうの午後9時ごろ、グループホームにいるねえちゃから電話がかかって来ました。

かなり眠そうな、けれど落ち着いた声で「おばあさんここに居ていいの?」といいます。

いつものことですが、以前と違って「あした帰る」というようなことは言わなくなりました。

グループホームに居ることが日常となって、だんだん家のことが気にならなくなってきたようです。

「介護保険の更新もできたし、大丈夫だ」というと、安心したらしく「じゃ、寝る。おやすみ」と床につきました。

長野県後期高齢者医療広域連合から、ねえちゃのところに「大切なお知らせ」なるものが送られてきました。後期高齢者医療保険制度の見直しを行いました、という内容です。

要は、今年8月から、所得の高い高齢者に対して、①医療保険の高額療養費自己負担限度額②介護保険の自己負担割合の引き上げが行われるという、あれです。

ところが、このお知らせ、70歳以上の高齢者が1.3倍、国民医療費1.3倍になり国民医療費の総額は61.8兆円になる一方、医療費の財源がどうのこうのと前口上が並んだうえに、わけのわからない解説がなされているだけです。

言い訳はどうでもよく、国が決めたことなのだから、これからどうなるのかを高齢者でも分かるように工夫をして説明してくれることが肝心なのですが。分かってないよな、と思いました。

ねえちゃの家に来たときの大きな仕事の一つに、ゴミ捨てがあります。

可燃物、ペットボトル、プラスティックなど、それぞれの収集日に合わせて行っては、少しずつ処分することにしています。

とりあえずは、冷蔵庫の中のものはだいたい方づけました。が、昔の年賀状や催し案内、包装紙、さまざまな領収書、催し案内など、まだだいぶ残っています。

玄関の前の木や草も伸び放題なので、折々に刈っていかなければなりません。留守のあいだの管理も、なかなかに骨が折れます。

ねえちゃの家のカギには、かなり大きな音のする鈴と、携帯電話を買ったときにもらったドコモダケが付いています。

外出するときも、家に居るときも、その鈴がリリン、リリンと鳴るので、カギを持っていることが分かりました。また、その音で、ねえちゃが帰ってきたことがわかりました。

グループホームのなかでは、家のカギを本人が所持していることはできないので、私が預かって管理しています。

ときどき「カギ、どうしちゃったんだろう」と不安になって、私に聞いてくることがあります。

「無くしちゃいけない大事なもの」という思いが頭の中からときおり浮き上がってきて、ちょっぴりトラブッてしまうのでしょう。

でも逆に、カギやお金がどこにあるのかといったことを気にかけずにすむので、平穏な心持ちで日々過ごすことができるようになったということもいえます。

認知症の治療には、現在、4種類の薬が使われています。日本の商品名でいうと、アリセプト、レミニール、リバスタッチ、メマリーです。ねんちゃもこのうち、アリセプトとメマリーを毎日飲んでいます。

フランスでは、これら4種類の薬が医療保険の適用対象から外されることが決まりました。これまで薬剤費の15%が保険で支払われていたのが、8月から全額が自己負担になるそうです。

4種類の抗認知症薬は、病気の症状が進むのを抑える可能性はあるものの、病気自体をくい止めることはできません。副作用の割に効果が高くなく、薬の有用性が不十分、とフランス当局は判断したようです。

保険適用の対象から外される動きはないものの、日本でも、効果の限界を指摘する専門家の声は少なくないようです。

けれど、化学療法的な対処法がまったくなかった一昔前からすれば、何らかの薬が使えるというのは患者にとっては大きな希望です。

ねえちゃにとっても、毎日薬を飲んでから寝るのは、生活のリズムを刻み、気持ちを安定させるための欠かせない習慣になってきているように思われます。

先日郵送されてきたねえちゃの新しい「介護保険被保険者証」(要介護1)の認定の有効期限は「平成30年7月1日から平成32年6月30日まで」となっています。

認定審査会の意見の欄には「要介護状態が当面変化しないと見込まれるため」と記されています。

また、1か月あたりの区分支給限度基準額の欄には、16,692単位とあります。
要介護状態区分別に決められている、介護保険から給付される上限額のことで、1単位あたり10円で計算するそうなので166,920円ということになります。

「これで、グループホームであと2年は介護を受けられる目途がたったね」とねえちゃに言うと、「あと2年はここに居られるんだね」とねえちゃは嬉しそうに応えていました。

きょうの午後、10日ぶりに、ねえちゃのグループホームを訪ねました。

ちょうど、3時のおやつの前のお昼寝の時間。寝ぼけ眼でしたが、「おまえが誰だかはまだわかる」と喜んでいました。

ベットの脇には、先週、甥や姪が来たときに作って持ってきてくれたアルバムがありました。

いちばん最初のページには、11歳年上のねえちゃの実姉が、穏やかな姿で写っていました。

ねえちゃの髪が、短くきれいにカットされていました。グループホームの向かいの床屋さんに「いつだったか」切ってもらったのだそうです。

超音波を使って認知症の進行を遅らせることを目指す、医師主導の臨床試験(治験)が、月内にも東北大学ではじまるそうです。

ふつう人が聞くことのできる周波数は20ヘルツから20キロヘルツといわれています。人の聞こえない1メガヘルツ程度の高い周波数による超音波が、関節や筋肉痛、がん、心臓疾患などの治療に用いられています。

それを認知症にて適用しようという今回の治験は、患者の頭部に超音波を当てて、脳の障害の原因となるたんぱく質がたまりにくくなるようにするのがねらい。

軽度のアルツハイマー型認知症患者らを対象に、40人規模で1年半かけて効き目を確かめる予定、ということのようです。

専用のヘッドホンのような器具を開発し、患者の側頭部から左右交互に超音波をあてるとか。用いる超音波は、がん治療などで使われる出力より弱くするそうです。

介護保険の認定審査は、ねえちゃの場合、居住している長野市ではなく、長野広域連合という組織の介護認定審査会で行われています。

この広域連合は、長野市、須坂市、千曲市、上高井郡、上水内郡、埴科郡から構成されている全国有数の規模をもつそうで、介護認定審査会は、医療、保健、福祉関係の専門家180人からなり、5人で一組の合議体により運営しています。

合議体は36あって、1合議体あたり一カ月に2回から3回の会合が開かれ、1回あたり40件ほどの審査判定をしているとか。審査件数はきっと、今後ますます増えていくんでしょうね。

認定調査方法や内容の均質化を図るため、認定審査委員の研修会や市町村とのネットワークづくりも進めているそうです。

認知症の人たちを支える「認知症サポーター」が昨年度末で、1000万人を超えたそうです。

サポーターは、認知症に関する基本的知識や対応の仕方を、各地で実施されている講座で90分ほど学ぶことで認定されます。

2005年度から養成が始まり、講座の修了者にはオレンジ色のブレスレットが与えられるのだとか。

3月末時点のサポーター数は、1000万2300人。女性が611万8592人と6割を超えました。

また、小学校で「総合的な学習の時間」を活用して学ぶケースが多いため、10歳代のサポーターが210万12人も上るのだそうです。

きょう、長野市の介護保険課に要介護申請について聞いてみると、要介護1の更新が認められ、新しい保険証は発送したとのことでした。

要介護1は「立ち上がる時や歩行などにおいて不安定感があるため、排泄及び入浴などで転倒防止を配慮するとともに、精神面で物忘れ、思考や感情的な障害が認められる部分を有し、適切な理解力の欠如など見られる者」とされています。

端から見ていても、ねえちゃはいまのところ、ちょうどこんな段階でいてくれているのかな、という気がしています。

「困っていることは」と聞くと、ねえちゃは決まって「アタマ」と答えます。そんな「アタマ」を、それなりに受け入れながら、グループホームのみんなと穏やかに暮らしていってくれればなと思います。

ねえちゃの介護保険証が、7月から更新となります。

昨年までは調査員のかたが自宅へ来られて、私の立会いで認定調査が行われました。

が、施設に入った今年からは、調査員の面接はグループホームにおまかせすることになります。

生活記録を見ると、実際5月10日に要介護度の認定調査が行われ、調査で生年月日や自宅住所など、きちんと答えられたそうです。

新しい介護保険者が、そろそろ、ふだんは誰もいないねえちゃの家にとどきます。

うまいこと受け取れるようにしなければなりません。

警察庁によると、認知症か、その疑いが原因で行方不明になったという届け出が、2017年は前年より431人多い1万5863人にのぼったそうです。

5年連続で1万人を超え、過去最多を更新したとか。2017年中に警察の捜索活動で発見されたのは1万129人。帰宅したり、家族らが見つけたのは5037人、死亡していたのが確認されたのは470人にも及んだといいます。

発見されるまでの日数は、届け出の受理当日が半数以上の72.7%で、自宅周辺などを徘徊し、遠く離れるところまではいなかったケースが多いようです。

一概に「徘徊」といっても、いろんな場合が考えられます。これからは、そのあたりも詳しく検討していく必要がありそうです。

きのうの夜、8時半ごろ、ねえちゃから電話がありました。

「あした家へ帰らなきゃならないのに、財布がないし、鍵も見当たらないし……」と、いつもの話をします。

「グループホームでは、お金は持てないの。財布はこっちで預かっているから」とだんだん説明していくと、「じゃあ、お金なくても、ずっとここにいていいんだね」と納得していきます。

こうした記憶の堂々巡りは相変わらずですが、一昨日の実姉や甥たち一家の来訪については、その直後よりは、いくぶんクリアに記憶がよみがえってきたようです。

「来たことは思い出した。姉さまたち4人で来てくれて嬉しかった」そうです。

5月分のグループホーム生活記録がとどきました。

通信欄には、「食材の下準備、食器洗浄、選択干し、花壇の水くれなど生活全般で職員の手伝いをして下さり大変助かっています」。

ただ、夜間、トイレに目覚めた後などにどうしてホームに居るのかわからず不安になる、という状態は相変わらずの様子。

それでも、スタッフのかたが説明すると納得して「不満や興奮されたりすることなく常に穏やかに対応してくれ」る、とありました。

きょうの午後4時ごろ、ねえちゃの携帯に電話をして「午前中、誰が来たの?」と聞くと――

「え~、誰か来たっけ」。

つづけて、「何か、すごいおみやげもらったんでしょ!」と聞くと、

「え~」といいながら、部屋へ確かめに戻ってみたところ「長野のおばさまへ」と書かれた、なじみの家や郷里の風景などの写真がいっぱい入っているアルバムがあったと驚いています。

午前中に、甥や姪、実姉たち一家が面会に来てくれたはずなのです。

いろいろ重ねて聞いていくと、はっきりとではありませんが、「車のところまで行って」とか「おばあさんもつれて来て」とか、面会のときの記憶の断片が少しずつ呼び覚まされてきたようです。

「だれだれが来てくれて、どんな話をしたか。断片でも一言でもいいから思い出したこと、みんな今日の日記に書いておいたら」というと、ねえちゃは「そうだね。がんばる」と積極的です。

大事な面会の大半は忘れてしまっても、穏やかでうきうきしたねえちゃの口調からすると、きっと、来てくれたみんなと、すごく楽しく、有意義な時間を過ごしたんだろうな、と察せられました。

満期が来ていたゆうちょ銀行の継続の手続きをして、洗剤やらティッシュペーパーやらゆうちょでくれたものを持って、午後4時少し前、ねえちゃのグループホームに行きました。

きょうは、ねえちゃはホームの行事で、善光寺参りに行ってきたのだそうです。おみやげに買ってきたという「開運招福お守入おみくじ」をもらいました。

おみくじには「実」とあり、運勢は末吉。

「実力よりほんの少し背伸びしてみる どうなりたいかが大事 自分にもっと期待してみよう 実りの秋はもう近い」と、ありました。

2週間ぶりに長野の家に行こうと地下鉄で移動していると、午後1時半ころ、グループホームのねえちゃから携帯電話がありました。

特に用事はなさそうですが、半分、お昼寝に入っているのか「これから家へ帰らなきゃ。準備しなくちゃ……」とかなんとか、わけのわからないことを言います。

あしたは私、あさってはねえちゃの実姉の一家が、グループホームを訪ねる予定です。が、自分がどこに居るのかあやふやになり、夢かうつつか、家で迎える準備をしなきゃならないと思ったようです。

2週間ぶりに家の郵便受をあけてみると、いろんなチラシや郵便、ご近所で改修工事が行われることの伴う粗品のタオルなどかなりいっぱい入っていました。新聞は、無し。ようやく配達ストップが徹底されたようです。

アルツハイマー病が悪化する最大の原因は、いわゆる「エピソード記憶」の減少だといわれています。

エピソード記憶とは、特定の出来事を起きた順序で思い出せる能力のこと。それがあるからこそ、私たちは過去の経験を頭の中で再生して思い出すことができわけです。

アルツハイマー病の患者が、わけのわからない記憶の断片に振り回されるのは、過去の出来事を順序立てて思い出すことができなくなることによるのです。

ニューズウィークによると、米インディアナ大学の研究チームは、ラットに対して異なる匂いを順序通りに覚えるよう訓練し、出来事が起こった順序で記憶する能力があるかどうかを検証しました。

すると、ラットは実験全体の9割近くで正解したのだそうです。こうした結果は、ラットがエピソード記憶を再生できることを示す有力な証拠と見られるのだとか。

さらに、こうした記憶は長続きし、他の記憶の介入による影響を受けにくいことも分かったそうです。

この研究を活用すれば、アルツハイマー病で起きる障害をより正確に動物実験で再現でき、動物で有効だった新薬が人間では効かなかったという失敗も減らすことができることになります。

それにしても、あの小さなラットの頭でもやっていることが、人間の頭でできなくなるというのは、なんともやり切れない思いがしてきます。

認知症で最も多いのは、アルツハイマー病です。アルツハイマーというのは、この病気の症例を学会で初めて報告したドイツの神経病理医アロイス・アルツハイマー(1864-1915)にちなんでいます。

このアルツハイマーの誕生日である「6月14日」が、今年から「認知症予防の日」として、認知症予防の大切さをより多くの人に伝えるための記念日になったそうです。

「認知症予防の日」制定を記念してあす10日には、申請していた日本認知症予防学会が主催する記念式典が東京で開かれるとか。

アルツハイマーが「大脳皮質の特異な疾患について」という論文をまとめて第37回南西ドイツ精神科医学会で発表したのは1906年11月のこと。

それから112年。一人の医師が見つけたこの病気は、遠い極東の国でも記念日になるほど、社会的にも、重大な意味を持つようになっているのです。

きょうの夕方、ねえちゃの甥から私のところへ電話がありました。来週の水曜日にグループホームへ、ねえちゃの「姉さま」をはじめ4人で見舞いに行くということでした。

「姉さま」は、ねえちゃより11歳年上。昨夏、脳梗塞で入院し、その後は長野県南部の山里でリハビリをつづけています。

「兄弟姉妹で生き残ったのは2人だけになっちゃったんだから」と、ねえちゃは姉にひときわ会いたがっていました。待ちに待った久々の対面が出来ます。

当日は、外出の行事は特に無いようです。来ること忘れないように、来週の水曜日に来ること日記帳に書いておくように電話でいうと、何のことかイマイチ理解できていないようではありましたが「すぐ、日記に書かなきゃね」と、応じていました。

2017年3月12日施行の改正道交法で、75歳以上が免許更新時などに受ける認知機能検査で「認知症の恐れがある」と判定された場合、医師の診断を受けることが義務になりました。

この改正道路交通法施行から1年余りが経ちましたが、この間に「認知症の恐れがある」と判定された57000人のうち4割が、免許の自主返納などで運転をやめたそうです。

そのうち、認知症の診断を受けて免許取り消しや停止となった人は1892人で、2016年の3倍に及んだそうです。

高齢ドライバーによる事故が問題視されるなか、検査がきっかけで自主的にハンドルを握るのをやめる高齢者が増えているのはいいことだと思います。が、まだまだ十分というにはほど遠い気がします。

歳を重ねると、顔や肌のシミが目立って愕然とさせられることがあります。歳を取ると脳のシミも増えてきます。大脳皮質など神経細胞のまわりにできる「老人斑」です。

老人斑は、主成分がβアミロイドと呼ばれるアミノ酸40個前後からなるたんぱく質で、正常な老人の脳にも見られますが、アルツハイマー病患者の脳内では異常なくらいたくさん沈着しているそうです。

βアミロイドは21番目の染色体上にある遺伝子から作られ、特殊な早発性家族型アルツハイマー病では、この遺伝子の突然変異が知られているとか。

ねえちゃは年齢の割に顔や肌のシミや皺が少なく、若く見えるとよく言われます。が、頭のシミのほうは年齢なみ、あるいはそれ以上になってしまって来ているようです。

「おばあさん、どこにいるの?。ここに居ていいの?」。きょうの夜8時40分ころ、ねえちゃから電話がありました。

いつもよりもやや遅め。だいぶ眠そうな声ですが、「のんびりそこで暮らせばいいの」と言うと、それなりに安心して眠りにつきました。

ゆうちょ銀行から「ニュー福祉定期貯金の満期のご案内」なる郵便が届いていて、あしたが満期です。

毎年、郵便局の営業の人らしき(やや物騒な感はしますが)、が来て、通帳やハンコを渡して手続きしていました。

が、グループホームへ入ったため今年からはそうもいきません。継続預入の取扱いができない定期のようです。

むろん話しても、ねえちゃは何がなんだかわりません。ゆうちょ用の委任状をダウンロードしてねえちゃに記入してもらい、近々、私が代わりに手続きにいく必要がありそうです。

ねえちゃの介護サービス計画によると、介護サービスの内容の一つに「不安や心配事がある時は傾聴し、安心して過ごせる様支援する」というのがあります。

家にいるときのねえちゃの「不安や心配事」といえば、きょうの夕食は何にするか、お風呂をどうするか、からはじまり、日常のあらゆることが不安であり、心配事でした。

しかしグループホームへ入ってからは、電話で「不安とか心配とか嫌なこととかない?」と聞いても、「ない。頭がバカなだけ」と答えるのがふつうになりました。

次々忘れてしまうので、「ここに居ていいの」としばしば戸惑うことはあっても、家にいたときのような不安や心配はほとんどなくなったようです。

それは、不安や心配事を傾聴してくれる人がいつもそばに居てくれる状態になった点が大きいのでしょう。おかげで表情も実におだやかになりました。

「今日の天気、どうだったっけ?」

グループホームへ入ってからもねえちゃは、スタッフのかたに、しばしば聞くそうです。

日記をつけるときに、毎日、書かなければならないからです。

別に認知症でなくても、家に一日閉じこもっていると天気が定かでないことはよくあります。

ひとりで家にいるとき、ねえちゃは、人が通らないかと、しじゅう窓から外を眺めていました。

けれど、グループホームへ入ってみんなといろいろやっていると、ポカンとひとり空を眺めている暇もなくなってきました。

そういったことも関係あるのでしょうが、ともかく、一日、一日、「きょうの天気」を確かめながら生きていられる、というだけでも、日記をつける効用はありそうです。

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