2019年04月24日

全体往診

ねえちゃは毎月、担当のお医者さんからグループホームで全体往診を受けています。

3月は、胸部音OK。先生の質問に「おかげさまです」としっかり答えていたそうです。

2月も胸部音OK。問題なく、先生と「今年は雪が少ない」といった雑談を楽しむ余裕もあったとか。

1月も、先生の質問に「どこも悪いところは無いです」と答えていたといいます。

「アタマ」以外は、いまのところ、いたって健康なようです。

とはいえ、当然のごとく、定期的にお医者さんに診てもらっていることはもちろん、毎日薬を飲んでいることも、すっかり忘れてしまっています。


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2019年04月23日

ミョウガ

ゴールデンウィークが近づいて、日に日に暖かさも増してきているように思います。

暖かくなると、冷奴やそうめん、刺身のつまなどに欠かせないのがミョウガ。

グループホームでも、春の食べ物が話題になったとき、ねえちゃは「ミョウガを漬けたりした」と思い出を述べたそうです。

ミョウガというと、俗に、食べると物忘れがひどくなると言われます。

落語にも、宿屋の夫婦が預かった金のことを忘れさせようと飛脚にミョウガを食べさせる「茗荷宿」という噺があります。

けれど、それはまったくの迷信のようです。

ミョウガには、ビタミン、ミネラル、精油、辛み成分などが含まれています。

中でもカリウムが多いのが特徴で、体内のナトリウムを排出して高血圧を予防したりする働きもあるそうです。

ミョウガの香り成分には、集中力を増す効果があることもわかっているとか。

認知症のねえちゃにも、思い出のミョウガは、体や頭にいい働きをしてくれるかもしれません。


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2019年04月22日

「困ったもんだねぇ」

ふつうの高齢者だったら、身体の不調や痛みなどを自分の言葉で表現することができます。

しかし、認知症になると、そうした症状を自分の言葉で訴えることが難しくなってきます。

落ち着きがなく歩き回っている原因が便秘で、便秘が解消されると落ち着いてきたり、また、歩行がおぼつかない原因が足の小指の骨折だった、といった事例もあるそうです。

認知症になると、うまく言葉で表現できず、行動で訴えることもあるわけです。

ですから、周りのものも、十分に観察して細やかなケアをする必要があるのでしょうが、それはなかなか難しいことです。

昨夜、「何か、おかしい。あした起きたら死んでるかも」とちょっぴり驚きの言葉を発していたねえちゃも、きっと、そう思う原因が何かあったのでしょう。

私にはそれを知る術も、洞察力もありません。が、今夜の電話では「ええっ、おばあさんそんなこと言ったの。困ったもんだねぇ」と、まるで他人事。

何かいいことでもあったのか、昨夜とは打って変わってご機嫌な様子で床に着きました。


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2019年04月21日

「あした起きたら……」

「ホント、アタマおかしくなっちゃって。何か、おかしい。あした起きたら死んでるかもしれない」

午後8時ごろかかってきた今夜の電話で、ねえちゃは、不安そうにそんなことを口にしていました。

「胸が苦しいとか、どこかが痛いとか、どこかおかしいところがあるの?」と聞くと、「そんなことない」といいます。

「バカんなっちゃったっていったって、いつものように電話をちゃんと掛けてこれたし、日記も書いたみたいだし、ちゃんとやることやってるじゃない」

「だけど、アタマおかしくなっちゃって……」

「何か、起きたらどう対応するか、ちゃんとスタッフの人と話してあるから大丈夫。あしたのことは、あしたのこと。とりあえず、寝たら」

「ん~。じゃあそうする。おやすみ」「おやすみ」


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2019年04月20日

喪失体験

高齢になると、若いときのように何かを得るということがだんだん少なくなって、失うものが多くなっていきます。

社会的地位や収入、役割、生きがい、知人や友人、親兄弟など、喪失体験が増えていきます。

ねえちゃも8年前、苦楽をともにし、また、いろんな意味で手がかかった連れ合いを失い、いまから思うと相当に大きな喪失感を味わいました。

多くの喪失体験をしている高齢者が、心穏やかに、それに応じた生活を送っていくことは、想像以上に難しいようです。

そして、認知症は、さらに多くのものを喪失させることになります。

いままで何をしていたかが思い出せないということは、「記憶に対する喪失体験」です。たとえ家族に囲まれていても、それが知らない人に思えたときは、喪失体験として感じられることになります。

自分の家にいても、自分の家でないと感じたときには、居場所を失うことになります。

ねえちゃが、いまさっきまでグループホームでみんなと楽しく話していても、自分の部屋にもどって一人になって「はて、ここはどこだ」と思い返した瞬間には、きっと、居たたまれない喪失感が襲ってくるのでしょう。


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2019年04月19日

性格の変化

「がんこ」「柔軟性がない」「しつこい」など、あたかも高齢者独自の性格があるかのように考えられることがよくあります。

けれど、子どもでもがんこな人もいれば、柔軟性のない若者もいます。しつこい大人もいます。ねえちゃは高齢者ですが、特にこれら三つにあてはまるようには思えません。

高齢者だから特別な性格と考えるのは間違えでしょう。同じように、認知症だから特別な性格があるというようにも思われません。

ただ、前頭側頭型認知症のように、脳の障害が原因で自分の欲求を抑えることができなくなる「抑制の欠如」などの人格変化が起こる場合はあるようです。

しかし通常、認知症になった人の性格が変化するのは、もともとの性格に「もの忘れ」「見当識障害」「判断力障害」「実行機能障害」など認知症の中核症状の影響が加わることによって起こると考えるべきなのでしょう。

ねえちゃのように、もともと穏やかだった人が攻撃的になったり、興奮するようになったとしたら、認知症がその人の生活に影響を与えたということになるのでしょう。

が、グループホームへ入ってからのねえちゃは、しばしば不安を訴えることはあっても、攻撃的になったり、興奮が収まらなくということはなくなりました。家族にとって、それが救いになっています。


2019年04月18日

1年1カ月

ねえちゃがグループホームへ入ってから、きょうでちょうど1年1カ月になります。

自宅からグループホームへ移った経緯はすっかり忘れてしまっているので、「どうしてこちらでお世話になってるんでしたっけ?」といった質問をスタッフのかたにもしばしばするようです。

きのうの夜の電話でもまた、「もう、1年と1カ月だね」と言うと、「そんなに居るの~!」といつものようにビックリ仰天していました。

それでも、この間「自宅へ帰りたい」と駄々をこねるようなことは一度もありませんでした。むしろ、自宅で一人で生活していたときの“寂しさ”への恐れのほうがずっと強いように思われます。

グループホームへ移った経緯を聞かれて、スタッフのかたが説明すると、納得して、不満を口にしたり興奮したりすることもなく、穏やかに対応しているそうです。

昨夜も「グループホームが、おばあさんの家なんだからね」というと、安心したように「ここで楽しくやるだ」と言って床につきました。


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2019年04月17日

桜前線

ねえちゃが住む長野市にも、桜前線が到来しました。

長野地方気象台が長野市の開花を宣言したのは13日。4月に入って気温が比較的低い日が続いたため、昨年より11日遅くなったとか。

ねえちゃのグループホームでも“お花見”的な行事が予定されているようですが、「お花見した?」とねえちゃに聞いてもチンプンカンプンです。

きのうの夜は、「おばあさん、バカになって、何が何だかわからなくなっちゃって、困ったよ~」と、なんだか元気がありませんでした。

それでも、「バカになったおかげで、くよくよ悩まなくてすむじゃない。幸せだよ」とか何とか話していると、気持ちが盛り返してきたらしく「じゃあ寝る!おやすみ~」。


harutoshura at 11:29|PermalinkComments(0)ねえちゃの近況 

2019年04月16日

「10連休」はお休み?

いつものように昨晩も、寝る前にねえちゃから電話がかかってきて、穏やかに「おやすみ」。

をしたかと思ったら、5分後には「おばあさん、どこに居るの! ここに居ていいの!」と慌てた口調でまた電話がありました。

「そこが、おばあさんの家。もう一年以上いるんだから」というと、いつものように「え~。もうそんなに居るの!」と驚愕しています。

先月末、天皇陛下のご退位で、ゴールデンウィークは10連休になるというニュースが流れると、グループホームでねえちゃは「そうなの。じゃあ、ここも休みになっちゃうの?」と心配していたとか。

スタッフの人が「ここはお休みがありません」と説明すると、「良かった~。また、家で一人になっちゃうと思った」と、ほっとしていたそうです。

頭での認識がどうなっているかはともかく、ねえちゃの体と感性のほうはもうとっくに、1年以上暮らしたこのグループホームが「自分の家」になっているようです。


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2019年04月15日

おはぎ作り

ねえちゃの介護サービス計画には「できる事はお手伝いしながら、不安なく、ここでの生活を楽しみたい」とあります。

実際、グループホームでは、あれこれ「お手伝い」をまかされて、それなりにやりがいを感じているようです。

3月2日には、信州ならではのおやつ、こねつけに付ける味噌作りのお手伝い。「私の味覚でいいのかなあ?」

3月11日には、洗濯干し、さらには、ほつれたズボンの裾をじょうずに縫い合わせました。

3月21日には、お彼岸のおはぎ作りに参加。「疲れたら交代するよ」と声をかけあってみんなで協力しながらくるみ味噌のくるみをすり鉢ですり、もち米の中に上手にあんこを入れて丸めていたそうです。


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2019年04月14日

啓蟄

インフルエンザの警戒で、3月はグループホームの中で退屈していたのかな、というと、ぜんぜんそうではなかったことが、生活記録を見ると分かります。

3月6日の夕食後、ねえちゃは日記を書きながら「今日は二十四節気で虫が土から這い出てくる日なんだよ」とスタッフのかたに教えてあげたそうです。

3月9日には、日差しが良かったので、窓に背を向けてみんなが一列に座って日光浴。その際、春のうたを歌いながらボール渡しをして、止まったところで連れ合いの名前を言うゲームをしたそうです。

ねえちゃのところに来ると、すぐに「イズミです」と名前が出てきて、「やさしくておとなしい人でした」と答えたとか。

「やさしくておとなし」かったかどうかは、私にはやや疑問が残りますが。

昨晩、ねえちゃから電話がかかってきたとき「いろんなことあって、楽しくやってるみたいじない?」と聞くと、やっぱりみんな忘れていました。


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2019年04月13日

ひな祭り

ねえちゃの3月の生活記録が、グループホームからとどきました。

それによると、3月3日には「ひな祭り」の行事に参加させてもらったようです。

「カップ寿司作り」では、ねえちゃは、錦糸卵や桜田麩(でんぶ)をじょうずに広げて作っていたそうです。

また、「桜もち風のオムレット作り」では、あんこを丸めたり、ホットプレートで焼けたオムレットを「できるかな」と心配しながらひっくり返したり……。

おやつのときは、「おいしい」と、甘酒をおかわりしていたとか。“老春”を、のびのび、楽しんでいるようです。


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2019年04月12日

人員配置

グループホーム介護職員の人員はというと、共同生活住居ごとに常勤換算で、「利用者:介護職員=3:1」以上の比率で配置することとされます。

なお、夜間(午後6時~10時)と深夜(午後10時~午前6時)の時間帯は、利用者の人数に関わらず「通常の(宿直勤務ではない)勤務者」を常時ユニットごとに1人以上配置する必要があります。

共同生活住居ごとに、認知症介護の経験3年以上で、厚生労働省指定の研修を受けた専従の常勤管理者及び計画作成担当者を配置する必要があります。

計画作成担当者のうち少なくとも1人はケアマネージャーでなりません。また、利用者に支障が無い場合には、常勤管理者と計画作成担当者の兼務が認められます。

計画作成担当者というのは、ケアプランを考え、作成して、利用者と家族に提供するケアサービスを説明・提案するのが仕事。利用者やご家族とスタッフとの橋渡しの役目を担っています。

こうした人たちが、いつも近くにいてくれる安心感が、グループホームへ入ってからの、ねえちゃの“こころの安定”につながっているのだと思います。


2019年04月11日

1ユニット9人まで

これまで、認知症対応型共同生活介護(グループホーム)の制度化に取り組んだ建築家、外山義さんのグループホームに対する業績や考えかたを見てきました。

それでは、こうして成長してきたいまのグループホームは、制度的にどういうものになっているのかか、このあたりで要点を整理しておくことにしましょう。

まず、グループホームとは何かというと、認知症の高齢者に対し、共同生活住居の家庭的な環境と地域住民との交流のもとで、入浴・排せつ・食事の介護など日常生活上の世話や機能訓練を行い、能力に応じて自立した日常生活を営めるようにするところ、ということになります。

ただ、認知症が原因で著しい精神症状(または行動異常)を呈する人や、認知症の原因となる病気が急性の状態にある場合は、原則としてその治療を優先される必要があるため認知症対応型共同生活介護を受けることが出来ません。

ねえちゃは、アルツハイマー病以外にこれといった「急性の状態」の病気を抱えているわけではありませんから、ここには含まれないことになります。

実際のグループホームの運営は、1事業所あたり1つまたは2つの共同生活住居(ユニット)を運営できることになっていて、1ユニットの定員は5人以上9人以下と決められています。

ねえちゃのグループホームは平屋で、9人ずつ2つのユニットがタテにつながっています。因みに、ねえちゃは「あさま棟」というユニットで暮らしています。

居室、居間、食堂、台所、浴室、事務室、面談室など必要な設備を有し、居室は原則として個室とし、床面積が7.43㎡以上(和室の場合は4.5畳以上)あること、とされています。

ねえちゃの部屋も個室。面会にいってもゆっくりできる、十分なスペースがあります。

グループホームは、主治医から認知症の診断を受けた利用者が、衣食住の費用については全額自己負担、介護サービスに対してだけ1割自己負担(定額制)の介護保険を利用することになっています。


2019年04月10日

季節はずれ

南岸低気圧と強い寒気が流れ込んだ影響で、ねえちゃの住む長野県のきょうは、中部や南部を中心に季節外れの大雪となりました。

10日正午現在の12時間降雪量は、開田高原と軽井沢で14センチ、菅平11センチ。軽井沢町の有料道路「白糸ハイランドウェイ」の一部区間は積雪で全面通行止めとなったとか。

長野地方気象台は、4月としては、県内では1998年以来の大雪警報を出したそうです。

いつものように、きょうも寝る前にねえちゃから電話が掛かってきたので「雪どうなの?」と聞いてみると、「えぇっ。そうなんだ」と、ひとごとの様子。

長野市街では、未明にみぞれになった程度で、雨模様の一日だったようです。

harutoshura at 22:32|PermalinkComments(0)ねえちゃの近況 

2019年04月09日

「施設」を「住まい」に

途切れ途切れになりましたが、スウェーデンに学び、日本のグループホームの制度化に大きな貢献をした建築家、外山義さん(1950-2002)のグループホームに対する考え方をこれまでみてきました。

外山さんの、グループホームをはじめ、寝たきりゼロ作戦、特別老人ホームの個室化などへの取り組みは、高齢者施設を「施設」ではなく、「住まい」に変えようとするものでした。

自著『自宅でない在宅』の完成を見ることなく、52歳の若さで世を去った外山教授。「あとがきに代えて」で、お弟子さんが次のように記しています。

「先生の研究の特色は、工学が最も苦手とする人間性の問題に正面から向かい会おうとする点にあり、その出発点には信仰があったと確信しています。ともすると人間性なき科学が幅を利かせるなかで、あるべき姿を追求された先生。その志を受け継ぎ、蒔かれた種を大きく育てることが私たちに託された使命であり、先生への追悼といえます」。

グループホームから毎晩電話をかけてくるねえちゃは、このごろよく「ここがおばあさんのウチなんだね!」と、確信めいたような口調で繰り返すようになってきました。

ねえちゃにとってもグループホームが、外山さんのいう「住まい」として感じられるようになりつつあるのかな、という気がしています。


2019年04月08日

そろそろ髪切ろうか

ねえちゃのグループホームの門のすぐ前には、親身に協力してくれる理髪店があって、ねえちゃもしばしばお世話になっています。

インフルエンザの警戒で、この冬、外出を控えていたねえちゃの髪も、だいぶ長くなってきました。

このあいだ訪ねたときも、ホームのスタッフの人と「そろそろ髪を切りに行こうか」と話していました。

外山さんは、グループホームと地域との脈略をつなげるためには、家族の自由な訪問ができることはもちろん、地域の人びとがさまざまなかたちでグループホームを訪ねてきてくれる機会をつくり出す一方で、入居者自身も地域の一員として老人会に参加したり、地域の居酒屋やカラオケを訪ねたりといった積極的な外出も望まれる、と考えていました。

「このように地域との双方向の交流が日常的に成り立っていれば、入居者の捜索をせねばならない事態が発生したときなどでも、地域からの自然な協力を得ることができるだろう」と外山さんは記しています。


2019年04月07日

地域のなかに立地する

高齢者の「施設」というと、以前の私は、街はずれの丘の上とか人里離れた山奥とかにある、というイメージを抱いていました。

しかし、ねえちゃのグループホームにしても、長野駅から歩いていけるほどの距離にあり、自宅に居たときよりもずっと街中で生活することになりました。

このようなグループホームの立地環境の問題について、外山さんは「小規模であるがゆえの危険」として、次のように指摘しています。

「利用者にとっての生活の広がりが小規模なグループホーム内で完結してしまうと、利用者の生活の質はグループホーム内の人的・物理的環境の質によって完全に左右されてしまうおそれがある。

仮にその質が良質ではなく、あるいは不十分である場合、そこに生活する高齢者にとっては逃げ場のないマイナスの状況が生まれてしまう。

その意味において、グループホームにとって外部、すなわち地域とのつながりがきわめて重要になってくる。この外部地域との良好な関係を確保するうえでの第一要件は、グループホームの立地環境である。

具体的にいえば、グループホームが地域とつながり、地域に開かれているためには、グループホーム自体が地域のなかに立地してることが前提となるということである。

人里離れた山間や、住宅のない工場地帯などではグループホームは孤立した施設になりやすく、利用者も地域のなかに暮らしてるという実感をもてない」。


2019年04月06日

お花見も

きのう更新された国立感染症研究所のインフルエンザ流行レベルマップによると、インフルエンザ定点医療機関の2019年第13週(3月25日~31日)の定点当たり報告数は1.73(患者8567人)で、前週の報告数2.49よりかなり減りました。

全国で警報レベルを超えている保健所地域は1カ所(1県)、注意報レベルを超えているのは3カ所(3県)だけと、落ち着いてきました。

ねえちゃのグループホームも、一時はインフルエンザに罹ったかたが出て心配されましたが、スタッフの人たちの素早い対応で、広まることなく無事におさまり、お花見ができるまでになったようです。

それでも、外出には油断は禁物です。外出・外泊の際には――

*家に戻ったり帰宅時には、うがい・手洗いをする。
*食事前、トイレ後の手洗いは石鹸をつけ、30秒以上洗い、流水で流す。
*生ものは避け、加熱したものを食べる。
*家族に体調を崩した人が居る場合、外出・外泊を見合わせる。
*外出・外泊中に体調を崩したら医師に受診する。

といったグループホームからの「お願い」がありました。


harutoshura at 20:09|PermalinkComments(0)ねえちゃの近況 

2019年04月05日

4月までの計画書

インフルエンザの影響で遅れていたのですが、きのうグループホームを訪ねたとき、4月分までの「介護サービス計画書」をチェックしました。

総合的な目標は、できることは続けながら、好きなことをして、張り合いのある生活を送れるようにする。

具体的な介護内容としては、

①体操・歩行(二往復)・レク・家事・作業など、できることには参加を促す

②日課でしていることを続けてもらう
・10時、血圧手帳をつける
・夕食後、日記をつける

③入浴日以外は夕食後にパンツ交換を促す

④起床後は、化粧品の使用を促す

と、これまでとあまり変わりはありません。日課でもう一つ続けていることに、寝る前に私のところに電話をすることがあります。

ときどき「電話の掛け方わかんなくなっちゃった」といいながらも、毎日ちゃんと忘れずに掛けてきます。

症状は少しずつ進んでいることは確かだと思いますが、いまのねえちゃはまずまず“幸せ”といっていいんじゃないかな、と自他ともに感じています。


harutoshura at 17:03|PermalinkComments(0)ねえちゃの近況 

2019年04月04日

選挙の春

ポカポカ陽気で晴れ渡った今日、久しぶりに、ねえちゃのグループホームへ面会に行きました。少しやせた感じがしますが、元気そうです。

長野市街は、選挙カーの声が賑やかで、ポスターの掲示板も見かけます。どうも、今月7日投票の県議会議員選挙まっただ中のようです。

「選挙どうする?」とねえちゃに聞くと、何が何だか分からないながらも、ほとんど欠かさずに続けてきた投票に意欲はありそうです。

というわけで、この冬ずっと控えていた、久しぶりの外出は、県議選の期日前投票、ということになりました。

自宅に届いていた投票所入場券をもって、郵便受けに入っていたビラの中から、まあ「この人かな」と思う人のを選んで持って、自宅近くの市役所の支所でなんとか投票を終えました。

あわただしい突然の外出で、やや歩くのがおぼつかないといった感はありましたが、連れ合いの仏壇の前で久しぶりに手を合わせることもできました。ねえちゃにとっても、いよいよ春到来です。


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2019年04月03日

馴染んだ空間、環境を助けに

グループホームでの行事も、面会に来た人も、さっきの食事も、最近は、ねえちゃの頭にはほとんど残らず、すぐに消え去っていってしまいます。

それでも、子どものころの思い出や戦争体験など長期にさかのぼった記憶は、断片的にではあれ、明瞭に残されていて、しばしば、いま目にしているように詳しく話してくれます。

外山さんは、このように記憶を探り出して、手がかりにしながら日常生活行為を再構築していくことはできていて、この際も「過去に馴染んだ空間、環境が大きな助けになる」と考えていました。

一方で、こうした高齢者に対しては、言葉による問いかけによっていちいち記憶を試したりすることはストレスを倍加させることにもなりかねません。まったくの逆効果です。

うまく機能しなくなっている思考の代わりに、体に深く刻み込まれた生活習慣や記憶、たとえば古い記憶にとどめられた物や色、形、音楽、においなどを用いて、その記憶を呼び覚ますことが効果的だと外山さんはみていました。

だから、居住空間でも、共用空間でも、高齢者たちがかつて日常生活の中で長く馴染んできた建具や道具類、活発だった青壮年期に流行した家具やインテリア、世代文化を反映した絵や写真、道具などを、記憶を呼び覚ます“仕掛け”として配し、生活空間を構成することがきわめて有効となるのです。


2019年04月02日

空間の作法

食事、睡眠、排泄といった、私たちが日常的に行っている生活行為には「手続き性」があります。

食事をするとき、手順にしたがって調理し、器に盛り、食卓に並べ、感謝し、箸で口に運び、食べ終わって余韻を楽しみます。

老齢化に伴って心身機能が低下したり、まして認知症高齢者ともなると、そうした手続き性が抜け落ちていく傾向があります。

さらに、生活している空間の貧しさが、そのまま行動の貧しさへと直結していきます。

施設で廊下の行き止まりで排尿したり、ベッドからマットを引きずりおろしたりといった“問題行動”は、その高齢者に染みついた空間感覚をもとに、馴染めない環境に対してその人なりに対応しようとしていると理解することもできそうです。

そのようなとき、空間の中の仕掛けや、かつて馴染んだ道具が、生活行為の手続き性を回復していく手掛かりとなります。

日本の伝統的な住まいには「空間の作法」という文化があります。上り框(かまち)や床の間、座敷と襖の開閉、縁側の手水、囲炉裏など、生活行為と様式的にきっちり対応した空間の仕掛けが数多く存在します。

こうした要素を高齢者の施設の公私の空間に生かしていくことで、消えてしまった行為や動作へと誘導することができるようになるのです。

無気力で消極的になってしまった認知症高齢者を、指示や命令によらずに、ある生活行為に導いていくために、こうした生活空間の仕掛けを役に立てる。

こうした発想も、グループホームにふさわしい環境づくりのうえで重要だと外山さんは考えています。


2019年04月01日

警告を発するカナリア

かつて鉱山の坑夫たちは、危険を防ぐため、二酸化炭素や一酸化炭素に敏感に反応するカナリアを携えたといいます。

頭のなかで想定したり、応用したり、臨機応変に振る舞ったり、といったことができない認知症高齢者は、ある意味で、環境に対して非常に敏感な弱い存在といえるかもしれません。

とすれば、認知症高齢者に心身症的な問題行動が出るなら、かれらの日常生活の環境が劣悪であることを意味することになります。

カナリア

そうした生活環境は当然、認知症でない人にとっても良くない環境なのです。外山さんは「痴呆性高齢者の方々がカナリアになって、人間の劣悪な住環境に対する警告を発してくれていると考えるべきだ」といいます。

これまでノーマライゼーションというと、たとえば認知症高齢者や施設でケアを受けている人たちが、社会の中で普通の生活を送れるようにすることと理解されてきました。

しかし、外山さんは、認知症の人たちと接していて、いつのまにか癒されることに気づかされる体験を重ねていくにつれて、これとは異なる理解をもつようになったといいます。

外山さんは「今日、日本社会のなかの「普通」の人びとのほうが、アブノーマルなのである。痴呆性高齢者と接するなかから、むしろわれわれの側が癒され、ノーマライズされる。こういうことをノーマライゼーションと呼ぶべきなのではないか」と提起しています。


2019年03月31日

家族は「敵」に

在宅で、認知症初期の症状である繰り返される質問を無視したり、言葉による暴力をふるったり、といったことは、日常介護のストレス状態のなか、家族であるゆえに無意識にむしろ行なわれてしまいがちです。

親子や配偶者といった血縁・親族縁でがんじがらめになっているために、相対化できず、感情が煮詰まってしまい、非理性的な行為に走ってしまう。

介護するほうは、その行為に至るまでの経緯をしっかり覚えていて、激昂してしまったそれなりの理由もあります。しかし、介護される当事者にとっては、経緯はもう忘却の彼方です。

でも、殴られた痛みや、罵倒され傷ついた感情は澱のように残っている。外山さんは、こうした経緯の不明な傷が累積していくことによって、家族は「敵」になっていくのだといいます。

グループホームでは、血縁につながれない相手が、感情をひきずることなく認知症高齢者のありのままの姿を受け入れてくれます。外山さんは次のようにいいます。

「グループホームですっかり落ち着いた身内に接して、家族は自分たちが在宅でおこなっていた「介護」の中身と、家族であることの罪とに向き合わされるのである。

けっきょく家族が家族になるためには、そこで信頼関係が新たに結び直されねばならず、また新たに出会い直さなければならないのだ。というより、ここでようやく家族は、高齢者と向き合うことができるのだと思う」。


2019年03月30日

「垂直」から「水平」「横断」へ

大規模な施設での集団生活と比べて生活の単位が小さく、ひとりひとりの顔が見えるようになり、高齢者個々の持ち味や生活のペースがつかめてくると、表情は変わり人間関係も大きく変わります。

介護を「する側」と「受ける側」という切り割された固定的関係から、生活の再構築をしようとする高齢者を側面から支える関係へ、さらには、ともに暮らす仲間としての関係へと変化するのです。

そして、スタッフのかかわりかたが、
①プログラム主導側から個々の高齢者のペースに合わせたゆったりとしたリズムへ
②規則やルールずくめの管理的な姿勢から個別的な特性を受容できるゆとりある姿勢へ
③禁止や指導の言葉を乱発する指示的・教育的接近から、声を出さずにまなざしであたたかく見守り、危ないときだけ近づいてサポートする黙示的接近へ
と変わるとき、スタッフと高齢者の関係も確実に変化していくでしょう。

従来の施設における「垂直」の関係から、側面を支える「水平」の関係へと、そしてさらには適宜役割を変化させ交換しながらの「横断性」概念による人間関係の実現に向けて、関係が変化していくのです。

こうしたところにグループホームの本質があると考えられます。外山さんは「これはまさに、コミュニティの元としての人間関係そのものではないか。痴呆症にともなう生活障害をもつ高齢者の集住の場、ケアの現場から、個別の人間の共同の生活集団としてのコミュニティが立ち上がっているのである」と指摘してます。


2019年03月29日

住宅と施設の二重性

これまで見てきたような「在宅」と「施設」の両方のかかえる課題を乗り越える可能性を秘めた居住形態、ケア形態として登場してきたのが「グループホーム」でした。

住みなれた自宅ではないけれど、家庭的な雰囲気のなかで時間がゆっくりと流れ、専門のスタッフにさりげなく見守られながら認知症高齢者がひとりひとり、その人らしい生活をしていく。

こうした必要なケアを伴う生活を通して、認知症それ自体が治癒することはなくても、その進行を遅らせたり、随伴状態が改善された状態で暮らしていける。

グループホームには、①「住宅でもないし施設でもない」が、そこに期待されている役割からすると②「住宅でもあり施設でもある」という性格があります。施策者からすれば①を、利用者側からすれば②をもとめることになります。

ねえちゃのような入居している高齢者の側からすれば、まさに、住まいであるとともに、専門のスタッフが24時間常駐する施設でもあるのです。外山さんは、この「住宅と施設の二重性」にこそ、グループホームの可能性があると考えていました。


2019年03月28日

鉄筋コンクリートの箱

もともと認知症ケアのためにつくられたものではない特別養護老人ホームや老人病院、さらには精神病院。

そうした既成の施設で対処するには、認知症の周辺症状や随伴症状としてあらわれてくる徘徊や妄想などの問題行動をコントロールする従来の手法に頼らざるをえません。

すなわち、薬によるコントロール、物理的・空間的拘束、言葉による禁止などの措置です。

外山さんは、こうした方法は「根本治療になるどころか、痴呆性高齢者のストレスや不安を倍加させることで悪循環を引き起こす」として、次のように主張しています。

「そもそも現状の施設は住居としての空間スケールをはるかに逸脱し、繰返しパターンの多い巨大で複雑な建物である。

しかも長年暮らしのなかで馴染んできた日常生活のためのしつらえもほとんどなく、痴呆性高齢者たちは、どう振る舞ってよいかわからなくなる。

そうした環境のなかで、かれらがもっと不得手とする、大集団での管理的なプログラムによるケアが実施されている。これが多くの施設の現状である。

住まいは生活行為の舞台であり、生活展開のしつらえをさまざまに内包している。しかし従来のこうした施設では生活展開のためのしつらえは乏しく、鉄筋コンクリートの単調で無機質な箱である場合が常である。

痴呆性高齢者は頭の中で想定したり、応用したり、臨機応変に振る舞ったりすることができず、ある意味で環境に対して非常に正直に反応する。したがって、空間や環境の貧しさがそのまま行為の貧しさに直結しやすいのである」。


2019年03月27日

施設ケアの状況

グループホームが登場した背景には、きのうまで見てきた「在宅ケアの状況」とともにもう一つ、「施設ケアの状況」があります。

外山さんは、当時の痴呆性高齢者160万のうち、施設にいる残りの3分の1について、「生活しておられる」とか「暮らしておられる」とかいうようには「表現できない現実がある」と指摘します。

ここでいう「施設」というのは、特別養護老人ホーム、老人保健施設いわゆる老人病院、それに精神病院の一部を指しています。

これらの施設は、もともと認知症(痴呆症)ケアのためにつくられたものではありません。

記憶障害や見当識障害など、認知症の中核症状に対する根本的な対応を見出せないまま、集団管理的なケア形態で処遇しているのが実情だったのです。


2019年03月26日

自立意識の弱体化

家族が思っている認知症高齢者の願いや要望は、ほんとうに本人のものと一致しているのでしょうか。外山義は、問いかけます。

高齢者の心身機能が衰えていくと、まわりにいる家族がさまざまな日常生活の行為を代わりにやってあげるようになります。

逆に、高齢者のほうもまた、しだいに家族に依存していくようになります。

在宅での同居生活では、本来高齢自身がすべきことを、家族が代行したり代弁したりする場面が多くなっていくです。

こうした繰り返しのなかで家族は、自分がこの高齢者のことをもっとも理解し、助けているという思いを徐々に強くしていきます。

実は、この「思い」のなかに、介護者としての家族の「都合」や「思い込み」が少なからず混入しているということに、家族は気づいていません。

ほんとうは高齢者本人の意思に基づかなければならない問題を、家族が自分の願望の延長で話したり、本人の願いを確かめずに決めつけてしまうことが起こりやすくなるのです。

こうして生じた「ズレ」を、確かめたり、調整することは、とくに認知症高齢者の場合は容易なことではありません。

外山さんは、このような家族同居のありかたによって「高齢者が弱体化していく」と考えます。

そして高齢者本人の自立意識がしだいに弱まり、自分が何を望んでいるのか徐々に不明瞭になることの「危険性」を指摘します。

「人生最後の幕引きをどうしたいのか、最後の日々をどう過ごしたいのか。これはとても大切なことで、本来、本人の願いを中核にして決定されるべき事柄である。

一見、人間が大切にされているように見えて、じつは大切にされていない日本社会の日常が、ここにもよく見てとれるだろう」(『自宅でない在宅』p107)


2019年03月25日

家族であるがゆえに

グループホームを考えるうえで認知症高齢者の在宅ケアの問題として、外山さんは日本社会における「家族」の存在へと目を向けています。

とくに、日本の認知症高齢者介護で「家族」がどのような意味を持ち、どう位置づけられるかについてです。

言うまでもなく家族は、通常、介護されている高齢者にとって最も身近な存在です。

しかし、元気に活躍しているころをよく知っている身近な家族であればこそ、いっそう、眼前にあらわれてきた認知症のさまざまな症状を呈する状況を受け入れるのは困難になります。

ねえちゃのケースを振り返ってみても、「あんなにしっかりしていたのに、まさか」という気持ちからなかなか抜け出すことができず、苛立ち、当人にあたり散らすこともしばしばありました。

むしろ、近しい家族であるがゆえに、受容しがたく、冷静であることが難しいのです。外山さんはさらに、次のように指摘しています。

〈加えて、痴呆症の介護は24時間の継続的な対応が必要となることが多く、家族はひとたび介護を負いはじめると、みずからの仕事や学びを諦める。すなわち自己実現を断念せざるをえない状況にしばしば追い込まれることになる。

介護を負わざるをえない現実のために自己実現を放棄させられた状況下での介護は、ストレスがきわめて大きいであろう。精神的に健康な状態を保つことがむずかしく、そうかといって途中で放り出すこともできない。

これが専門職のスタッフであれば、ケアを担うこと自体が自己実現であるからその種のストレスがなく、力も発揮しやすいのである。〉


2019年03月24日

「線」的ニーズと「点」的サポート

認知症高齢者グループホームがどうして登場し、全国にめざましい勢いで普及しつつあるのか。

遺作となった2003年7月発行の『自宅でない住宅』の中で外山義さんは、「その背景は2つある」として、①痴呆性高齢者ケアの現状と②施設ケアの現状をあげています。

まずは、①の痴呆性高齢者ケアの「現状」、すなわち、この本が出版された当時の認知症高齢者ケアの状況について筆者は次のような視点から考察を始めます。

〈日本には約160万人の痴呆性高齢者が存在していると推計されているが、そのうちの約3分の2は在宅にあって主として家族の介護を受けて生活している。

2000年4月からは介護保険が導入され、24時間巡回型のホームヘルプサービスが全国に普及しつつある。

在宅の要介護高齢者を朝・昼・晩・夜と「点」的に間歇的にサポートすることにより、在宅での居住継続を支援していこうとするねらいである。

しかし、24時間継続的に「線」的なケアニーズをともなう痴呆症のケアは、そうした「点」的なサポートでは対応しきれない。

家族が解放されることなく介護に縛りつけられ、最後には家族側も疲弊し共倒れになる状況がある。〉

ケアの「線」的ニーズに対する「点」的サポートの限界について、端的に指摘しているのです。


2019年03月23日

建築家外山義

認知症グループホームの制度化や特別養護の個室化、寝たきりゼロ作戦などで重要な役割を果たすとともに、日本の超高齢化社会に向けて深い洞察力を示した外山義(とやまただし)さん=写真、『自宅でない在宅』から=という建築家がいました。

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外山さんは、1982年から1989年までスウェーデン王立工科大学に留学し、帰国後は、病院管理研究所(後の国立医療・病院管理研究所)の主任研究員として、高齢者のケアと住環境の研究に携わりました。

1990年には「高齢者の自我同一性と環境-生活拠点移動による環境適応に関する研究」で、日本建築学会奨励賞(論文)を受賞。

制度化がスタートした前後からグループホームに取り組み、「炉端の家」(岡山県笠岡市、1996年)、「こもれびの家」(宮城県名取市、1997年)、「いわうちわの里」(富山県下新川郡宇奈月町=現黒部市、1999年)、「ならのは倶楽部」(奈良県奈良市、2000年)、「ぼだいじ」(滋賀県甲賀郡甲西町=現湖南市、2002年)などの設計をしています。

また、1998年に完成した秋田県鷹巣町(現・北秋田市)の「ケアタウンたかのす」など、それまで相部屋が当たり前だった特別養護老人ホームに「個室」によるユニットケアを導入したことでも知られています。

しかし外山さんは、京都大学大学院工学研究科の教授を勤めていた2002年、惜しくも、52歳の若さで急逝されました。

きょうからしばらくの間、そんな外山さんの最後の著書『自宅でない在宅-高齢者の生活空間論』(医学書院)から、グループホームとはどういうものなのか、少しずつ掘り下げて考えていきたいと思います。

ちなみに、この本のトビラには、外山さんの次のような言葉が載っています。

「ぜひ前のめりに進んでいきたいなと思います。前のめりになって転ばない方法は、足を出すことです。ユニットケアは、一歩踏み出すなかで見えてくるものだと思います。倒れないように前に進みましょう」


2019年03月22日

全国ネットワーク

グループホームの制度創設から2年後の1999(平成11)年1月には、一般の民家などを利用した小規模の在宅介護支援施設である宅老所も含めたネットワーク組織「宅老所・グループホーム全国ネットワーク」も誕生しました。

下記に引用する平成11年1月23日付の設立趣旨書を見ると、当時のグループホームを巡る状況をうかがうことができます。なお、趣旨書の中にある「デイサービスセンターE型」というのは、痴呆性高齢者向け毎日通所型のデイサービスセンターのことです。

〈私たちは、痴呆症の高齢者が、これまで送ってきた普通の生活を地域の中で可能な限り継続していただくことを支援する、宅老所やグループホームなどの小規模で多機能なケアホームを先駆的に取り組んできました。

こうした先駆的な取り組みが、痴呆高齢者が毎日利用できる「デイサービスセンターE型」や共同で生活する「グループホーム」の国庫補助事業を生み、さらには地方自治体単独の弾力的な補助事業の創設を生み出してきたと考えています。

私たちの中には、既に社会福祉法人格を所得し国庫補助事業を運営しているところもありますが、公的補助を受けることなく自主運営をしているところや、公的補助を受けたくとも認められずやむなく自主運営を強いられているところもあります。

こうした宅老所やグループホームは、1980年代半ばから先駆的に始められ、ほとんどはこの5年間以内に開設されたものです。デイサービスセンターE型をも含みますと、現在1300カ所を越えるとされ、そのうちの半数近くは法人格のない住民団体や個人の運営とされています。

平成12年度よりスタートする介護保険下では、サービス提供機関となると同時に痴呆症高齢者と支える住民の地域福祉の拠点ともなり得るものと期待されています。しかしながら、私たちの国における痴呆症高齢者のケアは試行錯誤の域を脱するまでには成熟しておらず、宅老所やグループホームが先駆的に、痴呆症高齢者が求めているであろうケアを実践し実証してきました。

このような経過から、痴呆症高齢者のケアのさらなる充実を目指す、宅老所やグループホーム実践者の、ゆるやかに全国をネットワークする必要性が求められてきました。 そこで、この1年間に急速に組織化された都道府県単位の8連絡会と、先駆的に進めてきた宅老所・グループホームが呼びかけ人となって、このたび標記「宅老所・グループホーム全国ネットワーク」を設立することになりました。

このネットの特徴の一つは、従来型の、公益法人格を有したうえで国庫補助を受けているホーム(施設)と、地方自治体の補助を受けているホーム、そしてその他のホームというように、運営形態別に組織化されていたものから、痴呆症高齢者のケアという共通の目的で公私の宅老所やグループホームがネットすることにあります。

二つめは、宅老所やグループホームは全国一律という考え方よりも、より地域性を生かした運営が求められることから、都道府県などの地方自治体を意識した全国ネットということです。具体的には①痴呆症高齢者のケアに関する情報の収集と提供、②相談、③研修、④研究、⑤社会的な提言など、宅老所・グループホームを推進することを目的とし結成するものです。〉


2019年03月21日

あたりまえの暮らし

きのう見たように、グループホームは1997年度の痴呆対応型老人共同生活援助事業として、制度的にスタートをきりました。

初年度の全体予算は1億6496万3000円、実施か所は25カ所。翌1998年度の全体予算は3億8997万7500円、実施か所47カ所に及んでいます。

グループホームがめざしているのは、「痴呆」を問題として扱うのではなく、①痴呆になっても人としてあたりまえに暮らしつづけることであり、②住みなれた町の中でその人らしく豊かに生きていること、です。

制度化された直後の1997年11月に早くも出版された『ボケなんて怖くない「グループホームしせい」の挑戦』には、自分たちで料理や掃除、洗濯などふだん家庭でやっているようなことをするなかで、持てる力を生かしながら、役割をもって生活する姿を引き出すケアの実践について描かれています。

それは、大規模な収容者をもつ施設ケアによる管理された生活ではなく、小規模で家庭的な環境での、限りなく在宅に近い痴呆性高齢者の施設介護としてのグループホームの姿でした。


2019年03月20日

認知症対応型共同生活介護

ねえちゃが入って1年が過ぎた認知症高齢者グループホームとはいかなるものなのか。

法的には「認知症対応型老人共同生活援助事業」が行われる共同生活を営むべき住居として設けられた建築物、と定義されます。

では、認知症対応型老人共同生活援助事業というのは何なのかというと、介護保険法の規定による「認知症対応型共同生活介護」に係る居宅介護サービス費の支給を受ける者などが、共同生活を営むべき住居において入浴、排せつ、食事等の介護その他の日常生活上の援助を行う事業、ということになります。

そして、ここでいう認知症対応型共同生活介護はというと、ねえちゃのように「要介護者であって、脳血管疾患、アルツハイマー病その他の要因に基づく脳の器質的な変化により日常生活に支障が生じる程度にまで記憶機能及びその他の認知機能が低下した状態であるもの」が対象になるのです。

ただし、認知症が原因で著しい精神症状や異常行動を呈する者や、認知症の原因となる病気が急性の状態にある場合は、原則としてその治療が優先されるために、認知症対応型共同生活介護を受けることは出来ません。


2019年03月19日

食パン屋さんに

一カ月余りぶりに、長野市のねえちゃの家を訪ねました。アルプスの峰々は、雪で美しく彩られていましたが、市街に積雪はありませんでした。

空き家に近い状態になったので、雪や凍結が心配でしたが、大きな支障やトラブルはなく冬を乗り切れたようです。

郵便受けも、宅配ピザや不動産屋さん、選挙関係などのチラシがいくらか入っているだけで、手紙はほとんど無くなってきました。

留守番電話も一件だけ。水道洩れもないようで、水道料金の業務受託者から「使用水量ゼロ」だった旨の通知がありました。

グループホームへ入って、ねえちゃが自宅を留守にするようになって一年がたった間に、いちばん近い“お店”で何かと重宝していたファミリーマートが閉店してしまいました。

そのあとには、高級「生」食パン専門店「乃が美」の長野店が4月中にはオープンするのだとか。不在のあいだに、街も少しずつ変わっていきます。


harutoshura at 19:59|PermalinkComments(0)ねえちゃの近況 

2019年03月18日

1周年

ねえちゃがいま暮らしているグループホームへ入って、きょうでちょうど1年となりました。

昨年の3月18日は、日曜日でした。前の日にここへ初めて見学に行って契約を交わし、衣類、寝具、履物など、当面必要なものを徹夜でまとめて……。

引っ越しシーズンで荷物を運んでくれるところはなかなか見つかりませんでしたが、「荷物を届けたあとに寄ってもいい」という赤帽さんが1件だけありました。

ねえちゃは、親しくしていただいているご近所のかたたちに励まされ、お隣のかたの車で送ってもらってあわただしくグループホーム生活へと突入しました。

きょうも、いつものように夜、ねえちゃから電話が来たので「きょうで、ちょうど1年になるんだよ」という話をしました。

ねえちゃは、いつものように「信じられない」という様子で、「えぇっ、ほんと、そんなに~。ほんとに、そんなになるの。バカんなっちゃったんだね。ぜんぜん覚えてない。バカんなっちまって。みんなに迷惑かけてるんだね」。

それでも、この1年、これといって嫌がることも、心配ごともなく、グループホーム生活を謳歌しているようです。


harutoshura at 22:46|PermalinkComments(0)ねえちゃの近況 

2019年03月17日

小規模多機能型居宅介護

このブログでも以前書きましたが、通常は、きのう見た1985年に始まる「バルツァゴーデン」のようなスウェーデンのケアを取り入れて、1990年代初めに日本のグループホームが誕生した、といわれています。

とはいえ、日本国内でも1980年代には、大規模施設へ収容して管理するあり方への反省から、支援が必要な高齢者のための“居場所づくり”の試みが各地で行われていました。

たとえば1987年には、島根県出雲市に小規模多機能型居宅介護を掲げる「ことぶき園」が民間の非営利団体として開設されています。

小規模多機能型居宅介護というのは、住み慣れた地域で、「訪問」「通所」「短期間滞在」の3種類を組み合わせて、介護その他の日常生活上必要な世話や機能訓練を行うサービスです。

家族的な環境作りや地域との交流に気を配りながら、住み慣れた自宅で自立した日常生活を営むことができるよう、要介護者の状態や希望に応じてケアするように工夫されています。

随時訪問や通所、宿泊を一体化させて、顔なじみのスタッフから介護を受けることができるので、人見知りのお年寄りでも安心して利用することができます。

このように、国内で自発的に生まれたケアの手法と、スウェーデンなど海外の手法を合わせるかたちで1997年、老人福祉法及び介護保険法の規定に基づく認知症対応型老人共同生活援助事業の「共同生活を営むべき住居」として設けられたのが認知症高齢者グループホームでした。


2019年03月16日

バルツァゴーデン

いまの認知症高齢者向けグループホームは、1985年に始まったスウェーデンの「バルツァゴーデン」というグループホームのプロジェクトにさかのぼるとされます。

プロジェクトの中心になったのは、バルブロ・ベック=フリス(Barbro Beck-Friis)さん=写真=という女性です。

バルツァー

バルブロさんは、ウプサラ大学で医学教育を受けた後、1969年から20年余りにわたりストックホルムの南西にあるモタラ市の病院で、認知症のお年寄りの治療やリハビリの仕事に携わりました。

決め手になる薬もなく、病気はいっこうに治らず、認知症老人たちは病院のベットをふさぐ「ベットブロッカー」といわれて煙たがられる。

そんな中で、認知症のお年寄りが必要とされているのは病院ではないのではないかという疑問を抱くようになり、モタラ市の住宅街で大きな家を借りて試みたのがグループホームだったのです。

このプロジェクトは大きな注目を浴び、スウェーデン国内だけでなく「世界的にも多くのグループホームケアにおけるケア基準を生みだ」(バルブロ・ベック=フリス『今、なぜ痴呆症にグループホームか』)すことになります。


2019年03月15日

ノーマライゼーション

「ノーマライゼーション」という言葉があります。障害をもっていても、そうでない人たちといっしょに、地域社会で普通に暮らしていける福祉環境の整備、実現を目指す考えかたです。

1950年代、デンマークの知的障害者収容施設でさまざまな人権侵害が行なわれていたことに対して、行政官のニルス・エリク・バンク=ミケルセン=写真、wiki=が提唱した理念です。1959年に同国で制定された知的障害者法に盛り込まれ、欧米諸国に広まりました。

Nis_Bank-Mikkelsen

障害者ら社会的弱者は、社会から排除・隔離して特別な施設へ閉じ込めておけばいい。そうしたかつての誤った考えかたを改めて、障害をもった人もそうでない人とともに、社会の中でふつうに生活できるような環境をつくっていこうとするものです。

ノーマライゼーションは、日本でも、1981年の国際障害者年をきっかけに認知されるようになりました。そして障害者の人たちだけでなく、ねえちゃのような認知症高齢者についても、その理念があてはめられていくことになります。

そして従来の施設とは違い、できる限り在宅に近い介護を目指す認知症高齢者グループホームもまた、ノーマライゼーションの思想が根底に置かれているのです。


2019年03月14日

命日

きょうも夜8時ごろ、ねえちゃから電話がかかって来たので、「きょうは何の日か覚えてる?」と聞いてみました。

「ええっ~、何だったっけ?」

「もう、あれから8年になるんだよ。きょうは、おじいさんの命日でしょ」。

「ええっ~、ほんとぅ、もうそんなになるんだ。バカんなって、そんなことまで忘れちまって」。

「テレビのニュースで、東日本大震災から何年とか言ってたら、おじいさんが死んでからそれだけの年月が経ったってことなんだよ」。

「おじいさんが死んで8年。おばあさんが今いるグループホームへ入って、もうすぐちょうど1年だ」。

「ええっ~、うそ、ええっ~、おばあさん、そんなに、ここに居るの!」

その驚きは、連れ合いの命日のことより、はるかに強烈なようです。

こうした会話を何度か繰り返して、ねえちゃはショックを受けながらも、そのショックもすぐに忘れて、ほどなくいつものように平静を取り戻しました。

「それじゃ、もう寝るだ。おやすみ~」。


harutoshura at 22:55|PermalinkComments(0)ねえちゃの近況 

2019年03月13日

胃痛

ねえちゃのグループホームから、2月の生活記録がとどきました。

隣の棟でインフルエンザにかかった人が出たとかで、念のためタミフルを服用したり、みんなでいっしょに食事するのを避けて自分の部屋で食べたりと、ちょっと、いつもと違う、神経を使う日々がつづいた模様です。

そんなことも影響したか、2月21日には珍しく、夜中に「みぞおちの辺りがジーンと痛い」と胃の痛みを訴える、といったハプニングもあったようですが、1時間半後には「スーっと良くなってきた」。

スタッフのかたたちには、ご面倒をかけましたが、然したることなく収まって、いつものように「アタマ以外は元気な」ねえちゃにもどりました。

インフルエンザは、幸いグループホーム内に広がりを見せることなく、いちおう終息。何よりでした。

ただ、つい先日の世界保健機関(WHO)の発表では、インフルエンザの年間の感染者数は全世界で約10億人、死者数は数十万人に及び、新たなパンデミック(世界的大流行)の発生は「避けられない」と警告しているとか。

感染症はどこで、いつ、思わぬ事態が起こらぬとも限らないので、特別なことがない限り、もうしばらくは、ねえちゃへの面会はひかえておこうかな、と思っています。


harutoshura at 22:51|PermalinkComments(0)ねえちゃの近況 

2019年03月12日

スウェーデン発

本人は当然ぜんぜん覚えていませんが、ねえちゃがグループホームへ入って、まもなく丸1年になります。うまく適応できるかどうか当初はすごく心配でしたが、ホームの生活にすっかりなじんで、楽しくやっているようでホッとしています。

現在の形態に最も近い痴呆性高齢者グループホームは、福祉先進国のスウェーデンで1980年代にはじまりました。ごくふつうの二階建ての家で行われている「グループリビングケア」と呼ばれる介護サービスが、その発祥といわれています。

90年代に入ると、さまざまな試行錯誤の成果を受けて痴呆性高齢者ケアの切り札として位置づけられるようになり、スウェーデンでは一般的なものとして普及していきました。

日本でも1990年代初めまでに先駆的事業者による取り組みがはじまり、1997年には「痴呆対応型老人共同生活援助事業」として制度化されます。

そして、きのう見たように、2000年4月から施行された介護保険制度において、グループホームは在宅サービスのメニューの一つとして位置づけられることになりました。

日本のグループホームは、産声を上げてから飛躍的な伸びを続けてきました。

認知症高齢者グループホームの事業所数は、2000年10月時点で675だったのが、2001年には1273、02年2210、03年3665、04年5449、05年7084、06年8350、07年8818、08年9292、09年9958、10年10453、……。

介護保険制度ができて10年間で1万カ所を超えるまでに増えたのです。

この背景には、ゴールドプラン21の中で2004年度末までに3200カ所という目標が掲げられ、建設費の公的補助も拡充されたことなどがあげられますが、何よりも、急速な高齢化に伴う需要の拡大があったと考ることができそうです。


2019年03月11日

グループホームの普及

きのう見た「ゴールドプラン21」のなかで、今後取り組むべき具体的施策の6つの大きな柱の一つとして「痴呆症(現在は認知症)高齢者支援対策の推進」が掲げられました。

なかでも注目されるのが、これまで設置目標を定めていなかった認知症高齢者グループホームについて、2004年度までに3200か所整備する方針を打ち出した点です。

2000年度に制定された介護保険法に基づいて、介護保険制度が確立されました。介護が必要になったとき、住み慣れた家や地域で安心して生活ができるよう、介護を社会全体で支えようという制度です。

この制度では、要介護認定がグループホームの入居条件の一つになっていて、要支援2から要介護5までの認定者が利用の対象となりました。

グループホームへの仲介は市区町村の介護課や社会福祉協議会では行わないので、ねえちゃもそうでしたが、要介護者またはその家族が探さなければなりません。また、空き状況の管理も一元化されてはおらず、直接グループホームに確認する必要があります。

それでも、介護保険法に基づく介護サービス給付が受けられるようになってグループホームは、急速に普及していくことになりました。

グループホームの件数は、2005年1月時点で約6000件と、「2004年度までに3200か所」の計画を大幅に上回り、2009年末現在では10000カ所以上に達することになりました。


2019年03月10日

ゴールドプラン21

きのう見た新ゴールドプランの5年間が終わった1999年の12月には、さらに「今後5か年の高齢者保健福祉施策の方向~ゴールドプラン21~」が策定されました。

2000(平成12)年に介護保険制度が施行されるなど、保健福祉サービスが新たな段階を迎えた状況をふまえて、高齢者保健福祉施策の一層の充実を図ることが目的とされました。

「ゴールドプラン21」の期間は、平成12年度から平成16年度までの5か年間。取り組むべき具体的施策には、次の6つの柱が掲げられています。

①介護サービス基盤の整備~「いつでもどこでも介護サービス」~
②痴呆症(現在は認知症という)高齢者支援対策の推進~「高齢者が尊厳を保ちながら暮らせる社会づくり」~
③元気高齢者づくり対策の推進~「ヤング・オールド(若々しい高齢者)作戦」の推進~
④地域生活支援体制の整備~「支えあうあたたかな地域づくり」~
⑤利用者保護と信頼できる介護サービスの育成~「安心して選べるサービスづくり」~
⑥高齢者の保健福祉を支える社会的基礎の確立~「保健福祉を支える基礎づくり」~

認知症高齢者支援対策が柱の一つに掲げられています。

最終年度の平成16年度における介護サービス提供の見込量(一定の前提条件の下で試算した参考値を含む)は、下記のようになっています。カッコ内は平成11年度の新ゴールドプランの目標値です。

・訪問介護 225百万時間(-)
・ホームヘルプサービス 35万人(17万人)
・訪問看護 44百万時間(-)
・訪問看護ステーション 9900か所(5000か所)
・通所介護(デイサービス)/通所リハビリテーション(デイ・ケア) 2.6万か所(1.7万か所)
・短期入所生活介護/短期入所療養介護 9.6万人分(6万人分)
・介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム) 36万人分(29万人分)
・介護老人保健施設 29.7万人分(28万人分)
・痴呆対応型共同生活介護(痴呆性老人グループホーム) 3200か所(-)
・介護利用型軽費老人ホーム(ケアハウス) 10.5万人分(10万人分)
・高齢者生活福祉センター 1800か所(400か所)

「ゴールドプラン21」の段階になって、ねえちゃがいま暮らしているグループホームも本格的に普及していくことになったわけです。


2019年03月09日

新ゴールドプラン

1989年に発表されたゴールドプラン(高齢者保健福祉推進10か年戦略)は、きのう見たように、1990年から1999年までの10年間に6兆円以上を投じて、特別養護老人ホームの整備や、ホームヘルパー・デイサービス・ショートステイによる在宅福祉対策などを進めるものでした。

しかし、高齢化が当初の予想をはるかに超えて急速に進んでいたことが判明したため、1994年に全面的に改定された新ゴールドプラン(高齢者保健福祉5か年計画)が策定されることになりました。

改訂では、1995年度から1999年度までの総事業費を、現行のゴールドプランに係る部分を含めて「9兆円を上回る規模」へと3兆円引き上げたうえで、当面の整備目標として次のような見直しをしました(カッコ内は現行)。

①在宅サービス
・ホームヘルパー 17万人(10万人)
・ホームヘルパーステーション 1万か所(-)
・ショートステイ 6万人分(5万床)
・デイサーピス/デイケア l.7万か所(1万か所)
・在宅介護支援センター 1万か所(l万か所)  
・老人訪問看護ステーション 5000か所(-)

②施設サーピス
・特別養護老人ホーム 29万人分(24万床)
・老人保健施設 28万人分(28万床)  
・高齢者生活福祉センター 400か所(400か所)
・ケアハウス 10万人分(10万人)

③マンパワーの養成確保
・寮母・介護職員 20万人(-)   
・看護職員等 10万人(-)
・OT・PT 1.5万人(-)

政府の見通しの甘さも無かったとはいえないでしょうけれど、高齢化の影響がいかに大きなものであったかをうかがうことができます。


2019年03月08日

ゴールドプラン

1980年代、在宅介護の充実にとって大きな節目となったのが、日本に消費税が導入された1989(平成元)年に策定された「高齢者保健福祉推進十カ年戦略(ゴールドプラン)」でした。

同計画で、数値目標をもって、在宅福祉事業が積極的に進められるとともに、計画を円滑に推進するため、1990(平成2)年に老人福祉法等が改正され、全市町村及び都道府県が「老人保健福祉計画」を策定することが義務づけられることになりました。

ゴールドプランとは「高齢者保健福祉推進十か年戦略」の別称。1990年から1999年までの10年間をかけて長期的に高齢者介護の基盤整備を進めようと、大蔵(現在の財務省)・厚生(厚生労働省)・自治(総務省)の3大臣の合意により発表されました。

ゴールドプランの特徴は、全国規模で介護基盤の整備を進める方針を、数値的に明確化したことがあげられます。

在宅福祉対策では、①ホームヘルパー10万人、②ショートステイ5万床、③デイサービスセンター1万か所、④在宅介護支援センター1万か所、

施設福祉対策では、①特別養護老人ホーム24万床、②老人保健施設28万床、③ケアハウス10万人、④過疎高齢者生活福祉センター400か所、

といった数値目標が示されました。また「ねたきり老人ゼロ」に向けて、地域において機能訓練を受けやすくする体制の整備、健康教育などの充実、介護を支える保健婦や看護婦の計画的配置が掲げられました。

ゴールドプランの大項目をあげると、次のようになっていました。

①市町村における在宅福祉対策の緊急整備~在宅福祉推進十か年事業~

②「ねたきり老人ゼロ作戦」の展開

③在宅福祉等充実のための「長寿社会福祉基金」の設置

④施設の緊急整備~施設対策推進十か年事業~

⑤高齢者の生きがい対策の推進

⑥長寿科学研究推進十か年事業

⑦高齢者のための総合的な福祉施設の整備


2019年03月07日

老人性痴呆疾患センター

きのう見た痴呆性老人専門治療病棟が発足した1989(平成元)年には、「老人性痴呆疾患センター」も開設されています。

同センターは、認知症専門医療の提供と介護サービス事業者との連携を担う中核機関として、都道府県や指定都市から指定を受けた医療機関です。

これには平成元年度から平成18年度まで予算が計上されましたが、地域の関係機関との連携などで十分に機能を果たしていないことが課題となって見直され、現在は、認知症疾患医療センターとして引き継がれています。

認知症疾患医療センターは、厚生労働省が2008(平成20)年から創設を進め、都道府県を範囲とする大学や総合病院の「基幹型」、精神科だけの病院も含む二次医療圏ごとの「地域型」、2012年に公表された認知症施策推進5か年計画(オレンジプラン)では、さらに「診療所型」の認知症医療支援診療所も認定されることになっています。

基幹型や地域型には、専門医や専門看護師のほか、精神保健福祉士、臨床心理技術者などをそろえ、画像診断、神経心理学的な検査などから認知症を総合的に診断・治療するとともに、地域のかかりつけ医や病院と連携を図っていきます。

患者や家族からの相談や住民への啓発、専門職の研修、介護機関との連携なども担っています。また、基幹型は救急にも対応します。

2013年10月時点で、基幹型は11か所、地域型は226か所。厚生労働省は、診療所型をあわせて500か所を目ざしています。


2019年03月06日

痴呆性老人専門治療病棟

これまで見てきたように、痴呆性老人対策推進本部が1986年にでき、翌年には同本部の「報告」が出たことで、ともかくも前へと進んでいくことになりました。

1989年にはまず、「痴呆性老人専門治療病棟」を発足しています。精神症状や問題行動があるものの、寝たきりでない痴呆性老人で、自宅や他の施設で療養が困難な人を対象に、短期集中的に精神科的治療とケアを提供する施設です。

介護療養型医療施設の一種として位置づけられ、特別養護老人ホームと比べ、医学的な管理が必要な人を対象としてきました。

1室あたりの定員は4人以下で、入院患者1人当たりの面積は6.4平方メートル以上。ユニット型の場合、病室を共同生活室に近接して一体的に設置し、1ユニットの定員はおおむね10人以下となっています。

さらに、昼間は1ユニットごとに常時1人以上、夜間や深夜は2ユニットごとに1人以上の介護職員か看護職員を配置、ユニットごとに常勤のユニットリーダーを配置するなどの基準も加わりました。

しかし、痴呆性老人専門治療病棟を含めた介護療養型医療施設は、医療をほとんど必要としない入所者が多くなってきていることなどから、昨年4月に創設された介護医療院などが代替することとなり、2024年3月末日で廃止される予定になっています。