Aokijima

「認知症」と「ねえちゃ」に関する覚書です

超音波を使って認知症の進行を遅らせることを目指す、医師主導の臨床試験(治験)が、月内にも東北大学ではじまるそうです。

ふつう人が聞くことのできる周波数は20ヘルツから20キロヘルツといわれています。人の聞こえない1メガヘルツ程度の高い周波数による超音波が、関節や筋肉痛、がん、心臓疾患などの治療に用いられています。

それを認知症にて適用しようという今回の治験は、患者の頭部に超音波を当てて、脳の障害の原因となるたんぱく質がたまりにくくなるようにするのがねらい。

軽度のアルツハイマー型認知症患者らを対象に、40人規模で1年半かけて効き目を確かめる予定、ということのようです。

専用のヘッドホンのような器具を開発し、患者の側頭部から左右交互に超音波をあてるとか。用いる超音波は、がん治療などで使われる出力より弱くするそうです。

介護保険の認定審査は、ねえちゃの場合、居住している長野市ではなく、長野広域連合という組織の介護認定審査会で行われています。

この広域連合は、長野市、須坂市、千曲市、上高井郡、上水内郡、埴科郡から構成されている全国有数の規模をもつそうで、介護認定審査会は、医療、保健、福祉関係の専門家180人からなり、5人で一組の合議体により運営しています。

合議体は36あって、1合議体あたり一カ月に2回から3回の会合が開かれ、1回あたり40件ほどの審査判定をしているとか。審査件数はきっと、今後ますます増えていくんでしょうね。

認定調査方法や内容の均質化を図るため、認定審査委員の研修会や市町村とのネットワークづくりも進めているそうです。

認知症の人たちを支える「認知症サポーター」が昨年度末で、1000万人を超えたそうです。

サポーターは、認知症に関する基本的知識や対応の仕方を、各地で実施されている講座で90分ほど学ぶことで認定されます。

2005年度から養成が始まり、講座の修了者にはオレンジ色のブレスレットが与えられるのだとか。

3月末時点のサポーター数は、1000万2300人。女性が611万8592人と6割を超えました。

また、小学校で「総合的な学習の時間」を活用して学ぶケースが多いため、10歳代のサポーターが210万12人も上るのだそうです。

きょう、長野市の介護保険課に要介護申請について聞いてみると、要介護1の更新が認められ、新しい保険証は発送したとのことでした。

要介護1は「立ち上がる時や歩行などにおいて不安定感があるため、排泄及び入浴などで転倒防止を配慮するとともに、精神面で物忘れ、思考や感情的な障害が認められる部分を有し、適切な理解力の欠如など見られる者」とされています。

端から見ていても、ねえちゃはいまのところ、ちょうどこんな段階でいてくれているのかな、という気がしています。

「困っていることは」と聞くと、ねえちゃは決まって「アタマ」と答えます。そんな「アタマ」を、それなりに受け入れながら、グループホームのみんなと穏やかに暮らしていってくれればなと思います。

ねえちゃの介護保険証が、7月から更新となります。

昨年までは調査員のかたが自宅へ来られて、私の立会いで認定調査が行われました。

が、施設に入った今年からは、調査員の面接はグループホームにおまかせすることになります。

生活記録を見ると、実際5月10日に要介護度の認定調査が行われ、調査で生年月日や自宅住所など、きちんと答えられたそうです。

新しい介護保険者が、そろそろ、ふだんは誰もいないねえちゃの家にとどきます。

うまいこと受け取れるようにしなければなりません。

警察庁によると、認知症か、その疑いが原因で行方不明になったという届け出が、2017年は前年より431人多い1万5863人にのぼったそうです。

5年連続で1万人を超え、過去最多を更新したとか。2017年中に警察の捜索活動で発見されたのは1万129人。帰宅したり、家族らが見つけたのは5037人、死亡していたのが確認されたのは470人にも及んだといいます。

発見されるまでの日数は、届け出の受理当日が半数以上の72.7%で、自宅周辺などを徘徊し、遠く離れるところまではいなかったケースが多いようです。

一概に「徘徊」といっても、いろんな場合が考えられます。これからは、そのあたりも詳しく検討していく必要がありそうです。

きのうの夜、8時半ごろ、ねえちゃから電話がありました。

「あした家へ帰らなきゃならないのに、財布がないし、鍵も見当たらないし……」と、いつもの話をします。

「グループホームでは、お金は持てないの。財布はこっちで預かっているから」とだんだん説明していくと、「じゃあ、お金なくても、ずっとここにいていいんだね」と納得していきます。

こうした記憶の堂々巡りは相変わらずですが、一昨日の実姉や甥たち一家の来訪については、その直後よりは、いくぶんクリアに記憶がよみがえってきたようです。

「来たことは思い出した。姉さまたち4人で来てくれて嬉しかった」そうです。

5月分のグループホーム生活記録がとどきました。

通信欄には、「食材の下準備、食器洗浄、選択干し、花壇の水くれなど生活全般で職員の手伝いをして下さり大変助かっています」。

ただ、夜間、トイレに目覚めた後などにどうしてホームに居るのかわからず不安になる、という状態は相変わらずの様子。

それでも、スタッフのかたが説明すると納得して「不満や興奮されたりすることなく常に穏やかに対応してくれ」る、とありました。

きょうの午後4時ごろ、ねえちゃの携帯に電話をして「午前中、誰が来たの?」と聞くと――

「え~、誰か来たっけ」。

つづけて、「何か、すごいおみやげもらったんでしょ!」と聞くと、

「え~」といいながら、部屋へ確かめに戻ってみたところ「長野のおばさまへ」と書かれた、なじみの家や郷里の風景などの写真がいっぱい入っているアルバムがあったと驚いています。

午前中に、甥や姪、実姉たち一家が面会に来てくれたはずなのです。

いろいろ重ねて聞いていくと、はっきりとではありませんが、「車のところまで行って」とか「おばあさんもつれて来て」とか、面会のときの記憶の断片が少しずつ呼び覚まされてきたようです。

「だれだれが来てくれて、どんな話をしたか。断片でも一言でもいいから思い出したこと、みんな今日の日記に書いておいたら」というと、ねえちゃは「そうだね。がんばる」と積極的です。

大事な面会の大半は忘れてしまっても、穏やかでうきうきしたねえちゃの口調からすると、きっと、来てくれたみんなと、すごく楽しく、有意義な時間を過ごしたんだろうな、と察せられました。

満期が来ていたゆうちょ銀行の継続の手続きをして、洗剤やらティッシュペーパーやらゆうちょでくれたものを持って、午後4時少し前、ねえちゃのグループホームに行きました。

きょうは、ねえちゃはホームの行事で、善光寺参りに行ってきたのだそうです。おみやげに買ってきたという「開運招福お守入おみくじ」をもらいました。

おみくじには「実」とあり、運勢は末吉。

「実力よりほんの少し背伸びしてみる どうなりたいかが大事 自分にもっと期待してみよう 実りの秋はもう近い」と、ありました。

2週間ぶりに長野の家に行こうと地下鉄で移動していると、午後1時半ころ、グループホームのねえちゃから携帯電話がありました。

特に用事はなさそうですが、半分、お昼寝に入っているのか「これから家へ帰らなきゃ。準備しなくちゃ……」とかなんとか、わけのわからないことを言います。

あしたは私、あさってはねえちゃの実姉の一家が、グループホームを訪ねる予定です。が、自分がどこに居るのかあやふやになり、夢かうつつか、家で迎える準備をしなきゃならないと思ったようです。

2週間ぶりに家の郵便受をあけてみると、いろんなチラシや郵便、ご近所で改修工事が行われることの伴う粗品のタオルなどかなりいっぱい入っていました。新聞は、無し。ようやく配達ストップが徹底されたようです。

アルツハイマー病が悪化する最大の原因は、いわゆる「エピソード記憶」の減少だといわれています。

エピソード記憶とは、特定の出来事を起きた順序で思い出せる能力のこと。それがあるからこそ、私たちは過去の経験を頭の中で再生して思い出すことができわけです。

アルツハイマー病の患者が、わけのわからない記憶の断片に振り回されるのは、過去の出来事を順序立てて思い出すことができなくなることによるのです。

ニューズウィークによると、米インディアナ大学の研究チームは、ラットに対して異なる匂いを順序通りに覚えるよう訓練し、出来事が起こった順序で記憶する能力があるかどうかを検証しました。

すると、ラットは実験全体の9割近くで正解したのだそうです。こうした結果は、ラットがエピソード記憶を再生できることを示す有力な証拠と見られるのだとか。

さらに、こうした記憶は長続きし、他の記憶の介入による影響を受けにくいことも分かったそうです。

この研究を活用すれば、アルツハイマー病で起きる障害をより正確に動物実験で再現でき、動物で有効だった新薬が人間では効かなかったという失敗も減らすことができることになります。

それにしても、あの小さなラットの頭でもやっていることが、人間の頭でできなくなるというのは、なんともやり切れない思いがしてきます。

認知症で最も多いのは、アルツハイマー病です。アルツハイマーというのは、この病気の症例を学会で初めて報告したドイツの神経病理医アロイス・アルツハイマー(1864-1915)にちなんでいます。

このアルツハイマーの誕生日である「6月14日」が、今年から「認知症予防の日」として、認知症予防の大切さをより多くの人に伝えるための記念日になったそうです。

「認知症予防の日」制定を記念してあす10日には、申請していた日本認知症予防学会が主催する記念式典が東京で開かれるとか。

アルツハイマーが「大脳皮質の特異な疾患について」という論文をまとめて第37回南西ドイツ精神科医学会で発表したのは1906年11月のこと。

それから112年。一人の医師が見つけたこの病気は、遠い極東の国でも記念日になるほど、社会的にも、重大な意味を持つようになっているのです。

きょうの夕方、ねえちゃの甥から私のところへ電話がありました。来週の水曜日にグループホームへ、ねえちゃの「姉さま」をはじめ4人で見舞いに行くということでした。

「姉さま」は、ねえちゃより11歳年上。昨夏、脳梗塞で入院し、その後は長野県南部の山里でリハビリをつづけています。

「兄弟姉妹で生き残ったのは2人だけになっちゃったんだから」と、ねえちゃは姉にひときわ会いたがっていました。待ちに待った久々の対面が出来ます。

当日は、外出の行事は特に無いようです。来ること忘れないように、来週の水曜日に来ること日記帳に書いておくように電話でいうと、何のことかイマイチ理解できていないようではありましたが「すぐ、日記に書かなきゃね」と、応じていました。

2017年3月12日施行の改正道交法で、75歳以上が免許更新時などに受ける認知機能検査で「認知症の恐れがある」と判定された場合、医師の診断を受けることが義務になりました。

この改正道路交通法施行から1年余りが経ちましたが、この間に「認知症の恐れがある」と判定された57000人のうち4割が、免許の自主返納などで運転をやめたそうです。

そのうち、認知症の診断を受けて免許取り消しや停止となった人は1892人で、2016年の3倍に及んだそうです。

高齢ドライバーによる事故が問題視されるなか、検査がきっかけで自主的にハンドルを握るのをやめる高齢者が増えているのはいいことだと思います。が、まだまだ十分というにはほど遠い気がします。

歳を重ねると、顔や肌のシミが目立って愕然とさせられることがあります。歳を取ると脳のシミも増えてきます。大脳皮質など神経細胞のまわりにできる「老人斑」です。

老人斑は、主成分がβアミロイドと呼ばれるアミノ酸40個前後からなるたんぱく質で、正常な老人の脳にも見られますが、アルツハイマー病患者の脳内では異常なくらいたくさん沈着しているそうです。

βアミロイドは21番目の染色体上にある遺伝子から作られ、特殊な早発性家族型アルツハイマー病では、この遺伝子の突然変異が知られているとか。

ねえちゃは年齢の割に顔や肌のシミや皺が少なく、若く見えるとよく言われます。が、頭のシミのほうは年齢なみ、あるいはそれ以上になってしまって来ているようです。

「おばあさん、どこにいるの?。ここに居ていいの?」。きょうの夜8時40分ころ、ねえちゃから電話がありました。

いつもよりもやや遅め。だいぶ眠そうな声ですが、「のんびりそこで暮らせばいいの」と言うと、それなりに安心して眠りにつきました。

ゆうちょ銀行から「ニュー福祉定期貯金の満期のご案内」なる郵便が届いていて、あしたが満期です。

毎年、郵便局の営業の人らしき(やや物騒な感はしますが)、が来て、通帳やハンコを渡して手続きしていました。

が、グループホームへ入ったため今年からはそうもいきません。継続預入の取扱いができない定期のようです。

むろん話しても、ねえちゃは何がなんだかわりません。ゆうちょ用の委任状をダウンロードしてねえちゃに記入してもらい、近々、私が代わりに手続きにいく必要がありそうです。

ねえちゃの介護サービス計画によると、介護サービスの内容の一つに「不安や心配事がある時は傾聴し、安心して過ごせる様支援する」というのがあります。

家にいるときのねえちゃの「不安や心配事」といえば、きょうの夕食は何にするか、お風呂をどうするか、からはじまり、日常のあらゆることが不安であり、心配事でした。

しかしグループホームへ入ってからは、電話で「不安とか心配とか嫌なこととかない?」と聞いても、「ない。頭がバカなだけ」と答えるのがふつうになりました。

次々忘れてしまうので、「ここに居ていいの」としばしば戸惑うことはあっても、家にいたときのような不安や心配はほとんどなくなったようです。

それは、不安や心配事を傾聴してくれる人がいつもそばに居てくれる状態になった点が大きいのでしょう。おかげで表情も実におだやかになりました。

「今日の天気、どうだったっけ?」

グループホームへ入ってからもねえちゃは、スタッフのかたに、しばしば聞くそうです。

日記をつけるときに、毎日、書かなければならないからです。

別に認知症でなくても、家に一日閉じこもっていると天気が定かでないことはよくあります。

ひとりで家にいるとき、ねえちゃは、人が通らないかと、しじゅう窓から外を眺めていました。

けれど、グループホームへ入ってみんなといろいろやっていると、ポカンとひとり空を眺めている暇もなくなってきました。

そういったことも関係あるのでしょうが、ともかく、一日、一日、「きょうの天気」を確かめながら生きていられる、というだけでも、日記をつける効用はありそうです。

ねえちゃの毎日欠かせない日課は、血圧を計って手帳手帳に折れ線を書くことと、日記をつけることです。

家にいるときは、夜寝る前に、血圧を測って日記をつけて、という作業をいっしょにやっていましたが、グループホームへ入ってからは、血圧は午前中に測るようになりました。

そのため戸惑って、夜、ときおり「血圧計がない、どうしよう」と電話をかけてくることもあります。

グループホームへ入ってから、食事の下ごしらえや食器洗いをするといった「仕事」もやらせてもらっています。

それから、ホームの行事でお花見に行って団子を購入したときに団子代を代表して払ったりといった「仕事」もさせてもらっているそうです。

ホームにそれなりに役立ってみなさんに喜んでもらうのが、生きがいにつながっているようです。



ビタミンCがアルツハイマー病による認知症を発症するリスクを下げる可能性があることが、金沢大学の研究で分かりました。

研究者たちは2007~08年に、石川県七尾市で認知機能が正常な65歳以上の人の血液を採取。 アルツハイマー病発症の危険を高めるタンパク質を持つかどうかと、血中のビタミンC濃度を検査しました。

さらに2014~16年に、このタンパク質をつくる遺伝子を持つ女性47人を調べたところ、ビタミンC濃度が高い16人は、低いか中程度の31人に比べ、認知症や軽度の認知障害を発症した割合が際立って少なかったそうです。

ビタミンCの多い食品といえば、かんきつ類やイチゴ、野菜、いもなど。新鮮な果物や野菜は、認知症予防にも期待されるのですね。

「だけど、おばあさん、ここにいていいの?」。今晩8時40分ごろ、いつもの電話がかかって来ました。声は落ち着いています。

「あしたウチへ帰るのに、カギもないし、お金もないし?」。

「ウチへ帰るったって、もう、布団も寝巻も何もないよ。冷蔵庫も空っぽだ」

「ええっ。じゃあ、おばあさん、ここにずっといるの?」

「そこなら、三食ごはん作ってもらえるし、何にも心配することないでしょ」

「そうだけど。ほんとに、ここにいてもいいんだね」

「部屋代も食事代も、ちゃんと払ってるんだから心配ない。もう9年以上いる人も居るんだよ」

「じゃ、ここに居ていいんだ。明日帰らなくても……」

といったことを話しているあいだに、眠くなってきたようで、いつものように「おやすみ」を交わしました。

このあいだ(25日午後9時13分)、長野県北部を震源地とする最大震度5強(M5.2、深さ6キロ)の地震がありました。

幸い人的被害は確認されていないようですが、これまでの県の調べなどで、地震で水田に穴ができて水が抜けてしまったり、道路の亀裂や落石、墓石が倒れるといった被害がかなりあったことがわかったそうです。

地震の直後、ねえちゃに「地震があったけど、大丈夫だった?」と聞いてみましたが、「えっ、ぜんぜん知らなかった!」という返事でした。

2011年の「3.11」以来、長野でも体に感じる地震がときおり起きています。けれど、いつ連絡しても「えっ、地震あったの?」が、ねえちゃの返事です。

体感のほうも鈍くなってきているのか、それとも、その瞬間「地震」と感じてもすぐに忘れてしまうのか。定かではありません。

きのう、きょうと、夜8時ごろ、ねえちゃから電話がありました。

内容は、いつもと同じで、「いままでみんなと話してて部屋へ戻ってきたんだけど、おばあさん、ここに居ていいんだろうか?」といった話です。

でも、眠いからか、慣れたのか、落ち着いてゆったりとした声です。

それに先週末、グループホームの10周年記念の催しで、いっしょに弁当を食べたり、歌をうたったりしたことは覚えているようです。

同じところを、行ったり、来たり、でも、あまり行きすぎにならず、ゆったりしていられればそれでいいのかな、という気がしています。

高齢者の認知症の発症しやすさが分かる「認知症のリスク評価スコア」(参考指標)を、京都大の研究者らのチームが開発したそうです。

「バスや電車で1人で外出しているか」「預貯金の出し入れをしていますか」など生活にかかわる13項目の質問や検診の状況、年齢などの基礎情報に答えることで、自己採点できるようになっているそうです。

合計スコアと約4年以内の発症割合を調べると、10点の人が1%だったのに対し、20点4%、30点13%、40点32%、50点50%の確率で発症との結果が確認できたそうです。

まだまだ分からないことだらけの認知症だけに、こうした信頼できる指標が示されていくことの意義は大きいな、と思います。

セクハラなどの問題で、善光寺のトップ、小松玄澄貫主がこの3月、天台宗から解任されました。これを受けて、新しい貫主が任命辞令を受けたというニュースが流れていました。

新しい貫主となった瀧口宥誠さん(84)というかたが、大津市の滋賀院門跡で大勧進住職(貫主)の親授式に臨んで、天台宗の座主から任命辞令を受け取ったのだそうです。

そういえば、ねえちゃのグループホームでは、6月に、新しい貫主になった善光寺に出かける行事を予定しているようです。

瀧口・新貫主は、「大勧進の信仰の回復、発展のために少しでも一助になれば」と述べたとか。ねえちゃを含めて長野市民の誇りである善光寺。新しいトップのもと、少しでもはやく信用が回復されるといいですね。

きょう、ねえちゃのグループホームの「10周年祝い」の催しがありました。

理事長先生の挨拶などのあと、ボランティアのかたたちによる大正琴やケーナの演奏に合わせて、「荒城の月」「月の砂漠」「知床旅情」など、みんなで歌いました。

なかでも、ことし県歌制定50年を迎えた「信濃の国」は、ひときわ声高らか、でした。

ホームで暮らしている2グループ18人の平均年齢は87歳。施設に入ってから9年10カ月のかたから、ねえちゃの2カ月余りまで、入所期間や認知症の程度もさまざまです。

でも、ねえちゃを含めてみなさん、落ち着いた、穏やかな表情を浮かべているのが印象的でした。

2週間ぶりにねえちゃの家を訪ねました。どこか分からない番号の着信履歴は二、三ありましたが、固定k固定電話に大事な連絡が入っている様子はありませんでした。

郵便受けは、間違えて入れたらしい新聞が1部。重要そうな郵便はありませんでしたが、投げ込みのチラシはごっそり入っていました。

なかには「そろそろ塗装しませんか」という塗装業者からのパンフレットもありました。

確かに、外から見まわしても、この付近では最も古く、あちこちに傷みが出ているボロ家となってきています。

「ここは壁の塗り替えや改修が必要だな」と、チラシを入れる気になってもしょうがないかな、という気はします。

ねえちゃにとってテレビが特別に好き、というわけではありません。でも、ひとりで寂しいとき、テレビをつけておくと気がまぎれるようです。

グループホームに入って、テレビで気をまぎらす必要もなくなりました。このあいだは、五木ひろしの古稀祝い公演のテレビ番組を楽しんだそうです。

ねえちゃは、1971年の「よこはま・たそがれ」の大ヒット以来、ずっと五木さんのファンです。当時から「この人は歌うまいね」とずっと言っていました。

いろんなことを忘れても、むかし親しんだ歌はけっこう頭の中にこびりついているようです。

グループホームへ入ったことで、いつでも、テレビをみんなで観る喜びを味わうこともできます。

私は車を持っていないので、青木島のねえちゃの家に泊まってから、歩き、あるいは途中でバスを使ってグループホームを訪ねています。

バスといっても1時間に2本とか、便が少ないうえ、バス停まで歩く距離が相当にあります。

長い散歩だと思ってがんばって歩けばいいだけなのですが、最近困るのは、横断歩道を渡っていたり信号どおりに歩いていても、車が突っ込んできて轢かれそうになることがしばしば起こることです。

大けがはありませんが、足の軽い打撲や荷物を潰されたりといったこともありました。相手の運転手さんは、たいてい高齢なかたです。

警察庁が2017年3月、認知機能検査で早期発見を進めたところ、「今後、認知症の恐れ」のあるドライバーが約7000人に上ることが判明したとか。

地下鉄が張り巡らされた東京と違って地方では車が欠かせないのは分かりますが、道路は車だけのものではなく、スタスタ歩いている私のような歩行者もいること、どうかお忘れなく。

いまから5年前、長野県の特別養護老人ホーム「あずみの里」で、85歳の女性利用者がおやつのドーナツを喉に詰まらせて窒息し、1カ月後に亡くなるという惨事がありました。

その際に、注意義務を怠ったとして、間食の配膳・食事介助支援をしていた松本市の准看護師(58)が、業務上過失致死で起訴されました。

老人介護施設の介護従事者が、業務上過失致死で刑事訴追されることは聞いたことがありません。被告となった准看護師の無罪を求めて支援する運動の輪が広がりを見せているそうです。

最近開かれた「無罪を勝ち取る会」には、介護、医療関係者ら約420人が参加。署名も計約35万9千筆に上っているそうです。

この事故の真相について、私はちゃんと取材しているわけではないので何も言えませんが、急増する認知症や高齢化の問題に、いまの法律や検察がどこまでついて行っているのだろうか、という疑問は、常々感じています。

きょうの午後9時少し前、ねえちゃから電話がかかって来ました。

「元気でやっている?」と聞くと、眠たいようなゆっくりとした声で「元気じゃない」といいます。

「どうしたの! 何か困ったこととか、嫌なこととかあったの?」と聞くと、「何もない。でも、おばあさん、どこにいるのか分からない」といつものようにいいます。

そこで、いつものように、グループホームへ入ったいきさつを説明して、「そこが、おばあさんの家なんだから、ずっと居ていいんだよ」。

そうするとすると、いつものように、少しホッとした様子になって「じゃあ、ここに居ていいんだね。眠くなってきたから、寝る。おやすみ」。

俳優、歌手、舞踊家など幅広く活躍していた朝丘雪路さんが4月27日に亡くなっていた、というニュースが流れています。

享年82歳。ねえちゃは、今年の8月に82歳になりますので、ほぼ同い歳ということになります。

報道によると、朝丘さんもアルツハイマー型認知症にかかって、近年は闘病生活を送っておられたようです。

同世代といっても、映画やテレビ、舞台で華々しく活躍された朝丘さんと、信州の山のなかを転々と暮らし、目立つことが苦手なねえちゃでは、住む世界も、志向もまったく違っています。

けれど、認知症は、有名な俳優さんも、平凡な一おばあさんにも、関係なくやってくるのです。

たとえば「2カ月前にグループホームで住むようになった」というように、その人が経験した「ある時に、何をした」というタイプの記憶を、エピソード記憶といいます。

「いつ」という時間の認知や記憶は人の脳はあまり得意ではなくて、アルツハイマー病になると場所の認知や記憶とともに困難になり、最も早くやられやすいと考えられているそうです。

同じエピソード記憶でも、アルツハイマー病の初期の段階では、一度覚えた昔のことは比較的よく保たれていて思い出せます。

ところが、比較的最近の、新しいエピソード記憶ができなくなるので、時の移り変わりや場所の移動に関することが分からなくなり、ねえちゃのように「きょうは何日」「ここはどこ」と繰り返すようになってしまうようです。

エピソード記憶の障害は、次第に、ほかの判断や思考の内容にも影響を及ぼすようになっていくそうです。周りはそういうことについて、覚悟を持って見守っていくしかありません。

「おばあさん、どこに居るの?」と、きょうの午後8時40分ごろ、ねえちゃから電話がありました。

「長野市の安茂里のグループホームでしょう。ちょうど、2カ月前からずっとそこに住んでるんだよ」

「え~。もう、そんなにいるの。おばあさん、どこから来たの?」

「え~ッ。どこに住んでたか、忘れちゃったの?」

「どこだったっけ、わかんない」

「一生懸命働いて建てた青木島の家じゃない!」

「青木島ってどこだったっけ。長野にあるの?」

「長野市の青木島。そこから同じ市内の安茂里へ来て、暮らしてるんでしょ」

「安茂里っていうと、鬼無里へ行く途中にあるところだったよね。青木島ってどこにあるんだっけ?」

2カ月たったいま、30年間住んできて自分の家の記憶も薄れつつあるようです。

グループホームの4月の生活記録の通信欄に次のようにありました。

〈夜間帯、トイレに目覚めた後などどういった経緯でホームにいるのかわからず不安になられることがありますが、こちらが説明すると納得され、再入眠されます。不満や興奮されたりすることなく常に穏やかに対応してくれます。〉

家に居るときねえちゃは、落ち込んで「死んだほうがいい。殺してくれ」と、捨て鉢になることがたびたびありました。

でも施設へ入ってからは、不安になっても穏やかに対応できるようになったな、と感じます。

夜でもなんでもいつも誰かがいてくれる、という安心感が「穏やか」さを支えているようです。

ねえちゃのグループホームから送られてきた資料の中に「身体拘束禁止のための指針」というのがありました。

「当グループホームにおいては、原則として身体拘束は行いません」としたうえで、「緊急やむを得ず身体拘束を行う場合は、切迫性・非代替性・一時性の3条件の全てを満たした場合のみ、本人・家族への説明・確認を得て行います」とされています。

切迫性というのは、入居者本人または他の入居者等の生命または身体が危険にさらされる可能性が著しく高いこと。

非代替性は、身体拘束その他の行動制限を行う以外に、代替する介護方法がないこと。一時性は、身体拘束その他の行動制限が、一時的なものであること、だそうです。

これまで真面目を絵に描いたようなねえちゃでしたが、認知症が進むにつれて、身体拘束が必要とまでは行かないまでも、駄々をこねて身体を強張らせ、頑として言うことを聞かなくなることは何度も経験しています。

これから病気がさらに悪化していけば、「緊急やむを得ず」ということが全くないとはいえなくなるかもしれないな、という感触がどこかにあります。

きのうの夜、自分の部屋に戻ったねえちゃからまた「ウチへ帰らなくっちゃ」と、やや悲壮な声で電話がかかって来ました。

「なに言ってるの。おばあさんの家は、そこのグループホームでしょ」

「え~。だって、着替えるものも無いし!」

「無いこと無いでしょ。着られそうなものみんな持ってってあるし、家へ帰ったって何もないよ」

「え~。うそ、無いよ。そんなの持たずにきょう来たんだから」

「何いってるの。もう、そこに2カ月近く住んでいるんだよ」

「え~。うそ、おばあさん、もうそんなに居るの? うそ」

「職員の人に聞いてみればいいじゃない。それから、日記を読み直してみな!」

「え~。うそ……」。どうにも納得できない、というふうのままでしたが、らちが明かないので、「おやすみ~」とやや強引に電話を切りました。

きょうもまた、朝食が終わったと思われる朝8時半ごろ、ねえちゃから電話がかかってきました。

「おばあさん、ここに居ていいの?」と少々差し迫った声で、昨夜のつづき、のようなことを言います。

「ここに居ていいのってったって、家でひとりで暮らせなかったからここにいるんでしょ。誰かに、居ちゃいけないと言われたの?」

「ん~ん。誰も言わないけど……」。「じゃあ、いればいいじゃん」。

頭が、温泉かなんかへ行ったときのバージョンになって、みんなで朝食をとった、さて、帰る支度をしないと、とでも思い込んだのでしょうか?

母の日だからと、午後7時40分ごろ、ねえちゃの携帯に電話をすると、ちょうど夕食後のおしゃべりも終えて、部屋に帰って来たところでした。

「元気でやってる?」「元気だけど、あれ、携帯電話がどっかへ行っちゃった!」

「いま、かけてるのが携帯じゃないの」「ああ、そうか……」

「今晩は何を食べたの?」「忘れちまった」

「何か困ったことない?」「何にもない。頭がバカなことだけ」

「バカんなったから施設へ入ったんだから、そりゃしょうがないよな。まあ、ゆっくり寝なよ」

「おやすみ~」。落ち着いた口調だったので、これで寝たかなと思っていたら、10分後くらいに、ねえちゃから電話がかかって来ました。

「布団の中で、ふっと考えたんだけど、おばあさんここにいていいんだろか?」。今度は、少し不安げな口調に変っています。

「ちゃんとお金払って置いてもらってるんだから大丈夫。心配せずに寝な!」「じゃ、寝る。おやすみ」

ねえちゃのアルツハイマー病の兆候が見られるようになったのは、東日本大震災があった7年前の2011年、連れ合いが亡くなった75歳くらいからのことです。

泥棒が入って金庫の鍵が替えられたと大騒ぎしたり、いっしょに旅行した親戚から「おかしい」と指摘されたりするようになりました。

最近、J―ADNI(アドニ)と呼ばれる大掛かりな調査で、60歳以上の健常者の約2割に、アルツハイマー病の発症と関わりが深いアミロイドβというたんぱく質が脳内に蓄積し始めていることが分かったそうです。

アルツハイマー病は、脳内にアミロイドβが蓄積し、神経細胞が徐々に死滅することが原因と考えられていて、蓄積が始まってから、物忘れなどの症状が出るまでに15年ほどかかるのだとか。

とすると、ねえちゃの頭のアミロイドβの蓄積が始まったのは60歳を過ぎたあたり。仕事を辞めて、アルコール依存症の夫の世話に苦労しはじめたころ、ということになります。

この間グループホームからいただいた、5月から7月までの介護サービス計画には、次のようにあります。

生活上解決すべき課題は「できる事はしながら、不安なく楽しく過ごしたい」。長期目標は「新しい環境の中で、安心して生活している」。短期目標は「皆と関わりながらできる事に参加する」。

サービス内容としては①不安や心配事がある時は傾聴し、安心して過ごせる様支援する②体操・歩行・レク・家事・作業などできる事には無理なく参加を促す③日課でしていた事を続けてもらう(10時血圧手帳をつける、夕食後日記をつける)。

「困っていることはないです。今のまま皆と一緒にご飯を食べたりお話をして、楽しく過ごしたい」というのがねえちゃの意向。家族としては、穏やかに暮らしていくことを願うばかりです。

きょうの午後1時半ごろ、ねえちゃの携帯から電話がかかって来ました。「お前、どこに居るの?」というのです。

きのうグループホームの部屋を訪ねた際に書かせた日記を読み返して、「え、来たんだ。いまどこに居るの」とびっくりしたようです。

ねえちゃが電話をかけて来るのは、食事の後の寝る前、とパターンが決まっています。

食事のときまでは、施設の人たちと楽しく過ごしているので、他のことを気にかける余地はありません。

夜の睡眠や昼寝のため部屋に戻って一人になったとき、日記などを眺めて「あ、こんなことあったんだ」と一から思い起こして、あわてて聞いてくるのです。

でも、お腹もいっぱいになっているので、じきに眠り込んでしまいます。そして、電話をしたことも、「えっ」と思ったことも、みんな忘れてしまいます。

きょうは朝、ねえちゃの家の冷蔵庫に残っていた食べ物などをまとめて、所定の「可燃ごみ」に出しました。これで「生もの」系の処分はだいたい済みました。

午後には、家のタンスなどにあった、これからのシーズンに着れそうな衣服を持ってグループホームへ出かけました。

ねえちゃはその服を見て驚き、「え、これ買ってきてくれたの?」と言います。自分の持っていて、着てきた服のこと、ほとんど覚えていないようです。

逆に見れば、ねえちゃは自分でも忘れてしまうほどの、けっこうな衣装持ちである、ということもできます。

「困ったこととか、嫌なことはない?」と聞くと、いつものように「ない。ただバカなだけ」と答えて笑いました。心身ともに安定しているようで、ホッとしました。

ねえちゃのグループホームから、10周年祝いを兼ねた家族会を今月下旬に開催する旨の通知をいただきました。

急に決まってきちんと確かめておかなかったのですが、ねえちゃは、10周年という記念すべき年に、この施設に入居したことになるようです。

当日は、お弁当を食べながら施設や家族の人たちと交流を深めるほか、ボランティアのかたたちによるケーナや大正琴の演奏もあるとか。

きっと、子どもではなく、おじいちゃん・おばあちゃんにとっての開校記念+父兄参観の日といった感じなのでしょう。

きょうの夜8時ごろ、ねえちゃから、やや眠そうで、何か困惑した感じの低い声で、電話がかかって来ました。

「血圧計と血圧手帳、ウチに置いて来ちゃったのだろか?。計ってない。困った。それに、薬も無い。お医者さんのところへも行ってない。どうしたらいいんだろ」

グループホームで、毎日、薬を飲ませてもらっていることも、定期的にちゃんと血圧を計ってもらっていることも、突然、頭から抜け落ちてしまったようです。

3月に施設へ入ってから、血圧測定も、薬も、あたりまえのように、ずっとやってもらっているのに、何かの拍子に突然「あれ、どうだったんだろう」と気になって仕方なくなったのです。

でも、詳しく説明してやると「そうなんだ。そんなにバカになっちゃったんだ」と、それなりに納得して落ち着いた様子で「おやすみ」と床につきました。

きょうの夜、久しぶりにねえちゃから電話がありました。「聞きたいことあって電話した」というのですが、「何を聞きたかったのかわかんなくなっちゃった」といいます。

「連休はどうだった?」と聞くと、「誰がきたのか、何がなんだか、みんなわすれちまった。だけど、墓参りに行ったような気はしている」といいます。

30分くらいしてから、もう一度、電話がありました。

「鍵とか、大事なもの、どこにあるんだろ?」といいます。これが、どうも、さっき聞きたいことだったようです。

本人は忘れてしまっても、連休中に自宅へ行った印象が頭のどこかに微かに残っていて、鍵など家のことが気になったのかもしれません。

「空家状態になったので、特に大切なものはこっちで預かっているから心配するな」というと、ねえちゃは「じゃあ、何も心配しないでいいんだね」といつものように話して眠りにつきました。

グループホームのねえちゃの部屋を訪ねると、特別なものはありませんが、「日記帳」はいつも手の届くところに置いています。

足の不自由な人は、杖や車いすを使って自分の力で動こうとします。しかし認知症の人は、自分の障害を補う「杖」の使い方がよく分かりません。

でも、ねえちゃはいまのところ、この日記帳が、辛うじて「杖」の役目を果たしているようです。

ねえちゃは、ふつう、あったことをすぐに忘れてしまいます。けれど、「日記にすぐ書いて」と促し、何日あたりのところを読み返して、というと、「ああそうだったんだ」と何とかかんとか記憶を繋ぐことはできるようです。


ねえちゃは連休を、次男一家と楽しく過ごしました。久しぶりに外出して、お墓参りや服や靴の買い物もできたようです。

孫たちとは、グループホームへ入って初めて会いましたが、まだ顔をちゃんと覚えていたとか。

連休の思い出が、ねえちゃの思い出として残るかどうかは微妙です。が、記憶が頼りにならない以上、本人も周りも、その瞬間を大切にしていくしかありません。

それは認知症だから、というわけではなく、うたかたの夢に生きる人間すべてに言えることなのかもしれません。

連休の谷間に、ねえちゃのグループホームの計画作成担当者のかたから電話をいただきました。

家族の希望を聞かれたうえで、計画を少しだけ変えたところがあるので確認のうえサインを、とのことでした。

グループホームの職員体制は、管理者と事務が各1人、介護職員10人以上のほかに、計画作成担当者2人となっています。

施設のサービスは、利用者がその能力に応じて自立した日常生活できる計画に基づいて提供されることになっています。

利用者の状態に応じて、その都度、計画を変えていく。一律にだれも同じように、というのでないところに、従来の施設との違いがあるのでしょう。

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