Aokijima

「認知症」と「ねえちゃ」に関する覚書です

大関への期待がかかっていた御嶽海はきょう、稀勢の里に寄り切りで敗れ、中日からの5連敗。6勝6敗となりました。

残念ながら、雷電以来208年ぶりの長野県出身大関の夢は「一からやり直し」ということになってしまいました。

御嶽海のことをどのくらい覚えているか分かりませんが、夜8時半ごろ、少し心配そうな声でねえちゃからいつもの電話がありました。

「いままでみんなとテレビを見ていて、いま部屋へ戻って来たんだけど、おばあさん、ここにいていいの?」

「だれかにいちゃダメだと言われたの?」「そんなことない」。「何か嫌なことでもあったの?」「何もない」。「どこか行きたいとこあるの?」「ないよ」。

「それなら、大船に乗ったつもりでのんびりしていりゃいいじゃん」というと、ホッとした声になって「じゃあ、そうする。おやすみ」。

認知症の疑いがある高齢者による交通事故は後を絶ちません。運転免許証を自主返納しても、それを忘れて無免許運転で事故を起こす、といったこともあるとか。

ねえちゃは、運転免許を持っていないので、車の運転はできません。でも、車に乗るのはけっこう好きなようです。

車が好きというより、車の中でおしゃべりするのが好き、と言ったほうがいいかもしれません。

とくにタクシーに乗ると、運転手さんとあれこれずっと話を続けています。ふつうの車に乗っけてもらったときでも、タクシーだと思い込んで、運転手さんだと勘違いして話し込んだりすることもあります。

グループホームで、ときおり買い物などに連れて行ってもらうときの「車中」もまた、楽しみのようです。

親戚や知人ら施設で過ごしている人たちの話を聞くと、みんなでカラオケをしたり、同好者で俳句の集まりをしたりして、人生を楽しんでいるようです。

家にいたとき、「みんなと暮らすようになったら、カラオケとかもできるんだよ」とねえちゃに話してみると、心配そうな表情をして「おばあさん、カラオケなんてやったことないもん」と言っていました。

長年、連れ合いと2人で、生真面目に生きてきたねえちゃにとって、新しい環境でみんなと仲良くやっていけるだろうか、というのが、ねえちゃのいちばんの心配の種でした。

でも、いざグループホームに慣れてきた最近は、他の入居者の人たちとカラオケをやったり、ボランティアの人たちと唱歌や童謡を歌ったりと、けっこう積極的に楽しんでいるようです。

午後8時半ごろ、きょうも「困ったこと、何もない。おやすみ」と落ち着いた声で電話がありました。ねえちゃが家に居たときくよくよ悩んでいたことは、杞憂に終わったようです。

きょうは、敬老の日。国民の祝日に関する法律の規定によると「多年にわたり社会に尽くしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」日ということになっています。

ねえちゃは昨年までずっと自宅で敬老の日を迎えていましたが、今年は初めて家の外、グループホームで迎えることになりました。

午後9時少し前、きょうもねえちゃから電話がかかって来たので、「きょうは敬老の日だね。ホームでお祝いとか何かあったの?」と聞くと――

「敬老の日。あ~、そうなんだ。何かあったのかもしれないけど、忘れちゃった!」。

「何か困ったことない?」と聞くと、「何にもない。アタマがおかしいだけ」とのんびりした口調で答えました。

少なくとも去年よりもずっと、落ち着いた気持ちで敬老の日を迎えることができたことは、確かなようです。

日曜日のきょうは、午後8時前後の2回、ねえちゃから電話がありました。

グループホームで特に親しくしている人がいるようで、「いつもの3人」で、食事の後ペチャクチャ話してから「そろそろ寝ようか」と部屋に戻ってきたのだそうです。

「おやすみ」と穏やかに言って、寝入ったかと思うと、すぐにまた電話があって「おばあさん、ここに居ていいの?」といつものセリフです。

一人になってウトウトしたところからふともとへ戻ると、「何だかわからなくなっちゃって」の状態にリセットされてしまうようです。

それでも、特に興奮することはなく、「悪いことしなければ置いてもらえるんだね」と、じきに再び眠りにしのび込むことができた模様です。

夏には1日に5~6回かけてくることも珍しくなかったねえちゃの電話ですが、秋らしくなってきた昨今は、毎日午後8時半前後に1回ずつと安定してきました。

「いま部屋へ戻ってきたの。これから寝る」と、声も落ち着いています。困ったことも無いといいます。

グループホームからの生活記録にも、不満や興奮をすることなく常に穏やかに対応してくれる、とあります。

猛暑の夏もようやく過ぎ去って、長野市も朝夜は肌寒くなって来ました。ねえちゃも頭は定かでなくとも、季節の移ろいをちゃんと体感しているのでしょう。


認知症について考える、ということは、人とは何かということについて考えることにつながります。

フランスには、40年近く実践されてきた「ユマニチュード」という認知症ケアメソッドがあるそうです。ユマニチュードというのは「人間らしさを取り戻す」という意味のフランス語の造語だそうです。

重要なのは、人は、そこにいっしょにいる誰かに「あなたは人間ですよ」と認められることで人として存在できる、という考えに基づいてケアにあたること。

そして、介護をする人も受ける人も自由で平等だと考えれば、互いを尊重する気持ちが生まれ、両者の間によりよい関係が生まれる、ということになります。

ユマニチュードの「4つの柱」は、「見る」「話す」「触れる」「立つ」という、私たちがふだん大切な人に無意識にしている行動だといいます。

グループホームで毎月ていねいに記してくれている「生活記録」の8月分が届きました。

8月はねえちゃの誕生月でした。ホームのみんなでお祝いをしてもらって、「涙目で喜」んでいたそうです。

ロウソクを消してみんなにお礼を言ってケーキを食べ、お祝いを言われると「めでたくもないけれど……」といいながら笑顔。

「いくつになりましたか?」と聞かれると、「いくつになったんだろう……おかげさまで」と、忘れてしまっていたとか。

2週間ぶりに、ねえちゃのグループホームを訪れました。

いつも通りの笑顔で居ました。携帯で、久しぶりに実姉のところへ電話をして喜んでいました。

「困ったことない?」と聞くと「アタマ」。「ここに居ていいの?」と言うので、「出てけと言われたの?」と聞き返してみると、

「ん~ん!」と頭を横にふります。「じゃあ、ずっと居させてもらえばいいじゃん」。

「悪いことしないようにすれば、ずっと居させてもらえるんだよねぇ!」。

最近は、自宅で一人で暮らすなんてとてもできない、と拒絶するようになってきました。

グループホームが、いちばんやすらげる、ねえちゃの「いえ」になりつつあります。

認知症の人を介護したり身近に接したりした人は、そうでない人に比べて認知症に対する理解が深く予防にも積極的である、というリポートを日本医師会総合政策研究機構(日医総研)が出したそうです。

介護などの経験のある人は、「治療で症状の進行を抑えたり、改善したりできる」「家族や周囲の理解、支えがあれば、暮らしてきた地域で暮らすことができる」といった回答が、経験のない人より多く、認知症への対処方法を理解していることがうかがえた。

予防のために心がけていることの問いでも、「人との付き合いを大事にする」「いろいろなことに興味、関心を持つ」など、いずれの項目でも、経験ありの人の回答割合が、ない人を上回っていたとか。

「経験がものをいう」ということが、認知症の介護にも当てはまるということでしょうか。

午後8時40分ごろ「いままでみんなとテレビを観ていて、部屋に戻って来たとこ」と、ねえちゃからきょうも電話がありました。

「大相撲みた? 2連勝、すごいじゃん」と言うと、なんだか要領を得ない返事です。

「御嶽海!」と念を押すと、「ああ、昇進がかかってるんだよね」といいます。

テレビで大相撲中継を注意して観ているわけではないけれど、グループホームのみんなと話していると、なんかすごいことが起こるかもしれない、ということはねえちゃの頭のどこかにあるようです。

「江戸時代の雷電以来200年くらい信州から出なかった大関に、あと9勝すればなれるんだよ」。

「へえ、それじゃ、応援しなきゃだめだね。明日から応援する。おやすみ」。

きょうは大相撲秋場所の初日。先場所優勝した、長野県期待の御嶽海(上松町出身)は、難敵、正代を押し出しで破り、見事、白星スタートを飾りました。

今場所もしも「11勝以上」の成績を残せば、長野県出身では江戸時代の雷電以来223年ぶりという大関昇進の可能性も高まってきます。

御嶽海自身はインタヴューで「まずは勝ち越し、そして2桁勝利。前に出るだけ」と、なかなかに、落ち着いているようです。

ねえちゃも、みんなとテレビで御嶽海の応援をしたはずですが、午後8時ごろかかってきた電話の様子では、御嶽海の名前は知っていても、それ以上の関心は持てずにいるようです。

それでも、これから2週間、グループホームでいろいろ話題になればきっと、関心の持ちようも変化を見せていくことでしょう。

同じことを何度も繰り返して聞く。というのは、いまに始まったことではありませんが、最近ねえちゃは、同じことを聞く間隔がどんどん短くなってきているように思われます。

電話で話していても、たとえば「ところで、ここに居るお金だいじょうぶなの?」といった質問に対して答えても、すぐに「ところで……」と、同じことを聞き直してきます。

自分が聞いたことも私が答えたことも頭にまったく入っていっていないのです。

認知症の教科書を見ると、「認知症の人のもの忘れに対しては、介護者がそのもの忘れを責めるようなことがあってはならない」と書いてありました。

認知症の人は、体験全体のもの忘れが起こるため「また同じことを聞いている」という認識がなく、同じことを尋ねても初めて聞きに来たという感覚でいる。

だから、もの忘れを責めると、聞いているだけなのに介護者から責められているという感じになってしまう、というのです。

同じことを聞かれても、同じように根気よく対応していくことが大事、と頭では分かっていても、つい「さっき言ったでしょ」と言ってしまいます。

東日本大震災後の2012年に、被災者の事例をもとに作られた「避難所での認知症の人と家族支援ガイド」という冊子があります。

それによると、認知症は「人や急激な環境の変化についていけない病気」であり、介護家族とともに避難所の隅の方に居られるようにしたり、パーテーションなどで仕切って安心できる空間を作ったりする“環境づくり”が大切だとされています。

東日本大震災のとき、認知症のかたが避難所生活の限界を感じたのは平均で「3.11日」だったとか。

とくに排せつの問題は避難初日から問題になり、避難所にいることを困難にさせたそうです。また、3日目までに不穏、徘徊なども起こり、長期化が家族の大きな負担となっていきました。

ガイドの最後には「先は見えないのではありません。1週間以内に必ず助けが入ります」とありました。北海道胆振東部地震も、避難所生活の限界の「3.11日」に近づいてきています。

夜8時と8時40分ごろ、ねえちゃから電話があって、いずれも「北海道、たいへんなことになっちゃったね」という話になりました。

グループホームのみんなとテレビを観て、北海道で大きな地震が起きて被害者がたくさん出ているということは、ねえちゃも理解しているようです。

「もしも長野で大地震が起きたらどうする?」と聞くと、「ひとりだと不安だったけど、いまはみんないるから大丈夫」といいます。

ねえちゃのグループホームは川のそばにあるので洪水は少し心配ですが、小学校や中学校など公共建築物が近くにたくさんあって避難所には不自由なさそうです。

「万が一のときには、スタッフの人たちの言うとおりにするんだよ!」というと、「うん、そうする」と、元気に応じていました。

学研ホールディングスが、介護大手の「メディカル・ケア・サービス」を買収するとのことで、きょう会見を開いたそうです。

「教育」と「医療福祉」を“2大エンジン”にして、0歳児から100歳を超える高齢者までをカバーする「地域包括ケア」の実現を掲げるのだそうです。

メディカル社は、国内で269棟の認知症グループホームを持ち、居室数では5156室で国内首位に立つのだとか。これまでサービス付き高齢者住宅がメインだった学研にとっては、買収により、手薄だった認知症ケアのノウハウを手にすることができます。

買収で学研の高齢者住宅は、居室数は現在の2倍強の1万1883室に拡大。学研とメディカル共同で、認知症の予防から緩和までに対応するケアシステムを確立し、海外への展開も視野に入れているようです。

学習参考書や模擬試験など、子どものときの勉強でずいぶん利用させてもらった学研ですが、年を取ってから認知症でもう一度お世話になる、ということになるのかもしれません。

きのうの夜10時半ごろ、めずらしく「眠れなくって」と、ねえちゃから電話がかかって来ました。

認知症になると、日中でも、うとうと寝たりする時間が増えて、「昼夜逆転」になるケースも少なくないようです。

ねえちゃも、家にいるときには、昼間寝すぎて夜中、幽霊のように家中をうろつく、といったことがときおりありました。

が、グループホームへ入って昼間にいろいろやることができて、午後9時くらいになるとぐっすり眠れるようになっていたのですが、たまにはこういう日もあるようです。

きょうは、午後8時ころ電話がありました。「きのう、あれから眠れた」というと「うん!」と、きのうのことなんかすっかり忘れて、元気そうでした。

フランスの南西部に位置するダクスというところで、認知症高齢者に向けた「アルツハイマー村」という居住空間の建設がはじまったそうです。

4つの住宅によって構成される小区画が4つあって、それぞれの区画は自然豊かな小道でつながり、「村」の中心部には、商店、美容院、図書館などの共有施設も設けられているそうです。

フランスの一般的な街の構造を模したもので、入居者は「村」のなかを自由に、安全に、歩き回ることができ、以前と変わらない日常生活をおくることができるのだとか。

将来的には、ねえちゃが住んでいるグループホームのような集団生活的な介護は、「アルツハイマー村」のような認知症高齢者による地域社会づくりへと進化していくのでしょうか。

このごろ日曜日の朝は、決まって、ねえちゃの電話で起こされるというのが習慣になって来ました。

ほぼ毎夜、ねえちゃから電話があります。が、日曜日には、それに加えて早朝にもかかってきます。

きょうも、朝食の前後と考えられる朝6時ごろと、7時40分ごろの2回かかって来ました。

朝6時のほうは「さっき起きた」、7時40分のときは「朝食の片付けの手伝いをして戻って来た」といいます。

日曜日だからと意識してかけているようではありません。「どうかしたの?」と聞いても、何か用事があるというわけでもなさそうで、自然体で落ち着いています。

日曜日だからといって、特に、平日と違う出来事や行事があるというわけでもないようなのですが。不思議です。

認知症高齢者グループホームに関しても、2年ごとに「外部評価」というのが行われるのだそうです。

外部評価の書面調査の一つに、利用者家族へのアンケート調査というのがあって、その用紙が送られて来ました。

「職員は、ご家族の困っていること、不安、求めていること等の話をよく聞いていますか」といった質問が十いくつ並んでいます。

きょうも午後9時ごろ、ねえちゃから電話がかかって来ました。

「困っていることとかない?」と聞くと、本人はいつものように「なんにもない」と満足そうです。

いよいよ8月も、きょうで終わり。いつものように午後8時少し過ぎたころ、ねえちゃから電話がありました。

「あしたはもう9月。3、4、5、6、7、8月と、グループホームへ来てもう半年になるんだね」というと、「えっ、半年!。うそ。そんなに居るの」とびっくりしています。

時間や場所がよく分からなくなる見当識障害のためか、2、3日前にホームへ来たばかりだと思っているようです。

ホームへ入ってから面会に来てくれた人たちの名前を上げていくと、「え、そんなにみんな来てくれたんだ。どれもみんな忘れちまってる」と、少々ショックのようです。

が、「もう、ここで年を越して、その後もずっとここで楽しくやっていけるんだよ」というと、「わかった」と気持ちを切り換えて、元気に「おやすみ!」。

きょうの午前6時ごろ、ねえちゃからの電話で起こされました。

少々焦っているといった口調で「携帯電話の充電器がどこかへ行っちゃった」といいます。

いつもは、充電器に差し込んでから寝ているはずですが。それを忘れて、朝になって「充電どうしたんだろう」と気になったのでしょうか。

「いつもベットの頭のほうに置いているでしょう!」というと、「え~、どこ。どこへやったんだろう」

そんなことを言っているあいだに、ちょうどグループホームのスタッフの人が来てくれて、所在が判明したようです。お世話さまでした。

岐阜市のY&M藤掛第一病院で、80代の入院患者5人が相次いで亡くなりました。エアコンが故障していたのに、放置したため、熱中症で亡くなった可能性があるとみられています。

亡くなった5人は、いずれもエアコンが故障した病室にいたと見られます。病院によれば、一部屋に1台の割合で扇風機を設置したり、一部の患者はエアコンが作動している病室に移動するなどの措置を取ったとか。

体温より気温が高くなると、汗を出して気化することで体温を平常に保ちます。が、大量の汗をかいて体内の水分が失われると、それ以上汗をかくことができず、体温が上がっていきます。汗をかくことによる体温調節機能が失われ、生命の危機的ラインとされる42℃を超える高熱が出るなど体に異変をもたらすのです。

ねえちゃのグループホームでは、エアコンには日々、気を配ってくれています。が、「熱中症」に最も熟知していて、万全な対応をとっているはずの病院で、こういったことが起こったというのは、なんとも情けない話です。

午前中、久しぶりにねえちゃのグループホームを訪ねると、ちょうどお風呂に入っているところでした。

日記には毎日のように「今夜はお風呂はない」と書いていますが、実際は、定期的に昼間に入れてもらっているのですが、なかなかそれを頭の中に入れることができません。

お風呂でくつろいだせいもあるのか、ねえちゃは穏やかで、落ち着いた表情を浮かべていました。

「心配事とかない?」と聞くと「ずっとここに居ていいの?」と聞き返します。いまのまんまホームに居られれば、それがいちばん幸せなのだそうです。

ねえちゃは、しばらくぶりに実姉のところに電話をしました。週3回デイサービスに出かけて、リハビリにがんばっているそうです。

2週間ほどぶりに、ねえちゃの自宅を訪れました。

郵便受けを開けても、電気の使用量のお知らせ、ピザの宅配やホーム・デリバリーのチラシなどで特に重要な郵便物はありません。

ときどき間違えて投函されていた新聞も、ありませんでした。いまの家のありようが、だいぶ定着してきたようです。

県内でもまだ熱中症で救急搬送されるかたが少なくないようですが、東京と違い、夜になると秋らしい空気になってきたな、と感じます。

朝8時ごろ、「いま、朝ごはん食べたとこ!」と、ねえちゃから元気な声で電話がありました。

「きょうは何するの?」と聞くと、「わからない」。

午後8時ごろ、「いま、向かいの部屋の人とテレビ観ながらおしゃべりして、戻ってきたとこ。これから寝る」と、少し興奮気味にまた電話がありました。

「テレビはなに観てたの?」と言うと「何だか知らない」。それでも、何か楽しかった様子。ねえちゃなりに、いい日曜日が送れたようです。

「おやすみ」。きょうはエアコンが苦にならないらしく、「付けたまんま、布団をちゃんと来て寝る。おやすみ」。

いつものように午後8時半ごろ、ねえちゃから電話がありました。

みんなとくつろいで、いつものように部屋へ戻って来たところなのだそうですが、「ちょっと、なんか寒くて」といいます。

エアコンがかなり効いているようです。「係りの人に言って温度を上げてもらえばいいじゃない」。「そうする」。

10分ぐらいして、また電話がありました。「スイッチ切ってもらった」。

長野市は、きょうも34度まで上がりました。熱中症が心配ですからエアコンは必要。

ではありますが、お盆も過ぎて夜になればだいぶ過ごしやすくなっては来ているのでしょう。

微妙な、季節の移り変わり目にあります。

今夏の猛暑の影響で、ブロッコリー、トマト、夏秋イチゴなどについて長野県の一部産地でも、深刻な被害・収量減が見込まれているようです。

暑さで乳牛がバテて乳量が平年より低下したり、カーネーションやトルコギキョウが早く開花してしまって、秋の需要期の出荷量が大幅に減る可能性もあるとか。

それでも今夏、グループホームのねえちゃのもとには、面会に来ていただいたかたたちから、キャベツやトマト、玉ネギ、トウモロコシなど、いろんな差し入れをいただきました。

やっぱり、農業に関係する親戚や知人がいるということは、ありがたいことです。

ねえちゃ自身は、バテることもなく、グループホームの庭でミニトマトの収穫の手伝いをして「かわいい~こんなに採れた」とはしゃいだりして、家に閉じこもっていたときには出来なかった、野菜とのちょっとしたふれあいを楽しむこともできました。

認知症の人が介護サービスを利用しながら、ボランティア的なかたちで働いたり、対価として謝礼を受け取ることが可能であることを、厚労省が自治体や事業所に通知したそうです。

介護保険の対象になるデイサービスでは、歌をうたったり塗り絵をしたりといった活動が一般的。ですが、特にカラダに問題がない若年性認知症のかたの中には、こういった活動だけでどうなんだろう、という違和感も少なくなかったようです。

労働不足の近年は、若年性認知症の人が公園の清掃をしたり、自動車ディーラーで洗車の仕事をして謝礼を受け取ったり、という取り組みも行われています。

自分でやったことが少しでも、社会に役立ったり、お金になったりすれば、達成感を味わい、生きがいにつながっていきます。それは、ちょっと“お手伝い”をするだけで気分よく睡眠に入れるねえちゃを見ていてもよく分かります。

厚労省の通知が、認知症患者を含めたみんなが社会参加できる世の中に向けての一歩であればいいな、と思います。

年齢を重ねてくると、誰も物忘れが増えて来ます。しかし、アルツハイマー型認知症は基本的に違いがあるようです。

たとえば、認知症による物忘れでは体験全体を忘れるのに対し、加齢の場合に忘れるのは体験の一部分。

認知症の場合、もの忘れに対して自覚がないのに対して、もの忘れに対する自覚がある、といった点です。

きょうも午後9時少し前に、ねえちゃから電話がありました。「きょうは何があったの? なに食べたの?」と聞いても、いつものように体験したことすっぽり忘れちゃっていました。

きょうも午後8時半ごろ、ねえちゃから電話がありました。

携帯の使い方がよくわからないといいながらも、私のところにかけるノウハウは毎日かけている間に自然と身についたようです。

「今晩は何を食べたの?」と聞いても、いつものように「忘れちまった」。

でも、夕食が終わってからのことを聞くと、ホームの人たち3人でとぺちゃくちゃたっぷりとしゃべって「それじゃ寝ようか」ということになっていま帰ってきた、とのこと。

いつもよりやや具体的にしゃべってくれました。「それじゃ、おやすみ」。たくさんおしゃべりをした日ほど、気持ちが安定しているように思われます。

一日に何度も電話をかけてくるのが日課のねえちゃ。何か困っていることある、というわけではなさそうですが、お金は大丈夫なのだろうかというのが心配な様子です。

グループホームの中では、お金を持つことは出来ません。が、ご飯は3度ちゃんと食べていられるし、寝泊りさせてもらえています。

お金払わないのに大丈夫なのだろか、という心配が、ひとりになったときなどに、ふと頭にもたげてくるようです。

「ちゃんと預金通帳から引き落とされていて、当分は大丈夫だから」と言うと、そのときは安心しますが、またすぐに不安が募っていきます。

この間、新聞記事を読みていてスタッフのかたに「宝くじ当選したら何に使いますか?」と聞かれると、ねえちゃは「将来の生活費にあてる」とこたえたとか。

認知症になっても、しっかり先のことを考えてものごとにあたろうとする真面目な性格は、変わってはいません。

長野市街地で、きのうの未明からイノシシの目撃情報が相次ぎ、店舗にイノシシが突進して窓ガラスが割れるといった被害が発生しました。

警察や猟友会員が捜索して、きのうの午後、ねえちゃのグループホームからそう遠くない路地で1頭が発見されて、吹き矢で麻酔を撃ち、捕獲されたそうです。

きょうも朝8時半と、午後6時半、午後9時、午後9時20分ごろの4回、ねえちゃから電話がありました。夕食のあとには、同じホームに入居している人と2人で、何かお手伝いをしてきたのだそうです。

「イノシシだいじょうぶだった?」と聞くと、「え~、そんなことあったの」と、イノシシ事件はまったく知らずに驚いている様子でした。

ホームへ入って6カ月。以前は「家へ帰らなければ」と急くように言っていたのが、「ここにずっと居ていいの?」と聞いては、ほっとして眠るようになりました。

長野県のきょうの朝は、上空の強い寒気の影響や放射冷却のため、全30の観測地点のうち12地点の最低気温が、8月の観測史上最低を記録したそうです。

最も低かったのは野辺山の4.2度で、全国2番目の寒さ。30地点の最低気温は、平年より11.2〜4.8度低く、9月下旬から10月中旬並みだったとか。

午後6時半ごろ、いつものように、夕食を終えたねえちゃから電話がありました。

「いまご飯をいただいて、これから、みんなとおしゃべりにまた食堂に行って来るの」と、すこぶる元気そうです。

「なにか困ったことはない?」と聞くと、いつものように「バカなことだけ」と率直に言います。

熱中症も、夏バテも、これといったトラブルもなく、グループホームでの初めての夏を乗り越えることができそうです。

きのうの夜も、テレビを観ながらみんなと談笑したあと、自分の部屋へ戻ったねえちゃから電話が掛かってきました。

「きょうの夕食は何が出たの?」と聞くと、「忘れちまった」。「この前の誕生日のときには、大好きなものを作ってもらったんでしょ?」。

「そうだったっけ」と答えながらも、今月、自分の誕生日があり、何かしてもらったことはなんとなく記憶にあるようです。

「おばあさん幾つになったの?」と聞くと、「82かな」とすぐに返事がかえって来ました。「すごいじゃん。すぐに、よく分かったね」。

「おじいさんは83歳のときに死んだんだよ」というと、「それじゃ、あと1歳でおじいさんと同じか」。

「でも、この調子だったら、おじいさんの歳を楽々超えて、ずっと、ずっと、長生きしそうだね。おやすみ」。「おやすみ」。

きのうも午後9時近くに、ねえちゃから電話がありました。布団の中からなので眠そうですが、落ち着いています。

「日記は書いた?」と聞くと「なんだか知らないけど書いてある」。

「きょうは終戦記念日だろう?」「あっ、そうだ。そんな大事なこと、忘れてた。日記に書き加えておかなきゃ」。

ねえちゃがいまも、ラジオの前に正座して聞いたのをはっきりと覚えているという「玉音放送」から73年。今年は、平成天皇最後の終戦の日という大きな節目ともなりました。

「戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ」の「おことば」が、胸にしみました。

グループホームから送っていただいた生活記録に、「お誕生日の昼食メニュー、御本人希望の五目炊き込みご飯、おやつはチョコケーキにさせていただきました」とありました。

うっかりして「おめでとう」をいうのを忘れていましたが、8月はねえちゃの誕生月。ただし役場への届出が遅れて、本当は何カ月か前に生まれたのだと本人はよく言いますけれど。

それはともかく、ねえちゃの誕生日になっている1936年の8月には、「ヒトラーのオリンピック」とも言われた第11回夏季オリンピックが、ベルリンで開かれています。

当時、ベルリンの次の第12回は「東京」と決まっていました。が、3年後の1939年9月にドイツがポーランドへ侵攻し、第2次世界大戦が勃発したため、中止となってしまいました。

結局、ねえちゃが生まれたころ開かれたベルリン大会が、戦前最後のオリンピックとなってしまったのです。

目的に沿って計画を立てて、修正しつつ物事を遂行していくことを「実行機能」というのだそうです。そんな実行機能の障害を示す典型例として、段取りよく料理ができなくなることがあげられます。

冷蔵庫にあるもののことをすっかり忘れて、同じものを買ってしまう。でも、いざ夕食の準備にかかると、さっき買ってきた材料のことも頭から消えている。

それで、けっきょく、冷蔵庫を開けてすぐ食べられそうな別のものを食べてしまう。冷蔵庫の中には、同じような食材が食べないままいっぱいたまっていく、という結果になってしまいます。

ねえちゃも、こうした実行機能障害によって、ひとりで料理をすることがぜんぜん出来なくなってしまいました。でも、グループホームへ入ったいま、できる範囲で食事の「お手伝い」をすればいいのです。

フラストレーションがたまることなく、それなりのやりがいを感じることができる。家にいたときにはなかった笑顔も見られるようになりました。

ねえちゃのお盆。きのうは、次男一家と、7年前に亡くなった連れ合いが眠っているお墓参りに行って、みんなで食事をしたそうです。

ただし、消失しやすいエピソード記憶のこと、きのうの夜、眠そうな声で電話を掛けて来たときにはもう、お墓参りのことはすっかり忘れていました。

それでも、日記帳を読み直してみてもらうと、お墓参りのことがちゃんと書かれていたので、思い起こすことができたそうです。

最近は「何かするときは、その前か、同時期に、日記に記しておくこと」ということにしています。そうした習慣が、すこしずつですが役に立ってきているようです。

記憶を別の観点から見ると、イメージや言語として意識的に想起できる陳述記憶と、意識的には想起されない非陳述記憶に大別できるそうです。

陳述記憶はさらにエピソード記憶と意味記憶に分類されます。

エピソード記憶は、昨日の夕食をどこで誰と何を食べた、というような個人が経験した出来事に関する記憶です。

出来事の経験そのものだけでなく、それを経験した際の時間や空間的な文脈や、自分の身体的・心理的状態など、いろんな付随情報を合わせて記憶されていることが特徴です。

意味記憶は、いわゆる知識に当たります。たとえば、「みかん」が意味する、大きさ、色、形、味、果物の一種としての位置づけ、といった知識に関する記憶のこと。

ふつう同じような経験の繰り返しによって形成され、その情報をいつ、どこで得たかは忘れ、内容だけが記憶されたものと考えられます。

非陳述記憶は、意識のうえに内容を想起できず、言語などを介してその内容を陳述できない記憶をいいます。

この中には、食器洗いをしたり、自転車に乗ったりといった、「体で覚える記憶」である手続き記憶などが含まれます。

これらの中で、アルツハイマー型認知症で早くから障害を受けるのは、エピソード記憶とされています。

確かにねえちゃを見ていても、知識(意味記憶)や「体で覚える記憶」(手続き記憶)は、まだまだ大丈夫かなという気がしています。

きのうも、ねえちゃから、午後7時ごろと午後8時ごろの2回、電話がありました。

夕食を終えたところで1回、みんなでテレビを見たりして部屋に戻って寝る前に1回、というのが最近の日課で、朝の電話で起こされるということは減ってきました。

人間の記憶は、その保持間隔によって①秒単位で保持される即時記憶(短期記憶)②数分後に一旦脳裡から消えて再生される近時記憶③過去の出来事に関する記憶である遠隔記憶、に大別できるそうです。

アルツハイマー型認知症で最も初めの段階から障害を受けるのは、近時記憶とされています。ねえちゃの場合も、この近時記憶がだいぶ障害を受けているようです。

話していると、数分後には同じ質問が繰り返されます。夕食後電話したことなどもすぐに忘れて、寝る前にまた同じ内容で電話をして来るのです。ただ内容は同じでも、そのときの感情によって話しかたはだいぶ違っています。

これからみんなとテレビを見るというときは、すごく言葉がはずんでいますし、寝る前は沈んだトーンの時が多いように思われます。

「おばあさん、ここに居ていいの?」。きのうの夜も、8時ごろと9時ごろの2回、ねえちゃから電話がありました。

眠たかったのか、いつもより少し鬱々とした声なのが気になりました。

けれど「日記書いた?」と聞いて、書いたことを確認して2回目の「おやすみ」をいうと、無事、眠りについたようです。

家にいるとき、ねえちゃの夜の日課は、日記と血圧手帳をつけることでした。グループホームへ来てから、血圧は午前10時ころ計るようになったので、いまは日記だけです。

「きょう何日だったっけ」と問いながら、きょうも日記をつけたことを確認すると、少しほっとして眠りに入ることができるようです。

8月から10月までの介護サービス計画書の、本人の意向欄には「できる事はお手伝いします。皆によくして頂いて、特に困っている事はありません」とあります。

また、総合的な目標は「できる事を続けながら、好きな事をして、張り合いのある生活を送れる様支援します」となっています。

誰か話のできる人が近くにいて、日常生活のいろんな作業の中で、できることを少しでもやることができれば、それがねえちゃの生きがいにつながっていくのだろうと思います。

トイレとか下着の汚れとかで、本人が意識していないところで、いままでになかった支障が出てきているようです。が、いずれにしても、ゆっくりやって行くしかありません。

市役所の支所に「高額介護サービス費」の支給申請を出してから、1週間ぶりくらいに今日、ねえちゃのグループホームを訪ねました。

何にも使っていないねえちゃ名義の土地に茂っている雑木が、電柱の障害になっているとかで、電力会社から「配電線路保安伐採」の許可を求める通知が来ていました。

それに、ねえちゃのサインをしてもらいました。こうした事務的なことがけっこういろいろあります。自宅の住所と自分の名前は、まだまだちゃんと書くことができます。

「何か嫌なこととか無いかい?」と聞くと、「バカなこと以外は、何もない」と笑っていました。明るく、穏やかな、微笑みには、ホッとさせられます。

市役所から「高額介護(介護予防)サービス費支給申請のお知らせ」という書類が、ねえちゃ宛に送られてきました。

今年の4月から、1カ月に支払った介護サービスの利用者負担額が一定の上限額を超えて高額介護(介護予防)サービス費の支給対象となっているので申請をして下さいという内容です。

デイサービスからグループホームに移って、負担額が増したことによるようです。

高額介護サービス費どいうのがどれくらい出るのかは分かりませんが、私たちのような貧乏人にはありがたいことです。

さっそく手続きをして来なければなりません。

認知症の疑いが強い男の人が、周囲の説得を聞かずに車の運転を続けたため事故の危険性が高いとして、警察が異例の逮捕に踏み切るという一件があったそうです。

逮捕された神奈川県鎌倉市に住む69歳の男性は、10年ほど前から認知症が疑われる症状が進んで、車で出かけて帰り道が分からなくなるといったトラブルが相次いでいました。

先月、車検を更新しようと自動車販売店を訪れました。が、車検はすでに切れていたうえ、認知症を疑わせる言動があったため販売店は警察に相談。警察は、事故を防ぐためやむを得ないと判断して、車検切れのまま運転した疑いで現行犯逮捕して車を押収したとか。

少々荒っぽいやりかたのようにも見えますが、事故を起こして人さまの命を奪うことにでもなれば、と気遣う家族の意に沿うものでもあったようです。

ねえちゃの家の近くの交通の様子をみても、怖いなと思うお年寄りの運転に、しばしば遭遇します。人生の締めくくりに死亡事故を起こした、というのは、本人もその周辺もなんとも切ない。今回のような荒療治もいたしかたない時代なのかな、と思います。

任期満了に伴う長野県知事選の投開票が、きょう行われました。現職の阿部守一さんが、支持を広げて、早い段階で当選が確実になったようです。

ねえちゃは選挙結果についてはほとんど関心がないようですが、このあいだ期日前投票をしてきたという記憶は、不安定ながらどこかに残っているようです。

きょうは、午前8時と9時ごろ、午後7時と8時ごろの計4回、ねえちゃの携帯から私の家に電話がありました。

「いま朝ごはんごちそうになってきたの」から始まって、「これから寝るの」まで。全般に元気よく話してくれるのですが、夜ひとりになるとやはり「バカになっちゃて、なんだかわからなくて」と不安が込み上げてくるようです。

きょうは、ねえちゃから、朝8時ごろ1回目、午後6時50分ごろ2回目、それから10分くらいたって3回目、さらに8時10分ころ4回目の電話がありました。

「いま、夕食が終わった。これから食堂へ行ってみんなでテレビを観るの」などと、いずれも元気そうです。

夜の電話のとき、ねえちゃは決まって「きょうは、お風呂はないようだから、これから寝るの」といいます。

グループホームでは、お風呂は昼間、スタッフの人に入れてもらうことになっているはずですが、ねえちゃはいまも家にいたときのように、夕食後に入っていると思い込んでいるようです。

「スタッフの人は夜は家へ帰るから、お風呂は夜じゃなくて、昼間入れてもらっているんだと思うよ」というと、「ああ、そうなんだ」とそのときは納得します。

「いままで、みんなでテレビを見て、もどって来た」。きょうの午後8時すぎ、いつものようにグループホームのねえちゃから電話がありました。ずいぶんと明るい声です。

約1時間後、こんどはやや不安げに「おばあさん、バカになって分かんなくなっちゃったんだけど。ここに居ていいんだろうか?」

「だれか、居ちゃダメだって言ったの?」。「ううん。誰もそんなこと言わないけど」

「じゃあ、何も気にせずに、居させてもらえばいいじゃない」。「でも、こんなバカ、居られるの?」

「バカになっちゃって頭がうまく働かないあいだは、ずっと居られるんだよ!」

というと、「そうか!」と、すっと納得して、「このまま、周りの人の話よく聞いてやってればいいんだね。おやすみ」と、穏やかな声に変わっていました。

スマートフォンが中毒化して、「認知症もどき」ともいえる症状を訴える人が増えているそうです。

近年、「物忘れ外来」を訪れる患者さんに、30代~50代の働き盛り世代の、スマホのヘビーユーザーが目立つようになっているとか。

スマホから入る情報の選別や処理に追われて、脳に必要以上の負担を強いることになり、脳の容量、処理能力が低下してオーバーフローした状態になることが原因のようです。

これを「スマホ認知症」と名づけて、これがうつ病へと進んで、最終的には本当の認知症になる可能性も高くなると指摘する医師もおられるようです。

ねえちゃも私もスマホには無縁ですが、スマホにとり付かれたようにしている人たちの姿をあちこちで見かけるにつけ、そういうこともあるのかなと頷くような気になります。

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